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2015.12.28 Monday

いのちのことば社刊 『隠された恵み』を読んだ(24)

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     今日も、フィリップ・ヤンシー先輩の本をまた読みながら、考えたことを書いてみたい。神の国の実現にまつわる部分である。

    神の支配の存在をこの地にもたらす働き
     前回の投稿でも、キリスト教がこの地において示す働きの意味があることをお話ししたが、今回は、キリスト教を離れていったポスト・クリスチャンであったが、その信仰を取り戻していったポスト・クリスチャン・クリスチャンの目から見たときにどう見えたのか、についてヤンシー先輩は次のように書いておられる。
    アメリカのテレビ番組「シックスティ・ミニッツ」のプロデューサーであるジョン・マークスは、福音派という集団を2年かけて研究した。マークス自身、福音派の中で育ったが、のちに拒否するようになった。そして、探り当てたことを『なぜ信じるのか―福音派を訪ねたある男の遍歴と捨て去った信仰』(原題:Reason to Believe:One Man’s Journey Among the Evangelicals and the Faith He Left Behind)という本に著した。ところが、ハリケーン・カトリーナに町が襲われた時の教会の対応を見て、彼の思いに変化が生まれ、再び信仰を持つようになったのである。バトンルージュのあるバプテスト教会は、何週間にもわたって毎日1万6000人に食事をふるまった。(pp.195-196)

    John Marksさん

     アメリカにいた時、割とよく見ていた番組の一つに CBSテレビの60 minutes という番組がある。調査報道と呼ぶにふさわしい番組であった。日本で言うと、TBSの報道特集がこれに似た雰囲気を出しているが、アメリカのものは、もうちょっと落ち着いた形の番組であり、定評のある番組ではある。批判的な視点が強いので、ちょっと左っぽく見えるのはある。この番組での放送がきっかけになって、アメリカでのタバコの害が指摘されるようになったりした経緯が以下で紹介するアル・パチーノ主演のInsiderという映画になっている。



    The Insiderの予告編

    マッカーシズム全盛の米国で、マッカーシーを批判した番組を流し、キャスターが辞めることになったのもこの番組だったと記憶している。その経緯を示したのが、ジョージ・クルーニーが監督とし、出演もしているGood Night And Good Luckという映画である。なお、このGood Night And Good Luckはこの番組の最後の決め文句となっていたように記憶している。


    映画 Good Night and Good Luckの予告編

     まぁ、ハリケーン・カトリーナでは、多くのボランティア組織が勝手に活動して、救援したことは記憶に新しい。もちろん、州軍が動員され、陸軍が動く中、ママブッシュことバーバラ・ブッシュは、不用意な発言で、マスコミをにぎわせた。


    まぁ、この種のものはたくさんあるらしいけど…

    人知れず神の国の到来をもたらす無名のキリスト者

     しかし、だれからも着目されることもなく、ひたすらシェルターで給食しているキリスト者たちがいたのだ。また、それ以外にも、選挙キャンペーンといった政治的なことと関係なくシェルターでホームレスの皆さんに給食をし続けているクリスチャンたちもいる。そら、驚くだろうなぁ、と思うが、まぁ、普段からそういうことに慣れているクリスチャンたちは「なぜ、そんなことに驚くのだろう」ということになることも多いのかもしれない。

     以下で紹介する映画「幸せのちから」の中に、教会が運営するホームレスのシェルターの話が出てくる。



    幸せのちから の予告編

     ヒューマニストたちは、黒人差別問題があると集まってくるし、そのための人権派の団体は非常にたくさんあるが、そういえば、こういう人権派の弁護士の皆様方たちというのはハリケーンカトリーナのようなときには、あまり見掛けなかったような気がする。そのあたりのことに関して、ヤンシー先輩は、つぎのようにお書きである。

     外部の人が、いつもではないが、ときどき気づくことがある。「タイム」誌の政治部デスク、ジョークラインは、オクラホマ州で竜巻に壊された住宅の修復ボランティアをしていたときに、米国中から来た多くの教会を見て、特集記事でこう述べた。「温かい食事をふるまうヒューマニストたちの姿が見られないのは、なんともおかしなはなしだ」

    クリスチャンの行動に感動したもう一人は、ニューヨークのジャーナリスト、ニコラス・クリストフだ。(中略)

     クリストフは正直に認めている。「マスコミにかかわる我々のほとんどが、この国に住む46%の人々と完全に接触を断っている。」その46%とは、ギャラップの世論調査で自らを福音派、あるいは改心したクリスチャンとしている人々の割合だ。そして、クリストフは、メディアがいかに先入観を持って報道しているかを認める。「福音派の運動すべてが、しばしば進歩主義者の間で笑い物にされてきた。保守的だ、短絡的だ、反知性的だ、それどころか反道徳的だ、と。」

     クリストフはジョン・ストットへの賛辞の中で、その先入観を打ち破る例としてストットを上げている。「しかしながら、福音派の運動を簡単に否定することは、極めて不公平だ。(中略)福音派の人々は不寛容、狭量といわれてきた。けれども、私たちが福音派に向けている目こそ、不寛容、狭量なのである。」(pp198-199)
     ここで、福音派に対してのメディア側の視線が歪んでいて、福音派のことを正当に評価していないということを書いているニコラス・クリストフさんであるが、調べてみたら、この人、ニューヨーク・タイムズ紙の日本特派員であったこともあるらしい。日本のレディース・コミックスを紹介してみたり、尖閣問題を扱ってみたりと、結構辛辣なことも書いておられるらしい。

     クリストフさんは、「福音派の人々は不寛容、狭量といわれてきた。けれども、私たちが福音派に向けている目こそ、不寛容、狭量なのである」と書かれたらしいが、確かに、テレビ局や新聞、雑誌で流れる福音派のイメージはかなり偏っている。時にどうしようもないなぁ、と思うぐらい、偏っていると思う。特に、普通の福音派といわれる人々を見ているとそう思うが、なかには、最近のJerry Falwell Jrさんとか、そのオヤジさんとか、Ted Haggard君とかコーラン焚書しちゃった牧師さんとか、妊娠中絶クリニックが気に入らんからと爆破するぞと予告したりする人々ばかり見ていると、不寛容、狭量に見えるのは仕方がない。まぁ、そういうかっ飛んだオジサンたちが福音派の一部にはおられるが、それが全体のどの程度なのか、というのは、地域差もあるし、何とも言えないと思っている。まぁ、突出した人物の行動に関しては戸惑うことが多い。



    Nicholas Donabet Kristofさん


     ところで、人権派弁護士などのヒューマニストが災害で出てこないのは、容易に訴訟により賠償金を勝ち取ることが難しく、訴訟をするリスクをとることが案外難しい、あるいはそれで名前を売ることが難しい、という側面があるのかもしれない。ただ、人権問題で警察の暴力などがみられる場合には、これらの人々は割と早く出没するようである。このあたりのからくりは、以下の評決の時という映画に詳しい。


    評決のとき の予告編

    神の支配の試食をこの地の歩みで示す
     まぁ、ディスペンセイション説が不幸にして(個人的にはそう思う)広がったアメリカ型の福音主義では、この地に関する軽視はかなり大きな部分を示す側面がある。すべてとは言わないが。地上は、天国に行くための信仰を持つかどうかだけが問題になるという考え方である。こうなってしまうと、次の人生、Life after Deathのための一時的なものとなってしまうだろう。それではまずいかもしれないことを、ヤンシー先輩は次のように書いておられる。
     クリスチャンは次の人生に行く途上の旅人ではなく、むしろ先立って神の国を開拓する先駆者なのだ。それこそが、私たちが神に従うしるしである。堕落した環境の中で恵みの人生を生き抜くことによって、私たちは回復の時を指し示す。あるスラム街の説教師は、クリスチャンをサーティワン・アイスクリームの試食用スプーンになぞらえている。私たちは世界に、この先にあるもの味見をさせる。
    (中略)進むべき道を見しなったこの世界の中で、私たちは今この場所で、神の御意志を生き生きと実証すべきである。(pp.200-201)
     神の御意志を実証する、というのか、実体験してもらう存在の重要性になんとなく最初に気がついたのが、The Blind Side「しあわせの隠れ場所」というサンドラ・ブロックがアカデミー賞主演女優賞を受賞しているが、その映画を見たときである。

     ネタばれは避けたいので、細かい話は避け、ぜひ映画をレンタルDVDなどで、ご覧いただきたいが、この神の回復の時(あるいは最終的な完成の時Teleios)を考えるヒントがあるように思ったのだ。

    『しあわせの隠れ場所』からのクリスマス・メッセージ
     何年か前、クリスマス会にゲストスピーカーとしてお誘いされたときに、この「しあわせの隠れ場所」のワンシーンを使ってお話しした。



