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2015.05.27 Wednesday

南長老派の歴史研究の講演会に行ってきた(2)

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      前回に引き続き、南長老の歴史に関するSmith先生の講演会の記録を載せたい。今日は冷戦構造と、南長老教会編である。


    冷戦時代  核のホロコーストの時代概観
    南部長老教会と冷戦
     40年にわたって、ソビエトとアメリカで維持された具体的な戦闘はなかったものの、戦争状態に近い状態が維持された。この冷戦構造は、Super Power間の問題であり、国家間紛争の側面と同時に、共産主義と自由主義の間での競争でもあり、また、第2次世界大戦後の
    の外交上の問題であるが、それ以上の問題でもあった。より具体的には、神なき共産主義と神のある民主主義的世界の対決でもあり、イデオロギー的対決の側面もあった。この紛争は、宗教にも無論影響したが社会全体に影響したといえる。民主主義的な世界観が教会の支持を得たかと言えよう。

     しかし、現実は複雑であり、一意に、教会がどちらかを支持したということは言えない。一部には、左派のように共産主義的な概念を支持した人々もいた。社会的福音へのコミットメント、平和主義など、共産主義的な概念に親和性が高い考え方に見られるように、アメリカプロテスタントには幅広い考え方がある。アメリカの軍事外交政策への否定的視線を向ける人々もいる反面、アメリカの愛国主義もいるという状況であった。右派・左派とも、両方とも現代社会においては、完全な自由への抑圧があるという側面で課題があると指摘していた。
    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     リベラル=親共産主義、というのはいかにも荒っぽいと思う。必ずしもそうでなくても、結果として同じであることはあるが、その背景や思考法はかなり違うと思った。もうちょっと丁寧が理解が必要ではないだろうか。福音派左派やそれを超えて、リベラルと分類していただいているミーちゃんはーちゃんだからそう思うのかもしれないが。


    長老教会と冷戦構造
     長老主義と教会における改革運動の観点から、冷戦構造を考えてみたい。長老教会の内部の分離と冷戦に関する態度の間に関係があり、戦争あるいは平和に関する賛否両論が内部の分離に影響している。近代の戦争と平和の問題に関しては、長老主義者の表面化したもの、表面化していない存在であっても、相当の影響があったと言えよう。ミズーリ州で最初に冷戦に関する宣言が出されたのは、長老系の大学フルトン大学のキャンパスであった。

     ウッドロー・ウィルソンは、長老教会の牧師の家系の出身者であり、アイクと呼ばれたアイゼンハワーはDCの長老教会の会員、戦後の国務長官のうち4人は、長老教会の出身であった。例えば、ダレス国務長官は熱心な教会員であり、コンディと呼ばれるコンドリーサ・ライス国務長官は長老教会の牧師の娘であった。このように、長老派の諸教派は、公的な世論の形成に影響した。


    28代大統領 ウッドロー・ウィルソン

    ダレス国務長官

    おっかない顔したコンディことコンドリーサ・ライス嬢

    I Still Like Ikeを掲げるAbe Simpson


    The SimpsonsのAbe SimpsonがI Still Like Ikeと上げているシーンがある。

     神学的側面から考えてみたい。神学的な要素がいかに冷戦期の変革へとつながったのか、ということを考えてみたい。
    ミーちゃんはーちゃん的コメント)
     この時期のアポロ計画などのロケット開発や宇宙開発は、実はこの冷戦構造があるし、スペースシャトル開発や、航空機開発などいわゆるビッグサイエンス時代を迎えたが、その背景には、この冷戦構造がある。
     また、計画理論や一般システム理論なの度の展開なども、この時期の冷戦構造を背景にしている。
    不安定の世代 
     冷戦期には、社会主義的平和主義的が主張される場合もあり、いわゆる、左翼神学やラウシェンブッシュに代表される社会的福音の神学などがある。

