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2017.10.21 Saturday

ふるさと納税ならぬふるさと教会献金(1)

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    今日は、これまで3回にわたってご紹介してきた人口減少社会の地域とその中の教会に関する記事のスピンアウトである。今回と次回はふるさと納税制度とふるさと教会献金と題して書くことにしたい。今回は、まずふるさと納税について少し説明しながら、地方における今の現状について、少しお話してみたい。

     

    ふるさと納税という制度

    最近はあまり新聞、雑誌、テレビやラジオで言わなくなったが、ふるさと納税すると、かなりの地域の特産物がもらえる上に、減税措置があるというので、一時期話題になったことがあった。今でも、地域の返礼品と減税を目当てに、この制度を利用している人は一定数おられるようである。

     

    兵庫県西脇市のふるさと納税返礼品 http://www.city.nishiwaki.lg.jp/kurashi/furusatokifukin/furusato.html

     

    ふるさと納税制度の動画(西脇市)

     

    政府による制度の公式説明

    総務省のふるさと納税のサイト(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/policy/)によるこの制度の意義として、次のようなことが書かれていた。

     

    ふるさと納税には三つの大きな意義があります。

    • 第一に、納税者が寄附先を選択する制度であり、選択するからこそ、その使われ方を考えるきっかけとなる制度であること。
      それは、税に対する意識が高まり、納税の大切さを自分ごととしてとらえる貴重な機会になります。
    • 第二に、生まれ故郷はもちろん、お世話になった地域に、これから応援したい地域へも力になれる制度であること。
      それは、人を育て、自然を守る、地方の環境を育む支援になります。
    • 第三に、自治体が国民に取組をアピールすることでふるさと納税を呼びかけ、自治体間の競争が進むこと。
      それは、選んでもらうに相応しい、地域のあり方をあらためて考えるきっかけへとつながります。

     

    一応、まぁ、なにか制度設計の本音を隠しながら、本制度をかなり美化してお書きになっておられる様に思う。意義の一つ目として、納税者が寄付先を選択できるというのは、地方財政学の地方公共財の提供における受益者(居住者)負担の原則からみれば、地方公共財の受益とその提供コストの負担の原則からいって、おかしな制度であるように思う。まず、その意味で、この制度は、今後、国による地方交付税交付金制度をやめるつもりの前提として導入される制度なのではないか、と勘ぐりたくなったのである。地方も財政難であるが、国も財政難である。赤字国債の発行、その他の特殊会計や基金を取り崩している状態であり、景気対策、景気浮揚策ということで財政出動がこの20年前後続いており、一時的に瞬間風速的にプライマリバランス達成はしたものの、それ以降、10年以上、国の財政は、慢性的な赤字体質(所謂借金漬け)になってきていることは、下の財務省のグラフをご覧になって頂くと、おわかりいただけるであろう。糠の古漬けもあまりに古くなると食用に適さないのと同じように借金の古漬けも食えなくなる。

     

    http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/004.htmより

     

    どうも、このふるさと納税制度というのは、地方振興を目指して、厳しい人口減少社会に直面しつつある地方自治体にふるさと納税で金をぶち込み、さらに、それで自治体が地元の農家(1次及び6次産品を扱うようなかなり大きめの農家とか農事法人)とか、食品工場とか、地元の小規模商工業者の商品を自治体が購入することで、政府の消費を増やすことで、その自治体の企業や住民に還流する資金を増やそうというような政策としか思えない。つまり、もう、国は地域間での公平な発展を図るために設けられた、地方交付税交付金(一種の地域間均衡政策、ナショナルミニマムの達成政策)の存在を軽くすることで、国の負担を軽くするとともに、人口減社会における地域での個人や家計による消費増がおきることで、仮想的な人口増に近いふるさと納税政策を採用することで個人(家計部門)の力でちゃんと地域間の公平を図るようにしてもらえないか、と言い出したように見えて仕方がない。ある面、地方自治体の側からみたら、国の責任放棄と言われても仕方がない政策であるように思える。多分、総務省の言い分は大分違うだろうけれども。財務省と総務省の言い分がどうも微妙に温度差があるようであるが。

     

    もし、仮に、このふるさと納税だけになり、国が、交付税交付金を全くやめてしまったら、それは、国家(財政当局)が地方を見限ったというのか、見捨てたということである。つまり、国ないし中央政府が地方の困っている自治体を見捨て、どうせ税金なんだから、交付税交付金を国民の自主的な意思に従って自分で考えて再配分してください、というようなものである。従って、交付税交付金を国が制度的に全くやめてしまう、とは思わないが、既にふるさと納税のような制度に、弱小の地方自治体の切り捨てとは言わないが、弱小地方に対する冷たい視線を感じてしまうのは、読み込み過ぎだろうか。

     

    地方交付税の推移のグラフ

    http://www.soumu.go.jp/main_content/000399803.pdf より

     

    町村合併で起きたこと

    それと同時に、平成の町村合併で、基礎体力の弱い弱小の自治体へは合併特例交付金や特別債権の発行ということで、町村合併が進められ、もともと3200ほどあった市町村がいまでは、1700ちょっこし程度にまで減っている。同じ地域にありながらも、かなり地域特性の違う市町村が、合併して巨大な市域を持つ自治体になっていて、それで、独自性を出せとか、地域の特殊性に応じた行政とか言われても、かなりそれは無理なのではないか、と思っている。このあたりの肌感覚は、地方部にすまないで、大都市圏の合併していない自治体あたりでずっと過ごしていると、肌感覚としてはわかりにくいのではないか、と思う。というのは、大都市圏では既に、一定数の人口があるので、あまり町村合併が発生しなかったからである。しかし、このような町村合併によって、地域の住民にとっては、そもそも、その自治体では長く続いてきたために、当然のことと思っていた行政サービスがなくなったり、あるいは、思っても見なかった行政サービスがある日突然利用できるようになったり、あるいは、従来は地元の役場で住んでいた話が遠方の合併後の本庁舎に行かなければならなくなったりと、これは案外いろいろな生活の側面においてかなり影響が及ぶ話なのである。それはそれで、合併した効果の一つとして、自分の地域の行政を考え直すきっかけになるのかもしれないが。良いか悪いかは別として。

     

    教会合併で起きること、教会閉鎖のその後の調査

    まぁ、教会合併でも同じ教会でも、教会ごとに形成されてきた文化があり、その文化が違うと、摩擦が起きることはあるだろう。その辺の摩擦は不可避でもあるので、教会合同をあえて選ばず、教会閉鎖のようなかたちでの推移はありえるだろう。そして、閉鎖された教会の人々が、類似のキリスト教会(場合によっては、かなり毛色の違うタイプの教会の場合も少なくないようであるが)におそらく吸収されていっているという経緯があるように思う。

     

    ところで、閉鎖や解散など、なくなった教会の信徒のその後の追跡調査(これは結構厳しいことに関する調査であるが)とかは、今後の教会の閉鎖とか廃止を考えた時に、今余裕があるうちにやっておいたほうが良い調査かもしれない。そして、今後の閉鎖とか廃止を考える際に参考にできるようにすることも大事かもしれない。

     

    北海道地区での話から

    ところで、聞いた話によると、どうも北海道地区は、江戸幕府が蝦夷地開発を始める前には、そもそももとからそこに住んでいる人びとがアイヌと呼ばれた北海道原住民の皆さんのみで、大半の皆さんは明治以降に北海道に流れ込んで来た住民が大半であることからか、寒冷地であるため、協調できずに孤立したら、下手すると死を覚悟しないといけないためなのからかは知らないが、割りとこのような文化的な違いがあっても、対等に付き合える文化があると聞いたことがある。ただし聞きかじった話であり、直接実地調査したわけではないので、その点での限界があることはここで認めておく。

     

    しかし、本州になると、自治体の合併でもそうだが、あそこはもともと城下町だから、あそこはもともと農村だから、一体いつ頃の話か、と思われるような江戸期以前に遡る因縁話が続々と出てきて、まとまる話がまとまらないなんてことは結構あるが、おそらく、教会の統合とかやろうとすると同じような話が、もうちょっと短い明治以降の歴史のことにかんして、わんさか出てくるのだろうなぁ、と思ったりもする。

     

    返礼品目当てのふるさと納税って、どうよ

    もともとの話に戻れば、ふるさと納税は、自治体内に住む人々で定義される人口とそれに基づく自治体の地方税の収入が地方部にある自治体では少ないため、どうしても税収が少なく、財政力が弱い地方の自治体が国民としての地方自治体での最低限の行政サービス(水道や道路、図書館や教育…)を受けるために、国から地方自治体に提供されていた交付税交付金以外にも自治体の独自収入を増やし、自治体の財源の多様性を増やす制度である。その意味で、フルさと納税制度にとっては、返礼品は、本来二の次の話であるはずであるが、テレビや新聞、雑誌などをパラパラと見ていると、時折、その返礼品目当てにふるさと納税して税額控除を増やしましょうとかというわけわからない話や、ふるさと納税で豊かな生活をとか、どうも妙な話が出てくる。

     

    もし、本気で地域に納税で貢献したいなら、住民票を移してしまう方がいいかもしれない。そうなると、ふるさと納税とかいう中途半端で、税の基本概念から見ても、かなり怪しそうな制度に載るよりも、住民登録すると、交付税交付金を決定する際の積算根拠になる基礎的行政需要を決定する際の住民数も増えるし、さらに、納税者として投票するために現地に行けば、それこそ、そこで色々消費もするので、地方の経済の活性化にも資することになると言うのは冗談であるが、選挙での投票は現実的ではなくなるものの、都市部に住みながら、地方部に住民票を置くということも、地方自治体にとってはありかもしれない。ただし死亡届などの問題が出たりするので、あまり簡単に非居住地以外に住民票を写すことは進められはしないが。

     

    それはそうと、この話のきっかけになったのは、神戸で教会をご案内したある方と、車で神戸市内の幾つかの施設を巡りながら話したときの雑談の中で出てきた話が、今回の連載の根底にある。それについては次回で述べる。

     

    次回へと続く

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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