2014.10.15 Wednesday

離れても好きなイエス またまた不謹慎系替え歌歌ってみた。

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     ここの所、厳しいネタが続いているので、ちょっとほっこり、にんまりするようなネタも。

     教会から、追いやられてしまった人、追いやれもなお、イエスが好きな人を覚えて、ロス・インディオス&シルビアの「別れても好きな人」の替え歌で、「別れても好きなイエス」の不謹慎系の替え歌を作ってみた。曲も、結構シブ好みだが、かなり流行った歌なので、どっかで聞いたことがある、とおっしゃる方もいるだろう。

    離れても好きなイエス


    離れた教会入った 離れた渋谷で入った
    離れたときと同じ 雨の朝だった
    傘もささずに新宿 思い出語って富士見坂
    一人の信者にかえって 福音書をよんだ

    やっぱり忘れられない 変わらぬやさしい言葉で
    私をつつんでしまう だめよ弱いから
    離れても好きなイエス 離れても好きなイエス

    歩きたいのよ高輪 鐘がなっている鐘楼(タワー)
    おもいがけない日曜の 神との再会ね
    ちょっぴり寂しい四谷 いつもの新宿通り
    ここでさよならするわ 雨の朝だから

    やっぱり忘れられない 変わらぬやさしい言葉で
    私をつつんでしまう だめよ弱いから
    離れても好きなイエス 離れても好きなイエス
    離れても好きなイエス 離れても好きなイエス


    まぁ、これ、教会やめたい? シリーズの延長ってことで。

    笑い飛ばしていただけたら幸甚。


    ロス・インディオス シルビアによる元歌「別れても好きな人」


    元歌詞はこちらから。
    http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=31944




    2014.12.24 Wednesday

    恋人はボクシ (オリジナルは恋人がサンタクロース)

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      今日は一般にクリスマスイブを迎える日なので、ユーミンの

      「恋人はサンタクロース」

      の替え歌で、

      「恋人はボクシ」

      という替え歌で遊んでみました。音楽を御存じない方のために、恋人がサンタクロースの原曲を最下部にあげてきました。


      昔 となりのおしゃれな おねえさまが
      クリスマスの日 私に云った
      明日 8時になれば ボクシが教会にやって来る


      ちがうよ それはよそでのおはなし
      そういう私に ウィンクして
      でもね 大人になれば あなたもわかる そのうちに

      恋人はボクシ 本当にボクシ
      原付が追い越して        (←運転が下手なので、原付に追い越される)
      恋人がボクシ 背の高いボクシ
      雪の街から来た

      あれから いくつ冬がめぐり来たでしょう
      今も彼女を 思い出すけど
      ある日遠い街へと ボクシフジンでいったっきり

      そうよ 明日になれば
      私も きっと分かるはず

      恋人がボクシ 本当にボクシ
      ちゅうかいしょ(注解書)をかかえて
      恋人がボクシ 寒そうなボクシ
      雪の街から来る

      恋人がボクシ 本当にボクシ
      貧乏モノともせず
      恋人がボクシ 背の高いボクシ
      私の教会に来る

      恋人がボクシ 本当にボクシ
      70人訳抱えて
      恋人がボクシ 寒そうなボクシ
      雪の街から来る



      はい、遊んでみました。

      すべての牧師候補者と牧師先生に、よき配偶者が来ますよう、いのっております。

      天のいと高き所におられる神に栄光がある。
      地で生きる、神に受け入れられた人に平和がある。


       皆さま、クリスマスをお迎えくだされ。





      2015.02.09 Monday

      説教天国、信徒天国

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         ボクシ先生の悲哀を不謹慎系の替え歌にしてみました。

         聞いてください。ユーミンの「スキー天国、サーフ天国」の替え歌で、「説教天国、信徒天国」です。

         お若い方で、原曲をご存じない方は、すいません、ググってっください。一応、まぁぎりぎりわかる範囲での音源はこちら。イメージ崩れるとか言わないの。


        サーフ天国・スキー天国 (コピーバンド版)

        説教天国・信徒天国

        --------------------

        教会のエントランスで しゃべるあなたにくぎづけ
        派手な手振りでころんで ほこりが舞い立つ

        スタイルなんてどうでも あなたらしけりゃ最高
        カトの司祭も司教も 出る幕がないよ

        (教団)○長は理事や役員つれて 説教偵察(きき)に来る
        夕映え 会堂を染めれば
        しばらく地球は止まってる

        スウィングしているクワイヤ High な気分にさせるよ
        つれてゆこうかこれから 説教天国へ

        (間奏)

        シャワー・ルームで着がえて くり出せ熱い本探し
        調べに来たのと本棚で 昼寝し(ね)てるだけじゃだめ

        悩みごとはとりあえず 帰ってからの宿題
        煮詰まるイントロこのさい 明日に置き去り

        役員は 婦人 子供をつれて 苦情を言いに来る
        ステンドグラス 透かして見る空
        しばらく地球は止まってる

        光る講壇に抱かれて High な気分になろうよ
        つれてゆこうかこれから 説教天国へ
        つれてゆこうかこれから 信徒天国へ

        --------------------
         うーん、Highな気分になって説教を神の前に心から楽しんでおられる牧師先生方がどの程度いるかは知らない。

        準備でお苦しみの牧師さん

         多くの牧師の先生方は、頭を悩ませ、それでも必死になって、説教や、講解説教のご準備をされておられるように思う。ミーちゃんはーちゃんのような頭の悪い信徒でも、ちょっとでも神の豊かさを味わう(理解する)ことができるように、心して説教準備をしておられる先生には本当に頭が下がる。

         神の国の不完全な形での地上における実現が教会とするならば、そこは、説教天国や信徒天国なのかもしらん、と不敬虔もののミーちゃんはーちゃんは考えてしもうた。

        スキー天国っておかしくないか?

         ところで、原曲は、「スキー天国、サーフ天国」であるが、これもおかしな表現だ。そもそも、英語圏においても、天国の意味がおかしくなっていると、NTライト先生はSurprised by Hopeでおっしゃっておられるし、日本語における天国の意味がキリスト者の中でも、誤用されているケースが多いように、ミーちゃんはーちゃんには思えてならないのだけれども、それは多分、ミーちゃんはーちゃんの気のせい。

         この辺、山崎ランサムさまの記事 終わりと始まり もご覧いただければ、と。

        説教者へのご支援を

         こんな現実だけど、説教者(牧師)になってくれたりする奇特な人はいないだろうか。

         そして、こんなに悩んで聖書と真剣勝負しているボクシに恋してくれる、かわいい女性はどっかにいないかなぁ。

         原曲が古いって?そりゃしょうがない。牧師先生方の中心層よりちょっとだけ年齢の若い層に合わせたまでのこと。今後、もっと、若い方向けの替え歌やりますって。そのうち。



        評価:
        ---
        HarperCollins e-books
        ---
        (2009-05-05)
        コメント:キリスト教における天国や死生観についてNTライトが書いた本。ふーん、え、英国でもそうなんだ、と思うことが結構書いてあった。神の国理解がおかしいのは、日本だけじゃないんですねぇ。なるほど。

        2016.06.13 Monday

        クリスチャン特有の迷言、妄言で遊んでみた。

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          そもそも、このブログは昔は面白ネタをやるブログでもあったが、最近とみにまじめで、長くて、くどいものになってきたので、ちょっと、方針変更もしてみようか、と。いつも大変興味深く拝見している、fuminaru k さんのブログで、こんな記事があった。以下は、この記事

          クリスチャン特有の迷言、妄言をまとめてみた(ツッコミ付き)

          からの引用である。
           時々見かける、一部のクリスチャンの方々の迷言、妄言をまとめてみる。もれなくツッコミ付きで。でもそのまま書くのも無粋なので、ちょっと脚色してみる。
          心当たりのある人には、逆上してさらなる妄言を増やさないでいただきたいと思う(苦笑)。
          ではさっそく。

          ・迷言、妄言
          「体の調子が悪いです。〇〇や××や△△の症状があって辛いです。癒されるように祈って下さい」
          →さっさと病院に行って下さい。

          ・迷言、妄言
          「祈りは必ず聞かれる!」
          →神様には耳があるので、どんな祈りも聞いてます。

          ・迷言、妄言
          「その戦いが神の戦いなら、あなたは疲れることがありません」
          →じゃあ24時間寝ないで戦って下さい。

          ・迷言、妄言
          「サンデークリスチャンは御国に行けません」
          →じゃあ何クリスチャンなら行けるんですか?

          ・迷言、妄言
          「この世には悪がはびこっています」
          →教会の中にもね。

          ・迷言、妄言
          「血肉の家族より、神の家族との絆の方が絶対です」
          →何かあればその「神の家族」が真っ先に敵になります。

          ・迷言、妄言
          「礼拝中にお腹が痛くなったり、頭痛がしたりします。やはり礼拝は霊的戦いの場なのですね」
          →神社仏閣に油まいてきたら?

          ・迷言、妄言
          「自分が主に用いられるかどうかは、祈りにかかっています」
          →じゃああのロバの子は熱心に祈っていたんですね!

          ・迷言、妄言
          「神の国は民主主義ではない」
          →独裁政治でもありません。特に牧師の。

          ・迷言、妄言
          「今日の礼拝、恵まれました〜」
          →恵まれに行ってるんですか?

          ・迷言、妄言
          「リバイバル絶好調!」
          →・・・はぁ?

          というものであった。 ミーちゃんはーちゃんがミーちゃんはーちゃん風に、これに関西風のりツッコミを入れるとしたら、こんな感じかなぁ、と思った。ツッコミとしてはやや高度。
          ・迷言、妄言
          「体の調子が悪いです。〇〇や××や△△の症状があって辛いです。癒されるように祈って下さい」
          →お大事になぁ(お大事になさって下さい)、って祈りましたけどォ、それじゃぁ、アカンのですかぁ(それではいけないのですか)。

          ・迷言、妄言
          「祈りは必ず聞かれる!」
          ごっつう (ほんとうに) 、ありがとうございます(ほんとうに)。えらいすんませんなぁ(感謝です)。そんな、言わずもがななこと、改めて教えてもおて(教えていただいて)。

          ・迷言、妄言
          「その戦いが神の戦いなら、あなたは疲れることがありません」
          →え、そんな、Monsterとか、Redbullを超えるエナジードリンク、どこで売ってまんの(売っているんですか)?常飲してても大丈夫でっか(ですか)?うちの開発部隊に差し入れしたいんですけど?


          Monster Energy発売のエナジードリンク


          Red Bull翼を授ける のCM (しかし、バシャンの雄牛に翼が付いて飛びだしたら…と不謹慎なことを考えてしまった)

          ・迷言、妄言
          「サンデークリスチャンは御国に行けません」
          →ほたらねぇ(それでは)、おまわりさん(警察官)とかお医者はん(医師)とか、看護師さんとかのクリスチャンはサンデークリスチャンにもなれへんのとちゃいまっか、どないんなりますの(なれないのではないでしょうか、どうしましょう)?

          ・迷言、妄言
          「この世には悪がはびこっています」
          →エデンの園にも悪がはびこっていた時期もありましたなぁ(ございましたね)・・・

          ・迷言、妄言
          「血肉の家族より、神の家族との絆の方が絶対です」
          →家族伝道とかはしなくてええんでっかいいのですか)?こら、ええこと聞いたわ(いいお話を伺いました)?

          ・迷言、妄言
          「礼拝中にお腹が痛くなったり、頭痛がしたりします。やはり礼拝は霊的戦いの場なのですね」
          →では、まず教会の中でええ匂いのする油をなぁ(いい匂いのする油を)、どうぞ…先生だけのお力だけで足らへんかったら(足らなければ)、ここは一つごっつ有名な先生に来てもろて(ここは、非常に有名な先生をご招聘して)…

          ・迷言、妄言
          「自分が主に用いられるかどうかは、祈りにかかっています」
          →あのぉ、悪魔もヨブ記で用いられてまんのと違いますのぉ(用いられておりますが)…きっと、めっちゃ(ものすごく)悪魔も、お祈り、熱心なんでっしゃろなぁ(熱心なのでしょうねぇ)…。

          ・迷言、妄言
          「神の国は民主主義ではない」
          →そうでんなぁ(そうですね)、神の国は究極の神権政治でっけど(ですけど)、ほんだら(そうしたら)、先生は神でいらっしゃいまんの(いらっしゃるので)?

          ・迷言、妄言
          「今日の礼拝、恵まれました〜」
          →ほんだらね(そうしたらね)、「先生の先生であるB先生の礼拝では恵まれへん(恵まれない)」とかの場合は、どないんいたしましょう(どうしたらよいのでしょう)…

          ・迷言、妄言
          「リバイバル絶好調!」
          →あぁ、うちらじゃのうて(私たちじゃなくて)、やっぱ、神さん(聖神なる方)がなぁ(がねぇ)お元気なんだっしゃろ(なんでしょうね)…
          すいません、不謹慎なお笑いネタをやってみたくなりました。特定のキリスト者集団の方を批判する意図はございません。
          2016.12.23 Friday

          『逃げるは恥だが役に立つ』 最終回協賛 『恋』ならぬ(神の)『愛』

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            クリスマスも近いので、デザイン、変えてみました。

             

             

            ところで、いつも冗談を言いながら遊んでもらっている、お友達のOrzさんの”舟の右側”での連載がオフィスふじかけ2016年”注目語”大賞を受賞したので、盛り上がっていたら、某出版社のお茶くみ兼、事務員兼、電話番兼、社主のブッチー様から、替え歌のチャレンジのお呼びがかかったので、久しぶりで気分が乗ってきたので、急遽、替え歌を作ることにした。

             

            ちょうど、最近終わったドラマで、駐日アメリカ大使まで踊らせてしまった番組のエンドロールに流れる『恋』の替え歌で、(神の)『愛』という替え歌ができたので、ここでご披露(というほどのものではないのが重々承知しているが)してみたい。

             

            恋ダンス アメリカ駐日外交団バージョン

             

            (神の)『愛』  『恋』の替え歌

             

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            日常の

            街が暮れたらいろめき

            風たちは運ぶわ

            カラスと人々の群れ

            意味なんか

            ないさ聖書があるだけ

            ただ腹を空かせて

            アッバのもとに帰るんだ



            物心 ついたらふと

            見上げて思うことが

            この世にいる誰も

            三人(かみ と歌います)から



            胸の中にあるもの

            ときに見えなくなるもの

            それはそばにいること

            いつも思い出して



            神の中にあるもの

            距離と無縁の鼓動

            愛しているあなたの

            心の交わり 霊の息吹

            社会を超えてゆけ

            孤独を超えて行け

            焚き火を超えていけ

            ----------------------------

             

             

             

            安住アナ 登場ヴァージョンで

             

             

             

            うーん、草食系男子好きのテルアビブ大学の東洋学の皆さん、恋ダンスやらんかなぁ。いつか

             

             

            http://www.excite.co.jp/News/matome/entertainment/M1478073721174/ から

             

             

             

             

             

             

             

             