     20世紀の神学的な大きな対立は、ファンダメンタリスト対モダニスト(あるいはリベラル派)であった。北長老教会では、1936年に北長老教会内の改革派的な人を追い出した。その代表的な人物Machenである。


    ギリシア語テキストでお世話になったMachen先生

     MachenはOld Princeton派であり、ファンダメンタリストの中の知的ビッグの一人であった。このことが、改革長老派の中での大分裂につながり、PCUSAは、保守的な信仰を持ったグループで形成された。

     ラディカルな方針はモダニストたちによって主張された。左派教界人は平和主義者とかなりの部分で重なるといえる。これらの人のキリストのこの世に来られた目的は、すべての父となる家を提供することと理解され、人類すべてが兄弟と理解される。

     強硬な平和主義が教会の教理になったが、それと同時にヨーロッパやアジアにおいて共産主義と対決する環境に直面した。この中で、PCUSAは戦争を支援した。この戦争への賛成への背景には、必要な悪が主張された。

     長老主義者は、世界秩序を新しく構築するように政府に働きかけた。連邦教会協議会で主張された6つの平和の柱は、ダレス元国務長官が議長を務める委員会で議論された。
    なお、特に、FCCは国際的社会主義の立場に立っており、第二次世界大戦後、このグループに親和性の高い左派長老主義との対論のテーマとなった。特に、エキュメニカル組織共産主義のシンパ(ここまで言わんでよいだろう)が入っている。しかし、1950年には支持者を失って、解体する。その後、NCCは同じメンバーによって、同じような取り組みがなされた。長老主義者がかなり入っている。なお、北長老教会は、FCCやNCCの影響下にあり、全面的な非武装を目標としていた。

     北部教会の主流派での考え方は、南主流派においても起きた。例えば、反共産主義者でもあったNJ州のカール・マッキンタイヤは、それが原因でUPCUSAから離脱することになる。
    ACCC あるいはICCCが設立され、NCCとかWCCへの対抗軸である動きがなされた。


    カール・マッキンタイヤ先生

    ベトナム戦争と左派改革長老教会
     ベトナムを中心とする東南アジア紛争へ関与することの反対がアメリカで発生したが、1966年PCUSAは戦争に反対した。1967年には、ベトナム戦争は教会の喫緊のモラル問題になる。米国としてはベトナム戦争から撤退できない状況だし、撤退せずにいると核戦争になるのではないかという危機感があった。

     カンボジア侵攻時には、UPCUSAは戦争終結を主張した。ベトナム戦争を継続することで、名誉や倫理的な改善は得られないため、戦闘をやめて、ベトナムから撤退することを主張した。

    保守的な長老主義の立場
     保守主義者カール・マッキンタイヤは、共産主義と闘うことを賛成し続けた。50州すべてを訪問し、アメリカが勝利を得るまで戦うべきであると主張した。保守派の長老派の雑誌媒体では、ベトナム戦争中、記事と社説でその主張をし続けた。

     PEF Presbyterian Evangelical Fellowshipという海外選考団体は海外に宣教師を送った。1930年代に起きたことと似ているが、教会の中心的な運営組織は反対し、1971年に南長老教会は海外宣教委員会を非難した。

     オクラホマのチョクトー族の酋長でもあったジミー・レオンズは、愛国的、海外宣教会を形成することを主張した。というのは、当時の親共産党的な教会内の動きは、必ずしもキリスト教の言う愛想のものではない、という点を主張したのである。

     PC in America、即ち、PCAが生まれた。この団体は、福音主義では最大の長老教会群であり、世論形成にかなり大きな役割を果たした。冷戦期における政治を巡るベトナム戦関与の論争は、1973年の南部長老教会の分裂において大きな役割を果たした。 

    デタントの時代
     リベラルな長老派の中で、南北にかかわらず平和の問題は議論された。1980年、平和構築のための宣言がUPCUSAの定例教会でだされた。

     PC(USA)(合体後)は1983平和の証をするために、国家に対して、社会的不服従をすることができることを示唆した。リベラル寄りの長老派は「平和構築」は冷戦が終わることでも終わらず、平和の概念は社会的変革、社会主義を許容するために用いられたきらいがある。


    デタント時代のTimeの表紙

    http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b3/F-4B_VF-151_CV-41_TU-95.jpg
    1970年代に撮影されたアメリカ海軍戦闘機F-4によるソ連空軍ツボレフの迎撃態勢


     保守的な長老派であるPCAは、1977年に冷戦に対する宣言を明らかにした。テネシー州のフランク・シャポーという、共産党政権下の反バリーから逃げてきたハンガリー人牧師は、韓国から地上軍を残すよう大統領と、議会に要請してはどうかと呼びかけた。北朝鮮の非人道性を鑑み、1978年の定期大会において、無神論的な共産主義への反対のため、大統領や連邦議員に手紙を書いてみたらどうかどうかとていあんした。1978年、ジミー・レオンズは、無任所牧師として東南アジアに行き、東南アジアの難民キャンプの写真を撮り、巡回しながら広く社会に示した。

     80代のクロフォード夫人は1940₋80年代の自伝を書き、彼女の歩みの敬虔の中で、左派の教会人たちがキリスト教のメッセージをマルクス主義的表現としようとしたか、ということを陳べている。

    PCA(保守派) 核戦争の倫理 
     核戦争時代は、大きなチャレンジであるが、核時代First Comingと再臨の間の時代に挟まっている。贖いの歴史の視座で支配されている。強権的な政権のおける市民を開放するために、市民が犠牲になるような直接攻撃の可能性もあるのではないか。この一般市民を含む戦争は、最後の手段としては残されているかも。原則は絶対的な否定はできない。この立場は、多大な注意をもって扱わないといけないし、非武装の市民への攻撃にさらされない限りではあるが。
     自由な市民生活を保障することと、核による被害を考えねばならない時代であった。特に某国のような強権的国家における事実上の奴隷制をどう考えるのか、ということは考えなければならない。

     核戦争の先制攻撃や報復攻撃が世界を滅ぼすとは限らない。伝統的な軍事行動をまず考えるべきかもしれない。核戦争の先制攻撃による平和主義は、核兵器の平和主義とは別物で、倫理的にとることのできない立場である。

    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     この辺は、個人的にはそうまでいえるか、とは思っている。核戦争自体、その後処理たるや、もう目が当てられないことは無視されているのではないか。さらにいえば、先制攻撃権を認めるとすると、これまで、真珠湾攻撃にかんして日本海軍と日本国を批判してきた米国政府と国民の態度との間に矛盾が生じるような気がする。
     RPCNAは、保守的な立場の長老主義にしては珍しい立場であり、神と御言葉への服従を認め、イエスの王権を認め、教会は預言者的性格を持つとする。教会は平和を作る人であるとしている。神を忘れた国家は死滅していることを示しながら、殺人は神の心にかなわないことを明らかにしている。RPCNAは1982年にソ連と米国政府に対して、神の正義に召された僕として正しく歩むよう勧めている。

    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     個人的には、ジョン・ヨーダーやウォルター・ブルッゲマンに親和性が高いので、この立場には、同意できそうだよなぁ。
     キリストの王権が合衆国憲法の根本原理の中に含まれていると思われる。しかしながら、この部分は、1960年代に現実的には修正されてしまっているが、その語改革長老派は、政治的プロセスに関与することを否定し、治的な中立性を告白してきた。
    RPCNAは武力や力という偶像崇拝という側面ではソ連もアメリカも神の裁きの中にあるとしており、RPCNA倫理に関しての神学的基礎は、保守的ではあるが、その点においてリベラルと違う。
    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     このようなリベラル、リベラルでないとかいうラベル張りは、本当に役に立つのか、と思ってしまう。こういう先入観を与えるようなラベル張って意味有るんでしょうか、と講義を受けながら思った。

     PCAの保守派は、アメリカの現実政治への強調をし、問題はあるが、ソ連よりましであるとした。さらに、RPCNAすべての国家は欠点を持つことを指摘している。そもそも、どのような政権であれ、キリストの王権から言えば、欠点がある。

    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     個人的に、これはかなり自明ではないかと思った。
     19世紀中葉から20世紀にわたって、諸国家における平和へのコミットメントが改革長老派によって行われてきた。特に、第1次世界大戦も、シノッドは平和であることの気球に関する宣言を出している。また、リベラル派との論争や、その他の平和や政治的問題に関して、1920-30年代エキュメニカル運動のいくつかと連携して行動をしている。
     
    結語
     冷戦に関して、長老派は一つにまとまっていなかった。 
     保守派は、ソ連と共産主義は教会に対する脅威を唱え、自由に対する脅威であることを主張した。特に、政治哲学において、社会悪への解決策を模索しようとし、とりわけ改革長老系の保守派は、市場主義により実現しようとした。

     国際主義派は、リベラルな長老主義であり、国民国家は古い概念であるとし、国連が世界平和の役割を果たすべきだとした。ある面での「正義の平和」であり、富の再分配が重要で、それにより平和は実現可能であるとかんがえる。 

     これに対し、保守派は、国連は、アメリカに対する脅威であると考え、共産主義テロの土壌などであるとした。

     冷戦時代は、神の国とその義に対する戦いとして改革長老派は捉えてきた。とはいえ、 個人的な回心を正義の根幹とみなし、構造的な変革(国連による平和の実現)を重視した人たちとの対立がある。

     議論に用いられる語彙に関する対立がみられた。同じ言葉を使いながら、別のことを言っていることが極めて多くみられ、このような対立が現在もなお、続いている。


    ミーちゃんはーちゃん的感想)
     いや、聖書解釈でも、この種のことは結構あるんじゃないかと思う。同じ系統の信仰者集団でも同じ語を使いながら、それぞれがさしている内容がかなり違うことがあり、議論の過程の中でおかしいなぁ、と思いながらも、かみ合わない話をしていることは結構あるんではないか、と思った。
     残念な傾向であるが、しょうがないなぁ。
    全体を通しての感想
     ミーちゃんはーちゃんは、このご講演を聞きながら、改革長老とはいえ、ある程度の類似性があるものの、名実はかなり論争と分裂とその後の合従連衡を来る返しているんだなぁ、ということを想った。 

     それと同時に、アウトカムとしての類似性が似ているからと言って、平和主義とリベラルが同一であるかのごとき義論は制度がちょっと荒いかなぁ、とは思った。アウトカムでくくれば、サービスの規模はかなり違うが、金融機能を提供するという意味でくくってしまえば、日本銀行であろうが、信用組合であろうが同じになってしまうが、その構成原理や組織運営は相当に違うからである。

     その意味で、議論のレゾルーション(解像度)をどの辺に設定するのか、ということは案外大事ではないか、と思った。このご講演に関しては、もちろんメインの講義内容の主要ターゲットが改革長老派の歴史的発展経緯と政治的なかかわりであるが、改革長老派の方に重点がありすぎ、政治的現象、社会現象とのかかわりやその解像度が荒すぎて、もうちょっとバランスとって議論した方が面白かったと思う。

     ただ、アメリカ近現代史、特に外交し、政治史は講演者にとっては当然のことであったのであまり細かく説明されなかったということはわかるが、これ、事前知識なしに聴くのは、相当辛かったのではないか、と思う。



    評価:
    ウォルター ラウシェンブッシュ
    新教出版社
    ¥ 6,588
    (2013-01-07)
    コメント:多分必読文献だと思う。これを読まずして、リベラルを語るのは、片腹痛いと思う。

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