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2013.01.19 Saturday

秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか、伴天連追放令の背景 第2回目参加記(5)

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     先月末に上智大学の大阪キャンパスで開催された講演会「秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか-伴天連追放令の背景」 への第2回目の参加記のその5を書いておこうかと思う。前回同様、以下、黒字は、川村先生のご主張。青は、ミーちゃんはーちゃんが思ったことである。なお、今回が最終回となる。


    これまでのものをまとめておくと、こんな感じ。

    秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか、伴天連追放令の背景 第2回目参加記(1)

    秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか、伴天連追放令の背景 第2回目参加記(2)

    秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか、伴天連追放令の背景 第2回目参加記(3)

    秀吉はなぜキリシタンを嫌ったのか、伴天連追放令の背景 第2回目参加記(4)

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     なぜ秀吉がキリシタンをきらったのか、については諸説あり、牛馬を食するというライフスタイルに関する部分や、神社仏閣を壊した、ということなどが言われているものの、それだけが伴天連追放令とはつながらないだろう。為政者としては、こういう生理的なことでは対応しないだろう。

     川村先生説としては、海老沢先生のご主張に沿った説で、本願寺類似説をとる。一番大きな理由としては、政策上、統治戦略上、コンフラリア・ミゼリコルディアのような自治・自主独立組織であり、超領域的社会集団となりうるような存在は許せなかった。個人的には憎悪しているとは言えない。秀吉の周りの女性がキリシタンになっている。バテレンが妾を許したら、秀吉は、キリシタンなってもよい、と言っている。ただ、バテレンがその性倫理の特性から妾を許せないだろうとも言ったそうだ。また、長崎や大阪のコンフラリア・ミゼリコルディアが経営していた病院についてはおとがめなしであった。

     大阪や長崎の病院は、1621年家光のころに破壊している。これと比べ、秀吉は、それほどキリシタンを敵視していない。天下の戦略上まずかったのがキリシタン・ベルトではないだろうか。

     あと、5分ほどで質疑応答が終わってしまったのがちょっと残念であったが、ご講演自体は大変インスパイアリングで、面白かったし、キリシタン理解に違う視点が当てられて、非常に面白かった次第。上智大学の川村先生と上智大学大阪サテライトキャンパスのスタッフの皆さまに感謝。

     最近、JAさんと共同研究をするようになってからというもの、農業において、共同体という存在と共同作業が非常に重要であることが分かってきた。特に水利における共同性というのは、非常に重要であることが分かってきた。

     これまで習ってきた日本史では、今一つ、庄屋と呼ばれる大規模農業者が、搾取していたと、教科書や授業の中で触れられていたにもかかわらず(昭和時代だったので)、小作農たちを代表して時にムシロ旗立てて一揆を行ったのか、政権に歯向かうことしたのかが今一つ理解できなかったのた。しかし、農家の皆さんとお付き合いするなかで、庄屋が地域社会における共同体の形成の代表者であり、一種の地域共同体のリーダーとしての側面を持っており、このコンフラリアと地域農業共同体との類似性が、江戸期以前の日本の社会の古層にあったのではないか、と思われる。

     文字を使う層である庄屋であっても、文字を使わない層である小作農であっても、悪政の影響は直接間接受けるわけであるし、その社会のコモン(共有資産)としての水利において、我田引水することは許されなかったのだろう。

     この水利や入会地の問題と絡めて、だれかキリシタン研究しないかなぁ。ミーちゃんはーちゃんがしてしまえばよいのだろうが、古文書が読めない、そして日本史の知識がほぼ0のミーちゃんはーちゃんには無理ゲーである。

     まぁ、秀吉の性遍歴の激しさは、近代的な性倫理概念やキリスト教的な性倫理からは受け入れがたい。そして、以前に紹介した「笑う大天使」に出てくる光源氏についての女子高生のレポートではないが、秀吉さまも「増殖ワラジムシ」・「性衝動人」・「歩く煩悩様」を地で行っている感じがあるが、おそらく天上人の世界では、光源氏の世界は家計断絶を防止するための措置として当たり前にされていただろうし、日本社会の古層がどうも母系であることを考えると「まぁ、そう堅いこと言わずに、パーデレ殿」というのが秀吉君のスタンスだったのではないだろうか。

