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2018.12.07 Friday

アメリカのキリスト教会とアメリカ政治をたらたらと考えてみた(4)

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    さて、前回の記事では、アメリカ合衆国の中西部人について、建国時代の生活と類似した生活自主自立、農業工業中心、手仕事を中心とした直接的な労働をしているかなりの部分の中西部人がおられ、その結果、中西部では保守的な生活傾向や、思想傾向を持ちやすいこと、そして、共和党民主党という二大政党制故のどちらかひとつになる支持政党荷ならざるを得ないこと、その結果、両党の政策綱領が基本欲に通ったものになることを証明するホテリングの経済理論というものがあること、さらに言えば、政策綱領が似通ったものになるため、政策よりは政治的論題(ポリティカル・イシュー)で政党が選択される構造をそもそも持っていることをお話し、アメリカの民主主義の基礎となっている政治行動の基盤の選挙に参加するためには、まずもって投票者登録が必要であることなどをお話し、その結果、その段階から多段階的に関与していくことになることに加え、そのサポートがあることなどから、そもそも、主体的に選挙などの政治的に関与していくことが求められることをお話しました。その上で、日本における過去の長い歴史の中での宗教者と政治のかかわりからお話し、そして、日本の政治的行動に関する風土の概略をお話しました。

     

     

    アメリカの福音派と政治

    アメリカの福音派(The Evangericals)とか福音派右派(The Evangerical Right)と呼ばれるグループは、前々回、前回の記事で書きましたとおり、基本、中西部のワイルドライフに近いところに住んでおられる方々や、農業や工業、自らの手で何かを作り出す産業に従事しておられる方々が大半です。米国にかなり幅広く居られ、あちこちに居られます。福音派とは何か、というのは、第2回のシリーズでベビントンの定義が一番便利だと思いますが、基本、野外伝道での伝道大会での改心とそれに基づく非常に素朴な聖書を大事にし、それを文字通り読んで理解しようとする信仰者の群れ、といってよいでしょう。

     

    「福音派は、四つの顕著な特徴によって、正統派と識別される」としている。

    • 回心主義 - 個人的にイエス・キリストを受け入れる信仰によって変えられなければならない(ヨハネ3:7)。
    • 行動主義 - キリスト教信仰、特に福音伝道の実践。
    • 聖書主義 - 霊的生活の中心としての聖書。
    • 十字架中心主義 - キリストの十字架とそれがもたらした幸いの強調。

     

    福音派は、中西部で、家族経営の農業者として生活する人々が多かったこともあり、その意味で、世の中の政治的な関係とは無縁の生活が可能であった人々でした。もちろん、アメリカ人のご先祖たちは、原野に新聞を持っていった人々でもあり、原野とか農村地帯で農業生活しながら郵便で新聞を受け取るのが普通であった人々でした。また、自分たちは神との関係を中心としたい、という思いから、政治的なことに対しては、世のこと、この世界のこと、神の事柄ではない、として退けていた部分があるように思います。

     

    しかし、この聖書を文字通り信じる人々にとって、衝撃的な事件が1940年代後半に起きます。それは、イスラエルの建国という歴史的事件が起きるわけです。旧約聖書に予言されたダビデの王国の再興ではありませんが、国家としてのイスラエルができてしまうわけです。その後、周囲のアラブ連合軍から攻め込まれたり、北アフリカの軍事大国エジプト(この国は古代の昔から、陸軍大国であったらしい)が攻めてきても、アメリカからの資金援助などもあり、アラブ社会の大会の中でイスラエル国家は命脈を保つ事件が1960年代には起きました。いわゆる第2次から第4次中東戦争でした。この第4次中東戦争が1973年に終結し、エジプトのサダト大統領(当時)と、イスラエルのベギン首相(当時)が1978年アメリカの大統領公的別荘であるキャンプデービッド(海兵隊の管轄だと思われる)で、会談を行い、平和協定にむけての合意が形成されたのでした。

     

     

    キャンプ・デーヴィッドでの和解交渉成立の式典での写真

     

    ジミー・カーター 福音派出身の大統領

    このときの大統領が、ジミー・カーターというおじさんです。このジミー・カーターという人は、もともとアメリカ海軍の原子力潜水艦のり(これは、海軍の軍人の中でも結構根性がいるタイプの任務 このため、珍しくカーター大統領の名前を冠した潜水艦がある)で退役後は自分で図書館でピーナツ栽培の勉強を始め、ピーナツ農場の農場主となっていたという、福音派の人々の代表的な土臭いライフスタイルを体現したような人物であるといってよいと思います。なお、この記事を作成しているときには存命である。彼はもともと、南部ジョージア州の出身でもあり、大統領就任時点には、南部バプティストの信者であったが、大統領退任後、南部バプティスト系のキリスト教が政治的には右傾化し、神学的には保守回帰というか、新しい考え方を受け入れなくなったので、南部バプティストからは一定の距離をとっているらしい。CNNの特番に出て、そのことを発言しています。

     

    カーターが大統領候補にしようという缶バッジ https://www.loriferber.com/carter-peanut-campaign-button.html

     

    ピーナツ農家が大統領に選ばれたことを告げる新聞記事 https://pesticideguy.org/tag/jimmy-carter/

     

    南部バプティストから離脱することを語るJimmy Carter前大統領(1分くらいで発言している)

     

     

    USS Jimmy Carter(原子力潜水艦)

     

    ある面、ガチ勢の福音派を代表するような大統領が実は、ジミー・カーターであったといってよいと思います。もちろん、このような背景のジミー・カーターが大統領になった背景には、ニクソンが失脚し、副大統領からそのままなだれ込むように大統領になった保守党GOP、つまり共和党の大統領候補のジェラルド・フォード大統領(当時現職)が政治的にいまひとつだったということもあるとはおもいます。そして、当選するまで、「ジミーって誰よ」といわれるほどの無名候補であったジミーカーターという民主党候補が大統領になるわけです。おそらく、アメリカのキリスト教福音派の系譜の関係者として数が少ない福音派的な背景を持つ大統領候補であったといってよいと思います。

     

    ジミー・カーター大統領と福音派とイスラエル

    個人的には、このカーターという人物が、福音派が政治的関与を直接的活積極的に想起し始めたきっかけになっていると思っています。

     

    というのは、このカーター大統領が、長期間にわたって、イスラエルの消滅を目指したアラブ世界の陸軍大国エジプトとイスラエルとの間の積年の紛争をとりあえず停止させ(ただ、サダトは後年暗殺される)、一応の平和を見るから、というのは大きい要素と思うのです。つまりおらが福音派の大統領が、近代国家としてであれ、聖書に出てくるイスラエルが成立して以降、誰もなし得なかった中東での平和を達成してしまった、われわれもそう見捨てたものではないぞ、という成功体験をもったのではないか、と思うのです。特に聖書(翻訳聖書の言葉であっても、)のことばをそこに書かれている言葉通り、書かれている言葉の額面どおり理解しようとする精神性を持つ素朴なライフスタイルと信仰スタイルをよしとする福音派の皆さんにとって、自派出身の大統領が、平和を成し遂げた、ということによる自身は、非常に大きかったと思います。ヘンデルのメサイアに出てくる以下のアリアのようなことを、田舎ものに見えるジミー・カーターが成し遂げてしまったのです。

     

    ヘンデルのメサイアのアリア How beautiful are the feet

     

    歌詞

    How beautiful are the feet of them
    that preach the gospel of peace,

    How beautiful are the feet,
    How beautiful are the feet of them
    that preach the gospel of peace.

    How beautiful are the feet of them
    that preach the gospel of peace,
    and bring glad tidings
    and bring glad tidings,
    glad tidings of good things.

    And bring glad tidings,
    glad tidings of good things.
    And bring glad tidings,
    glad tidings of good things,
    glad tidings of good things.

     

    事実性はさておいて、これまで、アメリカ社会の中で、靴をはかないメソディストと揶揄的に呼ばれ、社会階層の中で、一段格下に見られていたバプティスト出身の農場主が大統領になり、そして、中東和平に大きく貢献する、まさに福音派にとってのアメリカン・ドリームを絵に描いて見せたような大統領がジミー・カーターという大統領であったわけです。

     

    そして、この成功体験は、次の大統領選で、遺憾なく発揮されていきます。

     

    ドナルド・レーガン大統領という存在

    ジミー・カーターに関して、政権末期から、イランアメリカ大使館人質事件などをはじめとする外交的失敗、軍事作戦の失敗などもあり、アメリカの威信に傷がつき、それをカウボーイのように救うかのような西部劇の主人公であるかのような印象を与えた、ドナルド・レーガンが登場し、またこの人が、もともとディサイプルズ(日本だと、キリストの教会と名乗っておられるグループ)の関係者で、これまたある意味福音派的な人々の仲間からの出身の大統領であったわけです。レーガン元大統領の過去の政治的遍歴から、非常に右派的で、強いアメリカを志向し、西部魂を表象するような西部劇などにも出ていたことから、極めて西部に多い福音派との信条的な親和性が高く、また、親イスラエル的な姿勢がより強固であるというような側面からも、非常に福音派に受けのいい大統領だったのではないか、という側面があります。

     

    ロナルド・レーガン

     

    USSロナルド・レーガン(航空母艦)

     

     

    一般に、このくらいの時期から、それまで、政治にはかなり無関心、無頓着であったキリスト教の福音派が積極的に政治的な問題へと関与していく傾向を強めたように思います。というのは、福音派的な人々は、J.N.Darbyという人が初期にその概念を構成したディスペンセイション主義的な概念がアメリカのみならず、世界的な大衆伝道者であるD.L.ムーディに伝わることで、この人が、あたかもラウドスピーカーのような役割を果たし、アメリカの福音派的な神学の大きな背景になっていきます。さすがに、最近では、この行き過ぎた傾向への反省もあり、極端なディスペンセイション主義神学に立つ傾向のアメリカ人のキリスト者は若い世代を中心に激減していますが、年配の方、60歳代後半以降の宣教師などでは、いまだに強い影響を持っていることは確かです。

     

    このディスペンセイション神学に立つ場合、キリスト者は最終的に目指すべきことは、キリストへの信仰を告白し、『天国(これは、本来的な意味でのBasileia ton Auranos 天の支配という意味とはだいぶん違うはずなのですが…)』に入ることになると同時に、その神のご計画されている将来において、その天国に入る人を増やすよう、伝道することになります。そして、この理解の中では、どうせ世の中は滅びてしまうので、世の中のことに関与する意義とか意味はあまり見出しがたく、それよりも将来の希望である天国に入るかどうかだけが問題になる傾向を持ちます。

     

    共産主義VSキリスト教の構図の崩壊

    時は、米ソデタント時代(懐かしい、核兵器の廃絶交渉)の周縁が地下続きつつあるというものの、依然として核競争時代にあり、核戦争の恐怖が世界を覆っていた時代で、いつ、核戦争が起こってもおかしくない時代でもあり、カーター政権下で起きたイランアメリカ大使館占拠事件や、アフガニスタンへのソ連侵攻、イラン・イラク戦争と戦争と原油危機が常にちらついていたこともあり、1970年代末から1980年代初等にかけて、終末思想が日本でもかなり幅広く広がりました。そんなときに、宇宙開発構想や、それの延長線上にある宇宙戦争をイメージさせるスターウォーズ構想はぶち上げるは、イラン・コントラ事件などが発生したのですが、結局ソ連が自滅的に崩壊し、ゴルバチョフーエリツィンと政権がつながっていく中、結局東ベルリンの自滅的崩壊に伴って、ベルリンの壁が破られ、鉄のカーテンと呼ばれた対西側資本主義への堤防は、東ベルリン国境警備ゲートという蟻の一穴とでもいうべき窓口から自滅的に崩壊していくことになりました。

     

    その意味で、キリスト教の敵と長らく認識されてきた共産主義は勝手に自滅し、大国として残るのは、小平の改革以降、もはや共産主義がどうかすら怪しくなった中華人民共和国のみであり、その影響を受けたベトナムもドイモイ政策とやらで、変質し、あと確固たる共産主義国は、朝鮮人民民主主義共和国(北朝鮮)、キューバ・ラオス・ミャンマーといった状態になっています。キリスト教的でない共産主義国への対抗意識を向ける場所がほとんどなくなっているという中で、ある面、福音派的なアイデンティティが政治的に発揮できなくなっている分、国内的な宗教的な意識から癇に障る課題が政策論争の課題になりやすい傾向になっているように思います。

     

    レーガン大統領以降の大統領

    その後、大統領はこんな感じになっています。

     

    先日お亡くなりになられた、パパブッシュと呼ばれるジョージ・H・W・ブッシュ

    (この人は東部インテリ出身で、所謂東部エリートを絵に書いたような人物 米国エピスコパル(アングリカン・コミュニオン系 日本での対応組織は聖公会) 共和党) 

     

     

    ビル・クリントン

    (この人も東部のインテリのにおいがするけど、南部のアーカンソー出身で、アフリカ系市民英語風の英語をしゃべるので有名 サザン・バプティスト系 民主党) 

     

    ジョージ・W・ブッシュ

    (先日亡くなったジョージ・H・W・ブッシュの息子 テキサス出身でめちゃくちゃ田舎もんの雰囲気が漂う、テキサス語(テキサン)でしゃべる傾向がある 奥さんの関係で福音派的なメソディストに転換 共和党) 

     

    バラク・オバマ

    (アメリカ発のアフリカ系アメリカ人であることがよくわかる大統領 ムスリムと誤解しているアメリカ人が時々いるが、彼自身はリベラルな雰囲気漂う合同キリスト教会 United Church of Christの関係者 ChangeといったもののちっともChangeできなかったので、失望を買った 民主党)

     

    その意味で、カーター以降、福音派的なキリスト教系の大統領が多く、違うのはパパブッシュとオバマだけになります。

     

    次回へと続く

     

     

     

     

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