    しあわせの隠れ場所の予告編

     その時に参加者の皆さんにお話ししたのは、イエスは、キリストがこの地に赤ん坊として来られたのは、以下の動画、感謝祭での食卓の場面のように、神の支配の中に皆さんをお招きするために差し伸べられた手を示したのではないでしょうか、とお話したのである。



    感謝祭の時の印象的なシーン

     このシーンを上映したら、来られていた方の大半は、食卓の豪華さと家の家具や内装などで盛り上げっていたらしい(後で、その話を聞いてそこ行きますか?とは思ったけど)。それで、基本的にこの映画の中で、アフリカ人のホームレスになった少年のような私たちを、本来家族としてともに一つのものとなるようにするために、このご家庭の長女の方が手を出しているように、神は、私たちに神の仲間であることを示しておられること、手を差し伸べていることを示すために、上にお示しした感謝祭のシーンを見ていただきました。ご来場になっていた方々のお話をお聞きの感触からはなかなかよかったんじゃないかと思っておったのです。

     しかし、その後、そこにおられた参加しておられたある女性信徒の方が、「今日は神の裁きまで語ったわ」とあと片づけが終わったころに、お話ししておられたので、正直内心で頭を抱えました。神の愛を心をこめて、すべての人に対する招きがあるものとして語ったのですが、その後、ある女性信徒の方がお茶をしながら、まだ信じておられない方が大半の来会者の方々にお話しになられた話は、「怒れる神の手にある罪人の滅び」の路線の話だったようです。

     クリスマスにも裁きを語る必要を覚える、というあたりの精神性にことばをなくしてしまいました。その後、重苦しい気分のまま、家路に向かう車を走らせたのでした。 

     なお、同じ映画の中の以下で示すレストランのシーンでは、このご家庭のお母さんの御友人の皆さんが、アフリカ系アメリカ人の貧しい少年を法的に養子にしたことに対して、「そんなことをしていいのか、白人としての罪悪感からか?」「あなた偉いわねぇ。あのかわいそうな少年の人生を変えてあげたんじゃないの?」という言葉に対して、「彼の存在がわたしの人生を変えたの」とサンドラ・ブロック扮するアフリカ系アメリカ人を養子にしたお母さんに言わせている。

     最後のあたりで、「アフリカ系の人が同じ屋根の下にいて心配じゃないの?」という質問を浴びせかけた女性に「Shame on you」(恥を知りなさい)と言っている。まぁ、基本的にアメリカのコーカシア系住民の偏見というのは、大体そんな感じが強いように思う。アフリカ系やラテン系に関するステレオタイプなイメージとそれへの批判がこのシーンにこめられているような気がした。




    レストランシーン

     ところで、以下の動画は、その実際のシーンに関する映画の登場人物となったご本人たちの主張である。映画は基本の話であるから事実と違う部分があるが、以下の動画に出てくる二人、特に南部なまりでお話しになる女性が、住む家もなく食事もできず、下手をすればそのまま社会の隅に追いやられたかもしれない人生を変え、非常に優秀なアメフトの選手となるよう育て、その人の人生を変え、そして彼らの人生を変えたのである。


    本人たちの講演

     そして、この講演の中で本人たちが言うように、すべての人に価値がある、というのは、基本キリスト教の概念であると思う。なぜならば、それは神が造り給いし神のかたちを持つ存在だから、ということなのだろうとは思う。ある面、この夫婦は、あるいはこの南部なまりの強い女性は、よきサマリア人の中に出てくる道の反対側を通る祭司やレビ人であることに耐えられなかったのではないか、と思うのだ。

     おそらく、養子にしたビッグ・マイクがプロフットボール選手になろうがそうでなかろうがあまり気にしなかったのではないか、と思うのだ。もっといえば、ビッグ・マイクをフットボール選手にするために養子にしたのではない、と思うのだ。ただ、人間の憐れみの心の反映として、道の反対側を通って行ったレビ人になること、祭司になることに耐えられなかったのではないか、と思う。

     そして、養子になったビッグ・マイクもリー・アンとショーン夫妻も、この地において、将来発生する神の最終目的、人のかたちの回復の味見をしたのではないか、と思うのだ。肌の色や話す言語、才能に関係なく神が人を愛したもうその日の経験の味見を。

    まだまだ続く





    評価:
    フィリップ・ヤンシー
    いのちのことば社
    ¥ 2,592
    (2015-11-05)
    コメント:お勧めしております。

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