<< 今日もまたまた長い一日であった | main | 愚かさについて、考えた >>
2010.07.28 Wednesday

素朴な質問の意味

0
     子供向けキャンプに来ていて、日常生活の中から

    離れていろんなことを考えているが、この前、女子

    パウロ会のサイトを見ていたときに、ヘンリー・ナ

    ウエンの名言が書かれていたが、

    「正しい答えを出すことも大切だが、正しい問いを

    することはもっと大切だ。」ということが書かれて

    いた。その通りだと思う。このことは、ワシントン

    州で交換教員をしていた時に読んだ、システム論の

    本であるMitroffの

    Smart Thinking for Crazy Times: the Art of

    Solving the Right Problems

    を読んだ中で、第3種の過誤が紹介されていたとき

    にも思った。第3種の過誤とは、統計学での第1種

    の過誤と第2種の過誤(詳しくは統計学の本を読ん

    でね)の延長線上で、「間違った問題を正しく解く」

    (したがって、無意味な努力をしていることになる)

    という誤り(過誤)を指す。世の中、意外とこのこ

    とが多い。このような問題を避けるために、Critical

    Thinkingという問題意識が生まれたといえる。

    今回は、中学生向けの担当で、人数が少ないので、

    大人も一緒に、ということでしていたが、今回は、

    大人から質問があったりするので、おもしろい。

    よい質問になるかどうか、よい質問になるかどう

    かは、質問者の表現にもよるし、よい質問として

    受け取れるかはその質問の聞き手の言語解釈能力

    による様に思う。自分が聞き手となった時に解釈

    できているかどうか、自分の言葉に表現しなおせ

    ているかどうかはものすごく疑問だが。

     今回は、弟子たちに、「あなたは私のことを何

    だと思うか?」という問いかけについての話であ

    っただけに、よい質問とは何か?重要な問いを考

    えることの意味、ということを考えた。イエスの

    この弟子に対する問いかけは、よい質問であると

    思う。イエスとは何者か。これをどう考えるかに

    よって、聖書の読み方も変わるように思う。

    それが、PiperとN.T.ライトの議論を考える際にも

    重要だと思うし、キリスト者にとって、最も重要な

    問いかもしれない。その意味で、イエスとは何者か、

    という問いは、Good Questionだと思う。

    しかし、このGood Questionというのは、アメリ

    カの学校教育では重視されている。子どもが、授業

    中に内容にまともに関係することを聞いたときに、

    教員は、Good Question!といって、生徒を

    Encourageするのだが、こういう取り組みという

    のは、まだ少ないように思う。自分の枠組みの中で、

    答えさせるだけでは成長はないと思うのだが。


    コメント
    コメントする








     
    Calendar
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031 
    << July 2020 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM