<< 福音派と聖書 米国の場合 その4(1) | main | これから夏の予定など。福音の再発見特価展示販売いたし◇ >>
2013.07.27 Saturday

福音派と聖書 米国の場合 その4(2)

0
     まず、今回のゴンビス先生の英文の要約のご紹介から。

    -------------------------
     私が驚いているのは、一部の学生たちが、聖書の記述内容を自分の生き方やものの見方と必ずしも一致させる努力をしていないことで、これらの一部の学生の最大の関心事は、会話や論争を挑まれた際、他人にどのように話すか、ということなのだ。

     私のオフィスに何度も訪ねてきた女子学生が「人々がいってることに対処できるように準備している」と一度吐露したことがある。それを聞いて、彼女に「教える立場になるまえに、聖書に忠実であるべきじゃないかなぁ」とは話した。

     「ある人が…といっているのですが」というタイプの質問に「何と言うべきなのかは知らないよ」と答えることにした。また,ややこしい質問を受けたときには、「わかんない。だけどそれは重要な質問だよね」とでも答えれば、と学生にはすすめはている。

     聖書に対する態度で、私が不適切だと思うのは、何か一家言を言うためだけに聖書を学ぼうという態度なのだ。キリスト者は、聖書をまず理解するために聖書に取り組むべきであり、そのあと、そして神への思いを広げるために聖書に取り組むべきなのではないだろうか。

     次回へと続く。

    -------------------------

    説得の方法としての聖書って
     ここで、ゴンビス先生がお話になっていることは、彼らが神と共に生きる旅を聖書を片手に進みゆくことの豊かさを味わうのではなく、他人がキリストに従うようにするための説得の技術、救いに至る説得のための方法論を学ぼうとして聖書の知識を増やそうとしている点なのだろうと思う。確かにこれは不毛かもしれない。

    サルでもわかるシリーズ?

     つまり、この女子学生のような皆様は、「サルでもわかる神を信じさせる方法」とか「あなたもできる、神の存在を証明する方法」といった方法論、つまりレシピだけを欲しがっていることを批判しておられるのだと思う。そして、その安易さを。レシピがあれば、料理の創造性などどうでもよい、素材と味など知らなくてもよい、という文化だと思う。

     まぁ、これは、アメリカならではの現象だとは思う。アメリカには、*** for Dummiesという、サルでもできる***という本のような本が出ている。それと同じような感覚で、「あなたにも難問が聖書から答えられる回答集」をゴンビス先生と話した女子学生はほしかったのだろう。要するにクイックフィックスという弥縫策がほしいだけで、本質的な考える作業を求めてない底の浅さに問題があるのだと思う。

    マニュアル化社会が生まれた国だからかなぁ

     アメリカ社会の一部では、問題をパターン化(マニュアル化)して解くことに長けた人々や、そのような考え方がよいと考える人々もいて、パターン化して対応するのが普遍的方法論だと信じている人もいるようだ。第2次世界大戦は、物量作戦で問題を片づけるという方法論が成功したので、すべからくそれで問題を片付けようとした傾向が数多くの国であったように思う。(たとえば「日本で成功したからイラクでも」とか、「A教会で成功したからうちの教会でも」とかが典型的。これをミーちゃんはーちゃんは「対応における帝国主義」と呼んでいる)

     しかし、アメリカ人が考えるなんでもうまくいく方法、必勝パターン、すなわち普遍的方法論でうまくいかないものに関して、「訳わからない」「別論理」とかラベルを張って、割と簡単にあきらめてしまうところが一部の人たちに見られるように思う。自分が理解できないものは、普遍的方法論にはまらないものは、自分たちの論理を修正し、新たな理解の体系を模索するでなく、自分たちの論理の中に取り込めないものとして放棄・放置・ひどい場合には排除する傾向も一部にあると思う。

     そのような思考法がこの女学生には表れていたのだと思う。まぁ、全部のアメリカ人がそうだとは言わないが、人口の一定の割合でこのような人が含まれるようにも思う。日本でも程度の差はあれ、似たような感じがするが。

    きまりきったパターンに
    なじまないかもしれない聖書

     しかし、聖書はそんなものではないと思うのだなぁ。素朴に。ミーちゃんはーちゃんは、他人の相談を聞くときにもめったに聖書を開いたりはしない。単に聞いて、相槌うっているだけのことが多い。さらに言うと、めったに聖書の言葉を他人に贈ることはしない。平安があなたの上にあるように、と最近は書くことが多い。なぜなら、みーちゃんはーちゃんはあまりに非力だから。相談に乗って対応できる能力はほとんどないからだとは思う。聖書に関連する概念の理解はどんな感じ?って聞かれたら、ミーちゃんはーちゃんの考えであることをお断りしたうえで、わかる範囲ではお答えするし、ある概念(神の御国とか)があるときに、このことの手がかりになるのはここかなぁ、と話したりはするが。あることでの連想を聖書から持ち出すこともまれにはあるが、直接何が何でも聖書のことば、それも短いものを持ちだすということは少ないかもしれない。

    短い聖書引用とか聖書の切り売りってどうよ

     他人に短い聖句を贈ることは、聖書のことばの切り売りしているような感じがして嫌なのだ。ほかの方が、それで慰められるのであれば、短い言葉を贈ることも重要なことだと思う。ただ、その聖書の部分とその周辺をを含めて類推できる人に短い言葉を贈るのと「聖書って1回位しか読んだことがない」って人に、聖書の言葉、それを短く切り取って説明もなしに贈るのは少し違うかなぁ、と思うのだ。

     なお、うちの高校生の息子殿によると、このような聖句の切り売りがされるのを見ると、「くらえ、みことば攻撃」を受けた気になるらしい。こういう感性は、素直でよろしい。

    聖書への誤解を強化させるかもね
     聖書は、人生の模範解答集ではないし、他人をイエスを信じるようにするための説得のお道具がいっぱい詰まっているようなお道具箱ではないような気がする。そもそも、聖書を人生訓集と誤解している人が結構おられる日本という国の中で、人々を説得させるためのツールとしてのことばが入ったお道具箱として聖書を使うことは、聖書の権威性を軽んじることになるような気もするし、聖書は「クリスチャンが読んでいるありがたい立派な道徳的なおことばの詰まった」人生訓集だという日本の人々の誤解をさらに一層激しくし、聖書をまず理解するところから人々をますます遠ざけるように思うのだが、違うかなぁ。

    --------------------------------オリジナル--------------------------------
    Evangelicals & the Bible, Pt. 4
    By timgombis
    I was struck that some students weren’t necessarily trying to understand notions in Scripture and integrate them with aspects of lives.  Their first concern was to know what to say in conversations or debates with others.


    This was confirmed to me in a private conversation with a very anxious student whose assumptions about what the Bible said were being unsettled.  She visited my office quite regularly with loads of questions, but her spirit of inquiry wasn’t driven by the joy of discovery.  She seemed more burdened than excited to learn.  She remarked once that she was trying to be as equipped as possible to be ready to respond when people had questions about what she was saying.

    That struck me as misguided and we had a conversation about the priority of being a faithful student before becoming a teacher.

    After that I began to respond differently to questions put in this form.  I would first say that I didn’t know exactly what they should say to someone who had a certain sort of question.  It was their responsibility to grow in wisdom and to be sensitive to each situation.  I also suggested that they should consider this response: “I don’t know.  That’s a great question.”

    While I couldn’t anticipate every interchange they would ever have, what could do was to give them some thoughts on better understanding the concept we were discussing.  The posture toward Scripture I find inappropriate is the assumption that one is responsible learn Bible content in order to tell others what it says.

    Christians ought to engage Scripture in order to first understand, and then to give extended consideration with the further aim of strategic, glad obedience.

    More on this tomorrow.


    コメント
    HKです。ごぶさたしています。ずっと愛読しています。このところのゴンビスシリーズ、内容に禿同です。
    ゴンビス先生やミーちゃんさんの批判を別の言葉に置き換えるなら「聖書に流れる太い文脈(神の経綸)を軽視した目的的な聖書の読み方」と言えないでしょうか。
    登山に喩えるなら「あと何メートルで山頂だ」と足元ばかりに目がいって、せっかくの近景や遠望を楽しめていない。
    このことは自分の現在位置がよく分からないことにもつながり、つまり遭難の危険も大きいと感じます。
    (内村さんはその文脈の源流にまで分け入った、数少ない日本人の一人だったと思えます)。
    • HK
    • 2013.07.27 Saturday 07:54
    をををを。HK様 コメントありがとうございます。お久でございます。

    >「聖書に流れる太い文脈(神の経綸)を軽視した
    >目的的な聖書の読み方」

    について個人的な疑念を呈しております。HK様。大正解。

    また、近日公開の記事でも書きますが、お知り合いのタカ先生がご紹介しておられる記事

    http://sugamo-seisen.blogspot.jp/2013/07/5_24.html

    で、ゴードン・T・スミスさんが主張しておられる

    >『回心体験』を個人主義的・縮小化された「救
    >済」から、教会論的な側面を回復し、ホリス
    >ティックな「救済」へと向かっている

    等も多分関連した動きなのだと存じます。あるいは、この辺り、NTライトの聖書の読み方などともつながっているかなぁ、とNTライト研究会の先生方のお話をお伺いしていると思います。

    ご指摘の登山のメタファーで行けば、山の上に登るのが、山の風景を楽しむということを忘れ、頂上に登り、存在したこと(手段)だけに焦点があってしまい、その焦点を過大に評価する人間の「欠け」なのだと思います。手段の目的化は、ゼネコン化したソフトウェアプログラム開発でもよくある話で、作ることが目的になってしまうこともあるようですね。卒業生からボヤキを時に聞かされます。

    内村先生は、その意味で不幸な出来事に巻き込まれ、その結果与えられた考える時間をたっぷり使い、真剣に向き合い、真剣に考えた結果、そして、在野であったがゆえに岡目八目で見えたものがあったのかもしれませんねぇ。

    コメント、ありがとうございました。

    お付き合いいただいておりますこと、感謝申し上げます。ありがとうございます。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.07.27 Saturday 11:46
    コメントする








     
    Calendar
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    2930     
    << September 2019 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM