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2013.03.18 Monday

福音派が生まれたころの世界むかし話(4)

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     さて、ここのところ、福音派が生まれたころの昔話をしてきたが、

    福音派が生まれたころの世界むかし話(1)
     主要登場人物の紹介

    福音派が生まれたころの世界むかし話(2)
     ジョナサン・エドワーズの前史 アメリカ社会の成立とリバイバル

    福音派が生まれたころの世界むかし話(3)
     ジョナサン・エドワーズ アメリカ社会にロックインされたリバイバル思想

    今日は、第4回目ということで、

     チャールズ・フィニーというおじさんと、チャールズ・ホッジという二人のチャールズの紹介をしたい。ミーちゃんはーちゃんは、北米系改革派長老主義教会系の友人はいるが、改革派長老主義キリスト教群はあまり詳しくないので、チャールズ・Fことチャールズ・フィニーとチャールズ・HはTheologian Trading Cards程度の紹介にとどめておこうと思う。

     同カード(発行会社は、Zondervanという会社で、ミーちゃんはーちゃんがお気に入りの本を何冊か、特に、King Jesus Gospelなども出している会社なのだな。聖書も何種類も出している)の情報によれば、チャールズ・Fはこんな感じ。

    略歴

     アメリカのエバンジェリスト Charles Grandison Finneyはコネチカット州に生まれ、彼は、法律関係の仕事を始めた。しかし、ニューヨーク西部で1821年の劇的な回心を経験する。そののち、牧師としての道に転向する。Finneyは第2期大覚醒の中心的な役割を果たす。

    重要性
     Charles G. Finneyは1824年にニューヨーク州のOneidaにある長老教会から任命を受ける。リバイバリストとしての彼の評価は、米国東岸の数多くの教会を回るうちに確立された。ニューヨーク市のある教会のパスターを数年にわたり務めた後、1832年Oberlin College(日本の桜美林大学と関係があったはず)の神学教授に就任する。1851年同校学長就任。Finneyはカルバン派の神学のもとで教育を受けたものの、それを否定し、会衆派(Congregationalist)の立場へと移る。高名な奴隷解放論の支持者となる。Finneyはinnovator(改良論者)と考えられており、彼のリバイバリストとしての高名なセリフは、新しい基準(new measure)であり、具体的には、Anxious Bench(回心者の場所 回心したことをいう場所。ビリー・グ○ハムなんかが回心したって言わせて前の方に呼び出して座らせるような場所)やProcted Meeting(1週間とか長期間にわたる伝道)燃え上がるように攻撃的な説教壇からのスタイルでの伝道等を含む。

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     またぞろ、でた、でしょうけれども、ここでもリバイバル運動は、かなりの影響力を持っているのだね。

     このチャールズFの説教は、松岡修三的な暑苦しさをもった熱のこもった説教スタイルで、また、圧迫面接(新入社員の面接で、相手にガンガン攻めこんで、精神的ストレスをかけ、対応力を見る面接法)のようなスタイルの説教で、回心を迫ったもののようである。この系譜に属するのが、今でいえば、ビリー・グ○ハム(ウィリアム・フ○ンクリン・グ○ハム2世)とか、フ○ンクリン・グ○ハム(ウィリアム・フ○ンクリン・グ○ハム3世)、テッド・ハガードなんかでしょうね。

     尚、ミーちゃんはーちゃんは、この手の説教を聞くのが大変苦手。暑苦しくって。もっとあっさりできないのか、と思う。この手の暑苦しい説教の伝統、チャールズFにあったのね。ミーちゃんはーちゃんは、この手の暑苦しい説教をほとんどしないので、ミーちゃんはーちゃんの説教はつめたいと言われたり、学校の授業見たい(昨日も司会の人に言われてしまった)と言われたりして、ディスリまくられている。まぁ、暑苦しいものが嫌いなので、しょうがない。

     最近はめっきり見なくなったが、1週間の連続福音大会とか、昔は良くあったのだが、そのご先祖様もチャールズ・Fだったのね。うちのキリスト者群でも昔は良くあったらしい。巡回説教者が回ってきて、暑苦しい話を連夜するというスタイル。最後にこの手にミーちゃんはーちゃんが参加したのは、タコマ(タクーマに現地人、ワシントニアンの発音は近い)というワシントン州で1997年が最後。日本では、最近ほとんどうちのキリスト集会群(よそ様からはブラザレン派と呼ばれております)でも、3日とか4日連続の夜の福音大会はほとんどなくなったなぁ。そういや、東京都内のキリスト集会でこの2年以内にやっているのを確認したのがミーちゃんはーちゃんが確認したのが最後。

     なお、チャールズFは原稿持たずに説教したらしい。この原稿持たずに説教する形態は、アメリカではやっているのと同様に、うちのキリスト者群でも、原稿作らずに説教するスタイルをとる人々はおられる。ミーちゃんはーちゃんは、まったくの原稿なし、準備なし、はいかがなものか、と思うが。何を隠そう、ミーちゃんはーちゃんも、原稿持たずに説教した時期はある。これは、事前原稿に縛られずその場の聴衆との関係を見ながら説教ができるという利点がある半面、ともすれば、『内容がいい加減、調査不足、いい加減な物言いが多くなる。床屋政談に近くなる』というのがミーちゃんはーちゃんの経験からの印象なので、今はかなりきちんと準備はする。ミーちゃんはーちゃんのキリスト者集団には、説教原稿なしで聖霊に導かれるままに語る、と豪語する豪のお方もいるが、その方にはできるのかもしれないが、ミーちゃんはーちゃんには無理ゲー。

     説教原稿のアイディアには、かなりの時間、6-8時間(通勤時間にしていることが多い。3〜4通勤日の往復時間)をかけて、イメージが鮮烈なうちに、プレゼンテーションツールに図として構造を書き込んでおく、というのがいつものパターン。ただ、完全原稿を作り、一言、一句あまさず転記なんてことはしないタイプではありますが。会衆の様子を見ながら、当意即妙の部分を残すためでもあるけれども。

     それと、原稿読んでるタイプの説教って、どうしても原稿に縛られるので、聴衆の雰囲気がつかめないのと、聞いててライブ感が無くって飽きる、聞き手が眠くなることが多いという残念な事実もあるように思う。文字を必死になって追うあまり、間違えずに読もう、間違えずに話そうという気持ちが先に立って、説教が生きてないってのかなぁ、みているほうがつらくなるような悲壮感が漂う説教、って人もいる。まぁ、説教者もいろいろ、説教もいろいろである。

     Ministryの以前の剛の説教のDVD、結構よかったんだが、もう一度やらないかなぁ。

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    また、チャールズ・Hはこんな感じ。

    略歴

      19世紀の保守的な長老派の神学者でもっとも有名なひとりであり、チャールズHはプリンストン神学校教授として1822-1878の間奉職。1851年より終生神学校学長を務める。1878年死去。

    重要性
     19世紀の合理主義の台頭に反してチャールズHは彼の息子のA.A.HodgeとB.B.Warfieldとともに、保守的な改革派長老主義神学の護教に努める。1825年にPrinceton Reviewを創刊し、同誌は、19世紀における改革派的及び聖書原理主義的な文化的及び神学的な思想に光を当て続けてきた。チャールズHは数多くの論文と書籍を著したが、その著作には、What is Darwinism?(1874)や組織神学、などが含まれる。

     アメリカ人は機械モノが異様に好きな人である。蒸気機関とか、自動車のエンジンとか、飛行機とかの仕組みが好きな人たちなのだな。個人的にアメリカで出会ったときに、DDayで活躍したP51ムスタングをレストアして個人の趣味として飛ばしているおばさんにカリフォルニアで出会った。こういう機械モノ大好き、機械化・システム化を志向する性格の人が多いアメリカという国家的背景のなかで、19世紀に伝統的な改革派長老主義的な価値を守るために論陣を張ったのが、このチャールズHらしい。プラグマティズム大好き、合理主義大好きなアメリカ人のなかで、カルバン派的な概念を維持しようとしたのが、この方だったらしい。

     多分、この方の影響などもあり、後のスコープス裁判(創造論と進化論を教育の問題としてすり替えた裁判)へとつながっていくのだろう。詳しくはもうちょっと調べないとわからないが。チャールズ・ホッジの本は、残念ながら読んだことがない。

     この前、あるキリスト者の友人と話していたのだが、大西洋の西と東で、2項対立的なものの捉え方をするかしないか(特に設問のたて方として、科学か聖書かみたいな設問のたて方をすることにおいて)の違いがあるという話をしていた。そして、なぜ、それが生まれるのか、ということも。

     よくわかってないのであるが、大西洋の西側のアメリカ合衆国では、2項対立的にとらえがちであり、大西洋の東側のヨーロッパではそこまで2項対立的ではないのはなぜか、その話をしながら思ったこととして話し合ったのは、アメリカ合衆国では、過去の大陸の歴史的な背景を切り捨てたい人たちが建国した建国の経緯が含まれていることに比べ、ヨーロッパは多様な考え方をする人々と共生しなければならなかった歴史的経緯が含まれること、ホロコーストを自分たちの問題として強く経験した欧州人と、ゆるくしか経験し得なかったアメリカ合衆国人などでの違いがあるのではないか、といったことをかなりゆるく話し合ったような気がする。しかし、それを学術的、文書記録に基づいて証明することは非常に困難だが、面白い設問だよね、ということも話し合ったのだね。

     とはいえ、この一連の記事で紹介しているように、米国系の福音派が米国独自の歴史の中で構築されていった中で、福音派にある諸概念や、そこから派生する内在的な問題をこうして書いていると、なるほどなぁ、と思うことがある。

     次回は、英国系(というよりはアイルランド系、ついこないだSt Patrick's Dayだったが)福音派で、ミーちゃんはーちゃんとも関係の深いJohn Nelson Darbyという方をご紹介する予定。


    評価:
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    Zondervan
    ¥ 2,099
    (2012-11-20)
    コメント:ざーっとキリスト教の歴史を並べながら勉強するのには、とっても便利。自分は興味しんしんだけど、このカード上にない神学者がいても怒らないように。

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