<< 『福音と世界』2017年11月号を読んでみた (1) | main | 『福音と世界』2017年11月号を読んでみた (3) >>
2017.10.30 Monday

『福音と世界』2017年11月号を読んでみた (2)

0

     



    Pocket

     

    音声ファイルダウンロード先

     

    今回も前回に引き続き、福音と世界の第一論文である早尾論文「人種差別としての反ユダヤ主義とイスラエル国家」から紹介してみたい。前回の論文では、レコンキスタがイベリア半島に生活していたムスリムの皆さんに対する影響をもたらしたばかりでなく、ユダヤ人の中にもコンベルソ(いわゆるキリスト教に改宗したユダヤ人)と呼ばれるユダヤ人と、ユダヤ人にとって実に屈辱的な故障である豚、ないしムラーノと呼ばれるユダヤ人というかたちの差別が生まれたことをご紹介した。ユダヤ人に対する差別と、さらにそのユダヤ人の中での差別が生まれたことをご紹介した。

     

     

     

    1492年という記念すべき年号とレコンキスタ

    我々は、レコンキスタがあったことくらいは、ミーちゃんはーちゃんでも、高等学校時代の世界史の教科書で学んだことはあるが(昔は工学部死亡者であったので、このあたりで知識は留まっている)、世界史を大学受験の科目とし、その中でも記述問題として取り組んだ人でないと、レコンキスタの終了年というか完結した年号をあまり正確には言えないのではないだろうか。

     

    この1492年は、コロンブスがアメリカに向けて出港した年号であることは我々は案外良く知っているように思う。なお、アメリカの子供向け番組では、ギャグとして、本来はインドを目指して出帆したにもかかわらず、事前にコロンブスがアメリカに行けると思って出港したかのような描き方になっているところが、アメリカ人の精神性というか諧謔を含んでいるようで面白い。
     

     

    セサミストリートでのカーミットがニュース速報としてコロンブスの出航を伝える模様

     

    レコンキスタの完成は、しかし実はその外部にもう一つ別の人種差別を生み出すことになった。1492年という年号が世界史で持つ決定的な意味は、コロンブス船団によるアメリカ「新大陸」の「発見」(到達)にあることは言うまでもないだろう。ただ、このコロンブス船団が、レコンキスタを完成させたスペインから、ユダヤ人追放令の期限を迎えた日に、多くのユダヤ教徒船員によって出発したということは十分広く認識されていない。じつはいわゆる『大航海時代』は、追放されたユダヤ教徒たちが避難移住先を持たないために、新世界に安住の地を探し求めたことによって始まったのだ。(p.8)

     

    上の記述にあるように、このコロンブスがインドに向けて出向した日付こそ、イベリア半島からムスリムとユダヤ人がイベリア半島からでていく最終期限として設定された日付であった。そして、上に紹介するようにこのコロンブスの船団の中に、ユダヤ人の乗組員がいたらしいということが本論文で触れられていた。実際、どの程度の数がユダヤ系の乗組員であったのかは、調べられたら調べてみると面白いと思う。その能力は、ミーちゃんはーちゃんにはないけれども。

     

    その意味で、レコンキスタのときも、第2次世界大戦中のホロコーストのときのように、庇護してくれるユダヤ人国民国家はなく、戸惑い、逃げ惑う中で、まさに最後の希望(The last resort)としてコロンボ(コロンブスのイタリア語風の読み)の船に乗って新大陸に逃げ出した人々もいたのかもしれない。

     

    コロンボ警部(コロンブスのイタリア語名から来ているらしい(なお、コロンブスはイタリア人)
    http://www.tvguide.com/tvshows/columbo/tv-listings/100092/ より

     

     

