<< NTライト著 上沼昌雄訳 『クリスチャンであるとは』 その9 | main | 『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史 (27) >>
2015.07.08 Wednesday

工藤信夫著 真実の福音を求めて を読んだ その7

0

    Pocket

     本日も、また工藤信夫著 真実の福音を求めて から引き続きご紹介したい。本日は第7章「いくつかの提言」についてである。これまでの主張の上に立ち、工藤さんは実務家(医師)としていくつかの提言をしておられる。それを今回と次回でご紹介したい。

    On the Job Training....日本の職業訓練
     司牧の訓練に関して、工藤さんは次のようなご指摘をなさっている。
     牧師にふさわしからざる人々が牧解の現場に出て、そこに混乱に陥れるという問題が出現する。この点カトリックは一人の司祭を育てるのに10年をかけるという話を耳にしたことがある。その間厳しい訓練と学びが課せられるのである。せいぜい2,3年の神学教育を受け、しかもさしたる卒後教育のシステムもなく、在野に放り出された人物が、いくばくかの神学、聖書の知識を積んだからといって、人の一生にかかわる牧会に携わることに大きな限界があるのは目に見えているだろう。(真実の福音を求めて p.101)
     カトリックの司祭の方何人かとお話しした経験から言えば、カトリックの司祭になろうとされる方の中には、実際にはいろんな方がおられるようである。司祭としての訓練の中で、その人自身を見極め、その人自身も、その周辺の人々もその方の特徴を見極め、かなりの選別がされるようである。そして司祭になってからも、かなりのモニタリングが行われ、その中で選別されていくようである。そのようなスクリーニングと職分の割り当てをしていったとしても、いろいろ不祥事が起きる訳で、実に厄介だと思う。

     工藤さんが指摘されるように、アメリカや日本などのように、確かに2,3年の神学教育だけでは不十分だと思うし、自己教育、生涯教育と自己研さんをきちんとしておかないと、頭脳と思考の化石化が進み、社会が変化してしまったことに追随できず、不適合を起こすような側面も多いと思う。

     何、この生涯教育と自己研さんがないことによる問題は、牧師だけで起きる訳ではなく、通常の社会人においても起きる。

     ご高齢の方が現役を退いてしまって、現場の環境や現場の実際を把握することなく、ご自身が現役であったころの数年前、十数年前、数十年前の前提と状況を前提にお話しされると、実に滑稽なことが起きるのである。アイゼンハワー大統領を推薦するAbraham Simpson氏のように。


    アイゼンハワー大統領を未だに支持するAbraham Simpson氏

     要は、牧師の社会人経験の有無に問題があるのではなく、その人が社会人として、社会の現状に関して情報収集し、そのことに思いを巡らせているかどうかの方がよほど重要なのである。そして、その司牧と教会員がおかれた時代の社会や環境状況に思いを巡らせながら、聖書に取り組む、神学するといってもよいかもしれないが、それができるかどうかで、それを牧師の勤労経験の有無にすり替えてはいかんのだろうと思う。

     大学は数年前から、FDということで、漸く教員についても研修が始まったが、それまでは、研修はなく、関心のある教員個人が個人的にするものであって、全体として質的向上を図るというような取組みは、最近始まったことであると言える。

     各個別教派でも、このような研修制度をとっておられるところもあるだろうが、案外そういう機会は少ないのかもしれないし、これまで距離が障壁になって、こういう研修制度自体が少ないのかもしれない。そのあたりの事に挑戦されておられるネット時代の前衛となってこられた司牧の方々はおられる。

     まぁ、ローマ教皇のツィートにはびっくりすることが多いが。カッティングエッジ技術のうまい活用法ではないか、と思っている。 


    いろんな意味で、Cutting Edge lol

    教会の失敗学
     失敗学ということがある。技術は、この失敗学の学問である。過去の失敗に学び、その問題の構造を明らかにし、そして、その問題を防止し、同じ問題が繰り返されないようにするのが、一種の工学的発想である。その意味で、完全ということはないことは、工学は前提として持っていると言えよう。