            2016.12.24 Saturday

            『逃げるは恥だが役に立つ』 最終回協賛 『恋』ならぬ現代版 『放蕩息子』  バージョン

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              本日は、クリスマスイブ(日本では、世間的には、今日のほうがクリスマスという人も多いとは思うが、本来的には、今年は日曜日こそクリスマスである)がくるが、明日はグレゴリオ的には降誕祭なので、ちょっと一つ余分に皆様へのプレゼント。個人的には、1月7日にもお祝いします。

               

               

              ところで、いつも冗談を言いながら遊んでもらっている、お友達のOrzさんの”舟の右側”での連載がオフィスふじかけ2016年”注目語”大賞を受賞したので、盛り上がっていたら、某出版社のお茶くみ兼、事務員兼、電話番兼、社主のブッチー様から、替え歌のチャレンジのお呼びがかかったので、久しぶりで気分が乗ってきたので、急遽、替え歌を作ったら、焚き火仲間で盛り上がり、ふじかけ先生まで、一般のキリスト教向けヴァージョンを・・・となったので、ついでにもう一つ作ることにした。

               

               

              恋ダンス TBC(東北放送)アナウンス部・バージョン

               

              現代版『放蕩息子』  『恋』の替え歌

               

              ーーーーーーーーーーーーーーーーー


              営みの

              街が暮れたらいろめき

              風たちは運ぶわ

              カラスと人々の群れ

              意味なんか

              ないさ 空しさがあるだけ

              ただ腹を空かせて

              アッバのもとに帰るんだ



              物心 ついたらふと

              見上げて思うことが

              この世にいる誰も

              三人( かみ と歌います)から



              胸の中にあるもの

              ときに見えなくなるもの

              イエスがそばにいること

              いつも思い出して



              耳の中にあるもの

              距離と無縁のアッバの声

              愛されたあなたの

              コイノニア 霊の息吹

               

               

              孤独を超えてゆけ

              疎外を超えてゆけ

              ひとりを超えてゆけ

              ----------------------------

               

               

               

              青森テレビアナウンサー 登場ヴァージョンで

               

              http://tm68049.com/news123/wp-content/uploads/2016/11/E6818BE38380E383B3E382B9.jpg

              http://tm68049.com/news123/archives/1630 から

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

               

              2017.06.26 Monday

              もしかしてだけど〜 教会に誘われる編

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                一部のマニアックな方に受けはいいようなので、久しぶりに不謹慎系の替え歌を。どぶろっくの「もしかしてだけど」に乗せて「もしかしてだけど 教会に誘われる編」 ということで教会で見られるシーンについて、書いてみよう。


                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ、
                それぇってオイラを さそってるんじゃないの。

                こないだ近くのバス停で、ぼぉっと都バスを待っていたら
                後ろで待ってる女が、これ読まれませんか、って紙を渡してきたんだ

                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ
                それって、オイラの携帯番号聞きたいんじゃないの

                ♪ 
                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ、
                それぇってオイラを さそってるんじゃないの。

                もらった印刷したものを 何気なくちらっとひらいてみたら、
                教会でやるイベントの案内が書いてあったんだ

                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ
                それって、オイラにもう一回会いたいっておもってるんじゃないの

                ♪ 
                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ、
                それぇってオイラを さそってるんじゃないの。

                それで教会でのイベントに、暇だしちょっくら参加してみたらぁ
                入口のところで、にっこりされちまったんだ

                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ
                それって、オイラに惚れちまったんじゃないの


                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ、
                それぇってオイラを さそってるんじゃないの。

                突然みんなが賛美歌を、歌い始めたんで戸惑ってたら、
                隣にいた女が、讃美歌集を開いて渡してくれたんだ 

                もしかしてだけどぉ もしかしてだけどぉ
                それって、オイラとハモりたいんじゃないの

                そういうことだろ!

                 

                大阪府の合唱コンクールでのもしかしてだけど(これをやるのが大阪ノリw)


                -----------------------------------------------------
                教会関係の皆さんへ

                リアルにこういう勘違いされる男性の方はほとんどいないと思いますが、時にこういう誤解が発生しやすいかなぁと思われる方々が教会に来られることも事実。そういう事実が分かっても、サワサワサワ・・・ヒソヒソヒソ・・・ 「ボクシフジン先生~」とかいきなり言わずに、ご丁寧に対応いたしてほしいもの。

                 

                チラシを配るということはどういうことか
                教会員の皆さん、チラシを配って、「誘っている」あるいは「お誘いした」のは私たちです。教会の視点からは、「誘っている」のではなく、「伝道している」と読み替え、あるいは、自己に都合よく「伝道活動」とご理解されていることがおおいわけですが、教会外部の人から見れば、実態としては、「誘われた」という事実は一面あるわけです。時々、困った方の中で、「誘われた」とご自身に都合よく誤解される方としては別物(たぶんに「異性間における自由恋愛関係」)に誘っている、と勘違いされることも、皆無ではないわけです。教会の側でも自己都合で読み替えがなされますが、受け取りての方としても、自己都合最優先といいますか、自分に都合よくご解釈なさる男性諸氏も一部にはおありかもしれません(まぁ、めったにないけど)。

                 


                その点を、不必要に恐れる必要はありませんが、まずもって、私たちが何もので、何を伝えようとするのか、ということはまず最初の段階で、できれば、看板や、インターネット時代における看板のようなものであるウェブサイトなどで、明確に自分たちの存在の目的がどのようなものかを、まず持って明らかにしておくべきでしょう。

                 

                 

                いや、教会の牧師先生、教会員の皆様、お誘いしても、誰も来ないのにひょっとして慣れっこになってしまっていて、「誰かがほんとうに来てしまったら…」とか言うことは考えなくなって十数年、とかはないですよね。

                 

                確かに伝道したい。それは大事です。教会の看板に、「どなたでも起こしください」って、書いていませんか。それを真に受けてきた人を責めることはできません。だって、どこかに書いてお招きしたのは教会の側のことが多いのですから。

                 

                リアルな表現こそ大事かと・・・
                本来の目的をお隠しになってお誘いを述べられることがまれにある、ちょっとカルトっぽい某団体のような変化球的なお誘いの仕方は、受け取り手に誤解を生みかねないので、やめておいた方がよいでしょうね。ヨガサークル(過去の『某A○M真○教』のアプローチ)や不幸から解放するつぼや印鑑の販売、足裏診断(あったなぁ、あの団体、どうなったんだろう)とかはいかがか、と思割れることと存じます。

                 

                どこぞの国の某大統領の発言ではございませんが、Fake Newsも問題ですが、Fake 広告 Fake チラシは問題です。きちんと自分たちの現実を伝えるように心がけたいもの。このご時世、人の目はたいへん肥えてきておりまして、面白くないもの、本物でないものには人は集まりません。

                 

                また、書割のようなシンデレラ城には、ほんまもんに見えるミッキーちゃんやミニーちゃんや、シンデレラに見えるような人がいるからこそ、お客様(某テーマパークではゲストと呼ぶそうですが)が来られるのです。とある東アジアの国のパチもんのミッキーちゃんやプーさんがいれば、二度とそういうところには、ゲストの皆様はお越しになりません。

                 

                You are fake newsって言ってるよw

                 

                http://livedoor.blogimg.jp/sekaiminzoku/imgs/1/5/1537d7e2.jpg

                http://blog.livedoor.jp/sekaiminzoku/archives/37124673.html より

                実にミッキーの高度な現地化のお写真が何枚も。

                 


                 

                教会員の皆様にお願いしたいことがあります。案外忘れがちなのは、私達が人々を招いているのではなく、招いておられるのは、神ご自身です。大事なことは、ご自身との関係の回復にお誘いになっておられるのが、神ご自身だということです。そのことをよもやお忘れではないと思います。上記の替え歌のような誤解をする人々を含め、神はその憐れみゆえに神のもとに戻ることを誘っておられるのですから。我々がお誘いすべきは、上記の替え歌の歌詞のオイラ君の誤解のような「異性間における自由恋愛」へのお誘いをしているのではなく、それよりもはるかに規模とスケールを越えた「神とのアモーレ」「神の燃えるような愛」「神の国からの愛」ゆえでございます。その神との関係の回復へのお誘いを教会はすべきか、と思います。そして、来られた方に、ようこそ、「神の国へ」と言うべきではないかなぁ、と思っております。

                 

                 

                お耳直しで

                あまりに下品な替え歌でしたので、最後に神の国からの招きを大変美しく、そして、核心をついた賛美歌で本記事をおわることにいたしましょう。



                最近お気に入りの賛美歌 All are welcome

                 

                 

                次回の記事からは、しばらく、最近参加した京都ユダヤ思想学会のご報告をしてみたい、と思っております。 

                 

                 

                 

                 

                 


                 

                評価:
                晴佐久 昌英
                教友社
                ---
                (2009-12)
                コメント:晴佐久神父殿が「天の国へのお誘い」をお話になったものでござる。

                2017.09.16 Saturday

                信仰(がぎぐげご)認について

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                  久しぶりの不謹慎系ブログネタを今日はしてみようか、と。月曜からは、ちゃんとしたものに戻します。まぁ、この記事も、ある面では、ちゃんとした意味はまったくないわけではないけれども、今回はかなり強力な解毒剤がいるかも。毒入りまんじゅうかもしれません。饅頭こわいになるかもしれません。あ、それなんで、ちゃんと月曜日には、ミニストリーの連載記事のものについて記事にしますから。

                   

                  まんじゅうこわい(桂枝雀師匠による落語)

                   

                  出発点

                  そもそもの事の起こりは、Facebookのお友達のMさんが、FacebookでのNTライト読書会に、「N.T.ライトFB読書会」という、ある方のブログ記事をご紹介になったことに端を発している。その中に、

                   

                  フェイスブックに「N.T.ライトFB読書会」というグループがある。 

                  https://www.facebook.com/groups/288504731222965/ 

                  N.T.ライトは異端であり、このような異端を信じる人々をクリスチャンとして認めることはできない。 

                   

                  と、書かれたことを見たことに由来する。「異端を信じるノンクリ」認定をこの方から受けてしまった。別にいいけど。

                   