    ヨーロッパとその延長世界で現在までも続く2つの差別
    ユダヤ人差別とアフリカ系住民差別
    コロンブスのアメリカ新大陸の発見というよりは、ヨーロッパ人とカリブ海諸国の人々との遭遇により、スペインとポルトガルは、その支配する植民地の領域を相争っていく。その結果、「西経46度37分から東経142度あたりまではポルトガルの領土と言うか植民地と言うか支配して良い領域、それ以外のところはスペインの領土というか植民地にしてよい領域にしようねぇ」とローマ教皇の仲介によって定められることになった。その植民地化してよい領域としては日本は、ポルトガルの支配下に入る可能性がある土地であった。それが故に、鉄砲を持ち込んだのは、スペイン系ではなくポルトガル系の商人であった。これは案外重要な世界史的現実だと思うのだが、日本史の世界ではあまりそのあたりのことをまともに聞いたことが無い。

     

    〈世界史〉の展開に目を向けると、「1492年」という年号が決定的な意味を持ってくる。この年号に象徴される二つの世界史的出来事は、外形的には異なる様相を持つ二つの別々の人種主義を生み出しつつ、しかしその二つの人種主義は必然的な相互関連を持っていた。
    第一の出来事は、長くイスラーム統治下にありつつ、ムスリムとユダヤ教徒イスラム教徒が共存していたイベリア半島「アル=アンダルス」において、1492年、キリスト教が再征服(レコンキスタ)を果たすとともに、ムスリムとユダヤ教徒に対して「追放令」を出したことに端を発する。(中略)しかし、ユダヤ教徒の場合、大量のユダヤ教徒移民を歓迎するような「ユダヤ教国」は存在しなかった。(同誌 pp.6−7)

     

    ところで、このレコンキスタの結果、イベリア半島から去るように求められたムスリムたちは、北アフリカ、中東のムスリム帝国の各地へと移動していく。しかしながら、ユダヤ人はキリスト教に改宗するか、あまりそのようなことをうるさく言わない地域にほそぼそと展開していくことになる。というのは、「ユダヤ教徒の場合、大量のユダヤ教徒移民を歓迎するような「ユダヤ教国」は存在しなかった」からである。改宗しないことを、あまりうるさく言わない地域とは、ローマから見て辺境であったり、その他の理由のためにローマの教皇庁のいうことをあまり気にしなくてすむ都市国家の国々であった。

     

     ところで、イタリア半島の付け根にベネツィアという都市国家がある。今ではイタリアの主要都市の一つだと思われるかたがおおいであろうが、当時のベネツィアは地中海貿易での成功を背景に、地中海世界の国際決済通貨(今で言うドルとかEUROとか、昔ならポンド)として利用された通貨であるデュカードを発行していた国である。そのベネツィアという海洋国家は、ローマ法王がベネツィアに言うことを聞かそうとして、度々破門宣言がだされた。あんまり何回も出したら、そもそも「破門」の価値が下がるのだが、実際にベネツィアには破門宣言が何度も出され、その度に、破門宣言の価値はやはり案の定下がったようだ。破門宣言が出ても、ベネツィアでは一定程度の市民生活が過ごすことは可能であったようである。

     

     そして、ベネツィアには、当時の出版センターのような側面が有り、当時アルド社を始めとした出版社により、ルネッサンス文化の基礎となるような書籍がベネツィアでは量産体制にあり、新しい文化を形作るような書籍が出版され続けたようである。そうなると、このあたりも、亡命ユダヤ人の流れ着く先になる。

     

    ベネツィアあたりに流れ着いたユダヤ教徒が、文化的なことをしたいと考えるキリスト教徒の求めに応じて、トーラーやネビーム等のヘブライ語テキストを持ち込み、家庭教師のようなかたちでの教育(昔は教育とは、家庭教師というかチューターでするのが当然であった。未だに、英国などの古い大学では、このあたりの精度が行きている)や、ヘブライ語テキストの印刷をできるだけスクロールに近い形でやろうとしていたらしい。このあたりは、昨年のユダヤ思想学会でのご発表があったし、そのときにも手島イザヤ先生がご公演しておられたし、関西凸凹神学会でもお話をお伺いしたことがある。ヘブライテキストに関しては、コデックス版とスクロール版に考え方の相違があり、スクロール版の旧約聖書がヨーロッパに持ち込まれた意味というのは、どうも、宗教改革を考える際に念頭に置いておいたほうが良いようである。

     

    このルネッサンス前期あたりのテキストへの関心の深さなども、テキスト中心主義を採用することになる宗教改革の遠景なのか、背景なのかはよくは知らないが、宗教改革に対してかなり影響していることを考慮しなければならないのではないか、ということのようである。

     

    余談になってしまったが、ユダヤ人差別の問題は、このレコンキスタの完成、すなわち非キリスト教徒のイベリア半島からの追い出しによって、定位されていくことになる。

     

    レコンキスタの結果生まれたユダヤ人という存在

    それで、早尾論文の話に戻したい。レコンキスタの結果生まれたのは、勿論、イベリア半島でのキリスト教国ではあったが、それだけではなかったと早尾論文は指摘する。そのあたりのことについて、同論文では次のように指摘する。

     

    アメリカ大陸の植民地のプランテーションや鉱山で不足した労働力を補うために導入されたのが、アフリカ大陸からの奴隷労働者であった。アフリカ先住民は、一目瞭然なその肌の黒さによって、プランテーションや鉱山労働者として管理するのに便利な存在であった。すなわち「ブラック=黒人」と言う呼称は、単に肌の黒さを示すだけではなく、奴隷であることを指示するものであったのだ。(同誌 pp.8-9) 

     

    このレコンキスタの結果、早尾論文が指摘するように、大航海時代が実質的に始まり(この部分は省略した)、そして、この大航海時代には、ポルトガルは、ラテンアメリカ諸国で、ブラジルのあたりでその拠点支配をする一方、スペインは先にも述べたトルデシリャス協定を根拠に、カリブ海諸国を始めとする、ラテンアメリカの大部分の領域に進出する。両国とも、そこで、現地のインディオを労働力としていくとともに、それだけでは労働力が不足するため、アフリカから一応は銃との交換で入手した一種の交易の形を取りながら、当時の極めて安価な労働力であるアフリカからの人々を強制移民させることになる。

     

    つまり、レコンキスタによって、単純労働力としてのアフリカ人がイベリア半島の両国の支配する植民地を中心とした社会の中に組み入れられ、単純労働力であるがゆえにその能力とは関わりなく、社会の中で差別される存在として定位された。また、イベリア半島内では、その改宗を疑われ続けたマラーノと呼ばれるユダヤ系市民が差別され、ゲットーなどに押し込まれることになったのである。つまり、かなり簡略化(高単純化してよいかどうかは議論があるが、わかりやすくまとめると)、以下の2つの人種主義が生まれたのではないか、というのが、早尾論文の主張である。

     

    ヨーロッパの外なる人種主義 (アフリカ系奴隷)
    ヨーロッパの内なる人種主義 (ユダヤ人問題)

     

    この「ブラック=奴隷」という概念は、英国でも、また、もともとその植民地であった、アメリカでも継続される。特に黒人の場合は肌の色が記号となり、わかりやすい記号であったため、現在もなおそのような固定概念で割りと単純に物を語る人々がおられ、特にアメリカの極端な白人至上主義者の皆さんとかは、白人は優等民族で、黒人は奴隷の身分であるべきだ、とかろくでもないことを公式に発言してはばかられない方は、現在でもおられるように思う。実に残念なことだが。

     

    開放のはずが一周回って排斥に

    フランス革命は、自由、平等、博愛を謳い上げ、すべての人々が平等であるという希望を人々に抱かせたし、その理想は今でも「レ・ミゼラブル」が映画化されるほど、当時の人々の精神を鼓舞するものであった。いわゆるアンシャン・レジームからの開放を、本来は国民国家の成立とともに、ユダヤ人を含むはずのすべての人々に約束するはずであった。そして、この際に、ユダヤ人も普通の市民扱いされるかと思いきや、どうもそうでなく、かえって、自分たちが排斥される状況に直面する。そのあたりについて、早尾論文では次のように記述する。

     

    「血」の思想、「血の純血規約」によって人種化され区別=差別されたキリスト教徒ヨーロッパ人とユダヤ人とは、フランス革命による市民社会・国民国家の展開の中で、人種主義としては第二弾会へと進んでいった。(中略)身分性が廃止されすべての国民が平等な市民権を持つという国民国家の思想は、ユダヤ教徒もキリスト教徒と同様に、その信仰に関わらず同じ市民権を有する国民とすべく、ユダヤ教徒専用居住区「ゲットー」から開放しようという方向に動いたはずだった。しかし、これはユダヤ人差別を根強く残す勢力による強い反発を生み、19世紀ヨーロッパ各地の市民革命の展開とともに「ユダヤ教徒開放論争」をへて、最終的にはユダヤ教徒を非国民として排斥する主張が優勢となり、それを正当化する人種主義が発達した。(同誌 p9)

     

    ここで書かれている状況以外にも、似たような事例としてドレフュス事件というフランス史上有名な事件があるが、フランス陸軍将校であったドレイファス大尉が出自がユダヤ人であることを根拠にスパイ活動に関与したという冤罪で、収監されてしまうという事件である。そして、その余波としてフランス各地で、ユダヤ人排斥運動がおきたらしい。

     

    ここでは、フランス革命がアンシャン・レジームの打倒という以上、本来ユダヤ人をゲットーから開放するはずのものであったし、当然のごとくユダヤ人はゲットーからの開放を期待したフランス革命の結果、結果として、ユダヤ人は非国民扱いされることになったと言う。まぁ、この種のことはヨーロッパでは度々起こってきたので、ユダヤ人の人々のかなりの部分にとっては、またか、ということだったかもしれないが、人間とは期待するとうまく言って当たり前、期待を裏切られたときの落胆は大きいものなので、中には絶望的な気持ちになったユダヤ人もいただろうとは思う。

     

    まぁ、似たようなことは、隠れキリシタン迫害とか、1942年から始まる対英米戦争中のキリスト教に対する様々な圧迫というか、一部には迫害と称するのがふさわしいような状態も、人種主義ではないものの我が国でも発生した。個人的には、そのような圧迫とか迫害に合うことは、無いほうが無論良いが、それでもまたか、というくらいの数百年単位で物事を見る生き方がしたいなぁ、と思っている。

     

    反ユダヤ主義の頂点としてのホロコーストとエセ科学主義

    科学的根拠も妥当性がかなりいい加減でも、エセ科学というのは人々の間からなくならない。現代のエセ科学の代表例は、毎朝テレビで放送される星占いであったり、血液型性格判断であったり、中華系では風水だったり、友引とかの特定日に関する理解だったりする。まぁ、色々あることはある。知識の限界、データ処理能力の低さなど、様々な条件のため、ある時代には非常に合理的かつ科学的と思えたことも、時代の変化によって、その客観性、合理性に疑問が向けられているものが多いというのが実情であろう。ただ、すべてのものが非科学的と一刀のもとに切り捨てることはできない部分がないわけではないが。

     

    ユダヤ人差別の問題を考える際に科学的とされたことに関して、同論文では次のように書かれている。
     

    なお、19世紀に始まるこの科学的人種主義のピークは、周知のように20世紀ドイツにおけるナチス政権によるユダヤ人の大量虐殺、いわゆるホロコースト(ショアー)となる。ドイツの文脈においても「ユダヤ人」は、キリスト教徒対ユダヤ教徒よりも、ゲルマン民族対ユダヤ民族のニュアンスを色濃く帯びるようになり、そこに優等民族による劣等民族の支配・追放・迫害を正当化する優生思想も重なり、最終的に大虐殺が置きた。(同誌 p.10)

     

    ラウシェンブッシュという人の『キリスト教と社会的危機』という本があるが、その本の記述の中に、この人種主義の問題につながる優生学の話が出てきて、ちょっとびっくりしたことをこの記述を読みながら思いだした。そして、優生学とか科学的人種主義(どこが科学的ぢゃと、21世紀に生きる我々から、見たらおかしくてしょうがないのだが)は、100年ほど前までは、優生学にしても人種主義にしても大真面目に科学であったのである。そして、日本では、ハンセン氏病患者において、この優生学的概念に基づ着、断種術とも呼ばれる出生制限や英字殺害などに関連する対処が行われたし、ナチスドイツでは、障害者に対しても、劣勢を持つ存在として、ユダヤ人と同様のことが行われたことが知られている。本来人間の世界を豊かにしようとして、そして、その世界を理解しようとするはずであった科学の名を借りた、大虐殺がおきたことの意味を考えざるを得ないなぁ、とこの部分を読みながら思った。

     

    現代の近代国家としてのイスラエルの持つ複雑性とその成立過程

    アメリカのキリスト教関係者でイスラエルをガチ推しする人々がいる。また、アメリカのキリスト教世界からの影響だ、とは思うのだが、日本のキリスト教徒野中の一部にも、イスラエルをガチ推しし、贔屓の引き倒しをするような発言をする方がたもおられる。何度も繰り返すが、言論は自由であるから、何を発言することも自由であるが、現実の実情を知らずに、勝手なことを言うと、恥ずかしい思いを後にするのは、発言者その人であり、その発言のしっぺ返しも発言者に返ってくるだけである。

     

    この手の恥ずかしい発言あるあるの一つは、「イスラエルはユダヤ人のみでできている純血型ユダヤ人による単一民族国家である」という理解がある。しかし、現実のイスラエルはどうもそうではないらしい。これは、本論文以外にも、現地在住でイスラエルの大学で日本語と日本文化を教えておられる先生から直接お聞きし、様々な本「乳と蜜の流れる地から」などに書いてある。

     

    1948年に建国され現在にいたるイスラエル国家は「ユダヤ人国家」であると自らを規定している。しかしこの規定は、国家が実現してもなお揺れ動く不確かなものたらざるをえない。第1に、建国時に追放してもなお先住パレスティナ人(ムスリムとキリスト教徒)が人口の約2割を占めており、規定の外となるアラブ人が「国民」であるという矛盾をはらむ。(中略)第2に、戦時中そして休戦前後にヨーロッパ(欧米籍)からパレスティナに移民してきたユダヤ教徒だけでは、先住パレスティナ人を圧倒する多数派となることができず、1950年代に入ってすぐに中東世界全域からユダヤ教徒の移民を政策的に強行したことが、国家規定を揺るがしている。というのも、中東出身のユダヤ教徒いわゆるミズラヒームの大半は、アラビア語を母語とするアラブ人である以上(東はイラクから西はモロッコに至る)、イスラエルのユダヤ人口を増やすという目的が、しかし同時にアラブ人口を増やす結果にもつながっているからだ。

    (中略)第3に、ムスリム・キリスト教徒のパレスティナ人をそれでも少数派に押さえ込むために、1980年台からは、旧ソ連とエチオピアの政変に乗じた経済移民をそれぞれ約120万人と15万人受け入れたが(当時の総人口を二割も増やした)、旧ソ連からの移民のうちユダヤ教徒は約半数で、残り半数は親類にユダヤ教徒がおりかつ後で改宗するという名目で移民を認められた実質キリスト教徒である。また、エチオピア移民の殆どがエチオピア正教のキリスト教徒である。(p.11)

     

    読者の皆さんはもうお気づきであると思うが、イスラエルではアラビア語が確実に現役であるし、公的な道路標識などや公的機関の表記の大半も、ヘブライ文字とアラビア文字が併記されているようである。ミーちゃんはーちゃんはイスラエルに行ったことがないのでよくわからないが、最下部で紹介した山森みか先生の「ヘブライ語の世界」で、アラビア語も併用されていることを初めて知った。つまり、10年ほど前までは、そんなことも知らなかったのだ。このアラビア語が併用される背景には、もともとアラビア語を喋る現地の人が存在することに加え、上で紹介した引用部分にあるように、アラビア世界からの移民を大量に抱えこまざるをえなかった、近代イスラエルの政治的現実があるというのは、今回はじめて知った。


     

    イスラエルの道路の標識(ヘブライ文字、アラビア文字、英語)

    https://972mag.com/how-israel-is-erasing-arabic-from-its-public-landscape/114067/ から 

     

    イスラエルの移民関係の役所の表記(ヘブライ文字、アラビア文字、英語、ロシア語表記)

    このあたりのロシア語表記が見られることを考えると、それだけ近年のロシア移民の多さとイスラエルは多言語社会ということが感じられる)

    https://en.wikipedia.org/wiki/Languages_of_Israel から(ここにはなかなか面白いことが書いてある)

    ロシアからユダヤ人を大量受け入れしたことは、日本でもある程度知られているところだろうが、本論文で先にも触れられているわかりやすい記号としての肌の色が浅黒い人々が多いエチオピアから、経済移民としてエチオピア系ユダヤ人を大量に受け入れていることをご存じの方は、日本のキリスト教徒にどの程度おられるだろうか。その意味でも、本論文は読まれるべき論考の一つだと思ったりもする。

     

    エチオピア正教の聖母子像のイコン (おそらくエチオピア人にとって身近な肌の色として、マリアとイエスが描かれている)

    https://johnbelovedhabib.wordpress.com/2017/03/22/my-intriguing-visit-to-an-ethiopian-orthodox-church-a-first-time-coptic-visitors-perspective/ から

     

    同じ画像でもロシアで制作されるとこのような聖母子像になるらしい

    https://www.pinterest.jp/pin/505951339369247681/

     

     

    本論文のこのような記述を見ると、現実のイスラエル国家は、高邁な理想を掲げながら、そして、現実的なユダヤ民族、ないしユダヤ人のための国家であろうとしつつ、ユダヤ人がとりあえず逃げ込める場所を作るという一種の避難地の建設を目指したとは言えるだろう。とは言え、それを実現するために、結果的にはなし崩し的に、ユダヤ人と思われる人々を世界中からかき集め、無理矢理に近代国家としての体裁を整えた、キメイラ的な国家形成がなされているように思えてならない。ある種の美しく素晴らしく見える理想がこの現実世界で実現されたときの同しようもない醜さというものをここにも感じる。

     

    理想世界には摩擦がないという世界が想定され、ニュートン物理学で想定されるような理想世界である。しかし、現実はそうは行かない。そんな都合の良い世界ではないので、どうしても、現実に合わせて対応していくうちに、一個一個は美しい部品であるとはいえ、その美しい部品を現実対応するためにガムテープで貼り合わせるようなかたちにならざるをえないのかもしれない。その結果、美しいものを寄せ集めた結果は、どうしても、ある種の醜さを持つものになってしまう。

     

    なお、なぜエチオピアなのか、ということであるが、それは、本論文を実際に読んでみてのお楽しみとしたい。案外、とんでもないお話(個人的には荒唐無稽な話あるいはナラティブ)に基づいているが、案外、現実世界が動いている世界の中には、こういうお話(ナラティブ)のほうが説得力を持つ世界もあるということの証左と思えてならない。すべての世界が、とは言わないけれども

     

    本論のまとめ

    純粋なユダヤ人国家という幻想

     

    まず、四の五というまえに、この早尾論文の結論をまず、お読みいただきたい。

     

    この3つの要素を直視すると、イスラエルはその建国時から現在に至るまで、「純粋なユダヤ人国家」という不可能な幻影を追いながら、ますます矛盾を抱え込んでいるといえる。その矛盾を覆い隠す唯一の手段が「ユダヤ人種が存在する」というイデオロギーであるが、いつまでこの人種主義は効力を持つのだろうか。アラブ圏いついてだけみても、アブラハムの一神教の中で、キリスト教徒とムスリムだけはアラブ人だが、ユダヤ教徒はユダヤ人種であるなどという説明にもならない破綻した線引など、シオニスト以外にはそもそも通用しない。あるいは、ロシア人とエチオピア人が(どちらもユダヤ教徒であれキリスト教徒であれ)同じユダヤ人種(の縁)であり、それ故イスラエルに住む権利がある」としつつ、パレスティナの先住民はキリスト教徒かムスリムである限り本来の国民ではない、などという非論理もシオニスト以外には通用しない。

    最後に付言すれば、こうした破綻をもたらした根源であるヨーロッパの人種主義であれ、その影響下で作られた現代イスラエルの人種主義であれ、「アブラハムの一神教」の観点から見直せば、どれも非論理的かつ非倫理的なものであることは、これまでの整理で明らかになった。(同誌 p.11)

     

    ここでの引用部分の3つの要素とは、ご紹介した、現地にアラビア語話者が一定数いた事、ただただ数合わせのために1950年代にアラブ世界からのユダヤ人のかき集めたこと、近年の政治的混乱に乗じた経済移民としてのロシア系、エチオピア系ユダヤ人の大量流入の容認ということになろうが、先にも述べたように、結局高邁な理念を掲げつつもどうしても、美しいものでありえない現実世界の如何ともしがたい醜さのようなものを生み出してしまう。

     

    そして、個人的にはキリスト教徒であるので、キリスト教が好きだし、キリストが勿論好きだし、キリスト教がいいとは思っているが、キリスト教が何においても一番であるとは現実世界のキリスト教の姿を見ると到底言えないし、案外キリスト教徒が見失いがちな視点として、キリスト教も客観的に外部の目から見れば、あるいは、ものすごい広角レンズで世界を捉えるように見た場合には、「アブラハムの一神教」というその幅広い世界の中の一部であるという側面があることは、忘れてはならないように思うし、そレを忘れた結果起きた事件であるのが、レコンキスタであり、ホロコーストであった、という、この早尾論文でのご指摘も忘れてはならないだろう。

     

    レコンキスタにせよ、ホロコーストにせよ、当時の能力で最大限考えて、合理的と思える理想を実現しようとした結果、多くの悲惨と直視しがたい醜い現実を高邁な理想を語りながら起こしてきたのである。

     

    また、現在のイスラエルも、高邁な理想を語りながら、世界各地からユダヤ人に近いと思われる人々を寄せ集めるようにして、結果として多民族国家風の国家を形成せざるを得なかった現実があるのである。理想とは、そもそも不可能な幻影似すぎず、それを追い回し、それに振り回されるのは、どう考えても無意味なように思う。

     

    高邁な理想を語る人々の理想はたしかに美しいが、それが現実化したときには、いとも無残に醜いものを生み出していく。これは、キリスト教界とて無縁ではない。これが鼻で息する人間の姿なのだと思う。だからこそ、我々は神の憐れみを希うことしかできないのかもしれない。その意味で極端に理想化された理念に振り回されるということは、もうやめたほうが良いのかもしれない。

     

    そんなことを思いながら、本論文を読んだ。

     

    次は、そのシオニズム運動との関連である赤尾論文を読んでみたい。

     

     

     

    評価:
    価格: ¥ 6,588
    ショップ: 楽天ブックス
    コメント:社会はキリスト教会の理論的基礎となった本。当時の世界に一大ブームを巻き起こしたらしい。

    評価:
    ---
    ---
    ---
    コメント:大変良い

    評価:
    山森 みか
    白水社
    ---
    コメント:イスラエルの現地事情も面白い

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    28293031   
    << July 2019 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM