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2013.03.27 Wednesday

キリスト教Evangelicals と Fundamentalits が形成されるアメリカの社会背景

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     さて、ここまであまり明確な議論なしに福音派、聖書原理主義(ファンダメンタリズム)という言葉をあえて使ってきた。理由は、割と単純で、これらは、基本他人がはったラベルであり、そのラベルが、時と場合、使う人によってかなりいい加減に使い分けられるので、そんな細かな議論しなくったって、ラベルを貼りたいなら、貼ったらいいじゃん、それを使い方がおかしいとか、他人にラベル貼らないでたも〜、とか、なんだとかっていったところで、貼る方は結構勝手にラベル貼ってくれるので、めんどくさくて、それにいちいち文句言ってもナンセンスと思うから、まぁ、適当に使ってきたのですの。ごめんあそばせ。

    福音主義と聖書原理主義についての概念整理


     だいたい、この福音主義(Evangelical)、聖書原理主義(Fundamental)は時代の変遷とともに使われ方が変わってきたことが、以前にも紹介した青木保憲さんという方が書かれている。日本語で割と分かりやすく書かれているので、ちらっと抜き書き風にご紹介。

     17世紀から1870年代までのアメリカにおけるプロテスタント教会は、まだ根本主義者(紹介者註Fundamentalistのこと)もモダニストも生まれていなかった。彼らは「宗教改革の伝統(聖書の権威とキリストの十字架による罪の購い)」を自分たちの道徳規準としながら生きる人々であった。彼らは自らをevangelicalsと称していた。(中略)この時代、すべてのプロテスタント教会がevangelicalsだった。(青木(2012)p.11)
    とあり、
     そしてfundamentalitに関しても、同様のことが言える。1920年代に台頭してきたfundamentalistは、1970年代から1980年代にかけて勢力を増してくるfundamentalistとは異なった存在である。前者(1960年代まで)は聖書批評学や進化論などに対抗するという意味で、神学的な論争を展開した神学者、牧師たちに率いられた集団であった。後者(1970年代以降)は同性愛や中絶問題などの道徳問題にかかわり、これらに対しても政治的な解決を求める集団であった。そして後者をfundamentalistと呼び出しはマスコミである。(中略)しかし、二つの時代のfundamentalistが混同されてしまったため、誤ったイメージが浸透してしまったといえる。(青木(2012)p.11-12)
    とあった。
     福音派と聖書原理主義者(fundamentalist)のアメリカの研究成果として、青木(2012)ではさまざまな人の主張を紹介しているが、その中で、George Marsdenの所説を紹介しているので、ここで紹介したい。

     彼(マースデン)は1971年に「根本主義の擁護(Defending Fundamentalism)」を発表し、サンディーンに対して、前千年王国説を強調しすぎることと、根本主義運動の多様性、複雑性を過小評価していることを訴えた。マースデンは、根本主義のルーツを前千年王国説とプリンストン神学のみに求めることをせず、それらに加えて彼らの知的特質をスコットランド常識哲学(Scotish Common Sense Realism)に求め、ホーリネス運動との関連によって根本主義運動が形成されて行く様子を描きだした。(中略)1980年の『根本主義とアメリカ文化』(多分最下部で紹介した本)において、マースデンは次のように語っている。

     福音的プロテスタント教会(evangelical Protestantism)に属する根本主義者は、アメリカの文化体験によって生み出されてきたということに私は同意する。根本主義者はアメリカの文化に非常に近い関係性を保っている。多様な表現ができようが、ともかく私の結論は、ともかく、私の結論は、根本主義は取り巻く文化との大きな葛藤を経験いながら生み出されてきたということである。

    (青木(2012)p.28)
     さらに、青木さんはスコットランドのベビングトン先生の議論を以下のようにご紹介されている。

     ベビングトンは、福音主義のルーツを英国(Britain)全体に求め、その特徴がアメリカや他の福音主義者にも共通するものであることを主張している。ベビングトンが上げているのは、次の4つである。「回心主義(conversionalism)」「熱心な宣教活動(activism)」「聖書主義(biblicism)」「十字架中心主義(crucicentrism)」である。この定義は88年以降、「福音派とは誰か?」について考察しようとする研究者には必ず取り上げられる定義となっている。
    と書かれているから、一応、作業仮説としての共通の土台とみてよいのだろう。個人的には、Activismを熱心な宣教活動という語を当てるのは、どうかなぁ、とは思ったけど。当てるなら、行動中心主義ではないかとは思うけど。ところで、青木先生によれば、学者のなかには、ハート教授のような意見もあるそうで。
     ジョン・ホプキンス大学教授のD・G・ハートは、『福音主義の解体(Deconstructing Evangelicalism)』を発表し、次のように述べている。
     福音派のアイデンティティを求めることはやめるべきだ。なぜなら、そんなものは存在しないから。

                (青木(2012) p.35)

     ミーちゃんはーちゃん曰く。『ハート先生、御意。』

    聖書原理主義と米国社会階層の問題


     ただ、青木(2012)には、次のような表現もあるので、これに関して少し説明したい。補足説明がないと、その背景がわからないからである。

     1970年代に入って、福音主義研究の深まりから、根本主義への注目は高まっていく。その傾向は概ね、
    「根本主義者は無学で頑なな田舎者である」とする従来のイメージを変化させるものであった。(青木(2012)p.24)

    とある。今回は紹介しなかったが、福音派が、Mainline(鉄道本線に対する呼称から由来という説もあるそうですが)と呼ばれるPresbyterian Churchなどのいわゆる東部エスタブリッシュメント等の社会階層を含む伝統的教派のカウンターパートとしての存在として、他者(東部エスタブリッシュメントの聖書理解)を基準として福音派が自分たちの進行基準を定義(聖書は神のことばという聖書理解を持つ者として定義)した部分もあり、その結果、大学卒の多い都市部居住者である東部エスタブリッシュメントに対して、農業者が多く、大学に価値をあまり見出さない無学でかたくなな(Stubborn)田舎者というイメージがあるように思う。

    TV映画大草原の小さな家に見る
    福音派と東部エスタブリッシュメントのモデル


     40代以上の人であれば、見た経験がある方が多いかもしれないが、昔NHKで放送されていたテレビドラマ「大草原の小さな家」でいえば、福音派はローラのお父さんとお母さん。東部エスタブリッシュメントは、町の商店を経験しているオルソンさんご夫妻だと思ってもらえばよい。西部の誰も知らない街に住みながら、オルソン夫人は何かというとその小さいコミュニティの中で東部とのつながりを強調して、一般の住民からディスられまくられるが、つけ払いで販売しているため、町の住民がオルソン夫人に対して頭が上がらない、という構図で描かれていることが多い。

     実際東部エスタブリッシュメントは、資本家(保有資産の程度がどの程度であるかは別として)層とほぼ対応しており、農民はそれに経済社会システム内において頭が上がらない、という構造があった。いまでこそ、世界大戦後、機械化が進み、大規模化が進み、産業化したアメリカ農業は、補助金がじゃぶじゃぶつぎ込まれているということもあり、ある程度の力をもっているものの、その産物が、シカゴ商品市場やNY商品市場での先物取引等を含む、取引材料の具(金融利益を生み出すためのツール)として使われることもあり、その力は金融資本と比べて相対的に弱い(weak というよりはvulnerableかfragile 脆弱という意味で) 。

    福音派と西部開拓民

     アメリカが建国して以来、多くの外国の民を移民として受け入れてきた。そして、ヨーロッパから来た移民の大半は、西部に行って開拓すると土地がもらえると聞いて、エリスアイランド(ニューヨーク市の自由の女神の近くにある検疫のための収容施設があった島)を出たら、ニューヨークで東に向かう準備をしながら、西へ西へと進んでいくのであった。1900年ころまでは、この傾向が続いた。レディー・ガガのじい様とばあさまもシチリア島からの移民の一人として、エリスアイランドにつき、そのままニューヨークのリトルイタリー(というよりはリトルシチリー)に住み着いたようである。

     東部に住み着かなかった人は、もともと、ネイティブアメリカン(昔はインディアンといった)のアパッチ族やイロコイ族、チェロキー族等の皆さんがお住まいだったアパラチア山脈以西の地域にアメリカ連邦政府がやるという口約束を信じて、西部に進んでいく。それを描いたのが、下のリンクで紹介するはるかなる大地へである。トム・クルーズが大分若いが。

     このように肉体だけが頼れる資本というガテン系ヨーロッパ移民が西部開拓民となっていく。その結果、彼らに必要なのは、学識や計算能力ではなく、家を自分一人で作る能力(この結果2×4工法が生まれ、日本の西洋館建築【札幌時計台など】にみられる下見板張り工法につながる)や肉体的な強靭さだけとなり、腕っぷしの強さだけとなる。それが西部劇の背景にある。

    現代に生きる西部開拓民としてのバイカー

     この腕っ節が強い開拓農民のイメージは、バイカーズ、典型的には、ハーレーダビッドソンにのっている口髭を生やしたおじ様たちに重なっていく。福音派の精神性とこのハーレーダビッドソンにのって旅をしていくおじさん達は反知性的で、かたくなな田舎者という形で重なっていく。この辺は、団塊ボーイズという映画を参照。どうも日本で、ハーレーダビッドソンにのって皮ジャンを着て学生伝道しておられる方がおられると聞いたことがあるが、外見的な類似性では、1960年以前の聖書根本主義者との類似性としてはかなり重なるように思う。

     このタイプの人たちは、Red Neckersと呼ばれたりHillbillyと東部人やリベラル派の人々から呼ばれたりすることもあるが、この語は差別語なので、日本人がうかつに使わない方がよい語の一つ。銃で撃たれたり、家の前に銃弾がおかれたり、火炎瓶が投げ込まれたりしかねないので、要注意。これらの人々は、アニメのシンプソンズでも、結構馬鹿にされている。逆に都市の中に住む中産階級の福音派として、シンプソンズの中でNed Frandersとしてカリカルチュア化されて描かれている。この、フランダースというキャラクターは、かなりひどい扱いを受け、嫌われ者として描かれる。あるエピソードでは、彼が、ハリーポッターの本を子供に読みきかせながら勝手に筋を買え、ハリー・ポッターが魔法を使った結果、地獄行きになる、などと子供に説明しているシーンなどや、ハローウィンの時などには、悪魔の格好が重ねて描かれることが多い。

    保安官、法執行官、移民のファミリービジネス

     ところで、ニューヨークやシカゴの法執行官(いわゆる警官及び消防士)にアイルランド移民の子孫が多いのは、アイルランド人社会においてファミリー・ビジネスの伝統が長いのと、さらに、警官と消防士は、英語さえしゃべれる肉体派であればよく、特殊な技能があまり要求されない職種であったということがあるとは思う。そして、その結果、各警察では葬儀などの際にはバグパイプ演奏がなされ、3月にあるアイルランド系のお祭り(St. Patrick's Day)は、緑の衣をまとったアイルランド系消防士や緑の布をかぶせた消防車、緑の徽章をつけた警官が街でパレードし、お祭り騒ぎをやる。シカゴでは、シカゴ川を緑色に染めるのが有名。

     逆に、イタリア語しかしゃべれなかったイタリア系移民の一部は、特にシチリア出身者は、ゴッド・ファーザーなどで描かれるようなイタリアンマフィア(Italian Mob)となっていき、イタリア系とアイルランド系(共にカトリック信徒が少なくない)が追いかけっこするという構図になる。

     なお、米国にアイルランド系移民が増える背景には、アイルランド島での大英帝国による最初の植民地統治に失敗した結果であり、さらに、ジャガイモ飢饉と呼ばれる飢饉の結果、食いっぱぐれる人たちが大量に出、そして、その後もアイルランドが貧しい状況におかれるということもあり、さらに、この大英帝国の植民地統治の失敗が、現在もなおくすぶるIRAと英国政府との対決姿勢や、アイルランド共和国の存在へとつながっていくl。

    福音派の社会的土壌とリベラル派の社会的土壌


     こういう体力勝負の移民が農村部に入っていき、のちの福音派の土壌となる素地(農民文化と農民のイメージ)を西部のプレーリーに生み出していく。ところが、19世紀中葉以降大挙してアメリカに押し寄せてくる欧州系移民(ヨーロッパで食いっぱぐれになりそうになった人々)以前にアメリカに住みついていたというよりはそこでサバイブできた人たちは、ジョナサン・エドワーズやチャールズ・ホッジたちのようにニューイングランドを中心とした東部に住んでおり、長期間住んでいるだけに資本蓄積が進んでおり、アメリカ社会における資本家の役割を果たす。そして東部エスタブリッシュメントという社会階層を生み出し、その根幹をなしていく。そして、東部エスタブリッシュメントを中心とした人々が、合理主義的な、あるいは、いわゆる学術性を重視した「リベラル派」と一般にラベルを張られるに近いキリスト教会群の精神的土壌を生み出し、西部開拓農民を中心とした人々が、「福音派」ないし「聖書原理主義(ファンダメンタリスト)」と呼ばれるキリスト教会群の精神的土壌を形成していく。

    おまけ

     最近は、移民の受け入れを渋っている節がある。特に、カリブ海諸国、メキシコ系の人々に対する受け入れは渋っている。カリフォルニアにいた時、それは強く感じた。町で3K系の肉体労働しているのは、ヒスパニックと呼ばれるメキシコ系住民が中心であった。個人的には、ヒスパニックの子供たちは人懐こくてかわいいので好きであるが。ただ、時に厚かましい、と感じることがないわけではなかったけど。このあたりは、映画『正義のゆくえ』を見るとよくわかる。


    「根本主義者が無学で頑なな田舎者である」とされる理由

     こういうガテン系の人々が福音派の中で、幅を利かせるという社会背景のもとで、もう一度青木(2012)で指摘された傾向である

     その傾向は概ね、「根本主義者は無学で頑なな田舎者である」 

    をみれば、なぜ、根本主義者(聖書原理主義者)が無学でかたくなな田舎者であるとされたのかが分かるであろうし、そして、これが、東部エスタブリッシュメントの人々がその中核となって形成されたリベラル派と呼ばれる人々が福音派や聖書原理主義者の持つイメージとして、バカで頑固な田舎くさい人たちがイメージされ、その後、長らくこのステレオタイプで福音派が語られていくようになった、ように思う。つまり、『東部エスタブリッシュメントVS西部開拓民』という構造が、キリスト教界内で表れたのであり、それに対して、Marsdenやハート先生などが指摘するように、福音派や聖書原理主義者って「そんなステレオタイプで切って捨てれるほど、簡単じゃございませんぜ」という反論が出ることになるのであろう。 

     青木さんの本が残念なのは、アメリカ開拓史の知識のご説明というのか、背景のご説明が限られるために、このあたりのことが十分説明されず、叙述が神学的叙述と神学的な観点からのみの評価に重点があることである。ご興味がないと言われれば、ミーちゃんはーちゃんは、「ああそうですか」としか言えないけれども。それゆえにこのブログ記事を書くことにした次第。

     一応、このあたりのことは、森本あんり先生の本「アメリカ・キリスト教史」には、ちょろっとだけ触れてあるものの、ここまでの解説がないのはちょっと残念。アメリカ西部開拓史の本ではないし。仕方ないのだが。

     次回、もう少し余談として、なぜ、キリスト教界と社会との間で、同一人物のイメージが異なるのか、ということを扱ってみたい。

     すまん、今回も長くなってしまったなっしー。 

    参考文献 

    青木保憲(2012), アメリカ福音派の歴史―聖書信仰にみるアメリカ人のアイデンティティ― , 明石書店
    森本あんり(2006), アメリカ・キリスト教史―理念によって建てられた国の軌跡, 心境出版社
    Marsden, G. M. (2006), Fundamentalism And American Culture 2nd edition, Oxford Univ Pr.
    評価:
    George M. Marsden
    Oxford Univ Pr (T)
    ¥ 1,840
    (2006-02-23)
    コメント:アメリカ文化とキリスト教、特にfundamentalistとの関連が割と丁寧に書かれていたように思う。割と情報が豊富。

    評価:
    ---
    ジェネオン・ユニバーサル
    ¥ 1,100
    (2010-11-26)
    コメント:アイルランド系移民が西部開発でたどったと考えられる様々な問題がうまく描かれている。

    評価:
    ---
    20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
    ¥ 2,459
    (2010-06-02)
    コメント:後味は大変よろしくないが、911後のアメリカ社会と移民との関係を描いた秀作。入管担当者の前でたらめなヘブル語での祈祷文を唱える似非ユダヤ教徒とそれを温かく見守るユダヤ教のラビが面白い。

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