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2013.03.30 Saturday

福音派が生まれたころの世界むかし話(7)

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     さて、今回は、いよいよ、世紀の大伝道者D.L.Moodyさんについて。あ、この方、ムーディ勝山さんと全く関係ございません。昔は、D.L.Moodyはムーデーと表示されていたような気も・・・。

     余談はさておき、まずは、Theologian Trading CardのD.L.Moodyのご紹介を。

    D.L.Moody(1837―1899)

    略歴
     おそらく、19世紀におけるもっとも成功したリバイバリスト系説教者。Dwight Lyman Moodyは貧しい出自の人物である。マサチューセッツの貧しいユニタリアン(変換者注: イエスの神性に否定的見解を向けるキリスト者集団)系の家庭に、9人の生まれた子供の一人として生まれた。ムーディの父は、ムーディが4歳の時に死去する。ボストンで、靴の販売をしている時に青年として回心し、シカゴで短期間生活し、靴販売事業で成功したころの1865年に彼の伝道者としての生活を始める。

    重要性
     大人数からなる聖書研究の奉仕を数年務め、第1次世界大戦(変換者註:カードのテキストはWorld War I多分南北戦争Civil Warの間違いだとおもう)期間中には従軍牧師として奉職する。D.L.ムーディは、教会音楽家(Music Minister)のアイラ・サンキーと一緒に活動した。この二人はリバイバル説教において非常に成功し、特に英国への伝道旅行は記念碑的であり、そして、米国においてもその伝道旅行は同様に高く評価された。ムーディは指導に関する奉仕者であるとみなされて(convicted)おり、1886年にシカゴ伝道協会を設立し、のちにムーディ聖書学院へと改組される。神学的には、『原理主義(Fundamentalism)』の勃興とそれに関する諸派の合同に大きな役割を果たしたと言える。ムーディは聖書の無誤性と前千年王国的な見方の学説を強く主張した。

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    感想
     ユニタリアンは、ある面合理性をかなり追求するグループで、それゆえに、イエスの神性の部分に抵触するような事例が出てきたようにも思います。まぁ、その父親や母親のもとで育ち、そして、別概念に触れることでD.L.Moodyさんのなかで、一大化学反応を起こし、大変化を遂げたみたいですね。

     かなり強烈な親のもとで育つと、子供はそれに反発して違う方向で大化けするというのは結構世の中にある話ですよね。無神論哲学者が牧師の息子、とか、よくある話。これは、キリスト教界だけでなく。かえって○○一家みたいなところで育って、その集団から飛び出す人たちには、それだけの何かがあるんでしょうね。飛び出せない人、飛び出さない人は、それでその集団で埋没していってしまうという。あ、埋没したら不幸だ、というのではありません。埋没した人生は埋没した人生でそれは幸せなことだ、とは思います。たぶん、個人の価値システムが違うだけ、だと思います。個人の価値の違いはそれで尊重すべきかと。

    南北戦争とムーディ
     Moodyが活動していたころ、ってのは、ちょうど、南北戦争前後のアメリカが精神的にも例的にも荒廃していたころだったわけです。そりゃそうです。親類縁者同士やもともと近所の住民同士が、南軍Confederate States Army と北軍Union Armyとに分かれてドンパチやる、銃剣で刺し合いをやる、ピストルぶっ放し合う、凄惨な血で血を洗うかのような戦闘が全米各地で繰り広げられ、戦場に行かず、地元に残った人は残った人で、相手方のスパイではないか、徴兵逃れではないか、などを恐れながら暮らさざるを得なかった非常に残念な戦争と殺伐とした社会、殺人者になってしまった(そして罪というよりは犯罪の問題を突き付けられた)多くの人々を抱える社会を経験するわけです。この辺りについては、映画コールドマウンテン(下記リンクを参照)がお勧め。あとは、デンゼル・ワシントンがかっこいい「グローリー」とか、「楽園を下さい」なんかもお勧め。

     なお、今、70歳くらいのじい様たちにとって、その方々のひいじい様たちが南北戦争に従軍した世代。いまだに、第5世代から第6世代ぐらいのアメリカ人はこの傷を心の片隅のどっかに抱えている場合が多いので、南北戦争従軍関係者が家族におられるアメリカ人のじい様たちの取り扱いは要注意。

    南北戦争と戊辰戦争(明治維新)

     この南北戦争で大量に生産され、それの余った中古兵器や、その戦争時に老朽化していて使えなくなっていた銃器を最新式銃として大量に購入した国が戊辰戦争前後の我が国であり、薩摩長州両藩であり、会津藩であり、長岡藩なのではないかと思う。南北戦争の結果、世界的な規模で発生した中古銃やら軍艦の在庫を一手引き受けみたいな形で受けちゃったという大変残念な明治維新の黒歴史があるように思います。

     この時の最新式として各藩に売りつけられた銃(だって当時は火縄銃がメイン、幕府に武器の技術革新はまかりならん、とされていた経緯がある。佐久間象山なんてご仁は、幕府からお上(将軍様、朝鮮民主主義人民共和国の元首様でなく、徳川様)の権威を揺るがす不逞の輩)とされたみたい。このころ大量に日本に持ち込まれた元不良在庫の銃は、明治期に村田銃が国産銃として開発され、陸軍に正式採用されるまで、使い続けられることになる。まぁ、明治初期の帝国陸軍は、近代軍というよりは、食いっぱぐれたお武家の皆さんからなるお武家さまの収容所みたいな雰囲気だったのかもしれない。田原坂でも切り合いしているし。そして、それが、帝国陸軍の銃剣突撃、肉弾突撃精神、そして特攻精神へとつながっていくような気もする。ところで、八重の桜のオープニングで使われた銃がおそらく、南北戦争の不良在庫化した銃か、その時の中古銃の軽騎兵銃である可能性が高いことは以前ふれた通り。

    八重の桜と大河ドラマと南北戦争

     新島襄がアメリカに到着したのは、おおむね北軍の勝利が決まったころだったのではないかと思う。ミーちゃんはーちゃんは新島襄研究家ではないので、よくわからないのだが。

     そういえば、うちの教会の皆様からは、八重の桜の評判がことのほか悪い。理由が新島襄が活躍しないから、だそうだが、それはあの番組のコンセプトを読み違っているし、それを布教活動に援用しようなんてのは、ほとんどミーちゃんはーちゃんにとっては無理ゲー。

     もともと、八重の桜は、被災地復興支援で、ツーリズムによる地域振興なのだと思う。去年の清盛は、ブームとしては今1、今2で完全にこけていたようである。なんせ、舞台になった地元知事が、けしからんってつぶやくぐらいだから。wwww長田区内の商店街が少しでも潤ったのならよしとしよう。

     ミーちゃんはーちゃんは、会津・岩代・磐城の復興を個人的に願っている。

    南北戦争後の社会とムーディ

     南北戦争を経験し、殺伐とした落ち武者みたいな人や、戦争のPTSDを抱えた人、戦争の結果アル中になっちゃった人、戦争の時の傷病兵、戦争中でのレイプ被害者やレイプ加害者がごろごろする社会の中で、神にあるものの希望を説いたので、みんな、「をををを、そうか」と思って回心した人がごろごろいたのだったのでせう。

     その結果回心する人たちが急増していくことになるのでしょうね。そういう環境下で、リバイバルが起きた、とみてもよいと思います。アメリカ人プロテスタントが大好きなリバイバルです。おそらくジョナサン・エドワーズが生きていた時代のリバイバルとはかなり質的な違いがあるはずなんですが、数量だけで見るアメリカ人からしたら、「大量の回心者が出た!すわ、リバイバル」となったんじゃねーかと。

    ムーディのイギリス渡航と
    プリマス・ブレズレン
     ムーディがイギリス渡航するのですが、そこでどういう経緯だったかは定かでないですが、英国でプリマス・ブレズレンと関係を持ちます。この辺は、Coad先生のA History of the Brethren Movement(下記リンク参照)にも、さらっとであるが触れてあります。そこで、大西洋の反対側で流行っていたプリマス・ブラザレン派に普及していたディスペンセイション説が、Moodyの理解に影響を与えたと思います。私がMoodyの研究者なら、Moodyの説教のテキストをたくさん手に入れて、渡英前、渡英直後、渡英後、米国での活動中くらいの時期に分けて、ディスペンセイション説の影響度を調べますが、だれか、そんな研究しないですかね。アメリカでだとそういう研究が既にあるかもしれませんが。

     Moodyという人物は、Scofield Bible前の人物なので、Scofieldとの交流史を調べる必要がありますが、Scofield Bibleによる直接の影響は考えなくてもよいと思います。英国のブラザレンもそうですし、英国の影響の強い日本のブラザレンのみなさんは、このムーディの評価は異様に高いです。自分たちの仲間、くらいにいう人たちもおられますが、仲間扱いするのは違うと思いまし、Moodyさんに少し失礼だと思いますけど。そも、ブラザレンは、ブラザレンに改宗、とかいうことのない、境界のすごいあいまいなグループなので、なんでもこじつければ、ブラザレンにしちゃうってところがありますね。信徒の諸教会って本がありますが、その一部には、かなりこじつけに近いものがあると私は思っています。

     そういえば、昔、Moodyの科学映画シリーズというのがあって、教会の映画会と称する会で見せられた記憶が・・・今は、著作権が切れたのか、ただで見れます。英語版だけだけど。

     そのうちの一つ、「ハチの世界」はこちら。なつかしい。ハチといっても忠犬ではなくBeeの方です。

    交通機関の発達と
    英米・日米ディスペンション神学的交流

     この大西洋を挟んだ交流史が起きたのも、大西洋航路、定期汽船というものが技術革新の結果可能になってきたからで、ジョナサン・エドワーズ時代やチャールズ・ホッジ時代には、そんな便利な交通手段がないので、たとえ誰かがブリテン島およびその周辺諸島群でJ.N.Darbyがその成立に関与したディスペンセイション説を唱えたとしても、アメリカに移出されることもなければ、移出された先のアメリカで、猛威をふるうということもなかったろうと思います。

     ましてや大伝道者D.L.Moodyに影響を与えることもなかっただろうなぁ、と思います。そして、それが聖書原理主義(古典的聖書原理主義 1960年以降言われるようになった聖書原理主義とはちょっとわけが違う)へとつながり、さらにその聖書原理主義やディスペンセイション主義が日本に形を変えて輸入されることも。こう考えると、一体何なんだろうと頭を抱えてしまいたくなります。そして、中田重治さんがディスペンセイション主義神学の影響を受けたり、あるいは、後年の日猶同祖論事件(あれ不幸だよな。熱心さの故とは言いながら)を起こしたりすることもなかったように思います。個人的には、中田重治先生の伝道活動とか、説教とか評価すごい高いですから。ちなみに、中田重治先生、日本のムーデーと呼ばれていたような気がする。

    ディスペンセイション史観と
    ファンダメンタリズムの成立
     ファンダメンタリズムをどう定義するのか、これは福音派をどう定義するのかと同じくらいの難しさ(みんな手前勝手にファンダメンタリズムのラベル貼り遊びをした結果である)がある(S出版社のFさん ご教示ありがとうございました。一応べビントンの定義は納得的でした)ので、ただ、Moodyの時代のFundamentalismはかなり、このディスペンセイション仮説とつながりが深い、という印象を持っているのだな。これが。

     ということで、このシリーズ次回は、一応予定でいけばこのD.L.Moodyの後継者、シカゴ聖書学院(現在のムーディ聖書学院)の次期学長になるTorreyさんをやる予定。その前に、旅人さんの疑問に答えるシリーズ、教会が牧会者のミニ王国化しやすい理由シリーズをインターセッションとしていたします。社会とキリスト者の関係、社会から見たキリスト者についての問題についてのブログ記事を紹介し、そのあと、リベラル派と福音派の背景について少し触れます。そして、その後元シリーズに戻り、Torreyについて触れます。

    福音派が生まれたころの世界むかし話(1
     主要登場人物の紹介

    福音派が生まれたころの世界むかし話(2)
     ジョナサン・エドワーズの前史 アメリカ社会の成立とリバイバル

    福音派が生まれたころの世界むかし話(3)
     ジョナサン・エドワーズ アメリカ社会にロックインされたリバイバル思想

    福音派が生まれたころの世界むかし話(4)
     リバイバル思想と二人のチャールズ チャールズ・フィニーとチャールズ・ホッジ

    福音派が生まれたころの世界むかし話(5)

     プレミレニアリズムとディスペンセイション主義 アイルランド人のジョン・ネルソン・ダービー

    福音派が生まれたころの世界むかし話(6)
     東部エスタブリッシュメント、聖書無謬論、啓蒙時代と2項対立、A.A.ホッジとB.B.ウォーフィールド



    評価:
    ---
    ワーナー・ホーム・ビデオ
    ¥ 991
    (2012-02-08)
    コメント:アメリカの黒歴史の南北戦争当時の時代背景や銃社会の背景がよくわかる。レネー・ゼルビッカーの生活力満載の女性役を演じ、その南部なまりがかわいい。ニコール・キッドマンが生活力ゼロ薄幸そうな牧師の娘の雰囲気をうまく醸し出している。

    評価:
    ---
    ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
    ¥ 918
    (2010-07-28)
    コメント:南北戦争とアフリカ系アメリカ人軍人の関係を描いた作品。北軍側だけから見た映画であることは、注意が必要。

    評価:
    F. Roy Coad
    Regent College Pub
    ¥ 2,616
    (2001-08)
    コメント:バランスのとれた、ブラザレン史研究のクラッシック。各国への伝播拡散や、ブラザレンと社会との問題などにも触れられている。

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