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2014.06.12 Thursday

枠を出ることの重要性を示す名著 預言者の想像力 

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     本日の投稿は短め、読みやすいはず、と思う。内容的にはかなりヘビーだけど。

     本日ご紹介する書籍は 「預言者の創造力」日本キリスト教団出版局 W.ブルッゲマン著 鎌野直人訳 2014年3月)である。

    預言者とは、憐みのこころをもって枠を超えた人

     基本、この本の主張は、預言者とは、預言者が置かれた当時の社会の問題、特に支配的な諸力(政治体制や宗教体制、聖書理解などの誤解を含む)に対して、著者のことばを使うと、対抗的に(ミーちゃんはーちゃんの用語を使うと、現状の枠を超えたところから眺めてみて、従来の枠組みの中では考えることができない視点から現状を見て、現状を打開する方向性を示すように)思索し、そして現状に対して、対岸にあるか如きものとして、自分とは関係ないこととして単に批判するのではなく、痛みをもって、シンパシーをもって、あるいは、スプラングニッゾマイをもって発言することの大切さを言っているように思う。

    支配的な諸力に「別の生き方があるんじゃない」
    と言っちゃうのが預言者

     つまり、現状の支配的な諸力(この本の中では主に旧約聖書とイエス自体を扱うので、王制と呼ばれる)に関して、その支配的な諸力が支配的であるがゆえに発生してしまう諸問題を批判するために起こされたのが、預言者であり、「今、この生き方が主流(支配的)だけど、ほかにも生き方があるんじゃないすかねぇ」って無意識に言っちゃう、いえちゃうのが預言者的な存在でもあるのではないか、という問題意識の提起がなされているように思うんですね。

    現状維持を求める王族意識を強化するか
    神が何を求めておられるのかを求めるのか

     この本を読みながら、王族意識は王族意識を強化し、仮に問題があっても、それを見ない振りし、現実をあまりに重視し、そして自分たちの権力基盤となっている現状の維持を強化する方向にしか働かず、本来のものから次第に遠ざかることを生んでいるのではないか、それを批判することが預言者の役割だろう、とご指摘である。そして、それこそ、神と共に生きる民であれば、現実に振り回されず、神がどのように思っておられるのか、ということに思いをはせ、そして、主の祈りに見られるように神の見思いを求めるべきなのでは中、そのためにメタ思考(現状の思考の枠組みをその枠組みの外から見るような思考法)で眺め、発言すべきなのではないか、ということが、手短にまとめてしまうと本書の主張である。
     なお、現実に振り回され、王権を強化する方向にのみ動いたのが、復活を否定し、神殿に立てこもったのがサドカイ派であり、イエスが最後まで理解できなかったのではないか、ということも思わされた。

    キリスト教界にはびこる?王族意識

     この本を読みながら、いま日本のキリスト者の一部に自分たちが神の救いにあずかっているという選民意識(この本で言う王族意識)を持ったり、現状の社会の支配的な概念である豊かさを求めるかのような繁栄の神学に走ったりすることが、本来の神の民がするべきことか、ということを思わされた。
     そればかりではなく、このことは神学的な枠組みについてもいえるのではないか、と思った。自分たちが受けた神学的な枠組み、それが千年王国主義であれ、ピューリタニズムであれ、ディスペンセイション主義であれ、リベラリズムであれ、何であってもよいのだが、その中にもぐりこみ、それを強化し、防御壁を強固にすることしか考えないような神学的思惟というのか、聖書理解のありようとはいかがなものか、というようなご指摘に聞こえて仕方がなかった。

    預言者はつらいよ

     もちろん、すべての人が預言者である訳ではない。預言者的役割を持つわけでもない。また、持てるわけでもない。しかし、偉大な学者や芸術家と呼ばれる人は、皆、このような預言者的性格を持っていたのだと思う。神学の分野で言えば、ルターやカルヴァン、もっと近代になれば、ボンフェファーやバルト、ジョン・ヨーダーなどが明らかにこういう思考法持っていた(と思う)。音楽の分野ではモーツアルトやショパン、絵画の分野では、ボッティチェリやツィツィアーノ、ゴヤ、ゴッホ、スーラ―、ブレイク、ピカソ、岡本太郎など、建築で言えば、フランク・ロイド・ライトやル・コルビジェである。それはほかの学問の世界でも同じである。一握りの天才と呼ばれる人のみが、従来の枠を超え、新しいものを生み出していくのだ。それらは、以前にあったもの再発見であるかもしれず、真に新しいものといえないかもしれないけれども。しかし、従来の枠を破ったところに意味があるのだ。

    枠は最初は必要、でもどっぷりつかる人と
    それを抜け出す人の違い

     ただ、この枠を超えるためには、いったん枠にどっぷりとはまることが必要なのである。そのうえで、枠を超える決断をする一部の勇気あるもの(乱暴者)と枠を超える決断ができない大多数の秀才または普通の人に分かれるのだろうと思う。ただ、勇気あるものの前に称賛が用意されているかといわれると、称賛は用意されておらず、単に不幸が待っているだけ、というのもまた、預言者の一つの側面なのである。ミーちゃんはーちゃんはどっち?って聞かれたら、多分、大多数の普通の人の側だと思う。乱暴者になりたいけれどもなれない自分がいることは知っている。

    日本でこそこの本は売れてほしい

     ということで、非常に優れた本であると思うが、これが理解できるのは、預言者的な人だけかもしれないと思うと、日本では、この本は売れないだろうなぁ、と思うのだけど、地上の王権に巻き込まれ、長い物には巻かれろという、精神性の強い日本であるからこそ、この本の読者が増えてほしいと思うが、無理かなぁ。

     


    コメント
    創造力じゃなくて、想像力だよ
    • 訳者
    • 2014.06.12 Thursday 07:56
    訳者様

    ご指摘ありがとうございました。田植に立ちあいで出ておりましたので、修正が遅くなりましたが、自宅に戻り、修正いたしました。

    訂正のうえ、謹んでお詫び申し上げます。

    ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2014.06.12 Thursday 21:50
    「枠を出ることの重要性を示す名著 預言者の創造力」←ここは、まだだったみたいにゃん(=^・^=)
    お鹿殿、

    ありがとう。御礼申し上げ候。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2014.07.11 Friday 07:50
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