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2012.11.07 Wednesday

読んだので、書いておこうかと。読みながら、気分が悪くなったけど(第1回)。

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     今回、ご紹介する本は、グレース・ハルセル著 越智道雄訳 核戦争を待望する人々 −聖書根本主義派潜入記 朝日選書 386(下記リンク参照)をご紹介したい。

     この本は、もともと、穏健的福音派の家庭で育った元新聞記者でリンドン・ジョンソン大統領のスピーチライターの一人でもあった著者がアメリカ合衆国内の原理主義的なキリスト教集団のイスラエル聖地旅行とその問題をジャーナリスティックに調査取材した取材記です。

     この本がおもしろいのは、以前流行ったキリスト教のテレビ伝道師がやっているイスラエル聖地旅行に言ってみたこと、そこで見たこと、そこで感じたこと、アメリカ国内のユダヤ人とイスラエルという国家への視点、1980年代という時代を背景にした、当時の福音派と呼ばれる人々のかなりの部分の時代理解、福音派の信者と国家としてのイスラエルとの関係、アメリカ国内のイスラエルロビーと福音主義者との関係がかなり克明に描かれていた。

     記録を当たってみると、レーガン(注 元大統領)は核兵器の飛び交うハルマゲドンでサタンに率いられた軍隊とアメリカが戦う運命にあるという発言を、長年にわたって繰り返していることが分かる。ニューヨーク在住の研究者ラリー・ジョーンズと宗派横断的(注 超教派的)なワシントン・キリスト研究所のアンドルー・ラングの二人が調査した結果、レーガンがハルマゲドンを世界最終核戦争に結び付け、その必然性を信じる解釈を少なくとも1986年までは受け入れていた確証をつかんでいる。(同書 pp.11-12)

    という記述があった。そーいえば、今を去ること約30年くらい前、こういう言説(核戦争が最終戦争で、それがハルマゲドンだという言説)が日本の我が教派の中でも、まことしやかにはやったよなぁ、しかし、その後の当時のソ連の崩壊やデタントの進行で、こういう理解はいつの間にか消えてしまったなぁ、と思った。しかし、今考えてみれば、基本、偉大なる厨二病設定ではある。ま、当時は、中学生から高校生で、厨二病設定が有効な期間であるので、それに罹患したとしてもしょうがないのであるが、大の大人の大半が厨二病だったのが残念。うちの義父は、我が教派の中でもこの設定を批判的にとらえていたらしく、子供たちに、「説教者が、『今晩、主が来られる』と言ったら数を数えてみればいい」と言っていたらしい。厨二病設定の時事解説大会なのか、聖書の学び会なのか判然としない会に参加しながら、家内は「今晩」と説教者が言う、その数を数えていたらしい。

     もっとすごい厨二病だなぁ、と思ったのは、次の表現である。

     ところが、リンゼイによれば、今や神は彼やジェリー・フォルウェル(フォーウェル?)、ジミー・スワガート、パット・ロバートスンらにご自分の最終シナリオを示されたので、彼らが一斉にハルマゲドン説を唱え始めたというのである。


    そんな、ご無体な。これがハルマゲドンが最終核戦争であるとした事実であったとすれば、モルモン経なんかとあんまり変わらないよなー。と思うてしもうた。聖書による検証不能だし、聖書理解の根拠が、聖書とはなっていないではないか、と思ってしもうた。示された内容でしょう。

     ハルセルさんはこの辺の人たちに手厳しい。

     リンゼイ、フォルウェル、ロバートスンをはじめ大半のテレビ説教師たちが口にするこれらの7つの時代が神の啓示の時代と呼ばれるので、この信仰体系自体が天啓史観(注Dispensationalism?)、これを信じる者たちは天啓史観論者と呼ばれる。ジェリー・フォルウェルやジミー・スワガートのような天啓的史観論者は、自分たちの信仰体系を聖書の無謬性を信じるが故にそれを文字通り解釈する正統派の根本主義と見なしている。しかしこの「正統派教義」はわずか150年の歴史しかなく、しかも戦争を求め、「平和を実現する人々は幸いである。」というキリストの「山上の説教」を否定するような教義を持つキリスト教に、「聖書を文字通り解釈する」とか「聖書根本主義注 Biblical Fundamentalism?)」などの呼称を与えるのは、正確さを欠くことになるだろう。(同書 p.13 太字と青字はミーちゃんはーちゃんによる)


     うわぁ、すごい手厳しい。確かに、Dispensation説は高々現在では、180年の歴史なんですな。調べてみればわかることですが。それまでの文献資料には出てこない。それは、だれも書かなかったからだ、ということをご主張される向きもおられるかもしれませんが、基本的な聖書教理が2世紀中にほぼ確立し、それを示す文書がある程度存在していることを考えると、文献学的にDispensation説は、確かに200年弱の歴史しかないのですね。ハルセルさんの言うように、山上の説教や主の祈りとの教理的な対立が処理できないまま、『「聖書を文字通り解釈する」とか「聖書根本主義(注 Biblical Fundamentalism?)」などの呼称を与えるのは、正確さを欠くことになるだろう。』と言われても、返す言葉がございません。まぁ、テレビ説教師という人々なので、学問的な背景がないことを追求してもしょうがないのかもしれません。学問書を読む時間があるなら、聖書を読むほうがよいので、学問的な検証をするお時間はお持ちでないのだろう。よくそれで、マスコミでしゃべれると思うが。そうか、マスコミは、面白ければよいので、学問的な検証は意味がないのかもしれない。しょせん、テレビはテレビ、ということで認められているのかもしれない。(あー、ホーマー・シンプソン化が進んできたなぁ。いかんいかん)
     ハルマゲドンと天国移送(Rapture)説を支持するキリスト教徒が増えて来ていることを示す証拠があるのだ。彼らもまたスコフィールド同様、キリストがボーン・アゲイン・キリスト教徒らに新しい天と地を約束してくれていると信じている。
     そう信じている以上、彼らにとって地球はかけがえのない惑星などではないから、どうなろうと知ったことではないのだ。使い古されればあっさり捨ててしまえばいい。地球まるごと。そしてキリストから我々選ばれた者たちに新しい天と地を用意してもらえばいいではないか。レーガン政権で内務長官を務め、差別発言で辞職したジェームズ・ワットも、この地球に対して典型的な天啓史観を披露している。アメリカの森や川の汚染を心配する連邦下院のある委員会の面々に向かって彼は、自然資源の破壊は大して気にならないと答えのだ。その理由は、「イエスの再臨まで後何世代もかかるわけじゃないですからな」というわけだ。(同書 p.16)


     わっちゃー。後は野となれ山となれ、だということなのだそうだ。多分、Wattさんは連邦議会下院の小委員会でそう答弁したのだろう。だから、石油とかの資源は使えるときには使ってしまいましょうぜ、皆さん。という企業寄りの話だよなぁ。いかにも1980年代的な能天気さだ。1990年代末にミーちゃんはーちゃんが一緒に学び、そして教えた大学院生たちにこんな発言したら、それこそ、とんでもない、ミーちゃんはーちゃんは、本当に物事を考えているのか、と迫られたことであろう。とはいえ、彼らも、電気自動車がCO2を排出しない動力で動くので、環境負荷の少ないクリーンな自動車だ、と信じている人たちだった(このあたり、やはり能天気なアメリカンだった)。その話をしていたので、「確かに原子力発電所の発電では、CO2は出ないかも知らんが、あんたたち、Nasty(始末に負えないような)Nuke Waste(核のゴミ)を忘れてはいないか?」ということだけはちゃんと教員らしく言っておいたのであった。まー、アメリカはコロラド州当たりのロッキー山脈の山中での地中処分ができるからまだましだが、日本はどうするんだろう。アメリカの最終処分地に埋めさせてもらえると嬉しいのだけれども、無理だろうな。アメリカ人、激怒するだろうなぁ。金払ったら受け入れてくれるかも・・・・無理か。

     古い地球が回復されるのではなく、(おそらく核戦争で完全に)滅びて、新しい地と新しい天がやってくるから、現在の地球をどのように汚染仕様が何をしようが関係ない、というのがどうもワット君の考えだったのかもしれない。環境破壊しながら、ぼろもうけをしていったアメリカ企業の経営陣にとってもこの論理は便利だった、というのもあるかもしれませんねぇ。

     まぁ、これも、最下部のリンクで紹介するThe Old Scofield Study Bibleの注釈にScofield君がつけた古典的な天啓史観の基本的な考え方だと思われます。詳しくは、ご自身で確かめられたらよろしいのでは、と思いますです。ちなみに、このThe Old Scofield Study Bibleは基本テキストは、King James Versionですから、古い英語テキストの聖書と同じものですが、問題はその注釈。読者がより分かりやすく聖書理解ができるために、と思ってつけたのでしょうが、注釈に合わせる形で聖書の本文を無理やり読んでしまう人たちも出てきてしまったのですね。残念な人たちが。

     最後に、ハルセルさんがこの本の目的めいたことが書いてある部分を紹介して、今回はお終い。

     この本を書くにあたって、私は特定のグループの活動を暴き立てる気にはなれなかった。むしろこれだけ膨大な人々に信じられている信仰体系のことについて書きたかったのだ。ハルマゲドン説の信奉者たちには、貧富、有名無名の別がない。(同書 p.18 p.13 太字はミーちゃんはーちゃんによる)

     ハルセルさんは、この当時1980年代のアメリカに、このような考えの人がやたらとたくさんいた、ということを書いておられるのだ。つまり、社会全体の雰囲気の中で、これらのことが語られていた、ということが問題とお感じになったらしい。

     それはそうだろう。軍縮に向かい、そのあと数年で、ベルリンの壁が崩壊し、(悪の帝国・・・スターウォーズみたい・・・とレーガンから言われた)共産主義国が自滅するように軒並みつぶれていく方向に向かいつつあったのが、本書が描かれた時代でもある。アメリカの喉もとには、カストロ君のキューバがまだ健在であるが。もともと1986年に書かれた本であり、東西融和の方向になんとなく向かいつつあった時代に書かれた本であることを忘れてはならないだろう。

     次回以降、この本で書かれていることなどを紹介しながら、「へぇ〜・へぇ〜・へぇ〜」と思った部分を紹介していきたい。





    評価:
    越智 道雄,グレース ハルセル,Grace Halsell
    朝日新聞社
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    (1989-09)
    コメント:1980年代当時のアメリカ福音派のイスラエル建国への熱気と終末への渇望を知るための貴重な記録という意味では、星5つ。翻訳に著者のアメリカキリスト教世界の知識の薄さが目立つのが、かなり残念。だれかに聞いたらしいが、聞いた人が悪かったかな。

    ---
    Oxford Univ Pr (T)
    ¥ 1,929
    (2006-03-16)
    コメント:皮装でしっかりしていて、小さいがきちんとScofieldの注釈も読める。

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