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2008.02.26 Tuesday

律法と愛

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    今週、私の通っている集会(教会)の福音集会では、若い人たちが中心となっていろんな話をする時間でした。


     


    そこで、取り上げられていたのは、マタイの福音書22章の律法が神の愛であることについての話をしていました。一生懸命、いろんな工夫をしてお話していたのですが、それを聞きながら、ひとつ思ったことがありました。


     


    第2コリント3章6節の中で、律法について、パウロは次のように言っています。(新改訳聖書 第2版)


     


    神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく、御霊に仕える者です。文字は殺し、御霊は生かすからです。


     


    このことばを見たとき、イエスが、律法は愛に還元されうる、と発言したことがいかに画期的であったのか、というのを感じます。


     


    もともと、人間を攻め立てるものであった律法が、本質的には愛を問うものであること、人間の行為の根源がどこにあるのか、ということを問われているという概念は、非常に大きな価値転換をもたらすものであるといえる、その価値展開のすごさ、ということをもう少しふれてもらいたくて、最後に一言だけ、律法は、もともと人を攻め立てる可能性があるものであるが、イエスがこの律法を愛として捕らえているというこの問題をぜひ考えてほしい、という発言をいたしました。しかし、この律法をどう捉えるのか、ということは、重要だけれども、なかなか理解されていないものではないか、ということを感じました。


    コメント
    人間って決まりがないと何処までも進んで行っちゃうところがあるから、 律法はやっぱり弱い人間への神様の愛だと思っていまーす♪
    • さと☆ひつじ
    • 2008.03.01 Saturday 12:19
    そうなんですよね。絶対的な神の存在を認めるかどうかということを真剣に問うておられる義である神であり、でも、それと同時に人間との関係を欲しておられる愛なる神であり、ということなので、単純ではないですよね。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.03 Monday 20:27
    神様は、言葉だけでなく文字もつくられて・・・ それを考えてみると、理由のひとつは律法を示すためなのかなぁ、な〜んて思ったり?! あっ。ごめんなさい。おばかがトンチンカンなコメントしましたm(__)m
    • 美優音
    • 2008.03.06 Thursday 16:14
    美優音 さん 生きていてくれてありがとう。そして、ご訪問感謝。 人間に霊が与え、それと対話する為のことばとなってくださったイエスに感謝。 馬鹿なコメントはないですよぉ。みんなが楽しく遊んでくれるところになったら良いなと思っていますから。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.06 Thursday 21:41
    遊んでま〜す♪
    • さと☆ひつじ
    • 2008.03.08 Saturday 17:20
    はいはい、どんどんあそんでってくださいね。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.08 Saturday 17:49
     いやぁ、おばかではひけをとらない私の登場ですよ。どんどん遊びましょう。みんな共に、神さまと一緒にあそぼっ ^^
    • Foce
    • 2008.03.10 Monday 13:07
    Jesus loves ye little childrenですから、どうぞどうぞ。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.10 Monday 22:00
    ね〜♪   待てよ・・・ひけをとらないってことは・・・わたしはおばかグループに所属してるのか・・・?      ま〜いっかぁ〜 (・▽・) オバカ、オバカ♪
    • さと☆ひつじ
    • 2008.03.12 Wednesday 12:26
    兄弟姉妹ををばか者よばわりするのはいけましぇん。そう言って自分て人を義としてしまう罪におちやすいから。でも、私もおばか、愚かです、というのはちょっと違います。あんぽんたん、とんちんかんです、も良いとおもいまぁす ^^
    • Foce
    • 2008.03.12 Wednesday 15:10
    皆さん、楽しく遊んでくださって、ありがとうございます。 はいはい、みなさん、このへんで。 ご飯には、馬鹿自慢ではなくて、磯じまんをどうぞ。おいしいですよぉ。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.12 Wednesday 20:20
    ん〜っ!磯じまんて、海苔の佃煮?
    • Foce
    • 2008.03.15 Saturday 16:18
    はい、磯自慢は、のりの佃煮です。関東ですと、ごはんですよ、かな。 大阪の業者さんみたいです。関東じゃ有名じゃなくても、仕方ないかな。 http://www.isojiman.co.jp/
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.15 Saturday 19:31
     ページ紹介までご丁寧に ^^ 聞いたことはあります。・・・ごはんですよは、こちらじゃ自分も子供のころからずっとお馴染みで(たぶんさとちゃんも)、さいきんもう少し甘みのました「あまいですよ」が登場しました。  とにかく日本の水の幸って、ほんとに神さまに感謝です ^^ ペテロの獲ってた魚なんて、とても日本人には歯が立たなそうで w  イエスさまは復活後、火であぶり柔かくしてから食べてみてくれましたね。きっと律法も・・・
    • Foce
    • 2008.03.16 Sunday 04:50
    あ、そうでしたか。それはどうも。 そういえば、ヒラメだったか、カレイだったかは、イスラエル人の好物らしく、モーセの魚だったか、わが師モーセだったかって名前で呼ばれていると聞いた記憶があります。モーセにサンダルで踏まれたというような伝説があるそうで。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.16 Sunday 20:52
     話にオヒラメ、いや尾ひれが。モーセにサンダルで踏まれた(笑)    モーセといえば、四国のあるとこでは、ここにモーセが来たという伝説の地があるそうで(その話をしたら、うちの近所の米人宣教師が大ウケしてた)・・・その地では、カレイやヒラメのその話は、うっかり出来ませんね。カレイの形の皿のモーセカレーで観光客集め・・・な、考えすぎですね。
    • Foce
    • 2008.03.16 Sunday 22:21
    この手の伝説は一杯あって、ユダヤのディアスポラあるいはユダヤの失われた部族による日本人起源説になったりするので、うっというしいんですよね。冗談は止せ、の世界ですが。Foceさんなら、タケチャンマン世代なので、分かってもらえると思いますが。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.17 Monday 19:44
     「じょうだんじゃ、ないよ」ですか。しかも案外、一部の宣教師さんがいぃ加減なこと言っちゃって、で、一部の日本人も、そんなもんかぃな、なんてこともあったようで、「じょうだんじゃ、ないよ」 おにがわらごんぞう(アルプス工業のドカジャン)ですね。  あぁ、宇野さんの話に火をつけてしまぃそうだ・・・手島なんとかさんとか、別ブログにするのもうっとうしそうですね。  タケチャンマン7てのもありましたが、諸星ダン(部族?)と十字架にかかったセブン(第何話だったかな)くらぃでいいと、自分は思います。
    • Foce
    • 2008.03.19 Wednesday 12:48
    そうですね。結構この話は、戦前からあるらしいし、オウム真理教(現アレフ)の人たちも一時期このことに関心を持っていたようですし。 しかし、こういうのが陰謀史観と結びつくと、とんでもないことになるので。困ったもんです。ホンとは、噴飯ものなのですが。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.19 Wednesday 19:34
     アレフだのザインだの、ちょっと聖書的な知識があれば、ほんとに噴飯なのはわかるはず。  アルファー、ベータ、ガンマ号のほうがよっぽど日本のためになりました。戦時、国策につかわれてしまった、日本と、旧ドイツの特撮技術が、戦後見事に生かされた、あとにもさきにもないものだと思ってます。くどすぎるサンダーバードや、ヤンキーなバットマンに対し、あのモダンさは、日(独)のよいところだなぁとあらためて思い。(互いの好みが、教会でじっさい、ドイツ人と合うんですよねぇ) 
    • Foce
    • 2008.03.19 Wednesday 22:36
    本当にそうですね。アレフだの、何だの、噴飯ものですね。 しかし、ユダヤ人を迫害したドイツからのユダヤ難民を受け入れた枢軸国の日本、ドイツからみりゃ、何じゃ、こりゃ、だったでしょうね。 でも、いまだにドイツとの親和性はなぜか強かったりします。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.20 Thursday 15:11
    杉原千畝さんですか。ハルピンでハリストス正教会にみちびかれた方ですね。 あの人は当時領事として、ユダヤ人に対して、日本の将来を見据えた領事としての立場からの考え(国益)と、クリスチャン的博愛と、ちょっと微妙なのですが、その葛藤や焦燥は察するに余りあります。また、国益を考えない領事は、領事ではありません。
    • Foce
    • 2008.03.22 Saturday 23:20
     で、ときの日本の中央は、ドイツのユダヤ人迫害の理由も、杉原が訴えた国益のことも、ピンとこなかったでしょう。そもそも当時政府は、ユダヤ人にビザは出していた。それが、着の身着のままで必要な書類もそろえられなかった難民に、独断で発給したのが杉原さんということだそうですね。  あと、日本からみて何じゃこりゃは、蒋介石軍と戦った日本軍でしたが、蒋介石軍を援助している国の中にドイツがあったことや、ドイツのソ連との駆け引き・・・で、「複雑怪奇」の何じゃこりゃだったんでしょうかね。
    • Foce
    • 2008.03.24 Monday 20:30
    そもそも、あの戦争、構想があってしているわけでないし、どう見ても目先の利害関係だけで動いたとしか思えないところもたくさんあるし、まぁ、そもそも、本来的に国全体としての統制って、本来的にとることってできないはずなので、混乱しているんでしょうね。 いまだに他国から見たとき、何考えている国かよく分からん、といわれても仕方ないかもしれません。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.03.25 Tuesday 07:30
    ん? それは、中国のこと ? 日本語は言霊もあいまってあいまぃで、よくもわるくもあの時代から今も・・・
    • Foce
    • 2008.04.01 Tuesday 21:03
    それは、アメリカも日本も、中国も同じかもしれない。大体、ある国が全体としてわかる、という国民国家の概念がどうかしているのかもしれません。 ただ、説明不足という部分があるかもしれません。
    • 芦屋めぐみ
    • 2008.04.01 Tuesday 23:42
    (時界やら、幻覚がちコメント:1)  ”冗談は止せ Foceんなら、タケチャンマン世代なので分ってもらえる・・・”って、  じつは、「止しなさぃって」 と右手の甲でかるくタケシをはたぃてたビートきよしさんのことなのかしら?・・・
    • Focea
    • 2009.06.20 Saturday 16:29
    いえいえ、当時勢いのあったオレたちひょうきん族で、西川のりおが時々使っていたように記憶しています。芸風が下品で、今一つ好きになれませんでしたが。 ウィキペディアで西川のりおを検索し、ギャグの欄をご覧ください。 -----
    • あるキリスト者
    • 2009.06.22 Monday 23:13
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