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2017.05.10 Wednesday

後藤敏夫著 『神の秘められた計画』 福音の再考 − 途上での省察と証言 を読んでみた(5)

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    さて、これまで、4回にわたって、後藤敏夫先生の『神の秘められた計画』という本を読んで思ったことをつらつらと述べてきたのだが、次回が最終回である。個人的に印象深かった、と思ったと同時に、今おられるキリスト者集団にあまり芳しからざるお話を聞くことが多くても、こちラに逃げ込むように移るしかなかったんだろうなぁ、と思った記述をちょっと拾ってみたい。

     

    後藤先生の痛み

     同書を読んでいると、まさに自伝という感じがするのが、第敬瑤任△襦その部分から今日は拾ってみたい。その自伝という感じがしたからこそ、印象深かったのであるし、早すぎる遺言のような印象を受けたのであった。最初に牧会でうまくいかなかったことについて、正直にこのように後藤先生は書いておられる。

     

    私たちは人を傷つけ、自分たちも傷つき、牧会に行き詰まり11年目にやめるつもりでいました。仕方なく12年目を引き受けました。その1年で神様は私を砕かれました。自分には義がないと思いました。教会員に文字通り7度の70倍を許されて牧師であることができたと思いました。もしその1年がなかったら、私は「あの人が、この人が」という苦い思いを抱いて、その教会を去ったことでしょう。仕方なくとどまった12年目の1年に、その前の11年の実りを実らせる時の成熟がありました。人は自分ばかりが我慢しているように思いがちです。しかし、実は相手の方がもっと自分に我慢してくれたのかもしれない。目で見るところに従って人を裁く時、実は自分が見えていない。その気づきの瞬間が神様の恵みです。主にあって、それに気づく1年、1か月、1週間、あるいは一日があるのだと教えられました。(『神の秘められた計画』 p.99)

     

    目で見るところに従って人を裁く時、実は自分が見えていない」というのは、実に印象的な表現だった。我々は、つい自分自身が、鼻で息するものであるとは認識しつつも、無意識に自分の聖書理解や行動を基準あるいはカノンになってしまう、あるいはカノンにしてしまうように思うのだ。自分自身がいかに不甲斐ないものであることは知っていたとしても、自分の基準、自分のカノンにあってないと、他者が神のカノンにおいてより適合的であっても、自分のカノンにあってないだけなのかもしれないのに、他者を裁いてしまうのだろう。それが牧会生活を始めた11年目に表面化したのだろう。しかし、不幸にして、人間は、神ではないがゆえに、「目で見るところに従って人を裁く」ことしかできないのではある。残念なことだ。実に残念なことだが、それしかなしえないのだと思う。ここで、「主にあって、それに気づく1年、1か月、1週間、あるいは一日があるのだ」と書いておられるが、それは痛い経験からのことばでもあるとは思う。

     

    神から打たれる経験であったのかもしれない。ちょうど、イスラエルが腰を打たれたように。あるいは、イスラエルの民がその歴史上、何度か打たれたように。ただ、神は打ちっぱなしの神ではなく、回復の神でもあるのである。そのことを、後藤先生は「気づきの瞬間が神様の恵み」であると表現されておられるのだろうと思う。個人的にも、そのことは感じたことがある。まぁ、牧会者専業ではなかったので、そこまで教会のことで、痛い思いはしなくて済んだのかもしれない。そこまで痛い思いをしなかった背景には、世俗の仕事を持っていたこともあり、牧会で必要とされること以外のことに神経が求められることの方がはるかに多く、世俗の仕事でなすべきことが確実に多かったからではあるかもしれない。

     

    この、他で必要とされることもあった。というのは案外大きいかもしれない。それに加え、大頭さんを含めお知り合いのお友達の牧師先生たちもいてくださったのが大きかったのかもしれないが。大変、ありがたいことである。

     

    打ちのめされ、燃え尽きた牧師として

    結構、福音派には、打ちのめされ、燃え尽きた牧師や燃え尽きかけた牧師の方は案外多い。どうも、以下のような記述を見ていると、後藤先生は牧会の現場で消耗しきっておられたのかもしれない。その燃えつきの後に出会ったのが、ジャン・ヴァニエというカナダのカトリック信徒が始めた障碍者の共同体(ラルシュ フランス語では小舟の意味)の創始者であったことについて、次のように書いておられる。

     

    私自身は燃え尽きたように打ちのめされたままでした。ただ牧会から離れた解放感を味わっていました。ある日、東京お茶の水の古本屋で書棚を見ていると、「共同体 -- 赦しと祭りの場 --」という書名が目に留まりました。著者はジャン・バニエという人です。名前は知っていましたが、本は読んだことはありませんでした。(中略)

    後に四ツ谷のカトリック書店で、偶然手にしたヘンリ・ナウエンの小さな本を訳して、「イエスの御名で」という邦題で、友人と三人でつくった「あめんどう」という小さな出版社からだしました。バニエやナウエンという人々は、私が今もそこから組んで飲む霊性の泉です。それも一つの長い季節の成熟でした。(同書 p.100)

     

    個人的には、ナウエンから入って、ジャン・ヴァニエ(バニエ)にたどり着いたのだが、後藤先生は逆だったらしい。ジャン・ヴァニエからナウエンに行ったとのことである。個人的には、ミーちゃんはーちゃんは、信仰者として燃え尽きる前、いや、実際には燃え尽きかけの時期にこのタイプの本を読み始めたのである。最初に出会ったのは、今でも忘れない。米国在住中に日本のアマゾンからわざわざ取り寄せて読んだ、『ナウエンと読む福音書』という本であった。今までの自分の福音理解とのあまりのギャップに衝撃を受けた本であった。そして、『ナウエンと読む福音書』は、自分自身の信仰を見直すきっかけになった本でもある。そして、その後、「コミュニティ -- ゆるしと祝祭の場 --」を読むに至って、自分自身の聖書理解、聖餐理解がかなり変わっていったのである。よく考えてみれば、ナウエンの本と出会ってから今14年余り経つ。我ながら、流れ流れて、ここまで来たなぁ、と思うのであるし、回り道もたっぷりとではないにせよ、それなりに回り道をしたように思う。ナウエンの本で、砂漠の師父の世界や正教会の伝統に出会いながら、それとの関係が、最近とみに深まっていることは、実に印象深い。その為にも、ミーちゃんはーちゃんも、燃え尽きるというか、挫折するというのか、自分の力では、ほぼどうにもならないことを、理解においても、霊においても、身体的にも、体験的に覚えるという、ある種の打たれるという経験、そして神の前に悔い改めるという経験の大切さを心底味わうことが必要だったのかなぁ、と思っている。そして、そのことは聖餐式に与るたびに思い出している。

     

    鬱と後藤先生とミーちゃんはーちゃん

    ミーちゃんはーちゃんも抑うつ症状になったことがある。対応が早かったので、あまり深刻化することはなかったが、それでも軽快するまでに3年くらいはかかった。後藤先生の記述を読んだ時に、あぁ、そういえばそんな感覚もあったなぁ、と思ったのである。ミーちゃんはーちゃんの抑うつ症状は、最初心療内科の医師の診察を受けた時に、「キリスト教会によるものではないか」と医師からかなりしつこく聞かれたのであるが、キリスト教会によるものではなく、職場の同僚に意図せず振り回されたことによるのは、ほぼ確実だったようだ。今は、適切な距離をとることを覚えたのと、同僚が持ちかけてきても、興味がないことは「興味がない」とかなりはっきり発言することを覚えたので、あまり振り回されなくなった。それは、抑うつから学んだ大切なことであった。

     

    牧会17年目に私は思いがけず、うつ病になりました。閉鎖された空間にじっとして居られなかったり、過去の小さな記憶が現在に流れ込んでくることに耐えられなかったり、電車が空間を移動しているのを見るのがつらいといった症状がありました。自分の内部で時間と空間を支える秩序の柱が崩れたようでした。(同書 p.101)

    ミーちゃんはーちゃんは空間を扱うのが大好きな人なので、現実の時間と空間を支える秩序の柱が崩れた、という感覚はなかったが、とにかく、心理的な距離感がとりにくくなったのには、本当に参った。誰かが何か言うたびにそれをしろと言ってくるような印象を受けて、それを客体化して見ることが、できなくなるという意味では、心理的空間がドップラー効果よろしく歪んでしまった感じはあったのである。何より、「過去の小さな記憶が現在に流れ込んでくることに耐えられなかった」というのはわかるのである。それがチクチク思い出したくもないのに自己を刺すという感じだろうか。済んだことにできない、という感覚の様な気がする。「ほっておいてくれ」といっているのに、「ほっておいてくれない」という感覚がものすごくつらかったのだ。たしかに、過去の小さな記憶が現在の精神世界の中で巨大化して自己を支配される感覚に耐えがたかった、ということは確かにある。但し、これは個人の経験に過ぎない。
     

    西海岸の教室から来る宣教論

    日本は、米国の51番目の州と揶揄されることもある。まぁ、それに近いところはあるかもしれない。首相在任中に自国を米国の不沈空母と呼ぶ総理大臣もいたほどである。リップサービスとはいえ、あまりにも酷い、と今でも思う。その譬えで行けば、我々は、空母の乗組員の戦闘要員になるではないか。どこから攻撃されるかは知らないが、もし、首相が不沈空母というのならば、その上にいる日本人は、すべからく戦闘要員となるので、攻撃されても仕方がないことになる。まぁ、ハワイは日本の48番目の県(ハワイでぐるっと見渡すと、日本人が目に入るくらい、日本人がいるかららしいけど)だから仕方がないのかもしれないが。

     

    この連載の冒頭で日本の教会トレーラーハウスと揶揄したが、それを後藤先生風の別の表現にすると、以下のようになるのだろう。

     

    牧師になりたてのころは、教会成長論の真っ盛りでした。牧師は、教会員の増加とそれに見合った教会予算の増加を数か年計画としては右肩上がりに表示することが求められ、そこに新会堂建築計画を入れるのが教会のビジョンと呼ばれました。新しい宣教論の波はアメリカの西海岸の神学校の教室から来ました。(同書 p.111)

     

    まぁ、小手先の手を変え品を変えた方法論としての宣教論が、これまでも日本には押し寄せてきたし、今も押し寄せていることは確かに間違いがない。それが押し寄せざるを得ないほど、日本でキリスト教は根差していないのだ。根がないから、ちょっとした波が来れば過去のちょっとさびがあちこちに浮き、ぼろぼろに見え始めたトレーラーハウス(神学の風潮)は隅に押しやられ、ぼろぼろになり、新しいピカピカのトレーラーハウスに人は寄っていくことになる。丁度、新車乗り換え病の人たちのように、新車に次々と乗り換えていくかのように、新しい神学に乗り換えてきたのが日本のキリスト教だったのかもしれない。それはどうもアメリカでも同じようなものなのだと思う。あるタイプの人は、そういう信仰生活の落ち着きのなさに耐えかねるのであり、その結果として、福音派の教会から去り、正教会に行ってみたり、カトリックに移ってみたり、米国の聖公会に移ってみたりするのだろう。「もう疲れちゃったよ」って感じなのかもしれない。個人的には、本当にそんな感じなのだろうなぁ、という印象はある。

     

    ところがである。この本でも、後藤先生が何度かご紹介している第6回日本伝道会議で実は奇妙な印象のある出来事があったのである。それは、その伝道会議では、日本のコンビニの数以上に、教会を日本全国に展開するビジョンとやらが提示されたのである。見た瞬間、我が目を疑ったことは、目撃者証言としてここに記載しておきたい。教会成長論は、日本の一部においては、未だに盛んなようである。

     

    教会成長論の背景にあるアメリカ社会の文化

    そもそも、この教会成長論の実態とは、ミーちゃんはーちゃんが世俗の仕事で教えたこともある、O.R. 日本語では、オペレーションズ・リサーチ、あるいは作戦計画と言われる計画理論 たとえば、PERT計画理論なんかを教会にそのまま当てはめたものと言ってもよい。O.R. とかオペレーションズ・リサーチとは、第2次世界大戦中、大砲をどうぶっ放せば、一番効率的に敵の兵隊や軍団を蹴散らすのに有効か、どのような作戦を立案すると自軍の被害が最小で済むか、その作戦計画に必要な資源の量とは何かを決めるという作戦計画を定量的に立案し、そのために必要とされる資源は何で、それをいつまでに用意するのが必要なのか、を定量的に把握する数理計画システムであり、線形計画法(L.P. ないし Linear Programming)などの各種手法を含むものなのだ。

     

    ところで、この作戦計画ORの要諦は、作戦目標の数値指標の明確化と、必要な資源をどこにいつまでにどれくらいの量を蓄積するか、である。それがすべて、といってもよい。従って、教会員の増加と、予算の目標値の設定といったことは、作戦計画にある作戦目標の数値指標値であり、会堂建設は基本資源の蓄積(会堂自体)と資源の蓄積ポイント(会堂建設地点)と蓄積量(会堂の収容人数)の設定をする、ということであり、それをいつまでにやるか、ということをPERT計画法ともとに実施していくのである。まさに、この後藤先生の上記の一文を読んだ瞬間に、ピンと来てしまったのだ。教会成長論では、教会にPERT計画法を適用したのだなぁ、といういうことを。

     

     

    PERT計画法 http://lab.mgmt.waseda.ac.jp/prod_b/bpr/third/tejyun1.htm より

     

    じつは、このPERT計画は、アポロ宇宙計画から、1970年の大阪での万国博覧会のパビリオン建築計画などから多用され始め、現在では、大規模な建築事業や大規模改修事業ではこの手法は必要不可欠なものになっている。これは、一過性のイベント、例えば、宇宙に有人宇宙船を飛ばすためのアポロ計画や、大阪万博のパビリオン建設、大規模建設工事や建築物の改修工事といったものにはきわめて適合的であるが、この手法の問題は、目的地からの先、つまり定常状態についての対応方法がないことだ、と思うのである。

     

    建築とか宇宙ロケットの制作や有人ロケットによる月面着陸のための飛行、という目的の達成という具体的目標は、明確に定められるし、その実現予定の達成度の判定とか、実現予定時期の遅れが、何によって発生するか、といったことは明確化することはできるのだが、定常状態をどう評価するのか、更にその改善となると、その改善行為の完結の為には、また新たなる計画ということになり、結果として、四六時中、計画計画、実施、計画、見直し、修正を実施という羽目に陥る。

     

    ゼネコンみたいな建築事業者なら、次から次へと計画を作って、仕事をこなすようなことは、日常茶飯事であるし、それが仕事だから、別にどうってことはないが、これが教会となると、教会を定常状態に保ち、信徒を霊的に整えることよりは、四六時中計画を立てることと計画を実現することに追いまくられることになり、落ち着いた教会生活とか、霊的な静まりなんかを、やりたくても、出来るわけがない状態ではないか、と思うのだ。

     

    伝道することが目的になっていないだろうか?

    「伝道された信者がどうなることがよいか」は、考えられているだろうか?

    建設計画の場合は、明確な目的がある。作業の期限内での完遂という目標が設定できる。では、教会の場合は何か。教会建設、新会堂完成が目標になってしまうが、何のために、そんな目標を立てるのだろうか。何をするために、人々がどういう状態であることがよいことなのか、ということを考えないと、伝道したことが目的となり、津々浦々に教会は立ちました、だけれども、伝えられた信徒が途方に暮れたまま、ということが起きても、仕方ないことになるのではないのだろうか。

     

    丁度、戦後すぐの建築ブームや高度経済成長期には、東京だって空き地だらけだったし、あちこちで工事しっぱなしであった。何、東京とかの大都市は、今も工事しっぱなし、ということはある。工事業者やゼネコンなら、建てることに意味がある。しかし、キリスト教会はゼネコンだろうか?違うんじゃないか、と思う。教会というハコモノは、信徒を神の民として歩めるように励まし、養い、神の愛があふれるばかりのものであることを再確認できるようにするためのハコモノだと思うのだ。ハコモノに意味がないとは言わないが、中身のないハコモノとしての教会になっているとしたら、結婚式場教会の方がよほど、建築様式論的にもツッコミどころ満載のものが多いので、よほど面白い。でも、ハコモノとしての教会があるとしても、もし、そこで、信徒が神の民として歩めるようになってないとすれば、暴論を承知の上で言えば、洗礼式も聖餐式も、葬儀もないような結婚式場教会とあまり変わらないし、教会というハコモノは単なるお飾りに過ぎないのではないか、とも思う。

     

    当時の日本全国で、このような中身の伴わないハコモノを作るという対応が世間一般でも求められていたし、特に田中角栄氏の列島改造論時代には、工事、工事、また工事という姿は、日本ではごくごく一般的であったのであるが、ただ、バブルがはじけてこの方、世間は低成長時代。東京は異常な状態が続いているにせよ、他は、一台工事ブームは終わり、あとは老朽化して傷みが目立つ社会的インフラやハコモノを、低成長時代にどう維持するかが問題になってきているのである。それが十分できてないから、都市部では下水管の漏水やら、上水道からの漏水で、都市のあちこちで穴ぼこがあいて、水が噴出する事案が多発する時代を迎えている。その意味で、日本はちょうど列島改造論のツケを支払っている感じなのかもしれない。

     

    列島改造論 https://www.amazon.co.jp/dp/B000J9V9F2 より

     

     

    その意味で、世間では、成長はあきらめて今いる資源をどう活用し、都市や施設の劣化を防ぐのか、という方向に大きく舵を切っているし、切らざるを得ないのだが、教会では、低成長時代、少子高齢化時代を迎えていても、相も変わらず、成長路線が求められ、まだまだ未開の市場があるかのような妄想に取りつかれ、全国津々浦々に教会を、とかいう方々もおられる。確かに、聖書が届いていないのは確かだけれども、津々浦々に届けるのは理想かもしれないけれども、それをどれだけのコストで誰がそれをやるのか、ということをガン無視しての理念系の議論だけが繰り広げられているような気がしてならない。

     

    人口カバー率なのか、面積カバー率なのか

    「教会をコンビニ並みに」という教会成長論の話は、「インターネットを津々浦々に」の話とよく似ている。インターネットをすべての人が使える社会というのは、住民の利便性を上げるうえでは、国会図書館に出向かなくても、国会図書館のアーカイブにアクセスできるなど、実に素晴らしい側面がある。もちろん、不愉快な表現を見せられる、というような意味での不愉快な側面もあるけれども。世界中の友人と瞬時に電子メールで英語が利用できる限りにおいては、コミュニケーションできるとかいうメリットもある。普通の人には関係ないということも確かではあるが。しかし、人口が少ない地域では、企業の自主努力によって、あるいは営利行為としてインターネットに触れられないのである。如何に、スマートフォンが普及したとしても、山の中や海辺の人口が少ない地域ではネットにそもそもつながらないし、とりあえずつながったにしても、めちゃくちゃ遅い。人がいないところではサービスが悪いのである。あまり最近は言われなくなったが、携帯電話のカバー率は、面積カバー率ではなくて、人口カバー率で議論される。つまり、全体の人口の何割に対してサービスを保障しているのか、ということが問題にされるわけである。

     

    ところで、コンビニが、地方のかなりの田舎でも成立できるのは、その田舎を通過するトラックなどの物流関係者の交通量とその物流関係者相手のビジネスが一定量存在するからである。田舎の裏通りにコンビニはありえないのだ。つまり、コンビニは通過交通量を相手にできるからこそ、店舗が出店できるわけで、教会は通過交通量は伝道対象になるのだろうか。恐らくならないだろう。日曜日の午前中や午後、荷物を必死に運んでいるトラック運転手などの物流関係者は、わざわざ、教会の礼拝に立ち寄り、30分から50分くらいの説教を聞いて、わざわざ配送の遅延の原因になりかねないような、時間の過ごし方はしないだろう。それを考えると、コンビニ並みに教会をという掛け声は麗しいが、ミーちゃんはーちゃんなんかは、「じゃぁ、それどうやってやるのさ。教会建てることはできるけど、維持できるんかね」、「日曜日の運転距離が200kmから300kmというタクシー運転手並みに日曜日に動き回る地方部での兼牧の教会を担当する牧師や司祭のえげつなさをどうお考えなんだろう」と正直思う。地方部での兼牧教会を数年間やってから、夢物語を語るなら、どう現実に夢を実現するのかを語ってほしいと思う。語ったらいかんとは言わないが。

     

    携帯電話の人口カバー率

    http://news.mynavi.jp/articles/2014/07/09/coverage/ より

     

    その意味で、人口カバー率で考えれば、圧倒的に都市部にサービスをする方が有利なのは、携帯電話も教会も変わらない。

     

    1920年以降、東京都及び神奈川県の全人口に占める比率を図にしたのが以下の図である。この図を見る限り、東京及び神奈川県での人口集中が起きたこと、1965年から1995年にかけて安定的な状態であったものの、それが2000年代以降、更に集中度が上昇して居るというのがわかるであろう。つまり、ということは、国土の大半を占める地方圏は人口がどんどん減っているということであり、そのような地方圏で電話であれ、電力であれ、ガスであれ、水道であれ、携帯電話であれ、都市部と同質のサービスを続け、サービスを維持することは、膨大なコストが必要になることは、御想像いただけるであろう。

     

     

    1920年から2015年までの東京と神奈川県の人口の対全国人口比率の推移

     

    それと同様に、このようなまだ福音伝道が届けられていない地域はサービスを届けるのも、そのサービスを届けるための教会を維持するのも、高コスト構造になっているのだ。普通の感覚で言えば、もはややってられないレベルのコストがかかる割に見返りというのか、収入が極端に少ないのである。大体、もともと国営サービスであった郵便局ですら地方の特定郵便局を維持するコストがかかりすぎ、地域拠点でもあったし、郵政族の国会議員の票田であった特定郵便局でのサービス提供から撤退しているのである。いくらインフラとしての建物があるとしても、それを維持すらできなくなっているのである。

     

    お役所仕事の代表格と批判された郵便業務でもこの状態である。そこに、敢えて、地方の寒村や人口がほとんどない地域に教会を建設して、福音を届けられたい向きには、お届けになられたらいいが、その費用はだれが負担するのだろうかと思うと、暗澹たる気分になってしまう。伝道者や牧師の犠牲精神だけではやってられないように思う。そのあたりを考えながら、何のために伝道するのか(そこに神を知らない人がいるからだ、でもいいとは思うが)、伝道された後、信徒がどのように生きるようになることが望ましいのか、ということをも考えながら、今後の伝道を考えないと、まずいことが起きるように思うなぁ。

     

     

    次回最終回へと続く

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


     

     

     

    評価:
    ジャン・バニエ
    一麦出版社
    ¥ 21,581
    (2003-12)
    コメント:中古で、この価格はないと思うが、この手の本ではありがちの価格。内容的には優れていると思う。

    評価:
    ヘンリ・ナウエン
    あめんどう
    ---
    (1993-04-01)
    コメント:この本の背景は薄々知っていたけど…いい本です。

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