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2018.09.19 Wednesday

教会の終活について・・・その2

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    本日は前回に引き継いて、教会の終活について触れてみたいと思います。前回は、個人としての終活が盛んになってきたこと、キリスト教の側でも、エンディングノートをはじめとした終活が必要性が増えてきたし、そのような書籍が市販されるようになり、地方部では、洗礼及び結婚式経験皆無、葬儀経験多数という牧師さんが急増していること、そして、教会人口の自然減に直面しているために、そして、誰もいなくなったという状態が待っているという教会がまじかに迫っていること、そして、かつて人口急増地であり、豊かな財政を誇った大都市周辺のベッドタウンでの高齢化とそれに伴う収入減が起きていることを、日経新聞などの記事を紹介しながら、お話してきました。

     

    今日は、教会自体の終活にまつわる問題を扱うその前に、教会とは何か、という終活の前に扱うべき問題を少しお話してみたいと思います。

     

    歴史的に見る教会の発展と「うちの教会」という意識

    プロテスタント派の教会では、「うちの教会」ということばを考えたときに、個別教会としてのある地域にあり、一つの建物を占有し、ある組織としてのキリスト者の集団が、他者と共有していない建物としての教会と、その建物内部に集まっているキリスト者の集団ということがイメージされると思います。ところが、カトリックでは、「うちの教会」と信徒さんが言う場合、カトリック教会全体を一般に指すことがあり得ますし、正教会では、「うちの教会」といった場合、地域主教座が包括する教会や、場合によっては正教会のグループ全体をさす場合もあるようです。聖公会だと、うちの教会といったときには、地域主教が管轄する教会を指す場合もあるようです。もちろん個別の建物を伴った教会を指す場合も少なくはないでしょうが。

     

    このあたりが、プロテスタント派と、伝統教派を大きく分かつ点の一つのポイントではないか、と思います。つまり、何が言いたいか、というと、「うちの教会」といったときに、普遍たる教会の存在、つまり公同の教会を普通の信徒の方々がどこまで想定できるかどうか、という問題です。

     

    多くのプロテスタントの場合、ドイツやフランス、スイスでは、カトリックからの分離という形をとって国教会というか、地域領邦型都市国家の宗教、(今の国民国家という意味ではない)国教会としての側面をとりました。その意味で、その領邦国家においては、「うちの教会」といった場合において、国家と一体化した教会(これを、ヨーダ―先輩は、コンスタンティヌス帝国的教会として否定的視線を向けますが)でもあるために、ある種、その領邦型都市国家における普遍性はあったのではないか、と思います。

     

    ブリテン島及びその周辺諸島群における教会であるアングリカン・コミュニオンは、ブロード・チャーチとして教会としての一体性を何とかして守ろうとしましたが、アメリカの独立戦争あたりを機に、当時の国教会自体の内部の組織体的課題、また、政権と一体化することにより抱えた問題があり、多数の分離派と呼ばれるグループが生まれました。そして、アメリカ新大陸で、現在の福音派のかなりの部分を占める、国教会の分離派と呼ばれていたバプティスト、メソディスト(ウェスレー先輩くらいまでは、アングリカン・コミュニオンにとどまろうとしたのですが…)、イングランドに反感を抱え続けたスコットランドでのスコットランド改革派系の教会などがアメリカで独自に活動していく中で、アングリカン・コミュニオンからの分離が決定的になり、国教会的なもの(コンスタンティヌス型教会)に対して否定的な目を向けていく中で、それぞれが独自の路線を歩み始めます。その中で、分離していったグループごとに、それぞれの教会群が形成され、自分達以外の教会群との緩い連携も困難になり、教会内言語についても、ある語が指し示す内容について、各グループごとに意味が微妙にずれるという、バベルの塔状態になり、言語が相互に通用しない状態になり始めていったように思います。

     

    市場化、細分化が進んだプロテスタント教会での「うちの教会」

    深井智朗先輩が、以下で紹介する「神学の起源」の中で、教会の市場化がアメリカで起きたということをご指摘になっていますが、まさに、アメリカで、憲法修正第1条の信教の自由、というか、国教会を持たないという、政教分離の大原則の下で、アメリカ合衆国は、教会が細分化されることになりました。その結果として、「うちの教会」というと、「わが教派の教会」が最大レベルのキリスト教会の認識範囲になり、通常の場合、同じ教派でも、考えが違う人々が複数グループが教派内(教会連合内)に併存することや、個別教会ごとに文化が造られていくという歴史的プロセスというか歴史的経緯を経る中で、「うちの教会」といったときに、個別の空間を占有するグループを収容している教会堂という建物と、そこの領域内部で行われている礼拝行為に参加する人々と、そこで行われている歴史的に形成されたスタイルこそ、ある面で教会の在り方のスタンダードと考えるある種の視野狭窄が起きかねない状態が生まれていきます。例えば、賛美における無楽器派や、有楽器派、例えば、楽譜があったとしても、賛美における賛美の節回しやその音の伸ばし方にいたるまで、実は教会で異なることがあり、いわゆる聖会や大会などとも呼ばれるカンファレンスなどで集まっても、その微妙な違い、クセのようなものが出て、苦笑いしたくなるようなシーンに時々出会います。

     

    聖なる公同の教会は残るけど…

    教会の終活というと、「どきっ」とされる方もいらっしゃるかもしれませんが、ここで言っているのは、個別教会、ある建物を占有する集団と、その活動としての教会としての終活です。個人的には、キリスト教は、社会の少数派となっても聖なる公同の教会は残ると思っています。

     

     

    もし、伝統教派のような場合、普遍としての教会、使徒信条にいう聖なる公同の教会(英語だと、Holy cathoric chuch 小文字のカトリック教会)がかなりイメージしやすいのでしょうけれども、プロテスタントの教会の場合、聖なる公同の教会といった場合、最小の場合で、ある建物を占有する集団、つまり、その教会を構成するキリスト者集団だけのことを指すか、まぁ、最大でも、同じ教団教派に属する教会群か、JECA, JCEといった教会連合に属する教会群の集団のことを指す程度、あるいは、福音派の皆さんですと、いのちのことば社の本を読んでいることで確認される教会群までが、キリスト教というか、Holy cathoric churchと認識されていることが多いのではないでしょうか。こうなると、祈祷書による一致ではなく、出版社風の伝道団体の出版物による一致になってしまいます。

     

    あるいは、アンチ・ローマ・カトリック教会による一致とか、実にナンセンスな一致(なぜ、ナンセンスかというと、その神学理解のほとんどは、三位一体や聖餐論屋教会論を含めかなりのローマカトリックの伝統に依拠している部分が多いからですが)になってしまいます。こちらの教派の樹形図をごらんいただくと、プロテスタント派の教会はギリシア正教会よりも、ローマカトリックのほうが近く、実際に、カルヴァン先輩にしても、ルター先輩にしても、アングリカンにしても、ローマ・カトリックからの分離ですから、基本形は、ローマ・カトリックに異議申し立てをしたという意味でのプロテスタント教会なわけです。しかし、カトリック神学の全否定はできていませんから、微妙な部分にカトリック神学の影響を見ることができるように思います。

     

     

    どのあたりまでを仲間の教会と認識するのかと公同の教会

    仮に、公同の教会の認識範囲が小さくても、一応、教会間でのお互いに関して、(異端ちっくなところがあるにせよ)キリスト教だという相互認識はあるわけです。ミーちゃんはーチャンは、プロテスタントのかなり聖書原理主義的な教会にいました大学生のころ、カトリック教会員であられた指導教員のお一人の方から、「ミーちゃんはーチャンは、僕らからしたら、異端だからねぇ。でも、君たちが異端と呼ぶ、ものみの塔とか、モルモンになると、あれはもう、僕らからしたら異教だからねぇ」といわれたことがあり、はっとしたことがありますが、キリスト教に関する相互認識と相互認識可能な範囲に関する距離感がかなり違うんだなぁ、と思ったことがあります。

     

    「各個教会にとって、包括教会をどのあたりと認識するか」ということが、すなわち、どこまでを「うちの教会」と認識できるか、ということが、「各個教会の終活」にとって、きわめて重要になります。

     

    まさか、昨日までローマ・カトリック教会を「悪魔の手先」扱いをしていたプロテスタント派の信者さんが、翌日から、教会がなくなったからといってローマ・カトリック教会に行くわけにも行きませんし、よしんば行ったところで、聖餐に預かるためには、改宗という手続きが待っています。改宗前でも参加はさせてもらうこともできますし、聖餐はいただけないものの、祝福はもちろんしてくださいますが。

     

    その意味で、教会のバラエティが、プロテスタント、カトリック、以上2教会のみで終わりみたいな地方部だと、そもそも「教会の終活」をすることは、現実的に現代における所属教会が通える範囲にないキリスト者を生み出すことと等しく、潜伏しないまでも、潜伏キリシタンに近い存在を生み出すことになりかねないのですが、そのための準備が、どこまで現在の教会とそこに属する教会の構成員にできているか、となると、かなり厳しいものがあるかもしれません。

     

    貧者の世話をしてきた教会、それを取り上げた国民国家

    これまで、地球上の人口は、戦争や疫病で一時的に減少することはあっても、基本的には、人口は時間経過とともに増加する社会であり続けました。そして、教会は、病者の世話をし、孤児の世話をし、寡婦の世話をすることで、貧しい人たちかもしれませんが、近代国家が誕生するまでは、そういう社会的に困った立場にいる人たちの支援を延々と続けてきたのです。この代表格の人物が、下のイコンに示したニコラス先輩で(サンタクロースの原型になったとされる人物)、このあたりのことは、以下で紹介するロドニー・スタークという人の『キリスト教とローマ帝国』をお読みいただけると、おわかりいただけようかと思います。

     

     

     

    聖 ニコラス https://www.orthodoxmonasteryicons.com/products/nicholas-icon-ssc より

     

    「St. Nicholas Icon」の画像検索結果

    聖ニコラス  https://www.orthodoxmonasteryicons.com/products/st-nicholas-the-tsar-icon

     

     

    ところが、フランス革命以降、近代国家、あるいは国民国家が誕生し、これらの役割は国家の役割として、国父思想(国が親代わりのように国民の生活と庇護をするという思想)を持ち、教会が長らく貢献してきたこれらの分野にも、国民国家が顔を出すということに切り替わっていき、ヨーロッパからアジアの国まで、このような態度となりました。そして、ソ連邦と資本主義諸国が対峙した冷戦時代には、どっちの制度(資本主義と社会主義)がより豊かな国民の支援ができるのか競争をはじめ、困ったことは役所または政府が何でも何とかしちゃうことが求められるようになりました。今でも、時々、テレビに出ているおじさんがしたり顔で、「政府はいったい何をしているんでしょうねぇ」というのは、この冷戦時代の遺物です。今は、政府がそこまでの余裕がないため、民間活力とか、ニュー・パブリック・マネジメントとか、新しい公共とか言い出して、政府や地方自治体の責任ではなく、地域の活動主体である地域住民の皆さんにツケを回す時代になりました。

     

    さて、ローマ帝政時代には、明白に貧者保護、弱者保護という明確な働きがあり、さらに、毎日の礼拝(聖餐式を含む)があり、相互の教会を思い祈りあう関係があったものが、プロテスタントの登場で相互に競い合い、合い争い、論争する存在になっていきます。そして、教会の存続理由は、私事としての信仰の場へと転換していくことになります。

     

    教会の存続意義とメディア

    そうなると、教会の存続意義は、私事としての信仰の場の提供のみに限られていくことになり、プロテスタントでは、説教というかたちでの聖書解釈の伝達の場(メディア)になっていったわけです。

     

    そして、その後、誌上の教会ともいわれる内村の無教会派の活動のようなものが、郵便と印刷物の流通システムの整備によっておき始め、サクラメントなしの教会の場合、教会に集まる必要がなくなり、紙メディアを通しての交流で十分ではないか、という極端な動きまで出てきます。さらに、その後の電話の普及、ラジオの普及、などメディアの変化の中で,テレバンジェリストと呼ばれるテレビ伝道師やテレビ番組内教会が登場していきました。そして、いま、インターネット時代になると、聖書解釈だけ伝えるのであれば、インターネットのサイバー空間上の教会で十分であり、これ以上、何が必要かになるわけです。

     

     

    となれば、サクラメントを軽視し、「どうやったら、人は天国にいけるか」ということのみに着目しようとする傾向を持った教会群の場合、それが何らかの方法で、インターネットや印刷物で伝えることができなくはないわけですから、教会の終活は、すでにこの方法の確立とともに始まっていることになります。

     

     

    次回へと続く

     

     

     

     

     

     

     

     

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    コメント:キリスト教と西洋史のかかわりを概観するのに非常に良いと思います。

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    コメント:方法論的には問題も少なくはないが、わかりやすい

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