<< アメリカでの小学校、銃乱射事件に寄せて | main | クリスマスの福音 マクナイトのシリーズに寄せて >>
2012.12.19 Wednesday

女性を巡る10の誤解

0


     さて、以前に牧師萌えとはならない、教会女子の話を「結婚相手としての牧師の厳しさ 」という記事で水谷先生のブログ記事に応答する形でかいてみたのだが、今回は、教会と女性に関して、スコット・マクナイト先生が面白いサイトのコンテンツを記事として紹介しておられたので、それを日本語変換した上で、ご紹介しておこうかと。


    ------------------------------------------------------------------

     カリスマ・マグというサイトで、Lee Gradyによる面白いリストを見かけたのだが、それは教会が女性に対してついている10個の嘘についてである。これは、今日の社会で会話のきっかけとして重要ではないか、と思われる。私は、この記事の冒頭部と、リストだけを残しておく。できれば、リンクをたどって、彼の説明を見てほしい。

      このうちどれかのひずんだ解釈を聞いたことがありますか?これらのことを聞いたことがありますか。
    何世紀にもわたって、父権的な支配の構造が聖書を捻じ曲げることにより、女性の霊的な能力を閉じ込め続けてきたのだ。いま、この神話の正体を明らかに(debunk)するべきときなのだ。


    我々は21世紀に住んでいる。しかし、もし、自分自身に正直であれば、何らかの形で教会は今なお暗黒時代にいるのだ。特に女性の扱いに関してどうであるかを考えてみる場合に。

    聖書が女性を男性より劣ったものとして描いてないにもかかわらず、主要な宗教的なシステムは、現在もなお、女性が劣っているということに関するかな りひずんだ見方を強化し続けている。女性は、これに疲れてしまっており、そして同様に、男性も、私自身もそうであるが、疲れているのだ。このような欠点を認識を引き出すような態度は、神の御心の反映ではないからだ。

    イエスは、その教えの中核において、女性に対するイエスの牧会のかなりの部分を向けていることを見るときに、性差に関する偏見に対して挑戦しておられる。 中東の文化において、女性は単なる財産としてとらえられていたが、イエスは女性をいやされたし、弟子とされたし、彼らを牧するものとして選ばれた。今日ま で、女性の機会を奪うこと、そして、聖書を我々が女性を登用することを防止するためにエネルギーを用いすぎているのだ。

    私は、10個の女性を長らく教会でつかいまわしにされ、弟子たちによって述べられ、聖書の翻訳につけられた聖書研究ノートとして書かれ続 けてきた間違ったものの見方を見つけた。第宣教命令を完全に実施したいと思うのなら、これらの嘘の正体を見極める(debunk)べきだ、と確信している。

    嘘 その1 
     神の女性への最も重要な命令は、夫に仕えることである。

     
    関連聖句  創世記 2:18-25

    嘘 その2
     女性は、男性なしには効果的な霊的満たしはない。

    嘘 その3
     女性は、家の外で働くべきでない。

     関連聖句 箴言 31 テトス 2:5

    嘘 その4
     女性は、すべての状況において夫に従順に従うべきである。


     関連聖句 エペソ 5:21-22

    嘘 その5
     女性が教会の奉仕に当たるときに女性を覆うものとして男性が必要である。


     関連聖句 第1コリント11章特に 11:3

    嘘 その6
     女性は、夫を家庭における祭司としてみるべきである。

     関連聖句 1 ペテロ 2:9, 黙示録 1:6

    嘘 その7
     女性は、リーダーシップの役割にあるものとしての備えがない。

     関連聖句 1 テモテ 2:12 士師4-5章 マタイ 28:1-10 使徒 2:1-4

          ローマ 16:7

    嘘 その8
     女性は教会の中で男性に向かって、説教したり、教えてはならない。


     関連聖句 1 テモテ 2:12
     
    嘘 その9
     女性は、男性に比べて、騙されやすい。

     関連聖句 1 テモテ 2:14

    嘘 その10
     リーダーシップに優れている女性はイゼベルの霊をもっている。


     関連聖句 士師 4:14 ルカ 2:36-38 使徒 18:26


    ----------------------------------------------------------------------------
     ミーちゃんはーちゃんは、フェミニズム神学の徒ではない。しかし、ここで言及されていることは重要かもしれない。この立場を受け入れないまでも、考えてみることは重要ことかもしれない。


