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2015.03.04 Wednesday

森本あんり著 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 を読んだ(2)

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     まぁ、乗り掛かった舟である。もうちょっと書いておこう。

     前回の記事はこちら。

    反知性主義の源流
     ピューリタンの知性主義とリバイバル運動に関して、次のように森本先生は述べている。要するにリバイバリズムという一種の情熱的なキリスト教的熱狂とピューリタニズムのために英国から渡ってきた人たちとその次の世代が極端な知性主義への反動ではないか、というご指摘である。

     その(引用者補足 アメリカの反知性的な現象の)出発点については、研究者のほぼ一致した見解がある。それは、独立前のアメリカ全土を席巻した「信仰復興運動」(リバイバリズム)のうねりである。(中略)それ自体は必ずしもアメリカだけに起きた現象ではない。だが、植民地時代のアメリカには、それを準備する特定の土壌があった。それがピューリタニズムであり、もっと具体的に言うと、ピューリタニズムの極端な知性主義である。(反知性主義 p.31)
     リバイバルは、確かに世界各地で起きているが、割とこのリバイバルがアメリカ系の聖霊派の教会で起きることが多く、南北アメリカ大陸や、アメリカの影響の強いオセアニア地区やアジア地区での事例が多数報告されている。しかし、下記に示したロイドジョンズの本にもあるように、19世紀末から20世紀のウェールズで起きたことなどでも発生したことが知られている。最近では、金粉が降ったり、卑金属であるはずの虫歯の詰め物やクラウンの素材が金に変わったとご主張の向きがあるやにお聞きしている。

    ニューイングランドのピューリタンの
    知性偏重主義の背景

     ニューイングランドは、アメリカの建国の基礎となった東部13植民地の地域の一つであるが、その植民地の中でも、異様に大学卒業者の多い地域であったらしい。

    Map of territorial growth 1775.jpg
    東部13植民地           独立期の星条旗


    歴史的に見ると、ピューリタンの入植したニューイングランドは、人口当たりの大学卒業者が異常なほど多かった時代である。1646年までに海を渡ったピューリタンのうち、大学卒業者は130名で、そのうちケンブリッジ大学出身者が100名、オックスフォード大学出身者が32名である(重複あり)。当時の移民地人口からすると、およそ40家族に一人、という割合になる。(p.32)

     今では、日本の高校生の半分がいわゆる『大学』と呼ばれるところに行く時代からしたら、「え、それがどうした?どうして高学歴社会?」と言われそうであるが、この当時の大学というのは、エリート中のエリート、貴族が行く施設であり、おいそれと行くような場所ではなく、未だに英国ではかろうじてその伝統が残っているが、マスプロ教育なのではなく、指導教員と個人がかなり密接な個人関係の中で対話を通じながら、学問の息吹をまさに「謦咳に接する」という語がふさわしい環境で研さんしていくところであるのだ。1教室に400人も500人も詰めて、養鶏場のニワトリよろしく講義と称するものを一方的に行うところではない。今の大学院教育以上の教育を行う場所であったのである。おまけにイギリスは、英国国教会があり、オックスフォードにしても、ケンブリッジにしても、ほとんどが国教会に所属するキリスト者で占められていた社会であり、ユダヤ人は20世紀初頭でも、馬鹿にされた。


    Chariots of Fireのシーン

     日本名『炎のランナー(原題 Chariots of Fire 旧約聖書のエリヤが炎の戦車(Chariot of Fire)で見えなくなった記事にちなむ)』の上記で紹介したこのシーンのあとに、この回廊を巡る一種の障害物競争で勝ったユダヤ系イギリス人学生の出自(父親が金融業者でユダヤ人であること)へのオックスフォード大学の教員の強烈な皮肉の言葉があったはずである。それほどに、イギリス社会でも、さらに20世紀初頭でも、ユダヤ社会への風当たりは強かったし、非国教会の徒への風当たりは強かった。非国教会の人々への風当たりの厳しさは、Taka牧師から販売していただいた野呂先生の「ウェスレーの生涯と神学」でも、ちょっと出てくる。

    アメリカの名門大学の原点
     世界のトップ大学の一角を現在では占めているアメリカの大学は、もともと、教職者(聖書を語る牧師など)の養成学校であった事に関して次のように森本先生は記述しておられる。
     現代アメリカには世界の大学ランキングで常にトップの位置を占めるハーバード、イェール、プリンストンという大学がひしめいているが、これら3校はいずれもこうした任務(ギリシア語、ラテン語、ヘブライ語に基づき聖書をきちんと解釈する人部)に就くピューリタン牧師を養成することを第1の目的として設立された大学である。(中略)ハーバード大学が設立されたのは、1636年のことである。プリマス植民地の入植から考えても16年、マサチューセッツ植民地への入植からは、わずか6年しかたってない。(同書 p.34)
     日本の高等教育の関係者でも、このような背景は知られていない。大学の教師でも、このようなことを知らずに、ありがたがってハーバードや、イェールやプリンストンを称揚している方も案外お見かけする。なんか、訳知り顔で、マイク・サンデルの「正義論」がすごいとかいっておられる方もおられるが、大学史全体からすれば、あれはマスプロ教育の姿であり、少なくとも18世紀的な英米型の教育の姿ではないように思う。そもそも、マイク・サンデル教授の「正義論」の分野は、もともとハーバード大学での政治経済学(Political Economics)という科目の一部で、神学部の最終学年で大学の学長(Dean)クラスが担当していた講義の伝統の上にあるのであることも知らずに、それを称揚する番組が某国営放送で放映される、ということは、実は、「八重の桜」よりも、「軍師官兵衛」よりも、某国営放送の教育放送部門が、キリスト教の正義とは何かに関する伝道をしていただいたようなものであり、アメリカ的な聖書文化のコンテキストにおいてあの「正義論」が語られていることはもう少し知られてよいのではないか、と思う。


    NHKでも放映されたMike Sandelの正義論の講義風景
    (写真はNHKのサイトからお借りしました)

    楽しくないユートピア(理想郷)w

     アメリカの新大陸文化に関して、当時の時代背景をこのように説明しておられる。

     「ピューリタンはユートピアを発見したが、それはちっとも楽しくないユートピアだった」といわれる。「ピューリタン」という言葉で我々が連想するのは、厳格で難しくて不寛容というイメージだが、実はこれらは19世紀になされた戯画化の産物である。(中略)
     初期のピューリタンは、今日なら教会にあって当然と思われるもの、たとえばオルガンや鐘や銭湯なども拒否した。(中略)クリスマスもカトリック的な「冒涜」だから、絶対にお祝いしてはならない。1660年には「クリスマスに贈り物交換や着飾った外出や宴会などの違反を犯した者には5シリングの罰金を科す」というお触れが出されている。
     ピューリタンは性に関してことさら潔癖であったといわれるが、これも実像は別である。彼らの残した文書を読むと、男女の性愛についてかなり直截で快活な書き方をしている。(同書 p.52)
     このブログでも、"「ピューリタン」という言葉で我々が連想するのは、厳格で難しくて不寛容というイメージだが、実はこれらは19世紀になされた戯画化の産物である”のトラップにはまった水谷潔氏の記事に対して、「それってどうなんですか?」とご発言申し上げた「ピューリタン雑考」という記事があるが、まさに、厳格で厳しくて不寛容という現代に生きるパリサイ人は、ピューリタンの反動として出てきた福音派にかなり引き継がれている点は面白い。ミーちゃんはーちゃんのキリスト者集団の中でも「クリスマスも、絶対にお祝いしてはならない」との方針を堅持しておられる向きもあるが(理由は異教由来だから、とされている)、このあたりかなり文化からどのような影響を受けるのか問題と密接に関係していると思われる。
     こういう背景は、キリスト教史(とりわけ、アメリカキリスト教史)をきちんと勉強していれば当然なことであるが、日本の大学の中での、アメリカ史の専門家向けの学部の専門科目でも、なかなか取り上げない側面である。それでアメリカを理解した気になるものだから、誤解が生じるのは仕方がないような気がするのである。アメリカ政治史や経済史教育に至っては何をかいわんや。

    反知性的文化が生まれるための
    土壌としての社会変化

     アメリカは移民文化であるがゆえに、人口が非常に急増した時期(移民の流入期)を経験する。最初は、アイルランドでのジャガイモ飢饉(ジャガイモに伝染病が発生して不作が発生した)によるアイルランド人の大量流入であり、これらの人々は、スキルをもたなかったので、警察官、消防士、軍人となっていった。

     未だに、この警察官、消防士、軍人にアイルランド人が多い。そして、この三職の殉死者を称揚するためにちょっと大きな市であれば、バグパイプ奏者がこれらの3職の儀仗隊には存在する。


    NYPD(ニューヨーク市警察)の儀仗隊による911メモリアル演奏


     何でNYPDと書きながらアイルランドを象徴するクローバーがついているかというと彼らのうちにアイルランド出身者がやたらと多いからである。まぁ、クラブ(こん棒)は警官(銃が支給されるまで警官の象徴であった)の象徴でもあるけど。


    NYFD(ニューヨーク市消防)のバグパイプ儀仗隊 最後にアイルランド国旗が出てくる

     わりとアイルランド系市民が多い、シカゴでは、St Patrick Day(アイルランドの守護聖人の日 日本の建国記念日みたいな感じ)には、シカゴ川を緑色に染める習慣がある。バスクリンを入れているのかと思ったが、染料のようである。


    2014年のSt. Patrick Dayのシカゴ川を染色する様子。

     閑話休題。本論に戻そう。

     ところで、アメリカ人は、開拓地に新聞をもっていった人々と呼ばれるほど、文字文化の人たちなのである。もちろん、新聞は毎日発行であるので、大都市から郵便で、何日か遅れで配達されるような新聞であるけれども。そして、この文字メディアへの依存が、実は、知性主義の伝統なのである。要するに、東部の資本家たちは、冒険的な西部開発に向かっていくときにも、この新聞を非常に高いコストを払わせながら西部開拓地に持ち込んでいったのである。

     ニューイングランド社会は、18世紀に入って大きな変化を経つつあった。その変化はいくつかの数字になって表れるが、第1は人口の急増である。(中略)
     ところが、既存の教会はこの爆発的な人口の増加に対応する術を全くもっていなかった。「半途契約」(引用者注 成人になって改めて回心することを前提に信徒扱いする制度)の話で分かるように、教会の指導者たちは小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどのように維持していくか、ということに腐心するばかりであった。
     人口増と共に大きな要因は、大衆メディアの発達である。王制不幸後のイギリスでは、出版許可法が、出版物の取り締まりを定めていたが、この法律が1695年に廃止される。すると瞬く間に印刷所が増え、月刊や週刊や日刊の読物が次々に発行されるようになる。事情はイギリス領のニューイングランドでも同じである。18世紀最初の40年の間に、「ボストン・ニューズレター」や「ボストン・ガゼット」など、植民地全体で12もの定期刊行物が発刊され、それを流通させるための経路も急速に整備されていった。ある資料によれば、マサチューセッツの書店業者は同じ40年間に4倍になっている。
                (同書 p.66₋67)
     しかし、この記述を読むの中で、ニタニタしたのは、「教会の指導者たちは小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどの表に維持していくか、ということに腐心するばかりであった。」って、えぇぇぇ、250年前のアメリカと同じ悩みを現代の日本でも抱えているではないか、ということであった。日本という文化的コンテキストが違っても、「小規模な閉鎖的分派として出発した集団をどのように維持していくか、ということに腐心するばかり」という表現を見て、さすが、ご先祖様の子孫としての日本のキリスト教会って思ってしまいたくなりそう。ちょっと、吐き気催してきたけど。

    メディアの特性

     今回の最後にアメリカのピューリタン社会とメディアとの関係があった部分があったので、それをご紹介して今回は終わりたい。

     出版には、ハード面即ち印刷所や書店や流通経路などといった産業構造の整備と、ソフト面即ち求められる情報内容の充実という両面が必要である。一般大衆の需要に応じて情報が供給されるようになると、その情報がさらに需要を掘り起こし、供給のために必要な回路を自分で作り上げていく。コンテンツがメディアを作ると、そのメディアが逆に今度はコンテンツを育て、それを伝えるメディアもさらに発展する、という循環が起きるのである。(p.68)
     しかし、現在の日本のキリスト教メディアの具合を見ていると、印刷所や書店や流通経路というハード面があっても、日本のキリスト教徒が「大衆」でないためにその需要規模が小さく、需要が喚起できていないのではないか、そのあたりをどう読み解いていって今後の展開を考えていくのか、ということがいま求められているような気がするのだ。特に、現在は、必勝パターンであるヲワコンであってもネームバリューのある有名人(たとえば、ウイ○アム・フ●ンク○ン・グ●ハム3世とか・・・)に依拠してコンテンツが作られている面が少なくはないので、本来メディアがしてきたコンテンツを育てる、コンテンツのクリエーターを発掘し、育てるという作業をさぼっているというか、人がいなくてできていないというような気がする。このへん、大新聞やテレビなんかが典型で、だから現代の大衆の確実な層であるネット民から相手にもされずに、見捨てられつつあるように思うのは、私だけ、であろうか。

     次回も、ピューリタン紹介が続きます。一大連載になりそうな予感がしている。





    評価:
    価格: ¥1,404
    ショップ: 楽天ブックス
    コメント:ちょっと雑いところはあるが、非常に面白い。絶賛推奨ちう。

    評価:
    D.M. ロイドジョンズ
    ---
    (2004-10)
    コメント:Dr.と呼ばれたロイドジョンズ先生が、ウェールズを中心に起こったリバイバルを取り上げ、検証しておられる。お勧めである。

    評価:
    野呂 芳男
    ---
    (1975)
    コメント:非常に幅広い組織神学的位置づけの上に立って書かれた好著でありながら、読みにくくはない。

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