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2017.03.20 Monday

N.T.ライト著上沼昌雄訳 『クリスチャンであるとは』 その45

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    今日も、いつものようにたらたらと、N.T.ライトさんの『クリスチャンであるとは』を読んで考えてみたことをお話してみたい。今日は、旧約聖書についての部分からである。

     

    旧約聖書の超入門

    旧約聖書は、キリスト教徒にとっても、お世辞にも読みやすいとはいえないものであり、人類の最初の殺人事件がこれまた、記録されていたり、レイプ事件はあるは、バラバラ遺体送付事件はあるは、ダビデ王のゲス不倫事件はあるは、大虐殺かと思えるような記述はあるは、実に読みにくい、その真意がなんであるかを図り難い書物でもある。新約聖書もそんなところがあり、ナザレのイエス殺害を画策する当時の宗教者の政治的陰謀の姿が記録されてあるは、乳児殺害し、国民に刃を向ける王の話もあったりするのである。

     

    その旧約聖書について、ライトさんは次のように書いている。

     

    ユダヤ人が聖書(バイブル)と呼び、クリスチャンが旧約聖書(オールド・テスタメント)と呼んでいる書物は、三つの部分に分類されている。最初の五つの書(『創世記』、『出エジプト記』、『レビ記』、『民数記』、『申命記』)は特別で、基礎となるものとしてずっと扱われてきたもので、トーラー(「律法」)として知られている。つぎのまとまりは「預言書」として分類されるが、普通は歴史書とみなされるもの(『第1、第2サムエル記』『第1,第2列王記』等)と同時に、大預言書(『イザヤ書』『エレミヤ書』『エゼキエル書』としょう預言書と呼ばれるもの『ホセア書』他)が含まれる。3番目の部分は、『詩篇』から始まる「諸書」として知られている。 (『クリスチャンであるとは』p.249)

     

    じつは、この旧約聖書は、現代の聖書がもっている書物の順序と、ヘブライ語聖書の順序は、実は違っている。この辺は、鎌野直人先輩が、タナッハ(TaNaKh)と命名しておられるサイトのウェブページ 旧約聖書三十九書の順序とその意味 で、このあたりのことを概観しておられる。参考になるのでご覧になることをおすすめする。

     

    今、聖書といえば、基本的に現代の本のように背綴じがしてあって見開きになるようなもののことを言う(これをコデックス版というらしい)が、ユダヤ社会の中では、儀式に用いるのは、巻物になったものらしい。その巻物になったトーラーが開かれるところに意味があるらしい。

     

    そういえば、アメリカに滞在していたとき、改革派ユダヤ教のシナゴーグでのヨム・キップルのお祭りに参加させてもらったのだが、そのときにも、小学校の教室二つ分をぶち抜きにしたくらいのホールの正面に、でっかい巻物がおいてあったことを思い出す。そこに、ユダヤ人達が大人で70人ほど集まっていた事を思い出す。

     

    スクロール版聖書(リトアニア・スクロール)http://scrolls4all.org/scrolls/ から

     

    トーラーを愛するラビ http://scrolls4all.org/scrolls/ から

     

    以下のお話のネタは、ヘブライ思想家の手島イザヤ先輩からの受け売りであるので、ミーちゃんはーちゃんの独自研究の成果ではないことをお断りしておく。

     

     まず、上のスクロール(巻物状)の聖書を見ていほしい。ここで、3つのコラムが表示されている。この開け方が、本来ヘブライのラビが会堂で聖書を読むときの正しい開け方だそうである。なぜ、三なのかは聞かないでほしい。そういうことだから、としか言えない。4カラム分見せているとか1カラム分しか見せてないトーラーの写真とか、絵画とかいうのは、多分よく考証がされていない、ということを示しているのかもしれない。

     

     そして、上のスクロールの文字を見てほしい。空白部分が適当に配置されている状態になっている。文字と文字の間が空いているのがわかると思う。これが重要なのだそうである。なぜ、重要なのかわよくわからないが、古い写本は、みんなこんなふうに空白が空いていて、勝手に文字を詰めていないのだそうである。そこに意味があるそうなのである。

     

     

    コデックス版聖書(アレッポ・コデックス)の一部

    http://www.biblicalarchaeology.org/daily/biblical-topics/hebrew-bible/the-aleppo-codex/ より
     

     

    ロボット筆者生によるトーラーの複製(これなら、羊皮紙をナイフで切ったりという手間は省けるよね)

    http://www.tabletmag.com/scroll/178935/torah-writing-robot-speeds-past-human-scribes より
    このロボットも空白を空けて文字を書いて(筆写とはいえないが…)いる。

     

     

    キャノンとしての聖書

    ここで、ライトさんは、聖書が正典(キャノン)であるとして、ある種の基準となってきた、聖なる書物としての基準であるということについて、触れておられる。

     

     

    トーラー、預言書、そして諸書のすべてで39巻になる。律法と預言者は諸書より早い時期にまとめられたようだ。どちらにしても、この三つの部分は、ユダヤの民の聖なる書物として正式に認められてきた。その正式に認められたものを、ギリシャ語で「キャノン(正典)」という。「規則」また「物差し」を意味することばだ。(p.249)

     

    現代の日本人だけではなく現代人にとって、Canonといえば、光学機器メーカーや事務機器メーカーのキャノンさんのイメージしかないだろう。

     

    CanonのEOS KissのCM

     

    ただし、光学機器メーカーのキャノンさんは、もともとKanon(観音)からであり、聖書の正典とかとは全く無縁のところから来ているらしい。どうでもいいことだけど。

     

    観音立像(興福寺 千手観音)http://deep.wakuwaku-nara.com/kokuhoukan/

     

    ついでなので、キャノンというと、カノン砲とか(加農砲)や、ガンダム世代のミーちゃんはーちゃんにとっては、カイ・シデン(紫電改から来ているらしい)くんが登場したガンキャノンである。

     

    ガンキャノン http://www.gundam.jp/tv/world/mecha/ef01.html から

     

    紫電改 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%AB%E9%9B%BB%E6%94%B9 から

     

    なんか、アニメとか、飛行機とか、ヲタク感満載になってきたので、このへんで。

     

    要するに、正典であるということは、ある面、その正典が、その正典からの複製品の基準を定めるという意味であって、勝手に適当にコピーし文字なんかを直して良い、ということにはならないことを意味するのである。たとえば、イエス様の山上の説教でのご発言の中でも、この正典性は認められている。

     

    【口語訳聖書 マタイによる福音書】

     5:17 わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである。
     5:18 よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。

     

    ここで出てきている律法や預言者という言葉があるが、これは旧約聖書あるいは、ヘブライ語聖書のトーラー(律法)と預言者の書であるネビーム(預言者)のことであるし、それは、条件付き(天地が滅び行くまで、という条件だが、それはありえないこと、永遠の未来を差すと思うのだが)ですたることはなく、全うされるのだ、という理解なのだろう。この天地が滅びるとか言うと、すぐ、「ほら、イエス様も天地が滅びると言っているではないか」と鬼の首をとったかのように言う終末論が大好きな方がおられるが、神の言葉が滅びるようだったら、イエスも滅びてしまうことになるではないか、と思うのである。

     

    外典って何?外典をどう考えるか問題
    もう30年以上前のことであるが、その頃通っていた教会で、「カトリックの聖書には、我々の聖書にない部分(ここで言う外典のこと)がついていて、実に聖書に加筆するようなことをしていてけしからん」とある説教者の方が語っておられたことを懐かしく思い出す。そのお話を伺って2年位して、大学の図書館に行ったら、教文館の外典偽典のシリーズが、ど〜〜んと並んでいて、おおお、と思って技術系の学生なのに、読み漁った記憶がある。今は、そこに何が書いてあったかの記憶も大分薄れているが。

     

    教文館の聖書外典偽典 シリーズ

     

    新改訳聖書にはこの外典部分が含まれていない。しかし、この部分は、ここでライトさんが書いておられるように、イエスが生まれる前の時代をしる上では、非常に重要なのだ。第二神殿期というらしい。そのあたりのことは、最下部で紹介する『中間時代のユダヤ世界』という本が比較的詳しい。

     

    このあたりのことに関しては、いのちのことば社のサイトでの、「中間時代を学ぼう! 新約聖書時代のユダヤ教世界」という伊東明夫先生の記事で、わかりやすくかつ簡潔に書かれている。なお、伊藤明夫さんの「新約聖書よもやま話」は以前個のブログでも紹介したが、名著である。おすすめしている。

     

     この外典について、N.T.ライトさんは次のように書いている。

     

    イエスの時代より200年かそれ以上前に、すべての旧約聖書が、おそらくエジプトにおいてギリシャ語に翻訳された。ギリシャ語を話すユダヤ人が増えてきたためである。彼らの作り出したギリシャ語の聖書は、異なった版があるが、初期のクリスチャンが使っていた。七十人訳聖書(セプトゥアギンタ)として知られている。ラテン語の七十から来ているが、七十人の翻訳者が関わったという伝承に基づいている。
    この時期は歴史的に「外典(アポクリファ(隠されたもの)というのが原意)」が初めて出てきた時代でもある。その位置づけや有効性について、複雑な議論が初代教会で長く続いた。その議論は、十六世紀、十七世紀に再燃した。議論の結果、ある聖書はその外転を取り入れ、あるものは取り入れないことになった。取り入れた聖書は一般的に、旧約聖書と新約聖書との間に関連書(時には、他の幾つかの書も加えるが)としておいている。ただし、いわゆるエルサレム聖書と正式なローマ・カトリック版聖書は、外典をそのまま旧約の一部として扱っている。
    残念なことに、多くの人は外典を実際に読んだことがないばかりか、これらの書に議論があったことを殆ど知らない。ただし、少なくともこれらの書が(その当時書かれた死海写本やヨセフス著『ユダヤ古代誌』のように)、イエス時代のユダヤ人の思想や生活について多くのことを語っているのは確かだ。(同書 pp.250-251)

     

    この七十人訳聖書の中で最後まで、キャノンの中に含めるかどうかで揉めたのが、「エステル記」と「雅歌」だったという話を池田裕先生の授業で、授業中にお伺いしたことがある。たしかに、神という語が出てこないものを正典に残すかどうか、というのは、正典がその後の多くの人々に影響を与えると、確かに躊躇せざるを得ない。聖書は、39巻が一括で、どんと、人間に与えられたわけではなく、キャノンとしてどれを含めるか含めないか、ということが議論はされたのである。その議論の結果を我々は、キャノンとして受け入れている、ということはもう少し認識されてもいいかもしれない。だからといって、聖書無謬論や聖書無誤論が否定されるとはまったくもって、思ってもいない。この辺、もうちょっと、ゆったりとした物の見方ができたらいいのに、とは思うことはあるけれども。

     

    旧約聖書を用い会堂で語ったパウロ

    それと、新約聖書の関連で案外忘れがちなのだが、パウロは無計画に路傍伝道していたわけではない。基本的には、教会で伝導していたわけではない。地中海世界の、様々な都市の外側にあるユダヤ会堂として使われている場所や、ギリシア世界内の城壁内に入ることができなかったユダヤ会堂(シナゴーグ)で語り、基礎がある人々の中で、イエスが、あなた方が読んでいる聖書(旧約聖書)が語っているメシア、救い主がやってきたのだ、と説明したのである。

     

