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2014.05.21 Wednesday

NTライト Kansasで語る(1)

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    結構重要なネタをしていると思うので、メモ代わりにするだけじゃもったいないんで、皆さまにもちょっとシェアしようかと。

    元ネタは、こちら、から



    Facebook上で、約ひと月前、NTライトがKansasでの講演を紹介していたので、聞いてみた。聞きとりながら概要をまとめるとこんな感じかも。

     オープニングは、アメリカのユニテリアンでのイギリス人のアクセントのみが受けたとジョークの話をしていた。

     パウロが言っている福音の宣教について話す予定であるとまず宣言。

    福音ってこんな感じだったかも

    福音とは、ある人にとっては非常に喜べるけど、別の人にはチンプンカンプン。
    このことを
    アトランタ滞在中にイングランドがオーストラリアに勝った時の話でしていた。
    アメリカ人はきょとん、となりにいたオーストラリア人はふしぎそう。大英帝国にいる娘は大喜び。
    (ラグビーのギャグやや滑り気味かな・・・。イギリス人だったら爆笑だと思うけど。)

    GoodNews(福音)とはそんなものだ、ということで、福音というのがどういうものかの解説
    福音の根幹に何があるかの議論
    福音とはまったく新しいものだった
    復活はないとした、復活が信じられないドイツ人学者との対話
    復活が新しい意味を人々に与えた。復活や福音はStrange Gift
    あまりに素晴らしいので、どこに行けないわからないほどのプレゼントに似ている。
    新しい神の知り方を与えたものと言える
    愚かでスキャンダラスだった福音
    重要な3つのこと

    神を知ることと天と地がつながるところ、
    神を指し示すところである教会

    ◆神とは何か?神を知るとは何か?
    Godと言うことばは?付きでギリシアでは議論されたものであった
    ネルソンマンデラとセルフィーする神が描かれたマンガの話で天国とはそんなもんじゃないという話。
    天と地が結びついている、わかれているわけではない。
    Unknown Godは現代の存在している。
    カテドラルに来る刊行客や見物人など多くの現代人は、Unknown Godと同じでは?
    娘の友人で
    無神論者がカテドラルを回った後、泣いていた。意味もわからなくても感動していた。それはカテドラル自体がイエスを指示していたから
    まずイエスを見ることで、神が見えるのではないか。その重要性。
    天と地が一つになるということの重要性。

    正義、公義とイエス
    そして教会

    ◆正義に対する若者の情熱
    民主主義と正義との関係
    アメリカ人いじると受けるアメリカ人
    イザヤ11章
    イエスと正義との関係
    ローマ8章に示されたパウロのビジョン(すべてが新しくの意味)
    痛みや悲しみがあるところに立ち、祈ること、神の愛と平和を伝えること、それが教会の目的。薄っぺらい勝利主義を伝えるところではなく(禿同)
    18世紀(啓蒙主義)が変えた神の理解
    天に行く方法を伝えることもいいけど、正義をどう実現するかも福音なのではないか。
    Powerの再検討としての福音が存在
    イエスは、地獄に入れるためのいじめっ子としてきた神ではないよ。

    西側の教会の危機とアウトリーチ
    ◆西側の文化の現在の危機と機会

    Postmodern DentistとPreModern Dentistのギャグ(虫歯を直すのに、近代前の治療方法でも嫌だろうし、どうなるかわかんないような変わったポストモダンの治療を受けるのも嫌だろう。現在の治療を受けたいのではないか)
    18世紀が世界観を変えたとしているが、そもそも新しい世界が生まれたのは、イエスが復活した時だろう
    モダニストの問題Progress哲学(エピキュリアン思想)の問題
    キリスト者の物語は愛の物語であり、権力の物語ではない。
    どのように世界が変わっていくのか、キリスト教が変えていく世界のものがたり
    2-3世紀のローマ迫害下でクリスチャンになった普通の人々
    貧しく病気の人々が教会で教育とケアを人々に与え始めたのが教会。
    だからこそ、ローマ時代に人々が教会に集まった。
    Bishopの業務仕様書(聖書)にある病者と貧しい人々のケア
    愛を求めて人が集まり、そしてそれが教会の外に流れ出ていった。
    理論に関する議論に勝ったからではない。
    知恵とヴォケイションを求めて祈ることの重要性
    これはモダニスト、ポストモダニストが語れない物語、愛の物語を生きるべきではないか。(なんか、ボンフェファーの話を聞くようだ)

    質問タイム
     Q復活についてKingdom is still contingentという問題。
     Aイエスは、復活後、宇宙旅行したのではないミーちゃんはーちゃん 大爆笑)
     天とは、CEOオフィスのようなものだ。そこに権威が存在し権能をもつ人物がいる
    (超わかりやすい)

     神は、戦車を送って解決するのではなく、山上の説教の方法で解決する

     QNTライトは何をしようとしているのか?
     A西側の人々はステレオタイプなキリスト教イメージをもっている。
    それを打破しようとしている。
    (そうしてください、日本のキリスト者のためにも)


     Qパウロが律法Torahについていることについて
     A神の裁きについて 物語がレイヤを重ねるようにパウロは書いている。
      神の不思議な目的をお持ちの方である。
     神は悪いことしか律法で言ってないという理解がクリスチャンに蔓延しているのは問題

      カルバン派とルター派の理解の違いが存在。
      アブラハムの家族が、問題と解決を両方とも併せ持って生きている。(これ重要)
      アダムの問題でもある。

     Q教会と社会的正義について? マーケティング的なキリスト教への対応はどうすべきか?
     A問題を抱えた地域での学校経営に乗り出した話から得られた知見。
    あれた地域にある荒れた公立学校を教会立学校に変えたときの経験。
    教会立になって、授業にきちんと来る教員になったこと。
     このように社会において様々なキリスト者の生き方を通してインパクトを与える
    (賀川豊彦みたいだ。)



    こんな感じでしょうかね。()はミーちゃんはーちゃんによる。

    感想
    スケールの大きな聖書理解

    やはり、復活が軽く扱われることは問題なのだ、と思った。復活こそ、世界の大転換点であり、ノアの洪水のときに天から上の水がどっと流れ込んだように、イエスの十字架の時に点から神の国の一部がどっと流れ込んだんだろうなぁ、と思うてしもうた。スケールでけぇー。

    天国教だけじゃダメみたい
    この地上で、神の国と地が結びついたのだろう。だってイエスは、ルカの福音書で、天の国はあなた方のただなかにある、とおっしゃっておられる。そのことの意味を味わいたい。そうか、天国教だけではいかんのだなぁ。内村先生スマソ。内村先生は、御自身のことを天国教だと書いておられるが、それじゃいかんのです。「この地でも神の国」教、『この地における神の国支配」教でないと。

    教会という建物再考
    以前にも、「
    教会という建物について考えた」や「教会とオープンネス ー現代社会における教会」というブログ記事でも既に指摘していることではあるが、教会の建物すら、神の国を指し示すべき、ということは考えるべきかもねぇ。教会堂は西洋建築の華、大輪の薔薇か牡丹みたいな存在なのよ。建築業界では。でも、この西洋建築の華、日本ではあまり大事にされてない気がする。そりゃ、しょうがないんだけどね。よくわからずに使ってきたし、建築してきたから。ソリャ、腐っても2000年近く宣教地であれば、それなりの者ができるんだろうなぁ。形ばかりまねしても仕方がないんだろう。

    教会は何をする場か?
    しかし、天国に行くということも語ることも大事だが、
    それとともに、痛みや悲しみがあるところに立ち、祈ること、神の愛と平和を伝えること、それが教会の目的と解説しているところはいいなぁ、と思った。まるで、ナウエンの本、ジャン・ヴァニエの本を読んでいるみたいだった。教会は、薄っぺらい勝利主義を伝えるところではなく、重厚で、濃厚な神の愛を不完全な形ながらあらわすところである、というように聞こえた。福音の中に地上における正義を含むというところは、非常に重要な視点であると思う。これは、カンポロやSojournersのJim Wallisとの主張と共通性があるように思えてならない。

    語るなら基礎を抑えて語ってほしい
    また、最後の部分で、教会は、そしてキリスト者は
    愛の物語を生きるべきではないか。という部分の解説は、なんか、ボンフェファーの話を聞くとこうだったのかなぁ、というような印象を本気で受けた。

    このことについて、ある方のツィートをうけて

     
    NTライト君によれば、教会ってのは、神の愛が社会の外側に流れ出ていくところなのだそうで。権力のコミュニティではなく、愛のコミュニティであり、神の愛がこの世界を変えていく物語のプレーヤーなのだそうで。キリスト教の愛が世界を変える現実を示す場見たい。」


    と書いたところ、

    社会への影響力の達成のために、牧師が政治・経済評論家のように社会情勢を説教することはどの程度効果があると思いますか?」


    と尋ねられたので、個人の考えとして、

    あまりないと思う。よほどちゃんと勉強してない限り。教会は愛のコミュニティをまず説くべきで、牧師の経済現象に関わる床屋政談の場にするのは、あかんやろ、と思う。」


    とつぶやいた。このつぶやきは、牧師が発言してはならん、ということではない。発言するなら、近代経済学、ミクロ、マクロ、(マルクス経済学も一応)、厚生経済学の基礎を抑えたうえで語ってほしいということなのだ。

    学部の1―2年生でわかる基礎的初歩的な議論を踏まえずに、それらの理論体系を無視して情念で経済現象を語れば、基礎的なことを学んだ、ちょっとまともな学部生からすれば、「この牧師先生の議論は信用ならん、ひょっとして、語っておられる聖書の内容までもおかしいのではあるまいか」とならないだろうか。扇動されやすい人々ならいざ知らず、一応最高学府であることにしてもらっている大学で学んだことになっている以上、批判的思索をするのは当然だと思う。それを「牧師のいうことを聴けないのか」と逆切れするなら、もはやカルト一歩寸前だろう。敬愛するマクグラス先生は、薄いけどいい本で、Doubting(疑うこと)という名著を書いておられる。

    面白かった質疑応答

    後、質疑応答が面白かった。イエスは復活後天に昇ったことに関して、宇宙旅行したのではないと言ってみたりするところは面白かった。あと、旧約聖書の「天」、すなわち神がおられるところ、神の御座、をCEOがいるところ(社長室)みたいだ、と言ったのには、うまい、と思ってしまった。

    あと、パウロの律法理解も面白かった。特に、
    アブラハムの家系につながる、イスラエル民族自体が神に逆らい続けるという問題と神がそこに臨在するそして、イエスが神として臨在するという解決を両方とも併せ持って生きている、それがモーセ5書の主張という視点は、非常に重要だと思った。

    しかし、ライトってのは大英帝国人らしい
    大英帝国人。元ダラム司教だから、当たり前か。ブラックジョーク好きってのがね。しかし、大英帝国人風のジョークはアメリカ人の若者には受けないなぁ。この回の講演では、結構、滑りまくりに滑ってた。笑っていいよ、ここは笑わないと、って突っ込み入れたかったなぁ。




     
    評価:
    Alister E. McGrath
    IVP Books
    ¥ 1,415
    (2007-01-30)
    コメント:薄いけどよいよぉ。英語もそう難しくはない。

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