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2015.04.04 Saturday

森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(15) 最終回スペシャル

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    前回までの連載はこちら反知性主義をめぐるもろもろ から。

     これまで、長々とアメリカという国家の中で生まれてきたアメリカにおける(そして、日本に多大な影響を与えてきた)アメリカ型キリスト教の精神とその国家の在り方、また、社会のあり方と教会が非常に複雑に関係していることの類例を森本あんり先生の『反知性主義』を手がかりに、関連しそうな映画や動画などの関連資料や個人の経験の中からご紹介しながら、ご紹介してきた。

    感想めいたまとめ
     その中で、現在の日本のキリスト教とそこでおきている事件というのは、なんとアメリカで変容した神学をそのまま直輸入し、社会においてもアメリカ型モデルをあまり深く考えることなくそれを適用してきたことでおきていることか、という思いである。もちろん、あまり考えることなく(だから反知性主義なのだが)適用することそのものが無論アメリカ的ではある。

     だからと言って、日本を●するキリスト者の会の皆様みたいに、海老名弾正先生も真っ青の日本型キリスト教を目指すべきだ、というつもりもない。

     われわれは、日本人というと、何となく一般的に共通性を考えるが、その様なものは存在しない。ちょうど身長、体重、どう回り、左右の眼の間の間隔、腕の長さなどすべての点において平均サイズどんぴしゃりの日本人が日本人全体の母集団に存在しないように、存在しえない。キリスト教徒にしても、そうである。実は多様であり、アメリカ国内でも、実に多様なのだ。ただ、全体の傾向としては、森本先生のご指摘は、あぁ、こういう側面もあるなぁ、ということを理解する補助線としては、きわめて有効である。

    日本という国のキメラ性

     我が国の現在の「かたち」あるいは「なり」に影響を与えた明治維新では、アメリカ型の平等思想と反権力志向に基づき、借り物で討幕したものの、その革命性が天皇制と自分たちの権威性に対してもろぶつかって破壊していく可能性があることに気が付き始めた瞬間、あっさりアメリカ型の社会モデルを捨て、フランスやら、プロイセンやら、ベルギーやらの社会モデルを部分部分につぎはぎつぎはぎしながら作り上げていく。それと同時に、当時の新興国であったことを根拠に、アメリカという近代国家と日本という近代国家は愛憎劇を繰り返しながら、シンクロしつつその関係を進んできた部分もあったと思う。アメリカとの関係の深さは、戦後だけのものではない。


    ルーベンスの描く「ペガサスとキメラ」

     なお、ポケモンは、基本的にキメラであり、極めて日本的なキャラクターである。かわいいのが多いけど。

    日本のキリスト教のねじれ

     しかし、1940年以前、日本は、信徒の信仰レベルではアメリカに依存し、学問レベルの神学レベルではドイツ神学に依拠するというねじれの構造を持ってきたように思うのだ。その意味で、日本のメジャーな(といってもよいと思うが)キリスト教はそもそもねじれの構造をもっていたのである。

     そして、1945年以降、占領時代にアメリカ軍将兵が多かったこともあり、日本はアメリカにそのアメリカ軍の将兵の信仰者レベル(要するに一般のアメリカ人レベル)の聖書理解の一定の部分を彼らに依拠してキリスト教であると受け入れていったのみであり、自らの神学を十分作りえなかったように思う。

     その意味で、日本の多くのキリスト教は、バタ臭いアメリカ型キリスト教、あるいはコカコーラ型のスカッとさわやか型キリスト教を目指してきたと思う。それが日本人にとって受け入れ可能かどうか、うまいものであるのか、ということの理解も反省も、考慮もなく。

     そして、日本の特殊性を支援者であるアメリカという自分たちこそ由緒正しいキリスト教国だと思い込んでいる(だからこそ反知性的なのでもあるが)キリスト者に説明も、説得も、反論もできなかったのである。

     つまり、多くの日本人のキリスト者が、伝える、あるいは討論するための語学としての英語はもちろん、キリスト教とはいかなるものか、その広範な多様性とその諸特性ということが分かっていなくて、アメリカのキリスト者に「それではうまくいかないのではないか?」、「あなた方のキリスト教のみが本当に正当なものであると果たして言えるのか?」と、うまく伝えられなかっただけのことである。

     その結果、隅谷先生が『日本信徒の「神学」』でご指摘の二階建ての神学であり、書き割りのように薄っぺらい聖書理解であった。本家としてきていたアメリカがそもそも薄っぺらいのだから、日本ではもっと薄っぺらであり、これで人口の1%超えられたら、神の豊かな奇跡であると思って、ありがたくそのことは受け止めたい。

    これからのキリスト教

     1945年から70年たったが、この傾向は変わっていないのではないか、と思う。もちろん、日本のキリスト教関連の学会レベルでは多少は変わってきたのではないかと思うが、その様な理解が幅ひろいキリストのからだに行きわたるまでは、つまり牧会の現場で十分認識されるまでは、あと50年から100年、信徒レベルが一致して、「あぁ、キリスト教とはこういうものであるだろうなぁ」と思うようになるまでは、あと100年から200年というタイムスパンが必要とされ、その間、犠牲者(預言者的性格を持つ人々への排除と、信徒で疑問を持つ人々の排除)が続くのではないか、と思っている。

     森本先生は本書の最後で土着化の問題を延べておられた。日本でどう土着化するかは別として、日本がキリスト教徒がメジャーになる国、即ちキリスト教国になることはおそらくないだろうし、仏教の例、儒教の例を見てもそうであるが、日本国内でメジャーになった瞬間にそのオリジナルの思考あるいは思想性が消えて、ヨーダーの言うコンスタンティヌス的キリスト教よりも、もっと変なもの(キリスト教のようなもの)になりそうな気がする。そして、オウムのような日本的キリスト教(もうすでに存在するという説はあるが)が続出しかねない。

     そうならないためにも、改革派の方々ではないけれども、そして、宗教改革ではないけれども、自分たちの時代と自分たちに合った神学を、あるいは、キリスト信仰への見直しを、聖書というテキストとこれまでのキリスト教という非常に膨大な体系を見合せながら、進めていくべきなのではないか、と思うのだ。こうすれば成功するという処方箋はないことにぼちぼち気付くべきだろうし、アメリカやヨーロッパと根源的に違うことの認知したうえで取り組むのが、有効なのではないだろうか。

     そもそも、こうすれば成功する、うまくいくという万能薬的な処方箋は、反知性的な行為であると思う。人生を成功者とすることや、人々がうまく生きられるように導くことそのものがキリスト教ではないのではないか、とミーちゃんはーちゃんは思っているからである。

    自省するキリスト者でありたいかな

     森本あんり先生は、知性とは、「ふりかえり」する力だとご指摘しておられた。もう少し言うと、哲学的反省する力である。自らを突き放し、客体化し、主体相互間の間主観的なアリーナに引きだし、間主体化したうえで、「この程度のものか」と笑ってみる力である。その余裕である。

     残念ながら、我が国のキリスト者の一部の信徒の方々には、自らを聖とするあまり、聖であろうとするあまり、この種の余裕のない、いっぱいいっぱいの方が多いようにもお見かけする。まぁ、それは仕方がない。

     きちんと司牧が教えてこなかった部分も大きかったし、信徒も「鰯の頭もなんとやら」の感覚で、司牧からいわれたことを丸のみし、考えること、つまり批判的に考えること、哲学的自省を聖書のコンテキスト、理解の中に置きながら考えることをさぼってきていた部分があったのではないだろうか。





     その日本のキリスト教理解への課題の警鐘を鳴らす一書として、本書が、以前この欄でもご紹介した「神学の起源」がこの時点で我が国において出版されたということの意義は大きいと思う。

     読まれるなら、幅広いキリスト教の広がりを知るために「神学の起源」をお読みになり、そののち、「反知性主義」をお読みになることをお奨めする。こまったのは、東方神学やそのほかの所謂異端的聖書理解に関する分かりやすい入門書がないことではある。

     以上連載終わり。 ご清覧、ご高覧、お付き合いいただき、感謝。 

    新潮社さんへのご苦言
     2015年3月29日付 日経の朝刊44面文化の広告、これは何でせうか?キャプションの文字列が売らんかな、の姿勢が見えて見苦しいような気がしなくも御座いません。まぁ、確かに出版社は売って何ぼ、ではありますが。

    こちらをご覧下され。



    気になったのはこの部分です。

    今、世界で最も危険なイデオロギーの根源! 
    アメリカ×キリスト教×自己啓発=反知性主義


    というのは、ちょっと違うのではないでせうか。これでは、アメリカが危険なイデオロギーに満ちた国(確かに存在がでかすぎだし、民衆レベルではかなり厄介な人たちも時におられるので、そういうところもありますが)になってしまうではないでせうか。

     まぁ、視聴率があまり芳しくないといううわさのある「花もゆ」も、危険な米国発の反権力思想に影響を受けた討幕、尊王攘夷という当時とすれば、危険なイデオロギーに満ち満ちた状態から生み出されたことを考えますると、現在の日本国という国も、最も危険なイデオロギーの根源から生まれた国でございます。そして、その戊辰戦争でなくなった官軍の将兵の皆様方を慰霊する施設が、東京招魂社(九段)でございますでしょ。お察しください。

    ----------------

    アメリカ×キリスト教×自己啓発について

    アメリカはそうでしょう。欧州には、確かにこの種のものは内発的出ておりません。

    キリスト教
    でもアメリカには反知性主義が攻撃したリベラル派があるのでキリスト教ひとくくりではまずいのではないでせうか。

    自己啓発は明らかに違っていて、自己実現、反権力、プラグマティズムではないか、と思います。

    まぁ、出しちゃったものはしょうがないですが、先日の日経の朝刊を拝見し驚きました。

     いずれにせよ、この種の本で、3刷が出るのは、おめでたいことなので、おめでとうございます、と申し上げておきましょう。累計2万部は出てないとは思いますが。出たら、狂喜乱舞となっておられるのでは、と思います。

     おしまい。

     次回からもう一つの大河連載、「富士山とシナイ山」に戻りまする。こっちの方がはるかに大河連載になりそうな気がしている。






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    価格: ¥1,404
    ショップ: LAWSONほっとステーション
    コメント:大絶賛である。ただし、深井氏の神学の起源を読まれてからのご一読を一般の方にはお勧めしたい。

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    ショップ: 楽天ブックス
    コメント:このペアで読まれたい。こちらを先に読んでから、森本あんり氏の本を読まれるとよい。

    評価:
    隅谷 三喜男
    日本キリスト教団出版局
    ¥ 2,592
    (2004-06)
    コメント:よい。

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