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2016.08.28 Sunday

夏休みの終わりとともにやってくるもの

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    8月も末である。夏休みも末である。世も末かどうかは知らないが、キリストがこの地に現われて以降、神の国はすでにきていて、一部は実現しているというのが、聖書の言うところではないか、と思う。

     

    もはや年中行事と化した

    8月末の宿題処理の集中強化週間

    世の中には、夏休みの終わりとともにやってくるものがある。それは、ずばり、夏休みの宿題であり、そのための作業である。学習ですらもはやない。証拠としての夏休みのドリルと呼ばれるものに書き込まれたものに文字ないし文字のように見えるものを数日間に渡って書き込む作業である。実に無意味ではないかと思うし、夏休みの宿題を出すほうも、決まりごとのように回収して点検添削しない(現実的にできはしないし、それ初等中等教育の前科の教育に当たっている教員に求めることは過酷であろう)ことを前提に出しているのではないかと思うし、一部の不埒な児童生徒は、それを承知の上で、取り組んだ振りをしている。

     

    工作はうまい下手があるので、提出物の完成度をそれなりにしたい場合は、親の出動となる。昨日のTBSの番組で、ビートたけし氏が小学校のころ、完成度の高い漆塗りの木箱を提出したら、学校でフルぼっこにされた思い出話をしていたが、もう50年以上もこのような無意味な宿題が提出されるのなら、やめたほうが世のため、人のためではないか、と思う。家庭内のさまざまなものをホームセンターで買って済ませる時代に図工や技術家庭科などで物を作るのは、オプションにしたらいいと思うのに、と思う。

     

    そして、毎年8月最終日曜日のサザエさんでは、季節行事のように夏休みの宿題の話題が40年前と変わらず、放送される。また、ちび丸子ちゃんでも30年この方、同じことを繰り返しているのではないか。そこまで年中行事化しているということで、1年周期の無限ループの中に国民全体が入ったということではないか、と思う。あぁ、無限ループ。この四苦八苦(これ仏教用語)から抜け出すためには、釈迦のように悟りを開くしかないのかもしれない。

     

    8月末のもうひとつの年中行事

    これも夏休みの最後の8月末になると、夏休みの終わりが近づくにつれて、これは、本当にしなくてもいいことではないか、と思うことのひとつである。

     

    2015年のことであるが、24時間テレビを見た小学生の川柳

     

    「しなくても いいことをして 泣いている」


    がTwitter 上で流れ、うまいこというなぁ、と思っていた。なお、ツィッターでオリジナルを確認したら、2012年に投稿されていたので、かなり昔の作品らしい。もう本当に、感動の押し売りとか強要しないでほしい。

     

    今年は高畑某という俳優が強姦致傷容疑で逮捕されて、放送差し替えになり、日本テレビでは、大慌てであったとかなかったとかという話もTwitterのタイムラインに流れてきたが、そもそも、母親の記者会見の一部(全部を見るほど暇ではないので)を切り取って流されたものを見る限り、『歩く煩悩様』であることが周知の事実だとすれば、そしてその事実も放送局もうすうす知っていたのなら、そのリスクを含めて、登用を含め事前から別の俳優を登用するなどの判断すればよかったと思うのは私だけかもしれない。

     

    まぁ、個人的には、人間は筆者のミーちゃんはーチャンを含め、基本歩く煩悩様であるので、別に高畑某という俳優を揶揄する気もない。ただし、法治国家である以上、犯罪に対しての厳正な対応は国内法の法律の枠内、裁判の枠内でやればよいのであって、それをマスコミが面白おかしく司法機関に変わって裁こうとするから、カンガルーコートのような形で、おかしげなことがおきる。これは万国普遍かもしれない。

     

    まぁ、日本テレビが今年、その高畑某かの事件で、どたばたした(そもそも24時間テレビそのものが基本的に無理ゲーであって、非人間的でどたばたしているのではないか、と思うが)とか、そんな話はどうでもいいが、感動を強要し、それを覚めた目で見ているのは人間的ではない、とか言う人々に、なんとなくいやらしさを感じてしまう。

     

    では、他人に感動を強要するのは人間的なのか、ということについての反省はどうなのだろうか、と斜めにものを見ているものからすると思ってしまう。

     

    24時間頑張るのに感動するなら、

    もっと頑張っている人はいるかも

    24時間何かやっているということで感動を呼ぶのなら、世の中にはもっとすごいものがいくつもある。24時間365日世界的に見ても驚異的な安定した品質で、電力供給に貢献している電気事業連合会加盟の電力事業者とか、24時間無休の救急医療事業体(これは24時間テレビで取り上げることもあるらしい)とか、24時間365日事故なくガスを供給してくれている一般社団法人 日本ガス協会のガス事業者とか、災害があろうがなんであろうが、市民の安全を守る警察関係者とか、災害時に命をとして、救難してくれる自衛隊関係者とか、夜間も早朝も移動手段を提供するバス、タクシー、鉄道といった公共交通事業者、鉄道が走ってない深夜帯にしか作業できない鉄道の保線関係および工事事業者、道路の保守関係事業者、消防・救急関係者とか、電話網をはじめとする通信網の保守管理をしている民間通信事業者や、あるいは日本のインターネットを24時間365日支えているサーバー関連事業者には、もっと感動してもらいたいがどうも見た目があんまりなのと、ぱっと見たところ、命に直接かかわらない(でも、2日以上停電したら病院でなくなる人は確実に出る)こともあるので、感動すらしてもらえない。


    今年は、あの手の感動を強要する24時間テレビという番組を見たい、感動を味わいたいという家人がいないので、日曜日の勤務後(日曜でもごくまれに年数会程度出勤がある)、Big Eyeという詐欺師と絵画にかかわる映画をゆっくり見ながら、のんびりすごすというオプションを行使させてもらった。

     

    それくらいのオプションがある現代日本社会は、まだまともであるとも思うし、一億総火の玉だ、とかいう社会にはなってほしくないと思っている。豊かさの問題として。大体暑苦しいじゃないですか、みんな松岡修造さんみたいになったら。8月でなくても。

     

     

     

     

     

     

     





     

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