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2014.09.27 Saturday

Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(9)

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       前回は、矢口論文からヨーダーの平和主義を中心に、ヨーダーの主新教派とのかかわり、平和主義をどう考えるのかという矢口論文の視点を紹介した。

    なお、これまでの過去8回の連載記事は、以下の通り。

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(1) (08/23)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(2) (08/25)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(3)(08/30)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(4) (09/03)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(5) (09/08)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(6) (09/10)
     
    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(7) (09/22)

    Meta思考ができる人、できない人 ジョン・ヨーダーから考える(8) (09/24)


     今日は正義の戦争をどう考えるのかを引用して、矢口論文が提起した問題などから考えたメディアと戦争等に関することをたらたらと述べていきたい。今日は長め。

    正義の戦争と情報
     矢口論文では、正義の戦争問題と情報について、メディアとのかかわりで、次のようにご指摘である。まず、これをもとに、メディアの問題を考えていきたい。
     正義の戦争の基準を明確に理解しても、正確な情報がない限り、基準に照らした判断ができない。しかし、戦争や戦局に関する情報は、強力に戦争当事国によって操作されることを私たちは知るようになった。有事の際には情報操作が起きるのである。従って、教会が正確な倫理的判断をするためには、独立した情報収集のネットワークが必要となる。そこまで考えなければ、正義の戦争は抽象論になってしまう。(p.137)
     ここで指摘されているとおり、近代社会において成立した国民国家によって戦争にまつわる情報は、操作されることは、日本の15年戦争期の報道を思い起こせば非常に明確に知ることができよう。戦争推進本部でもあった大本営は、ミッドウェー海戦で帝国海軍にとっての虎の子部隊である連合艦隊がボロボロにされた時、アメリカ側の被害のみを意図的に伝え、それも過大に伝え、戦闘の実情を粉飾したとさえいえる。ガダルカナル島での戦争の際には、全軍バラバラになっての敗走で前線兵士たちが病役と絶望的な飢餓状態に陥っても、なおさらそれを「転身」と言ってのける粉飾をした。戦争期に国策としてメディア統合の結果生まれた現在の全国紙の前身である朝日・毎日・読売は国家総動員体制の下、大本営発表を垂れ流しにし続けたメディアでもある。今日で終わる「花子とアン」の舞台の一つであるJOAK(NHKラジオ第1の東京放送局のコールサイン)はもともと国の行政機関のノリで、大本営発表を流し続けたのである。それを反省して、放送法では冒頭で原則を述べている。
    第一条  この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
    1 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
    2   放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
    3 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。
     なお、放送法は、放送にあたるものであり、戦前は新聞法があったが、現在では新聞法はわが国にはないので、個別法の制約を受けることなく、憲法に記載された言論の自由が追求できることは付記しておく。テレビが不偏不党を謳うのは、この放送法第1条に依拠している。

    アメリカの「正義の戦争」とメディア
     アメリカは、第2次欧州戦争、15年戦争終結後(いわゆる第2次世界大戦)、旧ソ連(現ロシア)及び中国(といっても、中国は影響力が限られたので、朝鮮半島とインドシナ半島で対決したのみ)との冷戦期に入り、世界各地で直接ソ連と対峙しないものの、間接的に対峙してきた。そして起きたのがベトナム戦争である。ベトナム戦争は、ベトナムに民衆的近代国民国家を確立するという点では、確かに「正義の戦争」であるかに開戦当時はアメリカ人には見えたし、統合参謀本部と当時の三軍の長(アメリカ大統領の別称)は、そのことを盛んにアメリカ国内世論に向けて語った。

     そして、「ベトナム(というよりはアジア)に近代的民主主義を確立する」という「正義」のための「正義の戦争」であるがゆえに、戦争当初はかなりオープンに取材チームを受け入れた。そして、最前線まで彼らを案内している。その雰囲気は、ワンス・アンド・フォーエバー We Were Soldiers という映画にちらっと出てくる。しかし、戦争が後期になるにつれ、悲惨な現場の雰囲気や戦闘状況がアメリカの家庭のリビングルームのテレビで放送されたり中継されたりするにつれ、厭戦気分がアメリカ社会の中に広がっていく。もちろん、その裏側ではヒッピーたちの運動や、ババ・クリントン(ビル・クリントン元アメリカ合衆国大統領)が徴兵拒否したりとか、徴兵逃れをしたりすることなど社会の両面から起きたことはあるのだけれども。

     なお、1960年代初頭のアメリカにおける『正義』は、コンスタンティヌス的キリスト教』であり、(共産主義への対抗としての)民主主義』であった。この二つはかなり別物であるはずなのだが、当時のかなりの部分のアメリカ人の頭の中では、同一化していた模様である。

    ベトナム戦争後のアメリカの
    正義の戦争とメディア

     アメリカという国家は第2次世界大戦開戦以来、国連部隊ないし、連合国部隊という位置づけの中で、世界各国に出て行っては戦争をし続けてきた国であり、国民とその予備軍(アメリカで一定期間軍役につくと、アメリカの市民権が得られる仕組みになっている)に負担を強いてきた国である。その中には、本当にそれをする意味があったのかと思われるような戦闘行為や、あやふやな「どこぞの国が大量破壊兵器をもっているかもしれない」という情報をもとに小ブッシュがはじめてしまったWar on Terror等という戦争もあった。

     このあたりのことを考えたい人には、ミーちゃんはーちゃんはかなり左巻きな人であるので、マイケル・ムーアの「華氏911」をお勧めしておく。ミーちゃんはーちゃんは体格と性格がマイケル・ムーアそっくりなのがねぇ。

     ベトナム戦争以降の戦争、特に、このWar on Terrorでは、部隊の作戦情報の漏えい防止と部隊活動の安全性の確保、取材チームの安全性の確保をもとに、戦闘地での取材は著しく制限されるようになった。米国と戦闘地での断絶は、インターネットの世界の前には意味をもたず、情報の非対称性がそもそも成立しなかったからである。近年は、軍事無線がなくてもiPhoneで連絡を取り、iPhoneでGoogle Mapsを見ながらゲリラ部隊の皆さんも戦闘に利用できる時代である。つまり、ゲリラがスマホで使える時代であるが故の現象でもあるのではあるが。

     この結果、本来「正義の戦争」であるがゆえに、従来は堂々と取材させていた統合幕僚本部と統合作戦本部の皆様方が、取材チームにそうさせなくなっていったのである。それに伴い、アメリカでは、教会が以前は期待できたメディアによる「教会が正確な倫理的判断をするための(政府とは)独立した情報収集のネットワーク」の役割を既存のアメリカ合衆国におけるテレビや新聞といったマスメディアに依存できない現象が起きた、ということなのであろう。その意味で、「倫理的判断をするための(政府とは)独立した情報収集のネットワーク」が存在しなくなった現状では、矢口論文の指摘する

    「正義の戦争は抽象論になってしまう」

    状態がアメリカでも、そしてわが国でも起きていると言えるのではないだろうか。もう、日本の教会にとって「正義の戦争は抽象論になってしまう」という経験を、わが国では15年戦争期にも経験したし、そして、現在もなおその様な状況を経験し続けているのではないだろうか。ガザ地区の悲惨やISISをめぐる空爆、ボスニア空爆を見ても。あるいは、一連のオウム事件に絡む松本サリン・河野さん事件を通しても。

      振り返って我が国のキリスト教メディアを見るときに、既存の大新聞等が「教会が正確な倫理的判断をするための(政府とは)独立した情報収集のネットワーク」ではない現況にかんがみ、キリスト教メディアがそれに代わるかというと、取材力(人員)や資源・資金力において実に心もとない現状にあるような気がしてならない。 

    平和主義者としての
    ヨーダーのユニークさ

     ところで、ヨーダーという平和主義者が平和主義者なのに、正義の戦争論にかかわっているのだが、その背景について、矢口論文では、次のように説明している。
     第1にエキュメニカルな対話を開くためである。ヨーダーは対話相手の論理と言語を用いて対話に臨んだ。正義の戦争の伝統に立つ教会と対話するため、対話相手と同等、あるいはそれ以上に正義の戦争のことを知る必要があったのである。第2に、正義の戦争は容易に十字軍的な聖戦へと流れてしまうからである。聖戦がひとたび起こると、集団ヒステリーの中で思考が停止し、あらゆる極端な軍事行動が始まりかねない。それが歴史の教訓であろう。結局、正義の戦争の見張り番となることで、無意味な被害者を生みださないことにつながる。(p.137)
     まさに、アメリカで、War on Terrorが叫ばれた2001年の911のころ、アメリカという近代国家も、大概は能天気なカリフォルニア人も集団ヒステリー状態であった。2002年にカリフォルニアで1年過ごしたのだが、そこで、在外研究者対象としたセキュリティ関係の講習会で、2001年には、ロサンゼルスでもパスポートを持っていないのと、発音がおかしいだけで警察に通報され、コーカシア系(白人)でブロンドの北欧人の留学生がパスポート不所持で逮捕されたというような話を聞いた。普段から外国からの観光客の覆いロスアンゼルスでもそんな感じだというのだから、もうこれは集団ヒステリー以外の何物でもない。2002年から2003年もまだそのヒステリーの残滓は残っていた。

     以前にも触れたが、小ブッシュ政権は、イラク戦争を始めるにあたって、十字軍(Crusader)という用語を使っている。その時のホワイトハウスのブッシュ元大統領の発言記録はこちら。まさに、十字軍的な聖戦に流れてしまっていた感じがある。カリフォルニアの現地校の熱心なキリスト者の先生と仲良しになったのだが、その先生によると、キリスト教的な観点から平和を維持すべきだと思っていたが、学校の先生用ラウンジで戦争の是非についてすら話すことができない状態であった、と言っておられた。

     カリフォルニアにいた頃通っていた、割とリベラルな教会でも、元軍人が多かったこともあり、「イラクに行っている兵士のために祈ろう」とか、「我らが大統領は、日々神への祈りをもって政治決断をしている。こんな大統領のいるアメリカは素晴らしい」とかいう年長の信徒さんなんかもいて、普段の柔らかい物腰の皆さん方だったんで、「この人たちの頭の中は、こうなんだ」とちらっと驚いた記憶がある。

    対話における他者理解について
     個人的に重要だと思うのは、ヨーダーの対話の手法であるとされた「第1にエキュメニカルな対話を開くためである。ヨーダーは対話相手の論理と言語を用いて対話に臨んだ」という矢口論文の指摘である。

     我々が他の宗教的背景を持つ人や他の宗教者の方々と対話するときに、国家総動員法における一体化を目指したエキュメニカルではなく、多様性と他者を尊重しながらの一致点tの相違点を求めるようなエキュメニカルを目指すものとしてのヨーダーのような対話の技法を持っているだろうか、という点である。つまり、相手の論理と言語を理解して、自分自身で消化した上で対話というか護教的な対話に臨んでいるか、弁証しているか、と言われたら非常に心もとないのではないか。自分の論理を自分の言葉で振り回し、「これが真理であるぞよ、恐れ入れ、聞く耳もないものも聞け」とやっていることは、ないだろうか。

     それこそ、情報の非対称性(話している相手が話者の主題が十分理解できていない、そのことに関する情報が十分ない状態)を悪用して、対抗できない人たちに、無理やり自分が福音であると思い込んでいるものを無理やり他者に突っ込んでないだろうか。それは、どうもヨーダーの方法論ではないようだ。現代のポストモダンの世界において、このようなヨーダーの対話の技法、対話のアルテは重要なのではないか。それは、他者の意図と意味をくみ取るという、傾聴の精神にもつながるように思うのだけどなぁ。

    次回、最終回。大団円へと続く。




     
    評価:
    ---
    ジェネオン エンタテインメント
    ¥ 3,600
    (2004-11-12)
    コメント:高いんでレンタルで借りてみてね。

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