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2015.06.03 Wednesday

南長老派の歴史研究の講演会に行ってきた(5)礼拝論と賛美論 その1

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     今回も南部の長老教会の関係者のSmithさんという方の講演会に行ってきたので、その方の講演の中から、礼拝についての部分を現場で取ったメモをもとにした、講演会参加記を記してみたい。恐らく、このシリーズは、あと3回続きそう。

    賛美についての規範的原理
     カルバン派の伝統の中伝教理の中でも、礼拝の規定的原理については議論が多かった。改革派の中でもたくさんの文献がこの数十年出ている。賛美の形式に関しても、教会の中で様々ん議論がある。改革派のすべての人々は、礼拝の原理を守っているわけではない。賛美に関する規定的原理とは何か、という改革派の中での概観の前に、賛美の規定的原理とは何か、について触れていきたい。

     改革派以前と改革派以降の信条において、賛美に関する規範的原理という概念は出てこない。この概念は、20世紀なるまで登場しないが、改革派の賛美に関する基本的な原理を要約しているものである。礼拝の規定的原理は単純であり、何が命じられているものであり、それは神の命令とも受け取ることが出来よう。

     カトリックであっても、聖公会、ルター派の人々のように礼拝において、禁じられていること以外ではかなり揺れ動いている。改革派的な賛美の規定的原理は、聖書で明示されたことに制限された礼拝の様式論である。礼拝の規定的原理は、様々な方法で示されているのではない。むしろ、賛美における実際の行動と、様式を規定している。ルター派とは異なり、かなり保守的な姿を守っている。ピューリタン運動中、この原則は確立されたものとなった。

     ウェストミンスター信仰告白での規定にもあるように、賛美の規範的原理は、キリスト者の自由と良心の自由とかかわっている。そのほかの改革派信条の中での規定的原理がある。ハイデルベルグ教理問答集における第96問をもとにあることを考えるべきであろう。

    長老派の信仰の変容

     このような信条や16−17世紀に改革派書信条は確立され、18世紀の改革派は19世紀が始まる頃までにはその妥当性を問われることになった。というのは、ヨーロッパおよび北米での敬虔主義の台頭があり、改革派信仰に影響を受けた「ニューイングランドが丘の上の教会の役割を示す」という主張されたは有名だが、しかし時代の経緯とともに、その確立されてきた信仰そのものが失われていく。特に、スコットランドの分離派の中から、アメリカ長老主義に影響があり、教会論的混乱が生じた。従来の信仰を堅持しようとする動きは起きたが、それと同時に他の従来には見られなかった考えも生まれてきた。

    世俗主義の台頭
     世俗主義の台頭が起き、アメリカの長老主義はウェストミンスターの再解釈による多様性、多源性への寛容が発生してきている。神の統治は全世界における普遍的なものであるが、全世界的に適用されるものは一つであるものと感がられたが、そうであっても、長老教会の礼拝理解の中に有害なものが入ってきた。
    (ミーちゃんはーちゃん的感想
     しかし、有害、とか言わんでもいいじゃないか、と素朴に思った。有害とするかどうかは立場によると思うけれども。ある立場を堅持するという視点からは有害であるが、それについていきかねる人々にとっては、有益なような気がしたが)
     リバイバル運動の影響が改革長老派の中に入ってきた。霊的な高揚を求めていくものが出てきたことの反動として、教理的な原則を崩していく傾向が見られた。合理主義の台頭は聖書中心へのチャレンジでもあり、人間の側に引き寄せるヒューマニズム的な動きへとつながった。
    (ミーちゃんはーちゃん的補足
     リバイバル運動は、一種の庶民における宗教的情熱で、社会の割と上層の社会階層の人が占めた長老派からは、あまりよく思われていなかったふしがある。ある面、18世紀の西部開拓時代に文字が読めるバプティストである、と揶揄されたメソジスト派や靴を履かないメソジスト派と揶揄されたバプティストの人々を中心とした運動でもあり、森本あんり著「反知性主義」の主要なキープレーヤーの人々である。とはいえ、長老派もその出発の段階で、ジョナサン・エドワーズ的な伝道方法をとっているので、反知性主義的な側面を持っていないとは言い切れない可能性が大である。この講師の方は、リバイバルとか大嫌いなことはよくわかった。そこまで言わんでもいいぢゃね?とは思ったけど)



    リバイバル運動の極度の興奮状態を描いた版画

     古典的な長老教会の伝統の中にあっても、合理的理由付けの側面から考える傾向が見られた結果、原理的なことが失われた。詩篇のみの賛美、無楽器派的な賛美は、忘れ去られかけていった。
    (ミーちゃんはーちゃん的補足
     今回、改革長老派の講演会に参加させていただいて、詩篇歌なるものを初体験したのだが、詩篇歌といっても、メロディはどっかで聞いたことのある讃美歌のメロディであり、その歌詞が原則詩篇であり、人間的な表現「我々は天国に行こう」とか、「信仰を保つために何でも捨てるつもりがある」とか言った表現がないだけである。お知り合いのE先生が詩篇歌、詩篇歌というので、よほど特殊な讃美歌だと思っていたが、そうではなかった)

    改革長老派の皆さんの詩篇歌

     長老教会は、他のキリスト者集団や社会から影響されてきた。福音派的なものの影響も受けたし、ロマンティシズムの影響も受けてきたる。ある面では、アングリカニズムの典礼重視志向に向かっていく。北部において、リベラリズムの影響も受けている。保守的な人々は、教派をまたいで活動するが、礼拝の具体的なありようよりも重要なことがあるのである。というのは、様々な影響を教理が弱められていくのである。20世紀の終わりまでに教派内で礼拝の教理の再検証の動きが発生してきた。1940年以降、礼拝の再検証が起きた。また、1940年代までに改革派の教理が弱まっていくという懸念が強く生まれてきた。

    改革長老派の中の多様な礼拝に関する動き

     カルバン派の教えは名目的なものになっていった。保守的な人々は、神学的な根源を探られていくことになった。アメリカ北部の正統的長老教会でこのことはみられた。1920-1930年代はPCUSAは、モダニストとファンダメンタリストの間の論戦に巻き込まれていくことになる。典型的には、メイチェン先輩がその代表的存在である。メイチェンは、リベラル派から教派を追われ、免職され、正統長老教会へ移籍する。このメイチェンの関係者たちは、正確で、厳密かつ注意深いグループであった。OPCは基本的に研究委員会で論争に対応し、考えてきたのである。


    Machen先輩

    キリストの処女降誕 これの前の版を持っている

    Machen先輩の名著 入門者向けギリシア語 これで勉強した


    ジョン・マーレー先輩

     あるいは、ジョン・マーレーがこの派の人の一人である。自由長老教会で育って、礼拝と安息日の順守を重視した。特に、霊感された賛美と無楽器派賛美されるべきとした。このような議論の中で、公的な礼拝の中では、霊感されてない詩篇歌以外の賛美歌も歌ってよいのかという議論が起きる。OPCの委員会が設置され、1946年に礼拝の規定的原理に関する報告書が出た。この礼拝の規定的原理に関する議論に関して委員会が2分され、多数派と少数派の報告書が出た。マーレーとヤングは少数派で、霊感された歌のみに限定すべきだとした。これに反し多数派の代表的存在のマースデン(有名なマースデンの親父殿)は礼拝の中では讃美歌は歌われてよい、とした。この中で、礼拝の規定的原理という語が使われた。少数派は、多数派が前年の委員会の決定をひっくり返すし、この規定的原理を崩していった。しかしながらこの動きは聖書的な根拠を欠いている。数年後マースデンも少数派と同じ結論に達した。

    George M. Marsden
    マースデン先輩(お子さんの方でミーちゃんはーちゃんが読んだ本の著者)

    この本は面白かった。おすすめ。

    賛美と祈祷の関係

     賛美と祈祷は本質的に同じであると講演者は考える。OPCは賛美と祈りを混乱させたのではないだろうか。その結果、礼拝の要素が混乱してきた。ウェストミンスター神学校の学者より、他の信者の理解を優先することになったのではないか。

     PCUSAの中から保守的な人たちが除名された時、この問題と正面切って向かい合うようになる。様々な論文がサザン・プレスビテリアン・ジャーナルの神学論文集の中に見られるようになった。そして、PCUSAと南長老派との合併に反対するような論文がなども出てくるようになった。PCUSAに代表される北長老教会は、ウェストミンスターに関する扱いはかなり緩いものであり、このまま合併すると。南長老が正統的な信仰から離れるのではないかという懸念が表明された。ハフ教授は、儀式に熱心で聖書に示されたより霊的な礼拝をすべきであるとした。このような詩篇歌軽視の傾向は、世の中の動きに巻き込まれていった結果ではないかと指摘している。

     人々に好まれる礼拝へと移行する誘惑に巻き込まれる可能性が出て、より世俗的な動きになり、よいショーのようなものと合致するものにするという危惧がある。


    ショー化した教会が行き着いた先の不祥事がこんなんかな?
    CNNで報道されたテレバンジェリストの皆さん 実に残念である。

    Vos先輩父子

     教会は、公的礼拝を考えるべきだ。神に喜ばれることは何か、という研究をすべきではないか。アハブがしたような奇妙な祭壇を築くのではなく、悪い傾向を捨て去るべきだ。ヨハネスボスは、J.G.VosはプリンストンのVosの息子であり、贖罪の歴史を研究した人物であるが。Vosの立場はメインライン教会から北米改革長老教会へ移るという結果をもたらした。また、ペンシルベニアの北米改革教会のジェノバカレッジへ移籍した。Vosは、アカペラ賛美の代表的人物であり、礼拝における規定的原理の勝ちが人々に確信させられなければ、誤った礼拝、礼拝の習慣なものになるとし、保守的な礼拝の形態を守ろうとした。


    Vos(父)

    http://bluebanner.org/gfx/vos.jpg
    J.G. Vos(息子)

     聖書の偽りの礼拝とは何か?結婚の誓約に反したような旧約聖書の不実な妻のようではないか。J.G. Vossは正しい礼拝のスタイル維持しないと、妥協にいたり、偽りの神に仕えることになると主張した。1950-1960年頃、改革派の正しい礼拝への覚醒が起き、多くの教会人は、カルビニズムに回帰した。

    (ミーちゃんはーちゃん的疑問
     なんで、回帰したのだろうか?聞き忘れた。でもおそらく当時の世俗音楽への反動ではないか、と思う)


    改革派内の復古現象

     イギリス由来のバナーオブトゥルースが登場し、16−17世紀の本を再発行する形で、ピューリタン文章の紹介をしたり、現代の著作家も出版し始める。歴史的なもの、ピューリタ二ズム的な文書や歴史的な文章などを数多く出版し、教会とは何かを示した。そして、この出版以降に伝統が見直されることになる。

     そして、改革派の礼拝と長老派の伝統に関する神学者の研究が推進されていく。ウィリアム・ヤングはOPCでの少数派の意見書の署名人であるが、彼は、ロードアイランドなる大学の哲学の教授であり、クリスチャンオピニオン誌で論文を公表しており、17世紀のジョージ・ギレスピーなどの著作に影響を受けた。神学的著作を引用しながら、礼拝の規定的原理を明らかにした。


    このおじさんがWilliam Young先輩らしい


    ジョージ・ギレスピー先輩
    Rev. George Gillespie

     その中で、彼の主張は、聖書の本質的有線であり、聖書のみが誤りなき基準であること、神の主権が表明されるべきこと、また、人間の全的堕落の結果、人間的なものは神に受け入れられないこと、また、キリストの王権性が賛美されるべきことなどであり、教会統治などを教会は新しい方法としてつくってはならないということである。

     人間的な諸要素は、偶像崇拝の問題へとつながり、出エジプト20章の第2戒に抵触するものである。人間が生み出したものを賛美に用いることは偶像崇拝へとつながる可能性がある。これの類例は、旧約聖書に多数みられ、エレミヤ7:31では、高いところをベンヒノムの谷に作ったという事件がある。このことは、人間の思想に基づく礼拝は、罪の結果、数多くの悲惨を生み出すことを教えてはいないだろうか。人間の思想に基づく礼拝を次々捜索していくことは、神の命じられたことではないし、みこころにかなわないことであろう。ほかにも数多くの事例があり、創世記4章内の、カインとアベル事件、ナダブとアビブ事件、異なる火による祭儀の問題、民数記20章におけるケデシュ事件、第1サムエル13章におけるサウルが勝手に礼拝しちゃった結果、神の前から退けられる事件や、ダビデが神の箱に触っちゃった事件など、非常に多く見られる。


    感想
     まぁ、改革長老派の皆さんは、非常に詩篇による賛美歌がお好きで、それこそ、正しい賛美だとお考えであるいうことは、「参りました」というくらいよくわかりました。

     それと、議論好きというか論争がお好きというか、何かあると委員会作って、論争し、決着がつくかと思えば、それで決着がつかず、レポートという意見書みたいなものを作って、場外乱闘してはるし。いやぁ、議論における場外乱闘がお好きなウェスレー派の牧師先生とお友達(実は一つ下の高校の同窓生w)なんだけど、それ以上に、議論の世界におけるプロレスしてはるなぁ、と改めて感心した。

     まぁ、それと、詩篇歌といっても、グレゴリオ聖歌のような讃美歌ではなくて、ごくごく普通の讃美歌であったので、へぇ、という感じを抱いたのもまた事実。じゃぁ、そのメロディの正統性とかどうやって保証するのかなぁとか思いました。そのうち、ぽにょのメロディとか、「さんぽ」のメロディに乗せた詩篇歌とか、出てきたら、って考えてしまうと、何が伝統的で正統的なのか、って思わず考えてしまう。

     後、聖歌というか、賛美歌なんかで、やたらと戦闘的な讃美歌があるけど、あれを起点に聖書理解をくみ上げる人たちもいるからなぁ。


    Onward Christian Soldiers マライア・ジャクソン(歌) 
    しかし、こういうアフリカ系アメリカンの体格の良いお嬢さん方に囲まれたら、どうもすみませんでした、って言いたくなるよね。

     まぁ、この間、日本国中のあちこちで油まき散らした人の精神性もこれに近いのかもしれない。自分は主の兵士だ、だから、攻撃しまくってやる、って感じだったのかもねぇ。あぁ、頭が痛い。



    Give me oil in my lamp 


     神様からもらった油はご自分でお持ちのランプの中にどうぞ、お止めいただいて。
     油は外でまき散らすものでもないような気がいたします。炎上するなら、どうぞお一人で炎上していただいて、と存じます。

     まぁ、ものは見様ということはあるが、以下の讃美歌の歌詞だって、実はかなりギリギリの線ではないかと思っている。以下の讃美歌から妄想して、「シオンの山にオラ行くだ」といいだす人たちはあんまりいないかもしれないが、この聖歌にインスパイアされて「天国はほら、シオンみたいなところで、そこに向かって登っていくの」とか言いそうな人が居そうな気がするしなぁ。最近の山崎ランサム和彦さまの連載、じゃないけれど。





     詩篇歌でなければならない、というほどに個人的に讃美歌にこだわりはないけど、個人や集団の霊性に対して、讃美歌のもたらす影響は結構重要だなぁ、と改めて思った。まぁ、日本で、以下の3曲に霊性を感じる人って、どのくらいいるのだろうか。国民性もあるしね。


    Swing Low Sweet Chariot
     アフリカ系アメリカンのスピリチュアルソング


    God Bless Africa (Xhosa語だそうで)


    しかし、2曲目(2分30秒あたりから)がすごい。
    もう死もない、って南アフリカのアパルトヘイト時代を考えるとね。




    評価:
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    Oxford University Press, USA
    ---
    (2006-01-13)
    コメント:大変面白かったです。英語も読みにくくはない。アメリカの原理主義とその社会の繁栄を考える上では、重要な1冊ではないか、と。

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