2015.09.21 Monday

木原活信 著 「弱さ」の向こうにあるもの その11

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     今日も木原活信さんの『「弱さ」の向こうにあるもの』の第10章「生涯、マイノリティと福音」の後半からご紹介したい。

    人間は変わらない
    という姿を示したペテロ

     前回の記事 コラージュのような2つの本  でご紹介したが、基本、人間が変われない、変わらない、変わりにくいことを示した事例が、パウロと律法、とりわけパウロと律法の食物規定である。
     自分の基準(律法主義)、習慣、伝統に凝り固まっている姿、あるいは頭ではわかっていても周囲の目を怖れる姿は、主の復活後は大使徒となたと称されるペテロ像とはかけ離れているが、これが実際である。しかも、この幻の記事の直前(使徒9章)にはペテロが死人をよみがえらせる奇跡が帰されているが、そんな彼でもできなかったこととは、実は自分を変えること、つまり自分の選民意識とその習慣を脱却することであった。不思議であるが、これが現実であり人間の性なのであろう。自分の生きてきた価値観を簡単に捨てるほど人間は単純ではない。人間は本質的に保守的動物である。自分が変わること、還ることが嫌なのである。変えない方が楽だからである。(「弱さ」の向こうにあるもの p.140)
     この話をもう一度読みながら思ったのだが、ペテロが奇跡をおこなったのではなく、奇跡は神が起こされたのである。ペテロは、そのためのその場に居合わせた人間でしかないのではないか、と思う。あくまで、神の主権性がそこで働くゆえにその場に居合わせさせていただいた、という感じではないか、と思う。まぁ、人間中心の視点で見た場合、ペテロが死人を読み替えさせたり、パウロが手紙を書いて励ましたり、ということではあるが、それは神の御業が働くときに立ち会わせてもらった幸いな人であったのだと思う。その意味で、パウロは、神が介在される場面に立ち会わせてもらうことで、彼の神に向かい方向性が大きく変わったのであり、イエスから離れる方向(迫害する方向)に進んでいたパウロが、イエスに近づく方向に変わったのである。霊性の変容ともいえよう。無論、そこには、衝撃的なナザレのイエスが神であることの啓示と出会ったからではあるが。
     しかし、人間は変わらないようにも思う。使徒の働きや書簡を見ていても、パウロが激情型であったのは、あまり変わっていないように思う。性格がイエスに出会って変わったとかいう言説をお聞かせいただく方もあるが、個人的にそれはあまりないのではないかと思うし、性格やその人の特質も、神がその人に与え給うたもののような気がする。それが簡単に変わるのだとすると、少しややこしい問題が生まれると思うのは、ミーちゃんはーちゃんだけだろうか。まぁ、そうかもしれない。

    オープン・マインドであることの困難さ

     いろいろな学生と出会ってこられた木原さんであるからゆえ、異質な他者、想像をすることもできなかったような人との出会い、それとともに起きるドタバタ劇と混乱は多数経験されたのではないか、と思う。そして、それが新しい世界への入り口となっている、という以下の指摘は、非常に面白いものである。
     そんなペテロがあえて神が見せられた奇妙な幻は、今日どのような意味を持つのか。それは異質な他者との出会いを通じて、自分の偏見や過ちに気づくことなのではないのだろうか。
     私も、学生から相談を受けるとき、自分の価値観に反発してくる学生たちとの対話を通して、自分の価値観が揺さぶられる思いになることがあるが、そこにこそ異質なものとの出会いを通じて生まれる「新しい人」の扉が有る事に気づく。(同書 p.140−141)
     個人的にも、最近いろいろな学生、特に様々な国の学生さんとお付き合いする中で、まぁ、お近くの国でも、ここまで違うのか、と思うことが多い。特に、就職のお世話をしていると、自分自身の考えを動かすことなく、日本社会がおかしい、そういうことは聞いていない、とおっしゃるので、支援側としては、どうお手伝いしていいのかわからない学生の方とも出会うことが案外多い。「そういうことは聞いたことがない」「そういうことは聞いてない」というのは 福音派と聖書 米国の場合 その3(1) という記事でご紹介したアメリカの福音派のお家芸ではなかったようである。

     ある所で、上記の趣旨のようなことを書いたら、うちも普通の学生はそうだ、と世界各地の皆さんからご意見を頂戴したので、あぁ、我が勤務先も、ある意味では世界標準に達したのだ、と思ったのである。

     こないだ、大阪で開かれた宣教学会でキーノートスピーカーで来られていた本田哲郎司祭がある退任牧師の方から「普段何をしているのだ」と結構きつい口調で詰め寄られていて(それは学会のマナーとしてどうかと思うが)、「聖書ばっかり読まずに、もっと人と出会われたらどうですか?」とその退任牧師の方におっしゃっておられたが、プロテスタント一般に聖書という文字の世界に閉じ込められており、イエスの持っていたオープンマインドネスを忘れていて、イエスの福音でもあった、閉じ込められていることからの解放される必要があるのかもしれない、という不遜なことが頭の片隅をよぎってしまった。 

    聖書と女性について
     男女雇用機会均等法が施行されてから、もう20年以上経過しているが、お題目では男女雇用機会均等ということに建前ではなっているが、実態としては、雇用機会としては等しくないように思われる。そもそも、男女平等が憲法で言うように保証されているはずの日本国で、男女雇用機会均等法という個別法が存在していることを考えると、それは、憲法上の保証が実現していないということを自ら吐露しているようなものである。
     日本では、「男尊女卑」という言葉に暗示されるように、社会構造自体が、歴史的にずっと男性優位社会であり、昔も今も本質的にはそれはあまり変わらない。「男女平等」であるとずっと日本国憲法で保障しているにもかかわらず、その実態はどうだろうか。(中略)そのことを見ても、以下に未だに日本が男性優位社会体制を温存しているのかを物語るものである。(同書 p.142)
     個人的に、1970年代のウーマン・リブ的な男女同権の主張は、近代が生み出した人間はすべて等しいと仮定した上での男女同一であり、本源的な聖書の言う男女平等ではないと思う。基本的に、旧約聖書は一見男性優位に見えていて、その実、結構女性の話が出てくるのである。そして、女性が大きな役回りを果たしていることを案外見逃してはならない。女性が絡んで失敗した事例もないわけではないが、それを言うなら、アブラハムだって、アダムだって、ダビデだって、同じように失敗しているので、男性だけが優れているとは言えないと思う。


    いのちのことば社のことはちゃんのツィッターで見た
    バイブルプレーヤーズのバテシバカード

     しかしこのカードの絵柄見たとき、一瞬衝撃が走った。ドキドキしてしまうじゃないですか。ダビデ王じゃないけど。まぁ、バテシバちゃんが誘惑したのではなくて、勝手にダビデ王がのぞき見して、勝手に誘惑されて、計画殺人事件までダビデは起こすことになるのだ。

     女性の扱いと聖書に関連して、木原さんはもう少し踏み込んで、次のようにお書きである。

     ジェンダー、フェミニズム、女性の権利などというと、キリスト教会では、それらは世俗の発想法で、聖書やキリスト教とは無関係と思われがちである。そればかりか、保守派を自認する薄学で極端な人たちの間には、教会を悪へ蝕む危険な思想であるなどという誤解があることに心が痛む。
     よく学べば分かることだが、そうでないばかりか、実は、そのルーツにはイエス自身の革新的、革命的な女性の人格への尊重というまなざしがある。(同書 p.142−143)
     しかし、次の一文は、よくぞおっしゃったとは思う。「保守派を自認する薄学で極端な人たちの間には、教会を悪へ蝕む危険な思想であるなどという誤解」という、アメリカの福音派の一部と、日本の福音派の一部からはにらまれかねない発言である。「薄学で極端」って・・・・、ねぇ。まるで、森本あんり先生の『反知性主義』 (内容の紹介は、反知性主義をめぐるもろもろ で)で取り上げられた皆様方を名指しでご批判になっておられるかのような印象が・・・。

     よく学ばなくても、基本的にやもめの世話をしろだの、女性へのケアしろだのって、新約聖書には書いてあるし(一部の方の聖書には、その辺が抜け落ちているのかもしれないが、そういう聖書をお持ちの方は、出版元にお問い合わせになった方がよいと思う)、イエスは女性、それも嫌われ者の女性によって言って水を飲ましてもらったりと、実に当時の社会の常識にとわわれない(神であるから、人間の概念に縛られていないので、ある面当たり前であるが)実に画期的で、革命的で、社会の根幹を揺るがす行為をやってのけたのである。

     現代でもそうだが、ユダヤ社会では、男性はシナゴーグでは、ラビ(ラーバイとも英語では発音する、某兵長と音は似ている)のそばを囲むように座席が与えられ、女子供、異邦人は別室送りなのである。20年ほど前に、一度、アメリカで、割とモダンなタイプのシナゴーグ(小学校を借りてやっていた)でヨム・キップルのお祭りに、キッパーという帽子をつけて異邦人、異教徒でありながら、参列させてもらった(コンサーバティブのユダヤ教でないことがミーちゃんはーちゃんが参加できたことでもわかる)が、その時のラビは女性であった。

     しかし、そのシナゴーグでは、ひげはやしたじいさん連中が、30過ぎの女性ラビを囲んでいる姿は、ある意味、非常に印象的ではあった。あぁ、ユダヤ社会もここまで変わるのか、という思いを持ったのである。

     現代の聖書的理解は、現代という時代とそれまでの歴史的な経緯と、現代社会というその環境パラメータにおいてのみ、成立している一時的なものであり、時代とともに変化していったことは、少し教理史を調べればわかることである。

     この前、たまたま、映画『それでも夜は明ける』を見ていたのであるが、あの映画の背景となったアフリカ系アメリカ人を奴隷とすることの正当化には聖書に奴隷が出てくるということが用いられたのであり、いまだに、白いシーツを被って十字架を燃やす趣味(あまり高尚な趣味とは言いかねる、と思うが)をお持ち方々の一部には、奴隷としてアフリカ系アメリカ人を所有することは聖書的であり、当然であると、おっしゃる方々もおられるようである。


    映画『それでも夜は明ける』の予告編

     なお、キリスト教会が奴隷制の問題と直面するきっかけは、ネイティブ・アメリカン(その昔インディアンと呼ばれた。インド人ではなかったが)の酋長が黒人奴隷を保有したまま、教会の役職に就けるかどうかであったことは、このブログでも紹介した。

     まだまだ続く。







    評価:
    木原 活信
    いのちのことば社
    ¥ 1,728
    (2015-07-08)
    コメント:お勧めしています。

    2015.09.26 Saturday

    木原活信 著 「弱さ」の向こうにあるもの その12

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       今日も木原活信さんの『「弱さ」の向こうにあるもの』の第11章からご紹介したい。本日は無縁社会を扱った章である。

      所謂無縁での死亡者
       人知れずなくなる人々について、孤独死の問題としてとらえ、木原さんは次のようにお書きである。
       「行旅病人及び行旅死亡人」取扱法という用語(法制度)は、1899(明治33年)に、いわゆる「行き倒れ」の身元不明遺体の取り扱いを定めた社会福祉関連の専門用語であるが、最近では社会福祉会ですらあまり議論されることがなくなってきている。しかし実際には、右に掲げた京都市の例にあるように、多くの匿名の人々が誰からも看取られることもなく死に至り、またその遺体の引き取り手もないまま行政の手により火葬され、やむなく「無縁仏」として埋葬されているという現実を忘れてはならない(生活保護法上の葬祭扶助費)。これは決してまれな話ではなく、その数は年間で約千人に及ぶ。むしろこの用語があたかも死語のように見えることに、現代社会の反映を志向する陰で、無意識のうちに、そのような闇の部分に目を向けたくないとする時代意識すら感じる。
       そのような中で、近年、孤立死や孤独死をもとに「無縁社会」の深刻な状況がクローズアップされるようになた。この問題は避けることのできない重要なテーマであるべきであろう。(「弱さ」の向こうにあるもの p.146−147)
       実際にデータを見ても、この立会人のいない死者数は2000年に入り、非常に増えている。データえっせい http://tmaita77.blogspot.jp というオープンデータ時代の特性をうまく利用された、ありがたいブログでは、様々なデータを用いた記事が示されている。その中で、孤独死(立会人のない死亡)に関する記事
       http://tmaita77.blogspot.jp/2012/11/blog-post_13.html 
       http://tmaita77.blogspot.jp/2015/04/blog-post_11.html
      が大変印象深い。


      データえっせい(http://tmaita77.blogspot.jp/2012/11/blog-post_13.html)から転載

       このような立会人のいない死亡(孤独死)は、よほど悲惨な事例でないと、新聞報道にも表れず、一日に数名程度がなくなっているということらしい。今後もさらに増えるものではないかと思われる。

       そもそも、これは、日本社会が理想とした近代西洋社会の個人主義の結果行き着いたものでもあると思う。それまでの伝統社会が、地縁主義、門地主義、属地主義などで運営されてきたのであるが、それはある面、個人の自由を制約し、社会の活力の大きな妨げになってきた部分があると思っている。その意味で、個人的には、これらの地縁主義や属地主義、門地主義は社会の活性化のためには望ましくないと思っている。ある面、近代化した社会の副作用としての孤独死があるのではないか、と思っている。

      日本の歴史と孤独死と社会的資本
       とはいえ、これは、近代だけの事かといえば、そうではない。南北朝以降、流民化、漂泊する民がみられた社会の中では、家にいることすらできず、路上で孤独死するもの数知れず、という状況であったように思う。その中で、このような流民ないし漂泊する民が路上死(孤独死)した際の葬儀を手厚く行ったのが、戦国末期のキリシタンであり、それを遂行したのが、コンフラリア・ミゼリコルディアという、キリシタンの組織であった。このことは当時の社会において誰もする人がなかったので、驚きを持って受け止められ、そして、その事は当時の日本人に大きな影響を与えたように思う。

       社会は個人が一人で向かい合うには大きすぎる存在であることは間違いない。そのために、個人と社会の間に、それを緩和する装置としての組織(それが企業の事もあるし、それが団体の事もあるし、組合のような場合もある)を形成されるのだろうと思う。恐らく、個人として、社会に向き合うには大きすぎる負担を緩和する装置として、つまり、それをソーシャル・キャピタルを発生させる装置として、これまでは、教会や、地域や、企業があったのだと思う。最下部で紹介するロバート・パットナムの『孤独なボウリング』のソーシャル・キャピタルを生み出すものとしての教会が最初に取り上げられているのは、そのあたりの事があるのではないだろうか。

       その意味で、社会との軋轢に対抗するための装置、ソーシャル・キャピタルを生み出すプラットフォームとして、一種の組織を形成することには合理性があるように思う。ところが、困ったことに、個人と社会との軋轢を緩和するための組織がまた、新たな制約を個人に課すというどうしようもない状況が生まれるのである。

      法制度から抜け落ちてしまう人の
      救済の困難さ

       結局、豊かなはず、一見豊かなはずの日本という国の中での悲惨な孤独死という事件は、ある面、個人主義という前提の上に乗っている個人を包括する法律制度の枠組みが完全でない、ということを如実に示すもので、現在でも、日本の法制度が暗黙の家族制度や地縁制度に大きく依拠しているという現実を示すものではないか、ということを想うのである。