    【口語訳聖書 使徒行伝】
     13:13 パウロとその一行は、パポスから船出して、パンフリヤのペルガに渡った。ここでヨハネは一行から身を引いて、エルサレムに帰ってしまった。
     13:14 しかしふたりは、ペルガからさらに進んで、ピシデヤのアンテオケに行き、安息日に会堂にはいって席に着いた。
     13:15 律法と預言書の朗読があったのち、会堂司たちが彼らのところに人をつかわして、「兄弟たちよ、もしあなたがたのうち、どなたか、この人々に何か奨励の言葉がありましたら、どうぞお話し下さい」と言わせた。
     13:16 そこでパウロが立ちあがり、手を振りながら言った。「イスラエルの人たち、ならびに神を敬うかたがたよ、お聞き下さい。
     13:17 この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び、エジプトの地に滞在中、この民を大いなるものとし、み腕を高くさし上げて、彼らをその地から導き出された。
    (中略)
     13:39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。
     13:40 だから預言者たちの書にかいてある次のようなことが、あなたがたの身に起らないように気をつけなさい。
     13:41 『見よ、侮る者たちよ。驚け、そして滅び去れ。わたしは、あなたがたの時代に一つの事をする。それは、人がどんなに説明して聞かせても、
    あなたがたのとうてい信じないような事なのである』」。
     13:42 ふたりが会堂を出る時、人々は次の安息日にも、これと同じ話をしてくれるようにと、しきりに願った。
     13:43 そして集会が終ってからも、大ぜいのユダヤ人や信心深い改宗者たちが、パウロとバルナバとについてきたので、ふたりは、彼らが引きつづき神のめぐみにとどまっているようにと、説きすすめた。

     

    この預言者たちの書、とは、ライトさんがいう、預言者(ネビーム)のことである。その意味で、彼は、律法学者として、預言者の聖典性を認めた上で、イエスのことについて旧約聖書から解説している。このような解説をしたら、当時の主要メディアである口コミに載って、会堂に人が殺到したことに関して、次のようなことが起きたと、使徒行伝は我々に伝えている。

     

    【口語訳聖書 使徒行伝】
    13:44 次の安息日には、ほとんど全市をあげて、神の言を聞きに集まってきた。
     13:45 するとユダヤ人たちは、その群衆を見てねたましく思い、パウロの語ることに口ぎたなく反対した。
     13:46 パウロとバルナバとは大胆に語った、「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。
     13:47 主はわたしたちに、こう命じておられる、
    『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。
     13:48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。
     13:49 こうして、主の御言はこの地方全体にひろまって行った。
     13:50 ところが、ユダヤ人たちは、信心深い貴婦人たちや町の有力者たちを煽動して、パウロとバルナバを迫害させ、ふたりをその地方から追い出させた。

     

    さらに、このような記事もある。

     

    【口語訳聖書 使徒行伝】

     19:8 それから、パウロは会堂にはいって、三か月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。

     

    我々はヘブライ聖書や旧約聖書と聞くと、すぐさま、ヘブライ語聖書を思いがちだが、当時の地中海世界では、旧約聖書と言っても、ヘブライ語聖書ではなく、ギリシア語訳されたヘブライ語聖書が一般に用いられていたようであるし、アラム語ヘブライ語が主要言語であると思われがちのイェルサレムにおいても、ギリシア語聖書はかなり普及していたようである。それは、以下の部分にも見て取れるとおりである。

     

    【口語訳聖書 使徒行伝】
     6:1 そのころ、弟子の数がふえてくるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちから、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して、自分たちのやもめらが、日々の配給で、おろそかにされがちだと、苦情を申し立てた。

     

    そのあたりのことを考えると、聖書がギリシア語に翻訳されていたというのは、旧約聖書、ヘブライ語と聞くと、すぐにヘブライ語聖書のみを連想しがちな我々にとっては、記憶しておくべきことかもしれない、と思う。

     

    そういう意味で言うと、外典とか、ヨセフスのユダヤ古代誌 ユダヤ戦記というのは、聖書そのものではないものの、その次代を考える祭の手がかりとなる案外大事な聖書外資料なのだと思う。とは言え、これらがあっても、その時代を実際に忠実に、性格に再現できるかどうか、というのは別問題であるけれども。

     

     

    次の記事では、大阪ハリストス正教会での講演の速記録をご紹介する予定。その後、この連載に戻る予定。

     

    次回へと続く。

     

     

     

     

     

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    コメント:おすすめしております。

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    J.ジュリアス スコット
    いのちのことば社
    ---
    (2007-12)
    コメント:この本、良かったんだけど・・・

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    コメント:薄いけどいい本。おすすめしています。

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