     まず第1のウソを見てみよう。

     女性は男性のために作られた、という理解であり、男が先に作られたのだから、ということでこの 種の解釈がされることがあるが、しかし、上智大学の雨宮慧先生が、NHKの「こころの時代」でお話しになられていたように、アダムはエバを支配するために待っていたのではなく、ともにコミュニティを形成していくものとして待っていたのではないだろうか。

     日本語や英語の「従う」という語は問答無用に服従する、という意味で理解されることもあるが、ギリシア語における「従う」、夫人が夫に「従う」として用いられている語の Hupotassoフーポタッソォ(1 コリント 14:34)について、調べてみたところ、主体的に重荷を負うという意味で、仕えるとか従うという意味も持つ場合があるのであり、前の記事アメリカ人の福音派の神学部の大学教員が、アメリカの福音派の軍国化について語ったこと(3)でもちらっとふれたように、あくまで自己意思で主体的に重荷を負うというニュアンスを持つ場合もあるのだ。また、これに関しては別途面白い記事を見つけたので、それを日本語に変換して、コメントを入れてお伝えしたい。そのうち。日本語の通常の語感に基づく「従う」という意味とは、理解される内容が大幅に違ってくるように思うのだ。問題は、カルト化した教会、あるいはキリスト教カルトや、DVがみられるような家庭の中で、この『従う』の誤用や濫用があまりにも多い。あくまで、ともに主体的に自分の意思で、カルト的な方法ではなく主体的に重荷を担う、という意味を含みうることを考えると、ここでは、何が何でも夫に盲従するということではなく、女性の主体性を含んだ概念でもあると思うのだが・・・。

     次に第2のウソについてである。

      男性とともに過ごさず、まともな活動をした例はキリスト教の歴史の中で、少なくはない。マザーテレサの例をあげるまでもないだろう。また、男性のもとで、 効果的に霊的な満たしを受けなかった例はそれこそいくらでもある。また、聖書的根拠、というのであれば、マルタとマリアの例を思い出せばよいだろう。 あるいはイエスに油注ぎした女性の例を。もちろん、不品行や当時の人なら眉をひそめるような問題はあったかもしれない。しかし、これらの問題なく過ごしたと思われる男性も女性も、その言動が記録されない中で、この女性が記録されていることをあなたはどう考えるのだろうか。その聖書的根拠をどう考えるのだろうか。まぁ、ほかでも問題がある例は聖書の中でいえば、7人の夫のもとにあったサマリアの女の例を思い出せばよいだろう。これらの人物が聖書に名を残していないまでも、彼女たちの言動が聖書の中に残され、ほかのラーバイまたは、ラビの言行がほとんど記載されていないことは着目に値するのではないだろうか。当時は、女性のラビはいない。私がワシントン州で参加したハヌカを司式したのは、女性のラビだった。

     次に第3のウソについてである。

     女性が家以外で働くべきでない、ということは、アメリカの福音派でもまことしやかに語られているらしい。私がサンタ・バーバラで参加していた福音自由教会では、ほとんどの女性が仕事を持っていた。必ずしも、すべてと一般化はできないが、日本でも、もともと専業主婦理念が明治期に植え付けられてから、これがモデル化されてきたし、良妻賢母の育成をうたったキリスト教系私立学校もないわけではない。

     しかし、よく考えてみれば、ルツは、律法違反していることになる。ボアズの畑にいって収穫作業をしているのであり、働きに行っているのだ。なに、寡婦だから仕方がないって。もちろんそのような側面はあるが、しかし、厳然と働いていることは間違いはない。

     また、ユダヤ考古学の研究者でないので、何とも言えないが、掃除機もなければ、洗濯機もない、水道もない乾燥地帯の生活では、現在より、家事労働は大変だったであろうし、それ以上のことを女性に求めなかった神の配慮を根拠に、それを現代の近代化が進んだ社会における女性の就労まで拡張するのは、文化的コンテキストへの誤った聖書の適用だと思う。ただ、ミーちゃんはーちゃん家では、家事に専業してくれているので、ウマウマなごはんが食べられるので、ミーちゃんはーちゃんは幸せ者であると思っている。

     第4のウソについて

     これについては、近日中に、聖書の中で従うと訳されているHupotassoという言葉についての解説文を紹介するので、そちらを見てほしい。先にもふれたように、この従うと訳されている言葉は、主体的に支えあうということであり、一方的に盲従するということではないようににも思うのだが。

     この言葉は、DV夫がDV被害者の妻を痛めつけるときによく使う言葉であることは、Law and Order SVUの視聴者であるミーちゃんはーちゃんには、当たり前で、アメリカでは、家庭内の性犯罪はほぼこの言葉が悪用、誤用、濫用されているのだ。従うというのは、盲従ではないように思う。

     またまた、キリスト新聞社さんの本の紹介で恐縮であるが、『「健康な教会」を目指して』でも、これから日本のキリスト教会でも、教会がDVと対面していくことが問題になるのではないかといわれていた。この問題を正面切って対応可能にするためには、聖書の改訳とまではいかなくとも、説教者と責任者が、ギリシア語テキストに従って釈義する習慣の大事さを感じる。

     次に第5のウソについて
     
     家庭での聖書研究会や日曜学校で、男性がいるべきだとか、女性だけで教えてはならないとかいう根拠にこの言葉が使われることもあるようである。嘘っぱちだと思う。

     ミーちゃんはーちゃんのところは、それはもう徹底した人材不足教会であったので、御受洗した翌週から、オン・ザ・ジョブトレーニングではなく、いきなり日曜学校の教員を13歳でさせられた。13歳が11歳を教えたのである。きつかった。正直。それも、一人で、6歳から11歳までの3人の子供の日曜学校の教員をやらされた。引き継ぎ?そんなものありません。後は適当によろしくでござった。

     このときに使われた嘘がこれである。男性信徒が居る場で、女性は指導的立場に立ったり、教えてはならんから、お前やれ、であった。

     これは、上のいきなり日曜学校がミーちゃんはーちゃんに押しつけられた事例のように、女性が手を抜くために、いや、少なくとも責任を逃れる口実にも適用される事例もあるので、男性がこう仕向けているともいえないだろう。これは、男女による共同正犯である。男性だけを非難するのは片手落ちではないだろうか。

     まぁ、重篤な中2病患者だった(今もであるという話はさておいて)中学生の語る超いい加減な日曜学校の話は、皆様お忘れくだされ。とお願いしたい。経験豊富な女性信徒さんにお願いして、ご担当いただくほうがよほど良かったのではないかと反省しきり。

     第6と第7のウソについて

     ミーちゃんはーちゃんは、これをサポートする聖書の言葉を知らない。たぶん、勉強不足なのであろう。思いつかないのだ。男性は家の祭司職であるべきだ、というのは旧約聖書にもないように思う。

     確かにユダヤ的なコンテキストの中で、男性が主導的立場にあったことは様々な事例から推測は可能であるが、これを明確に説いた聖書の根拠は寡聞にして知らない。ご存じの方が居られれば、ご教示いただきたい。

     ただ、時と場合によって、旧約時代であっても、女性の預言者が存在している。ペンテコステの前にも、女預言者アンナがいたし(彼女はクリスマス物語の中で黙殺される傾向にある。かわいそうなアンナ)、審き司の一人としてのデボラもいるが、彼女が日曜学校で語られることはない。モーセを救ったヒロインのミリアム(ミリアムのアラム語発音をギリシア文字化するとマリアになる)に至っては、重篤な皮膚病になった場面がかなり強調され、彼女がイスラエルの民を鼓舞した部分は語られない。

     これに比べ、エリは、祭司職であったが、子供は不良化するし、バカ息子になっちゃうので、最終的には神様からこの不良息子は怒られている。それを考えると、バカな男性祭司職は、YHWHがお認めにならなかったことが分かる。

     第8のウソについて

     オリジナルのブログ記事では、当時の異教社会ローマ・ギリシア的な神がかり的な神祇職としての女性の存在を否定したのではないか、ということを指摘していたが、それはその可能性は低くないだろうと思う。カエサルに冠をかぶせるのは、女性の仕事だったようだ。

     なぜ、パウロが女性が語ることを許していないかは、よくわからない。わからないものはわからないので、このままにしておこう。無理に解釈して、誤った聖書解釈を引き出すよりは、そのままにしておくということのほうが大切であろう。

     その意味で、この部分については、もう少し検証が必要なので、現段階ではブログ記事の著者には完全に同意しかねる。

     第9のウソについて
     現実的には、だれが騙されやすいかは言えない、と思うのである。男性でも、だまされやすい人もいれば、女性でも騙されにくい人もいる。大阪のおばちゃんは、女性だが、だまされにくい。むちゃを言うけど、それはそれなりに庶民的な常識というか論理が生きているからこそ、だまされないのだと思う。かと思えば、世間的にはある程度経験を積んだ金融関係者がころっとだまされたのが、AIJ事件である。

     第10のウソについて
      もうこれは、偏見以上の何物でもないだろう。嫌いなものにレッテルを張って済ますのは、世の習いであり、その一種だと思う。メソジストも、もとは蔑称であった。ファンダメンタリスト(原理主義者)も蔑称であったし、これは蔑称であり続けている。蔑称の上に誤用が激しいので、本来、聖書原理主義を語る語であったが、今はイスラムとか他の者にもつかわれている。そういえば、紀元150年ごろまでは、キリスト者 クリスティアノス はキリスト基地外であり、キリストに狂っているやつという蔑称であった。
     こういうラベルというかレッテルを張って、ディスる事は容易であるが、しかし、イエスはそうすることを望んだろうか。世間が不品行な女、ふしだらな女、泥棒、ヤナやつとラベルを張って付き合わなかった人々を受け入れ、その友となったのがイエスであったし、とらわれ人に解放を、悲しむものに喜びを与えるためにイエスが来た、ということを忘れるべきではないだろう。

     それは、このクリスマスの時期だからである。キリストが来られた目的を考えてみてもよいのではなかろうか。キリスト者として、そう感じる。

     

    ----------------------------------------------------------------------------

    http://www.patheos.com/blogs/jesuscreed/2012/11/19/distorted-church-teachings-about-women/

    I saw this list by J. Lee Grady, at Charisma Mag, on ten lies the church tells women… and it’s a list worthy of a good conversation today. I give you his opening and then only his list… go to the link to see his explanations:



    What distortions have you heard? Have you heard these?

    For centuries, a patriarchal system of control has kept women in spiritual captivity through distortion of the Scriptures. It’s time to debunk the myths.

    We live in the 21st century, but if we’re honest we have to admit that in some ways the church is still in the Dark Ages―especially when we look at the way we treat women.

    Even though the Scriptures never portray women as secondary to men, our male-dominated religious system still promotes a warped view of female inferiority. Women are tired of this, and as a man, so am I―because such demeaning attitudes don’t reflect God’s heart.

    Jesus challenged gender prejudice at its core when He directed so much of His ministry toward women. In a Middle Eastern culture that considered women mere property, He healed women, discipled them and commissioned them to minister. Yet today we spend much of our energy denying them opportunities―and using the Bible to defend our prohibitions.

    I’ve identified 10 erroneous views about women that for too long have been circulated in the church, preached from pulpits and written in the study notes of popular Bible translations. I believe we must debunk these lies if we want to see the church fully released to fulfill the Great Commission.

    Lie No. 1: God’s ultimate plan for women is that they serve their husbands.

    Lie No. 2: Women can’t be fulfilled or spiritually effective without a husband.

    Lie No. 3: Women shouldn’t work outside the home.

    Lie No. 4: Women must obediently submit to their husbands in all situations.

    Lie No. 5: A man needs to “cover” a woman in her ministry activities.

    Lie No. 6: A woman should view her husband as the “priest of the home.”

    Lie No. 7: Women are not equipped to assume leadership roles.

    Lie No. 8: Women must not teach or preach to men in a church setting.

    Lie No. 9: Women are more easily deceived than men.

    Lie No. 10: Women who exhibit strong leadership qualities have a “spirit of Jezebel.”



    コメント
    >オリジナルのブログ記事では、当時の異教社会ローマ・ギリシア的な神がかり的な神祇職としての女性の存在を否定したのではないか、ということを指摘

     前にも同様の内容に触れたことがあると思いますが、種々の証拠や言い伝えから解釈すると、初期教会にてあまりにも異言を伴う神懸かり行動が多発し、収拾させるために制限を行なったわけです。(このことが、教会のみが神との仲介を独占するパウロ神学のベースになるわけです)組織の統一を図るためにはあまりにも当然のこの方針が、時代を経るにつれ当初の(コアとなる考え方を整理するという)目的を忘れ、いたずらに旧きを守る為に都合よく利用されたわけです。

     保守という考え方は、今あるものを守ることですが、時代や成長に伴い、当然更新が必要になります。反動=旧弊に固執する、こととは全く異なる考えかたであるのに、つい安易に都合良く曲げて考えるのが人の常です。

     ・・・・まあ生理的に女性特有な子宮の病(ヒステリー)を持つとアリストテレスが考えていたと聞いていますから(これも伝聞で、直接文献証拠があるのか不明、不合理故に我信ずと同様)18世紀までは形而上学として、おそらく面と向かって反論できた人はいないとおもいます。

    >もうこれは、偏見以上の何物

     この類は、反論その行為自体が無意味。なぜかと言えば、概念そのものが個人の無自覚的な無意識による序列意識形成から発する人格そのものである場合がほとんどで、自覚的には修正不可能でかつ時間的な制約を持つ意識であるから。
     たとえば、朝鮮人という単語。人を呼ぶときに、この言葉の語感を蔑視と感ずるか否かは辞書的には定義不可能。使用する人の使用時点での意識で感じる感覚以外、第三者が判断可能な手段も基準も存在不可能。
    • ひかる
    • 2012.12.20 Thursday 11:32
    ひかるさま

    コメントありがとうございます。

    >時代を経るにつれ当初の(コアとなる考え方を整
    >理するという)目的を忘れ、いたずらに旧きを守
    >る為に都合よく利用されたわけです。

    そうですね。今度政権取りもろされた方もこういう雰囲気ありますものね。思考が不自由というのか、思考が残念というのか。何のためにとりもろすのかを忘れて、とりもろすことにまず執着するという。政権は無事とりもろされましたが。

    > 保守という考え方は、今あるものを守ることで
    >すが、時代や成長に伴い、当然更新が必要になり
    >ます。反動=旧弊に固執する、こととは全く異な
    >る考えかたであるのに、つい安易に都合良く曲げ
    >て考えるのが人の常です。

     というのか、考えなくてすむからでしょう。前例踏襲主義は。今回、とりもろす、で有名になられた党首様は、ものを考えたくない方たちの反動としての期待が集まってしまったことに、かなりおびえておられると思います。次に人柱というのか、矢の的にさせられるのは我々だ、と。政権をとりもろしてしまわれたがゆえに、集中砲火を浴びる対象になったことの意味を感じておられると思います。彼、2回目の登板ですし。

     それが、まぁ、もともとのエリートの存在意義で、鉄砲玉にあたってなんぼ、なのが、本来エリートなんですが、近代以降は、エリートは頭がいいので、鉄砲玉に当たらないところにすぐすっ込んでしまう人たちも少なくないので・・・。とりもろす、とりもろすとおっしゃるのであれば、その議員の皆様にエリートとしての犠牲も同時にとりもろしていただければ、と思っております。昨日のテレビ報道で、とりもろすとのたまう党首様のところのお偉いお方が、大衆受けを狙って、リーダーを引き下ろすのがかの公党の伝統で、それをしてほしくない、とおっしゃっておられましたが、角福戦争やら、三木おろしのころ、あるいはハマコー閣下が公党のロビーでソファーを頭上に振りかざしておられたころよりの伝統ですし。まぁ、以前よりはもう、百家争鳴状態が続くでしょう。



    >(これも伝聞で、直接文献証拠があるのか不明、
    >不合理故に我信ずと同様)18世紀までは形而上学
    >として、おそらく面と向かって反論できた人はい
    >ないとおもいます。


    そうですね。医学ももともと呪詛なんかと根源的に似ているところがございますし。瀉血なんてのが正式の医学行為だった時代がイングランドでも20世紀初頭までございましたし。まぁ、女性たちは女性たちですることもあったわけですし。それが屈辱的なのかどうかは現代の感覚ではかってはならんと思うのですね。ご指摘の通り。その時代はその時代なり、ということでしょう。

    >この類は、反論その行為自体が無意味。なぜかと
    >言えば、概念そのものが個人の無自覚的な無意識

    その通り。たちが悪いのが無自覚的な無意識だから、お話ししたところで「はぁ?」ですめば、いいけれども相手を読み違うと、急に相手がジャイアン化してしまうので。これは確かに厳しい。

    アメリカ軍の軍人の沖縄における感覚というのは、まさしくこれですね。ケチなしけたアジア人としか見てない。彼らにとってはいまだにアジア人は人間以下の存在だからなのだと思いますよ。アメリカにおける差別構造そのまま出してしまう。自分たちの基地内は敷地だと思うから。そして、気がゆるむと、基地外も基地内と同じに錯覚するし。

     そうですね。朝鮮半島というのは、もともと美名のはずで、左様でなければあの誇り高い革命の闘士でもあった金日成閣下が自らの人民民主主義体制の国の国号に、その名をつけるはずがないんですが・・・

     やりにくい時代になりました。ハラスメントは受け手がどう感じるかがすべての基準になったので、何が妥当で、何が妥当でないかがかなりぐだぐだになってしまいましたし。教養のないマスコミの皆様が、面白半分に突っ込むし。何ともなりませんねぇ。

     コメント、ありがとうございました。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2012.12.20 Thursday 17:33
    >朝鮮半島というのは、もともと美名のはずで・・・

     実は、李成桂が1393年に中国の明から権知朝鮮国事に封ぜられたあとに自らが提案し、中国が「朝貢非常に鮮(浅)し」と選んだといわれています。

     歴史的事実を捏造したり、希望に添う形に自由に変形することに違和感を感じない国民性とのことです。
    • ひかる
    • 2012.12.21 Friday 04:56
    ひかるさま

    またまたコメントありがとうございました。

    なるほど、そういう背景があったのですね。ご教示感謝いたします。

    まぁ、勝者は、みんな勝手に自分の歴史を書き換える習慣がございますので。まぁ、これはある程度普遍的な人間の姿かもしれません。

    コメントありがとうございます。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2012.12.21 Friday 06:18
    管理者の承認待ちコメントです。
    • -
    • 2013.07.22 Monday 12:11
    ななしのひつじさん 殿

    コメントは頂きましたが、本文記事と直接関係のない記事ゆえ、非公開削除とさせていただきます。

    ご了解くださいますように。

    ミーちゃんはーちゃん より
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2013.07.22 Monday 16:52
    コメントする








     
    Calendar
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    << November 2019 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM