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2018.10.26 Friday

教会と宣教とIT(その2)

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    今日は、2回目ということで、今回は、先日のKDK神学会で受けたコメントを受けながら考えたことをご紹介していきたいと思います。

    まず、視覚素材の重要性です。

     

    テレビ世代が半分以上を占める社会で
    今の50歳代以下、日本の全人口における50歳以下は、生まれたときには自宅の中に当たり前のようにテレビがあって、テレビを見ながら育った人々なので、テレビネイティブです。そして、今の20歳以下1990年以降生まれの人たちは、小学生の時には、ネットがあって、自宅の中でWi-Fiにつないでゲームをしたり、スマートフォンを子供のころから使い慣れている、スマートフォンネイティブだったりするわけです。

     

    教会は、その意味で、そういう人たちを対象に、いまだに聴覚のみに依拠して、主に知性あるいは理性のみに訴える伝道し続けようとしているように、ミーちゃんはーちゃんの目には写るわけです。

     

    確かに、カラオケは主に聴覚に訴えるはずのツールですが、昔はスナックと呼ばれる飲食店や歌謡喫茶(なんと懐かしい表現)などでまず普及したように思います。そのカラオケは、現在では、社会に普及し、当たり前のように様々な人々がカラオケハウスに行く時代になりました。一時期のように、カラオケハウスは不健康な場所、気のせい程度公序良俗に反するような雰囲気がある施設、風俗産業的な産業という認識や、あるいは不良が行く場所という認識は今ではほぼ見ることができません。それどころか、ビジネスマンというかサラリーマンが静かに仕事をしたいときに使う場所として用いられ、あるいは、主婦が子育ての相談会というか井戸端会議(いわゆるママ会)に使うような場所、また、おじいさんおばあさんが寄り合いをする場所として、利用されたりするような場所、あるいは、音楽系アーティストが練習するスタジオ代わりに使う場所になっています。

     

    歌う場合でも、カラオケマシーンは、音楽を流すだけでなく、火曜サスペンス劇場や、昼のメロドラマ(アメリカ英語では、Soap Operaと呼ばれる)のような映像に、歌詞が流れてくるようなものがたいはんですし、そういうものを人々が当たり前に使う時代なわけです。

     

    その時代に、賛美歌集という印刷された楽譜と文字を見ながら歌う、聖書という印刷された文書の文字を読みながら、説教をするという文化をこれまで長らく続けてきたわけです。しかし、受け取り手である来会者も、そして、ひょっとしたら、説教者自身も、映画やテレビ、Youtubeそして、NetFlixといった動画にさらされて、生活しているわけです。そして、ひょっとしたら、インターネット上のコンテンツによる遠隔教育を受けていたりするわけです。そうであっても、日本の多くのプロテスタント教会では、古代以来の声のみよる説教と、牧師先生方のかなりの部分の土曜日の夜と日曜日の朝のお悩みでもある説教原稿の作成、その後の必死になっての週報印刷とその週報の中での、説教に関連する地図や写真などを含む関連画像資料の提供といった形になっていることが多いと思います。

     

    確かに、昔はプロジェクタは高価でしたが、今では結構明るい高輝度プロジェクタでも5万円前後で手に入ります。そのプロジェクタは、日曜学校では使われていても、あるいは、賛美歌の歌詞で使われる教会があるにせよ、伝統的な教会で説教の補助として使っているのは、一部の教会に限られるかもしれません。せっかくあるのなら、それを利活用しない手はないと思うのです。

     

    まぁ、映像の多用といった形で、世間に迎合する必要はない、とか、世間で聴衆は、そう映像環境に疲れているので、日曜ぐらい休みたい、とかあるかもしれませんが、映像補助を使わずに話だけで人々に理解してもらうためには相当の工夫や話術が必要になるのかもしれないなぁ、と思うわけです。

     

    まぁ、以前筑波大学におられた旧約学の池田裕先生は、話術だけで、イスラエルの雰囲気を学生に味わわせることができる珍しい先生でしたが、そういう方は案外少ない、と思うのです。

     

     

    昔の大型計算機以上の能力を持つスマートフォンをだれもが持つ時代での

    悲惨な日本の日曜学校教材

    一番悲惨なのは、日曜学校の教材です。古典的名作とはいえ、未だに1982年製作の『トンデラハウスの大冒険』や1983年政策の『パソコントラベル探偵団』が現役で使われている教会も多いかもしれません。しかし、1983年には、ハイテク(この言葉自体が懐かしい響き…)であったパソコンが、今では当たり前のものになり、我が家では、ラップトップが一人一台体制に加え、全員がタブレットないし、スマートフォンを持っているという。その小さなスマートフォンの計算能力たるや、処理能力と言い、記憶領域と言い、1960年代の大型計算機をはるかに凌駕し、1983年当時のパソコンのX-1やNECのPC-9801とかFM-11などと比べても、はるかに高性能だったりするわけです。

     

    トンデラハウスの大冒険

     

    パソコントラベル探偵団のオープニング

     

    「シャープ X-1」の画像検索結果

    名機シャープX-1

     

    FM-Vのご先祖様 富士通FM-11

     

    「PC-9801」の画像検索結果

    NEC PC-9801初期型 8インチフロッピーディスクが懐かしい。

     

    今、多くの人々が、若者から、お年寄りまで、昔の大型計算機よりはるかに高機能で、高い処理能力となったスマートフォンを持つ時代になり、お年寄り向けには、らくらくスマホとやらも開発されているわけです。先日、世俗の仕事関係で学会に参加していたのですが、そこでの発表で驚いたのは、今、高校生のスマートフォンの普及率は、いわゆる中位校以下の学校でも98%であり、かえって、キーボードからのタイプができない高校生が量産されている、という衝撃の事実でした。

     

    「大型計算機」の画像検索結果

    大型計算機(UNIVACシリーズ)

     

    それだけ、今、スマートフォンが普及し、スマートフォンでインターネットを介して、何か、または、だれかとつながっているのが当たり前になった時代なわけです。

     

    だとしたら、教会の宣教の窓口は、教会堂という建物、また、信仰者という個人、その信仰者の日常生活を通しての口コミ、コレラは最も重要な宣教の窓口です。そして、プロテスタントでは、教会前の掲示板、そこに毎週張り出される説教台、伝統的なチラシ、広告、駅前広告、電柱看板、ミニコミ誌への広告掲載もメディアとしてはあり得ますが、インターネットも一つの情報窓口なのだと思います。

     

    余談に行き過ぎたんで、一端本論に戻します。

     

     

    昔の大型計算機以上の機能を持った計算機が掌に乗るような夢ような現代における日曜学校の視覚教材として、最近では、VeggieTalesといったようなコンテンツなどもありますが、日本で利用可能なものが、いまだに『トンデラハウスの大冒険』や『パソコンとラベル探偵団』そもそも少なく(翻訳、アフレコの必要性等結構新たに作るのと同じくらいかかったりするらしいし)、視聴覚DVD教材のクオリティもかなり玉石混交で、結構高い割に残念なものが多いと思います。そのクオリティの低い映像作品を、Youtubeで最新アニメ(プリキュアとか)を見ているお子さんでさえ、黙ってみることを時に日曜学校では、強いられるわけです。本当、ご同情してしまいたくなってしまいます。

     

    「veggies Animation Christian」の画像検索結果

    Veggie Talesのヨナ

     


    Hugっとプリキュア 予告編

     

     

    中学2年生でバプテスマを受けた翌週から、日曜学校で、聖書の話をさせてもらっていた(させられていた、というのが正直なところ。人手不足が顕著な教会であった)ので、そのころは、まだ、カセットテープとElmo社製スライドプロジェクタが最新鋭の視聴覚機器だった時代、ちょうど、Sonyのβシステムと日本ビクターさんが開発したVHSシステムが家庭用ヴィデオ録画機で、火花を散らし始めた時期でしたので、そんな動画を使うなんてことはできず、紙芝居が視聴覚教材だった時代から日曜学校の生徒と先生をやっていました。

     

    「elmo スライド映写機 S-30」の画像検索結果

    Elmoスライド投影機(こういうやつで、最も古いやつはフィルム巻取り式であった…)

     

    「elmo スライド映写機 フィルム巻取り」の画像検索結果

    レンズの後方についているのがフィルム巻取り用のパーツ

     

    ストーリー・テラーだったミーちゃんはーちゃん

    そんなこともあり、Dr. Paul Whiteのジャングルドクターの話をデフォルメしてストーリーテラーをかなり長期間していたことがありました。

     

    そんなこともあり、ある程度ジャングル・ドクターの話が頭に入っていたこともあり、我が家の子供たちが長距離ドライブで、退屈すると、ジャングル・ドクターの話を適当に作り替えて面白おかしく話をしていました。今みたいにカーナビで、アニメを流すなんてことのできない時代でもあったので。

     

     

    「Jungle Doctor White」の画像検索結果

     

    しかし、あるとき、とある子供向けキャンプで、週5日間、毎朝10分から15分、話芸だけで子供たちの関心を持たせなければいけない、というミッションを何年間か、こなしていた時期があって、普段日曜学校で効くスタイルの聖書の話では、子供が明らかに退屈そうな表情をするので、このジャングルドクターのたとえ話をアレンジして話をしていました。そうしたら、子供たちを引率してこられた日曜学校教員から、キャンプ場の運営者に、私のジャングル・ドクターにオリジナルの味付けをしたたとえ話が、聖書のマジメな話でない、ということで、苦情が付いたことがありました。そのキャンプ場の運営者から、その旨を聞かされた翌日から、そりゃあ、ちゃんと聖書の話ばかりをしましたよ。すると、子供の表情から、わくわく感が消え、何だ、また同じようないつも聞いている話か、という感じになりましたけど、苦情はなかったようです。

     

    C.S.ルイスのナルニアの世界は、C.S.ルイスなら許されて、ミーちゃんはーちゃんだと許されないのね、ということで、何か、もう、心がなえたこと、仕事で多忙になってきたこともあり、もう、ボランティアとして、キャンプに参加することはなくなりました。その後、どうなったのかは、知りません。

     

    まぁ、今はやらせようとしている『聖書は物語る』とか、ロダール先輩の『神の物語』ではないですが、もともと聖書は物語でもあるのにもかかわらず、字義通り解釈(と言ってもヘブライ語からの字義通り解釈や、コイネーギリシア語からの字義通り解釈ではない)も極まると、あまりに自由度を人から失わせるのか、とおもいました。まさにパウロが言うように、文字に仕えることが行き過ぎると、こうなるのかもしれない、と思ってしまったんですね。

     

    【口語訳聖書】第二コリント3:6
    それは、文字に仕える者ではなく、霊に仕える者である。文字は人を殺し、霊は人を生かす。

     

    文字に仕えすぎる人は、時に霊というか魂(Puneumatos  πνεύματος )を殺してしまうのかもしれないなぁ、と素朴に思いました。

     

    Post映像の世紀に生きる現代人

    NHKで『映像の世紀』という番組が放送されたことがあるけれども、人類は、19世紀に写真術を開発し、20世紀に活動写真・映画を開発し、そして、1936年のベルリン・オリンピックでは、テレビの試験放送が流れ、戦前には、総天然色映画と呼ばれた、カラー映画が開発され、戦後白黒テレビから、1960年代に日本でもカラーテレビ放送が始まり、1980年代には、ファミリー・コンピュータが発売され、そして、今、ネットの時代になり、電車の中でも、バスの中でも、映画やテレビドラマをインターネット録画で楽しむ人が増えた時代になっているわけです。その意味で、今、日常生活で映像があふれている時代、やかましすぎるくらいにあふれている時代になっているわけです。ある面、ポスト映像の世紀ということができるでしょう。

     

     

    『映像の世紀』という番組  まさに20世紀は映像技術開発の世紀でもありました。

     

    音声や文字が無意味だとは言いませんが、今はガラパゴス携帯電話(通称ガラケー)でも、やろうと思えばヴィデオ通話が可能な時代になってきているわけです。映像のない文字ばかりのサイトの重要性を否定するわけではありませんが(それはとりもなおさず、ざっと見する上では非常に有効であり、重要なわけですが)、やはりインタラクティブなヴィジュアルインパクトの強いサイトと、文字ばかりのサイトだと、どっちが食いつきがいいか、というと、文字ばかりのサイトには、多くの人は食いつかないように思います。

     

    大学の授業でも、昔は、先生はコーヒー片手にテキストをもって、板書もせずに、ひたすらしゃべって一時間30分、というような授業が割と普通でしたが、今は、そういう授業をすると、学生から親経由で事務に苦情が(学費を払っているのが親権者、という論理だと思いますが)付いて、それに教員は対応を求められる時代になりました。教室でコーヒー片手に授業をした名物教官なんて存在は、今はほとんど、どの大学でも見られません。昔は、教室でシガレットを吸う教官や、椅子にどっかと座り込み、パイプを燻らせる教官もいたらしいですが、まぁ、今の日本の大学では、そういう先生を見つけるのは無理ではなかろうか、と。

     

    ウェブサイトはリアルを伝えるもの

    リアルを伝えるための動画配信サービス

    もちろん、ウェブサイトは、とってもインタラクティブ(ユーザーが何か画面操作をすると、素直に反応し、いろいろ面白い仕掛けがしてあるサイト)で、めっちゃクールだけど、実際に教会に行ってみると、「あっ…」となってしまう教会も中にはあるようで、そうなると羊頭狗肉というか、「上げ底観満載のおみやげ物のパッケージ」とか、「看板に偽りあり」って感じになってしまい、逆効果かもしれません。その意味でも、身の丈感覚、というのは案外重要ではないか、と思うわけです。

     

    そういう意味で、この間のKDK神学会でお話している最中にもお話したのですが、毎週、牧師の方々は、頭を抱えながら、必死になって、説教とお考えになり、それを数十人の信徒さん、あるいは、せいぜい数百人の信徒さんに向けて発信しておられるわけで、皆さん毎週、かなり時間をかけ、労力をかけ、コンテンツを作られておられるわけです。その模様をそのまま、コンパクトデジカメや、あるいは家庭用ビデオで録画して、それをYoutubeにアップロードするだけで、教会のコンテンツと飾らない素朴な教会のリアルがそのまま、外部に流れていき、ちょっと教会に行ってみようかな、と思う人々の参考になるものがすぐできるわけです。CGNTVの取材を待たなくても、家庭用のコンパクトデジタルカメラか数万円の家庭用ホームビディオカメラと、千円ぐらいの三脚と、編集さえしなければ、数時間もかけずに、なれた人であれば、30分程度の時間で、説教のサンプル動画をウェブ上に上げることができるありがたい時代になりました。

    あるいは、ノートパソコンのカメラを据え置いて、インターネットにつないでおいて、ライブ動画をYouTube Liveかなんかで流せば、そのまま記録がいっちょ上り、編集も何もなく、できる時代になったわけです。そうした環境で作ったのが以下の動画です。
    祈りフェスティバル名古屋でPCのみで録画・ライブ放送した動画の例

     

    この動画は、PCのカメラがしょぼいので、ちょうどいい具合に画像がぼけていて、個人情報が見えなくなっているけれども、全体の雰囲気はなんとなく伝わる、という感じであることは少し見ていただいたら、わかろうか、と思います。

     

    その意味で、教会の雰囲気を伝える、という意味で、毎週やらなくても、教会にPC据え置きにして、こういうライブ動画をサンプル的に1本、2本乗せておく、というちょっとした工夫でしてやれば、教会のリアルって、かえって凝った映像作品造るよりも、案外簡単に伝わるんじゃないかなぁ、そして、まだ、キリスト教のことを知らないけれども、ちょっとどんな雰囲気かのぞいてみたい、という人々のお気持ちにお答えすることになりますし、説教を聞いてみたい、と思わせることが、そんなに面倒なことをしなくてもできるような気がするのは、ミーちゃんはーちゃんだけかもしれません。

     

    なお、日本コプト正教会さん(日本コプト正教会さんのFacebook)では、Facebookで遠隔地で礼拝に参加できない方々のために、土曜日の晩課と日曜日の聖体礼儀(礼拝)をFacebookで、中継しておられます。

     

    その時の動画は、こちらからどうぞ。

     

     

    画像キャプチャーしたコプト正教会さんの礼拝の模様

     

     

    そんなに面倒なくできるので、こういう礼拝とか、教会に参加できない方々のために、せっかくの説教を週報の要約だけでなく、オンデマンド型(聞く耳がある人にはお聞かせできる、見たい目がある人にはお見せできるスタイル)でお届けできる工夫、もうちょっとできるといいのになぁ、と思います。

     

    もっとも古そうなキリスト教とハイテク機器

    しかし、日本コプト正教会さんは、Youtubeライブ配信と言い、数年前の献堂式(会堂聖成式)での司祭の方の式文のタブレット利用と言い、なかなか、時代の最先端と古くからの礼拝スタイルをうまくミックスしておられるなぁ、と感心させられることしきりです。

     

    そういうえば、この前の英国王室でアメリカの聖公会のビショップのカリーさんが説教でタブレットを使っていたことがちょっとした話題になりましたが、どこぞの経○連の歴代会長か磯野浪平さんじゃあるまいし、いまだに、神とボールペンと電話で仕事をするようなスタイルに縛られているのは、本当にどうしたものか、と思います。

     

    カリー主教の結婚式での説教

     

     

    経団連会長がメールをやり始めたことに関して拾ってきたツィート (磯野波平さんがペンと紙と電話で仕事をしていることと、これまでの歴代経団連会長が、メールを使わず、今の代の会長から使い始めたことが報道されたことに関してのツイート)

     

    しかし、タブレットの利用ごときで、保守的でない、ガンガン苦情いうなら、メソポタミアの有職故実に倣って、説教は、古式ゆかしくクレイタブレット(粘土板)に限るとかすりゃあいいのにね、と思いたくなります。

     

    「Clay tablet」の画像検索結果

    https://www.shutterstock.com/search/clay+tablet より

     

    次回へと続く

     

     

     

     

     

     

    評価:
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    コメント:聖書は神の物語だし、モーセ先輩はストーリーテラーだったんですけどね。

    評価:
    Paul White
    Cf4Kids
    ¥ 1,101
    (2011-01-10)
    コメント:日本語版が出ないものか…

    評価:
    Paul White
    Cf4Kids
    ¥ 1,094
    (2011-01-10)
    コメント:子供のころ、わくわくしながら読んだものだが(日本語で)

    コメント
    いつも興味深くブログを拝見しております。
    お久しぶりにコメントさせて頂きます。

    記事の中で挙がっていた、教会学校での教材、まだ現役なんですね…これからも教会はあれを永遠と使い続けるんでしょうか。
    こちらで紹介されていたので「トンデラ」のOPを視聴しましたが、ある意味癖になりそう(笑)
    なかなか悲惨なクオリティですよね。2つともタイムスリップして聖書の時代に行く話しなんですよね、見させられる方も忍耐が必要というか…似通った話しをまた見なければならないとなったらどんどん見放されていくのでは…。

    子供キャンプの奉仕をなさっていたと記事で拝見しましたが、本当に大変な思いをされたことと思います。私も経験あるので、身に染みて分かりました。教会の人って聖書関係以外の話しにアレルギーある感じで本当に話してて嫌になります。会話にならないので…。

    後半愚痴になってしまってすみません…!
    これからも頑張って下さいね。


    • 信仰はなくなったニャンタマ
    • 2018.10.31 Wednesday 03:03
    信仰はなくなったニャンタマさま

    コメントありがとうございました。お返事すっかり遅くなってしまいました。
    ぐちでも何でも、飯能があると嬉しいもので、コメントありがとうございました。

    >教会学校での教材、まだ現役なんですね…これからも教会はあれを永遠と使い続けるんでしょうか。

    あと20年くらいは、使い続けそうな勢い。いい新しい、あれに変わる教材があまりになさすぎます。

    >似通った話しをまた見なければならないとなったらどんどん見放されていく
    それでもついてきてくれているのがいわゆるクリスチャンホームのお子さんたちなんです。がまんしているというのか、がまんさせられているというのか。忍耐力に頭が下がります。

    >教会の人って聖書関係以外の話しにアレルギーある感
    みたいですねぇ。義理の親族がアイルランドのケルティックな文学者の文学を研究しているのですが、教会関係者は、クリスチャンかどうかを問題にし、文学としての美しさを理解しない、ってぼやいてました。w

    はいこれからも、時々、おかしいことはおかしいと言っていきたいと思います。

    御清覧、コメント、ありがとうございました。
    • ミーちゃんはーちゃん AKA かわむかい
    • 2018.11.02 Friday 08:37
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