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2014.04.30 Wednesday

宇宙戦艦ニートならぬ宇宙戦艦 KNSHNSHをうたってみた

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     一部に向けてFacebookで受けたので、連休企画、特別公開!

     やや短め。イタ記事のご紹介。実は難度は高いかも。

     このブログ遊びをしている(ミーちゃんはーちゃんはホモ=ルーデンスなのでしょうがない)ときに教会は宇宙戦艦チャーチなんじゃないか、と思っていた(ココロは、劇場版宇宙戦艦ヤマトは、新作ごとに拡散波動砲発射して、宇宙のチリになっているはずなのに、その次の劇場版宇宙戦艦ヤマトが公開されるたびに奇跡的に復活するからである)。そして、そんなことを思っていたら、宇宙戦艦ニートという動画を思い出した。


    宇宙戦艦ニート!?
     宇宙戦艦ニートの動画は以下の通り。




    宇宙戦艦ニートの歌詞を拾うとこんな感じ

    --------------------------------------------------------
     さらば職安 働いたならば 負けだと(以下略)

    ニート


    高校終わり いざ働くと 意気込んでたら この現実

    内定きまらず バイトはめんどい ならば いっそ ニートでいいや

    無収入でも親がいるさ 老後はどうする?

    年金もらえぬ

    ニート




    さらば社会よ 愛する親よ 始終パソコン

    ヒッキー

    己が道を貫くために 親を振り切り 部屋の中へ

    別れじゃないと 心で叫び いま暗闇の部屋の中へ

    働かなくても 親がいるさ 病気になったらどうする?

    保険がきかない

    ヒッキー


    --------------------------------------------------------

    あれれ、何かと似てるぞ?
     この曲を聞いていたら、あるカルト化したキリスト教会の被害者の方を思い出してしまった。その方のKNSHNSHにさせられた方の体験談と、この宇宙戦艦ニートがあまりに重なったからである。キリスト教界の名誉のために言っておくが、すべてのキリスト教会がこんなカルト化した教会のようではない。

     ミーちゃんはーちゃんにかまって、ネット上でも、リアルでも遊んでくださったり、かまってくださる牧師先生方は、非常に立派な方々である。学識、人格、信仰、敬虔のすべての面において尊敬に値する先生方ばかりである。


    小説沖方晴夫牧師との類似性
     しかし、このブログにコメントをお寄せいただいている方々のお話しをお聞きしたり、カルト化した教会の被害者の方のお話しをお聞きしたり、伊那谷先生の書かれたもの(小説 冲方晴男(うぶかたはるお)牧師 全話)を拝見する限り、以下の替え歌『宇宙戦艦KNSHNSH(KNSHNSHはヘブライ語見たいに子音だけで書いた)』のような非常に安易な献身をした牧会者により運営されている教会がある可能性が出てほしくない、という思いで書かれておられた。そうなってほしくない、という思いで書かれていることがひしひしと伝わってきた。この話がフィクション(ハクションじゃないよ)であることを、ミーちゃんはーちゃんとしては、神に求め、ソリチュードしていることは、一言触れておく。ソリチュードは、以下のレビュー参照。

     で、宇宙戦艦
    KNSHNSHの歌詞はこんな感じかなぁ。
    ---------------------

    さらば職場よ 働くことは 世俗的だと

    KNSHNSH

    高校終わり いざ働くと 意気込んでたら この説教

    内定きめず バイトはめんどい ならばいっそ KNSHNSH

    無収入でも教会あるさ 老後はどうする?

    年金もらえぬ


    KNSHNSH

    ーーーー間奏ーーーー

    ラテン語できない、ギリシャ語わからん、へブル語読めない

    KNSHNSH

    現場に出ても 話もきけぬ 
    トラクトまけぬ 説教書けない

    それなら ネットだ 頼りは Google

    コピペしても 誰も気にせず

    ばれたところで 逃げればいいさ 単立教会 

    開拓伝道


    KNSHNSH

    ーーーー間奏ーーーー

    さらば社会よ 愛する親よ 始終伝道


    KNSHNSH

    己が道を貫くために 親を振り切り 危険地帯へ

    別れじゃないと 心で叫び いま暗闇の神学校へ

    働かなくても 教会あるさ 病気になったらどうする?

    保険がきかない


    KNSHNSH

    ---------------------

    ある若者向けの研修会で
    と書いてたところに、こんな投稿(その一部)が。その方の素晴らしい投稿を以下で紹介する。(引用者註:ある若者キリスト者向けの研修会でその最後に司会者からの発言として、)

    「この中で100%献身したい人手を挙げてください。ここで私が言う献身者とは、単なる教会の賛美リーダーとかそういう人ではなくて、牧師、伝道師、宣教師として、24時間365日を捧げる人のことです。中途半端な献身のことではありません」とのことだった。

      なんということだろう。私は、どんな仕事をするのであれ、キリスト者であれば100%献身者であると信じ、そう教え続けてきた。しかし、このM代さんにとっては、後ろで音楽を演奏してくれている人も、音響も照明も中途半端な献身者なのだ。それだけではなくて、ステパノ(教会の最初の殉教者、食事係)も使徒パウロ(献金からではなく、テント作りの仕事で生計を立てていた)も、この基準では中途半端な献身者になってしまう! そして、教会が真剣に主に捧げきるのならば、全員が牧師、伝道師、宣教師にでもなるのだろうか?

    というまっとうなご意見を紹介した後、上の替え歌の一部を紹介したら、敬愛してやまない塩屋の舎監先生から、鋭い突っ込みをいただいた。(K先生、どうもどうもどうも。)

    Vocation(召命)と
    Dedication(献身)の混乱
    う〜 ん、「献身」ということばが正しく用いられていない現実は変わりませんね。もちろん、フルタイムの働き人は必要ですが、なんかそれだけを「献身者」と呼ぶ 風潮、なんとかなりませんかね。だから、「献身」ということばは使いたくないんです。召命。あなたの召命は何ですか、という問いかけが必要ですよね。

    とVocation理解が問題でないかというご指摘をいただいた。そうなんですけど、私に言わんで下さいよぉ。ソリャ、こうやってミーちゃんはーちゃんは揶揄したり、冷やかしたりなら、できますけど…。


     ミーちゃんはーちゃんとしては、こういう安易なKNSHNSHの方々はおられないと確信している。なお、危険地帯に好んでいく隣国の短期伝道師の話は、福音と世界2014年5月号の「記事市民K 教会を出る 16」参照


    参考文献
     ヘンリ・ナウエン 静まりから生まれるもの あめんどう
     金鎮虎(2014)”
    記事市民K 教会を出る 16  世界に向けて、無礼な宣教者となれ! ー『宣教立国』の社会心理学”,福音と世界 2014年5月号, pp.50-55.




     
    評価:
    価格: ¥972
    ショップ: オンライン書店 BOOKFAN
    コメント:薄い本だが、内容は濃い。上質のチーズケーキのような本

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