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2013.05.20 Monday

『勇ましい高尚なる生涯』を生きる 後世への最大遺物 働くことの意味について

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     通常は、月曜日はアップしないことにしているのだが、今回のこころの時代は、面白かったのと再放送が今週末なので、緊急にご紹介。働くことの意味について、考えさせられる番組であった。次回の定期更新では、上沼先生のセミナーの記録に戻ります。

    「後世への最大遺物」が書かれた背景
     今回は、鈴木典久先生による内村鑑三の「後世への最大遺物」についての解説。この「後世への最大遺物」は、キリスト教青年会での講演の記録らしい。このキリスト教青年会は、イギリス由来とのこと。ひょっとして、IVFの日本版かな?となると、KGKのご先祖かな?と思ったが、どうもYMCAの前身組織らしい。なお、このキリスト教青年会の様子を、島崎藤村がどっかの小説の中で描いているらしい。

    失敗学の本としての「後世への最大遺物」

     鈴木先生によると、この「後世への最大遺物」いふ本は、失敗学の本らしい。内容的には、人間にとって、一生の仕事とは何か、ということについての本であるらしい。なお、この本の中で、内村は、美しい地球のために何かする、という概念を提示しているが、この美しい地球のために何かしたいというのは、日本人で初めてではないか、と鈴木範久先生はご指摘であった。おそらく、国家をよりよくしたい、とか、故郷をよくしたい、という人はいても、地球規模で考えたのが、内村がはじめてらしい。これをききながら思ったのは、内村先生は、宇宙人ジョーンズの「ろくでもない、この素晴らしい世界」をよくしたいひとだったのね。
     ところで、内村は、後世という言葉を使っている。「後世への最大遺物」とは、後世の批判に耐えうる現生の生き方らしい。 内村先生は、「後世に残すもので大切なものは金」と言っているらしい。内村先生、正解。

    「後世に残すもので大切なものは金」の真意

     ただ、これは、金を稼いで蓄財することに意味があるということではないらしい。むしろ、きちんと働いてきちんと稼いで自立した生活をするという意味らしい。当時、社会の西欧の(そして日本でも)最上層では、親の遺産とかで遊んで暮らしていた人たちが多い。そういえば、遊民という言葉があったように思う。働いてお金をもらうのは、当時はあまり当然ではなかったかもしれない。武家文化が色濃く残っている当時、武士は食わねど高楊枝の風もあり、当時実業で金稼ぐことは悪いという印象があったらしい。また、ルターの影響を内村は受けているかもしれないということである。

    正当な労働の対価としての賃金

     内村は、弟子に来ていた人に作業の代金として賃金を払っていたらしい。弟子だから、ということで、賃金を払わないなんてことはなく、仕事をしたら、それに対する労賃を払ってたらしい。内村にしてみれば、金稼ぐのが悪いのではなくて、何に使うのかが重要と思ったらしいし。

    内村にとっての「後世への最大遺物」

     内村は、内村にとっての後世への最大遺物は彼の思想であり、すなわち、著述と学生を教えるということらしい。著述ができていれば、自分は死ぬけど、後世に言いたいことが残る。つまり、自分の夢が自分では実現しないけど、後世において実現するからいいじゃん、ということらしい。

    失敗の連続としての内村の人生

     牧師になることを勧められた内村であったが、口下手だからやめた(モーセ先生みたい)。北海道開拓使だったか内務省だったかで働いた時にいろいろやりすぎたらしい。その意味で、出来すぎる役人もだめだ、ということらしい。その後、一高は辞めさせられるし、新聞記者を辞めるは、あっちこっちの学校やめるは、で失敗の連続だった内村は、無用者と自分を認識していたらしい。www

    誰もが後世に残せる
    『勇ましい高尚なる生涯』
     だれもが残すことのできる最大遺物で利益だけができること、『勇ましい高尚なる生涯だと思う』と言っているらしい。無用者・失敗者として生き方だけでも残せるらしい。
     カーライルはフランス革命史を書いたのだが、それを友人のところに預けておいたら、友人のメードさんが燃やしちゃった事件があったらしい。内村先生によると、カーライルが偉いのは、フランス革命史を書いたことよりも、もう一度書こうとした心意気らしい。その心意気を高く評価している。

     鈴木先生が、私のような凡人には…と言っておられたが、ミーちゃんはーちゃんからしたら、鈴木先生、あなたは凡人じゃありませんから。そんな、ミーちゃんはーちゃんのような凡人が生きにくくなるぢゃないですか。

    内村の後世観
     内村の後世観は現生の延長線上にある後世ではなくて、質的にも違うものとしての後世感があるらしい。死後の来世でもなく、現生との連続性がある後世らしい。現生の自分の見方を、最終的な見方をしない。無用のものであるかは、後世の人が評価するものらしい。後世に預けることで、希望がある。希望を先につないでいくことが大事ではなくて、そういう見方をすることで、希望が生まれる、ということらしい。
     この話を聞いた時、内村先生、NTライトのSurprised by Hopeとか読んでませんよね。と思ってしまった。しかし、聖書をきちんと読むと、それなりに似たような結論に達するのだろうなぁ、と思ってしもうた。

    聖書研究会を始める内村
     万朝報(よろずちょうほう)にいた内村は、戦争廃止論を唱えたらしい。万朝報が開戦論に傾き高徳秋水らとともに退社。その結果、聖書研究会を自宅で開く。そこに学生が集まってきたらしい。そして、『聖書の研究』の発行が、内村のライフワーク化していく。その中、娘のルツさんが病死する。このルツさんの病死は 内村にとって、非常に衝撃的な出来事だったらしい。

    職業での失敗の連続を経験した内村
     しかし、内村って、地理学者になりたかったの?水産学者にもなりたかったの?福祉事業もしたかったらしい。福祉事業はアーマスト大学(八重の桜の登場人物の配偶者も卒業)にいたときに、やりかけるものの、失敗する。

    天職ってのは分からんもんだ
     天職って、わからん、って内村は言ってるらしい。内村は、今やってる仕事をしろ、って言ってるらしい。そんな自分にはふさわしい職業があるとか、堕想にふけってみつかるもんでないといっているらしいし、内村先生は。 なんか、昔も今も変わらんのね。ニートには、きついだろう。小学校教員には、雑用が多いとこぼした石原兵衛に大激怒したことが内村先生にはあったらしい。「人生のほとんどは、雑用だ」って、内村先生は、怒ったらしいし。内村先生、大正解。

    何のために働くのか
     会社や社長の利益のために働くのが天職か?という疑問があるけれども、これに対して、内村先生はどうも違うと思っていたらしい。内村には、桶屋を見て作った詩があるらしい。 その中でミーちゃんはーちゃんは、「わが宗教を人に強いんとしない」という部分が気に入った。
     ところで、内村先生、聖書学者になりたいという欲望(それは、聖なる欲望でもあったのだが)も、ルツの死で消えたらしい。内村にとっての桶は、聖書講義であった。内村にとっての桶は、生涯の仕事のことらしい。
     この辺、KGKの山崎総主事のブログ記事で始まった勤労観の話につなげて展開できれば、面白かったかもしれない。知らないことは言えない。もしあのときまでに知っていたとしたら、なんか言えたかもしれないのですが、知らないものは知らなかったし、言えない。

    他の人々に与えた影響
     大賀一郎(古代ハス)も後世の最大遺物の影響を受けたらしい。カーライルの原稿燃やしちゃった事件に影響され失敗しても、失敗してもあきらめずに古代ハスの発芽を成功させた。青山士(あおやま あきら 大河津分水路や荒川放水路などの設計者)などにも影響しているらしい。
     ブリティッシュ・コロンビア大学のジャン・ハウス(内村研究家)が不登校児を集めて、この『後世への最大遺物』について講義したらしい。これを聞いた不登校であった学生の目の色が変わったらしい。これらの不登校の皆さんは、自分の人生が無用のものだと思ってたらしいが、『後世の最大遺物』を読んで、そうでないと分かったらしい。ふーん。

     次回は、天と祈りについてだそうですが。話題になったハウス先生のインタビューが流れた。
     なお、内村によれば、この世の中は神の世の中であることを信じること、望みの世の中であることを信じること、喜びの世の中であることを信じて生きること、これは誰にでもできる後世への最大遺物らしい。やるじゃん、内村先生。

    再放送予定 

     2013年5月25日(土)

     

      こころの時代 シリーズ 道をひらく

      〜内村鑑三のことば〜(2)「現世と後生」

     思想家でキリスト教伝道者、内村鑑三の言葉を読み解くシリーズ第2回。34歳の時、困窮の人生の中で青年たちに語った講演「後世への最大遺物」に込められた願いを考える。

     30代までの内村鑑三は、さまざまな職を志し、いずれも思うような実を結ばずに自問自答の日々を送る。アメリカからの帰国後、希望 を抱いて臨んだ教育の仕事も、教育勅語への拝礼をためらった「不敬事件」によって挫折。その後は職に恵まれず、困窮の日々を送った。「いったいに自分に与 えられた天職とは何なのか」、自身を無用者とまで思い詰めた内村が、切実な問いをもって語りかけた講演、そこに示された希望への道とは。

    【出演】立教大学名誉教授…鈴木範久,【きき手】石澤典夫


    ZumZumさんからの追加情報
     UBC(University of British Columnbia)には、東洋研究のセクションがあり、内村とか明治期の思想家の初版本や、版浅本の現物などが読めるらしい。日本の大学だと、これ、貴書扱いだからなぁ。鍵をかけた箱の中に鎮座ましましていることが多いのが読めるらしい。
     またバンクーバーには、内村の思想を反映した庭園があるそうである。


    評価:
    D.M.ロイドジョンズ
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    コメント:名著なのになぁ、再販、出ないんだよな。英語なら読めます。

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