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2013.08.03 Saturday

ホーリスティックということなどについて

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      その昔、計画論の授業を大学院で受けていた20数年前や、もうちょっと最近、Mitroffの本を読んでいたころ、ホリスティックな問題意識に立った計画論や問題解決の諸手法が少し視野をかすめてたことがあった。

    分析的な西側的な思考法と近代科学

     基本、西欧文明の中で作られた研究の方向性の概念が、きわめて分析的な視点からのものが多く、細かく分けて、顕微鏡で、超極小メスまでつかいながら、細かく分断して調べていこうとする傾向を持ったことに対して、反動が出たようだ。1980年ごろから。ミーちゃんはーちゃんが読んでいたものは、これらの分析的に、細かくなった計画論とその結果を見たときに、計画論側からの反省とでもいおうか、分析的に調べていって本物がつかめるのか、本来見るべきものを見てないのではないか、見逃した部分を十分評価していないものではないのか、もっと勇気的なつながりに関して再考しながら考えようではないか、というような意識に立った論文や本をいくつか読んだことがある。もう大半は忘れてしまったが。

     対象自体を分析的に理解するのではなく、ブラックボックスはブラックスボックスのままにしておいてインプットとアウトプットを見て、システムとしてとらえ、有機的なシステム全体の挙動を見つつ、対応を考えたり、計画を考えていくような話であったような気がする。もうこの分野の研究に関心がなくなって長くなるので、最近の研究はどうなっているかよくわからないけど。

    ブラックボックスを処理して
    とりあえずわかった気になっちゃう傾向

     ある面、必死になってブラックボックスの中身を手を変え品を変えして調べてきたのが、近代の科学であり学問であり、そこには細分化があり、数式に置き換えたりかなり無理矢理に解析してモデルを作って、ほら、こうなってるから、こうでしょ、というような研究がミーちゃんはーちゃんの周りでも多いような気がする。でも、この手の研究って、現実の一側面しか表せない。対象の全体の動きを追いきれないので、無理やり動きを追い切れる範囲に収めちゃうって、ってやっている部分がどうしてもある。でないと、論文書けないし、限られた時間でやる上では、研究にならないから。

     でも、実体は違う。実体は違っていも、それをミーちゃんはーちゃんみたいにグダグダ書いていたんでは、月日は百代の過客にして・・・で日が暮れてしまう。だから、無理やり収められる範囲に収めちゃまずいってわかってて、それでも無理やり押し込んじゃう。あるいは、問題の枠組みのための境界線をビシバシ何本も線を引いて、「この範囲以外は対象外です」って宣言してやっちゃう。手っ取り早い方法で収めちゃう。その方がわかりやすいし、見た目にきれいなことが多い。だって余分な要素を全部そぎ落としちゃうから。

    実体をきれいにしちゃったら、あれれ?

     でも、ある実体をもとに出発したにもかかわらず、出てきたものは、体系だってきれいだけど、「これって、ほんとに同じ現実からモデル化したもんですかい?」っていうほどに別物になっていることがある。

    それでいいんですかい?

     多分、リベラル派と呼ばれる皆さんの聖書理解にしても、福音派と呼ばれる皆さんの聖書理解にしても、どっかこっかでこのような処理のしやすさ、扱いやすさ、理解のしやすさを目指してしまったが故の単純化がなされたのだと思う。そして、単純化されたものを基礎としての精緻化がなされていて、元の実体とはとんでもなくかけ離れちゃうことがある。

     そんな状況に対して、「え、それでいいんですかい?」ということが最近再検討されているんだろうと思う。この前ご紹介したゴンビス先生やマクナイト先生の福音の再発見なんてのも典型的かも。

     指輪物語のサム君(フロド君の従者のデブの兄ちゃん)みたいな役回りのミーちゃんはーちゃんにとって、灰色のガンダルフみたいな存在のTaka先生は、そのことに現在格闘中でいらっしゃってるので、サム君なるミーちゃんはーちゃんは「旦那様方のような難しい話はあっしゃにや分かりませんが、彷徨うなら一緒にお付き合いいたしますぜ。旦那様」ってノリでぼーっと考えている。

    ホリスティックな考え方で
    聖書を読む動き

     小嶋先生のブログでは、ゴードン・スミスの文章から出発して、ビリー・エイブラハム先生のお話なんかが紹介されている。そこで持ち出された概念が、ホリスティックというか、全体を見てなるほどこうなっているのか、とか理解してみたり、もう細かくみじん切りにメスで分割したり、顕微鏡しながら手術するように分断するのをやめて、物語として聖書全体像を見て有機的なつながりを重視しながら理解しようとする動きにつながっているのかなぁ、と荷物持ち役のサム君としては思う。

     要するに、これまでの分析的なパラダイムできてしまった聖書理解を一度やめて、ちょっと引いてみた目で、素朴にもう一度聖書がどういっているのか考えましょうぜ、味わいましょうぜ、という感じだろう。

    うまいもんは、うまい

     某「料理の鉄人」にでていたグルメ評価者のように、「このお料理のバルサミコ酢の使い方がうんたらかんたら」とか「ちょっとバニラを利かせすぎたかもしれませんね。うんたらかんたら」とかいうのをやめて、もっと素朴に「うまいもんは、うまい」と聖書を味わったらいいんじゃねぇの、ということなんかなぁとも思う。かなり粗っぽく言うと、ホリスティックな研究ってのは、ただ、うまいもんはうまい、って終わっちゃう部分があり、全体像としてとらえようとするため、かなり大味な感じは否めなくなるのかなぁと思う。

     ということでTaka先生の迷い道にちょっこしお付き合いしてみましたとさ。でも、しょせん荷物持ちだからなぁ。アメリカの空港の貨物室に入れる荷物のハンドラー並に扱いが荒いのはしょうがない。(ちなみに、彼らはスーツケースを機体から降ろしたり積み込んだりするときに放り投げる習慣がある。そっちの方がしんどいのではないかと思うのだが。サンフランシスコでもそうするグランドクルーを見たし、サンディエゴでも、LAXは言うに及ばす、SeaTacでも見た。そうでないとやれないらしい。日本では、チェックインした荷物をあそこまで憎たらしげに扱うグランドクルー見たことがないけど)

     というようなことをTaka先生の彷徨にお供しながら、最近は考えている。
    評価:
    ドナルド・C・ゴース,G.M.ワインバーグ
    共立出版
    ¥ 2,100
    (1987-10-01)
    コメント:考える、ということのヒントをくれるかもしれない。

    評価:
    G.M.ワインバーグ,木村 泉,ジェラルド・M・ワインバーグ
    共立出版
    ¥ 2,940
    (1990-12)
    コメント:古い本だが、なかなか味わひがある。

    コメント
     最近は固い殻と棘が付いていたり、地雷トラップがバラ播かれていたりと、年寄りには消化しづらいものが続きましたが・・・。

     ご存じかと思いますが
    Bradford Hill criteria
    The list of the criteria is as follows:

    1.Strength: A small association does not mean that there is not a causal effect, though the larger the association, the more likely that it is causal.[1]
    2.Consistency: Consistent findings observed by different persons in different places with different samples strengthens the likelihood of an effect.[1]
    3.Specificity: Causation is likely if a very specific population at a specific site and disease with no other likely explanation. The more specific an association between a factor and an effect is, the bigger the probability of a causal relationship.[1]
    4.Temporality: The effect has to occur after the cause (and if there is an expected delay between the cause and expected effect, then the effect must occur after that delay).[1]
    5.Biological gradient: Greater exposure should generally lead to greater incidence of the effect. However, in some cases, the mere presence of the factor can trigger the effect. In other cases, an inverse proportion is observed: greater exposure leads to lower incidence.[1]
    6.Plausibility: A plausible mechanism between cause and effect is helpful (but Hill noted that knowledge of the mechanism is limited by current knowledge).[1]
    7.Coherence: Coherence between epidemiological and laboratory findings increases the likelihood of an effect. However, Hill noted that "... lack of such [laboratory] evidence cannot nullify the epidemiological effect on associations".[1]
    8.Experiment: "Occasionally it is possible to appeal to experimental evidence".[1]
    9.Analogy: The effect of similar factors may be considered.[1]


    1.関連の強さ t
    2.人、地理、時間的な一貫性 t
    3.関連の特異性(1つの原因に対して1つの結果) t
    4.時間的な前後関係(原因が結果の前に起きる) t
    5.用量が多いほど反応が強い t
    6.生物学的な蓋然性 t
    7.過去の経験や知識との一致 t
    8.実験に基づく証拠 t
    9.類似性(他の事例から類推できる) t



    The Scottish Confession of Faith Chapter 20

    But if men, under the name of a council, p
    • ひかる
    • 2013.08.03 Saturday 16:09
    ひかるさま

    コメントありがとうございました。

    はい。硬い殻やら、とげとげやら、すいません。いや、本人がしているつもりはないんですが、まぁ、炎上ネタが多かったのも事実。

    まぁ、自己反省のつもり(あくまでつもり)でも書いておりますので・・・

    あー、コメントJugemが切っちまったみたいです。すみません。非力で、Jugemが。もしよろしければ、続きをお聞かせいただけると嬉しいかと。

    書く気にならない。ご説ごもっとも。ご持論をお聞かせいただければ、幸甚かと。

    よろしくお願いいたします。m(_ _)m
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.08.03 Saturday 18:56
     ま〜 スコットランド信条を再掲することもないとは思うのですが・・・

     前文の最後の方
    Not that we judge that the cankered malice of such is able to be cured by this our simple confession. No, we know that the sweet savour of the evangel is, and shall be, death unto the sons of perdition. But we have chief respect to our weak and infirm brethren, to whom we would communicate the bottom of our hearts, lest that they be troubled or carried away by diversity of rumors, which Satan spreads contrary [against] us, to the defeating of this our most godly enterprise; protesting that, if any man will note in this our confession any article or sentence repugning to God's holy word, that it would please him of his gentleness, and for Christian charity's sake, to admonish us of the same in writing; and we, of our honour and fidelity, do promise unto him satisfaction from the mouth of God (that is, from his holy scriptures), or else reformation of that which he shall prove to be amiss.

     信条そのものが批准されたときは全会一致で一言の変更もなかったとの神話もありますが、その経過中に散々いじられ、之が妥協点として生まれたって解釈が正しいのでしょう。それにしても、自ら過ちのある可能性に言及出来るって事は、相当な自信の表れでもあり、未だ検討できなかった部分への未練もあると思います。

     複雑系は、単純にして理解しようとすると余計見えなくなるシステムで、やはり感じ取るしかないのでしょう。
    • ひかる
    • 2013.08.05 Monday 15:09
    ひかる様 コメントありがとうございました。

    そうですね。事故が過ちうる可能性、これを見ることは大切だと思いますし、その柔軟性は人間である以上、残すべきという結論に到達されたのでしょうねぇ。まぁ、Life is shortですしねぇ。

    そうですね。複雑系を見えたと言い切ってしまうことの怖さを最近は感じます。しかし、説教にまとめる段には、ある程度、理解の容易性のために、切らざるを得ないことはあると思いますが。

    どうもコメントありがとうございました。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.08.05 Monday 21:45
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