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2018.09.21 Friday

教会の終活について・・・その3

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    本日は前々回、前回に引き継いて、教会の終活について触れてみたいと思います。前々回は、個人としての終活が盛んになってきたこと、キリスト教の側でも、エンディングノートをはじめとした終活が必要性が増えてきたし、そのような書籍が市販されるようになり、地方部では、洗礼及び結婚式経験皆無、葬儀経験多数という牧師さんが急増していること、そして、教会人口の自然減に直面しているために、そして、誰もいなくなったという状態が待っているという教会がまじかに迫っていること、そして、かつて人口急増地であり、豊かな財政を誇った大都市周辺のベッドタウンでの高齢化とそれに伴う収入減が起きていることを、日経新聞などの記事を紹介しながら、お話してきました。

     

    前回は、教会はどこまで同じ教会と認識されるか問題と、教会の存続意義の変遷と社会と教会、そして、メディアの変遷と教会のあり方の違いについて、お話していきました。

     

    今回は、もう少し突っ込んで、近年の教会の閉鎖を含む教会の閉鎖(終活)と世界の弘道の教会(Holy catholic church)の現状、及び将来像について、お話していきたいと思います。

     

    現代の西側諸国のキリスト教会

    西側諸国の教会は、いま、信徒数の激減に悩み、教会の建物を売る教会が多数発生しているようです。おそらく、これまでじわじわとではあっても現在の西側諸国にあたる地域では、農業生産技術の変化と作物の品種改良を背景とした人口成長期にあり、国家や地域と一体化してきた教会でしたので、イスラム勢力の進行や蛮族の流入による戦役や、気候変動、沙羅にはペストやチフスといった疫病の大流行がない限り、教会が空っぽになることはなかったのですが、ここ200年を考えてみますと、名誉革命やフランス革命などの時期を経過する中で、絶対王政以降の歴史的変遷の中で、国民国家の登場を経て、地域との紐帯を絶たれ、地域の社会的交流の場という意味でのセンターとしての役割を果たさなくなり、あるいは、果たせなくなりました。

     

    さらに、18世紀以降の世俗化の波、啓蒙思想の興隆とそれに伴う合理主義、科学主義、進歩主義の波に対して、対抗的な物言いをしてきたことに加え、この100年を考えてみますと、第1次世界大戦、第2次世界大戦でも、教会本来の目的の一つでもあるはずの、地に平和をもたらす働きを十分に果しえず、平和への貢献もできなかったことに加え、特にナチスドイツのもたらしたホロコーストに対してほとんど無抵抗でそれを受容する、といった形を取るどころか、それを推進する側に回ってしまった教会もあったこと(以下で紹介する『第三帝国と宗教―ヒトラーを支持した神学者たち』を参考されるとよろしいか、と思います)で、本来、信頼があった組織である教会の信頼は地に落ち、従来は、修道院などで隠される形で様々に処理されてきた不祥事が、マスコミなんかの介入で明らかになっていく中で、教会の信頼は、もはや泥にまみれている状態にあるのが、西欧及び米国のキリスト教会だと思います。

     

    まぁ、こういう不祥事は昔からあったことは、想像に難くなく、イタリアルネサンスの一応古典文学作品でもありますデカメロンを、読みいただくと、相当ひどかった部分もあった、という一端をご理解頂けようか、と思います。

     

     

     

    英国で売りに出された教会

     

    アメリカで売りに出された教会

     

    オーストラリアで売りに出された教会

     

    ドイツで売りに出された修道院

     

    ろくでもないことが多い西側の教会

    こうやって、まぁ、いろいろ以下で紹介する動画を並べてみると、どうも、あんまりキリスト教会は、何か人さまに、どうのこうのとものを言える立場ではない、というように思ってしまいたくもなります。ものすごい古いものも、古いのも、新しいのも、全く人間とは、そして、全くキリスト教徒は、どうにもこうにもならないものでしかないのだなぁ、実に、神の憐みよって生きるしかない存在なのだなぁ、と思いたくもなってしまいます。

     

    こういう社会的な顰蹙を買ったり、歴史的に顰蹙を買うような教会や教会関係者の動きがありながらも、かろうじて命脈を保っているのが所謂西側諸国の教会ではないか、と思います(そもそも、東西冷戦が終わっても、西側諸国という理解はどうか、という議論はもちろんありますが)。

     

    カトリック教会の聖職者の小児性愛行為の問題をスクープした新聞社を描いた映画『スポットライト 世紀のスクープ』の予告編

     

    最近話題になったペンシルヴァニアのカトリックの司祭達による小児性愛行為の問題に関するCNNのニュースクリップ

     

    同性愛を公に批判したテレヴァンジェリストだったTed Haggardさんご自身が同性愛行為にかかわっていることを認めたインタビュー

     

    メガチャーチのWillow Creek Community Churchの基礎を築いた牧師が不適切行為により退職を余儀なくされた事案

     

    インドでのケララ正教会での問題

     

    日本での法制度のもとでの教会の閉じ方

    ところで、自然減にせよ、地域の少子高齢化にともなっての減少、あるいは、不祥事に伴っての信徒流出であっても、あるいは、牧師さんや司祭の問題行動に伴っての信徒減少であるにせよ、信徒がいなくなった教会は、閉鎖して、その土地を売却し、借金があれば借金の閉鎖に充て、借金がなければ、その土地建物を売った金額を、関係する団体か、国に全額を寄付ないし納付して自らを閉鎖し、残った信者さんをほかのキリスト教会に託すか(実際に1940年ごろからの日中戦争中や、近年の北海道で、このような事例があるようです)、あるいは、建物としての教会を捨て、武田信玄公の言うように、「人は城」ではありませんが、「人は教会」とうそぶいて、家の教会のような運営をして、潜伏キリシタンと類型上は同じようなスタイルで礼拝を続けるしかなくなるようです。牧師給が維持できなくなれば、まさに潜伏キリシタンがやったように、信徒相互牧会をするしかないわけですから、ぼちぼち、今の段階で、そのための手法を今の段階から確立するしかないわけです。

     

    教会の閉鎖は、包括法人組織がある法人の場合、その包括法人に丸投げするという最後の手段があるので、まだ、やり易いですが、単立教会組織の場合、その組織の解散は、役員会と代表役員のところにぐぐっとかかってくるので、とくに牧師が不都合おこしてどろんと消えてしまった場合、残された信徒さんたちは、指導者はいなくなるは、方針どうするか、きめにくいは、借金なんかがあった日には、外部の借金先からの返済は迫られるはで、ろくでもない目に遭うことになります。教会は信仰を持つもののための組織でもありますが、社会的存在という意味でも、組織であるからです。

     

    北半球の西側先進国からキリスト教は南半球の発展途上国へ

    西側諸国のキリスト教会は今、陸続と閉鎖されてはいますが、Holy cathoric churchは、どっこ実は拡張が続いています。世界中を見れば、増えているわけです。では、どこでキリスト教会が圧倒的に人を増やしているかと言えば、アジアとアフリカ、そして、中南米なわけです。そう思って検索してみると、CBNという700クラブというミーちゃんはーちゃんがあまり好意を持てないテレバンジェリスト系のサイトには、こんな記述がありました。個人的には、テレバンジェリストはどこか嘘くささが漂うような気がしてねぇ、どうにも合わない感じがしているのですが、まぁ、適当に分かりやすくまとまっているので、日本語変換後のものを、ご紹介致しておきます。

     

    世界でどのようにキリスト教が増殖しているか

    サミュエル・ハッチントンの本である『文明の衝突』では、キリスト教徒イスラムの衝突において、人口が大きな要素となることを予測しているが、彼自身の言によれば、長期的には、ムハンマド(マホメッド)が勝利するだろうとしている。しかし、この事例においては、ハッチントンは間違っている。。世界を見てみれば、予測可能な範囲の将来において、ムスリムよりはクリスチャンのほうが増加するのである。

    ペンシルベニア州立大学のフィリップ・ジェンキンスの『次のキリスト教世界・全地球的なキリスト教の到来』という本では、西側諸国以外でのキリスト教の爆発的な成長を無視していることによりハッチンソンのような予測が裏切られるとしている。

    例えば、1900年においては、アフリカでのキリスト教徒の数は、およそ1千万人であったが、2000年までに、3億6千万人になっている。2025年には、かなり控えめな予測でも、6億3千万人になっていると予測されている。ラテンアメリカでは同じ予測によれば、2025年までに6億4千万人であり、アジアでは、4億6千万人であると予測されている。

     

    ジェンキンスによると世界の人口の中でのキリスト教徒の比率は、名目的にであるにせよ、1900年の比率と2050年の比率はほぼ同じになると予測されている。今世紀の中葉までには、世界中で、30億人のクリスチャンとなっているが、それはムスリムの1.5倍であるとされている。実際2050年までには、現在のムスリムとほぼ同数のペンテコステ派のクリスチャンが存在することになっている。

    その段階では、世界のキリスト教の20%がヒスパニックでないコーカシア系の人々になっていて、典型的なクリスチャンは、ナイジェリアの村やブラジルの貧しい人々が住んでいる地区に住んでいる女性ということになっているだろう。

     

    これらの変化というのは、人口学的なものを超えたもので、ジェンキンズは、これらの人々を南国のクリスチャンと呼んでいるが、これらの人々はアフリカ、ラテンアメリカ、アジアの一部に住んでいて、神学的にも、倫理的にも、西側のキリスト者よりもより、相当保守的な人々であると指摘している。

    したがって、キリスト教がより南半球的なものになるにつれ、キリスト教自体も、聖書的に保守性の強いものになっていく。一方ジョン・シェルビー・スポン主教やテンプルトン賞受賞者のアーサー・ピーコックはキリスト教はその歴史的な信仰を生存のために放棄せざるを得ないと主張しているが、しかし、南半球のキリスト京都を引き付けているのは、この歴史的に保存されてきた信仰なのである。

    そして、それが、スポンやピーコックの属するアングリカンコミュニオンにおいて、アフリカの主教が西側を回心させるために宣教師に按手する必要がある理由になっている。

     

    キリスト教の爆発的な成長は、現代におけるまだ十分に知られていないことであり、そして、北米のキリスト教徒が認識すべきことであるのだ。

    そのことは、クリスチャンは、彼らの信仰が重要であり続けるために、妥協すべきである、ということに対する否定ともなっているのである。反対のことが起きているのである。精神的なよりどころとしての聖書的基盤を失ってしまっている教会がある一方で、聖書的な正統性は、改宗者を集めているのである。クリスチャンの人口重心の移動は、西側のキリスト教徒がキリスト教のすべてではなく、自分たち自身について、異なる考え方を支配目るべきであることを示しているように思えるのである。西側のキリスト教も、より大きなコミュニティの一部であり、全地にわたる教会の一部であることを。

    最後に次のことを述べたいと思う。如何に西側で悪かろうとも、神は、この世界全体において働いておられるのであり、福音が主張されるところでは、福音派人々の人生と社会を変えているのである。
    グロー張り税ションの支配するこの世界で、一つ確かなことがある。それは、世界のどこであっても、ほめたたえられるべきであるのはイエスである、ということである。
    今の、パパ様に、いろいろおっしゃる方もおられるようですが、今のパパ様も、南半球の方ですし、先日の英国王室の次男坊の結婚式で説教したカリー司教という方の祖先のご出身も、アフリカであったりするというあたりのこと、そして、北米大陸では、所謂福音派系の教会から、カトリック、正教会、聖公会(Episcopal ChurchなどのAnglican Communion)への転会が相次いでいるらしいことを考えると、なまじ2000年続いてきたキリスト教の伝統をどう考えるのか、キリスト教における神秘(それは異言や、癒しなどの奇跡のことだけではなく、むしろ、聖餐における神秘)をどう考えるのか、ということはもう少しきちんと考えてもいいかもしれないなぁ、と最近は思います。それは、最近ある福音派の牧師さんから、「正教会に帰正(転会)して、髭面にまだならないのですか?」と聞かれることがあるほど、正教会に傾倒しているからかもしれませんが…
    「Pope Francis」の画像検索結果
    今のパパ様、フランシス様 
    https://www.vox.com/identities/2018/3/13/17107702/pope-francis-divisive-papacy-explained-five-years-catholic-church より
    先日の英国王室の次男坊の結婚式でのメッセージ

    How Christianity is Growing Around the World

    In his book The Clash of Civilizations, Samuel Huntington predicts that demographics will decide the clash between Christianity and Islam. And, as he puts it, "in the long run, Muhammad wins out."

    In this instance, Huntington is wrong. For the foreseeable future there will be many more Christians than Muslims in the world.

     

    As Penn State professor Philip Jenkins writes in The Next Christendom: The Coming of Global Christianity, predictions like Huntingtons betray an ignorance of the explosive growth of Christianity outside of the West.

    For instance, in 1900, there were approximately 10 million Christians in Africa. By 2000, there were 360 million. By 2025, conservative estimates see that number rising to 633 million. Those same estimates put the number of Christians in Latin America in 2025 at 640 million and in Asia at 460 million.

    According to Jenkins, the percentage of the worlds population that is, at least by name, Christian will be roughly the same in 2050 as it was in 1900. By the middle of this century, there will be three billion Christians in the world -- one and a half times the number of Muslims. In fact, by 2050 there will be nearly as many Pentecostal Christians in the world as there are Muslims today.

     

    But at that point, only one-fifth of the worlds Christians will be non-Hispanic whites. The typical Christian will be a woman living in a Nigerian village or in a Brazilian shantytown.

     

    And these changes will be more than demographic. Jenkins points out that who he calls "Southern Christians" -- those living in Africa, Latin America, and parts of Asia -- are far more conservative, theologically and morally, than their counterparts in the West.

     

    Thus, as Christianity becomes more Southern, it becomes more biblically orthodox. While people like Bishop John Shelby Spong and Templeton Prize winner Arthur Peacock insist that Christianity must abandon its historic beliefs to survive, it is precisely these historic beliefs that attract our Southern brethren.And thats why in Spong and Peacocks own Anglican Communion African bishops are ordaining missionaries to re-convert the West.

     

    This story of Christianitys explosive growth is one of the great untold stories of our time -- a story that North American Christians need to hear.

    Its a story that repudiates those who say that Christians must compromise their beliefs to remain relevant. The opposite is the case. Biblical orthodoxy is winning converts while churches that have lost their biblical moorings languish.

     

    This shift of Christianitys "center of gravity" is also a reminder to Western Christians that we are not the whole show, and we have to start thinking differently about ourselves. We are part of a much larger community: the worldwide Church.

     

    Finally, its a sign that, no matter how bad things seem at home, God is at work throughout the world. Everywhere its proclaimed, the Gospel is changing lives and societies.

     

    In this scary new world of globalization one thing remains true: Its Jesus who people of every realm and tongue bless.

     

    次回へと続く

     

     

     

     

     

     

     

     

    評価:
    ロバート・P. エリクセン
    風行社
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    (2000-05-01)
    コメント:非常に印象的でした。

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    コメント:ほとんどエロ本という説もないわけではないですが、中世の人々と教会の一端がかなりデフォルメされつつも描かれている西洋古典のひとつ

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