       というのは、ある関西の地方自治体の委員をさせてもらっていた時に、社会福祉関係の学術経験者枠の委員さん(こういう枠がある)が、「社会福祉の分野でも、職員に聞くと、こういう場合には、こういう制度が・・・、と教えてくれるのだが、聞かないと教えてくれないのはいかがなものか」と不満げにお話しされていた時に、ミーちゃんはーちゃんは、「じゃあ、今の行政対応は、正しく聞かないと出てこないファーストフードレストランのバイト店員みたいなんですね。鮓屋のおやじみたいに相手の顔見て、これ、とか制度を示してくれ、とは言わないけれども、定食屋のおやじみたいにこの辺かな、ってセットメニュー作ってくれたらありがたいですよね」と言ったら、「うまいこと言う」とその社会福祉の専門家の先生はほめてくださった。この時に理解したことであるが、社会福祉も制度が実にたくさんあり、それぞれ様々な問題が起きるたびに法制度がつくられる(これは災害でもそうである。大事件化して法制度が初めてできるのは、ローマ時代からの伝統である)傾向にあるらしい。

       一応、制度は個別の事象に対応するために制度がつくられるらしいので、そもそも全体像を見て、それで社会制度を設計して、と理念系のようにはいかないので、どうしてもその制度枠から採りこぼれる人が出てしまう。制度枠で拾えない人は、制度的補償がないことになる。あるいは、制度は人々に知られなければ、制度があっても救済は可能にならないのである。

       西洋でも中世くらいまでは、いい悪いは別として、どうしても社会制度の枠を踏み外してきた人たち、社会制度の枠組みで扱いにくい人々に対しては、教会がそれらの人々への対応をしてきたのである。例えば、病人とか、行き倒れの人々とかを対応してきたのは、プロテスタント教会ではなくカトリック教会や東方正教会の人々であったのである。ソモソモ、ぷろてすたんとキョウカイハ、チュウセイニハソンザイシナカッタ(と、昔風に書いてみる)。プロテスタント教会は、そのカトリックや東方教会の伝統を案外と保持していない教会が多いように思う。もちろん、そうでない教会もないわけではないが、文字と説教を愛好してやまない教会では、案外とこのあたりの事は軽視されておるような印象があり、文字と説教をこよなく愛する皆さんのたくさんおられる教会で、こういう弱さを抱えた人々の現実世界における救済を言うと、ほぼ確実に「リベラル派」と悪魔の手先と同じ扱いを受けること、ほぼ確実である。そうでないグループの人々がコメントを残しておられるのが、最近刊行された、ラウシェンブッシュ先輩の『キリスト教と社会の危機』という本らしい。ミーちゃんはーちゃんが福音と世界に書いた書評を最近亡くなられた関西学院大学におられた栗林先輩は、随分ほめてくださっていたらしい。最近、栗林先輩のお弟子のお一人から聞いた。まぁ、どうでもいいんだけど。

      家族単位の孤独死

       家族単位の孤独死は、結局家族内で人柱になる人が倒れる、それに依存する人が倒れる、そして誰もいなくなった、という状態が生じているのだろうと思う。その意味で、一種のクローズドな社会が形成されて、それがオープンネスを失ったときにおこる問題が家族単位で現れた状態と言えるのではないか、と思うのだ。
       そのことに関して、木原さんは次のようにお書きである。
       独居老人の孤独死は今も急増しているが、無縁化の単位は、個人から家族へシフトして、家族全体そのものが地域の中で埋没し、孤立無援化して、家族丸ごと餓死して、死後しばらくして発見さえるなどの、家族単位の孤立死も顕在化し始めた。これは、社会福祉界として対応を迫られる喫緊の社会問題である。(同書 p.148)
       先述の地方自治体の委員をしていた時に、同席させていただいた社会福祉系の学術経験者枠の社会福祉の先生のお話をお伺いした時、非常によくわかったことが一つある。それは、社会福祉と言えども、強制力や、悲惨なことが起きていても、行政は公権力の執行にあたる強制介入がためらわれるということである。そして、福祉制度は、それ故に、原則申請主義(本人ないしその保護者による)であるということなのだ。特に、児童虐待の場面で、この申請主義による法制度の壁が立ちはだかることがある。本来救えるはずの子供のいのちを申請主義のゆえに救えないということはまま起きる。

       とはいえ、申請主義、それは大事なことだと思うのだ。悲惨な事件が起きるたび、テレビでは「政府は何をしているのだ」「行政は何をしているのだ」と騒ぐキャスターがおられる。それは個人的におかしいと思うのだ。個人の生き方や死に方に他者の介入を安易に許してよいのだろうか、と思うのだ。個人の主権を失うということは、国家からの財産権はじめとする人間の諸権利と思われていることへの介入の口を開くということであり、悪くすると国のために命を捨てよということを認めさせる口を開くことでもある。「戦争反対」や「徴兵制批判」を叫ぶその口が、どうして「行政は何をしているのだ」とどうして、口にできるのか、とは思うが、思い付きでしゃべっておられる方々のようなので、致し方ないと思っている。テレビ番組はあまり見ないし、きちんと考えていない人々のためのメディアだと思っている。ただ、速報性は新聞より早いので、大体の事を知れればそれで良いと思っている。

      孤独死の正体
       孤独死の正体として、木原さんはもともと、労働経済学がご専門の橘木先生の文章を引用しながら、次のようにお書きである。
      橘木俊詔(『無縁社会の正体』)によると、家族を中心とする血縁、地域を中心とする地縁、企業を中心とする社縁、という3つの「縁」から排除・除外された社会構造とその縮図の事である。それは、高齢者の孤独死の急増、自殺者年間3万人前後の恒常化、結婚しない若者(未婚率の急増)、離婚率の増加などの諸種のデータでも裏付けられる。
       ここで、地縁、血縁、社縁という3つの語が触れられているが、縁というと、仏縁という語を思い出すので、個人的には、社会的紐帯とか社会的ネットワークと呼びたい語である。つまり、人間は、一人では生きられない存在であり、それを個人のみでの対応を求めた近代日本社会には、そもそも無理があったし、これまで、近代日本で問題化しなかったのは、陰のシステムとしての、地縁だの、血縁だの、社縁だのと称される故人を包含するネットワークが機能していた、あるいはそれらが弱体化しつつも存在していた、その余韻でわざわざ政策や法律制度を作らなくても、たまたま問題が顕在化しなかっただけなのかもしれない、ということを考えた。

       ところで、先に紹介した今年4月のデータえっせいの記事 http://tmaita77.blogspot.jp/2015/04/blog-post_11.html が実に印象深い。一番たくさん孤独死しているのは、高齢者ではなく、後期高齢者予備軍の60代の年齢層なのである。無論、この背景には、この年代層での自死者が多いというのもあるだろうが。一応、データえっせいのブログの運営者、舞田さんがおつくりになったグラフの画像を転載しておく。



      年齢層別の孤独死の死者数

       上でも触れたが、社会的ネットワークに関しては、ソーシャルキャピタルとの関連について、世俗の仕事の関係で以前勉強したことがあるので、なんとなくはわかるのであるが、どうも人間が生きる生活の質(QOL)を考える上では、この種の社会的ネットワークは、極めて重要な概念だと思っている。

       ところが、めんどくさいのは、この社会的ネットワークは、いわゆるゴータマ・ブッダの言う、輪廻であり、渇愛だのがうごめく世界でもあり、その結果、四苦が生まれる土壌なのでもある。涅槃(ニルヴァーナ)に行くためには、この世界から切り離されないと、いけない社会なのである。そのあたりの事を考えると、実に印象深い。

       ブッダは、大いなる諦念の境地、涅槃を理解され、悟りをお開きになられたらしい、とはいえ、孤独死、無縁死したわけでなく、弟子たちに囲まれて死亡したというところが、これまた何とも味わい深い。


      法隆寺五重塔の1回にある粘土像(ブッダ、死亡の際の状態を表す塑像群)


      まだまだ続く


      評価:
      木原 活信
      いのちのことば社
      ¥ 1,728
      (2015-07-08)
      コメント:お勧めしています。

      評価:
      ロバート・D. パットナム
      柏書房
      ¥ 7,344
      (2006-04)
      コメント:お勧めする。図書館で読むのでよいと思うが。

      評価:
      ウォルター ラウシェンブッシュ
      新教出版社
      ¥ 6,588
      (2013-01-07)
      コメント:高いけれどもよい。

      2015.09.28 Monday

      木原活信 著 「弱さ」の向こうにあるもの その13

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         今日も木原活信さんの『「弱さ」の向こうにあるもの』の第11章からご紹介したい。本日は無縁社会を扱った章の第2回目である。

        近代の逆襲としての無縁社会とその焦点

         現代の人間を取り巻く環境とその支援能力が社会が近代化していく中で弱体化し、ソーシャル・キャピタルが大きく毀損してきたことに関して、次のように木原さんはお書きである。
         こうしてかつての日本社会、文化を特徴づけていた強固な絆の象徴であった血縁、地縁、社会縁という三つの「縁」は今や希薄化され、ある場合にはすでに崩壊してきた。(中略)しかしながら、この現象を社会状況、家族機能の変化、崩壊過程との関係において慎重に議論することは重要である。
         ただ社会福祉で重視しなければならないのは、これらの無縁社会の対象が、近代個人主義の象徴とされる孤独を「楽しむ」一部のインテリ層や高所得層ではなく、社会から排除されたと感じる貧困層や、文化的少数派ゆえに無縁を余儀なくされた「周縁者」であるという点である。(『「弱さ」の向こうにあるもの』pp.150-151 )
         ここで、木原さんは、”近代個人主義の象徴とされる孤独を「楽しむ」”側面があったことを言っておられる。これは、基本的に近代の社会が前近代として否定してきた古い時代、即ち封建時代における、門地主義、封建主義をも近代の名において法文を通して、否定したから生まれた個人の新しい生き方であったのである。この新しい近代的な、近代人の生き方を可能にしたのがフランス革命であり、日本における明治維新であった。尚、日本の旧民法は、フランス法典型である。

         近代という時代は、血縁や地縁の中で生み出されてきた門地主義や、封建主義を否定したのであり、個人と社会の関わりの在り方として、行政や政府に全部放り投げしつつも、前近代的制度や概念で生きる人たちがいたため、行政や政府が負えない部分は、これらの地縁や血縁という前近代で機能した制度にゆだねて社会が運営されてきた、という側面はあろう。

         政府(行政府)に丸投げしていると言いつつ、それで救えなかった個人、特に周縁部におかれた人々はおられた。ところが、経済成長が急速であり、ほとんどすべての人が、自分の前の世代(20年前か30年前に生まれた世代)よりもかなり豊かな生活を、程度の差はあれ経験できたがゆえに、社会に存在する問題が問題と認識される暇がなかったために1990年代後半まで、日本社会ではあまり問題にならなかっただけ、という気がする。それ以外に、公害をはじめ、社会全体に問題にすべき問題があまりに悲惨であり、大きく国民の前に存在したのである。

         しかし、日本の経済が、究極の低成長、あるいは、マイナス成長をバブル崩壊後、異様な長期間にわたり続くなかで、自分の前の世代(親世代といってもいい、20年前か30年前に生まれた世代)よりも、より豊かな生活を送れる人が明らかに限られた一部の人たちだけになってきたために、現代の20代後半から30代全般にかけては閉塞感が漂い、”近代個人主義の象徴とされる孤独を「楽しむ」”余裕などはなく、以前から存在していた社会の排除された貧困層が社会全体の中で相対的に大きくなり、その問題が社会として無視できない程度になってきた、ということがあると思う。その問題が、ワーキング・プアの問題であり、現代の若者におけるニートの問題ともつながっている。このあたりの事は、社会福祉というよりは、社会政策の関連の事なので、木原さんに本書でそこまでを分析的に記述することは求めることは求めすぎではないか、と思う。従って、このブログ記事で、補足しておく。

         先に述べた、高度経済成長期には、貧しさが問題にならなかったことに関して、月刊『記録』という面白いウェブジャーナルに、ホームレス、自らを語る という連載をお読みになられるとよいと思う。ここでのインタビューの中にも、当時から社会の周縁におかれ、貧しい中でお暮しになられ、現在ホームレスになっておられる方々が高度経済成長期やバブル経済真っ盛りのころを「いい時代であった」懐かしむ発言が時々見られるが、社会の中で小さくされた周縁者の方にとっても豊かな時代であることで、問題が問題となりにくい環境があったようである。

         要するに社会における経済のパイが小さくシュリンクしていく中で、現在、高度経済成長を前提として設計されてきた社会制度(年金や、医療保険など)が問題を起こし、社会全体が経済成長を前提とした近代が生んだ制度からの逆襲を食らっているのが現在の日本の実情だ、と思う。年金制度は、すでに破たんして個人的には、もう、こういわれても仕方のない状態にあると思っている。


        北斗の拳のケンシロウ様の名言 英語版で

         なお、年金は貯金制度ではなく、世代間の所得移転制度なので、端的に言ってしまえば、勤労世代から、非勤労者である人々が金を巻き上げる制度である。この制度が是認されるのは、国家として人口増加がある社会であり、現実の制度も、人口増加とそれに伴う経済背長の果実を非勤労者である高齢者に分配することで、経済全体でのパイを大きくすることができるという理論を背景にした制度であるが、そもそもの制度の前提である人口減社会では、制度の前提である人口増が破たんしている以上、年金制度は理の帰結として破たんするのである。しかし、年金制度をうんぬんするマスコミの番組で、枝葉末節の同世代内に生じる不平等さ、をあげつらう番組をご放送中のマスコミでは、きちんと触れられたためしがないのが実に残念である。

         その意味で、現代の若者のかなりの部分は、今の高齢者の一部が享受した”近代個人主義の象徴とされる孤独を「楽しむ」”余裕も、そのための展望もない中で生きているのである。よくこれで選挙による平和的革命が起きないなぁ、と思っている。選挙は、(平和的な)革命装置であることはもう少し認識されてよい。まぁ、彼らにとっては、選挙は人生のおまけに過ぎないし、食玩(ラムネなどの食品が申し訳程度に付いたおもちゃ主体のお菓子)ほどの勝ちもないのであろう。

         ある面、経済的な発展がなくなって、個人にだけ責任を負わす風潮を若者が感じているだろうし、現実に個人主義の利益を享受できずその逆襲としての負の側面だけ負わされている若者が哀れでならない。

        ゲラサ人の物語から 周縁と結界
         この後、ルカ福音書におけるゲラサ人(ガラタ人)の狂人に見える人物の聖書箇所の紹介と引用があった後、次のようにお書きである。
         この舞台となるゲラサ地方とは、恐らくガリラヤ湖の東岸地帯であったと思われるが、乞うご学的に地理的場所を厳密に特定することは困難である。ユダヤ教では穢れた動物とされた「豚を飼う」等の習慣がこの地方では定着していたということは、ユダヤ教の中心社会から見て、あたかも「異邦人の地」のようであり、また「追放された人たち」や「けがれた人」たちの住む「周縁地」としての場所ともみなされていたようである。(同書 p.156)
         日本でも、海外でもそうであるが、周縁は異界との窓口(結界)でもある。異界譚は、必ず、海岸、山麓、峠あたりが舞台になることが多い。結界と異端はつながるし、結界には、日本では神社や寺院や墓が置かれる。最近では教会も置かれるが。明治のころからある教会は、割と宣教師たちが論外の為替レートで持ち込んだ外国の資金で土地を取得したため、街の真ん中のやたら一等地にある教会が多いが、最近の教会は、結界付近にある所が多い。そもそも、資金がないから、という現実的な理由によることも多いのではないか、と思うが。

         なお、下記で紹介する周縁学という本はなかなか面白かった。

         まさに、ゲラサ人の地は、ユダヤにとって結界であったのであろうし、「子犬だって食卓から落ちたものを食べさせてもらえる」とイエスに食い下がったツロ・フェニキアもユダヤにとって結界であったのであろう。そう考えると、イエスは、社会の中心を歩いた人ではなく、結界にいる人々の間を歩んだ人なのである。

         イエスの兄弟たちがイエスに次のように言ったとヨハネの福音書に記されている。
        【口語訳聖書】ヨハネによる福音書
         7:3 そこで、イエスの兄弟たちがイエスに言った、「あなたがしておられるわざを弟子たちにも見せるために、ここを去りユダヤに行ってはいかがです。
         7:4 自分を公けにあらわそうと思っている人で、隠れて仕事をするものはありません。あなたがこれらのことをするからには、自分をはっきりと世にあらわしなさい」。
         7:5 こう言ったのは、兄弟たちもイエスを信じていなかったからである。
        身内からすらも理解されていなかった、ナザレのイエス君がいたのであり、それほど、イエスは周辺を歩んだ人であったということであろう。
         ここで注目すべきは、この男が信仰について興味を持ち熱心に求道していたとか、救いを求めてイエスに歩み寄ってきたと言いうのではなく、イエスの方がわざわざ湖をわたり、危険を犯しながらも近づいて歩み寄っている点である。本書も一貫して紹介してきたイエスの福音の本質ー「失われているものを捜す」という視点がある。(同書 p.157)
         この部分を読みながら、何度もこのブログ記事の一部でお示ししている日本宣教学会での本田哲郎司祭と退任されたあるプロテスタント派の牧師の方との応対の事を思い出した。その記事は、これ 日本宣教学会第10回大会@大阪 で本田哲郎司祭の基調講演を聞いてきた 質疑応答と感想 に採録されている部分である。要するに、本田司祭は、教会堂に閉じこもって、聖書のテキストこねくり回してないで、イエスがされたように「周縁者のところに、お行きになって、イエスに倣ってごらんなさいよ、そこでキリストに出会うこともあろうから」と暗におっしゃったように思うのだ。

         日本のプロテスタント派も、一部のカトリック派の人々も、教会堂が成立し、教会堂の中に人々を呼び寄せ、教会堂ないし、大勢の人が集まるホールや野球スタジアムの中で言葉で語ること”のみ”が伝道であるという社会的前提を持った人々(ヨーロッパ系の人々も、北米系の人々も)の無意識の前提をそのまま引き継いでいて、そういうものがない時代の活動形態を忘れているのではないのか、ということをご指摘であったように思う。

         そういえば、森本あんり先生の『反知性主義』の中には、馬に乗って周縁者を訪問し続けたタイプの米国のメソジスト派の伝道者の話が載っているが、キリスト教にもそういう時代があったのである。今は、そういう活動はプロテスタント派のごく一部に残っているだけのように思われるが。



        馬に乗り、傘を差しつつ、過酷な環境の中、周縁者であった
        開拓民を回ったメソジスト派の巡回伝道師

        マリアが言われた「そんなの関係ねぇ」
         この自傷行為を繰り返すゲラサ人に関しての記述の解説の部分があり、この自傷行為を繰り返す人がイエスに行ったことに関して、木原さんは次のように記しておられる。
         諸訳を比べてみると、新改訳では「いったい私に何をしようというのですか」、新共同やっくでは「かまわないでくれ」と訳出しているが、ギリシア語原文は”τι εμοι και σο”である。直訳すれば、「私(εμοι) と(και)あなた(σοι )は何(τι)」となり、平たく言うと「私とあなたはどういう関係なの?」という意味になる。事実、口語訳やNKJV(新英欽定訳)はこの直訳に近い訳「あなたは私と何のかかわりがあるのです」(口語訳)、”What have i to do with You?”(NKJV)と訳出している。新共同訳は、この原意を踏まえたうえで、それを反語ととらえて「わたしとあなたは何の関係もないでしょう」と解釈し、「かまわないでくれ」と意訳しているようである。(同書 p.158-159)
         現代風のことばでいうならば、「そんなの関係ねぇ」というくらいの意味であろうか。小島よしお氏をテレビで時折見かけるたびに、個人的にはゲラサ人と重なってしょうがなかったことを思い出す。


        そんなの関係ねぇ、を連呼する小島よしお氏

         余談はさておき、ここの部分を見ながら、思い出したことがある。イエスがその母マリアに言放った次の言葉である。
        口語訳聖書 ヨハネによる福音書
           2:4 イエスは母に言われた、「婦人よあなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。
         (上記引用の太字部分のNA27 τι εμοι και σοι γυναι )
         つまり、(τι なんの) (εμοι わたし) (και) (σοιあなた ) (γυναι 婦人よ) と、基本的にゲラサ人がイエスと言った表現と全く同じ表現である。イエスに「葡萄酒を出す奇跡をしてくれろ」と言ってきた母マリアに、英語で言えば None of your business!と言い放ったナザレのイエスがいたのである。イエスは、血縁をここでガン無視するような発言をしているし、血縁をガン無視するような発言を別の機会にしておられる。このような表現の意味を、日本の一種儒教的な価値観の上で聖書理解をするタイプの聖書解釈者の皆様がどう解釈されておられるか、をお聞きする機会があまりないので、どのような解釈がなされているのかは、あまりわかっていない。

        ゲラサ人が回復したのは何だったのか?
         ゲラサ人は、イエスと出会い、閉じ込められていた世界からイエスと出会う事によって、解放され、救出されることで、本来の人間の姿、神と共に生きようとする人間の姿を回復した、それが福音であった、ということに関して次のように書いておらえる。 
         さて、ゲラサ地方のこの無縁の男は、イエスの到来によって正気に返った。そしてさらにはイエスにお供して歩みたい、とまで願うのである。この男を取り巻いていた悪魔的な無縁社会が、突然喜びに満ちた有縁社会へと劇的に変化したのである。(同書p.162)
        と、ここまでは異論はない。そのとおりかと思う。しかし、である。
         先述した無縁社会の地縁、血縁、社縁のいずれも喪失していたこの男は、イエスとの縁、つまり人間を超えた超越的な存在ー神との縁が回復したことによって、結果的に家族(血)や地域(地)などの他のあらゆる縁も同時に回復したのである。これこそが福音(喜ばしい良きおとずれ)の結果である。すなわち、神との縁としての垂直の縁が確立すれば、水平の縁もおのずから開かれていくのである。(同書 p.162 太字部分は原文傍点)
        とまで歌い上げられているが、本当にそうであろうか、とは思った。そもそも、この自傷行為を頻繁に起こす人には、そもそも社縁はなかったろう。確かに社縁は回復したとは書いておられない。

         無論、確かに神との関係性は回復した。確かに、それは、神の不在から、この自傷行為を繰り返す人を開放はした。それは先にも述べたように、確かに福音である。そこには疑義はない。

         しかし、地域との関係性(地縁)は回復したと言い切れるのだろうか。確かに家族のもとに帰った、という記述はある。その意味で血縁は回復したかもしれない。一時的に。しかし、地域に関しては、マルコの福音書は、次のようにも言う。「ことごとくデカポリスの地方に言いひろめ出したので、人々はみな驚き怪しんだ」と。ある面、血縁も持て余したのではないだろうか、この回復後の自傷行為を繰り返していたこの人を。そして、その表現の後に、地縁も血縁関係者による「神の御名を崇めた」という表現は、見られない。もし、人々との関係が回復し、人々が悔い改めたのであれば、その表現が出てくるはずである。

         ある面、この人物は、非ユダヤ的、神のない世界に、ないし神の存在が薄いことをよしとする社会に住んでいたとして、神との関係が回復した人を容易に受け入れるか、というと、人間の性質として、異分子は排除せよ、という社会心理が働くことを考えると、地縁や血縁と呼ばれるものまでが回復したと、そこまで単純には言い切れないようにも思う。

         ところで、縁という言葉を用いようと、関係性、中間組織や組織と言う語を用いようと、これらものは、人間を保護する存在になりうると同時に、人間を閉じ込める存在である。それはオウム真理教でもそうであるし、多くのカルトがそうである。キリスト教系カルトも関係性において故人を拘束するという側面が強い。そのように考えると、神の縁が回復したら、すべてうまくいく、というようには世の中で来ていないと思うのは、ミーちゃんはーちゃんがひねくれているためであろう。

         事実、木原さんは、次のように続けている。
        結果的に「すると、彼らはイエスに、この地方から離れてくださるように願った」(17節)のである。無縁社会からの解放者であるイエスに「出て行ってくれ」というのである。これは縁(関係性)の根源である神自身に退場を要求するに等しい。これこそ、この男の問題だけでなく、それを取り巻く社会の側の深刻な無縁ーキリスト教的な説明では「罪」の問題を象徴している。(同書 pp.162ー163)
        ここで、イエスにこの地元民が向けた言葉「出て行ってくれ」とは、ある意味 「あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。」と言ってのけることに等しい。イエスに対し、出て行ってくれ、というそのことばが向けた地元民からは、イエスの弟子と見えた、あの頻繁に自傷行為に及んだゲラサ人には、より一層厳しい目が向けられたのではないか、と思う。
         
         まぁ、この部分に関して言えば、少し筆が滑ったのでは、とミーちゃんはーちゃんは感じはしないではなかったが、それがあるからと言って、著者への経緯は変わらないし、この部分が本書全体の価値を大きく毀損する、とは思ってはいない。

        『縁』という語とキリスト教

         日本語では、縁というと、どうしても仏縁とか、「縁なき衆生は度し難し」といった語感を持つ語であるがゆえに、同じ信仰を持つ中でも、同じ地上の特定の地理的空間の中に存在する一つの教会関係者とのつながり、みたいな感じが強い語であるので、個人的には、「誤解を生まないかなぁ?」と懸念する。なんか、キリストを信じると、全部うまくいく、と誤読する人が出そうで、この言葉を使いながら説明しようとすると少し厄介だなぁ、と思った。

         個人的には、個人が成功の状態であれ、悲しみの状態であれ、苦しみの状態であれ、憐れみの中に陥っている状態であれ、よろこびの状態であれ、それに全く関係なく、キリストがそこにいるし、我ら人間とともに、存在する、まさに泣くものと共に泣き、喜ぶものとともに喜ぶ(ローマ  12:15 )存在としてのナザレのイエスが存在する、というのが、聖書の主張の一つであることがもう少し認識されてもよいように思うが。


         次回、大団円、このシリーズの最終回である。




        評価:
        木原 活信
        いのちのことば社
        ¥ 1,728
        (2015-07-08)
        コメント:絶賛ご紹介中です。

        評価:
        ---
        昭和堂
        ¥ 2,808
        (2010-04)
        コメント:九州という周縁から考えた近代社会の考察論考集であったと記憶する。

        2015.09.30 Wednesday

        木原活信 著 「弱さ」の向こうにあるもの その14

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          今日も木原活信さんの『「弱さ」の向こうにあるもの』の第12章からご紹介したい。本日はキリスト教と社会福祉を扱った章の第2回目である。

          社会派・教会派論争
           福音派の中だけにいると、この種の論争は、社会派的存在の人々はリベラル鳩有難いラベルを張ってもらえるので、その中から追い出されることが多いので、この種に議論の存在をご存じない牧師の方が結構おられるので最近もびっくりしたことがあるが、実は、社会の弱者救済ということは、福音派というマインドセットの中では、あまり意識されることがないらしい。福音派では、日本キリスト教団=日本キリスト教団というひとくくりであり、その中の教会の味わいというものは無視される傾向にある。リベラル≒日本キリスト教団という認識が成立していて、全部リベラルというラベルを張っておしまい、となる傾向が強いので、「社会派、教会派」何それおいしいの、となる傾向が強いように思う。
           キリスト教と言えば、一般にカトリックとプロテスタントと二つに分類されているようだが、その二極化よりも、今日の日本のキリスト教会は、教会の社会的責任を重視する「社会派」と伝道を優先する「教会派」に二極化する傾向にあり、両者の間は疎遠になってしまっている。神学議論はさることながら、こうした状況は、宣教ということから言えば、悲劇であり、聖書が示す教会の姿からもかい離していると言わざるを得ない。ローザンヌ誓約(The Lausanne Covenant)の社会的責任(第5条)の観点からも、このことを正面から問う必要がある。(『「弱さ」の向こうにあるもの』 p.164)
           しかし、東方正教会系(ギリシア正教会とロシア正教会のOrthodox系)がガン無視されているのが、実に日本的であるが、日本のキリスト教の多くが、米国や英国、ないしは西洋から伝わってきた経緯を考えると仕方がないのかもしれない。

           社会派、教会派論争は、前にも紹介した1900年頃最下部に紹介した本の著者のラウシェンブッシュの活動から起きたアメリカ国内でのキリスト教界内のキリスト教とは何かにかんする理解の対立が、日本にそのまま持ち込まれ、戦争中のキリスト教界としての戦争責任問題などと絡み、戦後、キリスト者として大東亜共栄圏への加担をどう考えるか問題(これは以前に、ブログ緊急公開 歴史に学ぶことの大切さ で日本を愛するキリスト者の会問題に関連して触れたところである)が議論され、それにどのような結論を出すのか、という問題とも重なって、議論の焦点化した。それがさらに、当時のベトナム戦争、日本での米軍脱走兵問題、べ平連運動などに非差別問題をどう考えるかと、ありとあらゆる論点が学生運動のうねりの中に持ち込まれ、焦点化した大阪万博でのキリスト教館への関与問題に絡んで、日本基督教団を大きな混乱を巻き起こした論争でもある。しかし、この日本基督教団総会のサブタイトル「教団の一致はいずこに? −御霊の導きを渇望しつつー」というのがすごい。つまり、この一致していなかったということであるし、「渇望」せねばならぬほど、同教団内での状態がひどかった、ということであろう。実に残念なことである。


          この写真なんかはまだかわいい方だと聞いている

           この時代、福音派は福音派で、いわゆる聖書無誤論(無謬論ともいう)をめぐる論争に明け暮れ始めていたころであろうし、イスラエル建国に伴い、もう終末は近いという終末待望論、あるいは終末研究の本が量産され、ハル・リンゼイなどの本が出たのがこの時期である。このような風景の中で、世の中にかかわることなんてとんでもなくて、世の中にかかわる余裕すらなく、そんなことをするよりは、伝道をすべきだ、とイスラエル建国、中東戦争、オイルショックと世界の安定性が失われたこと(そもそも、世界は安定的であったことがあれば、歴史家はすべて失職するし、そんな時期はあったためしがない)に伴う社会不安心理に乗ったような伝道も一部にみられたようである。その面で、2000年代に入るまで、福音派が社会にかかわるといっても個人ベース、あるいは個別の教会ベースにかぎられたものであったといえよう。福音派全体として取り組む、という問題意識は現在においても濃厚である、とは言い難い雰囲気がある。
           しかし、ローザンヌ誓約が出され、ジョン・ストット先輩はある面ゴリ押しに近いような形で社会的関与への方向付けをしたこともあり、次第に日本でも、神学的な考察対象の問題として、漸く福音派キリスト者としての社会関与の問題が最近話題になり始めた、という状況であろう。

          明治維新以降のキリスト教と福祉

           明治維新以降、キリスト教と福祉は、くっついたり、離れたりしながら、進んできた。そのあたりの事に関して、木原さんは次のように書いておられる。

           明治以降の福祉をめぐる国家とキリスト教(教会)の関係を整理すると、
          〔声4からの石井十次、山室軍平らのキリスト者の先駆的ボランタリズムの躍進の時代
          第2次世界大戦後の福祉国家成立による公的責任の下で、キリスト教は補完的役割となった時代
          そして2000年の社会福祉基礎構造改革による市民的公共という発想により、教会にも社会福祉事業として新しい可能性が出てきたという時代
          の三つに区分できる。
           ,了代には国家は福祉にあまり関与しないため、その代わりにムシロ協会が積極的に福祉に関与し、福音と福祉を一体化した宣教が体現された時代であった。ところが、△了代では、福祉国家体制が整ったことで、逆に教会は福祉へのかかわりから離れていった。こうして「教会派」「社会派」の二分化が強化された。(同書 pp.165-166)


           明治期からの国家と教会と福祉をめぐる問題であるが、結局、明治期には、諸外国の手前、近代国家のふりをしなければならないため、実態的に封建的制度で運営されている社会のうえに、西洋諸国の制度を見よう見まねで急ごしらえで作ったどんがらだけの近代国家制度を乗せた社会を構築したのだ、と言って僧間違いはない、と思っている。その意味で、いわゆる、明治日本はなんちゃって近代国家であったように思う。だって、坂の上の雲目指して歩んだのが明治国家だ、って司馬遼太郎大先生書いておられる。

           そのなんちゃって近代国家において福祉といえば、仏教徒やキリスト教の信徒、あるいは宣教師たちの同情心にすがった福祉制度や人間の素直な心情のゆえに発露された困窮者への救済の概念によるしかなく、その意味で、ボランタリーな組織に依拠せざるを得なかったのであろう。もちろん、救世軍の山室軍平や、石井十次、賀川豊彦等、様々な人々の個人的な検診による部分も大きかったし、何より、この時期の社会福祉や、日本における伝道を心ざいた人々の中に、案外George Mullerとその影響を受けて海外伝道、とりわけ中国伝道に従事した、OMFの基礎を作った人物であるハドソン・テイラーの影響を受けた人々が多いのだ。大体、1840年代に英国で孤児院をやった、ジョージ・ミュラーの時代、英国政府は孤児問題をほっぽらかしていたので、ストリートチルドレンがあまりに多いので、ジョージ・ミュラー先輩が、信仰によって、孤児院運営をしながら、やたらと、やれ、これが足らん、こういうものが要る、と、支援者に手紙送付大作戦をしていたのだ。

           まず間違いなく、日本に明治直前にきたギュツラフ先輩にしても、現関西学院大学の基礎を築いたランベス先輩にしても、日本伝道隊を始めてしまったバクストン先輩にしても、直接間接に影響を受けているようである。ある意味で、ヘボン式ローマ字で知られるヘップバーン先輩にしても、間接の影響を受けていたようである。その意味で、アジアにおける伝道の情熱にそもそもの火をつけたのは、ジョージ・ミュラー先輩に触発されたハドソン・テイラー先輩なのである。まぁ、ロマン主義もあるだろうけど。

           このところ、いちゃもんつけ、みたいな記述が多いが(もうしわけない)、どうせなら、木原さんには、賀川豊彦先生の事を半行でよいから書いてほしかった。賀川先生は、戦前ノーベル平和賞候補になりながらも、帝国陸軍参謀本部の用語で、大東亜戦争を我が国が始めてしまったおかげで、立ち消えになり、戦争中戦時体制にご協力した関係で、アメリカを中心とした西洋諸国からは、失望の対象とみられてしまった。ところで、神戸には、イエス団という賀川先生由来の社会福祉関連に熱心な法人がある。もう一つ有名なのは、コープこうべという今はスーパーのようになった、そもそもは貧困者のための共同購入組織である。その意味で、木原さんが,如賀川先生の取り組みが書かれておられなかったのは、賀川を一時期マークしたミーちゃんはーちゃんとしては少し残念に思った。

           また、明治期のこの時期は、カトリック教会も、孤児院運営やハンセン氏病者への対応に極めて熱心に取り組まれていた時期であるが、ある時期からこういうことに手を出すことを躊躇するようになっておられたようである。しかし、第2バチカン公会議以降、とりわけ、教皇フランシス時代からは、こういう分野に一層積極的に関与しておられるようである。多分に、解放の神学の影響も考えなければならないが。

           ところで、の2000年の社会福祉構造改革は、市民的公共と書かれているが、これは別の業界用語では、「新しい公共」と呼ばれたり、「ニューパブリックマネジメント」という語で語られることの多い語である。これは、要するに、冷戦期のような東西に分かれて、福祉分野でもどちらが優れているかの制度的競争が、東側(共産主義側)が崩壊したことに伴い、「どっちが福祉国家であるかどうか競争」する意味がなくなってしまい制度的競争の結果、財政負担が重くなってきたのもあって、「もう、国とか政府で全部の事はできないし、そういう時代でもなさそうだから、皆さんで、やりたい人がやってくださいよ、皆さんのうちにできる人、やりたい人もいるでしょう」って感じの中で出てきた概念だと思うのだ。その意味で、従来の政府概念を放棄した時代に我々が来ているということを、こっそりと突きつけたのが、2000年頃から言われだした「新しい公共」「市民的公共」の実体であると、ミーちゃんはーちゃんは、にらんでいる。

           こう考えると、結局、現在の社会福祉制度の変遷や大きな政府という概念に現在も尚支配されており、問題が発生したら、すぐにやたらと政府のせいにしたがる特にマスコミの一部の論調は、近代という時代の残滓であろうと思う。

           その意味で、社会福祉制度が混乱しているのも、近代等社会からの逆襲というかしっぺ返しではないか、と思う。真理は一つとかいう訳の分からない妄想に踊らされ、政府がすべきか、民間がすべきか、という、どちらか一つという概念に支配されてしまい、それが両立するというマインドセットを持ちえなかっただけ、ということではないか、と思うのだ。

           そして、現在、教会をはじめ宗教法人が社会福祉ができるようになったことをご説明になった後、白浜の自殺防止のための白浜レスキュー・ネットワークの取り組みや以前、NHKこころの時代 「この軒の下で」 視聴記でご紹介した奥田さんの取り組みが紹介されている。なお、Sealsとかいう一世を風靡しているらしい組織でご活躍中の奥田さんとのかかわりはよくわからないし、知らないので、触れない。

          教会と社会と社会福祉
           まぁ、誰が社会福祉をやってもよいという政府の大転換(それが予算不足による、ということをボランティア元年とか言って阪神大震災以来ごまかした部分があるとはいえ)が起きた結果、さまざまな人々が、それぞれのボランティアのかたちを目指して、政府では対応できないこと(日本型政教分離の原則から、宗教的ニーズに国家や行政体は関与できないとことに建前上はなっているので)である、宗教的なニーズにこたえる動きなどもみられる。人間は形而下学的な世界だけで生きているのではないことは、イエスの「人はパンのみにていくるに非ず」からもだいぶん明らかなのであるが、計量できることしか考えない偏った科学主義の結果、形而下学的なことしか科学と政府は考えないで済むようになってしまったのは、結論から言えば、科学と政府にとっては楽だったとは思う。
           詳細は後述するが、これらは直接的な布教や伝道が目的ではない。それでもキリスト教的なかかわりを強く持った福祉実践であり、まさにキリスト教社会福祉実践の一つであると言える。民間による事業なので当然、行政などの公からは独立しているが、その特徴として特筆すべきは、これまで多くのキリスト教社会福祉実践の中心であった社会福祉法人という既成の形態ではなく、特定非営利活動(NPO)法人である点である。また、地域の教会や篤志のキリスト者たちがこれに積極的に参画し、その事業をバックアップしている面などが特徴として挙げられる。(同書 p.169)
          まぁ、パウロ文書によれば、干ばつなんかの際には、助け合ったことをトレースできる記述などもあるから、そもそも互助精神で、助け合ったことは明白であるし、最近日本で翻訳されたスタークのキリスト教とローマ帝国では、計量社会学的に、この福祉における弱者救済や弱者支援が、ローマ帝国下で異教徒されつつも、キリスト教が生存する大きな要因になった可能性を指摘している。この本は面白いので、読まれるとよい。

           日本でも、東北の被災地支援などに福音派の皆さんがご尽力為されたことは、ある程度知られるところになっている。個人的には尊いことだと思う。とはいえ、中には、伝道という色気をもって、というよりは、それが見え見えの活動をしたキリスト教団体、不幸便乗型の伝道をした団体があったやに聞き及んでいる。もし、これが事実だとすると、不幸便乗型の伝道は、キリスト看板並みに逆効果だったと思う。人をバカにしたらいかんのだ。下ごころのある親切の正体くらい、人は敏感に感じ取るものなのである。

          ハウスレスとホームレス
           奥田さんの著書に触れながら、木原さんは奥田さんの取り組みの中で、重要な概念を占めるホームレスという語が含意する重要な意味を次のように説明する。
           奥田牧師は、ホームレスとハウスレスを厳密に区別する。この二つの局面、ホームレスは「関係の困窮」すなわち絆が切れた人々=無縁であり、ハウスレスは物理的な住居の困窮であるとする。「ホームレス支援は、物理的困窮=ハウスレスとの戦いであると同時に、この無縁=ホームレスとの闘いである」(奥田、『もうひとりにはさせない』37頁)。そしてそれぞれの当事者たちが本来の意味での「”ホーム”の回復」ができるまで支援していこうとするところに実践の特徴がある。本来のホームの回復には、「神の国」実現としてのキリスト教社会福祉実践を垣間見ることができる。
           その特徴の一つは、近隣の教会がこの事業に協力して関わっている事である。カトリック、プロテスタント問わず地元の多くの教会が参加しており、キリスト教(教会)と福祉事業が綿密に絡んでいる連携に成功している事例と言ってよい。(同書 p.176)
           ハウスレスではないけれども、ホームレスの人々は案外多い。今日聞いたところでは、どこぞの女子中学生が乳児の遺体を遺棄したとして、警察に補導ではなく逮捕されたらしい。新聞報道程度の事しかわからないが、この女子中学生はだれにも相談する相手もなく、親にすら相談できなかったんだろう。彼女は、ハウスレスではなかったが、ホームレスであったのかもしれない。人間関係の場であるホームが組み合わせの問題か、時代の背景か、経済的な事情化翼はわからないが、形成できず、ハウスレスではないが精神的な意味で、形而上学的な意味で、ホームレスになっていたのだろうと思う。『ホームレス中学生』というお笑い芸人の方がお書きになった本があったが、あれはさしづめ『ハウスレス兼ホームレス中学生』、ということであったのであろうと思う。親の借金の結果とは言え。

           先にも紹介した、NHKこころの時代 「この軒の下で」 視聴記を拝見した時にも、思ったことであるが、ある面、我々は伝道の場を教会でするもの、と思い込み、なまじ教会堂という建物を持ってしまったがゆえに、そこを利用せねばもったいない、という思い込みから、伝道の場を無意識に教会堂に押込めてしまったのかもしれないのである。それは社会派の人々が伝道の場を社会だけに限定しようとし、弱者救済とその経済的な困難からの開放、解放の神学的な世界観にキリスト教の世界を閉じ込める傾向を持ったことに対する反動かもしれない。あるいは、教会派の人々が、伝道や聖書の生きた場を教会だけに限定し、そこに押込める傾向を持ったのは、その社会派への反動であったかもしれない。

           いずれの派も、それぞれが自らの聖書解釈を正統化しようとして、自分たちが聖書の主張であると勝手に思い込んだものだけに考慮の対象を純化しようとした結果の近代の不幸であったのではないか、と思うのだ。

           聖書は、社会も、教会も伝道の場だ、我々が生きていることそのものが伝道であるし、我々がいかに不甲斐なく、しょうもなからろうが、そのしょうもない存在に神が働くがゆえに、そのために小さくされた、あるいは自ら小さくなられた本来王であるべきキリストのゆえに、キリストの名において、神が働いてくださるがゆえに、どこであっても、どんな人であってもその存在を通して神が働きうると言う意味で、神の宮であるし、天の国がその人の中にあるのではないか、と思うのである。

           「我らの国籍は天にあり」という聖書のことばを「わしらは死んだら天国に帰るためのタダ券を持っている」と思っている人々もおられるかもしれないが、この意味は、案外「我らを支配している方は神であり、この世においても、我らの状況如何に係らず、イエスが我らと共に在り、我等は王なるイエスによる保護下(神の支配、市民としての王なるものの保護下)にあるにある」という意味かもしれないと思うのだ。だからこそ、イエスは弟子たちに、「恐れるな」と言い続けられたのだと思う。

           それを、自分たちがしっかりしなければ、だめだ、と自分たちの努力や敬虔さに頼るようになると、それは偶像崇拝になりかねない。このあたりの事を考えたい向きには、
          神ご自身が無償で与えてくださる「いのち」をいただく代わりに、神のために何かを行ったり、神について何かを信じたりすることによって「いのち」を得ようとする時、それは偶像となる

          という記述がある、このあたりの事を考えられたい方がたは、山崎ランサム和彦様の 確かさという名の偶像(8) や エペソ書とキリストの戦い(1)あるいは エペソ書とキリストの戦い(2) を是非、ご参照いただきたい。極めて重要な内容が書かれている。お勧めする。

           以上で、長らく続いた『「弱さ」の向こうにあるもの』の連載は終了である。とびとびに言って一部の方には分かりにくくて申し訳なかった、と思っている。あの本も、この本も、その上に、本をご恵贈いただいたりしたものだから、それへのご答礼もかねてのご紹介、と実にひっちゃかめっちゃかになってしまった。当面、富士山とシナイ山(これがまた人気がないので困っているのだが)の連載を続け、終わらせてしまいたい、と思っている。

           長らくのお付き合い感謝。



          評価:
          木原 活信
          いのちのことば社
          ¥ 1,728
          (2015-07-08)
          コメント:絶賛おすすめ中でござる。

          評価:
          ---
          いのちのことば社
          ---
          (2012-04-05)
          コメント:是非、おすすめする。

          評価:
          ウォルター ラウシェンブッシュ
          新教出版社
          ¥ 6,588
          (2013-01-07)
          コメント:キリスト教と社会福祉を考えたい向きには、読んでおいたほうが良いと思う。

          2015.10.21 Wednesday

          『「弱さ」の向こうにあるもの』後日記

          0


            さて、このブログで14回2015年7月から9月の長期間にわたってご紹介してきた『「弱さ」の向こうにあるもの』の著者の木原活信さんから、

            2015年10月25日 日曜日 午前5時から6時 @NHK E-テレ
             で取り上げられる予定である。実にご同慶の至りである。

            こころの時代〜宗教・人生〜「神は弱さの中にあり」


            「人間は弱い存在。自ら弱さを認めることで他の人を思いやる心が生まれる」という同志社大学教授・木原活信さん。キリスト教に裏打ちされた「弱さを認める生き方」を聞く。

            「世の中は、通常、強いこと、物事を行う能力の高いことが、評価される。しかし、人間は、もともと弱い存在であり、弱さを認め合うことで、生きやす い世の中に、多少なりともできるのではないか」と語る、同志社大学教授・木原活信(きはら・かつのぶ)さん。長年、社会福祉に携わってきた。根底にあるの は、キリスト教の信仰。「自らの弱さを認める」とはどういうことかを聞く。


            NHKのサイトから拝借した画像

            木原さんの近著『「弱さ」の向こうにあるもの』については、こちらをご参照ください。

            『「弱さ」の向こうにあるもの』に学ぶ






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