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2015.03.11 Wednesday

森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(5)

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    アメリカ人の平等思想と日本


     戦後日本に民主主義教育が導入され、それが極端な平等意識に基づいていることを指摘する論者もいる。個人的には、現在の日本の平等主義は、行き過ぎているきらいもなきにしもあらずである、と思っている。こう書くとエリート主義だと批判をすぐに浴びそうだが、しかし、能力がない人々にも能力があるものと同じ能力を求めるのはどうかしていると思うのだ。その部分に関して、森本氏は次のように書いている。
     反知性主義は宗教的革新に根差したラディカルな平等感に端を発している。神の前には、学のあるものもないものも、大卒のインテリも小学校すら出てないものも、それぞれが同じように尊い人格である。(反知性主義 p.95)
     悪しき平等主義は、非常に不幸をもたらす例を示そう。以下の図は、100m競争の選手と、長距離選手とマラソン選手の距離別速度を示した図であると考えてもらうとよい。詳しくは、下記にあげてある参考文献で正義論をお学びいただきたく。



     陸上選手とミーちゃんはーちゃんの距離帯別速度

     どんなにミーちゃんはーちゃんが頑張ったところで、ボルトのような速度では、走れないのだ。しかし、悪しき平等主義に立つ場合は、それが可能であるかのような前提に立ち、ミーちゃんはーちゃんのような運動音痴にもあたかも頑張ればボルトのようになれるかのような前提に立つが、それはスポーツハラスメント以外の何物でもない。未だに中学校では、この種のスポーツいじめが行われているようであるが、いい加減悪平等の概念から脱出しないだろうか。
     個人的には、結果の正義論はどこか矛盾したものを含んでおり、結果として、最も不利益な人が受け入れ可能な不利益の限界を定め、それ以上の不利益に行かないようにするという形でしか、近代社会での正義は成立しないだろう、と思っている。

    Usain Bolt 2012 Olympics 1.jpg
    バルトならぬボルト

    平等観や自由とヨーロッパとアメリカでの違い
     我々は近代社会に慣れ過ぎていて、案外忘れているかもしれないが、英国は基本的に階級社会である。人に違いがある、という前提で社会が形成されている。その意味で平等ではないのだ。大英帝国風の民主主義は、日本型民主主義とも、米国型民主主義とも根本的に違うのだ。

     「神は人間を平等に創造した」というのは、実はキリスト教史においてもかなり新規な教えである。キリスト教徒は、ごく最近まで、神が人間を不平等に創造した、と信じていた。いやもちろん聖書には「神の前で万人は平等だ」と書かれている。(中略)
     つまり、キリスト教は長い間、人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。(中略)
     この不平等容認論は、プロテスタントが登場しても変わらない前提だった。宗教改革は、確かに自由で平等な市民という近代社会の出発点を提供したかもしれない。しかし、前述の「万人祭司制」が示しているのは、あくまで神の前での万人の平等である。ルターが論じた「キリスト者の自由」は、宗教的な領域における自由であって、その自由が一直線に市民的自由へと発展を遂げたわけでない。(同書 p.100)
     人間はみな宗教的には平等でも、社会的な現実においては不平等でよい、と考えてきたのである。大英帝国においては、貴族が存在したし、存在する。貴族は、平民を護るという意味において貴族であることを求められたし(まぁ、そうでない輩はどこにでも いるが)、その分、社会ではエリートとされたし、重い責任を負わされたし、追っていった人々も少なくなかったのだ。その辺のエリート主義は、カズオ・イシグロ原作の日の名残という映画で実にうまく描かれている。その シーンを紹介しておこう。


    映画「日の名残」のアメリカの下院議員とイギリス人貴族の対話シーン

     このシーンの直後、執事役のアンソニー・ホプキンスをいじる英国人貴族が「平民に何がわかるのか」と討議の場での雑談の対象にされるシーンが非常に印象的であった。
     ところで、このシーンで、イギリス貴族の政治をAmatuerであるとアメリカの下院議員がこき下ろすシーンがあるが、実は、これは大事なのだ。イギリスは良くも悪くもAmatuerであることを良しとし、Amatuerが、実務の余技として貴族が担当すべきとする理念系というか文化的伝統があるのだ。


    チャーチ型とセクト型教会

     個人的には、ヨーダー先生の遅れてきた弟子(というよりは個人的に心酔しているので)でもあるので、完璧にヨーダー先生がセクト型であるように、ミーちゃんはーちゃんの思想はセクト型である。もともとから、最初に信仰を持ったところの教会がセクト型の教会であったため(国教会への否定的な視点から国教会から分離したという意味でもセクト的)、また、日本の多くのキリスト教会がアメリカ自体がセクト的な教会群であることから、日本の多くはチャーチ類型の教会ではなくセクト類型に属する教会が多いと思う。日本で、チャーチ型といっていいのは、カトリック、東方教会、聖公会、あるいはルター派などであろう。これらは、わりとで〜〜んと構えた感じがある教会が多いので、カルト化しにくい模様である。
     教会が幼児洗礼を認めてきたのにもそれなりの理由がある。教会は、ローマ帝国以来のコンスタンティヌス体制のもとで、社会と深く融合するようになった。宗教社会学的には、このような体制を「チャーチ」(教会)類型と呼ぶ。チャーチ型の構成では、その社会に生まれたものは皆その教会の成員になる。
     (中略)
     ところが再洗礼派は、その教会の存在意義を根こそぎ否定する。そんな制度はこの世と妥協した堕落の結果に他ならず、教会は新約聖書時代の純粋な姿に戻らなければならない。というのが彼らの主張である。前者でも触れたが、宗教社会学ではこれを「セクト」(分派)類型と呼ぶ。セクト型集団は、自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める。宗教改革の主流派と急進派との対立は、現世的な制度の確立を重んじるチャーチ型の社会理念と、それを突き破って純粋な信仰を実現させようとするセクト型の社会理念との激突であった。(pp.106₋107)
     しかし、うちの教会は完全に「セクト」類型だなぁ、と思った。もちろん出がセクト類型だからなのだが、「自分たちを生んだ母集団に対して常に否定的で、自ら高い倫理意識をもち、入会資格を厳格にして、選りすぐりの成員だけを認める」は、まさに、うちのキリスト教会群を描いたような表現なので、思わずわろうてしもた。まさに、選りすぐりのキリスト教的エリート集団を形成しようとするのだ。これを読みながら、オスマン帝国の初期のイェニチェリ軍団のことを思い出した。初期のイェニチェリ軍団はキリスト者の子弟だったものがイスラムに改宗した若者で形成された勇猛果敢な軍事集団である。
     改宗した瞬間、もともといたところに刃向かうあたりは、このイェニチェリ軍団、実にセクト的ではないか、と思うのだが。

    Ottomanトルコ時代のイェニチェリ軍団の行進曲

    イェニチェリ軍団(中世期)

    現代のイケメンぞろいのイェニチェリ軍団


     この本に書かれていなかったが、なぜ、チャーチ型教会が割と幼児洗礼にこだわるか、というとその理由がある。幼児洗礼してないと、乳児で子供が死んだときに地域の墓所でもある地域の教会墓地に葬れないからなのだ。下記で紹介するナウエンのグアテマラ物語に、洗礼のために、死亡した乳児の遺体を抱えて、4,5日かけてやってくる地域の住民とその乳児の遺体にバプテスマを授けるナウエンたちカトリック司祭のことが載っている。このナウエンのグアテマラ物語の本は、思想と宗教の対立と軋轢を層は考えさせずに読ませる良書である、と思う。


    終末論に取りつかれたアナバプティスト

     セクト型の代表例としてのアナバプテスト(成人洗礼を強調した)グループのヨーロッパでの成立過程と福音派の熱狂的な側面の原型を示す終末への過度の期待があったことに関して以下のように説明である。

     アナバプテストがヨーロッパ各地に拠点を気付いたのは宗教改革が始まったばかりのころである。中でも北ドイツのミュンスターでは、1534年には全市が彼らの支配下に置かれた。指導者たちはここが聖書に予言された新イエルサレムであると宣言し、終末が近づいているので、市民はすべて再洗礼を受けるか処刑されるかのどちらかを選択せよ、と迫った。さらに彼らは、新約聖書に帰されている一部の言葉に従って、私有財産を没収して平等に分配し、女性には一夫多妻を強要した。要するに、終末時のパラダイスを一挙に地上に実現させてしまおうとしたのである。(p.107)

     なお、アナバプテスト派の成立前後のより詳細な動きに関しては、この1年間ぐらいの「福音と世界」に連載がありました。あの連載はなかなか良かったと思います。
     しかし、この大人を水に浸ける(Dunkする)ことからDunkersとも呼ばれるアナバプティストの記事は、結構強烈である。「再洗礼か処刑か、選べ」って、上述のイェニチェリ軍団も真っ青である。
     しかし、終末が来るという熱狂というのは、結構昔からあったようだ。これ20世紀の福音派のお家芸と思っていたら、案外根が深い問題だったようだ。実は、新潮選書に「核戦争を待望する人々」という本があり、アメリカのテレビ伝道師の一部の皆様方がイスラエル大好きな様子とか、その背景とか、そして、東西冷戦の中で、アメリカ福音派の人々が核戦争が最終解決かのように言っていたことが書かれたのが以下の画像に示す本である。

     まさにオウム真理教も真っ青であるが、実はオウム真理教はミーちゃんはーちゃんが今なおいるキリスト教者集団に過去在籍しておられた宇野正美さんという方の本に示された古典的ディスペンセイション主義の影響を受けて、ハルマゲドンを言い出したらしい。何とも、申し訳ない限りである。

     この場を借りて、ご迷惑をおかけした皆様に、個人として、申し訳ない思い出いっぱいであることをお伝えしたい。



     この本も本文は名著なのでお勧めするが、巻末の解説は結構いい加減である。

    バプテストとアナバプテストの混乱

     17世紀のアメリカの人々にとってドイツ系の「アナバプテスト」は、基本「アナーキー」と同じ響きを持っており、17世紀のロンドンに生まれた英国系の「バプテスト」もこの「アナバプテスト」と混同され、そして、嫌われ、恐れられ、迫害された存在であったという記述があった後、彼らが社会の中で増加する原因に関して次のように書いておられる。

     彼ら(バプテスト派の信仰者)は、迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていくのである。自分は神の前に何も悪いことをしていない。その自分が法律に違反するのなら、悪いのはその法律の方だ、ということになる。
     こういう心理の機微を「迫害コンプレックス」と呼ぶ。迫害されればされるほど燃え上って強くなる人のことである。しかし、アメリカの宗教的伝統では、それがただの独りよがりに終わらない広がりを持つ。自らの信仰をよりどころとして社会の体制に抵抗する姿が周囲の共感を呼ぶのである。日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わるのだろう。だがアメリカでは、不利益になるにもかかわらず、生命の危険すら顧みず、なお信念を曲げずにいる人には、何か真実があるに違いない、と思う人が多い。ヒーローを求める真理である。(同書 p.110)
     しかし、「日本の社会なら、迫害コンプレックスは当人だけの思い込みで終わる」とお書きであるが、実は、アメリカと日本が戦っているときに、ミーちゃんはーちゃんが今いるところの一部の昔の人々のなかには、これを思い込みに終わらせず、1940年から1945年に治安維持法違反事案で、逮捕投獄者を出した(そら、神社の前でアマテラスオオミカミをバカにしたら、いくら伝道とはいえ、そうなるのは決まっている。実に無謀なお方がおられたのだ)。そして、この逮捕投獄された人々の存在をもとに、自分たちがいかに正当であり(他のキリスト教会と比べ一生懸命神のためにやったので迫害された)、自分たちこそが正しい、自分たちが真実なものである、という主張の根拠に使われる方がおられる。頭の痛い限りである。「迫害されればされるほど、神との対話の中で自分の存在を確認し直し、信仰の確信を強めていく」を地で行った人々がいたのである。まぁ、その様な方の言論自体は否定しないが、個人的には違和感がある、と申し上げておこう。

     まぁ、もう日本固有の自決精神というか特攻精神というか、神風精神というか、もういい加減にしてほしい、とおもっている。

     特攻作戦は、自滅作戦なので、実は非常に効果がない割に自分たちの下士官以下の兵員の損耗が激しいので、戦史研究ではしてはならない作戦となっているらしい。むしろ、ウィーン条約以降の戦争では、捕虜になって、捕虜交換で帰国する際に、情報もってかえり、敵方情報を持って帰ってもらう方が、作戦建てる方としてはありがたいらしい。まぁ、特攻作戦、突撃作戦は相手をビビらしただけ、で終わるのだ。それは、203高地、第1次世界大戦でこのことの無効さ加減は実証されている。

    クェーカーってこんなだったの?

     個人的には、クェーカーの影響も受けている教派にいて、英国で極端な平和主義を主張したグループ(それがね、先述のように迫害コンプレックスとかで生きるからわけわかんないんだけど)にもいることもあるし、個人的にジョン・H・ヨーダー関連 の項目があるほど、ヨーダー先生大好きなので、クェーカーに親和性というか親近感が強い。

     クエーカーが真面目であることは、オートミールの巨大ブランド、Quaker Oats社の会社のロゴイメージが、以下のようなQuakerのおじさんのにこやかな絵であることからも分かる。



     しかし、アメリカの建国期にはとんでもない集団であったことに関して、森本先生は以下のようにお書きである。
    徹底した平等主義のゆえに、草創期には今日の温和な姿から想像もできないほど過激で奇矯な言動が記録されている。ニューイングランドでは、日曜日に教会で人々が礼拝しているところへ、突然髪をふり乱したクエーカー女性が半裸で闖入するとか、集団で入ってきて他人の席に座り(当時の教会では座る席が決まっていた)、帽子もとらずにいる。あるいは会衆に向かって「こんな不純な礼拝をしていると神の裁きが下るぞ」と大声で脅したり、牧師の面前でガラスの瓶を叩き割り、「神は汝をこのように砕くであろう」と劇仕立てで宣言したり。とにかくやりたい放題である。(同書 p.113)
     やりたい放題とまで言われているが、まぁ、宗教的情熱の故、とはいえそれに近いことをやっているだろうことは容易に想定できる。

     シアトル南郊の自分ところの教会に行った時のことである。その日はシアトル方面から人が来られていて、特別にお話を、って機会だったのだが、まぁ、世の中にはアル中が多いとか、アルコールを飲んで車を運転して、いのちを失ったその方の友人の話とかが出てきて、やおら、

     「友よ。君たちのいのちははかない。いつそのいのちが取り去られるかもしれないほど、人間ははかないのだ。今、キリストのもとにいない人は、永遠の地獄が待っている。」

    とタンタンと1997年のシアトルで言ってのけたオジサンがおられた。熱心なのはまぁ悪くはないけど、常軌を逸した熱心さで他人をひとっからげにして、滅びますぞというのは、困るなぁ、と思った瞬間である。なお、この説教は英語であった。

     最期のまとめに、このアナバプテストの系譜に属する人々の強烈な発言をご紹介して終わろう。
     中には、一部の信徒が心ひそかに同意したくなる発言もあっただろう。例えば、ある女性のこんな言葉である。「牧師さん、あんたは年寄りのろくでなしだ。説教が長すぎる。もう座りなさい。あんたが上手に話せる程度のことは、もうとっくに話し終わっているよ。」ピューリタン説教の長さや難解さを思い起こしていただきたい。(中略)
     信仰に基づいて権力に公然と挑戦することは、反知性主義のもっとも明確な表現である。(同書 p.114)
     日本のキリスト教界の一部には、説教付讃美歌大会と揶揄されたり、自嘲的にお語りの向きもあるようであるが、結構日本での聖書のお話は短くなっていると思う。現在、2時間の説教に耐えられる人が減っているし、社会が忙しくなっているし、社会には、インターネットやテレビやゲーム機を始めたのしいことがいっぱいなので、他に何も娯楽がない植民地期か建国期のアメリカ社会とはわけが違うので、多くの日本人にはピューリタン的説教には耐えられないと思う。まぁ、このおばあさんのように、植民地期のピューリタンの「説教が長すぎる」というのは、その通りだったのだろう、と思う。

     これに似た経験をしたことを、最後に紹介して終わりたい。神戸に水谷潔さんが来られた時のことであるが、その会場では、最初のスピーカーの方ががかなりご高齢の牧師さんで、ご自身が高齢者施設で伝道されていて、高齢者に紙芝居の受けが良いことから、紙芝居を延々2つも信徒向けにやり始めた。個人的には、ミーちゃんはーちゃんは結構下品なところもあるので「限界あるやろ。水谷さんに話させてほしいぞ。僕は水谷さんのお話しを聞きたいんや」と思っていた。「やめてくれ〜〜〜」と思いながら、発言するのはじっと我慢していたが、とうとう、その会の主催者代表の方がしびれを切らしたように、「今日は水谷さんに来ていただいているので…」と制止された。それも、このご高齢の牧師さんが普段より人の集まりもよかったためか、3つ目の紙芝居を取り出した時にであった。制止されなかったら、あと20分、紙芝居を拝見させていただく栄誉に浴するところであった。

     まぁ、熱心さのために見えなくなるというのは、だれにも起きることではあるが、出処進退をわきまえることの大切さを学んだ経験であった。


     



     
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    (2014-10-28)
    コメント:参考までに

    John Rawls
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    コメント:まぁ、ご研究されたい向きにはどうぞ

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    コメント:迫害下の共産主義ラテンアメリカでカトリックの司祭、修道女の苦労、そしてそこで見直されたナウエンの信仰の経緯をたどることができる。おすすめする。

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