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2015.01.05 Monday

イノベーション・ゲーム理論・聖書理解・日本のキリスト教 (3)

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     これまで、ゲーム理論とそこで用いられる用語、どんな概念になっているのかについての基本概念についてご説明し、15年戦争期のキリスト教を例にとりながら、ゲーム理論の応用やそれでなぜ、日本のキリスト教が皇宮遙拝に走ったのか、キリスト教との預言者的性質などについても少しふれました。

    イノベーション・ゲーム理論・聖書理解・日本のキリスト教 (1)

    イノベーション・ゲーム理論・聖書理解・日本のキリスト教 (2)



    マジョリティ・ルールズが崩壊する時
    革命という突然変異がおきるとき

     では、ゲーム論的にこのマジョリティ・ルールズが崩壊する過程について、少し考えてみたいと思います。マジョリティ・ルールズが機能しなくなるのは、ゲーム理論的には、そのマジョリティにいることで、利益というか、地代とも呼ばれる、そのグループに属しているだけで発生する利得というか利益が得られなくなるからではないか、と考えられそうです。

     マジョリティ・ルールズの背景で人がマジョリティにとどまるのは、マジョリティに属することで、何もしなくてももたらされてきた利益(地代)が発生しつづけているからです。しかし、環境や社会制度が変化し、それぞれの参加者に何も利得というか何もしなくても発生する地代が減少したり、あるいは地代や利得そのものが得られなくなることが発生する場合があります。

     こういう事態が発生して初めて、マジョリティの一部が、そのマジョリティから脱出し始めます。まさしく、地滑り、雪崩などが起きはじめるときとよく似ています。

     ちょうど雪崩がそうであるように、数が多いから、量が多いから、長らく安定しているから、と言って常に安定しているわけではありません。安定均衡しているように見えても、その中に内在する不安定さ、あるいは、社会心理における移ろいやすさ、あるいはボラティリティというものがあるのだと思います。社会においては、それが突然変異に見える現象を起こすのだと思います。

     それに、環境要因も大きな影響を及ぼすとは思います。ある条件に適合しすぎた集団は、その条件が変わってくると、現状の社会党か環境に不適合を起こし、表面上は多数を占めていて、安定しているように見えたとしても、マジョリティ・ルールズを規定する表面上の多数さの基盤が実質的に大きく損なわれていることがあります。この場合、ある条件に適合しすぎた集団内に不具合、不安定な状態が生まれているのだと思います。たとえ、表面的には安定しているように見えても。

    日本歴史でのパラダイムシフト
     一番わかりやすい例で言えば、戊辰戦役の時の錦の御旗事件などが、典型的ではないかと思われます。

    錦の御旗 明治神宮崇敬会のサイトからの転載

     表面上は、幕府を中心とした社会が存在していましたが、それと同時に、幕府への不満も高まっていたのでは、と疑われる部分があるわけです。まぁ、幕府の専横(特に開港場のみとはいえ、聖地日本に異人を受け入れる)という形で下級武士などの社会的不満を抱える層では、表現されていたようですが。それが、突然、戊辰戦争での戦闘中、幕府とは別の権威性である錦の御旗が掲げられることで、突然、その不安というか幕府への不満というか、現実との不適合が表面化し、討幕運動へとなっていったわけです。無論、それまでにも、天保の大飢饉のような経済不安と不満、そしてその反映でもある「ええじゃないか」が社会の中に発生していたことも遠因として指摘できようかと思います。

     同様の事例として、近代日本で言えば、ポツダム宣言受諾に関する国家元首としての天皇の意思が示された前と後での日本のマスコミの論調や文化人の掌の返し様を指摘することができるでしょう。

    日和った現在の大新聞
     前日まで、聖戦続行!朝日新聞毎日新聞も、読売新聞も言い募ったわけですから。いま偏向報道騒ぎでバッシングされている朝日新聞も、それをたたいている読売新聞も、やや中立的とはいいながら、ちょろっとバッシングしている毎日新聞も、私個人からしたら同じ穴の狢(むじな)ではないか、と思います。その程度のものでしかない、と思うのです。マスコミというものは。それを忘れて天下の公器とか、わけわからんことを言うから…

     15年戦争期に関しては、国家元首(昭和天皇)の思いというパラメータによる環境の変化をきっかけとして、国民もマスコミはこぞって、聖戦断行を言わなくなったんですから。そのような手のひらを返すような精神が大和精神であり、美しく取り戻すべき日本精神だとしたら、個人的にはご遠慮申し上げたいかも、と思います。

     この環境の変化は、様々な要因で発生するものであり、どれか一つの原因ということはおそらくないものと思われます。

     例えば、ポツダム宣言受諾の詔勅(国家元首としての天皇による宣言)のその前に、これなどは窮乏生活による国民経済の疲弊という環境変化と、連日の空爆による倦戦気分の蔓延などの環境の変化の結果がかなり限界に来ていて、それを天皇の国家元首としてのポツダム宣言受託宣言を機に一気に吹き上がったとも言えるかもしれません。まぁ、一部には、8月15日以降にも、まだ皇国は…ということで、徹底抗戦を主張する向きもあったらしいですが。

    世界の歴史のパラダイムシフトの事例

     西洋で言えば、ナチスドイツの成立の段階(ワイマール帝国への疑問視)や、東ドイツの崩壊の例をあげることができると思いますし、中欧では、チャウシェスク支配下のルーマニアの例を引くことができるかもしれませんし、あるいは、ごく直近の例で言えば、ロシアの通貨ルーブル暴落も例に引くことができると思います。ちょっとしたきっかけで、世論というのは、動いてしまう様に思えてなりません。あるいは、第2次世界大戦後フランスで発生したドイツ人将校と付き合うことで利益を得ていたフランス人女性へのひどい仕打ちなどもこの例に入るかもしれません。

    マルセイユ解放時に髪を切られるフランス人女性


     これまで東洋でも西洋でも革命の論理とは、この表面上の数だけでは把握できない、社会に潜む渦みたいなものをどう利用するかによって、その成否が決まるというところがあると思いますし、それこそのらくら者の日記の方が大好きなMI-6とかの世界は、このために世界中に調査員をばらまいておられ、地域情報の収集に多大なコストをかけることで、国全体の崩壊を防いだり、その影響が直撃することを避けるための準備をしていると言えましょう。あるいは、革命側に資金を提供することで、国全体を崩壊させたりすることをしている面もあろうかと思います。その意味で、革命と突然変異とは深い関係にあるように思います。

    金融論でのパラダイムシフトとしての金融危機

     実は、金融論の世界を横から眺めておりますと、まさに1990年代後半あたりを突然変異が起きた時とできるのではないか、と見ております。このころに、従前から始まっていた金融自由化ということで金融業態の業態規制がなくなってきて、金融業界の垣根や立地規制が自由化されたその直後に、木津信用組合の経営破たんがおきました。この木津信組さんの経営破たん(とそれに伴う短期資本市場の機能不全)とそれに伴う金融システムの全面崩壊を防止するために、日銀特融がなされるなど、まさに革命前夜の雰囲気がございました。この破綻とその処理の結果、あるいは、旧兵庫銀行の経営不振というよりは、乱脈経営の結果の経営破たん問題など、旧相互銀行系を中心とした金融機関の軒並に近い経営不全問題が明らかになり、もともと業態間規制が緩くなっていたこともあり、2000年代には、金融界の風景が、一転したことを、銀行業を中心とした金融機関の店舗分布の研究(この辺がもともと専門)からも確認しております。

     これまでの議論をかなり粗っぽい議論でおまとめをしてしまいますと、もともとのゲームの枠組みで得られたゲームの利得構造を規定する環境が次第に変わってしまうことで、利得の発生状況がゲームの参加者間でじわじわ変わっていくことで、マジョリティにおいて得られる利得そのものが減少している状況下において、それがある現象を出発点として、あるいはある閾値(いきち)に達した時に急速に動くのだろうと思います。

    立地理論モデル研究とパラダイムシフト
     その昔、立地理論モデルを研究対象にしていたころ、商店街モデルの栄枯盛衰モデルを考える際に、同質の2地点間で店舗が自由に立地変更ができるとき(たとえば、モールと、ダウンタウンの商店街のような場合)、消費者に商店間での探索費用(見比べるために歩き回る費用)と商業施設間での移動費用(消費者がバスとか電車に乗って移動する費用)が存在する時に、不均衡な立地均衡が現れる可能性があることを示したことがございましたが、その時の研究でも、消費者が負担する探索費用と商業施設間の移動費用のパラメータの比率から計算されるある種の閾値が、二つのうちの一極に集中するかしないかの閾値となりました。

     マジョリティであったものがマジョリティであることを失い、社会があるオプションから別のオプション(突然変異)に移す時の、心理的なコストとマジョリティにとどまることによる利得(メリット)の関係で、ある閾値が存在しているのだろうと思います。その閾値を超えた時に、ちょうど摩擦でギリギリのところでとどまっていた安定均衡が雪崩のように崩れ、一種のドラスティックな変化、あるいは一種の突然変異に見えることが起きるのではないか、と思います。

     ちょうど、プラレールの上に、プラレールの電車をのせて、次第にプラレールを傾けていくと、ある角度(閾値)を超えた瞬間、急に動き始めるような状態、をお考えいただくと適切ではないかと思います。

    閾地とパラダイムシフト

     このような心理的なコストの変化というか、閾値として、状態がある値を超えるかどうかは、ある状況や環境の変化(例えば、国家元首の発言・国家元首の逝去・あるいは戦場での総指揮官の死去などで)に伴って発生し、それまでに徐々に蓄積されてきた環境の蓄積から得られたコストとしての閾値を急に下げてしまうのではないかと思います。その結果、別のオプションに移ることを防止していた、閾値が急に低下したことが表面化することで、マジョリティにとどまることの利得構造が変わる可能性が大きいようです。

     さらに、また、マジョリティの人数が減ることで、そのマジョリティに属することで得られる利得そのものが減少してしまう結果、社会全体が突然変異したように見えるだけなのだろう、と存じます。


     この辺りが、イノベーションのゲーム理論としてパラダイムシフトや、突然変異が発生する原因の一つの説明になるのではないか、と思います。

     うーん、ここまで書いてみて、説得的かどうか、いまいち自信がないですが。あと1回、プラットフォーム戦略としてみたときのエキュメニカル運動というか、聖餐問題、あるいは信徒受入れ問題に関して、ご紹介してみようと思います。もう一回だけ続きます。




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