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2015.01.26 Monday

『富士山とシナイ山』に学ぶ、日本のキリスト教と歴史(1)

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     ミーちゃんはーちゃんは、ちゃんとした神学教育を受けていないので、 西洋の神学傾向についても無知であるし、日本の過去の神学的思惟に関しても無知であるので、必死になって本を読みながら、本の著者と対話するような感じで西洋や北米、日本の神学的思惟に関する教えを請うている。

     前回の記事

    歴史に学ぶことの大切さ

    で日本の自大主義的な神学文書でもある 日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰 問題に下記の本で触れていたので、いつか書きたいなぁ、と思っていたら、トンチャン様に先を越されてしまった。しまった。

     まぁ、気を取り直して、富士山とシナイ山から、シリーズものとして、この本の良さと、福音派のお馬鹿もののミーちゃんはーちゃんが考えたことをご紹介したい。実は、この本の著者の小山晃佑さんという方は、ミーちゃんはーちゃんの親せきみたいなキリスト者集団のお出の方である。ミーちゃんはーちゃんとは、頭脳の点でも、品性の点でも、知識の点でも比べ物にならないくらい、ものすごい方であることはわかっている。

     なお、これから連載する記事は、どこかの個人や団体を批判するものでもなく、歴史的に何が起きたかをミーちゃんはーちゃんなりに見詰め、なんでこうなっていったのか、ということを考える、歴史的反省に立つものである。もちろん、バルメン宣言なんかを見てもいいんだが、やっぱ、自分の中の精神性を批判しないとね。

     この小山先生は、戦災というか空襲を東京で体験された、皇国の少年としての日々を過ごさせられつつも、日本とアメリカが戦争している期間中に洗礼を受けられた方である。

    小山さんのアプローチの出発点

     まず、この本の第1章で、小山さんのこの本でのアプローチの出発点が語られ、影響を受けた方のお名前と文章が出てくる。

     文化的および神学的な視座からする私の偶像崇拝研究において、エイブラハム・ヘッシェルの言葉は、導きの霊感として常に私とともにあった。
     預言者の関心事は神の経験としての人間的な出来事である。我々にとって歴史は人間的経験の記録であるが、預言者にとって歴史は神の経験の記録なのである。
    (原注 Abraham,J. Heschel The Prophets, Harper and Row 1962, p.172 A・J・ヘッシェル『イスラエル預言者 上』 森泉弘次訳 教文館 1992 p.333『富士山とシナイ山』p.14
                          
     このヘッシェルという方。まぁ、すごい。神の経験として歴史をみるという視点。神になるのではなくて、どのような悲惨があろうとも、そこに神の臨在と神の忍耐があり、そしてその経験を記憶していき、記憶していくというのは、「健忘症以前の歴史性を記憶しない民」とトンチャン先生にズバッと指摘されて、「あ、図星!グサグサ」と来てしまったミーちゃんはーちゃんにとってはこういう視点は、思いもよらなかったのですね。

     なお、訳者注によれば、ヘッシェルという方は、ホロコーストを生き抜いた20世紀最大のユダヤ教神学者の一人で東方ハシディズム派のカリスマ的指導者ツァデキーム(義人)の系譜にまつわる子孫で、この方のお師匠さんのお一人がマルティン・ブーバーだったそうです。この方、イギリスに亡命した後、米国に渡っているらしいです。なお、この方は、マルチン・ルーサー・キングの公民権運動などにもかかわっていたそうです。(前掲書 訳注 p.411-412 を参照のこと)

     なんかツァデキームというヘブライ語由来の音を聞くだけで、恐れ入ってしまいそうになる。なお、皆さんがよく御存じのツァデク由来で聖書に出てくる言葉は、メルキツェデク(ツェデク 義 の メルキ 王)なのだな。

    ヘッシェルさんからの小山さんへの影響

     余談はさておき、このヘッシェルから受けた小山さんへの影響に関して、本文中、3つ示されている。
     私がヘッシェルから受けた神学的啓発は三点に要約される。第1は、神の経験の記録としての歴史という思想が、真夏日に思いがけずそよ風が吹いてきたように、私にとっての神学の力動的性格を定義してくれたことである。こうした視座からみると、人間の歴史に計り知れぬ重要性も見えてくる。第2に私は神学がほとんど定義上、自ら偶像崇拝に転落する誘惑にさらされていると悟った。「歴史は神の経験の記録である」ということと「神の名を濫りに唱える」ということの間には、危険なほどの微妙な区別があるにすぎない。こうした困難な状況は真の預言者と偽りの預言者との対立にも反映されている。第3に、ヘッシェルによって豊かにされた歴史の重要性の意識ゆえに、人類の諸文化のはらむ意味と価値が重要であることを私は確信してきた。人類の歴史は常に文化史である。文化の衣装をまとわぬ赤裸々らな歴史などあり得ない。歴史が神の経験史であるということは、神学と文化とが相関関係におかれていることを含意している。(前掲書 p.16)

    神学はダイナミック(力動的?)なものではないか?

     力動的性格というのを、訳者の森泉先生は聞いたことがないとおっしゃっておられるが、フロイトの影響を受けているのではないかとご指摘であった(訳注 p.412-413)が、これは、おそらくダイナミズムまたはダイナミックの訳語だと思う。

     これは、神学をどうとらえるか問題で、山崎ランサム和彦先生がご自身のブログすでに記事を公開されている、例の 日本基督教団より大東亜共栄圏にある基督教徒に送る書翰 問題ともかかわる問題であると思う。なお、山崎先生ご自身が解題された論文(大韓民国の白石大学でご発表になられた論文と聞き及んでいる)をもとに、シリーズ連載をちょっとおねだりしたら、公開してくださった。ありがたい限りである。

     なお、この論文を事前に拝見した際に、論文の末尾部分で提起しておられた(事前に拝見したので、知っている)神学の静的(真理追求の結果収束するという性質)と神学の動的(神学といえども、歴史的経緯の制約やら影響を受けるという性質)の問題と力動的(おそらくダイナミックという部分)とは深くかかわっていると思う。

     ミーちゃんはーちゃんとしては、神学は定常的収束を目指しつつも、時代の背景の影響もかなり大きく、時に動きに揺れというのか方向性の偏向があることがありうる、ということを、キリスト教史を見る限り思うので(といっても、ちゃんと勉強しているわけではない)、基本的に動学的ダイナミックなものとしてみたほうが、妥当性というか、間主観的に合意可能性が高いと思う。

     神学は、それこそ、その神学以前の時代の思想や人物の思惟の影響を受けつつ、絶えず見直しがされているプロセスだと思うので、根本的に動学的なもの、ダイナミックなものだと思う。これは、このブログ記事でも紹介した、深井智朗著 神学の起源 社会における機能 を読んだ その7 のシリーズで紹介している深井先生の本を見る限り、神学と社会との間には深い動学的関係(歴史的展開を含めた関係)がみられると思うのだが。

     個人的には神学は静学的(静止している対象を分析するアプローチ)ではなく、動学的(移動し、変化し、変容している対象を分析するアプローチ、はるかにこの方が扱いが困難)なものとして理解したほうがよいと思っている。

     本論にもどそう。

    日本の宗教史と信仰形態と
    キリスト教神学との比較の本

     この本自体「私にとっての神学の力動的性格を定義してくれた」ことから、社会的変化の神理解、神学的考察をすることの重要性を、近現代の日本の神理解、信仰理解を再定義しなおし、「神学がほとんど定義上、自ら偶像崇拝に転落する誘惑にさらされている」ことを、1941年から突入しそれ以前からの宗教団体法や政府管理のもとに信仰を置こうとする動きへの対応への失敗を経験した日本の経験をもとに、我が国のキリスト教を例にとりながら、「人類の歴史は常に文化史である。文化の衣装をまとわぬ赤裸々らな歴史などあり得ない。歴史が神の経験史であるということは、神学と文化とが相関関係におかれている」ことを明らかにしようとしておられる。その意味で、非常にチャレンジングなことを、日本の文化的、宗教的、民衆信仰的な環境を知らない英語をしゃべる人たちに伝えようとした(ミーちゃんはーちゃんにしてみれば、考えたくもない作業である。日本の宗教史や信仰形態を、日本人が日本人にすらまともに説明もできないのに、日本を知らない人たち対象にどうやってやれというのだ、と素朴に思う。最近、ミーちゃんはーちゃんも似たような経験をしたので)本でもある。いやぁ、実に意欲的。この本、基本的に、我が国キリスト教の近現代史を取り上げながら、この著者のヘッシェルから受けたインスピレーションを詳述し、論こうした本なのだ。読みやすいとは言わないが、大事な本だと思っている。

     なお、アメリカでは、神学と文化が相互関係におかれていることは、ラインホルトニーバーの弟の、リチャード・ニーバーの書籍を読んでおく方がよかろう、と思う。

     この本の紹介、延々と続きそうな予感が。








    評価:
    価格: ¥4,104
    ショップ: 楽天ブックス
    コメント:絶賛。日本で伝道したり、神学したりしたい人には、必読文献ではないか、と思われ。仏教、儒教、日本の古層神道、国家神道を含めて整理されている。

    評価:
    H.リチャード・ニーバー
    日本キリスト教団出版局
    ¥ 5,508
    (2006-02)
    コメント:この種のことを考えたい向きには、この本ばかりでなくリチャード・ニーバーの本くらいは読んでおいたほうがいいだろう。

    評価:
    ヘルムート・リチャード ニーバー
    聖学院大学出版会
    ¥ 3,240
    (2008-03)
    コメント:絶賛の本の一つである。日本のキリスト教がアメリカから大きく影響を受けている以上、本記事のようなことを考える際には、知らずに済ませるのはまずい本の一つ。

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