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2013.06.26 Wednesday

福音派と聖書 米国の場合 その2(1)

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     すいません。長らくお待たせいたしております。福音派と聖書 その1 以来、結構反響をいただいたのですが、その間にNTライト読書会、ボウカム先生講演会、「福音の再発見」発売記念トークイベントなどをはさんでしまいましたので、大変更新が遅くなりました。

     別途、御礼は申し上げますが、
      トークイベントにご参加いただいた皆様、
      調子の悪いUstで参加してくださった皆様、
      また、記録された収録をご覧お聞きいただいた皆様に、

     この場から篤くお礼を申し上げます。深謝(深いお詫びと感謝)。継続記事を大変お待たせいたしておりますことを、心よりお詫び申し上げ候。

     今回は Tim Gombis先生のお書きになられた「そんなん、わしら、聞いたことがない。何それおいしいの」症候群患者(福音派で流行っている病気らしいが、どうも不治の病ではないらしい)についての解説その2の1をご紹介いたしたく。小見出しは、こちらで適当に付けました。


    日本語変換部分のその2の前半

    -------------------------------日本語変換部分
    ------------------------------

    「そんなことは聞いたことがない」の背景

     昨日(日本語変換が出たのもずーっと前、正確には
    この記事)私は、この数年ほどの間、あるコメントに驚かされ続けてきたことを書いたが、何に衝撃を受けているかというと、『自分はこんな話を聞いたことがない」というコメントをいつも聞くことに驚いているのでもなく、この種の「自分はこんな話を聞いたことがない」を福音派の関係者からだけ聞くことに驚いているのではない(感謝すべきことだと思うが)。そのコメントを聞くときにこんな感じをうけるのだ。それは、普通でないという感じだったし、その質問を生み出す暗黙の前提についてなんだろうか、と考え続けていたということなのだ。

    聞いたことのない話の説明を求める背景
     このコメントは、場合によって、「私はこれまでこの話を聞いていたことがない。ということは、あなたが間違っているに違いない。」ともなる場合もあるのだが、しかしそれ以上に、「私はこれまでこんな話を聞いたことがない。私が聞いたことのないことに、何らかの説明が必要だ」といった感じなのだ。

     前回の記事でお話したように、福音派の人たちのアイデンティティが聖書に関する細心の注意を持って従おうとするところにあるから故のことだと分かってきたのだ。福音派の人々は神のことばを日々新たなものとしていつも聞こうとしており、私たちが考えたり私たちが教えたりしているこれまでにない偉大な理解を得ようと必死であるからこそ、このようになってくる、と分ってきたのである。

     以前にも紹介したコメントに思いを巡らせながら、そのような姿勢は福音派の人々の一部にある聖書に対する幾分ひずんだ姿勢を反映しているようにも
    私には思われた。これについては、これ以降の記事で紹介する。

    「文化的な戦い」の結果としての我々と彼ら

     私が思うに、このような聖書に対するやや歪んだ(Warped)態度は、福音主義が文化的な戦いと深く関与してきたことに由来するのだろうと思う。ある人たちは、『我々』こそが、聖書に忠実であり、一方『彼ら(リベラル派の人たちや、社会一般のメディア、懐疑主義者等)』は聖書を攻撃していると教えられてきたのかもしれない。我々は、聖書を守らなければならないし、聖書的価値を高く掲げねばならないし、様々な問題に対して、聖書的な教えをより発展させなければならないと思っているのだろう。

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    ミーちゃんはーちゃんの感想

     このオリジナルをかかれた、Gombis先生、決して福音派をディスったり、お嫌いになっているわけではなさそうである。ある種、福音派の人たちの真面目さが、『わたしはこんな話(聖書理解)を聞いたことがない、だから、説明しろ』ってことになるんじゃないか、ということを見ておられるようである。ただ、この背景には、自分たちと自分たちが維持してきた聖書理解が正しいって、思い込みがあるようなのだな。「だから、説明してもらおうじゃん。一応」ということになるのだろう。

     まぁ、正しい聖書理解に対する熱望があるのは一応お認めしよう、そしてその福音派の熱心さもお認めしよう、というのが、どうもゴンビス先生のお立場らしい。

    自分VSその他大勢 という考え方と偶像崇拝の雰囲気

     で、この背景には、自分と彼らを分けて考える2項対立的な考え方があるのではないか、ということをどうもご指摘になっておられる。つまり、多様な聖書理解の中での自分、ではなく、自分とそれ以外十把羽ひとからげ、という対立構造の中で考える立場で考えていることをご指摘になっておられるようである。

     ある面、自分とそれ以外、とする精神構造の中に、自分が正しい、自分が神の側、という思い込みがあるようにも思う、と有体に言ってしまえばあるんじゃね?というのがご指摘の核であろう。それって、偶像崇拝に近くないか?ということかもしれないのである。「神は正しいが、自分は正しくありえない、自分には欠けがある」ということを認識しているがゆえに神を必要とするはずなのだが、どこかで、「自分には欠けがない、神と自分は一つだ。」という理解から派生して「自分の思いは神から与えられたはずだから、正しい」という勘違い、というかマツガイに至ってしまう、人間の弱さというか欠け(言い換えると罪)をご指摘しておられるのであろう。

    メサコン一本行っちゃった人は福音派に限らないけど

     なお、このような考え方は、ネット上をふらふら見ていると、別に福音派だけにも限らないようである。カトリック教会の影響を受けている人たちの中にも(読者は心して読むように、カトリック教会信徒とは言っていないことに)、このような、「あなたはまつがっています。」とメサコン一本も二本も行っちゃった人のお書きになられたものを散見する(特に2ちゃんとか)。

    メサコンと科学の不幸な関係

     この種の自分とその同調者(正しい側)と自分の考えと会わない人とその同調者(正しくない側)に執拗に2分して分ける考え方は、どうも近代の産物としてしか思えないのだ。というのは、この辺が科学論争や啓蒙思想とかかわるように思う。近代は、科学万能の時代で、科学万能の時代には、科学の持っている一つの特性として、真理(正しい)ことを明らかにする(少なくとも、これがまともそうに見える、ということを主張する)、という性質があるように思う。その結果、論争に勝って、単に、多くの人がそれを認めているだけに過ぎないものや、裁判の結果認められたものが真理とされる傾向があったように思う(つまり一種の多数決の論理がここで働いている)。そして、正しくない考えを持つ人に正しい考えを解き明かし、啓蒙してあげよう(これまたメサコン風の考え方)ということになるようである。

     これが、文化的戦いの結果、キリスト教界に持ち込まれたものだったように思う。

     しかし、思うに、近代って本当にマジでうっとうしい時代だったのだと思うし、その影響下にある人がいまなお意外と多いと思う。近代の限界を見て、それに嫌気がさしているものとしては、本当にそう思う。まぁ、近代という時代に50年も60年もつかって生きてきた人に、「それ、マズいかも。それ、変えて」って言ってももう無理だし、近代の考え方で生きられたい方もそれはそのお考え、としてミーちゃんはーちゃんは、お受け止めいたしておりますが。


    聖書的価値を高く掲げる、って

     本文の中に、「我々は、聖書を守らなければならないし、聖書的価値を高く掲げねばならない」ってあったけど、この前の、どっかの国の大統領選で、どこぞの福音派業界で超有名人のアメリカ人のおじい様がおっしゃっておられる、とその子供が言ってたような気がするが、この聖書的価値を高く掲げるってのもどうかとも思うんだよね。我々がへりくだらなければならないのは、聖書的価値ではなく、神ご自身だと思うし、神ご自身のみこころだ、って、主の祈りは教えていないだろうか。
    み名をあがめさせたまえ
    み国を来たらせたまえ
    み心の天に成る如く地にもなさせたまえ
     かなり厳しい表現になるが、主の祈りを次のように誤解してはいないだろうか。聖書にあまりに価値を置きすぎるために。

     (自分が信奉している)聖書的価値をあがめさせたまえ。
     (自分が理解している)聖書預言と終末を来らせたまえ
     (自分が理解している)聖書的価値が天でも、地でもなさせたまえ。

     主の祈りの本旨は、このようなものではないように思うのだが、結果として、そういう主の祈り理解をしておられる方もないわけではないだろうと思う。どうもこれはミーちゃんはーちゃんにとっては、違うように思えてならないのだが、それは、ミーちゃんはーちゃんがまつがっているからなのだろう。別に上のような聖書理解を持つ人をミーちゃんはーちゃんが否定しているわけではないのだけど、ミーちゃんはーちゃんが現段階で思うには、少なくともミーちゃんはーちゃんとは、違って見えるってことで。

     次回へ続く。

    (以下は英文のオリジナル 日本語変換前)
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     Evangelicals & the Bible, Pt. 2
    By timgombis
    Yesterday I wrote that I’ve been struck by a comment I’ve heard over the last several years.  It’s not that I hear it all the time, nor is it the only response I’ve heard from evangelicals (thankfully!).  It’s just that whenever I’ve heard it, I’ve thought it unusual, and I’ve wondered about the underlying assumptions that give rise to it.

    Sometimes it’s, “I haven’t heard this before, so you must be wrong.”  More often, though, it’s something like, “I haven’t heard this before, and the fact that I haven’t heard this must be explained.”

    As I indicated yesterday, I’ve come to understand evangelical identity as a posture of attentive submission to Scripture, a readiness to hear God’s word afresh and an obedient eagerness to have an ever-greater understanding of Scripture transform what we think and what we teach.

    After reflecting on the aforementioned comment, it seems to me that it points to some corrupted postures toward the Bible on the part of evangelicals.  I’ll offer some thoughts on this over the next few posts.

    I think that the most decisive factor in shaping warped postures toward the Bible is evangelical involvement in the culture wars.  Some of us have been told that “we” are the ones who are faithful to the Bible while “they” (“liberals,” “the media,” “skeptics,” etc.) are attacking the Bible.  We need to defend the Bible, “uphold biblical values,” and advance the “biblical” teaching on this or that issue.

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