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2012.05.14 Monday

めぐまぐま様へのお返事

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     めぐまぐま様

    お手紙としてのコメント、ありがとうございました。

    いただいたコメントのほうは、非公開とさせていただきますね。

    長くなったので、お返事としての記事をお書きしておきます。
     
     ミーちゃんはーちゃん自身は、信条というものに対して、一切価値を見出さない、やや極端な立場に立つ教会で育ちましたし、現在おりますところの教会も、その立場に立ちます。それはそれで、一つの立場として尊重しておりますし、多少不自由は感じますが、多様な教会の一つの考えとして受け入れ、過ごしております。

     信条に冷淡な態度をとるといいましても、聖書の理解や教会の理解に関しては、信条(聖書理解をコンパクトに要約し、わかりやすくしたもの)と基本的に同じであり、それを聖書のお話などを通して来会者の方や信者の方に繰り返して維持しながら、理解していただく、という形をとっております。この方法ですと、確かにやや迂遠かなぁ、と思いますし、信者さんには、ある面、何度もたくさん聖書を読み、理解してもらいながら、信条に近いことの体系を理解していただいているので、大変、しんどい思いをしていただいております。確かに、信条とかがあったらもっと便利なのに、ということを思うことがあります。迂遠な分だけ、鈍行列車の旅のような別な味わいもありますが、鈍行列車であるがゆえに、意味がわかりにくく感じられたり、つらく感じられる方も中にはおられるようです。

     しかしながら、信条を唱えていても、ご指摘にもありましたように、信条が表現しようとしている文字の裏側に示そうとされた意味をあまり考えないのであれば、結局のところ、呪文や、呪術文と化したオラショと同じというのはその通りだろうとおもいます。また、どこまで、信条の中に意義と意味を見出そうとしているのか、ということは信徒も教会も問われると思います。そのためには、信条と聖書を照らし合わせるような繰り返し繰り返しの聖書からのお話も必要なのかもしれません。

     ただ、聖なる公同の教会と聖徒の交わりにつきましては、海外のしばらくおりました際に他のキリスト教会(Free Evangelical Community Church)に行って思いましたのは、ここも信条は一切口にしなかった教会ですが、初めてお会いする方々とも、共通部分としてのキリストと聖書ということは存在した、それを共有部分にできた、ということでございます。まさしく、聖なる公同の教会、聖徒の交わりの価値といいますかね、そのありがたさを感じました。異国の地で一人でない、ということを感じたのでございました。交わり、というとわかりにくいのですが、あぁ、交わりとは、仲間であると相互に認証することだし、それができることか、ということが理解できたのですね。Fellowshipですし、コイノニアということの意味がおぼろげながら感じられた経験でございました。

     どうしても、人間は最初にイエスと出会ったところでの聖書の理解やイエスの理解がその後の信仰生活や聖書を読んでいく際の一つの補助線(というか定規)になってしまう、という側面があるようです。私も例外ではありません。しかし、聖書の理解はもっと多様で、さまざまなものがあってよいように思います。といいますのも、時代が違い、環境が違い、立場が違う人たちを一つの定規に納めて、それで測定してわかったような気になることは、問題が少なくないように思います。律法学者の聖書理解はそのようであったためか、イエスは、それは正しいのだろうか、と問うておられるように思います。ただ、長らく信仰生活を続けておりますと、ある状況が当たり前になりますために、定規のようなものが中にできてしまう、パターンというものができてしまい、それが神の座を占めることや、あまりに当たり前に行われることで、神の領域を侵犯していることに気づかなくなる危険性もまたあるようです。本当に怖いことです。

     ところで、私自身も、ここでも書いたように思うのですが、実は、今の教会に行く前に同じ信徒集団の一つの教会を飛び出しております。ま、きっかけは、実にくだらないことだったのですが、ただ、それが発展した結果に納得ができなかった(何が何でも責任者がきめて、それに従うことを求められましたので、それに異論を申し上げたところ、非常に不愉快な思いをした)ため飛び出した、ということでございます。当然、私自身の今もなお続く、コミュニケーション能力の貧相さもあったと現在は、反省していますが。

     残念ながら、地上にあるローカルな教会(地域にある教会)は、聖なる公同の教会の一部の性質を持つものの、完全に聖なる公同の教会そのものではないとミーちゃんはーちゃんは理解しておりまして、そこにはパウロの諸書簡にもありますように問題と課題が山積しているところもあるし、全く問題がない完璧な教会も存在しないのだろうと思います。

     だからこそ、パウロからほとんど悪口に近い叱責を受けている教会があるのだろうと思います。だからこそ、昔から、また、今なお、パウロの手紙が広く読まれてきたのだろうと思います。そして、課題と問題が今もなお手を変え、品を変え、少しずつ現象を変えながら繰り返されているのだと思います。

     思いますに、人間はイエスに抱きしめられるようにして罪がふわっと覆われている存在でしかなく、人間からは根本的には罪が抜き去られていないのではないか、と思ったりしております。このため、信仰者とはいえ、神を見るのではなく、神以外のものに目を奪われたり、思いが行ったりするのではないかと思います。神に心を向けることを忘れ、ほかのものを目を止める、そしてそこに心が奪われることが罪だ、と聖書は主張しているのだと思いますし、イエスはそのことを神の国ととの関連で、あなた方は、神の国とその義を第一としなさいとおっしゃったのだと思います。残念ながら、人間は完全ではありませんゆえに、神が必要なのではありますが、それを忘れ、自らを神とすることがあります。私もかつても、また今もそうだと思います。それが罪なのだろう、と思います。

     ミーちゃんはーちゃんも、気をつけておりますけど、今なお、自らを正しいものとすること、つまり、自らを神とすることや、無意識にそのような状態になっていることがございます。このような結果として、教会のさまざまな会話や対話の中でそれがいろいろな部分から破れ出るように、問題や不具合、混乱や、悩み、信徒の痛みとしてあらわれるだろうと思います。

     ご指摘のように、教会を出て行った人、出ていかざるを得なかった人、出ていかなかければならなかったことが発生した事実についての真摯な反省をすることは、信徒の群れとしては必要なのだと思いますし、それ以上に不断の努力として、聖書と自らの姿を照らし合わせ、教会や信徒一人ひとりが、自らが神となっていないかどうか、神の領分を領空侵犯していないかどうか、それぞれの聖書の理解の妥当性をきちんと検証していく作業が必要なのだろうと思います。面倒なことですし、つらいことではございますが。ただ、日本では、キリスト教はプロテスタント系教会も、カトリック系(異教化してしまった隠れの方々は除く)教会もおよそ200年弱ですから、まだ、教会も発展途上にあると理解したほうがよいのかもしれません。

     日本では教会そのものが発展途上ですが、教会として確立され、発展しているはずの欧州やアメリカでは、信条やそれ以外の神学理解が発展してしまったために、本源的な福音と福音書の理解やそのものが軽んじられる状況にもあるようです。Scot McKnightという方がキング・ジーザス・ゴスペルという本でその旨、ご批判されておられます。また、N.T. Wrightという方が、How God Became Kingという本で福音書の理解をもう一度再検討することの必要性を示しておられるようです。まだ読みかけなので、何とも言えませんが。たぶん、そうだと思います。

     ところで、私どもの信徒集団は、かなり流出者が多い集団でもありまして、そのことをアメリカの信徒群をもとに調査された神学校の先生がおられますが、これまた難しい側面を持つようでもあります。流週された信徒を見つけるのが難しい、見つけられたとしてもなかなか調査に応じてもらえない、調査された教会は、暗に批判されたと感じる・・・。

     このためには、先ほどもお話しいたしましたように、信徒一人一人、教会一つ一つが、他者のみを批判するのではなく、神との関係の中で、それぞれが自らを神と等しくしていないか、神の領分に領空侵犯していないか、ということを考えるべきなのかなぁ、と存じます。

     めぐまぐま様、コメント、本当にありがとうございました。

     これまでのめぐまぐま様ご夫妻の通られた厳しい道を考えますと、心からの同情を禁じえませんが、ご夫妻様の上に神との豊かな関係がございますよう、祈っております。公同の教会の一員として。体なるキリストの足か手、あるいはおとった器官だとは、思っておりますが、キリストのからだの一部として。





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    • 2012.05.27 Sunday 10:13
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