     例えば、以下の動画で紹介したタコマ橋(ワシントン州タコマ市)の場合、周波数と橋の共振の問題が発生して落橋した。


    タコマ橋落橋の決定的瞬間

    こういう問題が発覚することで、その後の海峡橋や長大橋梁では、周波数帯の違う部材の複数化などいくつかの対策が打たれている。このあたりは明石海峡大橋などでもきちんと反映されている。このあたりは、長大という企業がノウハウをかなりお持ちである。
     ところが(牧会事例研究会が始まってから)40年たった今でも、こうした方面の研究会はあまり知られていないようであるし、実際的な指導者も皆無といってよいのではないか、と思われる。しかし私が心配するのは何よりもそういう学び会に足を運ぶ牧師、教職が極めて少ないということである。
     そこで私が思ったことは、牧会者の閉鎖性という問題である。それぞれの牧会者は、日ごとその牧会に悩み苦しんでいるはずであろうから、他に助けを求めてよいはずであるが、どういうわけか、自分の失敗や落ち度をつかれたり、失敗から謙虚に学ぼうとしたりしない傾向があるような気がする。「自己開示性」が乏しいらしいのである。(pp.101₋102)
     自己開示性が乏しいということの背景に、個人的には繁栄の神学とか、自己義認化が関わっているような気がする。そして、そのかなりかなり先の背景として、義認の教理があるような気がするのである。

     教会が義の場所である、教会が美しい場所であるべきである、という思い込みがこのような閉鎖性を生むのではないか、と思うのである。そして、牧会者にとっても、義の取次者あるいは紹介者に過ぎない自らが義でなければならないという思い込みが日本という文化コンテキストにおいて、ある面、暗黙の裡に想定されているからかもしれない。

     その結果、失敗はない、と強弁したり、失敗した時に、うまくいかないから、また今度の機会に、とはならない側面につながったりするのだろうと思う。そして、新しいことに心を閉ざし、精神的な閉鎖性を持つのであろう。このことに関しては、厳しい物言いになるとは思うが(個人的には司牧の方を応援したいとは思っているので)、工藤信夫著 真実の福音を求めて を読んだ その5で指摘した閉鎖性の問題と深いところではつながりがあると思っている。

    万能特効薬としての聖句切り取りと祈り

     確かに聖書には、様々な神の知恵が示されている。しかし、それはコンテキスト(物語)といってもよいとは思うが、中で示されている神の知恵であり、それを切り取り、その一部のみを示してしまうと、もともとの意味をなさなくなるのではないか、と思っている。そのことに関して離婚問題で司牧に相談した人が絶望の淵に陥れられた、というか、唖然として開いた口が塞がらない状態に陥れられた方の例をとりながら、工藤さんはご説明である。

     私はここ数年、かなり深刻な熟年夫婦の離婚の相談にかかわってきたが、最後の”とりで”と思って相談に行った教会の指導者の多くが、「祈っていますか?主に従うようにご主人に従いなさい」といった内容のアドバイスをくれるだけであったということを耳にした。私のところに来た人はそのおめでたさに「話にもならない」と一笑に付したが、宗教者の現実認識は時代錯誤も甚だしいものが少なくない。(同書 p.104)
     一つの例を示そう。以下の図1をご覧になって、この絵の良さがわかるであろうか。


    図1 ある部分の拡大図

     もちろん、これだけでも、この絵画の画家の技量の確かさは明らかであろう。だって、この画像はツィツィアーノの工房の作品の一部であるから。されこうべを抱える打ちひしがれた女性の画像である。これだけを見たら、基本的には、人生の死にまつわる虚無感を描いた作品であろうと思われるかもしれない。しかし、この部分から、この絵の全体部分の絵を知らずにこのツィツィアーノ工房の作品が何に関して書いた絵画であるのかと想像できるだろうか。

     しかし、本記事の最下部の図2を見てもらいたい。

     ツィツィアーノの作品は、幼児から始まり、成人になり、そして、後に死していく姿を描いた、人生というものの構造を描いた作品なのである。そして、誕生付近と死のシーンが近づけられていることで、この両者が案外近いのではないかという中世人の死生観理解が表れている絵になっている。

     これをもし、上の図1だけで議論したら、どれだけおかしいことになるかはわかるであろう。その意味で、全体性というものが案外重要であるが、我々は、分析的思考に慣れ過ぎて着るために、このような細部だけを取り出して、議論して、全体であると理解する傾向はあると思う。

     それが悪く出ると、聖書のある部分だけをある状態に当てはめ、あたかもそれだけかのような物言いにつながる可能性が十分にある。つまり、離婚を考えているという人には、この聖句、病気の方には、この聖句、悩みの中にある人にはこの聖句、家族のことで考えている人にはこの聖句と聖句の切り売りをして、あたかもそれが聖書からの教えであるかのように言う人々も中にはおられる。典型的には、我が家にご訪問をくどくいただいているエホバたんの皆さんは、最近それを手書きのメモでくださるから、ご苦労なことで、と感謝しつつ拝読させていただいている。わが身を振り返るのには、非常に良い鏡像を得た感じではある。

    教会内パワハラ問題
     教会内パワハラの問題は多数あることは、様々なブログを見れば明らかである。その昔、もう少し真面目にカルト研究をしていた時に、アングリカンコミュニオンの某教区を巡る諸問題やAERAで取り上げられた諸問題、このブログでも何回かご紹介しているI don't know who I amのブログでご紹介されている内容や、いろいろ話題になった茨城県県南にあった教会、京都にあったプロテスタント教会、浜松の方のカルト化した教会の問題、北海道の方のカルト化した教会の問題、沖縄のカルト化した教会の問題、など、いろいろ情報を集め、なぜ、このような問題が起きるのか、ということに思いをめぐらしたこともある。結局、一般化された答えはなく、あるとすれば、キリスト者になったからといって、神の前に書けある存在である問題(罪の問題)からは誰一人としてこの世界にあっては結局のがれえないということ位である。
     また、ここ3、4年の間に、あちこちでパワーハラスメントの問題が大きな社会問題となってきているが、私の学び会に参加している人が、最近DVのシェルターを立ち上げたところ、宗教者の家庭でもこういう問題が少なくないことを知ったという。ところが困ったことにこうした問題に対応する窓口も相談機関もほとん どないというようなのっである。そしてもっと悩ましいことは、そういう問題があることを教団の外部に知られたくないとの意識が強いらしいということである。「罪の隠避は福音的でない」という発言はキリスト教界の閉鎖性、密室性の欠陥を素直に認めた上での発言であろうし、森和弘氏は第3者機関の指導を提案しておられる。(p.104)
     皇室もストレスフルな世界であるようだが、それに劣らず、牧会社の課程もストレスフルであることは、Officeふじかけ さまのご指摘やMinistryの特集号などでも指摘されているところであり、そして、その問題は外部に漏れることがなく、内部で処理しそこなった挙句、問題が大きくなって社会的に取り上げられ、AERAで紹介された牧師のハラスメント事案のような形であると言える。カトリックの司祭のパワハラ、セクハラ事案に関しては、アメリカのカトリック教会を大激震させ、大きな影響が、カトリック関係者の中に出た。カリフォルニア州サンタ・バーバラのシスターの一部には、住んでいた修道院の土地を教会が賠償のために売り払ってしまったために、移転された方もおられたほどである。

     確かに森和弘司祭が「罪の隠避は、福音的でない」というご指摘は、重要だろうと思う。隠避してしまえば、結局罪を抱え続けることになるので、本人も解放されないし、被害者も解放されないからである。このあたりは、告解の伝統を持つキリスト教の一伝統であるが故のこと、と思うし、そういう伝統を持たない福音派の一部が、福音的(どういう意味でか、は別として)であろうとすることにこだわり、宣教論的なコストベネフィット分析の結果、隠避しようとする傾向とはずいぶん違うなぁ、と感じた。まぁ、何でもかんでもあからさまにすればよいというものではないが、内部の問題は内部できちんとカタをつける、というのがまっとうな世間様の感覚だとは思っている。



    図2 全体画像

     まだまだ続く。





    評価:
    工藤 信夫
    いのちのことば社
    ¥ 1,296
    (2015-06-05)
    コメント:よい、

    評価:
    畑村 洋太郎
    講談社
    ¥ 596
    (2005-04-15)
    コメント:お勧めする。

    評価:
    戸部 良一,寺本 義也,鎌田 伸一,杉之尾 孝生,村井 友秀,野中 郁次郎
    中央公論社
    ¥ 823
    (1991-08)
    コメント:戦史研究を事例とした失敗学的考察。一読をお勧めする。今だからこそ。ひどい目に合うのは、結局民主主義体制の中で、意思決定にかかわったとされる大衆だったりはする。






    コメント
    コメントする








     
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << September 2019 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM