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2008.11.24 Monday

ヘブル書12章4-12節まで

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     今年中にヘブル人への手紙の学びを終わりましょうという話になっているにもかかわらず、相変わらずじっくりとした学びをしていました。


     


    今回のテーマは、罪の問題と、聖書の世界から見た教育のお話。


     


     まず、4節で、罪と血を流すまで戦う、という表現がでてくるが、これは、他人の罪を裁くことで、罪と戦うのではなく、自分の心のうちにある罪を避けること、つまり、神から離れることをいかにして避けるのか、神から離れないようにすることが非常に大切である、ということをお話しました。


     


     5-12節のところでは、懲らしめ、という表現がでてくるが、この表現は、ユダヤ人の教育システムと関係していること、その背景にはエジプトの書記官教育の話があり、そこではむちによる教育システムが用いられいたこと、しかし、神がユダヤ人を教育したそのあり方には、忍耐があり、その上での教育的配慮から、厳しい状況に直面させたこと。


     


     さらに、ここからも、信者は、一種の養子として神の家族に迎え入れられていること、そのなかで神が養育されようとしていること、そのなかの一環として、聖餐式を考えることができること、信者としてより深めていくべきことは、神との関係、神にある平安であることをお話しました。


     


     この懲らしめとか、訓練ということばがキリスト教カルトとでも使われやすいことから、カルトのどこが間違っているのか、カルト化を防ぐためには、どのように考えればよいのか、についても、最後補論としてふれました。


     


     割と皆さん、真面目に聞いてくださったので、よかったかなぁ、と思います。若い方も3人くらい来ておられましたし。


     


     しかし、絶対後1月では、ヘブル書は終わらないような気がする。無理やり終わらせてしまうようなことになるでしょうが・・・。しばらく、12章以降13章最後の部分の補論を何回かした方が良いのかもしれない・・・・。


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