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2013.07.22 Monday

NHK ETV こころの時代 内村鑑三 第4回「真理と寛容」視聴記

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     今週も、NHK ETV のこころの時代 内村鑑三のシリーズ第4回「真理と寛容」を見たのであるが、なかなか良かったので視聴ノートを公開しようかなぁ、と。今回も無意味に長いです。ほぼ、発言の通りを拾っているはずなので。

     なお、今週末、2013年7月27日(土曜日)にEテレで午後1時から再放送の予定。

    無教会の興り
     内村は東京独立雑誌を廃刊後、夏期講談会を開始し、そしてのちの聖書研究会、聖書講義に若者が集まりはじめる。そして、1901年雑誌「無教会」を発行し始める。その発刊意図は、「一人で教会にも行けないキリスト者のための雑誌、寄る辺のないものの教会」としての無教会であった。
     破壊主義でない無教会であり、無教会派の無は、「無視」や「無にする」という意味での「無」ではない。少女と老人の友になりたい、教派的な理解に関係なく、こころの中を探るものを通して無教会という大教会を作りたい、ということであった。

    ミーちゃんはーちゃん的感想
     老人や少女の友になりたいというあたりがナイーブな内村先生らしくって素敵ですなぁ。まぁ、本来、お一人様キリスト教徒のための運動としての無教会だったんですね。今も昔も変わらないんですね。まぁ、従来の枠組みにとらわれてない教会づくり、ってことなんだと理解しました。枠は便利なものだけど、枠だけにとらわれたんでは仕方ないよね、ってところなんでしょう。

    無教会の原点
     無教会の原点は、札幌農学校にクラークの影響を強く受け、学校の中でも、キリスト教の集会(牧師なし)がもたれた。当時の札幌は、片田舎だった札幌であり、宣教師も文化も新しいものは函館からやってくるのが札幌だった。宣教師も月1回函館から来るという状態であり、生徒が自分たちだけでやっていた札幌で、説教壇も何かの廃物利用で、説教なんかも自分たちでやっていたらしい。まさに、原始キリスト教に近い集まりをしていた。これが原点じゃないか。
     純粋なものとしての思いがあると同時に、現実に直面した時の最大の疑問が生じる。それは、学生たちが卒業して教派の集会に出ていくことになったときに、札幌農学校の時一つだったものが割かれることだった。教派が囲い込んじゃうのがどうも具合が悪い。信じる者は一つなのに、どうして分派するのか。教派に関係ない教会を作る、ということになり、今の単立教会のような形で、札幌の地に作った札幌教会であり、信徒主義の教会が形成される。サクラメントの儀式の中で重要とする洗礼とか聖餐の執行ができる宣教師がない。でも、それを強行し、そして、それが、既存の教会から大問題視されたところが無教会の原点ではなかったろうか。当時の函館にあったのは、聖公会とメソジスト教会らしい。

     そして内村が、アメリカ行ったら、もっといっぱい教派があって、まぁいろいろある。ユニテリアン(奇跡、キリストの復活とか神とは認めない合理主義に徹していた教派)や、スウェーデンボルグ主義、クエーカー主義(内なる光。自主的に信者が集まってきて聖書について話をするグループ、新渡戸先生がこれにのちに関与する)などと出会う。

    ミーちゃんはーちゃん的感想
     しかし、本来的なキリストのからだとしての教会が一つのはずなのに、なぜわかれるのか、怪しからん、というのが無教会の出発だったわけね。この辺、ブラザレン運動の出発点とも共通しているし、一種の内村の生きた時代のロマン主義の影響もちょっと考えておいた方がいいかもしれない。何、無教会運動が、ブラザレンの影響受けてるなんて言いません。内村が米国に行ったあとの札幌独立教会と英国で始まったブラザレン運動が時期的にもモティベーションが似てるってだけの話で。ただ、その背景には、啓蒙主義と19世紀的なロマン主義があるように思うのだなぁ。これが。

    なぜ内村が、無教会に踏み出したのか
     日本に帰ってきてしばらくして一高での不敬事件が起きる。不敬事件に際して対峙した近代日本という国家像(黒い雲見たいに現われてきた近代の大日本帝国)と対峙する。そして、その中で、体制に寄り添っていった日本人の宗教としての仏教、国家神道なども内村を攻撃していくらしい。(この辺が二つのJとか言っていた内村を苦しめたのだろう)

     日本のキリスト教が西欧化の中で、キリスト教が歓迎され始めた時期に不敬事件が起きたことで、せっかくいいイメージに転換したキリスト教を逆コースにしたとの日本キリスト教界からかなりの批判を浴びることになる。そして、現実に日本の教会も近代国家大日本帝国の中でしだいに変質していく、実際に、○○男爵だの、○○侯爵夫人などのセレブが来ていることを誇る日本の教会の牧師がいたり、同時に教会と労働者の問題があり、ある牧師は、あるインタビューで「資本家によって成り立っている教会であることもあり、労働者は来てほしくない。」と言ったという話もあった。
     貧しい人々とほぼ同義語であった労働者は、教会に行くことができない状況であった。現実に存在したそういう人々、教会におられない人々が多くいたという現実の存在があり、現実の日本のキリスト教界の教会に行きたくても行けない人が多数いる状況で無教会の必要を認めたことから、内村の無教会主義が始まっているのではないか。

    ミーちゃんはーちゃん的感想
     しかし、貧しい奴らは来るなという体質。どうなんでしょうね。聖書理解として。でも、これも、類似の状況が当時のイギリスにもあったらしく、そのことに反発を覚えた人々は、勝手連的に孤児院を作ったりしていく。Faith Missionという概念に乗って。それがGeorge Mullerにつながり、ハドソン・テイラーにつながり、中国インランドミッションにつながり、後のOMFにつながっていく。
     さすがに今は、貧乏人お断りの教会はないと思うが、当時って身分社会である江戸時代の残渣が残る時代であっただけに、結構あったのだろうということは想像に難くない。そういう意味で言うと、同信会の基礎を生んだブラントさんたちの運動が当時において画期的であったことは想像に難くない。

    教派の違いを超えた宗教的寛容

     内村が真理観を考えたある出会いが、エルウィンの擁護院での経験であって、カーリン夫妻とその孤児院で出会いである。カーリン夫人は、ユニテリアン派なのだけれども、日本に帰国した内村へのクリスマスプレゼントを贈り続けたらしい。異端視されていたユニテリアンのカーリン夫人が、日本から来た見ず知らずの貧しい青年内村を世話したことで、内村のユニテリアンへの偏見への反省へとつながっていく。不敬事件の直後の最悪の時にもカーリン夫人から届けられたクリスマスプレゼントからかなり励まされたらしく、正統主義や真理は一つとかへの疑問へとつながる。真理は多様にみえるのであり、わかる真理はその一端にしか過ぎないという思想を作り上げていく。

     真の寛容は、自分自身の信仰にゆるぎない確信を持ちつつも、他者を受け入れていく寛容であり、それが平和の源泉であるというふうに考えていただろう。

     レッシング(ドイツ)の啓蒙哲学者のことばを引用している内村の文章があり、その引用の概要はこんなものだったらしい。「もしもカミが右手に真理を、左手に耐えることがなき迷いがあるにせよ真理を求める心を提示されたとしたら、耐えることのなき迷いがありつつも、真理を求める心を神に願う。」このようなG.E.レッシングの思想にひかれた内村がいたようである。右手を選ぶこと(真理を持つこと)は、神の座を簒奪することになる。自己神化へとつながる。

     お雇い外国人のケーベルがレッシングの真理観を広めたようで、この東大のケーベル先生を内村は高く評価していたらしい。

     絶対的なものでない真理。絶対的な真理は人間は持ちえず、その一部をもつのみである。そして、ニュートンの表現を引用して、自分は大きな一部の真理をもちえているにすぎない。

    ミーちゃんはーちゃん的感想
     内村先生御意。禿同。我々は真理を持っている、とご主張の向きもあるが、それって、自分たちないし自分が神になっている、ってことなんだねぇ。なるほど。 

    内村先生の楕円での真理理解と寛容
     真理とはどのようなものと考えていたのか。唯一の中心を持つ真円ではなく、楕円のようなものではないか。真理は、2個の中心をもつ楕円形だろう。人は円形を欲するが自然は楕円形で形成されているのではないだろうか。この話が、「楕円形の話」という文章の中で描かれている。
     この理解は、考えたうえで得たものというよりはむしろ、実生活から得たものではないか。具体例の中で考えた内村がいたようだ。
     自己のこころの在り方を見ると楕円の思想になる。なぜなら、信仰における自分と他者の関係が存在するからであり、完全なる信仰は円ではなく楕円。自己と他者を中心とするのが、完全な信仰ではないだろうか。
     「人類の救拯」という文章の中で、内村は、「信仰は楕円。自己も中心、他もまた中心ということを言っており、他者の救いもなければ、自己の救いもないのではないか。二つの中心は関係性のあるつながっている中心」という理解である。また、愛と義についても楕円であるととらえていたらしい。慈愛と審判という形でとらえている。それが一体としてひとつであると考えられる。義だけれであれば、簡単。愛であるのもまた簡単。宗教が難しいのはこの二つがあるから、ということなのではないか。
     義と愛の両方が必要で、慈愛(他者のことを考える)も大切だろう。キリシタンは、愛という語に御大切(ごたいせつ)とあてたが、近代の日本語訳の愛という語よりは、本来の意味により近いと理解できよう。
     自分自身を責めること、克服することが義と理解していたがどうもそうではないのではないか。要するに愛と義のバランスの問題の中で行われるのがキリスト教だという理解であろう。

     無教会と教会が楕円形の二つ焦点であり、そもそも、無教会(一つの体としての教会)自体が楕円であり、地上に存在する運動としての無教会と地上に存在する運動体としての教会を含む無教会の楕円だという理解ではないだろうか。

    ミーちゃんはーちゃん的感想

     まぁ、この楕円というたとえは面白いたとえだと思った。ある面、信仰共同体という側面を実際にやってみて考えた内村先生らしい表現だったようだ。中心というよりは焦点を一つに無理やりしてしまうキリスト教徒の問題なのだろうと思う。そして、焦点を一つに無理やりにしてしまっていたキリスト教徒の皆さんに「他者として、異分子として」排除されてきた内村先生ならではの、表現だと思う。
     要するに「無教会」は、キリストの体という、様々な教会の集合体の総称のことを言いたかったのだろう。それを「無教会」とかいうから誤解を生んだし、のちに極端な理解を生んだのだろう。

    無教会に内村が至るサクラメントの位置づけ

     教会の破壊と生ける教会の建築だと「無教会主義の前進」であると内村はいっている。作っては壊し、壊しては作るのが教会だろう。ルターの宗教改革でも、必ずどこかでこれまであるものをつぶさないといけないと理解しているようである。絶えざる要求としての改革であり、その改革の結果としての無教会であるだろう。
     こんな話をする内村も揺れていたが聞く方はもっと揺れただろう。
     無教会運動に傾倒していく経過に、無資格者とされた信徒によるサクラメントの実施がある。洗礼、聖餐がプロテスタントにおけるサクラメントであるが、カトリックはサクラメント7つある。その両方とも、必ずしも必要なものと内村は、認めてない。「洗礼がいるなら、夕立に飛び込め、聖餐したいなら、野葡萄のしるしぼって飲んだらいい」といっている。
     この背景に札幌教会が苦しい経験をしたことがあるだろう。大島さんという牧師のような役割をした人が、無資格者であったが洗礼をしてしまったために、既存教会から抗議と批判が起きた。その結果、大島は、牧師の前での試験を受けて、資格を取りに行った。この件に関して、有島武雄が内村のところに聞きに来た。その結果、生まれたのが、洗礼聖餐廃止論であり、聖餐も必ず必要なものと内村はみてない。
     しかし、実質的な洗礼や聖餐はやるべきである、といっている。札幌独立教会では、内村が洗礼をしている。これを当時の教会は、受け入れがたいものがあったのではないだろうか。
     実際、YMCAが作った東京基督教青年会館での講演をしていたが、キリスト教界側から排撃を受ける形で、講演の場が失われる。

    ミーちゃんはーちゃん的感想

     ミーちゃんはーちゃんがいる教会では、無資格者によって聖餐、バプテスマを授ける平信徒主義に立つので、無資格で、仮免許も持たずこれらの聖餐やバプティスマを行ってきたし、今も行っている。いまだに無資格者が説教している。ある面でかなり無茶をしてきている。まぁ、たいていのことはそれで何とかなっているので、そのままである。その意味で、無教会的なのだ。
     内村先生が目立たなければ、こういうアンダーグラウンドな動きは何とも言われなかったろうに、とは思う。うちは、あんまり目立ってないので、目くじらは立てられていないように思う。
     また、「洗礼聖餐廃止論」を唱えながらも、洗礼したり、聖餐してみたりするから、余計に周りは訳が分からないだろうし、説明を求めても、そんなもの面倒なので、噛んで含めるように説明もしなかったのが内村先生なのかもしれない。まぁ、ちゃんと著作を読めば、その意図は取れるはずだ、それを読んでくれ、というのはその通りだと思う。

    超教派を目指していたのかもしれない無教会

     人生の終わりのころに書かれた、「教会の方々に申す」という文章の中で、教会の人々にお互いに敬意をもって、相互に受け入れ会おうではないか、といっている。
     内村の聖書研究会のメンバーからは教会関係者が開催している全国平信徒修養会へ行った内村に、抗議があったらしい。その意味で、カチカチの無教会という過激派の存在があったらしい。

     また、社会問題として、なぜ、秀才が内村の聖書研究会に行くのか、みたいなことが問題になり、新聞記事になった。官僚がなぜ氏素性のわからない内村が主宰する聖書研究会の伝道者になるのかが新聞種になったらしい。そのうちの優秀な人物の一人に、塚本虎二がいて、内村の後継者になるのではないか、と目され、強硬な無教会主義を強調していた。

     塚本は、「内村先生の付箋つき無教会論(聖書知識5号)」の中で、内村が塚本に、以下の内容が付箋としてつけられて帰ってきた記事の中での内村の注記が紹介されていた。

     全部の教会が敵ではない。
     教会の友となって
     無教会主義を第2問題として扱ってきた。

     牧師の間にも内村の雑誌を読んでいることを知っていた内村が過激な弟子塚本をたしなめたようだ。

     無教会主義は、信仰のための主義であり、人が救われるのは、信仰の帰結による。罪の悔い改めのあるものは、受け入れた。無教会主義は、教会攻撃のための主義ではなく、信仰唱道のための主義であり、十字架が第一主義であって、無教会は第2、第3主義であった。という趣旨を書いた文章があるらしい。

    ミーちゃんはーちゃん的感想

     主義、というのではなく運動、って言った方が良かったかもしれないし、無教会という名前が誤解を生んだのかと思った。しかし、無教会でもがちがちの無教会原理主義者という過激派を生んだし、その過激派が、当初の主唱者の意図を超え、主唱者の意図とずれかねない話を広げていくのは、いずこも同じだし、歴史は繰り返されているように思う。キリスト教界がこの2000年繰り返したことを日本でも繰り返したのだろう。その意味で、キリスト者が歴史を知り、歴史観を持ち、広めの歴史観に立って、自派を冷静に、そして冷徹に見つめていくことは重要なのだと思う。 

    晩年、十字架教を目指した内村の無教会主義

     晩年、内村は、無教会主義というのをやめて、十字架主義とか十字架教と言っている。イエスの十字架の業を信じる信仰であり、人生における失敗者の信仰であるといっている。自分の力で正しいものになろうということには失敗したが、失敗者のために与えられたのは、キリストが十字架にかかって死んだ意味だと理解したことの反映だろう。

     道徳的な自己努力に失敗したものの宗教が十字架教であり、敗者、失敗者、弱者のためのイエスであるという主張である。忘れられた佐幕藩のお武家さん崩れ、田舎のアーマストで学び、不敬事件を起こした内村は、在野の道で生きていく視点を持ったし、また、それが無教会主義の精神につながっていくのだろう。

    ミーちゃんはーちゃん的感想

     内村先生も神経症的なキリスト教徒であった自分を反省し、自己を見つめるのではなく、神を見つめ、神と人の和解がそこで成立した十字架を見つめ、そして、そこに神を見るべきだというのがどうも晩年の内村先生の思想らしい。まぁ、結局原点回帰をしたんだよなぁ。

    引いてみることの大切さについて
     中心から遠いところにいて見えてきた真理を見ている内村がいるような感じがする。楕円のもう一つの極を見る視点、ちょっと引いてみていく視点の重要性をいっている。
     多元主義とか安易に言うべきではなく、内村自身は抑えるところはきちんとしている。あるところでしっかりしながら、複眼である思想を説いたのではないか。個を確立しながら他者を受け入れていく複眼、自己を確立しながら多元を説いたと思われる。

    ミーちゃんはーちゃん的感想

     実は今回の「こころの時代」での1時間の中で、一番、気に入ったのは、この最後の部分なのだった。要するに、自分自身の確固たる理解の確立をめざしつつ、相手への尊敬をもって相手に接し、そして完成されたものとしての自己ではなく、自己の確固たる理解の一層の確立、充実を目指すものとしての自己を考えたうえで他者と接するのは、傾聴の思想にもつながるし、共同体としての教会理解につながるのだなぁ、と改めて確認しつつ、禿同と叫びそうになった。


    次回、死者との対話が内村にもたらしたもの。ということについてだそうです。

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    • 2014.06.11 Wednesday 00:20
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