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2015.06.01 Monday

南長老派の歴史研究の講演会に行ってきた(4)聖書と科学2

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     この記事は、前回の記事 南長老派の歴史研究の講演会に行ってきた(3)聖書と科学1 (2015/05/30) からの続きである。今回もよろしければ、ご清覧いただけると幸甚である。

    チャールズ・ホッジ先輩の見解
     チャールズ・ホッジは、「科学は進歩し、宇宙理解は科学によって進展する」と考え、聖書が教えている教えの新しい理解、解釈の可能性を示した。プリンストン神学校の歴史を書いたカルフーンは、ホッジは「地球がさらに古いという理論を作れるなら、私はそれに合意するだろう」としている。1863年にホッジは、「御言葉と科学の間には調和がある。神の啓示が聖書で真実であるように、自然においても真実であり、みことばで解釈すべきであって、科学で聖書を理解するときもそうであるべきである」としている。ホッジによれば、二つの悪を避けるべき、聖書の真理を無視した科学理論を打ち立てる悪と、科学的な真理と矛盾する解釈に固執する悪があるとしている。ホッジに代表される科学に関する理解は、福音主義の科学者に聖書と自然理解の調和を目指すものであった。


    チャールズ・ホッジ先輩

     クリスチャンの地質学者の内、キリスト教理解に立つ地質学は圧倒的立場となって、原理主義的な地質学者(おそらく当時の地質学的知見に固執する地質学者)と立ち向かうことになった。

    ダブニー先輩の見解
      科学理論に合わせるために聖書を再解釈するという傾向には、批判があり、南部の長老教会の神学者は、このような傾向に南側の独立戦争の開始前に警鐘を鳴らしている。代表的な論客は、バージニア人(南部人)のロバート・ダブニーであり、彼はジャクソン将軍の軍事顧問であった。 

     Southern Presbyterian Reviewの1861年の7月号で、ダブニーは、モーセによる記述に敵対的な仮説を出している人こそ、立証責任があるとした。モーセの記述どおりという理解を撤回する必要はなく、それのみが唯一の真理と証明されるまでは、仮説としておいておけばいいということを指摘し、この理論に関して不確実性の可能性を指摘した。なお、彼は、ベーコンすら批判しており、推論は正しさの可能性に依拠しているのではないかと指摘している。

    Robert Lewis Dabney.jpg
    ロバート・ダブニー先輩
    (ミーちゃんはーちゃん的感想
      この辺、推論は全部だめで、証明されなければならない、ということに関して、それは近代の科学的な方法論点から言っていくつかの問題があるのではないか、 という突っ込みをしてみたかったけどやめときました。ご講演者の方は、お立場として語っておられるとして受け止めました。)

      ダブニーは、創造者と創造をみとめるなら、自然との類比における真実性を認めるならば、具体的な創造の方法が特定できなくても問題ないのではないか。論理で推測することは非常に困難であり、そもそも文字による歴史的なことが始まる前のことを類推するのは困難であることを指摘した。ダブニーはJames Woodrow(ウッドロー・ウィルソンの親族)とは、数十年にわたって神学上の議論を交わす相手であった。

    ウッドロー先輩の見解

     彼ら二人は、進化論を巡る議論に引き込まれ、ウッドローは、アダムのからだは進化を遂げたものだ、という論文を公刊した。ウッドローの考え方は、あらゆる科学に影響し、生物学的進化にも影響し、教会と創造論に影響していった。


    ジェームス・ウッドロー先輩

    Woodrow Wilson (Nobel 1919).jpg
    ウッドロー・ウィルソン先輩
    http://www.pankin.com/pleasure/wwbridge.jpg
    ウッドロー・ウィルソン大橋(ワシントンDC)

     このような地質学の議論は、論戦の第1ステージとでもいうべきもので、19世紀には、進化論を巡る議論になる。
     17世紀を通して、長老教会における地質学的関心は高かった。今日も発刊されているクリスチャン・オブザーバーという長老教会の雑誌には、いくつかの論文が掲載されており、これらの論文が掲載されたことから、いくつかの結論が導かれるだろう

      1)地質学は論争の原因を含んだ学問体系である
      2)科学に対する関心は、牧師たちだけでなく、
        一般でも高かった
        相当専門的な記事があり、それが一般紙で議論されていた
        (科学万能時代)
      3)大半の南長老の著者は、かなり古いという点は合意
      4)科学的な発展を無視するのは教会にとって損失であり、
        世間から哄笑の種になると考えていたようである
      5)創世記の前に、創造があったとする説がある。1日の理解を
        どうするか問題、地質学と聖書理解を合致させる傾向が見られた
      6)古い地球を受け入れていたが、進化論を受け入れてはいなかった
      7)地質学上立場を弁証的に理解しようとした努力が見られた


    創世記における一日の長さを
    どう考えるか問題

      20世紀、21世紀に入ると、モダニストとの対論がより激しくなり、内部での理解の対立、教会外の人々との論争が起きた。教会人のうちいくらかの人々は、キリスト教信仰の原理主義的なものを棄てることにもなった。創造における日数、様々な生と死の教理に関する福音そのものに関するものも、色あせたものになってしまう。

     モダニスト、原理主義者との対決の中で、長老主義者たちも、創造に関して、その日数の長さがいかなるものであるかということは、議論はなされなかった。解決積み問題であるとされていたからである。伝統的な長老主義者たちは、1936年にはこの問題は議論にすらならないとしている。

     長老主義者にとって、一日を1世代とする立場もおり、また、一日を一日とする立場のものもあった。OPCのメルディス・クレインは、フレームワーク仮説を主張したが、クラインの主張は、創世記1章における日数は、文字通りの24時間という意味ではなく神の創造のみ業の詩的表現ではないかとした。

     1937年分裂では、Bible Presbyterian ChurchがOPCと分離し、さらに、このBPCも、別れるEvangelical PCと分離し、1956年、この分派の多数派は、1961年EPCと改名する。さらに、この多数派の人々は、1965年にRPCNA General Synod ERCESを形成する。そして、創造理解は、Day Age Viewで理解することになる。カベナント神学校(セントルイス)では、1日を1世代説にに大きく影響されていた。つまり、一日を長い時代(AEON)と見たのである。

     2002年には、RPCNAはウェストミンスター信仰告白における創造の理解の意図は、6日の内にの表現は一日は24時間である想定していることを発表した。しかし、24時間でない説の人々も受け入れるし、それを原因として任職拒否や戒規の対象とはならないこととなっている。

     1973年に、PCUSからPCAの教派的な離脱の意義の一つは、進化論を受け入れるかどうかという点であった。しかし、日の長さを多くの普通の信徒は、6日だとは思っていたし、牧師もかなりの部分、そう理解していた。ある面で、正統性をチェックする基準もない。1982年に南部の長老派から離脱した人々であるRPCESが合併するときにこの理解の正統性が問題とはなったが合併の段階ではDay Age Viewということを言うことに関する議論されなかった。
    NJ中会に対する不満が議論された時、24時間が一日というのが問題視(NJの唯一の解釈ではないとした)、字義通りの24時間1日説を否定したことを問題視された。このことで、定期停会の司法委員会で紛糾し、1日24時間以外の説を唱えたNJ中会の立場を否定しないのが多数派であり、必ずしも、一日としないという理解を受けとめた。多数派レポートと少数派レポートを聞いて、多数派を受け止めた。2:1でNJ中会への非難決議が却下された。

     1998年このことを受け、創造論部会が創設され、創世記1−3章に関する聖書的、解釈的、神学的解釈の研究がすすめられ、ウェストミンスター信条における6日の間の原意を研究し確定する努力が行われた。

     Greenville神学校では、神学研究会議での6日間か?ということが議論になった。
     4つの見方があり、
    1)    文字通り6日説
    2)    1日1世代
    3)    フレームワーク仮説
    4)    アナロジー的な一日理解 Analogical Day
    が述べられた。

     Analogical Dayとは、PCA の St Luisにある神学校のJack Collinsによる、割と新しい理解である。一日とは、神のWorkDayのことであり、文字通りの24時間と限らず、神のリズムの中での区切りの概念である。

     2000年、創造部会が結論を出すが、その結論は、一日の理解に関して、4つの理解があるが、その議論をまとめた情報をすべての人が手に入れられるようにするべきであること、2年間、この議論を留保し、新しい決議をしないこと、とした。

     定例大会は、歴史的には、改革派信仰では、神学者によって主張されたことから、多様性を認めてきた。定例大会はこの立場に立ち、多様性を認め、歴史的な創造の事実を認めている限りは、これ以上の議論は留保するという立場は、きわめて重要である。

      創世記1章は、聖書の最初の章でもあり、聖書理解の根幹をなすものである。神が創造者でないとしたら、福音を評価できなくなってしまう問題が発生するし、神は旧約聖書の時代から真実に啓示しているかという問題となり、聖書の根幹を崩しかねない。歴史的に創世記は正確な表現かを議論し、仮に聖書の記述が歴史的でないとしたら、他も崩れ、何を信頼しているのかということになり泣けない。特別啓示を自然啓示あるいは限界のある科学の視点から解釈されうるかという問題があるし、その妥当性は問われることになるのではないか。

     CRCNA(オランダ系改革派)に起きた神学的崩壊を知っているなら、自然啓示に解釈を認めるのは、合理主義やリベラリズムになってしまいかねないことは理解できよう。 CRCNAが同性愛を認めることや女性教職の按手、異なった聖書解釈によるのではないか。聖書が言う記述から外れることで、重要なことまでもが影響されることになりはしないか。

    (ミーちゃんはーちゃん的感想
     ここまで、オランダ改革派のことを言わんでもいいやんか、とは思った。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いみたいなもの云ひのような気がする。)

    いくつかの結論
     長老主義者の科学への興味があった。より具体的には、

    1)    すべての造られたものは、神の働きとその栄光を示す。
    2)    科学は宗教のはしため(弁証学)

      スコットランドのコモンセンス哲学 Common Sense Rationalismになった。このなかでも、Samuel Millerは科学は不十分であるとしたし、Charles Hodgeは、みことばを自然啓示というよりは科学を通して解釈しようとするなど、かなり多様な立場が見られた。

     自然啓示と特別啓示の関係は、地質学の立場で聖書を理解できうるか、という問題である。2001年のPCA定期大会で、北ジョージア中会からの提案を却下している。この提案とは、一般啓示にある科学的証拠を研究することで教会が神の創造に関する統一的理解するための研究をするという提案であった。この提案に対する否定的見解は、一般啓示を用いて理解することは、ウェストミンスターに反するとした。しかしながら、全員が定例大会を支持しているとは言えない。その多様性の中で受け止めるべきものであろう。
    (ミーちゃんはーちゃん的感想
    結局、改革長老派では議論しつつも多様性を認める、そして、これが原因となって、改革長老が離合、分裂、合併ということが多数行われたということだけはわかったが、なんか大山鳴動して、という感じはぬぐえなかった)

     長くてすみません。

    感想
     科学と信仰の関係は、英国や欧州ではあまり議論にならず、米国では社会を二分する大きな政治問題化する。というのは、恐らく、英国や欧州における多元的対話の世界ではなく、そもそもが正しいか誤りかという白黒決着させる議論の方法論が、国民性の中にしみついており、そのことが、教育という分野や医学の問題などで政治問題化しやすいということなのだろうと思う。典型的には、スコープス裁判などは実際には、州の教育プログラムとして進化論のみを扱うのはいかがかという議論であったものが、いつの間にか、議論の論点がずれてしまい、進化論が正しいか創造論が正しいかという議論のすり替えが起きているのである。残念なことではあるが。

     なお、中絶問題は、プロライフ(中絶反対)にせよ、プロチョイス(中絶容認)にせよ、本来的には、一種の医学の可能性と医の倫理問題として始まった議論ではあるが、これが政治問題化するところがアメリカではある。

     こういう法廷における正邪あるいは正しいあるいは間違いを決めていこうとする2元論的な思想がアメリカであり、その中におけるグレーさをあまり認めないがないのが、日本という國であり、裁判で認められたものが全てになってしまうというのが、アメリカという國なんだろうなぁ、と思う。このあたりのことは、深井先生の『神学の起源』や、森本先生の『反知性主義』をお読みいただけると、お分かりいただけると思う。

     18世紀から21世紀は、近代という思想が支配した時代であり、科学の時代であり、ユニバーサルであること、つまり、一様に同質的な普遍性が当てはまるものという前提が支配した時代であった。それが本当に妥当しているかどうかということは議論されることなく、与件、前提あるいは公理として想定され、どうも議論が行われたように思う。

     本来的には、議論は白黒つけるものではなく、より真実と思えるものに接近するためのものであるが、日本でも、米国でも、議論を白黒つけるものとして理解しようとしておられる人々が一定数居られて、裁判で勝ったら何でも正しいのだ、とか、無茶なことをおっしゃる方が案外多いのが実に残念である。それこそ、木を見て森を見ずどころか、落ち葉を見て森を水の義論だと個人的には思っている。



    評価:
    サイモン・ウィンチェスター
    早川書房
    ---
    (2004-07-21)
    コメント:良い。こういう本がずっと出る国であってほしいと思う。

    評価:
    深井智朗
    新教出版社
    ¥ 1,944
    (2013-05-31)
    コメント:良い。ご紹介しております。

    評価:
    森本 あんり
    新潮社
    ¥ 1,404
    (2015-02-20)
    コメント:アメリカ人の言動の背景がよくわかる。

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