2015.02.23 Monday

『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (11)

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     今日も、富士山とシナイ山、「第11章 テクノロジーは能率性と意味との葛藤を引き起こす」からご紹介したい。

    非能率的な方法での自然との調和
     近代社会は、いつのころからか能率的な方法で、物事を実施することを考えがちである。これは、近代社会が成立することで、技術的に天候や気候に由来して発生する不安定要因を人間的な工夫を凝らすことで除いてきたこと由来すると思う。
     しかし、農業として水田耕作とする稲作では、どうしても生育条件として水が必要であり、水利への依存が求められることになる。いくら効率的にしようと思っても人間にはどうしようもない、自然の大量の降水が必要となるのである。
     宗教史における「非能率的姿勢」の中で最も顕著で最も逆説的なものの一つは禁欲主義である。禁欲主義は聖なるものへの非能率的接近を通してする人間的意味の探求だろうといってもよかろう。禁欲修行者の身構えは非能率的な身構えである。(中略)
     波羅題木叉(パーティモッカ)は僧伽(修行者の集団、サンガ)のために厳密に順守すべき諸規則を含んでいる。僧侶は縛られた人々である。227戒の第1戒は「いかなる類の性交も禁じられている」である。この戒めは仏教僧の全伝統のいわゆる阿羅漢(最高の境地に達した聖者)の生き方の気風を定義している観がある。ニルヴァーナを達成する能力が、性欲から自らを開放する能力によって象徴されているのである。創造性は弁証法的である。否定の契機に媒介されて肯定に達するがゆえに。ニルヴァーナを能率的に達成しうる道は、人格的な徹底的非能率に見出されるのである。これが禁欲主義の逆説である。伝統的諸文化は禁欲に媒介される能率性を熟知している。タイとビルマにおいて、「非能率的スタンス」を通して仏教僧侶が存在感を示していることが、両国の生活空間を宗教的にしている。人間的空間と人間的可能性が禁欲主義を通して意味深いものとされるのである。これがコスモス(自然的、調和的世界)の知恵に反映されていると私が見る伝統的諸文化のひそやかな魅力である。(『富士山とシナイ山』 pp.205₋206)
     中に、アラカンとか、ニルヴァーナとかが出てきたが、真っ先に思い出したのは、鞍馬天狗をやっていた嵐勘十郎氏と最近UTになっていた、ニルヴァーナの皆さんであった。


    アラカンやニルヴァーナ
    といっても、上の画像ではない。


    タイの修行僧の方

     なんか、お聞きしたところによると、日本の仏教ってのは、非常にアジアの中でも特殊な仏教らしくって、結局、戒律はあんまり関係なくて、僧侶も妻帯者OKってのは、幅ひろい仏教全体からしてみても、特殊な仏教社会らしい。


    祈りフェスティバル 鼎談要約ヴァージョン 12分前後に日本の仏教への言及があります


     まぁ、それぞれの地域ごと、国ごとに仏教にしてもキリスト教にしても、それぞれの発展の経緯は特殊個別的なので、何とも言えないらしい様な気がするが。これも、奈良朝以降の日本の仏教の発展史というのがあるだろうけれども。

     ニルヴァーナに効率的に達成するために、非効率に見える方法論を取らなければならないというのは、案外重要かもしれない。臨床心理士をしている吉村昇洋さんによると、御相談に来られた方は早く解決を、ということをおっしゃるらしいが、「まずは、座ろっか」から始めておられるようである。まぁ、臨床心理士のところに駆け込んでこられるという状況であるから、まぁ、精神的にもとっちらかっているわけで、それを落ち着かせてから出ないと、話しも出来ない、ってことかもしれない。

     あるJAさんの農作業でのIT技術による効率化、という非常に非アジアモンスーン的な対応をしているときに思うのであるが、対象となる農作業である田植えや稲刈りに付き合っていると、本当に天候には勝てないなぁ、と思う。雨が降ったら、稲刈りは出来ないし、水がなければ田植えは出来ないし、植えたところで枯れてしまう。本当に天候依存しているなぁ、と思う。
     
    仏教が中心となったタイ国の例から

     この小山先生というのは、タイでの伝道を通して、タイの仏教や社会制度に触れていく中で、タイ国での独自な国家と仏教とのかかわりの中で、中心性とテクノロジーについて、次のように書いておられる。 

     アジアの大半において自然の慈愛的位相は生命をはぐくむモンスーンの規則的おとずれによって象徴されている。モンスーンがなければ、田畑を耕すことができるであろうか。工作がトラクターでなされようが水牛によってなされてようが、テクノロジーはモンスーンを待ち望んでいるのである。そこではモンスーンが第1義的で、テクノロジーは第2義的である。モンスーンが第1義的位置を占めているという感情が、コスモス(調和的自然世界)感覚を刺激し、「魅惑的情緒」を覚醒させるのである。
     タイ国の社会はコスモス志向的二制度によって、すなわち宗教としては仏教、政治組織としては王政によって秩序づけられている。タイ仏教はマックス・ウェーバーの用語を用いれば「宗教的練達者」(religious virtuosi)にほかならなぬ修行僧仏教である。(中略)普通の人々はニルヴァーナの境地にふさわしいこれらの専門家たちを布施で支えることによって、彼らなりの功徳を積み、ブッダの世界における居場所を見出すのである。これらの宗教的練達者たちは魅惑的な自然世界の沈黙せる中心となる。タイ仏教の至高の首座にある国王は仏陀の世界の中心に立つ。(中略)王は世界中であり、宇宙世界の中心にそびえる神話的な山、メル山である。彼の権威は彼がモンスーン的世界および仏陀的世界の中心に存在していることに由来する。タイ国王は極めて魅惑的な人物であり、生ける神話的人間である。宗教的中心と自然世界の中心との統一の対象である。(同書 p.206)
     先にも触れたが、農業者の皆様とお付き合いしていると思うのは、天候が農業のすべてを決めてしまう部分がある。それに対して、人間ができることは、確かに限られている。高温では障害が出るし、雨が降らねば、稲や食物は育たないし、低温であると、病気が出るし、下手をすると稲の生育不良が起きる。



    タイ王国の通貨100バーツ紙幣

     タイ王国の通貨を見ると、必ず、このタイの王様の絵というかポスターが出てくるらしい。知り合いの交通経済学者の方と夕食をご一緒した時に、タイに行くと、通貨だけでなく町中どこでも、この国王様の肖像というかポスターがかけられている、ということだったのだなぁ。小山先生は、その様なことを「生ける神話的人間」ということで表現されておられる。そして、「宗教的中心と自然世界の中心との統一の対象」としてタイ国王が認識されている、ということを言っておられる。

     どこでも In God We Trustって書かないと気が済まないどこぞの国とは、信仰している宗教は違うけれども、市民宗教となっているという意味ではよく似ているかもしれない。まぁ、国家元首は宗教的中心を持たないというのが、本来的なアメリカ型の政教分離である。多分、それは、イギリスで苛め抜かれた国教会分離派の人たちが自分たちの理想郷をつくろうとしたのが、アメリカの建国の文化の中にあるからであろう。英国の場合、政治的な中心と宗教的中心は、国教会が存在し、国教会のトップはイギリス国王ないし女王であることもあり、ある程度一致している。といってても、英国は最近、割と早くから国教会分離派もおり、また、近年の旧宗主国をしていた国から流入した人たちの宗教的背景が異なるので、イギリスの宗教は国教会とは言えなくなっている。


    In God We Trustと大書された10ドル札


    Bank of Scotland発行の10ポンド紙幣


    国教会のトップでもあられるエリザベス女王(Bank of England発行)

     こうやって見てくると、同じ王国であっても、連合王国とタイ国では同じ王国であってもだいぶん違うことがわかる。

     まぁ、英国が事実上世界の中心だった、という時期はないわけではない。いまだに、世界標準時と世界の座標系の経度の原点は、グリニッジ天文台ということになっている。産業面では、もはやイギリスの中心であることからは薄れている。海軍の造船でも、もはやその中心性はない。今では信じられないことかもしれないが、実は、英国は航空機製造先進国であったことがある。デハビランド・コメットという世界初のジェットエンジン搭載の旅客機を作っていたのである。なお、世界の大型航空機ジェットエンジンメーカーの最大の企業は、米国GEであるが、英国のロールス・ロイス社と米国のプラット&ホィットニーが続いている。金融面、特に損害保険業界での中心性はいまだにあるだろう。まぁ、これは、連合王国が、18世紀に超大型の海洋国家であったというのはあるのだろうけれども。


    Gilbert and Sullivanの喜歌劇 HMS Pinafore から He is an Englishman

    技術の持つ呪術性 金の子牛と技術
      
     最期にシナイ山で何が起きたか、そして近代のアフリカと日本で何が起きたのかにに関する小山先生の記述を紹介して終わろう。

     シナイ山の伝説は意味を能率性に従属させてはならないと我々に警告する。(中略)子牛の鋳造を作ったエピソード全体は、テクノロジーが参加しているスピーディに展開する物語である。指導者たるモーセの不在が民を不安にさせ、孤独にさせた。この精神的しんっくうを満たすために、民はアロンと一緒になって、即刻その場で神々を作ることによって、手っ取り早く問題を解決する決心をした!この物語において、神学的苛立ちとテクノロジー的能率性とが一糸乱れず協力している。アロンと民が打ったこの一手は問題を解決したかに見えた。しかしそうはならなかった。この一手の結果は、イスラエル自身の歴史のみに有為歪曲と自らのアイデンティティの喪失であった。彼らの歴史的生の意味があの手っ取り早い一手によって破壊されたのである。彼らがあえて採用した対策はとうてい「神学的」とは呼びえない代物であった。(中略)魔術においては意味は能率性に従属させられる。この意味で魔術は必然的に攻撃的である。(中略)西洋の諸宗主国がアフリカ諸国の間に能率本位にひいた直線的国境線は諸民族の複雑な生活現実を恣意的な国境線に従属させる「魔術的」線に他ならなかった。19世紀に不可避な西欧的近代化の衝撃が日本を襲ったとき、日本人の生活の多くの水準において魔術的能率性の激発過程が指導した。日本の指導者層が採用した能率的対策の一つは天皇その人の神格化、絶対化だった。「神格化」は意味よりは能率性に関心を集中させる雄弁な魔術の手本である。この魔術は必然的に暴力を生み出す。暴力は魔術的に使用された力である。 (同書 pp.214₋215)
    ここで、技術と魔術の話を小山先生はしておられる。実に印象深い。そもそも技術が魔術と深いつながりを持っていることは、なんとなくは技術者は意識している。なぜならば、化学工学は、そも錬金術由来であるし、機械工学にしたところで、本来不可能なことを可能にしようという人間の枠を超えようとするところから出てきているので、魔術的な部分がある。中国の古代都市計画理論の風水に至っては、何をかいわんや。

     技術は効率性を目指し、「問題」そのものを見るのではなく、「問題」を解決してしまおうという欲望に満ちている。その意味で「問題」に気長に、禁欲主義的に、あるいは非能率的に付き合うのではなく、「問題」をできるだけ早く(ありていな言い方をすれば、手っ取り早く)なくしてしまう方法論をとるのであり、実に能率的に事を運ぼうとする。しかし、本当にそれでよいのだろうかという疑問を持ちつつ。

     ISILまたはISILと呼ばれる人々が起こす、不幸な事件がここの所起きているが、あれはある面、利権をめぐる問題でもあると同時に、小山先生の言葉を借りれば、利権を生み出した「西洋の諸宗主国がアフリカ諸国の間に能率本位にひいた直線的国境線は諸民族の複雑な生活現実を恣意的な国境線に従属させる「魔術的」線に他ならなかった。」ことへの現地の人々の反逆というのか、犯行、あるいは反作用という側面もあるのだろうと思う。実際に卑劣な行為にばかり目が行きがちであるが、その背景、あるいはその遠景、文化と文化の衝突という側面ももう少し考えないといけないのではないか、と思っているが、そこまで触れているものは非常に限られていると思う。

     また、「日本の指導者層が採用した能率的対策の一つは天皇その人の神格化、絶対化だった。「神格化」は意味よりは能率性に関心を集中させる雄弁な魔術の手本である。この魔術は必然的に暴力を生み出す。暴力は魔術的に使用された力である。」という部分を読みながら、日本の明治期は、意味性よりは、近代化達成を能率的に進めるためにその魔術としての「洋才」を「和魂」に無理やりつなぐために天皇を神格化し、絶対化したのかもしれない。その反作用は恐ろしいものであったような気がするし、またそれを他国を十分に知らず、近代の啓蒙思想、平等思想という魔術にかかって、どの民族も同じであり(一定部分までは当たっている)、同じでなければならないという前提の下、無遠慮に、無思慮に他国に出ていき、他人にある概念を強いることになっているかもしれない。国際関係論ではないが、他人にあること、同じ概念や、同じ行動を強いることは、今もなお、教会でも行われているかもしれないと思うと、人間の神の欠落という意味での罪、それゆえの人間の意味の喪失ということの非常な不都合を感ぜざるを得ない。

     次回 第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない 第12章 諸霊の世界 から考えてみたい。
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    コメント:一応資料として。この手の音楽は聞かないのでよくわからん。

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    コメント:非効率的な方法で効率的なニルヴァーナに達せられる参考になるかもしれない。

    2015.02.25 Wednesday

    『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (12)

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       本ブログ、最長連載記録を更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。本日からは、第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない のうち、第11章 「諸霊の世界」からご紹介いたしたい。

      主の御名をみだりに唱えるとは?
       旧約聖書の中の割と大きなテーマとして、種の御名を唱えてはならないというのがある。また、イエスは、天(神の御座があるところとして理解されていた神を指すこともある)を指して誓うなとも言っておられる。なぜか、というと、自分自身の主張の正当化に他者を使うことはよくあるからだ。そのことに関して、次のように小山先生はおっしゃっておられる。

       「あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない」という戒めの言葉を本性における我々の中心的な主題としよう。我々の神なる種の御名を濫りに唱えるとき、我々は偶像崇拝を行っている。偶像崇拝とは我々自身のご利益のために神の名を引き合いに出すこと、つまり我々の栄光のために神の特権を利用することでなくてなんであろうか。それはどのようにして起こるのか。この種の神学的判断力はどのような仕方で日本的状況に適用されうるのか。
       (富士山とシナイ山 p.221)
       しかし、「偶像崇拝とは我々自身のご利益のために神の名を引き合いに出すこと、つまり我々の栄光のために神の特権を利用することでなくてなんであろうか。」と、書かれている下り、実に痛快である。教会では、結構、主の御名は唱えなくても、他の名前が、主の御名の代わりに用いられてないだろうか。「この教会を立ち上げられた○○宣教師はこうおっしゃっておられた」。「年配の信徒さんにはこういう声がある」、「当教会の伝統にない」、極めつけは、「聖書的でない。」である。もう、いい加減にしてほしい。自分自身の考えを言うために、他人の名を濫りに唱えることは。自分自身が気に入らん、と言えばいいのに、他人を持ち出すことは、実に議論を混乱させるだけだと思う。多様な解釈の可能性を含んでいる聖書を持ち出すとは、それこそなんだかなぁ、と思う。

      不当に神が利用されるとき
       日本において、神が不当に利用される傾向を明らかにするために日本史と日本の霊的世界に関して、議論を進めておられる。

       日本の国文学者、村岡典嗣にいわせると、日本民族は海外からの文化的刺激が届くまでは、哲学なしに暮らしてきた。彼らは素朴で幸せな、自然を愛する民族で、出生や市の現実をさして深い考えもなしに受け入れていた。本居宣長によると(著書『直毘霊』、義なる精神の意)、「道」を意味する言葉は、古代において人々が歩く道路を意味するに過ぎなかった。道が哲学的な概念として深められるに至ったのは後年になってからである。神道についての最初の言及は720年編纂の『日本書紀』に現われる。(中略)孝徳天皇(在位およそ645₋54)は「仏教を尊び、神道を蔑んだ」〔第25巻〕と記されている。(中略)神道という語自体は中国の道教に由来する。興味深いのは神道という表現は最初のころ、佛教の修行法や魔術的習俗も含んでいたことである。(同書 p.222)
       フーン、日本は中国文化からの刺激を受けるまで、「哲学なしにすごしてきた」となっているが、哲学を表す言語を持たなかった、それを記録するための文字を持たなかったということの様な気もする。まぁ、言語がなければ、哲学は存在しえないだろう。無論、当時の人々は、それなりに考えてきたのだろうが、それを文字として、定着し、文学として定着させる技術というか技法を持たなかったということであろう。まぁ、歴史的な手法の場合、文字で記載された文献文書や、器物の形として記載された遺物が必要であるが、文字文化の到着が遅かったために、これらの哲学的思惟を示すものが残せなかったようにも思う。
       文字がなかったころの縄文時代にも遺跡があるので、それらの遺跡を見る限りは技術的な工夫は相当高度になされていることがわかるので、一定の思惟はなされていたということであろうが、それが残されなかっただけであろう。

       しかし、意外だったのは、孝徳天皇や神道に関する記述である。孝徳天皇が「仏教を尊び、神道を蔑んだ」という記述であり、さらには、「神道という表現は最初のころ、佛教の修行法や魔術的習俗も含んでいたことである」という記述である。これらの中に日本の宗教的思惟の背景を考えるヒントがあると思うのだ。そもそも、日本の社会の中であまり厳密に霊性の世界を区別せず、丸受けする傾向があると思うのだ。無論、類似の共通性に基づいた聖書理解で聖書の概念を広めようとした傾向はヨーロッパにもあるし、伝道方法としてもそれがとられてきたことは、かなりある。そもそも、概念がないものは伝えようがないので、どうしても現地語翻訳にならざるを得ない。ところが、現地語翻訳した瞬間にそれは別のものを意味することになったりして、結構大変なのだ。そのあたりのことは、鈴木範久著「聖書の日本語」で紹介されている。かなり日本固有の概念や独自性を含む概念である「道」という語があるが、この「道」というのは案外非常に幅広い範囲の対象の事物を含むものであるのだと思う。まぁ、そこには、何らかのものを極めるという志向性を示す言葉ではあるとおもうが。例えば、柔道、剣道、書道、華道、茶道・・・のように。しかし、キリスト教を伝えようとする伝道という言葉自体からして、伝「」である。しかし、Evangelismの語として、だれが、伝道といい始めたのだろうか。明治の昔の雑誌を見ないと分からないかもしれない。

      日本の霊的世界観

       日本人の精神の古層における霊性の概念は、かなりキリスト教徒は違うことをこれ以降小山先生はご解説である。
       死者の心は30年後から40年後に先祖の心と化して古代の神々の群れに沈んでいく〔と信じられていた〕。総じて、「たま」には2種類あり、「みたま」と「あらみたま」である。「みたま」は先祖たちの平安な霊である。「あらみたま」は亡くなって間もない死者の霊で、生者に復讐しかねない落ち着かぬ危険な霊である。(同書 pp.222₋223)

       基本的に死者の霊が地域に存在する、という要素は案外重要なのではないだろうか。幽霊の話などは、そのような日本人の精神性を表しているように思うし、今では、ほぼそのような地域はよほどの農村部に行かないとないが、地域の集落の近傍に墓所があるという例は過去かなり見られた。今のように、えらい遠隔地の墓所に行くというのは、非常に近代的な現象なのだろうと思う。吉野ヶ里遺跡でもこのような傾向はみられるから、かなり古い精神世界ではないか、と思う。

      吉野ヶ里遺跡における集落と甕棺の位置関係

       その意味で言うと、日本人が死亡した方が天国に行ったというけれども、日本人の感覚としては、非常に近いところにいるという印象を、「天国」という語で現代人もあらわしているのではないだろうか。また、あらみたま(ろくでもないことを起こしかねない霊的存在)として存続する期間が、30年後から40年後にいなくなるというのはとりわけ面白い。なぜかというと、一世代がが変わる年数であるからである。一世代が変わってしまえば、よほどのことがない限り、記憶もされず、忘れ去られていくのである。つまり、直接知る世代がいなくなることを通して、霊的存在としての影響力を失っていくのである。このあたりは、教会でも似ているかもしれない。直接的にその教会の設立ないしその教会群に大きな影響を与えた人物を知る人がいなくなると、影響を与えなくなるのと似ているかもしれない。

       あらみたまということを読んでいて、太宰府天満宮に祭られている菅原道真を思い出した。左遷された挙句に疫病神として、祟り神としてまつられてしまった非常に残念な人物である。今、この方は、全国の天満宮で受験の神様としてお祀りされておられる。まぁ、もともと、この方頭おかしいと思われるほど、頭が良かったからであるらしいけど。


      防府天満宮所蔵 松崎天神縁起絵巻 応長本

      古墳と山岳信仰

       さらに古墳と山岳信仰の関係について、小山先生はこのように記載しておられる。
       古代の精霊たちは山を住いとして、ふもとの村々の福祉を守る〔と信じられてきた〕。三世紀の後半ぐらいから石室を最上部にしつらえた古墳が立てられるようになった。もしかするとこれが「霊的山岳信仰」(霊山信仰)の期限かもしれない。山が他界に属すると信じられていたのだから。これらの石室は何代も継続する氏族集団の長の霊が鎮もる墓所であった。これは先祖崇拝の初期の表現である。(同書 p.223)
       ここで、小山先生古墳ということを取り上げておられるが、実は、ミーちゃんはーちゃんが済んでいるご近所には古墳があるし、車で20分くらいのところには、五色塚古墳というJRからもよく見えるパワースポットがあって、その近くには明石大橋、また、その近所には、垂水の神学校もあるという神戸市内きってのパワースポットが満載の地区がある。


      五色塚古墳(横から) 後円部の一番高いところから見た海を臨む(明石大橋も見える)

       高いこと、そして、外延部にあるというのは重要であると思う。日本の宗教施設は圧倒的に、中心部ではなく、周辺部におかれる傾向が強い。寺社もそうであるし、この異界との境界(結界)におかれることが多い。一つは、外部(魔霊の棲む世界)からコミニティという、そのソフトな内部を霊的にも物理的にも守る為であると考えられる。江戸期の古地図を見ていると、街の外延部に部隊の終結地点と防御拠点として、疑似的な籠城可能な施設として、寺院などが置かれている。これは室町期以降の城下町の縄張りというか、町割りの基礎をなしていることが多い。

      勤労感謝の日と新嘗祭
       現在は、ほぼ、勤労感謝の日が新嘗祭であったことが記憶されている方も減ってきてはいるものの、勤労感謝の日は、新嘗祭なのである。小山先生はこのように書かれている。
       天皇家の歴史において最も重要な儀礼は「新嘗祭」だった。(取り入れたばかりの新米を食べる儀式で)その夜天皇は象徴的生殖行為としての穀霊(女性的霊と考えられた)と床を共にする習わしであった。天皇はこの儀礼を経験することによってのみ真に自らを天皇にふさわしい人とみなしうるのである。哲学的見地からして、日本が女帝を国の支配者にさせえぬ理由がこれである。新嘗祭の前夜、すでに亡くなった諸天皇の霊を慰める儀式が行われる。この儀式において天皇は神格化される。以上で分かるように、人間と神との間に人間と諸霊を含む他の存在者との間に明確な区分はない。(同書 p.224)
       なるほど、日本の天皇家が男性系でならない理由が、象徴的生殖行為としての新嘗祭にあったとは。これは一つ勉強になった。まぁ、女帝になると、確かに論理上不具合が生じる。まさに、「Lの世界」になってしまふ。くわばらくわばら。
       この前の京阪地区で行われた牧師さんたちの自主的研修会で、日本のキリスト者が天皇制と対話するためには、我々はもう少し天皇制そのもの、そして天皇制の背景、そしてとりわけ天皇制の中でも私事行為で行われている神事の内容について、厳密な哲学的検討をしないといけないのではないか、というお話も出ていたが、天皇制に不必要に対峙する必要はないけれども、自分自身を反省し、相手に不必要に巻き込まれないためにも、他者としての対象を虚心坦懐に(あるいはオープンマインドで)知るという意味では、エスノグラフィカルな手法での対話をする必要があろうかとも思う。
       たしかに、穀物霊とのインタラクションで考えてみれば、いろいろ理解可能なことも多い。日本酒(清酒ではなく、濁り酒・どぶろく)とは違うとされているが、クチカミ酒が古代利用されていたとされることを考えると、神事と酒類との日本文化における深い関係は、何か深い意味がありそうである。ただ、なぜか口カミ酒の伝統は女性が噛んだもので自然発酵させることが多いので、男性系ではないのであるけれども。

      日本の霊性と大きく異なる旧約聖書の霊性

       日本の霊性は、どこかでその霊の出発点が明らかではなく、どこか輪廻転生的なものと結びついているような気がするが、自然の世界から社会に現れ、そして、社会から自然の世界へ時間をかけて戻って行きという概念があるような気がする。そのことに関して、小山先生は次のようにお書きである。
       これら日本民族の三通の基本的な概念、「たま」、「もの」、および「かみ」はアニミズム的、汎神論的概念である。それらは、聖書に見いだされるような唯一神論的伝統のそれとは根本的に異なる日本の霊的、文化的輪郭を構成している。「たま」、「もの」、「かみ」はそれ自体、聖書的な霊概念(ルーアッハ)よりもはるかに非歴史志向的なものである。(中略)しかし聖書におけるルーアッハは独立的存在(実態)ではない。神の力の支配下にある。(同書 p.225)
       小山先生が、歴史的というとき、必ず、出発点があり、終端点があり、それがより広い歴史的時間の中に位置づけられるというお考えがあるようである。そもそも、人間の霊性は、すべて神によって吹き込まれることによって始まるというのが創世記的な理解であろう。このように考えるとき、日本語において聖書の神と霊との関係を理解しようとするとき、よく考えた方がよいことなのかもしれない。このあたりの整理も、聖書を日本語で考える際には、重要なのかもしれない。

      アハブ王と昭和の大王への偽りの預言 
       預言者ミカヤのアハブ王への預言の事例(列王記22章)を紹介した上で、次のように小山先生は書いておられる。

       神とある霊とが交わす対話が展開するこの異様な物語において、400人の預言者が口をそろえて唱える預言の秘密が暴露される。「王に仕えるすべての預言者の口を通して」偽りを語る霊に感化されて両王は戦争に出陣するであろうと、その霊は主にこうした戦略を進言し、神はそれを承認して、成功を約束する。偽りを言わせる霊となった霊が世界の神の意思を実行することがきる、これが悪の神秘である。なぜこうした戦略が神によって承認されるのであろうか。この問いに答えるのは容易ではない。合衆国に対して開戦すべきか否かについて日本の指導者たちの間で議論がなされたとき、日本のすべての預言者は口をそろえて、皇祖皇宗の霊は合衆国を天皇の手に渡すであろうと予言した。紀元前9世紀のパレスティナで起こったことと、20世紀の日本で起こったこととの間には不気味な類似がある。どちらも宮廷預言者たちが偽りを言わせる例の感化の下で語ったということである。違いは、日本には起きた起きた出来事の神学的背景を告げる「ミカヤ」のような預言者が一人もいなかったということである。ミカヤの物語は神の座の幻視から始まる。彼に預言の霊感を注いだ霊は自然的霊ではなく、神の座が人間の歴史にとっていかなる意味を有するかを理解する霊であった。(同書 pp. 227₋228)

       まぁ、同じ神ではないというものの、世界中多くの国や地域で同じような敵に対する勝利の予言(神からの言葉ではない予測)が数多くの預言者に語られたことは間違いない。まぁ、この勝利の予言は、20世紀の日本では、宗教関係者だけによって語られたわけではない。国民学校の教員から、市町村長から、知識人から、新聞から、雑誌から、街の婦人会のおばちゃんまでの幅広い国民が勝利の予言を語ったのである。勝利の予言を語らぬ者に対しては、非国民のラベルを張りまくりながら。それも、なぜそうなのか、という確信やその説明なく、勝つものは勝つのだ、神国は神国だ、という非常に空疎な理解から。ある面、聖書の世界の預言者が、神が全世界を受け止めているということを前提に語り、人類や個別の人間に理解可能であるかどうかは別として神の支配(悪の存在の許容を含め)というのか神が存在し、そこからの啓示ということを踏まえ、いのちをかけて語らされる(偽預言者には大きな石をぶつけられる刑死が待っている)。しかし、日本での予言は、どうも空気に共振して人々が語り始めるという側面があるような気がする。これは、近時の政権批判にあっても(特に、一部のキリスト者の内でも)同じようなことが起きているということを考えると、非常に危険な傾向であるように思うのだが、そうでないことを願うばかりであり、キリスト者は、ブルッグマンが『預言者の想像力』で指摘するように一種の預言者性を持っていることを考えると、まさに、神の主権のみを求め、そこに価値を置きつつ、預言者がこの世におかれたように、カジュアルではなく真剣にこの世とかかわっていくということをキリスト者の端くれとして考えたい。

       次回は、1回別ネタをして、次々回以降、日本の政治思想に影響を与えた儒教と佛教の影響を考えていく。



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      コメント:良いと思います。キリスト者の預言者性を考える意味でも。

      2015.04.06 Monday

      『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (13)

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         しばらく森本あんり先生の「反知性主義」を読んだシリーズが延々1付き以上にわたって連載することになって、しばらくお休みをいただいたが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。

         これまでの過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ から参照されたい。本日からは、「第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない」のうち、第12章 「普遍的文明の到来」からご紹介いたしたい。

        17条憲法と公共的討論
         この中で、小山先生がお好きとおっしゃっておられる聖徳太子の17条憲法のご紹介である。そして、17条憲法の第10条から公共的討論のポイントについて記載しておられる。

         憲法の冒頭に出てくる和は、この憲法全体の基本的指向性を表している。憲法は「位低き人々を従属させること」によってではなく、民主的議論を通して調和的な人間的共同体を建設することを目指している。第十条は公共的議論における自己批判の価値を陳べている点で意義深い。

        第十条 忿(こころのいかり)を絶ち瞋(おもてのいかり)を棄てて、人の違(たが)うを怒らざれ。人皆心有り、心各(おのおの)執(と)るところ有り。彼是(よみ)とすれば則ち我は非(あしみ)す。われ是(よみ)すれば彼は非(あしみ)す。我必ず聖(ひじり)に非ず。彼必ず愚(おろか)に非ず。共に是(これ)凡夫(ただひと)ならくのみ。 是く(よく)非き(あしき)理(ことわり)、誰か能く定むべけむ。相共に愚なること・・・が如し。是を以て、彼人瞋(いか)ると雖(いえど) も、還りてわが失(あやまち)を恐れよ。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同じく挙(おこな)え。
         (以下 現代語訳は省略)
         討論は怒り顔で行われてはならない。自分の意見を絶対に正しいとする態度を拒む「和」の精神をもって行わなければならない。「我々は文句のつけどころがないほど賢くないし、彼らも箸にも棒にも掛からぬ愚者ではない」という通りだ。聖徳太子は力の問題について、力がその所有者に何をなしうるのかについて驚異的なほど沈黙している。また人間の心に宿る破壊的な傲慢(ヒューブリス)についても言及しない。人間の罪深さや限界に対する評価は、アウグスティヌス、ルター、ラインホルド・ニーバーのようなキリスト教徒の思想家の下した評価と比較してはるかに肝要である。「いったい誰が聖者を見分ける基準を定める資格があるというのか」と問う聖徳太子は、聖書的な思想世界とは根本的に異なる思想世界に属している。(『富士山とシナイ山』 pp.231₋232)
         しかし、こういう17条憲法の精神が理想として語られながら、大日本帝国憲法下、また、戦後の日本国憲法下の公教育で、議論が日本国の中でうまくされてこなかったのはどういうことだろうか、と思う。とりわけ、民主主義教育を曲がりなりにも経て、17条憲法も教えらているはずでありながら、戦後70年たった現在でも、討論をしようとするとすぐに怒り顔を向けられるというあたりが、どうなんだろうなぁ、と思う。

         結局日本では公開討論みたいな対話ということができない何かがあるのかもしれない。となると、ハーバマスのいう公共圏の基礎である異なる価値観の間の知性的対話ができない、あるいは限られた人の間でしか存在しえないかもしれない、ということであり、公共圏がそもそも日本では生まれえないのではないか、ということを思う。

         しかし、なぜ、聖徳太子は「和」を語りながら、一方で政治的な問題に必ずまとわりつく力と力の所有者の関係をなぜ語らなかったのだろうか。そこは非常に気になるが、その理由は、ある面、本来個人的な望みではないにもかかわらず、聖徳太子は周囲からの影響で、結果として「力」をもたされてしまった、あたりのことがあるようにも思われる。

         結果として、力を持たされることで、その悲惨さを目の当たりにしたからこそ、力と力の所有者を取り巻く関係を書かなかった、あるいは言及しなかったのかもしれない。


        昔懐かしの日銀券(一万円券)

        徳治政治と日本社会

         日本の統治法を支配し続けている概念である一種の徳治政治が理想されたことに関して、小山先生は次のようにおっしゃっておられる。

         釈迦即ちブッダの教えを通してのみ、悪人のねじまがった根性は正されうる。しかし聖徳太子が仏教的貢献の第一に置くのは儒教的な「和」の精神である。和辻によれば、太子は和の精神を日本の指導者たちの統治法の第1原則とするために、仏教の三宝よりはむしろ「和」を優先させることをよしとしたに違いない。以来、儒教的調和と仏教的慈悲とは日本の政治哲学を支配している。(同書 p.233)
         儒教的な「和」の精神が重要であるとは言え、統治に関する政治哲学だけならいいのだが、日本の場合、それが現代の日本のキリスト教会や日本のキリスト教界を支配している部分は本当にないだろうか。本来、異質なものである儒教にキリスト教とキリスト教界まで支配されたのではかなわないなぁ、と個人的には思ってしまう。

         指導者への盲従する教会群の中に、この種の「和」の精神が持ちおまれ、仏教的調和が霊的な調和とすりかえられたり、仏教的かつ儒教的な「和」が、キリストの平和であると意図的であるなしにかかわらず語られたりはしないだろうか。聖徳太子的な「和」が、神の平和として、あるいは、神の一致として混同されて語られたりはしないだろうか。日本を●するキリスト者の会の皆様あたりのご主張に、この種の危険な香りが漂うのが、すこし気になる。

        生の否定と仏教

         仏教は、生の存在と向き合うことなく、それを考えることもなかった日本社会にとって、仏教以前の日本社会にとってみれば、まったく異質な思想をもたらしたことを小山先生は次のように触れておられる。 
         仏教は日本に生の否定という概念をもたらした。この世の生はただ受け入れるだけであってはならない、もっと高尚な至福の生が達成されるのであれば、今生(こんじょう)は否定されなければならないという考え方は、日本人にとって全く新しい思想であった。日本人は史上初めて弁証法的な思惟に遭遇したのである。生はまず否定され、しかる後にもっと高貴な価値基準に基づいて肯定されうるのだという思想である。(同書 p.235)
         後に小山先生がふれられるように、この「否定」という概念は、これまでにないものを日本社会に持ち込んだという点で非常に特殊であったのであろうと思う。基本的に生を肯定するも否定するもなく、生というものをそのまま受け止めて生そのものを謳歌してきた日本社会の中に、生とは何ぞや、生きるとは何ぞや、それをとらえるよりメタ思想というかそれをメタ構造の一環として理解しようとする思想性を持ち込んだという点で、非常に画期的であったのだろうと思う。
         
        日本人の古代的な死生観と
        仏教の生の否定との邂逅

         小山先生は古代的な死生観と仏教の死生観の違いを次のようにご説明である。

         それ以前は死は生の否定としてみなされるに過ぎなかった。愛するものが息を引き取る光景が悲痛な経験だったことは言うまでもないが、すでにみたように「たま」の生は「かみ」のうちに持続するがゆえに、死すら生の一部と考えられていたのである。今や、生が生存中にすら否定されうると言う深遠な示唆が仏教思想を通して入ってきた。それは死が自然のことであるのと同様な意味で自然のことではない否定であった。この宗教的否定は宗教的瞑想(禅定)の形式で述べられていた。この否定概念は日本の伝統の連続性志向に非連続の可能性を導入し、弁証法的思惟が生まれる道を拓いた。(中略)仏教を通して弁証法的思惟が日本人の思想に導入されたことは、日本人にとって深い意味を帯びる経験となった。普遍的宗教、仏教が否定の創造的価値を教えたのである。(同書 pp.235₋236)
         この部分を読みながら、現在もなお、仏教が入ってきても、生を否定するのではなくて、生を肯定する日本的思想で日本の仏教が毒されているような気がしてならない。つまり、戒名制度にせよ、彼岸思想にせよ、生への執着を断ち切った結果というよりは、「たま」としての生を持続すると考えているとしか思えないのだ。つまり悟りの境地に達したはずの人が、空の上で地上を見下ろしていると安易にテレビでコメントしたりということが起きる。実際に日本で、日本人の方で、犯罪事件や事故に巻き込まれた人のインタビューやコメントとして、この種のコメントがニュース番組で流れるのを何度か拝見している。

        ギリシア神話的な死後世界理解と
        ミーハー氏の理解する死後世界理解
         ちなみに死者が空中、あるいは天から、あるいはお空の星になって地上を見ているというこの概念そのものは、本来的にはキリスト教的でなく、ギリシア神話的でさえもなく、一種の聖書の誤読に近いと個人的に考えていることは一言指摘しておく。また、個人的には、召天であれ、昇天であれこれらの用語を用いることは否定的である。個人的には安息式あるいは過越安息式と呼ぶべきと思っている。なに、これを書いているのが聖土曜日だからではないけれども。他人から召天式を使ってくれと言われたら、否定はしない程度に否定的であるが。


        ギリシア的な世界の死後の世界を描いた「オフィーリアの死」(ドラクロワ)

         そもそも、この種の死者が空中あるいは天からみているという概念そのものが、仏教的なものでもないことから、この理解は、一種異教的、あるいは古代日本の神話的世界の古層の表れのような気がしなくもない。

         初期の仏教的な死後理解であれば、49日経過後には、そこらの蚊や蝿として生きている、あるいは、別の動物や人間に転生して、輪廻の中で生きていて、輪廻の無限ループの世界を生きているか、その輪廻を解脱して、悟りの境地に到達し、四苦八苦の輪廻世界とは無縁の涅槃を生きているという世界観のはずだと理解している。

         地上を見て慈悲をもたらすというような概念は古代仏教の中にはないもののような気がしている。本来的に成仏(釈迦のいう意味で)された方は、一切空の世界との断絶を求め、その断絶した世界にお住まいの(移行されている)はずで、この地上を見ているはずもないと思うのだが、なぜか日本ではこの種の混乱が起きているのは、基本的に釈迦の言った仏教が日本の中で異質化してしまっていて、本来のその思想性を一般の仏教の信徒レベルの中に定着せしめることができていないことにあるのだろう。

         お聞きするところによれば、仏典はあまりに多すぎて、キリスト教でいう旧新約聖書66巻のような形で原則固定されているようには、仏典の固定化がなされていないらしい。

        仏教法話から生まれた落語

         仏教思想の抽象性から、一般人にとって、その仏教思想を理解することが困難であり、だれも仏教者の法話や説法を聞かない、説法を通して庶民レベルで仏教思想を理解したがらないため、このような縁なき衆生に対する思想の伝達方法を極めているうちに、上方落語の原型が生成され、それをかたちにまとめていった一人が初代 露の五郎兵衛 である、と理解している。諸説あるので、よくわからないが。

         しかし、もう、上方落語の重鎮にしてきれい落ちの名人、桂米朝師匠が高座に御姿をおみせになられなくなってから、何年にもなるが、あの米朝落語のような端正な落語も個人的には好きであった。



        2015.04.08 Wednesday

        『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (14)

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           『富士山とシナイ山』学ぶシリーズは本ブログの最長連載記録を更新が確実となっている中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。

           本日からは、第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない のうち、第11章 「諸霊の世界」2.阿弥陀如来の下に避難する からご紹介いたしたい。

          日本における仏教の変容とヨーロッパでの宗教改革

           鎌倉時代は、日本で土着化した仏教が急速に変容した時期であり、ある面、極めて特殊な日本型仏教が数多く発生した。そして、日本型仏教の指導者が数多く出現した時期でもあることは、その昔、高校時代に日本史で習った。なお、これ以降の日本の歴史は、工学部を目指した関係でほとんど記憶にない。

           仏教は、6世紀に日本に導入されて以来、日本人の文化的及び宗教的生における形成力であった。そして12,13世紀に板って、仏教は新たな創造性の段階に突入した。鎌倉幕府時代の偉大な宗教的指導者は浄土宗の法然(1133₋1212)、臨済宗の栄西(1141₋1215)、浄土真宗の親鸞(1173₋1262)、曹洞宗の道元(1200₋53)、及び法華宗の日蓮(1222₋82)である。彼らは煩瑣哲学的宗教から実存的信仰へ、制度的宗教生活からカリスマ的人格性の深みへ、貴族階級によって庇護される宗教から民衆へ伝道する宗教への過渡期を代表していた。彼らはまた新たに超越論的価値を強調した。これらの宗教改革者たちはしばしば16世紀ヨーロッパの宗教的指導者たちと比較される。宗教的及び文化的文脈の相違にもかかわらず、こうした比較が正当と認められるのは、彼らによる仏教の再解釈が宗教史における希有な創造性の発露の瞬間を表現しているからである。(富士山とシナイ山 p.241₋242)
           まぁ、時期は違うし、定着してからの時間も違うが、確かに様々な概念が生まれたという意味においては、確かに鎌倉仏教の多様性と、16世紀のヨーロッパの宗教改革はある程度比較可能かもしれない。そして、その動機も民衆レベルを明らかに意図した仏教概念とキリスト教概念の再検討であるという意味においても。

          民衆パワー炸裂の鎌倉時代

           この辺り、宗教の問題と民衆性の問題は重要かもしれない。案外気がついていないことではあったが。鎌倉時代までは、基層文化としての民衆レベルの信仰として神道があり、舶来文化であり、殿上人や豪族クラスを中心とした宗教であった仏教(むろん、奈良朝時代から、祖税逃れのために私渡僧となるものが多いことは知られている。これもまた、聖徳太子の17条憲法の「三宝を・・・」のおかげではあろうが)とがあったものと思われる。平安朝くらいまでは、なんか唐天竺の神が日本にやってきただけだという理解であったと思われる。その意味で、何となくの併存関係が生まれていたのではないか、と思われる。

          武士、それは新田開発業者

           鎌倉時代は、平安期における農業土木を中心とする農業改良技術の高度化により、新興の新田開発業者が実力をつけた時期であり、この新興の新田開発業者(篤農家)が関東平野の利根川とその関連水系の豊かな水利と墾田永年私財法を根拠に新田開発を行い、荘園化し、租税負担を回避しつつ、経済力をつけた時期であり、経済的にもこれらの新興の新田開発業者が重要な役割を占める。そして、この新田開発事業者は、武士の原型となる。要するに、武士とは、新田開発にまつわる諸問題を武力で解決しようとした暴力組織の一つである。江戸期、江戸末期のような文官としての戦闘能力皆無の武士を想定することは、この時期にあって適切ではないだろう。例えば、新田義貞は、新田(だいたい名前からして新田(しんでん)である)の荘の開発業者だったし、北条氏にしてももともとは、筑波山麓の新田開発業者であった。大体、弘法大師こと空海先生だって、満濃池開発に見られるように、農業土木事業者でもあったのだ。


          満濃池 (空海殿が工事をされたという伝承がある)

           その意味で、鎌倉時代の武家政権時代というのは、庶民の時代でもあった。であるからこそ、その庶民に仏教を当時の庶民が受け入れ可能な形で語った、浄土宗の法然、臨済宗の栄西、浄土真宗の親鸞、曹洞宗の道元、及び法華宗の日蓮は、中学校の教科書ですら、黒ゴチック太字で歴史上重要人物扱いを受けるのである。

           しかし、宗教改革の時代は、欧州において、中世的な世界での商工業者の産業における能力向上とそれに伴う資本蓄積がなされ、庶民パワーがさく裂し始める時代である。その意味で、宗教改革が庶民パワー大衆パワーの炸裂とリンクしているというのは非常に興味深い。

          仏教と現実理解
           現在、個人的な理解の中で、神の永遠性と人間の神からの離脱ということがキリスト教的な現実理解であると思っているのだが、仏教にとっての現実理解について小山先生は次のようにお書きである。

           前期の宗教的指導者たちのすべてが京都郊外の比叡山天台宗総本山、延暦寺で学んだ。そこは9世紀以来もっとも有名な仏教学の研究センターだった。そこで彼らは中国で深遠な宗教的表現を獲得した、大乗仏教の本覚説に遭遇する。我々の世界は変化してやまない不確実な日常的現実と普遍の安定した永遠的実在からなっている。前者がしばしば幻影的、世俗的と呼ばれるのに対して、後者は真にして聖なるものと呼ばれる。田村芳朗によれば、仏教は変化してやまない現実を主として自他、男女、労苦、物心、生死、善悪、苦楽、および美醜等、対照性の見地から理解した。それらは空との関連ゆえ変化してやまないゆえに。こうした仏教的視点は無常説(アニッカ、アニトゥヤ)あるいは縁起説(プラティーティヤ=サムットゥパーダ)と呼ばれる。要するに対照的なものは実在の幻影的外見にすぎなくて、真理の視座から見ればみな同一である。日常的経験の次元では対称性は意味をなすが、永遠性と普遍的実在の視点から見れば、自は他であり、男は女であり、老人は若者であり、物は心であり、などなどである。これは大乗仏教内で展開された本覚思想の基本線である。
           (中略)
           比叡山派は本覚思想を拡張し、この世は仏陀の世界以外の何物でもないという見解を持ち始めた。(同書 pp.242₋243)
           この部分を読みながら、システム論的に、定常的に不安定で不確定な状態として社会システムをいかにとらえるのか、と考えた場合、仏教の「我々の世界は変化してやまない不確実な日常的現実と普遍の安定した永遠的実在からなっている」という世界観に一般システム理論家が引かれて行き、最後にじゃ欧米のシステム理論家が計画論においてMandara Planning System  とかわけわからんことを言い出した背景をみることができる。無論、がちがちの合理主義的な計画論が閉塞感に満ち溢れ、どうにもこうにもならなくなった結果であるとはいえ。

           仏教的包括概念は、「要するに対照的なものは実在の幻影的外見にすぎなくて、真理の視座から見ればみな同一である」という包括概念であるが、聖書における包括概念は、被造物であるという意味での包括概念であるような気がする。この辺りの思想性の違いは混乱しがちであるけれども、キリスト教というよりはキリスト教の中に侵入したプラトン主義と理解が近いような気がする。旧約聖書的なヘブライ的伝統の中における聖書理解とは若干味わいが違うのではないか、と思っている。その意味で、仏教者の方の世界理解は尊重いたしているが、個人的には、仏教的世界理解とヘブライ的聖書理解はその間の基本構造はかなり違っている、と思っている。

           最近思っているのは、神という絶対の他者性を持つ、永遠の存在との関係をキリスト者としてどう考えるのか、ということである。そして、その他者が我々に近づく、という意味をどう考えるのか、そして、そこから我々がどう応答していくのか、どのように神とともに生きるのか、という問題意識である。

          現代の時間概念と仏教的な時間概念 
           現代は、近代における時間概念という時間概念に縛られている。ヨーロッパの中世は教会歴という時間概念と教会の鐘楼が告げる時間に縛られていた。もちろん、このような教会により時間というか暦法が管理されることは、当時の社会に一定のリズムを与えると同時に、それなりの意味が存在がしていたはずであるのだが、しかしながら、いつのころからか、それが社会を支配して行ったという部分もあるように思えてならない。

           日本の仏教の中の本覚思想の中における時間概念について、小山先生は、次のようにいっておられる。

           田村は、この本覚的洞察は時間理解に現われると指摘する。時間性と永遠性の対照的差異のかなたに真の永遠性を見るべきである。即ち永遠は瞬間のうちに把握される。本覚は「永遠の今」と相関的な思想である。この洞察はまた宇宙空間を超越の視座から見るように導く。永遠的世界(浄土)は我々の俗世間を超えた空間である。それゆえに、われわれが生きている俗界が即浄土の世界として肯定されるのである。(中略)真の絶対的仏陀は衆生と仏陀の対照的差異のかなたに見出される。即ち衆生が仏陀と一如であるという地点に見いだされる衆生としてみていることになる。(p.244)

           この話を聞きながら、数学者の元同僚の話を思い出してしもうた。数学の世界ではかなり座標軸に関しても直交性さえ保障されていれば、次元をいくらでも設定でき、抽象のレベルで次元数を上げることができる。まぁ、直交性がなくても、論理的には座標軸をおくことも可能らしいが、そこまで行くと頭の悪いミーちゃんはーちゃんにはついて行けなくなる。この辺の自由さが、永遠が瞬間のうちに理解できあり、宇宙空間を超越の視座(3次元を超越した座標系やら、虚数空間やら)で理解されて行く話と似ているような気がする。
           しかし、衆生が仏陀と一如である、という本覚思想における連続性と人が神に包摂されるという第2神殿期以降のユダヤキリスト教的な包摂性は、大分違うかもしれない、ということを、最近の若い古代仏教の研究者の方とのお話しの中で、考えていた。この包摂概念と聖餐論の関係に関しては、以下のリンクで紹介するマクグラス先生の『聖餐』をご覧いただきたい。これはお勧めである。


           次回へと続く。




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          コメント:お勧めしております。大変よいと思います。宗教観対話をするうえでは参照の視座を与えてくれると思います。

          2015.04.11 Saturday

          『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (15)

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             本ブログ、最長連載記録を更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。本日からは、第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない のうち、第12章 「普遍的文明の到来」からご紹介いたしたい。

            否定と恩寵
             ここで、小山先生は案外簡単にさらっと触れておられるが、ここで法然たちが日本の仏教において否定という概念を持ち込んだというご指摘は、非常に重要である。より具体的には、以下のようなご指摘である。  

            法然の普遍的な宗教的意義を理解する重要な方法が一つある。阿弥陀仏の恩寵につて述べた彼の言葉の真義を理解することである。法然の宗教は恩寵宗教である。だが本覚思想の根本的洞察によれば、法然の恩寵宗教が現世即浄土と言っていないことを知ることが大切である。法然の強調点は、「サンサーラ」(煩悩によってけがされた生死輪廻の世界)と「ニルヴァーナ」(生死輪廻を超越した境地、即ち浄土)と一如であるということよりはむしろ、両界と両境地の二元性におかれていた。彼は人々に現世を後にして浄土に移るように求めた。ここにわれわれは恩寵宗教が本覚志向思想に表現されている当時支配的だった東洋的な思想様式とは著しく対象的な考え方を創出しつつある消息を見る。仏教は否定の概念を導入したのだった。法然の出現によって、この「否定」という普遍的な宗教的遺産は、日本人の魂の思想と経験において深遠な表現を与えられた。実に「否定」が「恩寵」を肯定したのだ。(富士山とシナイ山 p.247)
             恩寵といえば、キリスト教でも恩寵という概念が、とくにカトリック教会を中心にあるが、仏教的、というよりはむしろ法然の指摘する恩寵とキリスト教的な恩寵はかなり違うような気がする。それはかなりの紙幅を要するし、現在のミーちゃんはーちゃんにはそれを整理して語るだけの能力が欠落しているので、何となく違うような気がする、ということにとどめたい。

             それよりも、ここで重要だと思うのは、法然によって「否定」が持ち込まれ、東洋的な思想様式と対立させた、つまり仏教のメジャーバージョンアップを法然が行ったということは極めて重要だと思うのだ。つまり、現在の世界での生に関する否定としての恩寵をとらえたということであろう。ということは、それまでは、基本的に現在の世界での生は肯定され続けたし、現実社会と極楽と一如と理解され、対立や断絶をおくことなく、何となく存在が承認されるという形でのあいまいな肯定が「なんとなくキラキラ」が支配する世界の中に、厳然たる断絶概念を持ち込んだのが、法然先生ということらしい。その意味で、玉虫色の決着とか、空気とか、員数主義とか、厳密性をあまり考えない東洋的思想に支配された世界の中に、否定という断絶する概念、断絶されることにつながる概念を明白に持ち込んだという意味において法然は重要なのだろうと思う。

            法然と親鸞とルター

             親鸞がアウグスティヌス同様、自己の性的な衝動、情欲に関する悩みの問題を抱えていたことは、はじめて知った。

             法然の弟子、親鸞は本覚思想に対して根源的挑戦を突き付けた。(中略)親鸞の内的な戦いは、アウグスティヌスと同様、彼自身の性欲、情欲(concupiscentia)に対するものであった。法然は、念仏一筋の僧は独身を通す必要はないという立場をとっていた。人は信仰によってのみ義とされるという教義に決定的意義を見出す西洋人ルターも同様の見地に立っていた。(同書 p.247-248)
             最近、いろいろと教えてもらっている古代仏教の研究者の方から、自分の無知を示され、思索の原点をいただくことが多いのだが、宗教者と性衝動の問題は非常に根が深いし、極めて重要な要素を持っているのではないか、と思う。

            法然さん  と アウグスティヌス先輩 と ルター先輩

             仏教の場合、この世界すなわち「サンサーラ」(煩悩によってけがされた生死輪廻の世界)から、「ニルヴァーナ」(生死輪廻を超越した境地、即ち浄土)への移行の障害となるものの排斥というか、そのことにとらわれること(煩悩)からの離脱、解脱、切断が重要な概念になるらしい。これは、旧約聖書的な世界にはないと思う。基本的に旧約聖書、特に創世記の世界観からすれば、「産めよ、増えよ、地を満たせ」と明らかな生への神の肯定が見られる。この辺りが、仏教とキリスト教の大きな違いであろうと思う。
             いや、カトリックでは司祭や修道者の独身制があるではないか、という議論があるが、あれは聖書的な根拠はつけられるものの、現実的な対応として、独身制が選択されて行ったような気がしてはならない。この辺りは、よくわからないので、ぜひ研究が蓄積された結果を一度拝読したいものだと思っている。

            親鸞と絶対他力とキリスト教
             親鸞の絶対他力に関して、小山先生は次のようにご紹介である。
             親鸞は自力的信仰とは対照的な絶対他力の信仰を説いた。救済は「おのずから」、すなわち仏の本性に従って我々の元に到来するのであって、いかなる人間的努力や計らいを通してくるものでもない。ここで、「おのずから、自然に」とは「他力を通して」を意味する。(同書 p.249)
             思想的にいえば、自らの努力などによって救済に達しえない、という点では確かにパウロがローマ書4章の中で主張する主張と極めて高い類似性を有する。しかし、留意しなければならないのは、神の人への接近は、確かに他者ではあるが、それはおのずから、ではない点であり、そもそも、自主自立と人間と隔絶した存在である絶対他者性があり、人間の存在をそもそも必要としない存在(だからこそ、創造者でありEl Shadai 全能の神、と自己を指し示されることになるのだが)であり、被造物とは本来的には無関係であるところであるが、そうにもかかわらずEl Shadai が接近してくるところが聖書の基本線だと思う。本覚思想にしても、親鸞の思想にしても、仏性の中にこの種の隔絶性、あるいは断絶性が存在しうるのか、という点が気になっている。

             この辺りが、キリスト教的な思想と、仏教的な思想の根源的な出発点の違い(結果としてあるいは表面だけ見れば類似しているように見えても、そもそもの出発点が違うことにもう少し留意すべきではないか、と思っている。軽々しく相似性を扱うのは、統計学に言う見かけの相関と同じことを起こしているような気がするような気がしてならない。

            親鸞の思想の特殊性
             親鸞の思想と本覚思想との間の違いについて、小山先生は次のようにご説明である。それは、どこで超越者が人間を包摂するのか、という点である。親鸞の理解とキリスト教理解の共通性として、どこで、超越者(仏教の場合は仏陀、ユダヤキリスト教の場合は、神ないしキリストないし、メシア)によって包摂されるかということは現在のこの地球上であるという点には変わらないようにみえる。

            本覚思想と親鸞の思想とを隔てる微妙な一線がある。親鸞は罪人即仏陀とは言わない。また、このけがれた世界が浄土だとも言わない。浄土はこの世の彼岸に在る。しかし我々が仏に迎えられ抱擁されるのはこの穢れた世においてである。マルコ福音書の次のような言葉(引用者注 マルコ2章15,16節)は同様な「宗教的」状況を記述している。聖なる神の子イエスが罪人たちと食事をしたのはこの此岸の世においてであった。(同書 pp. 250-251)
            しかし、小山先生のご理解によれば、本覚思想と親鸞の間には違いがあって、親鸞は、浄土をこの地上に設定しない、彼岸にのみ設定しているというご指摘は重要ではないか、と思う。キリスト教の神の国理解を彼岸、死んだら信仰者が行くところとしての天国理解する人々がおられる。別にそれが間違いだというつもりはないが、これらの方々は、彼岸性が非常に強く、キリスト教の指摘する、そして重視する、この地球という此岸が思索が消えてしまうのはどうしたものか、とは思う。そして、神が造り給いしこの地球ということをあまりに軽々しく考えられる方々には、非常に残念であるなぁ、と思っている。







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            小山 晃佑
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            (2014-09-12)
            コメント:お勧めしております。

            2015.04.15 Wednesday

            『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (16)

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               本ブログ、最長連載記録を更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。本日からは、第3部 あなたの神、主の名を濫りに唱えてはならない のうち、第12章 「普遍的文明の到来」からご紹介いたしたい。 今日からいよいよ安土桃山期のキリスト教と日本の出会いである。

              日本とキリスト教の出会い

               本覚思想や法然や親鸞、さらに禅宗などの基本的な思想世界の充実と高度化の中で、日本の仏教界における宗教改革、大変革期を経たものの、その後の仏教界の低迷があり、また、社会変革の結果、戦国時代に入って行き、市民社会が内戦と混乱、の中に置かれて行く。

              この民族が法然と親鸞の高度な霊的水準で暮らしていたわけではないことは言うまでもない。その頃になるとこれらの宗教的巨匠の始めた運動も開始当初の鮮烈な霊感を失っていた。16世紀は大名たちが争い合う戦国時代、飢餓と疫病の頻発する時代でもあった。人民の生命は一顧の価値もないものとして扱われていた。彼らは苦しみの極み、絶望的なこの世から救い出してくれるメッセージを待望していた。「神のより大きな栄光のために」(ad majorem Dei gloriam)というイエズス会のモットーは、同会の創設者イグナティウス・ロヨラ(1491-1555)の次のような福音書の2節への献身に由来する。

               全世界に行き、造られしすべてのものに福音を宣べ伝えよ。(マルコ福音書16:15)
               たとえ全世界を手に入れたとしても、自分のいのちを失えば何の得があるのか。(マタイ福音書16:28)

              ザビエルは日本の霊的世界にキリスト教的ヒューマニズムのこの偉大な遺産をもたらしたのである。一人の人間の価値がこの世のもの全てのものに優るという仏教のメッセージに劣らぬ衝撃だった。今や、イエズス会の宣教活動は、いのちのはかなさという概念と人間のいのちの無限の価値という概念との対照という未曽有の差異をもたらしたのであった。(富士山とシナイ山 p.253)
               戦国時代は、戦役・病疫の時代であり、その中において、人のいのちと生の価値が極めて軽々しく扱われる時代でもあったことは、想像に難くない。その中で、人は神に造られたものであり、その価値が尊いとする、という日本社会において、また東洋思想の中では生み出しえなかったその思想との邂逅は、あるいはその提示は極めて衝撃的であったと思われる。

               ただ、当初ザビエルが日本において伝道した時に神 Deusを大日、大日として神を紹介したために、非常に誤解を生んだことは想像に難くない。元々、仏教はインド(天竺)から来たのであり、そのインド(天竺)のゴアからきて、天竺から来たというザビエルは、新しい仏教典をもってきた人物としてみなされたとともに、当時の日本語では大日は人体のある部位(詳細を知りたい人は、下記に紹介した『聖書の日本語』をお読みいただきたい)を指示していたからである(この間のNHKの歴史ヒストリアでは一切触れられていなかった)。


              上智大学ではお誕生日がお休みになるザビエル君

              仏教的善とキリスト教的善

               禅宗とキリスト教の共通点との差異について、そして、それが根本的にどこにあるかに関して小山先生は次のように述べておられる。

               禅仏教は人間的実存の価値を強調したかに見えた。全き無は全き肯定であるという禅固有の逆説は、マタイ福音書16章25節「誰でも自分のいのちを救おうとするものはかえってそれを失う」に近づいている。しかし禅宗はさらに一歩進んでザビエルが日本にもたらした26節の「たとえ全世界を手に入れたとしても、自分のいのちを失えば何の得があるのか」に言及することはなかった。禅宗にとってこのことは望ましくない自己自身への愛着で、究極的解脱の実現を妨げることになるからであろう。なぜなら究極的解脱は自己自身の全面的根絶だから。(中略)仏教にとってはニルヴァーナ達成の究極的妨げとなるからであろう。
               本覚思想は、際立った東洋的な宗教的弁証法の思想である。ここでは対立は一応強調されるが、その対立は絶対的一神論を形成する統一性に達するのである。かくして生の領域と穢れの領域は明確に区別されるが、かの弁証法はさらに一歩進めて聖即穢れと言い切るのである。イエズス会の宣教活動を通して日本に導入された宗教的方向付けは、日本民族にもう一つの弁証法を与えた。神的なものと人間的なものとの直接的な一元論的統一形式を拒否する弁証法である。(同書 p.254) 
               仏教の中でも禅宗的な思想は、無を肯定することで、一見イエス・キリストの主張でもある次の言葉との類似性があるように見える。
              マタイ福音書 【口語訳聖書】
              16:25 自分の命を救おうと思う者はそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。
               しかしながら、そこに大きな違いがあることを、「神的なものと人間的なものとの直接的な一元論的統一形式を拒否する弁証法」という形で示しておられる。仏教思想は、どこまでいっても人間、あるいは個人という主体が無であることに気付き、その無である輪廻という無限ループから脱出し、一種の一元論的な統一である輪廻からニルヴァーナ、涅槃の世界に移行するという概念の中での理解であると個人的には考えている。

               しかし、聖書の理解は、聖書と人間の間に大いなる断絶をおく。それが、新約聖書に言うἁμαρτία( hamartia )、キリスト教における罪である。罪や穢れとは人間の悪や悪行そのものではなく、神の不在、神との断絶そのものであり、穢れや悪行と罪とは根本的に違うというのが聖書の主張であると個人的には思う。しかし、この概念は日本語の中にはないため、この理解までに達している日本人キリスト者がどの程度いるか、と言われるとかなり心もとない、と告白したい。

               神は穢れを抱く、神と人とは本来別のものであり、人間は神が抱くべきでないもの、即ち ἁμαρτία( hamartia ) である存在の人を神が抱く(とはいえ、一つとなり区別がなくなるということではなく)、ということが究極の救済である、というのが聖書的な主張ではないかと思っており、かなり仏教的な包摂の概念とは違うものだと思っている。

              仏教とキリスト教の差異

               仏教とキリスト教の世界理解というか思想的な大きな違いを小山先生は指摘しておられる。これは重要であると思う。

               ザビエルは自然(嵐)と歴史(海賊)の力を支配する創造者なる神の威力という聖書の偉大なテーマを引き合いに出して説得する。大事なのはすべてのものを支配している神への信仰である、と。この信仰をもって我々も、日本仏教の本覚思想の弁証法に代表される思想世界とは根本的に異質な思想世界へと入って行く。(同書 p.255 太字は小山氏による)


               ここで重要なのは、キリスト教では、アプリオリに「すべてのものを支配している神」が想定され、その支配の中で生きる人間が、その「神への信仰」を表明することを通して、神との関係性の中に入って行き、関係の中に意味を見出すということであるのだろうと思う。現代の日本の仏教的思想がどうなっているのかはよく分からないが、古代仏教の仏典の世界を見る限りは、この関係性を離脱することに意味を見出しているようである。しかし、現代の日本の所謂自称仏教徒とおっしゃる一般の方々の場合、家だとか、家系だとかそういうことに関心があり、その意味で、輪廻からの解脱という意味での涅槃、ニルヴァーナということをどこまで理解しておられるのだろうか、ということを思わざるを得ない。まぁ、それは一般のキリスト者とご自身でおっしゃる方々の中にも、天国に行くことしか考えていない方々や、神の国に関する誤解が広がっていることを考えると、よそ様のことは言えないなぁ、と思う。





              評価:
              小山 晃佑
              教文館
              ¥ 4,104
              (2014-09-12)
              コメント:お勧めしてます。

              評価:
              鈴木 範久
              岩波書店
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              (2006-02-23)
              コメント:資料としても第一級。日本のキリスト者にとって一冊は必要な書籍である。

              2015.04.18 Saturday

              『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (17)

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                 『富士山とシナイ山』学ぶシリーズは本ブログの最長連載記録を更新が確定し、最長記録更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。

                ザビエルの仏教理解
                 これまで、日本の鎌倉仏教、法然、親鸞と日本仏教の巨人たちについて触れてきたが、いよいよ今回から、室町末期のキリスト教との邂逅になる。

                 イエズス会伝道団は説教において人間の存在の具体性を肯定している。これは禅宗の徒にとっても瞑想するには容易でない教義であった。彼らにとって「われ」は存在しない。すべては「無」である。天国も地獄も、そして「神」概念すら「無」である。そのため二つの対立概念の間で、日本の魂を自陣に引き寄せようと論戦が行われたらしい。日本人の多くにとって宣教師たちのいう全能の神は、彼らにとってなじみの「無」の神よりも一層残酷な神であるように思われた。日本人は彼ら自身の文化的情緒を通して、本能的に創造神の神学と救済の神学を結びつけた。彼らに言わせれば、もしも神が万物の創造者だとしたら、「無」ではないこうした神は、地獄に閉じ込められている先祖たちを救いだす手立てを講じることができるはずだ。これは禅宗とキリスト教の両方に突き付けられた重大な問いである。(富士山とシナイ山 p.262)
                 ここで印象深いのは、日本人の信仰観と死生観の関係である。基本禅宗は、一切が空という般若心経的な世界観がその背景にあることを考えておられるらしく、空である中での死後の世界をどう考えるのか、ということでいかに涅槃に到達するか、そのための瞑想をどうするのかがその教義の背景にあるといってよいのかもしれない。しかし、キリスト教は、一切は無という概念はない。むしろ、一切は、神の支配のうちに在るという立場であるので、その背後には、どうしようもないほどの存在感、実存といってもよいかもしれないが、実態としての神が存在するといえるのである。

                 ただ、「地獄に閉じ込められている先祖たちを救いだす手立てを講じることができるはず」という疑念に対して、キリスト教側としては、よくわからない、ということしか言えない。また、日本人が考える地獄と、聖書にいうヘブライ的なシェオルの概念が、本当に同一であると考えてよいのか、この辺り、本来的には概念整理をする必要があるが、個人的に地獄概念とシェオルに関しては違うような気がする、という仮説的な限定付きの理解を述べるに留め置きたい。本来、この種のことはミーちゃんはーちゃんのような平信徒の領分ではなく、聖書学者の皆さんにお願いしたいところではある。


                ザビエル先輩(上智大学はザビエル先輩の誕生日がお休み)

                最強の対立的二元論と福音理解

                 ザビエル時代から、どうも正邪論争的な二元論が伝道の場において用いられることが多い。個人の信仰の正当性を証明(それは厳密にはできないと思う、出来るのは、護教であり、弁証まででしかないと思っている)するために、正邪論争的手段や論法が用いられたし、それが悲惨な論争や争いを産んだように思う。
                 キリスト教は日本に最強の対立的二元論を持ちこんだことになる。二元論は日本民族にとって未知のものではなかった。とりわけ生と死の二元論は熟知のものだった。しかし今や、自然界の二元論とは対照的な、悪魔と戦う神と、悪魔の力の支配下にある人間との極めて熾烈な二元論が襲ってきたのである。(中略)キリストの福音を提示するために、かくも強烈な対立的二元論の「神学」を必要としなければならないのか。ザビエルの時代このかた、日本民族にとってこの問いはまだ答えられていない。(中略)偶像に対する断罪と対立的二元論を分かつのは紙一重に過ぎない。福音はこの偶像を断罪するが、対立的二元論の枠組みに陥るのを避けている。(同書 p.263)
                 この中の「福音はこの偶像を断罪するが、対立的二元論の枠組みに陥るのを避けているという指摘は実は非常に大事かもしれない。実は、福音派の一部に対立的二元論、偶像であるか、偶像ではないなか、でしか物事を考えられない側面が案外多いのではないだろうか。こういう一種の無知に基づく言動があり、それが今なお根強く、そのことがかえって冷静な宗教間対話と相互理解とを阻んでいて、非常におかしなことを示していることが多いような気がするのは、私だけだろうか。

                 本来、人間が欠けあるものである以上、二元論的な議論に押し込むことはどこかに無理があるのであり、新しいこと、新しいもの、自分と違うもの、自分の理解の相対化を振り返りを通して考えたうえで対応しないといけないのではないか、と思う。

                キリスト教とニルヴァーナ(涅槃)
                 ニルヴァーナといってもこれではない。

                シアトル付近発祥のニルヴァーナさんの動画 個人的にこの手は趣味でないけどw

                 前回の「終末論を読んだ (1)」でご紹介した天国に行きたがる大衆レベルのキリスト教の誤解(文句は、もう死亡されているラッド先生にお願いします)があるが、これはある面、日本においては、多くの場合、仏教的なニルヴァーナ志向の思想をキリスト教的なコンテンツとして反映したものであり、それは本来のキリスト教のうちにはないものであるとミーちゃんはーちゃんは考えている。
                 イエズス会に宣教使命の霊感を鼓吹した二つの聖句のうちの一つ「全世界を手に入れたとて、自分の命を失えば、どんな利益があるというのか」がニルヴァーナ志向を示唆していないことに気付くことは重要である。この聖句はイエズス会を導いて、「この世」をこの上なく真剣に引き受けさせたのである。(同書 p.264)
                 小山先生ご指摘のように、イエズス会を日本伝道に駆り立てた言葉は「自分のいのちを失うこと」に目的があるのではなく、「全世界を手に入れること」でもなく、新しい世界に向かわせたのである。特に、「伝道とは「この世」をこの上なく真剣に引き受けることである」という指摘は案外大事なのではないか。伝道っていうことは、ただ、言葉を語ればよいのでもなくて、この地の人々に受け入れられ、また自分以外の他者とのかかわりを引き受けていくことがまず先に在るのではないか、と思うのである。この辺り、ジャン・ヴァニエやナウエンの思想につながる部分があるような気がする。

                日本の国際的孤立
                 秀吉の伴天連追放令以降、江戸期に国際社会からの離脱について触れられたあと、日本が国際社会から孤立した結果、日本社会は、近代思潮を形成する合理主義や対話のアルテの成熟度の充実、理性に対する信頼の形成、新しいものへのチャレンジ精神、開かれた思考ということが軽んじられ、内部を相互に見るという思考の特性をはぐくんでいったかもしれない。
                 日本の国際的孤立は日本国民にとって重大な結果をもたらした。西欧が理性の批判的自覚と科学的人生観を摂取するのに300年かかった。人間精神の近代化というこの大きな出来事(啓蒙主義の受容)が行われた期間の多くの間、日本は外部の世界から自らを切り離し、己の狭隘な思考法にしがみついていた。占星術に代わる数学の重要性を強調したイエズス会伝道団の未曽有の成功は、日本人の精神もまた近代的な世界観を受け入れるに足る成熟度に達していたことを示している。だが日本はそうせずに直感主義に後退した。和辻によれば、日本を1941年西洋列強との非合理な戦争に追いやった態度こそ直感主義に他ならない。(同書 p.265)
                 個人的には、啓蒙主義思想は、上から目線だし、いくつか困った点を持っている。特に以前の連載 反知性主義をめぐるもろもろ でも触れたように、啓蒙主義思想はアメリカで反知性主義を産んでいくことになるという困った側面も持っている。安土室町末期には、数学的思考も銃砲の製造技術も、非常に短期間でキャッチアップしている。そして、貪欲にヨーロッパからもたらされる技術を貪欲に吸収して行ったのであるが、鎖国と共に、このような貪欲さはなくなって行く(というよりは制度的に禁じられていく)。そして、国内に通用する国内的な論理の枠内での技術開発、銃への象嵌技術のような一見無意味な技術に進んでいく。


                蒔絵象嵌が施され、実用的改良ではなく装飾が異様に発展した銃
                メキシコなら、この手の銃があるかも。

                 日本の直感主義の原因を鎖国に和辻は求めているようであるが、それははたしてどうなのか、と思う。というのは、江戸末期、適塾の蘭学の伝統(これは大阪大学に引き継がれていく)や、佐久間象山・大村益次郎らの蘭学研究、のような展開を見せていく(たいていはこれらの人は冷や飯を食わされるのが、日本の習い性であるけれども)を考えると、直感主義といっていいのか、あるいは、和算の伝統なども考えると、直感主義といいきっていいかどうかは疑問である。ただ、ここ数年でも、まともな合理的思考が顔を出すと、それをみんなでよってたかってつぶして回る傾向にはあり、そういう事例がみられるとは思うけど。松本サリン事件の河野さんの不幸な出来事等を振り返りたい。

                「緒方洪庵」の画像検索結果
                大阪大学の開祖、緒方洪庵先生

                キリスト教とは何か?

                 本来、キリスト教が主張することとは、聖書の読み方でも、理解でも、世界観でもなく、もちろん、天国の行き方というようなものではない。本来、キリスト教が主張し続けていることとは、神の存在であり、神との和解であるはずであるが、そこが強調されず、それに伴うもろもろがキリスト教であるとして伝えられることが少なくないのは極めて残念ではないか、と思う。それらのことに関して、小山先生は、このように触れておられる。

                 キリスト教が日本にもたらしたのは、目的意識を持って万物を創造し、至高の人格的愛を持って万物を支配して居る創造者なる神であった。そのことは共同体の生活および個人の生活を解釈するための新たな地平を開いた。それは和解の道を示唆した。イエズス会の宣教師たちが日本民族に届けた神の声は「悔い改めよ」であった。(中略)ここで根本的問題はこの神に対する人間のかかわり方におかれる。このメッセージは、「残酷な神」に関する苦痛を強いる困難な議論にもかかわらず、日本人の心に届いた。「残酷な神」は、それだけで提示されると、日本人にとって極めて心乱す概念だったのだが。
                 日本人は二つの偉大な宗教的視座と接触した。この世の否定とこの世の肯定である。「目覚めよ」と「悔い改めよ」である。この二つの視座を日本人自身の文化的文脈における一つの創造的対話に統合する仕事は、日本民族の霊的、精神的生活にとって大切な任務であった。この仕事は今日ですらなお初期段階にとどまっている。(p.268)
                 小山先生がご指摘の「この二つの視座(「目覚めよ(神とともに生きよ)」と「悔い改めよ(神のもとに立ち返れ)」)を日本人自身の文化的文脈における一つの創造的対話に統合する仕事は、日本民族の霊的、精神的生活にとって大切な任務であった。この仕事は今日ですらなお初期段階にとどまっている」ということ拝読しながら、とんでもない宿題をもらってしまった、と思った。こんな宿題をすべてこたえることはできないが、キリスト者として生きるということは、この世において、日本人の文化的文脈、つまり普通の日本人にとって、「神とともに生きるものとなれ」と「神のもとに立ち返れ」がどういう意味を持つのか、ということを理解可能な形で説明し直さないといけない、ということだと思うのだなぁ。それに、それが、まだ初期段階にとどまっている、つまり、キリスト教いやむしろ、聖書そのものをちゃんとミーちゃんはーちゃんを含むかなり多くの日本人が理解していない、ということなのだろう。

                見ることと歴史意識

                 地図屋をしていると当たり前なのだが、地図の場合、般化(Generalization)ということをやる。ごく簡単にどういうことかというと、ある程度、えいやって線を引いちゃうことなのである。例えば、海岸線を地図に書く時を考えてみよう。海岸線の波が造る海水と陸地の境界は厳密にいえば、一瞬一瞬ちがう。あるいは国境や自治体の堺は、緯度線とかでパシッときってない限り(アメリカやアフリカではこういう緯度や経度を基準にした国境がある)、実はかなりグネグネしていて、それをいちいち地図の2次元表記では表せないので、ある程度ごまかしてえいやって引いちゃうのである。この辺の議論を知りたい方は、フラクタル理論をフラクタル幾何学 http://www.amazon.co.jp/dp/4480093567/ でご研究になるとよいだろう。

                 それと同じように、歴史的に起きた出来事、●△村の太郎兵衛さんが桜田門外の変があった晩に晩酌にどぶろくを3合飲みました、というのは一種の歴史的事実であるが、それは捨象されてしまう。歴史の全容を終える人はいないのだ。しかし、神は、その歴史の全体を通してこの世界に関与する神がいるというのが、聖書の主要主張の一つである、と思う。このことに関して小山先生がお書きになった部分を紹介して、今日の記事を終わりたい。
                 普遍的文明の到来は日本人のこころの内部で批判的な歴史意識を目覚めさせた。日本人は初めて歴史に関する問いを問うに至った。それに対する答えは複雑で多義的である。(中略)われわれのだれも人類の歴史の全容とその価値を明確にいられるだけの視力をもちえない。人類の歴史は常に我々に明確に見るよう挑戦する。わたしは人類のいかなる文化と文明にとっても、このことは真実であると肯定したい。(同書 p.269)
                 ここで、小山先生は、歴史が人類に挑戦しているとおっしゃっておられるが、個人的には歴史を介して神が人類に挑戦しておられ、人間の限界をそのことでお示しになろうとしておられるのではないか、と思っている。







                評価:
                小山 晃佑
                教文館
                ¥ 4,104
                (2014-09-12)
                コメント:絶賛ご紹介中である。

                2015.04.22 Wednesday

                『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (18)

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                   『富士山とシナイ山』学ぶシリーズは本ブログの最長連載記録を途中号外などを含みながらも、更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。

                   さて、今日は、第3部、あなたの神の名を濫りに唱えてはならない の第14章からご紹介したい。

                  純粋な形での信仰は存在しうるか

                   純粋な形で、信仰が継承されるか、という問題に関して、小山先生は習合という側面からご検討になっておられる。

                   基本的に宗教の習合現象はシンクレティズム(混合宗教)的である。キリスト教海外伝道師においては、シンクレティズムという語は否定的な意味内包しか持っていない。しかし宗教史は諸宗教の相互作用史にほかならず、相互作用は即ち相互影響であることが認識されねばならない。厳密な意味において「純粋な」あるいは「混じりけない」宗教的伝統など存在しない。(富士山とシナイ山 p.271)
                   しかし、「厳密な意味において「純粋な」あるいは「混じりけない」宗教的伝統など存在しない」ということは極めて重要ではないか、と思う。キリスト教史においても、このことは念頭に置かれる必要があるとは思うのだ。他宗教との混合、他宗教の習合、あるいはその社会の影響を神学は受けざるを得ない。それは、深井智朗著 神学の起源 社会における機能 を読んだという連載において、西洋諸国での神学の形成とその変容を追ったシリーズで紹介した、『神学の起源』で深井先生がご紹介の通りである。

                   もし、純粋で混じりけのない宗教的伝統があるとすれば、それは化石化した伝統ではないだろうか。F.F.Bruce先輩の次の言葉を思い出す。

                  共同体が従来の環境から新たな未知の環境に移植される際によく見受けられるのは、伝統の固定化、あるいはまさに化石化ともいうべき重大な局面である。伝統を移植当時の型通りに残そうとこだわることによって、共同体はアイデンティティと安心感を保とうとしているのかもしれない。もっとも有名な例は、おそらくアーミッシュだろう。なぜ有名かといえば、その伝統が彼らの生活様式全般を形成しているかどうかである。しかしそこまで包括的でないものも考慮に入れるなら、これはごくありふれた現象である。
                  (中略)
                  古くから定着しているなじみ深い教会の中に留まるほうが安全で心地よい、と感じるものは多い。明るくなると、いつくしんできた伝統の不具合―暗いままなら隠しておけた不具合―が照らし出されてしまうかもしれないのだ。

                  マーク・R・マリンズ著 高崎 恵訳 トランス・ビュー, pp. 10-11.
                   オリジナルは、上の訳書の情報によれば、Bruce, F.F., Tradition Old and New,(Exetor: Paternoster Press 1970),pp. 17-18.

                   純粋な福音とか古代教父時代はおろか、イエスの弟子たちの思っていた純粋な聖書理解に触れたいという思いは尊いし、そう思いたい気持ちはよくわかるけれども、それは至難の業なのだと思う。ほぼ無理なのではないか、と思うのだ。もし、存在しているとしても、固定化された瞬間信仰というものはF.F.Bruceの理解を手がかりに考えるならば、化石化してしまっており、生命力を失ってしまっており、かえって人を苦しめるものとなるのではないか、と個人的には思っている。

                   時代を経、空間を経、そして言語を経、ということを考えると、それに近いものは再構築できたとしても、それと全く同じものはできないのではないかと思っている。それがお出来になるという方は、そう思われるのは自由であるが。

                  習合というプロセス

                   習合というプロセスは、非常に複雑なプロセスであるが、そのことに関して小山先生は次のように述べておられる。
                  習合はあいまいな過程である。習合は宗教的生活にとって不可避な過程である。習合は批判的に考察されなければならない。習合過程がいかなる基準を持って考察されなければならないかという問題は、いまだ宗教学者によって明確化されていない問題である。我々が未開拓といって良い領域に踏み込んでいるとしても、宇宙生成論的な富士山的霊性と終末論的なシナイ山的霊性との対話に照らして習合過程を批判的に考察できると私は信じる。(同書 p.271)
                   ここを読みながら、思ったことは、富士山が日本の神理解、新興理解の中で宇宙の聖性の原点であるのに比べ、シナイ山が終末論的であるということである。「宇宙生成論的な富士山的霊性と終末論的なシナイ山的霊性との対話に照らして習合過程を批判的に考察できる」という部分の指摘は重要ではないか、と思うのだ。創世記的な記述の中に在っては、神に中心性があっても、山や川、海などの地物には中心性がないと思われる。

                   キリスト教的な習合は、近時のイースターをめぐるイースターという宗教的記号が市場拡大のためのマーケティングに用いられることにも見られたように思う。マーケティングにおけるイースターの記号としてそこでもちられるウサギ(イースターバニー)やイースターエッグというシニフィアンに対するシニフェである命や復活、眠っている状態から戻ることの本来的な意味が忘れ去られ、それに安易に乗る場合、それはかなり習合が起きていることに近いのではないか。その意味で、シニフェとシニフィアンの関係をきちんととらえていないと、あっという間に習合は起きてしまう。クリスマスツリーやサンタクロースも、基本的にキリスト教の習合がもたらしたクリスマスの記号であると思う。

                   この間、あるところでお話しした時、ある信仰歴10数年の女性の信徒さんから、「クリスマスがどうしてサンタクロースと関係するのか?」と聞かれて、ご説明申し上げたが、まぁ、真っ赤な服を着たサンタクロースさんは、コカコーラの宣伝戦略とクリスマスが習合した結果としか思えない。


                  赤い服着たサンタクロースが、クリスマスの記号になった背景に関するコカコーラ社の動画

                  神宮寺に現れた習合

                   神宮寺という日本独特の神宮と仏教寺院の寺(そもそも大きな建物くらいの意味)が合体して変形したものに関して、小山先生は以下の様にお書きである。

                   神宮という日本語は神道神社のことである。「じ」は仏教の寺を指す。766年の宮廷令により一体の仏像が伊勢神宮の境内に据え付けられた。かくして伊勢神宮は、活力盛んな新宗教である仏教を土着の宗教である神道に集合する運動過程において神宮寺となった多くの寺の最初の寺であった。(同書 p.271)
                   伊勢神宮が最初の神宮寺とは知らなかった。賢くなった。もちろん、伊勢神宮は、天皇家とゆかりの深い神社だとは知っていたし、政治家が参拝するたびに御近所の国からご批判の声が上がり、日の丸が焼かれたり、現地の日本大使館や領事館に石投げられたり、イオンさんやトヨタのような日系企業の拠点が破壊工作にあったりという過激な反応が起きたりはするが(半ば官製デモである場合もなくはないと思うが)、あそこが神宮寺だったとはしらなんだ。仏教と神道が習合したのが伊勢神宮。仏教は唐天竺(古ッ)から来た外国産の宗教の聖地でもあったのね。

                   「寺の宮」 → 「じの宮」 → 「じのぐう」 → 「じんぐう」 → 「神宮」(いまここ)とは知らなかった。そうか、ヤクルトスワローズの本拠地にして、学徒出陣が行われたのは、神宮球場であったが、明治神宮外苑に在る神宮球場でないと霊験あらたかではなかったのかもしれない。


                  明治神宮外苑球場で行われた学徒出陣壮行会の動画

                  日本の神の原型と古代政治
                   日本の神は、基本的に自然の対象物から取られた神が多い。ヤマタノオロチ伝説にしても、菅原道真公を祭った天神信仰(もともとは雨の神)にしても、雷神信仰にしても基本的には自然神のほうが多く、害悪をもたらさず、恩恵だけをもたらすようにしたい、そのために神格化したい、というのが基本線ではないか、と思う。
                   つまり、山は野獣(だからオオカミは大神であり、神の使いであったし、鹿は神獣扱いである)であるし、もののけ姫の犬神は神であるし、水の神は竜であり、竜神となる。龍の子太郎は川ないし水の象徴であるのだ。西洋の竜は一般に火を吹く火竜が多く、東洋の竜は一般に水を吹く水竜が多い。


                  もののけ姫


                  マンガ日本昔話のオープニングのメインキャラ 龍の子太郎

                   このような精神世界から仏教への移行に関して小山先生は次のように触れておられる。

                   山水の神が中心的重要性を占めていた農業共同体においてこれらの神は、農産物の収穫の源泉であると同時に結実を妨げる恐るべき力の持ち主とみなされた。農業共同体はこれらの自然神からのご利益を得られるようにという願望の元に結束した。(中略)
                   自然神から仏教神に移行する〔宗教的〕運動は他面村落的農業神から特権階級による中央集権政府への〔政治的〕運動でもあった。その運動のスポンサーになったのは、新仏教思想の当然の受容者だった富める有力者だった。密教(常人の目にはあらわでない秘められた教えの意)に属する仏教僧侶もこの運動に参加していた。(同書 p.272)
                   要するに、ここの議論を縮約すると、技術にどうしても付随する魔術的な要素を持って、治水技術を持っていたような金剛峯寺の開祖空海は、満濃池開発などの農業水利開発により、当時の農業神の実力(特に、四国では、干天に伴う旱害が課題になる)を抑え、そこに唐天竺から伝来した仏法と共にきた農業水利の最新技術(魔術というのか)が持ち込まれ、そこに人のこころが引き寄せられていった側面があるかもしれない。これだけの農業水利と旱害対策ができるということは、この人が侵攻している仏法というのは、実に摩訶不思議なものを持っている、という意味で引き寄せられていく部分はあったのではないか、と思う。

                   これは、オウム真理教の空中浮遊やオウム真理教の世界観でも起きたのではないか、と思うのだ。そして、本来瞑想で得るべきものをお手軽にLSD等、化学合成物の摂取によって得ていこうとした部分もあったように思う。

                   その意味で、神秘主義的な密教や、最新技術がもたらす奇跡的な可能性の拡大は、技術者にとっても当たり前であっても一般人にとっては謎であったり、奇跡であるかの印象を与えたりすることは、プログラミング技術者として経験する。技術が持つ一種の神秘性と同じような神秘性を密教が持つため、神秘性の部分で技術と密教とは共通する部分があるように思う。

                   密教は、密教であるが故に説明不可能性(説明できたら、そもそも密教にならないようにも思うが)を持つし、技術的な詳細は、技術者は話すのが下手糞だときているうえに、素人に分かりやすくすると事実性のないことを言わざるを得ないので、密教的な対応(『これは神秘なのです』といい抜ける)のほうが楽であるように思う。

                   それは、学生の方に再帰的呼び出しというプログラミングの秘儀を講義中で教えるたびに、聞いておられる学生の方が混乱されて、飽き飽きとした顔をされてしまうことなどが結構多い。その結果、「これは、呪文です。これは呪文ですので、そのまま覚えるか受け止めてください」という一種の密教的なプログラミングの教え方をすることもある。

                   相対に語学ってのは、プログラミング言語だけでなく自然言語でも、一種の密教的なものはあるかもしれないと思う。明治のころのキリスト教は、英語というコミュニケーション技術とくっついてきた一種の唐天竺から来た密教だったのかもしれない、と思ったりもする。まあ、これは不謹慎な想定であることは承知しているが、完全にそういう側面がなかったとは言い難いかも、と思う。

                   あと、技術は密教であれ、原発の開発技術であれ、土木技術であれ、建設技術であれ、プログラム開発の技術であれ、富と権力に奉仕するという側面を持っているように思う。その意味で、平安朝に密教が持ち込まれた時、技術は、当時の富と権力に仕えたという事実は、技術者として受け止めたい。

                  自然災害などの理解と習合

                   いまだに、農業者の皆さんをお付き合いしていると、天気が良ければ天気がよいで、高温障害を懸念しなければならなかったり、雨水不足を心配しないといけなかったり、お天気が悪ければ天気が悪いで、低気温を心配したり、日照不足による病害虫の発生を心配しなければならないなど、非常に多くのリスクに直面していて、その中で生きておられる。まぁ、肥料や様々な農業技術でそのリスクは削減されたものの、リスクを引き受けるということが生活そのもの、という部分があると思う。
                   つまり、こうなると人間的な努力で対応できない不可抗力に支配される部分が存在する。となると、それは人間的でないため、神仏の世界で説明されたり、人間が超えた世界で古代人は説明しようとしたのではないか、と思う。そして、そこに当時のハイテクであった密教や、それを利用しようとする権力者の側と、従来型のテクノロジーが支配した、市井の人々の論理や思想が、人間的な能力を超えたものを扱う信仰や宗教というフィールドを介して対立することになる。
                   763年、即ち僧満願が多度大菩薩を建立した年は飢餓、疫病及び自然災害の年であった。人々は、この災いをこれまで自分たちの共同体の中心に立っていた多度大神に加えられた変化らしきもの〔仏教的なもの〕に対する自然神の怒りの表現と理解した。搾取に対する彼らの社会的抗議は、飢饉と病疫の原因を彼らの知る神々の怒りに帰すことによって表現した。しかし富裕階層は民を襲った悲劇を今や仏の道に服従することを求めている自然神の多くの罪の結果とみなした。
                   おそらく富裕階級は意図的にと同様に本能的に、怒れる神を彼らの経済的企業を支持してくれそうな神に変更しようとした〔習合〕。彼らはその変更を密教の僧侶たちの援助を得て、また土着の神々に仏教の威信を授けることによって行った。彼らは神宮寺を建立し、菩薩の称号を自然神に下賜し、伝統的な神の前で仏教の経典を唱えたのであった。多度大菩薩と八幡大菩薩は間もなく、8世紀における神道の神々への仏教の神々への変貌の判例となった。神宮寺のこれらの神々は権力者と政府が操る政治的道具となった。(同書 pp.272-273)

                   自然現象の現実への解釈が、民側は、仏に対して、神である自然神が粗末にされた神の怒り、神罰だといい、支配者側は、現地神の仏への帰依がないことに対する罪への仏罰であるという同一現象に対する解釈の二面性という構造がみられる。
                   不幸な現象の解釈の多様性がみられるのである。この種のことは、イエスの時代にも起きている。ある盲人が目が見えないのは、先祖やこの人が悪かったから、という神罰理論で語る人々にイエスは、そうではないと言っておられる。このことの意味、ということをもう少しキリスト者は考えたほうがよいかもしれない。繁栄の神学に走らないためにも。その箇所の口語訳の一部をのせておく。

                  口語訳聖書 ヨハネ
                   9:1 イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。
                   9:2 弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか。本人ですか、それともその両親ですか」。
                   9:3 イエスは答えられた、「本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。
                   9:4 わたしたちは、わたしをつかわされたかたのわざを、昼の間にしなければならない。夜が来る。すると、だれも働けなくなる。
                   9:5 わたしは、この世にいる間は、世の光である」。
                   9:6 イエスはそう言って、地につばきをし、そのつばきで、どろをつくり、そのどろを盲人の目に塗って言われた、
                   9:7 「シロアム(つかわされた者、の意)の池に行って洗いなさい」。そこで彼は行って洗った。そして見えるようになって、帰って行った。
                   我々は、安易に原因と結果を求めがちであり、一種の因果律で考えがちであるが、イエスという人物はそうではなかったのではないか、と思う。そのことの意味をもう少し考えたいと思っている。

                  たたり神として物語られるようになった自然神

                   新興勢力である奈良朝以降の権力者は、仏教を唐天竺からやってきたハイテクで自然神を抑えるものであると説明していく過程の中で、日本の神をたたり神にすることで、あるいは悪者にすることで、自己の正当性を図ったのではないか、と小山先生は御示唆である。

                   政治的権力闘争と経済的搾取と関連して日本の宗教生活の舞台に登場した新しい、復讐心に満ちた神々は、恐るべき性格を持つ神である。密教という高度な宗教儀礼のみがそうした神々の霊を静めるに足る強さを持つと考えられていた。恵み深い自然霊である神道の神が復讐心に満ちた御霊や疫病を流行らせる神に移行して行った経緯は、9世紀から11世紀に至る期間を通して跡付けることができる。それは急速な都市化の期間、しかも頻繁に襲って住民の生活を交配させる疫病流行の期間だった。10世紀の間に、疫病と復讐心に満ちた神々との連想的結合が日本人の心に浸透して行った。(同書 p.274)
                  ちょっと、政治的権力闘争とか、経済的搾取とか、ちょっとマルクス経済的な概念での説明のところは、個人的に留保したいところであるが、まぁ、概ね日本の神道の神々はある面小山先生ご説明の通り、の部分があると思う。とりわけ、平安朝という従来なかった、都市の密集居住に伴う諸問題(それが一時的であったにせよ)は、現代の高密度での都市居住を当たり前とする現代の日本人には想像が困難な問題、そして、従来の農村型社会の延長では解決のつけられない問題を当時の時代人、特に為政者に突き付け、それが、疫病や自然災害という形でおきたのではないか、と思うのだ。

                   都市居住の問題は、都市計画論的にいえば、清浄な水と環境の供給と汚物およびゴミ処理という衛生技術をどうかくほするか、に尽きるといってよいだろう。西洋の都市は、とりわけ閉鎖型であっただけにこの問題は深刻で、その結果、ローマ帝国は水道と下水道工事とそのメンテナンスを引き受けていくことになる。藤森照信先生の「明治の東京計画」の冒頭部分でふれられているように、日本の都市の場合、閉鎖型ではなく城壁を設置しない開放型の都市構造となったが、そうであっても、汚物処理、ごみ処理がなされる河川の自然浄化力にはおのずと限界があり、現在の鴨川は清流であるが、中世には汚物と死体とゴミが流れる川であったのではないか、と思われる。轆轤町という町が京都にあるが、その由来は案外おっかないのである。この記事参照。

                  日本型神道の神学の形成と海外文化

                   日本型の神道には、厳密な意味での神学めいたものはあまりないと聞いているが、それが若干あるとしたら、その成立は小山先生が引用している石田さんによるとこういうことらしい。
                   石田によると、神道が多少とも哲学的な神学を持ち始めたのは13世紀にいたってからにすぎない。この機関日本人のこころは先立つ数世紀の間に輸入された思想と文化の酵母から脱して自らの思想を表現し始めた。これらの神道の哲学的表現は神仏習合の形式をとっていた。(同書 p.274)

                   そもそも、神道的な神学が生まれたのは、神仏習合の中であり、その意味で唐天竺からやってきた外国語の文献を介しての哲学的思惟を形成した、ということらしい。これを見ていると、明治のころもそうだし、江戸期もそうだし、あるいは安土桃山時代もそうだし、また平安朝のころもそうだが、外国語の文献や外国の異質な世界観と出会って初めて、哲学を形成しはじめるという日本の伝統がどこかに在るのかもしれないなぁ、と思う。

                   ある面でいうと、異質なもの理解をするためには思考と思想が要請されるが、異質でなければ、異質でないものに出来てしまえば、思考と思想は要請されない。日本は社会全体として、異質なものを排除し、異質なものを無理やりにでも同質化させることで、思考と思想の形成という面倒な作業を回避しようとしてきたのかもしれない、と思う。

                   次回へと続く。



                  評価:
                  小山 晃佑
                  教文館
                  ¥ 4,104
                  (2014-09-12)
                  コメント:お勧め中です。

                  評価:
                  藤森 照信
                  岩波書店
                  ¥ 1,296
                  (2004-11-16)
                  コメント:現在の東京がどうやってできたかの都市計画史の専門家の名著。おすすめ。

                  2015.04.25 Saturday

                  『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (19)

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                     『富士山とシナイ山』学ぶシリーズは本ブログの最長連載記録を更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の「宇宙的生成論およびイデオロギー的中心」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。

                    明治以降の日本の国家神道と聖書の習合

                     小山先生がご紹介してくださった、日本の国歌神道とキリスト教の習合は非常に印象的である。この習合の論理の詭弁を使って、第2次世界大戦期以降、キリスト教と国家の問題、日本型伝統宗教との習合というか擦り合わせを図ろうとする動きが生まれたが、それに関して次のようにお書きである。

                     石田の習合説の4番目「神道とキリスト教の習合」は本書の研究目的にとって特に興味深い。村岡によると平田篤胤は神道でいう天御中主神〈あめのなかぬしのかみ〉(天の中心にいます神の意)を宇宙内の万物を支配している神として理解し、高皇産霊神〈やかみむすびのかみ〉を天地と人類を創造し、人間の最高の霊性を授けた神として理解した。平田は日本の神話的神、伊邪国岐命〈いざなぎのみこと〉をアダム、伊邪国美命〈いざなみのみこと〉をエヴァと固定した。彼の教説において、この創造的な二神はもうひとりの神、大黒主命〈おおくにぬしのみこと〉即ち広大な地の神にして死者たちの霊の支配者と対比されている。(富士山とシナイ山 p.275)
                     しかし、島根県にお住まいのキリスト者でヘブライ語の研究者にして、ヘブライ語の権威とご紹介された方から、日ユ同祖論の根拠として、上記の表現に類するご高説を以前拝聴させていただいたことは日ユ同祖論関係の記事でも以前ふれた。エヴァもアダムも日本書紀に記載のある日本の神と同じだという御説である。

                     日本の神話に会うようにアダムとエヴァを比定したものを、よりにもよって、原型は同じだから、日本人とユダヤ人は同じ祖先だ、ってロマン(馬鹿話もロマンチックではある)としてはなるほどかもしれないのだが、それは厳密な学問的検証を経た定説かのごとくにいうのは、以下の動画でご紹介するライフスペースの代表の方の論理と同じではないだろうか。どのように主張することも、現在の世の中では勝手である。高橋さんについてサイババがどう言おうと、サイババの勝手であるように。


                    定説で有名になった高橋ライフスペース代表。

                     そういえば、この種の似非学問の非学問性とそれらの関係者の方がよく言われる主張に関して、きちんと議論しておられるサイトがあったのでご紹介しておく。こちらの「研究ごっこQ&A」である。このサイトは一読の価値はある。

                     なお、このブログは、まさに「研究ごっこ」というか、「知的スポーツ」として運用している。知的スポーツにかんしてはこちらの記事「 メディアとキリスト教会の地図作成の試み(知的スポーツとして」を参照されたい。

                    神道における死後の世界理解

                     しかし、平田の神道理解で意外だったのは、死後の世界の支配者である死の神の優先という視点である。ある意味で、神となった死者、その死者たちの霊をつかさどるものへの価値は、実は、招魂社(現在の靖国神社)を支える思想的背景として、極めて重要な要素を持っているのではないか、と思うのだ。

                     平田は死者たちの霊たちを司る神の方がこの世の神よりも秀でていると考えた。これは常に現世の価値を強調する日本の神道的霊性にとって異例の方向付けである。(p.276)

                     死後の世界のことはある面中国伝来の仏教の影響から再構築されたものかどうかまでは、よくわからないが影響が皆無とはいえないであろう。しかし、死後世界の現世への優越を考えるときに、現世が優越することの多かった日本の宗教観、死生観、思想の中でかなり特殊なドライブがこの平田の主張する神道世界で変容していったことは重要ではないか、と思う。

                    聖書と平田国学

                     戦前の国家神道的なものの原型の一つとなった平田国学は、キリスト教の影響を受けている、その意味で、「幕末の侍たち以前に平田篤胤が読んでいた!え、なんどぇすって」という本が某I社から出てもよさそうだが、どうもそういうことはなさそうらしい。
                     そのことに関して小山先生は次のようにお書きである。

                     平田が漢訳聖書、即ち彼が入手しうる唯一の聖書を読む機会があったかどうか、疑わしい。イエズス会の宣教師が中国語で書いた文書に彼が頼っていたことに疑問の余地はない。例えば、マテオ・リッチの『天主実義』(天主の真の教え)を彼は読んでいたに違いがない。(p.276)
                     このあたりのことに関しては鈴木典久先生の学術書として刊行された「聖書の日本語」でも少し触れられているし、特に井上章一先生の「日本人とキリスト教」では、江戸期、武士階級、とりわけ幕府の中枢の中でどのように聖書が日本に触れら得ていったのか、というあたりのことがかなり丁寧に記載されている。

                    明治以降の国家神道の土台に
                    キリスト教神学を借用した平田国学

                     小山先生は、戦前の国家神道、とくに明治維新期の神道思想の中に含まれるキリスト教神学は、キリスト教神学由来であることについて、次のようにお書きである。

                     平田は神道の神々を強めるためにキリスト教神学を用いた。彼がキリスト教の教えをもってしたことは、反本地垂迹の思想路線に属している。キリスト教で神の御子というのは日本の皇統そのものである、と彼はいう。キリスト教の神は偽りで、神道こそ真の宗教である。平田の神学思想は明治維新の時に起きた国家神道的神道の再生のための土台を用意したのである。(同書 p.276)
                     国家神道的な概念の中の皇統概念は、キリスト教の神の御子が日本の皇統にすり替えられた結果であるのだから、日ユ同祖論者が、メシアは日本の皇統から出る、とかいうわけわからん結論に達するのはしょうがないとはこれを読んだ時、おもった。

                     しかし、それにしても、小山先生のような方の文献、いや、神道側の石田の文献、そこまで言わなくても井上章一先生の日本人とキリスト教などを読んでいれば、荒唐無稽な日本人の祖先にして、皇祖の祖先はユダヤ人であるというような無謀な議論は避け得られると思うのだが、そういう研究もせず、信念だけで日ユ同祖論に至っている残念な状況があるのかもしれない。

                     無論、平田の書いたものの文献史的研究をしていれば、そもそも、なぜ、日本の国家神道とキリスト教が共通性があり類似して見えるのか、ということは、極めて明白に当たり前のことですぐわかることではないか、と思うのだが。しょうがないなぁ。


                    日本の信仰の受容の柔軟さ

                     日本は他国の信仰というか霊的伝統をかなり柔軟に、あるいは融通無碍に、あるいは節操無く受け入れ、そして別物に変換してきた(集合してきた)ことに関して、小山先生は次のように書いておられる。 

                     私は思うに、多度の神がこともなげに多度の仏教と、つまり菩薩になったことは注目すべきことである。どうやら、この変化の過程には大した摩擦や混乱はなかったらいい。なんの障害もなく習合は進んだ。このことは日本人のこころが根本的に汎神論的であり、それゆえに「この」神と「あの」神とのあいだの境界線に無関心でいられたことを占めいている。日本のカトリック作家、遠藤周作は日本人のこころをあらゆる類の霊的伝統を苦もなく呑み込んでしまうという理由で沼にたとえた。実際1945年までの数十年間、天皇は「神聖を帯びた」存在だと信じられていたのである。〔仏教の日本への導入から〕約12世紀後にこの国家イデオロギーの内部で作用していた真理と「神学」は、多度の神の習合現象に作用していたそれと酷似している。興味深いのは神とあがめられた天皇が戦後いわゆる人間宣言において自分よりも強力なアメリカ人の神の前で「告白」をしたという事実が多度事件と似ていることである。多度神が仏教の神に感銘を受けたのと同様に、天皇はアメリカの神に感銘を受けたのだ。(同書 p.277)

                     遠藤周作をして沼と呼ばせた日本の霊的伝統の受容の融通無碍さというか、うわばみ振りは、他に類例があるのだろうか、あるいは、類例があるとしたら、どのようなものであろうか、という素朴な疑問がある。ある面、究極の多元主義的な側面を持っているのかもしれない、ということを思うし、それは、物事にはっきり決着つけないまま、Going Concernで物事を進めることが可能になるところはあるのではないか、と思う。個人的には戦後生まれなので、小山先生がご指摘の「神とあがめられた天皇が戦後いわゆる人間宣言において自分よりも強力なアメリカ人の神の前で「告白」をしたという事実が多度事件と似ていることである。多度神が仏教の神に感銘を受けたのと同様に、天皇はアメリカの神に感銘を受けたのだ。」という部分の衝撃性である。「人間宣言において自分よりも強力なアメリカ人の神の前で「告白」をしたという事実」という理由がよくわからない。以下の文章を読んでも、どこにも、自分は人間ですよ、「自分よりも強力なアメリカ人の神の前で「告白」をしたという事実」って雰囲気が感じられないのは、多分ミーちゃんはーちゃんの頭が悪いせいだと思う。


                    http://www.ndl.go.jp/constitution/shiryo/03/056/056_001l.html

                    詔書

                    茲ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、
                    一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
                    一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
                    一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
                    一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
                    一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
                    叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民拳ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。
                    大小都市ノ蒙リタル戦禍、罹災者ノ艱苦、産業ノ停頓、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢等ハ真ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然リト雖モ、我国民ガ現在ノ試煉ニ直面シ、且徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克ク其ノ結束ヲ全ウセバ、独リ我国ノミナラズ全人類ノ為ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。
                    夫レ家ヲ愛スル心ト国ヲ愛スル心トハ我国ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ実ニ此ノ心ヲ拡充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、献身的努カヲ効スベキノ秋ナリ。
                    惟フニ長キニ亘レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。
                    然レドモ朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
                    朕ノ政府ハ国民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我国民ガ時艱ニ蹶起シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又 産業及文運振興ノ為ニ勇往センコトヲ希念ス。我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相倚リ相扶ケ、寛容相許スノ気風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ伝統ニ 恥ヂザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ実ニ我国民ガ人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲ為ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。
                    一年ノ計ハ年頭ニ在リ、朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。

                    御名 御璽

                    昭和二十一年一月一日
                     まぁ、えんじ色で示した不と文字部分が、人間宣言とも読めなくはないが、まぁ、国民と天皇の関係だけを言っているだけにしかみえないし、国民と天皇との関係は神話や日本人が特に優秀で世界を支配するべきといったような架空の概念に基づくものじゃないよ、ということしか言ってないような気がするなぁ。読解力が足らないのかもしれないけど。

                     この記事を書いている時点のニュースで話題になった、秋篠宮佳子様が学習院からICUへ移られたということで御騒ぎになっているマスコミ報道などや、そういう人々がおられるが、しかし、リベラルアート教育で有名で、福音派の皆さんが大嫌いな頭でっかちな先生方が多いICUでも、キリスト教大学だから、ってことでお喜びになっている方がいるとしたら、ちょっと違うんじゃないか、とは思う。本当に喜ぶべきは、皇族関係者の方が、学習院をおやめになって、ICUの隣の東京神学大学や千葉に在る東京基督教大学に御入学になった時ではないか、と思うのだが。まぁ、三笠宮殿下はオリエント史学者として有名であり、あながちキリスト教世界と無関係ではない。

                     なお、今回、この事件で初めて知ったのだが、このご時世で、学習院大学の第2外国語が、中国語か朝鮮語の2ヶ国語のみだということを知って、ちょっと驚いた。しかし、学習院大学の教育プログラムって、どんだけ大東亜?というよりは、東アジア的?だなぁ、と思った。まぁ、大正帝の教育機関としての側面も学習院は持ったからしょうがないのかもしれないけど、本当に大東亜共栄圏を模索しようと思ったら、ウルドゥ語や、ヒンドゥ語、インドネシア語に、タイ語に、フィリピン語に、ビルマ語、ペルシャ語、アラビア語くらいは必要だったかもしれない。まぁ、これは旧大阪外国語大学が従来は主に担っていた言語であるが。





                     

                    評価:
                    小山 晃佑
                    教文館
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                    (2014-09-12)
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                    N・T・ライト
                    あめんどう
                    ¥ 2,700
                    (2015-05-30)
                    コメント:2刷りが出て入手しやすくなった模様。

                    2015.04.29 Wednesday

                    『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (20)

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                       『富士山とシナイ山』学ぶシリーズは本ブログの最長連載記録を更新中となっているが、本日もしつこく小山晃佑 著『富士山とシナイ山』の14章「複数の宗教の習合」から引用しながら考えたい。過去記事をご覧になりたい方は、コチラ 『富士山とシナイ山』に学ぶ を参照されたい。

                      偶像崇拝問題と日本人

                       偶像崇拝問題と、汎神論的傾向を文化的伝統というか文化的背景として持つ日本人と聖書の主張との根本的違いについて、前回紹介した遠藤周作の日本人の宗教意識の「沼」性に関して次のように書いておられる。
                       汎神論的日本人にとって「あなたは濫りに神の名を唱えてはならない」という戒めはほとんど馬耳東風である。この戒め自体あの「沼」に飲み込まれてしまうに違いない。(富士山とシナイ山 p.277)
                       そうですよね。しかし、馬耳東風とは、いやぁ、御説の通り。10数年にわたって、聖書を読んでいるはずの方でも、「護摩行の祈りと、聖書の祈りって同じですよね」とか、「全ての信仰は何でもいいはずなのだから、どんな信仰でも同じだし、みんな天国に行けるんですよね?」とか「はぁ?はあ??はぁ???」というご高説をお聞かせくださる方々がおられる。本当に旧約聖書お読みですか、とお聞きしたくなることが多い。

                      戦争と神の優越概念
                       神の問題は、神の優越問題、自分たちの正当化問題とかかわることに関して、小山先生は次のようにお書きである。

                       多度神が仏教の神に屈服した出来事は全く反対なしに行われたわけではない。(中略)本質的には階級闘争だったものが神々の間の権力闘争に転化した。同じように20世紀においても神々の相対的な力を競う問題が存在していた。1945年日本国民はアメリカの神のほうが自分らの神よりも強そうだと感じはじ得た。実は当時のアメリカの兵士たちの間にも、後にベトナム戦争の時にも、自分たちの神のほうが敵のより強いと認識したものたちがいた。前587年、エルサレムがバビロニア軍によって破壊された時、ユダの民はバビロニア人の神のほうが彼ら自身の神よりお強い、卓越した神だと感じたのである。(同書 p.278)
                       職業軍人でもそうだが、そうでない一般人から徴用されて兵士となるような州軍兵や士官等だと、もっと自分の生死が問われるときに、自分が信仰する神の存在を強く感じるだろうし、そして、自分が関与しようとしている神の正当性を問いたくなる気持ちは分からなくはない。問題は、自分の信仰する神と他人の信仰する神や思想が違う場合はまだいいが、お互いキリスト教の神とする国家同士が戦う場合は、結構深刻である。ついこの間、トリポリ上陸作戦での死者を記念する式典をしていたが、まぁ、トルコ対ANZAC軍が戦闘した場合は、まぁ、イスラム対キリスト教という対立構図があるから、まだ、納得できるが、同じ第1次大戦で、ドイツとフランス、大英帝国、アメリカ、ロシア(当時は、まだ革命前)とが戦闘行為を行った場合、同じナザレのイエスを神としながら戦うのだから、複雑であり、両方の側から、神の祝福をって言われて、どうしたもんだか、と悩んでいる神の姿を思うと、頭が痛くなりそうである。

                       その面で、太平洋を主戦場にアメリカ軍が日本軍と対峙した時は、まだ戦闘で両者の神の正当性に関する正邪をつけるという形で理解はしやすかったろうし、朝鮮半島やベトナムを主戦場に、朝鮮半島で、北朝鮮人民民主主義共和国の軍と中国共産軍とアメリカ軍が対峙したり、北ベトナム軍とアメリカ軍が対峙した時も、まだ、戦闘という面で唯物論、無神論、あるいは共産主義と聖書の神との正邪をつけるという面では理解しやすかったろう。




                       つまり、朝鮮戦争やベトナム戦争は、アメリカ人がなんとなく信じている、In God We Trustで表彰されるアメリカの神と、北朝鮮人民民主主義共和国や北ベトナムの共産主義という唯物論という神の戦いでもあった。アメリカ人にとって、これらの両者の戦争が現在もなお深い傷というか、影響を残しているのは、アジアで、彼らがさほど戦闘兵器が充実しておらず、あまり強いと思えなかった国と対峙し、簡単に勝てると思っていた、北朝鮮人民民主主義国政府や北ベトナム政府が掲げる唯物論の神に、アメリカ人にとってのIn God We Trustの神が、圧倒的な勝利を得られず、停戦(とはいっても実質上の敗戦)に追い込まれたことなのだ。

                       そのため、それ以降の戦闘行為では米軍には何が何でも戦闘に勝利し、兵士の被害が避けられることが求められた。勝てるかどうか怪しそうな場合は、空爆中心の作戦をするしかなくなった。

                       一応、2度にわたる湾岸戦争では、勝利したが、その後、ソマリア内戦のモガディシュの戦闘で、当時まで無敵と思われていたブラックホークをいとも簡単にRPG(ロールプレイングゲームではない、安いRocket Promoted Grenade launcher)で撃墜されてしまった事件があった。あの傷があるため、未だにロケットぶちこむことが米軍にとってのベストプラクティスになってしまっている側面がある。そもそも、陸上戦闘部隊を送りこまないですむようにすることこそが、外交にとってのベストプラクティスであるのではあるが。

                       前回昭和21年1月1日に官報に掲載された人間宣言の原文を御紹介したが、結局日本人が、人間宣言の意味を知ったのは、この写真のほうかもしれない。



                      総司令官MacArthurと昭和天皇

                       くつろいだ雰囲気で戦闘服(儀礼服ではない)のマッカーサー総司令官と、軍服ではなく、大礼服でもなく、燕尾服でどこかしら緊張が感じられる現人神と過去呼ばれた昭和天皇のツーショットである。まぁ、マッカーサーほど、戦闘服が似合う将官はいないけれども。なお、昭和天皇は、大元帥であり、本来軍人でもあった。


                      元帥服の昭和天皇(昭和天皇は最高位の軍人でもあった)

                       少なくとも以下に示すコリンパウエルの写真のような将校としての服装はすべきだったろう。外国元首と対等だというならば。つまり、それにふさわしい恰好をせず、戦闘服で面会した写真を撮らせ、自分自身が圧倒的な勝利者であることをメディアを通して日本国民に印象付けたといえよう。元帥服を着ることすらできなかった昭和天皇がいる以上、日本は無条件降伏を受諾し、敗戦したのであり、我が国は絶対に終戦したのではなく、敗戦国となったことを言及しておく。

                       コリンパウエルの略礼装姿があったので載せておく。これでも元首に会うには軽すぎる。

                      略礼装のコリン・パウエル

                       そういえば、最近読んだ(日本人)(かっこにほんじん と読ませるらしい)には面白い記事があった。戦後すぐの日本人の敗戦への対応の記載である。

                       東京の製薬会社に勤めたいたものの、今は滋賀県に疎開して飛行場の跡地の開拓をしているという知識人(早稲田大学専門部政治経済学科卒業)は、マッカーサーをこう賛美する。
                        閣下(マッカーサー元帥)の御指導実に神の如くその眼光は実に日本社会の隅々まで徹し全謂(あらゆる)御指導は見事にいちいち的中しわれわれは衷心よりそ の御指導が人道的であって且つその御指令が到底日本の政治家共には及ばざる善政であることを感謝いたして居るのでございます
                      次に彼は、返す刀で日本と日本人を全否定する。
                        今更ら乍ら恥ずかしくも日本国民はあらゆる点において問う敵国に遠く及ばざることを沁沁(しみじみ)と感じて居ります。日本国民は今になってはじめて貴国 の進駐軍を介して貴国の勝れて居る音を知り何故に斯様な偉大なる貴国を相手として無謀なる戦争を始めたのかを心から悔い而して貴国に対する尊敬の念をいよ いよ高め、将来に真に信頼して日本の国を託することの出来るのは帰国のみであることを確信し、閣下に対する尊崇の念は日本天皇に対しての尊敬の念の如く形式ではなく真に心からの敬服尊崇の念を抱いております
                      そして彼は、最後に次のように書く。
                       而してその尊敬の念は愈々倍々高まりこのどん底にあえぐ日本を救ってくださるのは貴国においてほかになく日本国民の帰国に対する信頼感は日本国の全てを貴国に託して閣下の御指導に 御縋り申さんとしております 日を追うて嵩じ来る貴国に対する信頼感は今日においては日本国の全てものを貴国に託して貴国の御同情に降りて復興するより外にないと感へるやうになりました
                           (橘玲「日本人」 p.147-149) 
                       この部分を読みながら、このようにマッカーサーにへつらいの手紙を書いた人は、1945年8月までは、「必ず神風が吹く、陛下のために国民は一億層火の玉になって八紘一宇の理念を・・・」って言っていたに違いないだろうなぁ、と思うのである。

                       しかし、まぁ、ものすごい賛美のしかたである。この滋賀県在住のインテリに、ここまで書かせるほど、我が国は完膚なきまでに敗戦したのである。「日本天皇に対する尊敬の念は形式であり、マッカーサーに対しては神の尊敬である」って書くかなぁ。1945年1月にそんなことを放言してたら、不経済化治安維持法違反で逮捕され、特高警察でぎゅうぎゅう絞られていたはずである。

                      すぐに習合させたがる日本人?
                       これまで「沼」だとか連続性だとか、境界線などがないという日本的というよりは東南アジア的な霊性の特徴を記してきたが、結局、聖書理解の問題ともろぶつかるのは、以下の部分である。 

                       しかし、重要な点はこれである。日本人の心の中では、偶像崇拝の本題よりも、二神の習合への素早い動きのほうがすぐ念頭に浮かぶのではないか。あらゆる種類の「神々」は−全て相異なる履歴を持つ神々は−習合される。すると我々は、その神々や我々の偶像崇拝を批判的に吟味する必要から解放されたような気分になる。もしイスラエルの神とバビロニア人の神々とがだれにも邪魔されずに習合させられるとしたら、偶像崇拝の問題は空疎なものとなるであろう。(同書 p.278)
                       とにかく区別とか、理解するのではなく巻き込もうとしてしまう日本的な霊性について、小山先生は次のようにお書きである。「日本人の心の中では、偶像崇拝の本題よりも、二神の習合への素早い動きのほうがすぐ念頭に浮かぶのではないか。あらゆる種類の「神々」は−全て相異なる履歴を持つ神々は−習合される」という部分なのだ。自分の知識ベースというか理解の範囲内にある既存のものと同一視しようとしてしまうのである。例えば、キリスト教と武士道とを混同させかねないことしかねなかったり、儒教倫理と一体化と理解されかねないような発言をした明治のキリスト者とか、ギリギリキリスト教の枠内にとどまりながらも、日本の伝統文化と、かなり習合に近いことをやってのけた部分がないだろうか、と素朴に思う。

                       その上で、キリスト教と基本的な日本の宗教でも、その主要な主張は倫理的なことなのであり、結果として同じことだ、と誤解して、「登り方は違うけれども、行きつくところは同じだ」とか、「信仰することはいかなることでもいいことだ」とかというわけのわからない、味噌も○○も同一化するような論理が成立すると、「我々は、その神々や我々の偶像崇拝を批判的に吟味する必要から解放されたような気分になる」と小山先生はお書きである。結局同一化できてしまえば、そこから、何がどう違うのか、どこが根源的に違うのか、ということを言わなくなり、批判的に考えなくなるということらしいのだ。この前知ったサイトで、日本人の中に批判的を罵倒することが混乱しているのではないか、とご指摘のサイト(ココ 「批判」を名乗る罵倒)があったが、日本人が批判意識するとすぐ罵倒することを思い浮かべるだけの人が多いようである。

                       その意味で、もしイスラエル人の神と日本人の神々(特に、平田神学における皇統)とがだれにも邪魔されずにディスペンセイション神学と日ユ同祖論を援用して習合させられるとしたら、偶像崇拝の問題は空疎なものとなり、自らの偶像崇拝性を批判的に吟味する必要からは解放された気になっておられる方も一部にはおられるのではないだろうか。キリスト者は、そして、ヘブライの民は、常に自らの習合問題や、自らが何を神とするのか、ということを問うた方がよいのではないか、と思うのだ。それを問うことこそ、自らに批判的であることこそ、信仰なのではないか、と思う。その点について、日本を●するキリスト者の会の皆さんのご主張や、日ユ同祖論のうちに内包される怪しさについて、これまで本ブログを通して、個人的に御異見を申し上げ、ご批判を申上げるものである。

                      諸霊の鎮魂について

                       日本社会は、近代国家でありながら、また、かなりカッティングエッジな技術志向社会でありながら、呪術思考から抜け出せないでいる。超高層ビルを建設する時でも、水源ダムの建設でも、高速道路工事でも、果てはリニアモーターカーの線路建設工事でも、原子力発電所の関連施設工事の起工式でも、神官が呼ばれ祝詞をあげずにはおられない社会なのである。まぁ、欧米でも、司祭が祝福するとかいうのは結構あるけれども、工事の起工式で司祭や牧師が出てくるというのはあるのだろうか。多分ないと思う。


                      伊方原発の安全監視センターの起工式 (愛媛県庁のサイトから)

                       科学技術と密教的な神秘と類似性の高い祝詞や神官との組み合わせは非常に面白いと思うが、別にこれで違和感を感じないのが、日本的と言えば日本的という気がする。

                       今日日本においても重要問題であり続けているなだめられぬ諸霊や復讐心に燃える神々の及ぼす影響について若干論評することが大切である。そうした霊をなだめる際、神秘的な身振りや言葉は極めて有効だと考えられている。密教儀礼は「神秘的」である。最も入り組んだ複雑な象徴が用いられている。生者と死者の霊に近づき、仏の教えに従うよう説得する。もっとも入り組んだ複雑な象徴が用いられる。生者と死者の口寄せ的交霊はシナイ山の伝統では厳しく禁じられている。宗教史の見地から言わせてもらえば、聖書の記事の形成上必要とされた極めて長い歳月にわたって、他宗教において頻出する魅惑的テーマである鎮魂的思想が出現することが絶無であることは真に注目に値する。(同書 p.278-279)

                       ここで印象深かったのは、小山先生の「生者と死者の霊に近づき、仏の教えに従うよう説得する。もっとも入り組んだ複雑な象徴が用いられる」という表現である。考えてみれば、水子の呪いを免れるための水子供養とか本来的な仏教と言えるのであろうかという疑問は多分にある。他にも、山岳修験道なども、それに似たような要素はあるように思うのだ。恐山とか。

                       さらに、「宗教史の見地から言わせてもらえば、聖書の記事の形成上必要とされた極めて長い歳月にわたって、他宗教において頻出する魅惑的テーマである鎮魂的思想が出現することが絶無であることは真に注目に値する」という部分は、極めて重要ではないだろうか、と思うのだ。確かに、サムエルの霊を呼び出そうとしたサウル王の事例はあるが、それ以外には見られない。確かにイスラエルの民は、他の神々に浮気はするものの、その中には、鎮魂的思想の流入や口寄せなどの交霊の記載はない。この辺りの精神性というか霊性は、日本や東アジア的な霊性と聖書の霊性との大きな違いであろうと思われる。

                       まだまだ、この連載は続く。




                      評価:
                      小山 晃佑
                      教文館
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                      (2014-09-12)
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