<< スモールグループについて | main | 関西のある集会に行ってみた >>
2009.09.18 Friday

教会が与えるもの、教会に与えるもの

0
     教会が与えるもの、教会に与えるものについて考えている。

    教会は生き物だと思う。それはパウロも言っている。

    いけるキリストのからだ。その通りである。教会は体、

    信者は身体内の器官だというメタファーがある。システム・

    サイバネティクスというのを以前かじったが、パウロは、

    システム・サイバネティクスという概念が提示される以前

    から、教会がまさしくシステム・サイバティクス的にとら

    えられることを明言している。システム・サイバネティクス

    という言葉を一切使わずに。

     最近、現在所属する教会から離れて、別の教会に移ろうと

    しているお一人の信者がおられる。気になる。なぜ、彼が

    去らねばならなかったのか、去ろうという決断をしたのか。

     おそらく、ご自身が抱えておられる病気のことが大きな

    要因だと思われる。私は癒し(霊的な力で病気が治る奇

    跡の一種)に対してかなり否定的な立場に立っている。

    その方が参加しようとしているところは、その種のことを

    強調しているようだ。そのことに振り回されなければよい

    のだが。

     病気の苦しみからの解放、これは、病者ならば誰もが望む

    解放である。本人にしか分からない部分がある。しかし、

    病者としては現実の苦しみから逃れられるのであれば、

    わらをもすがる思いですがりたくなる気持ちは理解できる。

    病者になってしまったから。痛みがあるから。

     その反面、イエスの神の国の本質は、痛みの除去や、

    病者の苦しみからの解放ではないことが分かっている。

    イエスとともにあること、神と共にあることである。

     人を介してお聞きしたその方が移られる先については、

    個人的には、非常に不安感があり、ものすごく懸念を抱

    いている。不安がある。しかし、一方で、さまざまのこ

    とを見て判断されたその方の意思を尊重したい気持ちも

    ある。たぶん、私のこれまでの生き方からいって、その

    方の意思を私は尊重するだろう。大きなダメージをその

    方に与えかねないという懸念があるとしても。懸念で終

    わるよう祈るしかない。移られる先がキリストのからだ

    の一部をなしていることを期待するしかない。

     組織サイバネティクス的な立場から言えば、要素は全

    体に影響し、全体は要素に影響する。キリスト教会でも

    同じである。信者は教会に影響を与え、教会は信者に

    影響する。非常に複雑なシステムダイナミクスを持つ存

    在である。教会 → 信者 ではありえない。その意味

    で、信者が、どう教会に関与していくのか、教会がどう

    信者との関係を取るのか、そして、信者個人の生活と

    信仰を深めていく、信者同士の関係を深めていくという

    そのための仕掛けづくりの大切さを思う。コミュニオン

    あるいはコイノニアとしての教会、エクレシアとしての

    教会ではなくコイノニアとしての教会という問題を、

    移籍しようとしておられる信者さんの存在から、静かに

    考えている。
    コメント
    コメントする








     
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    Calendar
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
    << April 2020 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM