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2011.12.28 Wednesday

福音をすがすがしく、みずみずしく伝える一冊

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     この本が素晴らしい。

     プロテスタントカトリックの枠組みを超えて、この本は良いと思う。福音書から、福音をすがすがしく、みずみずしく伝えてくれる1冊。福音とは、本当にキリストのからだで共通である、ということを確認させてくれる本であった。The King Jesus Gospelで福音の福音化という問題を考えたからかもしれないが(キリスト新聞社さん、こっち、Love Winsより、McKnightのこの本、先に翻訳本にしませんか?)、この本で語られている福音があまりにすがすがしい。

     通勤の電車の中で読んでいたのだが、思わずうーん、とうなってしまった。

     全体が素晴らしいのであるが、特に第6章(福音を宣言する幸い)と第7章(洗礼と聖体(プロテスタント風にいえば聖餐式)の幸い)がよかった。

     その一部を紹介したい。

    幸いの書 晴佐久昌英(2010) 女子パウロ会 pp.208−209

     「福音には、力がある。み言葉の種まきは、人を救う。そもそも、だれもが、み言葉によって造られているのであり、み言葉を受け入れるようにつくられている。大地を考えてほしい。大地は水分を含み、栄養を蓄え、あらゆる条件を整えて種を待っている。種を芽吹かせ、根を伸ばし、草木を育てて実りをもたらすべく作られている。あとは種さえまけば、すべてが始まる。逆にいえば、種をまかなければ決して何も始まらない。

     中には、道端の硬いところもあれば、石だらけのところもあり、茨の間のような条件の悪いところもある。毎週手紙を書けば必ず通じるという保証はない。しかし、いかなる福音宣言も決して無駄にはならない。大切なことは、ひたすらに信じて種をまき続けること。福音自体に力があると信じ、福音を受ける側にもそれを実らせる力があると信じ、福音を受ける側にもそれを実らせる力があると信じて、宣言し続けること。
     若者の凶悪犯罪が続く。過日の歩行者天国へ車で突入した殺傷事件では、犯行前の容疑者が膨大な量の言葉をネットに書きこんでいた。生きる意味と自分の価値を探し求め、せつないほどに愛に飢えている、孤独な魂の膨大なつぶやき。どう読んでも、彼が言っていることはたった一つの事としか思えない。「オレに福音を聞かせてくれ!」と。


    同書pp.218-219

     「福音宣教」は大切だが、現実には「宣教」という言葉にはどうしてもある特定の宗教の布教という印象が付きまとっている。そのために、自分の手に余ると思い込んでいるキリスト者は少なくない、自分のような素人には無理だとか、それなりに勉強して特定の訓練を受け入れる必要があるとか、しかし、本来の福音宣教はとてもシンプルで、普遍的なものだ。キリストの宣言に奉仕して、自分の口を提供するキリスト者となるというだけのことだ。どんなにふさわしくなく見えても、どれほど自信と勇気がなくても全くかまわない。神が選び、キリストが宿り、聖霊が語るのだから、ただ信じて口を開き、主と出会い主に救われた自らの信仰を証しすればいいのである。

    キリストに出会ったものとして、福音を宣言したい。キリストから「私について書いてある事柄は、必ずすべて実現する」という宣言を受けたものとして、「あらゆる国の人々に宣べ伝えられる」「あなたがたはこれらのことの証人となる」という宣言を受け入れたものとして、「あなたは、幸い」という福音を宣言したい。


    同書p240

    現代社会は都市化社会だという。確かに都市は肥大して常に作りかえられているが、都市化の本質はビルが増えるとか情報があふれるとかいうことにない。都市化とは、「人間の思いの絶対化」ということであって、人が、人によって、人のためにすべてを行う、人里の極みなのである。そして、人里の極みはとても疲れている。今私たちの都市は、人里離れたところを必要としている。


    (中略)

     そこで知るのである。たとえ人里とのど真ん中でも、およそミサ(礼拝・神への信仰の表現・聖餐式)が捧られるところはすべて、神の思いだけがあふれる「人里離れた所」なのだと。
    うーん、都市を相手にそこに住む人々をなんとかその幸福を改善しようとすることを仕事としてきたけれども、自分の相手にしてきた都市問題の本質「人の思いの絶対化」の問題を改めて突き付けられたような気がする。とはいっても、都市問題の改善の周辺で最後までフラフラするんだろうなぁ、と思う。

     最後に、このブログにコメントを下さったCaledoniaさんに次のことばを紹介したい。

    同書p245
     今までどんな理想に苦しめられてきたにせよ、もうあなたは幸いの福音に出会っている。目を開けてみてほしい。不完全な自分の理想、身勝手な他人の理想に苦しみ、死と恐れの観念にとらわれていた私たちの目の前で、イエスはパンをとり、感謝の祈りを唱えてから、ほしいだけ分け与えてくださっている。私たちは、今日もまた、ミサ(聖餐式)において、「わたしを食べるものはわたしによって生きる」(ヨハネ6:57)というパンを食べているのである。これが、現実である。いける神の、愛の業である。

    苦しんでいるキリスト者1世に、そして、2世、3世に、そして、すべて苦しんでいる人々に、キリストを紹介したい、イエスが言っている「あなたのそばに、神の国はある。あなたのそばに、イエスはおられる。神はあなたを愛している。そして、悲しんでいるあなたは幸いである。慰められるからである。」(マタ  5:4)を伝えたい。イエスとともに、福音書から宣言したい、そして、ともに聖餐式を味わいたい、とこの本を読みながら思った。
     
    評価:
    晴佐久 昌英
    女子パウロ会
    ¥ 1,512
    (2010-11)
    コメント:福音書からの福音メッセージ集。現代に生きる日本人に福音書から語られた幸いに関する本。他の晴佐久新婦の書かれた本(というよりか説教)もよいが、こちらのほうが短くて読みやすい。お勧めの一冊。ノンクリスチャンにも、クリスチャンにも。

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