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2014.08.27 Wednesday

日曜学校におちいさい皆さんが減った理由

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      お知り合いの敬愛するS先生が、おちいさい皆さんが教会学校にいなくなったのは、牧師の責任か、教会学校の教師の責任か、という面白い問題提起をしておられたので、少し調べてみた結果をちょこっと載せておこうかと。Deepなヨーダーの話は、マニアックすぎて受けが悪いみたいなので、ここらで、ちょっと一休みしながら、箸休めとしたい。

     ヨーダー、いいですよ。なんで、平和を大事にされるキリスト者の方が、「ボンフェファーやバルメン宣言ばかりやるのか?」と思う。ツツ大司教とか、ヨーダーも、ご一緒にしてくれるといいのにぃ、と思ってはいる。

    日曜学校におちいさい皆さんがいない

     では、本論。

     日曜学校におちいさい方々(子供)のいる教会は多いだろう。でも、全くいない教会もあるし、そもそも、それをやめてしまった教会もあると聞く。

     ところで、それはさておき、日曜学校に子供が減った理由は、まず、子供の絶対数が少ないというのはあるだろう。全国の統計であるので、本当は地方ごと、都道府県ごと市町村ごとに議論しないとまずいのであるが、それは皆さんへの宿題ってことで。

     こういうの書くと、「必ず不信仰だ」、「お前に信仰が足らん」とかいう人が出てきそうな気がするけど、まぁ、そのご批判は甘んじてお受けしよう。しかし、現実を知らず「祈ればなんとか」ってのもどうかとは思うけど。現実を見据えた上で、祈りをもって進むことが大事ではないか、と。まぁ、

     以下のような分析は、CS関係の図書で、すでに分析が乗っていて、対策が打たれているとは思うのだが。

    政府の学校統計から

     政府統計の総合窓口っていう、政府統計がタダでダウンロードできるサイトから拾った、全国の小学生の数ってでエクセルでちゃちゃっと作ってみたのが、以下の図1なのだなぁ。出典は、文部科学省の全国学校基本調査がソースらしい。皆さん、これくらいのことは知ってますよね。
    Fig1
                 図1 小学生数の経年推移

    減り続けている小学生人口

     1975年(昭和50年)をまぁ、基準にとりたい。ミーちゃんはーちゃんが小学校に入学するかしないかのころである。ベビーブーマー世代がひと段落して、また、児童の数が増え始めた上がりはじめのころなのである。特撮で言うと、仮面ライダーとかミラーマンあったかなぁ。アニメで言うとタイムボカンとか、名作天才バカボンとか、微妙なラ・セーヌの星とかが流行っていたころである。ラ・セーヌの星は、某地方局の夕方の再放送で高校生の頃にキッチュなアニメとして、見た。


             ラ・セーヌの星のオープニング

     児童数が、1975年には1036万人ちょいであるから、結構いたのだ。ピークが、1981年1200万人ちょっと切るくらいであるから、そこそこのボリュームがあったとみていい。なお、この世代は、バブリーな先輩たちの就職活動を横目で見ながら、自らは就職氷河期に直面した団塊ジュニアの皆さんである。就職先が少ない、人数多いと、ろくでもない状況だったのを覚えている。

     ところで、一時期は、1200万ほどいた小学生が、2014年には、660万人ちょいだから、ざっと、おおむね半分より心持ほど少ない数の児童数が小学校から、いなくなったとみていいであろう。

     そもそも、子供が減っているのだ。小学校に行くと空き教室がガラガラ、デイケアセンターになったり生涯学習センターなぞに施設転用されたり、地域の集会所に転用されたり、団地付近の小学校だと、割と活躍期間が短いまま(たとえば、10年未満)、閉校の憂き目にあった小学校も多い。

    変わる生活時間と行動
     また、生活時間も大きく変わっている。近くの市立図書館に行って、NHKの放送文化研究所が、経年的に実施している生活時間調査の統計書から、1975年と2010年のデータをぽちぽちって打って作ったのが以下の図2から図5である。

    日曜日のテレビ番組視聴の時間帯の変化

    Fig2
    図1 小学生(10歳以上)が日曜日の特定時間にテレビを見ている比率


     まず、この図を見ていると、1975年9時台に、テレビ見ていた層は10%くらいであるが、2010年調査では、30%前後ある。つまり、1975年には、小学生10人に1人はテレビを見ていたが、今では、小学生10人のうち、3人のテレビにかじりつきである。9時といえば、日曜学校をやっている教会も多いのではないかなぁ。

     その時間帯は、実はお子ちゃまにとっての番組(やや低学年向きの戦隊ものなどやプリンセスもの)の放送がある時間帯ではある。おもちゃメーカー、学習机メーカー、文具メーカーがこぞって商品化してくれるので、じいさんばあさんの財布やら、パパママの財布から、これらのメーカーさんとキャラクターの販売権持っている会社に献金がささげられることになる。

     意外だったのは、小学生にとっての日曜日のテレビゴールデンタイムは、ちびまる子ちゃんやサザエさんの時間帯ではなく、7時台に移っているという現象である。「鉄腕Dash村」とか、「さんまのからくりテレビ」なんかの放映時間帯である。小学生から見放された「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」なのだなぁ。ふーん。なお、昔関西では、この時間帯カルピス劇場の時間帯で、「フランダースの犬」とか、「アルプスの少女ハイジ」なんかのアニメやっていた。パヤオ氏が噛んでたような気がする。



    こちらは変顔ハイジ
     (おじいさんが、ののちゃん元県議に似ているような気も…)


     もう一つ意外だったのは、、日曜日の昼間のテレビ見ている率の低さである。日曜日の昼といえば、その昔「クイズドレミふぁどん」など、結構子供番組っぽいのをやっていたが、今、テレビを日曜日の昼間に見ているのは、5%程度である。この時間帯、ミーちゃんはーちゃんは、教会に張り付いているので、どんな番組やっているのかはよく知らない。しかし、家族そろってご飯食べながら家族で楽しめる番組を見るということが成立しなくなっていることはわかる。

    レジャー【外行き活動】の変化


     Fig3
    図3 小学生が日曜日にある時間帯にレジャーに行っている比率

     この図を見ていると、ほぼ傾向としては、大きく変化していないが、9時台から10時台は、1975年には、小学生にとってレジャー時間としているものが、40%を超えていたのに、2010年では、30%をやや超える程度である。日曜学校のゴールデンタイムは、レジャータイムのピークの一つであるものの、その時間は、別の活動が入っているということだろう。じゃ、それ何かって考えてみたい。

     その前に一言触れておこう。1975年に比べ、18時から19時台がレジャータイムになっている小学生の割合が増えている。日曜日の夕方が、レジャータイムになった関係で、18時から19時に、日曜日の子供がテレビを見る比率が減った分、レジャーに費やしているようである。その意味で、夕方の楽しみ方をテレビではなくて、外で楽しむ人々が増えたってことだろう。

    日曜日の午前中、塾で勉強?

    Fig5
    図4 日曜日の時間帯別の学校等で過ごす小学生の比率

     恐らく、午前中のレジャーが減った時間9時から11時の時間帯、それは、自宅外での学習時間にあてられているようである。縦軸のスケールが違うので注意が必要であるが、9時から11時にかけて、学校にいるか塾にいるかしているようなのである。15−18%の小学生が、塾なのか学校なのか、よくわからないが、日曜日の朝に勉強しているか、学校でやっている学習活動(体育クラブも含まれるかも)に行っているようなのだ。恐らく塾だと思うが。日曜学校の時間帯、子供はテレビにとられ、塾にとられているのだ。

    日曜日の昼からもスポーツしているのかな?

    Fig4 
    図5 日曜日の特定時間帯にスポーツをしている小学生の比率(レジャーに含まれる)


     この図5を見る限り、日曜日の午後はスポーツタイムになっている。昼過ぎから夕方16時くらいまでが、スポーツしている感じだ。各地にスポーツ少年団とやらができたり、リトルリーグとか、そこでサッカーやったり、野球やったりと、しているみたいだ。ミーちゃんはーちゃんが教会から自宅に戻るために電車に乗る5時ちょっと前に、泥だらけのサッカー少年団のお子さん方と電車でよく乗り合わせるが、彼らは練習がえりだったり、試合がえりだったりするのだろう。

    日曜学校なんか出る暇ないじゃん

     このデータをいじってみて、本当に思った。現代のわが国では、日曜学校なんか行く暇、日曜日には、小学生にはないのである。午前は、ちょっとだけテレビ、それが終わったら、塾、そして、塾終わったらスポーツ少年団、この子たちいつ休むんだろう、と真剣に思っちゃう。小学生、いと哀れなりである。

     日曜日は、安息日である。ボケっとする日ではなく、神との平和を確認する日であり、神の安息に思いをめぐらし、神のことを考える日なのに、それすら許されぬとは。なんという現実、なんという悲惨。

     小学生のころから、サラリーマンのおっさんみたいな生活して、サラリーマンのおっさんになって、何が面白い人生なのだろうか。真面目に考え込んでしまいそうになった。

    日曜学校をこれまでの形で維持するのは

    現代の日本では、
    困難かも

     こうやって統計データ見てみると、もはや、日曜学校という教会にとって日曜日が大事だから、日曜日に日曜学校という教会の理念だけでは、子供たちへの伝道はどんどん難しくなるし、日曜学校に子供がいない、それは、牧師のせいだとか、日曜学校教師のせいだとかは言いにくい、と思うのだが。

     日曜学校は、定かではないが、炭鉱労働者でもあった子供たちの唯一休養日の日曜日に、読み書きを聖書を通じて教えるという教会の一種の貧困者への対策も一部にあったかのように記憶している。英語の文献でちらっと眼の端をかすったはずなんだが、どれだったか、忘れた。違ってたらスマソ。

     そして、これが英国の初等教育に関する公教育制度へと1800年代につながっていったはずなんだが…。教職課程途中であきらめたので、この辺の知識がない。いずれにせよ、日本での初等公教育の開始時期と英国での初等公教育の開始時期にそれほど大きな時代的な開きがあるわけではないことだけは言及しておく。

    教会学校のそもそもの目的は何だろうか

     教会学校のそもそもの目的とは何か。それは、子供たちに神を紹介し、神が我らに与え給いし、神のことばを手渡していくこと、トラディシオしていくこと、残していくこと、聖書の言葉に力があると思いそれを残すことではないだろうか。このブログ記事の最後の本ではないが、聖書の言葉を「天の国の種」として、子供たちに、どんな実が成るか、花を咲かせるかわからずに、渡していくことだろう。

     芽は蒔いてすぐ出るとも限らない。5年や10年で出ず、40年、60年たって出る種もあるのだ。大賀ハスのように2000年たって出るやつも植物界にはいる。そんな感じで、老人ホームで、「主 我を愛す」を嬉々としてお歌いになる80過ぎのご老人もおられるのだ。

     日曜日がだめなら、別の日もあるのではないか。とはいえ、今度は、CS教師が足らんかも知らんけど。なかなか難しいけど、なんかやりたいなぁ。
     
    子どもが子供を呼ぶ日曜学校

     子どもは、自分がいいと思うと、遠慮会釈なく自慢する。それが子供だし、子供らしいと思う。つまり、子どもが子供を呼ぶのが塾の世界だったり日曜学校の世界だったり、妖怪ウォッチの世界だったり、ポケモンカードの世界だったり、仮面ライダーカード(古ッ。お許しあれ)の世界だったりするのだ。しかし、そもそも、子供がいなければ、子供は集まらない。地域に根差した子供がいなければ、教会学校は成り立たないような気がする。

     個人的には、日曜学校時代、先生一人、生徒一人という究極の日曜学校教育をミーちゃんはーちゃんは受けさせてもらった。それはそれでありがたかったが、つまらなくもあった。同世代の友達、だれもいないんだもの。これって、結構子供にしてみたら、つらいと思うよ。

    教会に同世代のいない
    教会内おひとり様クリスチャン

     実は、ミーちゃんはーちゃんにとって、教会関係で同世代のお仲間とか、ちょろっと話しできる相手とか、相談できる相手が一番増えたのは、FBやって、同世代の信徒さんの友達やら、かまってくれる牧師さんができてからなのだ。それも、自分より若い信徒さんから紹介してもらってからという実に残念な状況。

     こういう、教会にいるけど、教会では同世代では、友達のいない、教会同世代おひとり様クリスチャンって、地方部には案外多いんじゃないかなぁ。

     そういう同世代のいないおひとり様クリスチャンをこれから増やしたいのか、ってことも含めて、30年とか40年単位の視点に立ったことを、考えたいよねぇ。G.G(グランド・ジェネレーションらしいけど、要するにジジイ)になりつつあるものとしては、それを感じるなぁ。

     それでは皆さん、ごきげんよう。


     


    評価:
    ---
    キリスト新聞社
    ¥ 1,620
    (2013-05-16)
    コメント:面白いよ。是のバックナンバーに、日曜学校を考える篇があるはず。

    評価:
    ---
    日本キリスト教書販売
    ¥ 1,620
    (2013-08-22)
    コメント:韓国中国特集ですねぇ。面白かったよ。

    評価:
    バーバラ・ブラウン テイラー
    キリスト新聞社
    ¥ 2,376
    (2014-03)
    コメント:絶賛、推奨中。

    コメント
    <大きくなると来なくなる>

    だいたい中学生になると来なくなるし、男子は高学年ぐらいから・・・
    教会って教育熱心な家庭が多く、だからこそスポ少・中学受験が盛んなんだよね。
    加えて青年も少なく、専業主婦の母親・先輩ママがリーダーをやっている。
    どうしても良い子ばかり求め、良妻賢母といった古い価値難に縛られてしまう。
    そのような価値観に染まった残ってる子は、同世代から魅力の低い子になってしまう。

    だからこそヤンチャな高学年男子が嫌われるし、子供も行きたがらなくなる。
    ※その頃はギャングエイジと言って、不良とは別物なのに・・・
    女子だってリア充ほど、教会離れが進んでしまう。
    また「子供の貧困」とい言われる地域の子も、躾が悪いと言って母親リーダーは嫌う。
    ※戦後すぐは、青年会による集団ゲーム・お菓子をエサに子供が群がっていた。
    子供社会でも魅力的な子=吸引力なるのだが、そのタイプほど残っていない。

    残った男子って、覇気のない「良い子」ばかりでコミュ力も低い。
    だからと言って成績優秀・スポーツ少年でものなく、いたって普通。
    ⇒たぶん就活・婚活で、一番苦労するタイプです。
    そんなんだったら、自信のある女子は外部に求めるよ。
    • イマイ
    • 2018.01.08 Monday 12:06
    イマイさま 

    コメントありがとうございました。お返事が大変遅くなり、大変失礼しました。

    >教会って教育熱心な家庭が多く、だからこそスポ少・中学受験が盛んなんだよね。
    >加えて青年も少なく、専業主婦の母親・先輩ママがリーダーをやっている。
    >どうしても良い子ばかり求め、良妻賢母といった古い価値難に縛られてしまう。

    しょうがないですよね。キリスト教が日本で広がる過程で、中産階級を中心に広がり、クリステンドム化しないまま、すべての人を包摂するようなキリスト教になり得なかった結果なのだろう、と思っています。

    >また「子供の貧困」とい言われる地域の子も、躾が悪いと言って母親リーダーは嫌う。
    そのへんが、倫理として輸入されたキリスト教についての誤解だとは思うんすけどねぇ。自分と同じでないものを排除する人間の不具合が出ているのかもしれません。

    >※戦後すぐは、青年会による集団ゲーム・お菓子をエサに子供が群がっていた。
    こういうのも、社会情勢の変化でなくなっちゃいましたねぇ。

    >就活・婚活で、一番苦労するタイプです。
    左様か、と思います。

    >そんなんだったら、自信のある女子は外部に求めるよ。
    そうですねぇ。まぁ。慢性的に女性あまりの社会ですし。日本の教会って。

    コメントありがとうございました。お返事が大変遅くなり、大変失礼しました。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2018.04.14 Saturday 06:49
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