                  どうも、この方のご主張によれば、ライトさんの義認論がおかしいから、ライトさんは異端だそうである。まぁ、どなたがどのようにお考えになろうとも、そのお考えをどのような形で表明なさろうとも、それは、我が国の憲法において保証された、言論、思想の自由において認められるべきだろう、とは思っている。このブログ記事をお書きになられた方に、ミーちゃんはーちゃんが異端に見えようともかまわない。それは、その人の主権の範囲だからである。勝手に異端認定、異端断定されたらよろしい。個人的には、「貴君がそう思うだけだろう」と思う。神から見れば、「所詮、ミーちゃんはーちゃんごときは、異端同然なのかもしれないのだから」とは思っている。人間は神になれない以上、誤りなく生きることなどはできないのである。

                   

                  ところで、この方の論点のご背景には、おそらく、John Piperさんと、N.T.ライトさんの信仰義認をめぐる本の上での対話があるのである。確かに、John Piperさん(数年前に日本に来られたときには、Piperさんのご講演を聞きに行ったことはある)は、ライトさんとJustification に関する対論もしている。そして、Justificationという本をかくきっかけの一つにはなったと、以下の動画で早い段階(12秒前後)で、ライトさんは言及しておられるようにミーちゃんはーちゃんには聞こえる。なお、Justification とは日本語で言えば(信仰)義認と呼ばれることばを指す英単語ではある。

                   

                  Justificationという本について語るライトさん(ちらっと聖餐を受けるシーンが出てくる)

                   

                  それと同時進行的に、ミーちゃんはーちゃんのFacebook上では、3年くらい前から、キリスト教関係のネット界隈で色々取り沙汰されているクリスティアン・トゥデイ(Christian Today 米国の有名な雑誌のChristianity Todayと名称がそっくりだが、中身と運営主体は全く違うネットメディアがあり、その前編集長によると、なぜこのような混乱を招くような名前にしたのかの経緯はよくわからないそうである)がカルト関係団体なのかキリスト教異端関係団体なのか問題も今なおミーちゃんはーちゃんの周りで話題になっている。そのChristian Todayにまつわる発言で、Facebookでのお友達のmさんがクリスチャン・トゥデイにまつわるある方の判断について、「信仰義認ではないか?」とツッコミを入れたので、それじゃ、「信仰誤認」ってこともあるよね、と突っ込んでみたら、うけたのである。

                   

                  ある対象やある事柄を、どう認定するかに関していえば、統計学でよく出てくる概念の第1種の過誤、第2種の過誤問題というのがある。もうちょっというと、正しいものを誤っていると認定する場合(第1種の過誤)、正しくないものを正しいと認定する場合(第2種過誤)もあるという話である。このように第1種の過誤もあるし、第2種の過誤もあるから、何をどう判定するかは結構むつかしくてということを考えていた。そして、多くの異端とか、異端でないとか言ったりする場合には、必ずこの種の第1種、第2種の過誤、誤認の問題があると思うのだ。そこで、このあたりの過誤の話を含めて、信仰義認にひっかけて、「『信仰誤認』になっているんじゃないの?」って突っ込んだのが、そもそも「信仰誤認」という言葉の起こりである。単にギをゴに変えたら面白いだろうというナイツの漫才のような発想での遊びである。それで、受けたので、ちょっと遊んでみることにした。

                   

                  一字替え遊びが得意なナイツの漫才

                   

                  信仰誤認とは

                  その時に、信仰誤認とい雨言葉の意味を、以下のように定義すると、案外そのような方は多いかも、と思ったので、「信仰誤認」という言葉を作ったら、面白いかなぁ、と思ったのである。

                   

                  ◆「信仰誤認」
                  ある信仰の形態を守ろうとするあまり、聖書の記述内容を誤認するようになる傾向を持ってしまうこと、また、そのような傾向をもつこと。

                   

                  ミーちゃんはーちゃんにも、自分自身の信仰生活を振り返ってみたら、実は、信仰誤認の重篤な患者だったことがある。それは否定はできない。今なお、そういうところがあるかもしれない。自分自身の反省を込めて、「信仰誤認」という語を考えてみたのだ。

                  その意味では、第1種の信仰誤認とか、第2種の信仰誤認とかが有り得そうだから、そのへんまでの遊びをされたい方は、ぜひご自分でお考えいただきたい。

                   

                  そうなると、信仰ギ認、信仰ゴ認ができたのなら、そこを、ガギグゲゴで変えてみたら、どうなるか、ということを遊びとして書いてみたら面白いかなぁ、と思ったのである。

                   

                  ま、そんな言葉遊びを移動中の電車内で考えていると、信仰我認(しんこうにん)とか、信仰義認(しんこうにん)とか、信仰愚認(しんこうにん)とか、信仰悔認(しんこうにん)とか、信仰誤認(しんこうにん)とかできてしまったので、それぞれについて、その文字にふさわしい意味合いを無理やり付けることを考えてみようか、と思ってしまったのである。従って、おふざけであるし、久しぶりの不謹慎系の記事である。

                   

                  なお、信仰義認以下は悪趣味な冗談なので、悪趣味な冗談(毒)として、受け取ってほしい。毒は用法用量を守ってご利用ください。ぴんぽ~~~ん。

                   

                   

                  ルルのCF

                   

                  ◆信仰我認(しんこうにん)

                  ある種の信仰にハマってしまったために、聖書の権威性や聖書の主張する正統性(legitimacy)を超えて、自分に権威性や自己の主張に正統性があると認めるようになる傾向を持ってしまうこと、また、そのような傾向を持つこと。

                   

                  結構、こういう方は多いと思う。一言居士系の方にこのタイプは多いかもしれない。キリスト教カルト系宗教の指導者には、このタイプが案外多いのではないか、と思う。ある種、われ信仰す、故に我は義なりと、我認む、というタイプの傾向の方である。自分は神を信仰しているから義なる神のものであるから、故に、われは義である、というタイプの論法を持ってこられる皆さん方にこのタイプは多いかもしれない。

                   

                  ◆信仰義認(しんこうにん)

                  (1)自分自身がイエスに対する信仰を持つことによって神から義と認められるという考え方、そう考えること

                   

                  というメインの立場がある(かなり一般に普及している大雑把な理解を想定して書いているので、より詳細なことは専門書をご覧いただきたい)。

                   とは言いながら、最近、欧米でも主張されることが増えてきたとされる

                   

                  (2)イエスの忠実(真実・誠実・・・・)のゆえに、我々がイエスを主(キリスト、キュリオス)あるいは神であると告白することで、神から義と認められるという考え方、そう考えること

                   

                  という立場も増えてきた。今度の新しい聖書協会の日本語訳はこの点にも配慮された日本語訳になると聞き及んでいる。

                   

                  どちらのほうがもともとのどのギリシア語テクストの解釈としてふさわしいのか原義に忠実なのかは、ミーちゃんはーちゃんなどにはなぜ知る由もないかは知る由もないが、いずれにしても、義とみとめるのは神であって、人ではないということは共通しているようなので、ま、ミーちゃんはーちゃんが知る由がないのは、人間であるからだろうと思っている。

                   

                  ◆信仰愚認(しんこうにん)

                  愚かで(無垢な人で)信仰を持つ人ほど、神は、その人の存在を認め、お用いになられるという考え方、そう考えること

                   

                  たしかに宣教のことばの愚かさを通してとか、ペテロとヨハネが「無学な、ただの人」(使  4:13 )あたりの表現を通して、愚かな人ほど神から認められるということをお考えの向きがあるかもしれない。少年十字軍とか、民衆十字軍などにその痕跡を認めることができるかもしれない。とはいえ、このようにおっしゃる方の中に、なぜか、パウロを新約聖書の著者の中で、特別に重要視されたり、パウロの書簡集を福音書より遥かに重要で、その書簡集の断片についての言及回数が多い方が案外多いのは、ちょっと変だなぁ、とは思うことが多いのだが。

                  ◆信仰悔認(しんこうにん)

                  信仰を持ったら、神が悔い改めたものと認められるがゆえに、何が何でも、二度と悔い改めのない生活を送らねばならない、ないし少なくとも外見上そう見えなければならないという考え方、そう考えること

                   

                  「悔い改め」と「信仰」は似ているけれども、基本的には違うものだとミーちゃんはーちゃんは思っている。罪深さを後悔することや、自分の中に不十分な部分があることに悩むことは、誰でも経験することだけれども、その罪深さを認めることと、信仰は別のものであると思う。信仰を持っていても、罪を犯す(神のことはほったらげになる瞬間)はあるし、意識しないまま、罪の状態に陥ることはある。

                   

                  ところが、明治以降日本に到来したキリスト教は、一種の西洋という先進国の道徳と理解されたり、当時の途上国である日本が参考にすべき道徳であるとみなされたためか、世間の皆さまからは、教会の人は倫理的で、まじめで、悔い改めのない聖人君子のように思われていることが多いようである。そして、その結果、キリスト教に関心はあっても、そういう生き方をするのが、めんどくさく思えて、教会に近づかない人々もおられるようである。その結果かどうかは知らないが、教会の関係者はほかの人々が近寄りがたいほど、倫理的な生き方をする人であらねばならない、というような思い込みが、キリスト者に案外多く、そのため、自分自身の生き方にびくびくドキドキしながら生きておられるキリスト教徒や、他人の揚げ足取りのようなことをするのが大好きな他罰的なキリスト教徒の方もお見掛けする。

                   

                  本来、神は、人間が十分残念で罪深い存在であるからこそ、何度でも戻って来い、子よ我とともに生きようぞ、とおっしゃってくださるのし、ルター先輩は、神経症的で、びくびくドキドキしていたメランヒトン先輩に、大胆に罪を犯せ、そして、もっと大胆に罪を悔い改めよ、と言われたらしい。そういうことを考えると、ティム・ケラーの本のタイトルではないが、キリスト者は「放蕩する神」に対して、もうちょっと信頼、あるいは信仰を持ったほうがいいのかもしれない。びくびくドキドキした信仰生活のようなものを送って、自罰的になるよりも。

                  ◆「信仰誤認」(しんこうにん)
                  ある信仰の形態を守ろうとするあまり、聖書の記述内容を誤認するようになる傾向を持ってしまうこと、また、そのような傾向をもつこと。

                   

                  これは先に詳述したので、ここでは省略する。

                   

                  しかし、我々は、ある対象を正しく判別できる能力があると思いたいお気持ちはよくわかるが、実は、人間の判別能力というのは、結構怪しいものなのであるような気がするし、いくら聖書を読んでいるからといっても、人は特定の理解の傾向を全く持たない、とか、完全に中立的であり得る、ということがない以上、人間という鼻で息するものの判断には誤認が付きまわざるを得ないかもしれない、ということの意味をちょっこし考えてみた。

                   

                   

                   

                  線形判別分析の説明図

                  https://cambenzit.wordpress.com/2013/04/21/linear-discriminant-analysis-implementation-in-r/ から

                   

                   

                  この記事、単発

                   

                   

                   

                   

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                  2018.08.11 Saturday

                  不謹慎系替え歌 Diamonds(プリンセス・プリンセス)の替え歌で『バベルの塔』

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                    久しぶりに聖書や教会を題材にした、名曲(迷曲)が生まれたので、即効アップします。

                    徳島の古川さま、ありがとうw

                     

                    プリンセス・プリンセスの名曲 『Diamonds』の替え歌で、『バベルの塔』

                     

                     

                    「バベルの塔 絵画 ブリューゲル」の画像検索結果

                    https://sumapo.com/image/48421.html より

                     

                    原曲はこちら

                     

                    冷たいタールに 素足をひたして
                    見上げるスカイスクレイパー
                    好きな作業服(服)を着てるだけ わるいことしてないよ
                    金のハンドルで、町をたてまくれ
                    楽しいことにくぎづけ
                    設計図じゃわからない 景色がみたい
                    釘がささる瞬間の 胸の鼓動焼きつけろ
                    それは素敵なコレクション もっともっと並べたい
                    眠たくっても 嫌われても 年をとってもやめられない

                     

                    バベルの塔だね Ah Ah いくつかの場面
                    Ah Ah うまくいえないけれど 宝物だよ
                    あの時感じた Ah Ah 予感は本物
                    Ah 今 私を動かしている そんな気持ち

                     

                    いくつもつくって 順番も覚えて
                    くい打ちも 上手くなったけど
                    初めて基礎打つときには いつも震える
                    コンクリの山 埋もれもがいても
                    まだ死ぬわけに行かない
                    欲張りなのは生まれつき 土建屋これから
                    生コンとけて流れ込む 鉄筋たちを閉じ込めろ
                    コインなんかじゃ売れない パイルをくれてもあげない
                    ベルトを締めて (ブル)ドーザまわし 大地を削って 工事するぞ


                    バベルの塔だね Ah Ah いくつかの場面
                    Ah Ah うまくいえないけれど 宝物だよ
                    あの時感じた Ah Ah 予感は本物
                    Ah 今 私を動かしている そんな気持ち

                     

                    なんにもしらない Ah Ah 子供に戻って
                    Ah Ah 建て替えなおしたい夜もかなりあるけど

                    あの時感じた Ah Ah 気持ちは本物
                    Ah 今 私を動かすのは バベルの塔

                     

                     

                     

                    2018.08.11 Saturday

                    マジメ系替え歌 『J』 プリンセスプリンセスのバラード『M』の替え歌

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                      さて、先ほど プリンセスプリンセスの替え歌『バベルの塔』で遊んでたら北海道の大坂様からのリクエストで、同じプリンセスプリンセスの「M」の替え歌で「J」をつくってみようか、と。

                       

                       

                      「Jesus Red Cross」の画像検索結果

                      https://www.etsy.com/listing/223532873/jesus-print-jesus-silhouette-jesus-art より

                       

                       

                      替え歌『J』

                      いつも一緒に いたかった
                      となりで わらってたかった
                      季節はまた 変わるのに
                      心だけ 立ち止まったまま

                       

                      あなたのいない 右側に
                      少しは慣れた つもりでいたのに
                      どうしてこんなに 涙が出るの
                      もう叶わない 想いなら
                      あなたを信じる勇気だけ ほしいよ

                       

                      (You are only in my vison)
                      今でも覚えている あなたのことば
                      墓の向こうに見えた 姿さえも So once again
                      (Leavin' for the heaven with your love)

                       

                      鳥が森へ帰るように
                      自然に消えて ちいさな誇りも
                      はしゃいだあの時の 私も

                       

                      いつも一緒に いたかった
                      となりで わらってたかった
                      季節はまた 変わるのに
                      心だけ 立ち止まったまま

                       

                      出会った時の 日記には
                      はにかんだ思い ただうれしくて
                      こんな日がくると 思わなかった

                      Ah 瞬きもしないで

                      あなたを胸に焼きつけてた 恋しくて

                       

                      (You are only in my vison)
                      あなたの声 聞きたくて
                      捨ててない福音書(ゴスペルズ) Jesusの文字を
                      指でたどってるだけ So once again
                      (Leavin' for the heaven with your love)

                       

                      Ah 夢見て目が覚めた
                      赤い十字架 後姿が
                      エリヤと見えなくなっていく So once again
                      (Leavin' for the heaven with your love)

                       

                      鳥が森へ帰るように
                      自然に消えて ちいさな誇りも
                      いつまでもあなたしか見えない 私も
                       

                       

                       

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