     このあと、メールで質問が投げかけられたことについて、応答として、「歴史上、キリシタンはローマ・カトリックに植民地支配の道具として利用されていたのではないか?秀吉が嫌ったのは、奴隷貿易などの世界情勢を知っていたのではないか?」という質問に対して、その部分もあっただろうが、それだけではないのではないか、と思われるということであった。


     奴隷貿易で言えば、からゆきさんという性奴隷貿易もあった。もともと、日本には花魁、芸者、舞子という名前で、性奴隷の歴史があるし、文化としてそれが残っている。日本の藩をそれぞれ、一つの独立国とするならば、実は奴隷貿易はされていたともいえる。日本の花町や繁華街(と言えば聞こえがいいが、要するに性産業が盛んな地域)では、花魁、舞子などときれいな言葉が使われるものの、実体としては性奴隷でしかない可能性が高い。そして、それが日本の古典芸能や舞、謡曲、小唄、端歌などと結び付いている。

     歌舞伎役者は、江戸期今で言うホストみたいなものであったし、アメリカでは、エスコートサービスという高級娼婦や高級ホストまがいのようなサービスが現存する。まぁ、パーティに異性の同伴者なしに参加しにくいという文化もあるのだが。日本の文化では、パーティは同性だけでやるのが基本である(若衆宿以来の伝統かもしれない)が、ヨーロッパ系の文化では、異性同伴が原則のことが多い。

     そーいえば、合コンというのは、現代版歌垣なのであろう。だから、めし食った後にはカラオケ、というコースになるのかもしれない。ちなみに、参加したことはないので、その実態はよく知らない。その意味で、合コンには現代における日本の古層が出ているのかもしれないし、古典復権なのかもしれない。ま、冗談ではあるが。ただ日本の古層がこのあたりに出ているような気がする。ミーちゃんはーちゃんがいた茨城では、筑波山に歌垣の伝統があったとかなかったとかいう話がある。

     性奴隷の話に戻れば、ミーちゃんはーちゃんは古典落語が好きだが、古典落語を聞いていると、江戸落語では「のざらし」・上方落語では「ちはや振る」・「愛宕山」などにも、遊女、花魁、舞子などが登場する。これらは、現代の分類でいえば、性奴隷に当たる。

     ミーちゃんはーちゃんは仕事の関係で、京都の四条河原町や三条京極に立ち寄ることもあるのだが、そのあたりで観光客相手に舞子のコスプレをさせるところがあるらしく、観光に来たOLのおねぇさんがたがしておられるらしいのだが、昔の性奴隷のコスプレイヤーになって、何が面白いのだろう、この人たちの日本文化の理解ってなんだろう、と思ってしまう。

     そのような社会環境と社会状況を考えると、奴隷貿易があったから、奴隷貿易をポルトガル人がやったからといってそれでキリシタンが嫌われた、という理由にならないだろう。飢え死にするか、性奴隷として生き延びるか、という選択を迫られかねないのが、当時の社会なのである。今の環境を前提としては、理解できない問題もあるように思うのだが。今では、考えにくいことではあるが。現代のアメリカであれば、SVUがすっとんでくる重大犯罪である。

     現代の日本語で、奴隷といえば、アメリカの黒人奴隷がすぐ浮かぶ方が多いようであるが、しかし、昔の丁稚奉公も、ある種の奴隷制度(厳密には、独立している人たちもいるので、完全な奴隷制度だとは言えない)に近いものではある。ジュリアス・シーザーの家庭教師は、ギリシア系の奴隷であったはずである。

     このように歴史を考える際は、聖書でも、中世や近世の歴史であったも、いったん現代という時代の価値尺度をはずして考える必要があるのだなぁ、と改めて思った次第。網野先生の著作で知っているはずなのに、また、改めて感じてしまった。


     ということで、お読みいただいた皆様、ありがとうございました。このシリーズはこれにて終了でございます。

     
     

    評価:
    網野 善彦
    筑摩書房
    ¥ 1,260
    (2005-07-06)
    コメント:非常に面白い著作。歴史学の視点を変えてみることの意味を感じる一冊。

    コメント
    >奴隷貿易で言えば・・・・
    >庄屋と呼ばれる大規模農業者が・・・・

     共に根本的な物の見方の問題ですが、教育もあり、いわゆる常識をもってしても、今からの(歴史的な意味での現在)視点で価値判断したのでは、いわゆる時代の精神が解らなくなってしまいます。

     奴隷制の関連でもうさば、決して白人だけが有した社会制度ではありません。古文書をお読みにならないとなかなか気がつきにくいですが、江戸初期大阪の陣に於いてさる藩が町人狩りと称して大阪の市民(商店の女将さんです)を人さらい同然に拉致して奴隷とした文章も残っています。まあこれらが江戸時代身分制度のベースになっていくのですが・・・
     遊郭などの制度も、社会生活に沿って運用されるもので、別の視点から見ると、退かされて大店や奥向きにはいるなどと身分制度を超えた方便として扱われたりもしています。
     一夫一婦制ノミが必ずしも前提なしで正義と呼べる制度といえない点にも注意が必要です。只実際多数婚は煩雑なんですけどね。でも子供を社会の共通資源と考える社会では合理的なのかもしれません。少なくとも今のような家族制度は歴史的には近代の一時期にしか存在していない制度だとおもいます。我が国でも先の戦争前には大家族制、いわゆる家長制を取っていました。これは氏族の存続を第一として、今で言う夫婦単位を考慮していません。

     庄屋と呼ばれる制度は江戸時代に作られたごく最近のことで、荘園制度とは若干実態が異なっています。開墾は土地の所有も必要ですが、相当な有休財産がないと不可能で、その意味では資本的といえます。
     水(水利権)は、我が国では一番強く慣習を重んじる権利で、私どもが実務を行なう場合には一番解決が困難な部分です。稲作にはそれだけ重要で、まさに生命線を握っているのでしょう。
    • ひかる
    • 2013.01.21 Monday 01:40
    ひかるさま いつもコメントありがとうございます。

    >いわゆる常識をもってしても、今からの(歴史的な意
    >味での現在)視点で価値判断したのでは、いわゆる時
    >代の精神が解らなくなってしまいます。

    これは御説の通りですが、実は意外と常識とされることが、時代の精神を理解するのを妨げるような気がいたします。これは聖書理解にしてもしかりだと思います。

    聖書の中で、現代の日本という国の現代日本語に訳された聖書で、日本の状況の感覚で語られていく聖書理解のなかには、実はイエスが相当ショッキングなことを言っているにもかかわらず、完ぺきにさらっと見逃し、他の点にのみ焦点を当てていくような聖書理解も多々見られます。これは、私が親しんでいる英語圏でも起きていることですが・・・。

    奴隷制度にしてもそうですね。古代から奴隷は当たり前、戦争の時の、Spoils of war の典型的なものでしたし。

    ユダヤ人の捕囚も、実は奴隷としてのバビロン域だったということが語られない大変な事実。単に誘拐として語られているのですが、保証金を払えば釈放、保証金を払えなければ奴隷ということなんですけど・・・。これがまた現在のBail Bondにつながっているという・・・

    今回の天然ガスプラントの事件にしても、彼らにしてみれば、古代からの古俗にしたがって、部族に語り伝えられた通常の範囲のビジネスとして、身代金は?と聞いたところ、いきなり、テロリスト扱いされ、テロリストとは交渉しない、と言われ、挙句の果てにミサイルは飛んでくるは、ヘリで攻撃されるはというとんでもない目にあって、そんな…になっているのではないかと思われます。

    一夫一婦制は、言いたいことはいっぱいありますが我が家の家庭内に地雷原を敷設しないためにも、このあたりで。ご容赦を。

    これまで、茨城、近畿あたりの農家の方とお付き合いさせていただいているのですが、確かに新田開発は、重機、農業機械のある中でも、農作業だけでも大変ですから、人海戦術しかなかった時代では、いかに大変だったかは想像するに余りあります。そして、それを開発するためには、家族内にある人的資本を総動員するしかなかったのも確かなようです。農家に言わせると、田畑は数100年かけて一人前だそうですから、少なくとも10世代単位での継続した耕作がもとめられるようです。それも年数回の収穫しかできないのに・・・。

    現代人は、数量単位で物事を考える習慣が抜けませんから、田畑といっても面積や圃場枚数でのみ数える。論外だそうです。その通りだと思います。

    水利に関しては、昨年プレ調査に入ったのですが、集落ごとに水管理の担当者の呼び名が違う、水利慣行が違う、この問題の深刻さと古さ、そして、その重要度を深く感じました。

    もともと降水量が少なく、大河川の少ない瀬戸内地方では、ため池水利が中心ですが、このようの農村地域では、この20年内におきた、少雨高温年で、水争いで、草刈りがまをもったにらみ合いがあったとか、なかったとか、ということだそうです。

    いつも、コメントありがとうございます。ひかる様の安寧と平安を祈念いたしております。

    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.01.21 Monday 09:31
    >・・・にらみ合いがあったとか、なかったとか・・・

     水利権は法権利としても面白い対象ですが、運用や慣例の調査対象としても大変面白いと思います。どこかの聞いた振りの知識人は、日本人は水と空気はタダだなんと思っているなんて放言しているようです。実生活の苦労など全く知らずにお育ちになったご様子で、宮育ちなのか、さるお大尽のお孫さんかは存じませんが・・・

     過去の歴史、それこそ流された血の量ほどの原因があってこその慣例が重要視されてきたわけです。物知り顔の来たり者の小理屈など通じる訳がない。

     といっても、スイスの灯明代のように600年もたつと殺人の償いすら済んでしまうのが娑婆の掟らしいですが・・・【CJC=東京】AFP通信によると、スイス北東部グラールス州で1357年に起きた殺人事件の代償として、地元住民らが教会に毎年支払いを続けてきた聖体ランプの燃料費約70スイス・フラン(約6600円)について、同州の裁判所は2012年12月、住民に今後の支払い義務はないとの判断を下していた、とスイス公共放送局RTSが1月8日報じた。
    • ひかる
    • 2013.01.23 Wednesday 05:40
    ひかるさま

    コメントありがとうございます。水利権問題とそれをめぐる実際は、確かに、運用とその習慣に関して、実に非常に面白いものがございます。しかし、それを研究する人がほとんどいない。重要性は指摘されていても、個別要素が強すぎ、包括的な理論体系をまとめることができない。

    戦後の耕地整理(土地改良事業)で、数百年かけて作り上げられてきた農地(土)が失われるのと同時に、水利慣行についても失われつつあって、さらに、農業人口の減少、高齢化で、その水利慣行の古層を知る人々からのインタビューも難しくなりつつある。

    水田による稲作にとって、水利は本当に生命線で、それをみんなでぶつかりながらも調整しながらも、そして、必死になって守っている姿に心から頭が下がる思いです。そして、微力ながらもこの方々のお役に立ちたい、と思っております。

    水と空気がタダだと放言しておられる方は、水道局の苛烈な勤務実態もご存じないのだと思いますし、震災も経験されたこともないのでしょう。まぁ、そういう能天気な方はどうぞ、能天気に生きていただいて、と思います。そして、いらないことをご放言になられて、下々のものの怒りをお買いにならないようにしていただければ、と存じます。本当に。

    へぇ、スイスでは、そんな習慣もあったのですか。まぁ、儀礼(リタジー)を通して、過去を忘れない、過去に生きる、ということも、大事だとは思うのですが。震災の慰霊碑などの役割を見ても、そう思います。

    そういえば、オックスフォード大にも、地域住民とのもめごとがあってそのための儀式(リタジー)があったように記憶しているのですが、違いましたっけ。

    いずれにしても、現代の状況だけを前提として考え、歴史性を無視するという情けない状況が何とも残念ですね。

    コメント、ありがとうございました。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.01.23 Wednesday 09:06
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