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2017.10.31 Tuesday

『福音と世界』2017年11月号を読んでみた (3)

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    今日は第2論文の「ユダヤ教とシオニズムのもつれた関係」と題された赤尾光春論文について考えてみたい。この論文は、ユダヤ社会とシオニズムの歴史的展開を負いながら、日本人が想像するようなシオニズムの関する単純な構造がユダヤ社会の中にあるのではなく、さまざまな社会潮流や社会環境、そして、思想的な影響を概観した論文であり、その意味で、日本におけるキリスト教徒、とりわけ福音派と呼ばれるキリスト教徒の一部が想定する単純な見方では、当然のことながら現在のイスラエルとユダヤ社会について、かなり理解しがたいような多様な動きがあることを明らかにしている。

     

     

    シオニズムに対するユダヤ社会の中での抵抗

     多くの日本人、そして多くの日本人キリスト者は、シオニズムというときにヨーロッパ系ユダヤ人のイスラエルの移住(あえて”帰還”とは書かない。その理由は前回の記事で引用した早尾論文を参照のこと)運動を考えるかもしれない。しかし、その党のユダヤ人の中にも、シオニズムに抵抗感を持つ人々がいたことを、赤尾論文は明示する。

    シオニズムに抵抗を示したユダヤ人は、リベラル派、「同化主義者」、社会主義者、共産主義者など多岐にわたるが、中でも最も呵責なき闘争を展開してきたのは、改革派と(超)正統派を双璧とするユダヤ教の信奉者に他ならなかった。本稿では、改革派と(超)正統派の半シオニズム闘争をめぐる思想的背景とともにその変遷の過程を辿り、ユダヤ教とシオニズムの間で展開されてきた一筋縄ではいかないもつれた関係について概観してみたい。(『福音と世界』 2017年11月号 p.12)

     

    少なくない人々が、この記述に驚くかもしれない。ユダヤ人なのにシオニズムに抵抗する人々がいたという記述であり、それが、改革派ユダヤ人とユダヤ教のトーラーを重視する人々であるウルトラ保守派の皆さんであるという。個人的には、ウルトラ保守派の皆さんこそ、父祖ダビデの地、父祖アブラハムの地にこだわっているのかと思いきや、そうではなかったらしい。この辺の事情は同論文でおいおい明らかになる。

     

     

    改革派ユダヤ人の皆さんと ルーベン・リブリン 大統領

    https://www.jta.org/2015/12/21/news-opinion/politics/how-israels-president-won-over-reform-jews-and-vice-versa

     

    正統派ユダヤ人の皆さん

    http://religionnews.com/2015/03/23/brooklyn-hot-plate-fire-leads-orthodox-jews-re-evaluate-sabbath-safety/

     

     

    ウルトラ正統派のユダヤ人の子供さん(髪の毛のびんを切らない習慣から おさげに見える)

    http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/london-orthodox-jewish-schools-removing-images-of-women-and-the-mention-of-christmas-a6877941.html

     

    まぁ、よその国のことだからほっとくのが当然だが、これらのユダヤ系の人々の中での緊張関係があり、この写真のように並べておいてみると、イスラエル社会の中で、かなり必死で聖書の言葉通り守ろうとする正統派、ウルトラ正統派の皆さんと、世間の動きと一定の関係を維持しようとうとする改革派の皆さんとの違いが服装や髪の毛のお手入れの仕方からわかるのが面白い。

     

    改革派という存在とその特徴

    この改革派についてであるが、次のように赤尾論文では書かれている。

     

    ドイツの改革派ラビたちは、プロテスタンティズムの影響も受けながら、「家では良きユダヤ教徒たれ、表では良き市民たれ」というモットーの下、ユダヤ教信仰を徹底的に合理化すると同時に、その普遍的要素を強調した。ヘブライ語聖書に代わるドイツ語訳聖書の導入、戒律の細目や食事規定の廃止など、その改革は多岐にわたるが、思想的に最もラディカルだったのはメシア信仰の否定、すなわちシオンへの帰還待望そのものを放棄したことだった。この決定は、居住国家から「二重忠誠」の嫌疑をかけられることに対する懸念にも端を発していたが、半永久的に先送りにされた救済への期待は今や、居住国家におけるユダヤ人開放を通してこそ真に達成されるると合理的かつ世俗的に再解釈されたわけである。

     19世紀末になってアメリカへと中心を移していた改革派は、1885年にピッツバーグ綱領を採択し「我々は自分たちをもはや民族とみなさず、(中略)パレスティナへの帰還も・・・ユダヤ人国家に関するいかなる律法の回復も期待しない」と謳い、伝統的なユダヤ教の核ともいえる信仰箇条すら否定した。(同誌 p.13)

     

    このような記述を見ると、キリスト教における改革派がキリスト教の儀式や様々な祭具などを否定し、時に十字架を掲げることを含めて否定し、そして、キリスト教信仰を「徹底的に合理化すると同時に、その普遍的要素を強調した」を目指して徹底的に改革し続けようとするのが改革派の姿なのだろうなぁ、とみると、確かに、プロテスタントの宗教改革の影響を受けた運動が、ユダヤ教の改革派であることがよくわかる。キーワードは、合理化普遍性への強調である。まさに、このことばは、科学性と普遍性友置き換えがある程度可能で、科学性と普遍性と言うか、単一的な物事の味方を重視した近代社会に適合的な集団がユダヤ教改革派であり、キリスト教における改革派であったと思うと、確かに親類関係にあるというのはよくわかる。

     

    そして、この文章の中でのもう一つの重要なキーワードは、 「二重忠誠」 の問題である。ルター先輩の二王国論(おそらく、神の国としての教会、世俗政治国家としての王国の並立とその関係のある程度の断絶 )ではないが、極限では、この二王国論が世俗国家の側から疑われることがある。日本の戦争中に起きた一部の福音派(ホーリネスやキリスト集会派)にたいする政府からの圧迫は、彼らがこの問題を理屈で説明して、自分自身において、そもそも回避しきれなかったがゆえに、起きたという側面が強いだろう。つまり、世俗国家は世俗国家、キリストはキリストと そこまで割り切れるほど、複雑なのか単純なのかは知らないけれども、その辺の割り切りができなかった不器用な人たちが、あるいは素朴な人たちが、この世俗国家と自らの信仰におけるキリストの王権との関係におおいてうまく乗り切れなかった、ということなのだろうと思う。おそらくその朴訥さが、うまく乗り切れない原因なのではないか、と思う。この問題は案外重要な気がする。平和憲法を擁護するための議論することよりも、自分たちとして、この「二重忠誠」の問題をどう神学的に処理可能なのか、ということの研究のほうがよほど重要だと個人的には思うが。

     

    そして、挙句の果てに、ユダヤ教改革派は、「 パレスティナへの帰還も・・・ユダヤ人国家に関するいかなる律法の回復も期待しない」 、そして、「メシア信仰すら放棄する」に近いことと言ってしまったので、そうなると、基本的に現地の世俗政府に帰属、恭順する同化の道しかなかったのだ。とはいえ、ユダヤ教に祭儀や習慣、あるいは、名前に残るユダヤ系の形跡や痕跡までは消し去れない場合、完全に同化することができず、ナチズムのドイツでは、ゲルマン系市民に狙われ、ホロコーストの犠牲者となっていく。こちらは恭順、同化しようと努力したけれども、それは相手の都合によって、こちらの態度が理解されず、先方の態度がガラッと変えられてしまうという世界史によくある悲劇の一つであったように思う。

     

    そして、アメリカのユダヤ人の間でシオニスト的な理解が広まり、その支持者が拡大していく。そして、米国がイスラエルの独立の事後的に承認する中で、アメリカの改革派ユダヤ人の中でのシオニズム反対運動は下火になっていくことが書かれている。

     

    超正統派(ハレディーム)のユダヤ人の対応

    超正統派ユダヤ人と我々が聞くと、旧約聖書の約束に従い、イスラエルに帰還することが重要だ、ということを強調した人々という印象があるかもしれないが、どうも現実は違うらしい。彼らの神学的理解が、人間の力によるイスラエル帰還ということにNo、否、ニェット、Nonを突き付けたようなのだ。そのあたりの背景に関して、同論文は次のように書く。

     

    ドイツや東欧・ロシアの正統派がパレスティナへの移住を推進したシオニズムに反対したのは、第1に、シオニズムの企てに見られた世俗的かつ政治的な性格が彼らが報じた伝統的なメシア待望論と真っ向から対立したことに起因する。(中略)

    伝統主義的なユダヤ人にとってユダヤの民とは第1に神の選民であり、したがって神やトーラーとの関係を描いたユダヤ人などありえず、ましてや戒律を遵守しないユダヤ人による聖地の支配などもってのほかであった。(中略)

    超正統派の多数派が「ユダヤ人国家」に対する非本質的アプローチをとることによって、伝統的な反シオニスト・イデオロギーを著しく弱めることになったとすれば、少数派はイスラエルに対して本質主義的なアプローチをとることにより、イデオロギー的な一貫性を保ってきた。すなわち異教徒にも等しいユダヤ人が政治的ヘゲモニーを握る国家とは、神に対する反逆以外のないものでもなく、したがって「真のユダヤ人」たるものはその解体に向けた努力を惜しんではならない、という戦闘的な立場である。(同誌 p.14)

     

     

    ウルトラ正統派であるがゆえに、旧約聖書にある記述通り、神の主権により、イスラエルの民が神に率いられて、神権国家を建設するという立場にウルトラ正統派の人々は立つので、タナッハ(旧約聖書)の権威性を認めないような「異教徒にも等しいユダヤ人が政治的ヘゲモニーを握る(イスラエル)国家とは、神に対する反逆以外のなにものでもなく、したがって「真のユダヤ人」たるものはその解体に向けた努力を惜しんではならない 」ということになるらしい。その意味で、彼らにとって、現イスラエル国は、由緒正しく、紙に認められた国家ではない、ということになるらしい。

     

    ところで、「聖書にある記述通り」という表現は、どこかで聞いたようなセリフだが、キリスト教にもこれに対応する言葉があって、それが、現在あちこちで、キリスト教、ムスリム世界、あるいは日本型新宗教の世界でも、宗教にかかわらず、便利なラベルとして用いられる原理主義である。本来のキリスト教コンテキストとしては、原典原理主義、聖典原理主義とすべきではないかと思うが、そんなまどろっこしい表現を使うのはマスコミの皆さんは洋の東西を問わずお嫌いのようなので、簡単に原理主義と何でもまとめて読んでしまい、それが一般に広がるからかなわない。ただし、どうも何らかの権威性、とりわけ、神とか聖書とかの権威性を異様に重視する、この系統の人々はどうも現実の問題等のはあまり関係しないとか、あまり考えずに済む関係だと思われるが、一般に過激化しやすいようで、すぐ、次の記述のような行動に出る人々が少なくないようである。その神とか、聖書とかを持ち出して、正義を神ならぬ人間が振り回す行為というのが、ひょっとすると、神の主権性を侵害することになるとは、このタイプの方々は、神に近しい方々であるためか、あまりお考えにならないように思えてならない。パリサイ人と取税人の祈りのたとえ話ところで、イエスが言われたことを考えると、イエスは正義を人間が振り回して良い、とはお考えになっておられないように思えるが。

     

    そして、捕囚に関する次のような印象的な記述もあった

    すなわち、世俗的な民族国家の再興を神による救済という文脈から切り離し、イスラエルの建国が宣言されようとも、またイスラエルの地に居住していようとも、依然として捕囚は続いていると解釈したのであろう。(p.16)

     

    この捕囚問題は、人間を、そして、ユダヤ人を神との関係で考えるときに重要な概念である。人間を捕囚から解放しうるのは神のみであるという立場に立つのか、それは人間にも可能であるという立場に立つのか、という問題ともつながる。N.T.ライトの『クリスチャンであるとは』の中で、すべての人間は「諸力としての罪」に捕囚されていて、そこからの開放が必要だという主張の記述があり、その諸悪からの開放が実現できるのは、紙だけであるということが書いてあるが、それと同じ構造で、人間的な力による多民族からなる地域の中でとどまるような捕囚からの開放ができるのは、人間ではなく、神だけであるというのがウルトラ正統派のご主張であり、政治的ヘゲモニーの結果、人間的な努力によって存続させているような世俗国家としてのイスラエルなど、世俗国家としてのイスラエルが仮に建国を主張したところで、それは、トーラーにおける神ご自身が約束されたとおりの世界の実現につながってない、という立場なのだろう。

     

    ところで、ウルトラ保守派の人々の生き方について、次のような記述も実に印象的である。つまり、秦のイスラエルは世俗国家としてのイスラエルを認めないということになるらしい。

    彼らはまた、多数派とは違い、アメリカなどに住む裕福な同胞たちによる寄付金にほぼ全面的に依存することで、イスラエルの公共サービスや、宗教施設に関する政府の補助金といった恩恵を一切拒み続けている。(中略)ネトゥレイ・カルタ(引用者註 イスラエルの保守強硬派の一つ 詳しくは赤尾論文参照)は、イスラエル国旗を燃やすなどして、ことあるごとにイスラエル国家への反対を表明し、海外でパレスティナ人による反イスラエルデモがあれば連帯を表明するなど、イスラエルの占領政策に対する抗議運動を今なお継続している。(同誌 p.16-17)

     

    イスラエル国家政策への反対デモをすることが、反イスラエル行為をすることやパレスティナ人への支援を表明することが「あなた方の中の在留異国人に辛く当たってはならない」という律法尾を守ることで、極めて聖書的な行動であり、ユダヤ的な理念の実現にもなるという、一種のパラドックスがここで生じているようである。このウルトラ正統派の皆さんは、現イスラエルの国家の正当性を認めておられないので、もちろん上記のように公共サービスを受けたり補助金を受けることもない代わりに、現世俗国家としてのイスラエル政府の法律に従って納税することもなく、軍役につくこともないそうである。これがまた、税金も払うし軍役にも就く(軍役につくことを本来血税というのであって、重税であるために血を絞られるように感じるから、血税ではない)普通のユダヤ人、すなわち非正統派である世俗派や改革派系のユダヤ人からは、わしらの税金と血税によって守られていて、それでいて、守ってもらっている我々やイスラエル政府にたてつくとは、不逞の輩以外の何物でもない、という立場になるらしい。

     

    今回引用しなかった部分には、イスラエルの内省的、政治的な動向を含めて、非常に印象的な部分があるし、その部分は現在のイスラエルの政治情勢を考える際に重要な記述であるので、ご関心のある方は、ぜひとも、書店に在庫があるうち日本号を手に入れてお読みいただきたい。

     

    まとめの部分から

    イスラエル建国の歴史とそれ以前のシオニズムの歴史について、同論文では、次のようにまとめる。本来、反シオニスト運動であった改革派と正統派ユダヤ人たちが、現実のイスラエル国誕生において、どのような対応をとったかの違いにより、現在の環境が生まれているという。

    改革派と(超)正統派を双璧とするユダヤ教内部における反シオニズム闘争はその体制において、ナチス政権の誕生を境に大きく方向転換し、イスラエルの建国をもって「ユダヤ人国家」の樹立を事後承認する格好となった。第2次世界大戦中から戦後にかけて、アメリカ改革派の主流は親シオニストになり、超正統派は政教分離の原則を確立してイスラエルに対して非シオニスト的アプローチをとった(同誌 p.17)

    結局、現実世界との調和を図る方向に聖書解釈の面でも重きがある改革派のユダヤ人の皆さんは、現実世界として、イスラエルという国家が建国してしまった以上、それをあえて無視することもできず、また、現実的合理的な対応として、それを改革はユダヤ人の皆さんは承認するしかなく、もともと国家との適切な関係をとろうとする改革派であるが故に、現実的かつ合理的な対応をしようとして現実にあるイスラエル国家を認めるしかなく、おまけに、自分が国籍を置き、市民である自国アメリカの国家が事後承認とはいえ、承認してしまった以上、その存在にあえて反対したり、抵抗したりする意味がないので、アメリカの改革は軽ユダヤ人の皆様は、どうしても親シオニスト的な立場にならざるをえず、神のものではない世俗の国家に覚めた目を向ける超正統派は、そんな怪しげな国家なんぞは、ユダヤ人国家と呼ぶに値しない、と冷ややかな視線を向け、非シオニスト的な立場を取ることになったのであろう。ここでも、ユダヤ社会の分断が置きている。ただ、それがおかしいというふうにはおそらくユダヤ人は考えないように思う。違った立場の人がいるほうが、自民族の生存の可能性を増すということを歴史上、何度もユダヤ人は経験しているため、内部に多様性を容認しながら、生存を図ってきた歴史があるからである。日本みたいに、一億総玉砕とか、一億火の玉になって、なんてできない民族性がユダヤ人の世界には、あるらしいのだ。

     

    そのあたりのことをまず抑えていただいて、以下の部分を読んでいただきたい。

     

    ボヤーリン兄弟が提唱した「ディアスポラ主義」のように、排他的なユダヤ人国家としてのイスラエルの現状に対するラディカルな批判を含んだ言説が広く受容されてきた。こうした批判的言説はリアル・ポリティクスの現場では往々にして無力だが、イスラエルの建国をもってユダヤ史のクライマックスとするようなシオニスト史観の批判や、イスラエルに暮らしてこそ「真のユダヤ人」足りうるといったイスラエル中心主義の相対化を通して、「ユダヤ人国家」をめぐる現状に対して論争的な介入を促すポテンシャルを備えていることも確かである。(同誌 p.17)

    ここで触れられている、ボヤーリン兄弟の「ディアスポラ主義」のような、ユダヤ社会としての一体化と言った動きや、ユダヤ人は一つになろう、とか言ったような動きに反対するような動き、ある種預言者的な存在も含めようとするのがユダヤ的な世界観になるらしい。そういえば、東日本大震災のときには、「一つになろう」ということが言われたが、東日本大震災以降について、日本社会は一つにはなり得なかったのではないか、と思う。

     

    東日本大震災の際の「一つになろう」と言うスローガンで思い出したが、先日、仙台市のはずれの大学で学会が開かれたのだが、今なお震災の被災地の現実を抱え、原発事故の処理が一応にしても終わっていない現実を見ると、日本は、福島の被害を含め「一つになった」といえるのか、ということを考えると、どうもなっていないようにしか思えていない。被災地の痛みを、被災地以外は忘れ、次の新たな九州などの直近の災害の被災地の痛みは覚えるものの、とても、日本として東日本大震災後に一つになった、とはいえない状況が現実にはあるのではないか、と紅葉が美しい、そしてハローウィンの浮かれた気分のディスプレイがされている仙台の街を歩き、翌朝には、仙台市内の聖堂付属のチャペルでの早朝礼拝のときに配られた週報の代祷のなかに、福島原発関係被害者についての記述があるのを見ながら、自分自身がこの代祷のように祈っていないことを反省させられた。

     

    仙台の町外れの学校で出会った金属製のワンちゃんたちの群れ

     

    美しかった池 翌日は雨がざぁざぁ

     

    この雨の中(後に台風接近で結構な雨になった)大学女子駅伝をやったらしい

     

     

     

    次回へと続く

     

     

     

     

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