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2014.07.15 Tuesday

続 日本のキリスト教会と帝國陸軍の類似性(これで終わり)

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     昨日の投稿記事が受けたので、今日は短めに。でも痛いかな。

    山本七平氏の「一下級将校の見た帝国陸軍」で
    面白かったこと
     山本七平氏の「一下級将校の見た帝国陸軍」には、旧帝国陸軍の部隊の参謀たちの上官のお気持ちの勝手なお察しに基づくとんでもない作戦命令以外にも、面白い特徴があることが記されている。それは、「員数主義」という奇妙な行動パターンである。この員数主義とは、この員数主義の存在によって、現実をガン無視が可能になる魔法のような思考法であり、それが割と日本の社会の中で多数あるのではないか、と思うのだ。

    員数主義について

     ここで、員数主義を簡単に説明すると、

     兵隊(部隊)は、きちんと支給されたものをきちんと持っていることで、定量的に兵隊(部隊)の兵力が測定可能です。そして、測定(予測)される兵力に応じて作戦参謀は作戦計画を立案し、その実行を現場の部隊に求めます。

    という考え方だったはずなのだが、旧帝国陸軍では、支給されるものは天皇陛下のものなので、兵隊はきちんと維持していて、減ったり、紛失したりするはずがないことになっている(なので、減ったり紛失したりするとまずいので、部隊内での同僚兵から窃盗が発生したり、古参兵からの私的制裁が待っていたらしい)ことから、

     兵隊(部隊)は、きちんと支給されたものをいつまでも持っている(たとえ武器弾薬を使い、食料を消費したとしても)ので、兵隊(部隊)は持っているはずのもので戦うだけの力があるはずです。そして、作戦参謀は、測定(予測)される兵力に応じて作戦計画を立案し、その実行を現場の部隊に求めます。

    になり、最後には

     兵隊は(部隊)は、きちんと支給されたものをきちんと持っていない状態でも、創意と工夫で努力し、兵隊(部隊)は持っているはずの支給品を持っているかのごとく、同じ戦力で戦わなければならないのです。そして、実態がどうであろうと、完全装備状態を想定して、作戦参謀は、測定(予測)される兵力に応じて作戦計画を立案し、その実行を現場の部隊に求めます。

    となる。

     それで、食べ物も武器弾薬も無くなっていても(武装や食料が足らないなどということを司令部や作戦参謀に言ったら、「泣き言を言うな」、「貴様、それでも帝国軍人か」、「みんな同じでそれでも戦っとる」と言われたらしいし)、武器が壊れていようが、作戦計画を実施せよ(要するに竹槍でも何でも持って戦え、ということらしい)ということが求められる残念な状況にまでなったようです。

     その極みが、防空訓練で、焼夷弾や1トン爆弾ぶちまけるB29スーパーフォートレス(今のボーイング747とか777とか787のご先祖様)に向かって、竹槍をもって戦え、となったり、「特攻精神で、銃弾がなくても、戦え」となるようです。マシンガンや戦車やB29に精神主義で勝てると思うところが、ねぇ。


    SeaTac空港のご近所のボーイング社の飛行機博物館に所蔵されているB29


     ところで、員数主義の背景には、悪しき普遍主義があり、数があれば同じ、質的条件は無視してよい、という近代の背景があると思うのですね。それが海軍だと予科練とか、陸軍少年非行兵とかを前線へ、って発想に…。頭痛い。

    教会に員数主義はないでしょ?って

     確かに、教会には員数主義はないですよね。多分。
     でも、本当でしょうかねぇ。でもよく考えてみると、地方部の教会が員数主義の弊害を受けているのではないかなぁ、と思うのですよ。オルガンの「ミ」と「ソ」の音が出なかったり、オルガン自体が壊れてようが、そこは創意工夫で賛美をしましょう。教会堂が雨漏りしてようが、そこは、創意工夫で、なんとかしましょう。必要な活動にふさわしい予算がなくても、そこは創意工夫で何とかしましょう。地方の人口減、高齢化、少子化を前にして、それでも、そこは祈りで信徒数を増やしましょう。貴教会からも、献金をもっとお願いします。ちょっと、貴教会からは献金が少ないですね。もっと祈りましょう。捧げましょう。○○教会ではこうやって信徒さんが増えたようです。こうすれば、貴教会も信徒も献金が増えるんじゃないですか。

     個別の教会の実情を把握することなく、いとも簡単に表面をちょろっと見て、数字をちらっと見て、そしてその場での思い付きのことを言い放って立ち去っていく旧帝国陸軍の参謀本部にいた作戦参謀のような人たち。

     よもや、日本の教会にこういう人はおられないと思いますが、もしおられるとすれば、なんか、旧帝国陸軍の員数主義や現場を知らない作戦参謀が現場ガン無視で勝手に員数主義で建てた作戦計画の遂行を求めたことと、なんとなく似てませんかねぇ。

    自治会でもはびこる員数主義

     自治会に対して、某自治体関連機関は、○○の募金とかでも、目標額勝手に設定して、募金をこれだけ出せって言ってくるらしいから、まぁ、教会だけの問題でもないようだけど。地域の状況も踏まえずに、人数割りで同じだけ出せ、ってってねぇ。PTAとかでもあるんじゃないですかねぇ。よくは知らないけど。

    実体を踏まえた上での取り組みと
    員数主義の残念な結果は違うかも

     もちろん、下部のリンクで紹介したロイドジョンズ先生のリバイバルという本にもあるように、リバイバルが起きる前には、その地域で熱い祈りがあったことも確かでしょうし、リバイバルを神が起こされる前には、祈りによる準備があったとは思う。しかし、それは地域の現実(特殊性や特徴)をも踏まえた上で、そして、地域も、そして、日本全体のキリスト者も、祈り、整えられ、そして、リアルな現実を踏まえた上で、それでも、それぞれの地域とその実態に向かっていく(伝道する、あるいは、神の支配が来た、というイエスのことばを宣言する)ことではないか、とも思うのだなぁ。

     それを、向き合うべき社会やその実態のことを全く考えもせず、これでやればうまくいく、といってほかの人やほかの教会がやって、ちょっと成功したのと同じことをやっていくことを求めることは結局、現地の消耗と疲弊と、モラルハザード〔やる気の喪失〕だけを招くんじゃないかな、とも思うのだなぁ、これが。

    員数主義、悪しき普遍主義の結果の例

     最後に、員数主義と悪しき普遍主義で思いつく事例をご紹介しますね。もう、実態としては非常に印象が薄い地域が多いと思うのですが、駅前にあるような商店街には、昔は、○○銀座と名前が付けられ多商店街があったものです。そして、日本全国に数えられない程の本物の東京都中央区の東京駅南側にあるような銀座とは程遠いミニ銀座ができました。
     そして、ミニ銀座には、傘をささずとも買い物ができるという触れ込みの麗々しい触れ込みのアーケード(たぶん、銀座そのものにはアーケードはこれまでなかったのではないか、と思いますが)ができました。商店街はアーケードや歩行者専用歩道を設け、歩道をカラー舗装をすることで、経済的に繁栄するはずでした。しかし、「今、現実はどうなっているのか」は、皆さんご存知の通りです。

    まとめ
     日本のキリスト教会は、悪しき員数主義や普遍主義に毒されておられない、と確信しておりますし、そして、祈りをもって、地域の現状をしっかりとにらみつつ、神の祝福に備えておられるものと存じ上げます。そして、ミーちゃんはーちゃんも、神と共に歩むものとして、神の民の末席にいるものとして、日々のキリスト者としての皆さんの存在そのものがMissionalな存在であり、今は結果が見えなくても、将来豊かな実を結ばれることを期待しつつ、「御国が来ますように。み旨が成りますように」と祈っております。





    評価:
    価格: ¥586
    ショップ: HMV ローソンホットステーション R
    コメント:面白い。帝国陸軍の思考パターンが行動に表れているのがよくわかる。

    評価:
    D.M. ロイドジョンズ
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    (2004-10)
    コメント:ロイドジョンズのリバイバル論。

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