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2016.06.29 Wednesday

枚方である正教会司祭のお話を伺った

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    いつもお伺いしている枚方の凸凹神学会で、M司祭という方のお話を伺った。

     

    その時に基本的にお話になったことのミーちゃんはーチャン風のメモをもとに、聞き取った内容をご紹介したい。聞き手の知識が十分でないので、間違っている点はミーちゃんはーちゃんの能力不足ということでご理解でないたい。

     

    日本の正教会について
    ロシアを経由して、ロシア風の味付けされてきた正教会が現在の正教会であり、悪くいえば、日本でガラパゴス化しているのが、現状の正教会という側面もないわけではない。


    江戸末期に、ニコライ(ニコライ堂の名前の由来)は、正教会を伝えに来たのだが、その時、ロシア正教会の風土は邪魔になるばかりであるので、日本にあわせることを考えた。当時(今も)ロシア系の正教徒はスカーフ (カトリックにおけるベールと同じ) を被っていたが、 女性にはそれを求めなかった。なぜならば、当時の文化の中で、ほおかむりをしているのは、泥棒か2流の売春婦であるので、あえてベールを外させた部分もある。

     

    亜使徒聖ニコライの写真とイコン

     

    よたかと呼ばれた売春婦(かぶり物をした女性)

     

    ニコライの伝道方法

     他のプロテスタント系が医療や物資や豊かさというものにものにかなり依拠した伝道で、上から目線で伝道した部分がなかったとはいえないのに対し、日本の精神文化を重んじ、キリスト教を広めるために、日本人教役者を促成育成に近い形で、ニコライは育成をしている。そして、日本の精神文化の高さに、ニコライは古事記から頼山陽までを読んだことを通し、この能力の高い人々にどう伝道するのか、ということを考え、お前たちが信じている神はこんなつまらないものだ、という上から目線ではなくキチンと伝道している。中村健之介という方のニコライに関して著作がいくつかあり、それらが基本的な理解をするうえで参考になるだろう。

     

    ギリシア正教会、ロシア正教会、日本正教会は、カルケドン派であるが、正教会でも 非カルケドン派には エチオピア、シリア、コプト、アルメニアなどの正教会もあり、ネストリウス派の異端とされた、単性論のコプト教会もある。

    (金井良嗣様からの誤りではないかというありがたいご指摘を受けまして、修正いたしました。メモの段階での記載が逆になっておりましたので、太字の部分修正しました。金井様、ご指摘感謝いたします。)

     

    東西の分裂の経緯について(正教会の視点から)

    西方教会(当時はカトリック教会のみ)のことは、コンスタンティノープルでも、ローマでもいわゆるローマ教皇とコンスタンテイノーポリの総主教の間で相互破門事件が起きた1054年以降も記憶しあっていたことが、 Lipticsに記載があることからしられているが、結果的に、次第に離れていった。それが、最終的に決定打となったのが、第4次十字軍による1204年のコンスタンティノープルの攻撃であった。そして、オスマントルコ軍に囲まれ、1453年コンスタンティノープルの陥落があり、分離は一層進んでいくことになる。

     

    現在、東西和解が進みつつあるかのような報道があるが、和解したとはいっても、正教連合体で和解したわけでもないし、問題は主教会議で解決していくので、正教関係全体の中で、ロシア正教の役割と存在とその意味は大きいが、実はすべての正教との和解のためには、それぞれの正教の司教による会議での未批准問題が解決される必要がある。

     

    キリル総主教とローマ教皇がキューバで会見した時の写真

     

     確かに、革命前にアングリカンコミュニオンと正教会が一致の動きがあったとはいうものの、ロシア正教でとん挫してしまった。 実際の教会再合同は、アングリカンコミュニオンが、セクシャルマイノリティの問題と女性教職問題で、内部でも一致した見解を出せていない環境の中であり、現状では、ほぼ無理なほど難しいのではないだろうか。

     

    正教とは

    Ortho Doxa(教義 頌栄 礼拝) 正しい教え、すなわち、正しい礼拝であることを守ろうとしたことにその名の由来があり、このあたりは、教理史を振り返ると分かるであろう。父と子と聖霊を賛美する礼拝の伝統から生まれたものである。

     

    ネストリウス論争やテオトコス論争に関して言えば、たとえ理屈としてはそれが通らなくても、礼拝のかたち、初伝統こそが正しい礼拝の基盤であり、それでなければならない、というのが立場である。したがって、礼拝の形を変えることに慎重である。カトリックの側では、第2バチカン公会議以降刷新があり、それはむしろ、学者の考えた原点回帰運動であり、一種Populismの影響ではないだろうか。その意味で、現代人受けのいい、イデオロギーが反映された礼拝刷新となっているようである。

     

     もし、これまでの儀式の在り方を変える、変わるとすると、正教会は、みんなが気が付かないうちに変わるというような形になるのではないだろうか。典礼刷新をしたニーコン(後に破門)の改革もあるが、基本は、その教会、その司教会議のもとでのようにんされるはんいのものであり、各個教会主義で、楽譜もバラバラというれいもある。そして、言葉は挫折するので、それを儀式によって担保しているといえなくもないかもしれない。

     

    2世紀ごろに、小アジア地区でのポリカルポスとローマとの対話から発生した復活祭論争の結果、ローマでは、現行の復活祭の決め方となり、100年後同じ議論となって、小アジアの教会を破門することで、ローマが首位であるとして実効支配権があるとしたことになっている、そして、個別の教区の司祭の人事に口出しすることになる。


    東西分裂に関しては、教皇権が、会議体より上に来ている点はかなり気になる。フィリオクエ (フィリオケ)はある種の改ざん問題ではないのか。特に、聖霊は父からか?父と子から出るのか?という議論ではあるが、基本的に、エペソ公会議の変えてはならない、とした会議の結果からは、変えていることになるのではないか。特に聖神(精霊)は極めて重要なペルソナなので反対せざるを得ない。 細かい議論はめんどくさいがそれは必要なものだろう。

     

    正教会と信仰生活

    正教会での神化(神の似姿として回復される、あるいは神と似たものとなる)という概念は、聖化と似ている部分があるが、西方系の聖化では、三位一体論が弱いこともあり、どうしても神と個人の関係になっており、コミュニティとして神に似たものとなるというかかわりが違い。とりわけ、どのようにして救われるかのポイントが抜けているのではないか。


    神のかたち(一番の神のかたちは三位一体)であり、そもそも創造の時の課題が三位一体損なわれてしまったことであった。正教会的な理解でいえば、罪の赦しは、重荷を外すということであり、聖霊の翼をかって上るということとつながっている。また、救われるとは何かということを考えていくと、神との関係が、神と私が神と私たちへと変わることということもできるかもしれない。共同体的な交わりそのものが三位一体的な神の国の表現になっているだろう。

     

    人間の堕落について

    人間の堕落について、正教会では、アウグスティヌス、ルターやカルヴァンが言うほど、陰惨な堕落状態にはないと考えている。全的堕落、そして神の粟原見、完全な神の介入により回復がある、というよりは、回復可能性がある程度に、壊れている、という考え方に近い。神から差し出された回復の神からの提案を受け取るか、受け取らないかは人間の側の自由意思にある、という考え方に近い。ギリシア正教のジョークとして、カルヴィニストになるよりは、イスラム教徒であるほうがましというジョークもあるほどであり、それほど、人間に対する考え方が違うのかもしれない。

     

    正教会と教理
    正教会の教理は少ない。それは、教理は少なければ、少ないほどいいという考え方である。その意味で、解釈の幅が、幅広い方がいいという考え方に近い。これに対し、西側は、郷里における厳密性を追及してきた。このあたり、どの方向から神の恵みと人間の選択を考えるのか、ということとかかわっている。正教では理想状態を想定し、人間が100%自由である時に、神の恵みは100%となるという考え方であり、プロテスタント側では、救いが神の恵みが100%であるとは言うけれども、それが完全な状態になる時、人間も100%自由になるのではないだろうか。その意味で、同じことをどちらか側からみているにすぎないのではないだろうか。

    「それは、神と人とが協働するということか」ということの質問が出たが、それに対しては、「完全に自由であれば、完全な恵みになる、ということなのではないのだろうか」というお答であった。

     

    マリアの無原罪性をカトリック側でいうが、日本正教会では、「生神女マリア」というが、基本的には人間と同じであるという理解である。天使から、救い主を生む、という神の申し出をそのまま受け取ったので、穢れなき、清らかな生涯を送ったと理解されている。それは、さらに、我らも神の子を産むことができるということにつながっており、マリアが清らかに生きたことは福音ともなっている。被昇にかんしては、伝承としてあるものの、教義にはしていない。正教会では、マリア就寝祭ということを覚えるが、被昇天はど知らでもいいという立場である。

     

    直接祈ればいいのになぜ聖人ということを考えるのか、というと、時と空間を超えた(基督の)家族であり、父である神にその兄や姉たちが取りなしをするのは、家族の中で、父に兄や姉たちがとりなすのと同じように、兄や姉である成人に対してお願いしてとりなしをしてもらうのは、当たり前ではないだろうか。その意味で、共同体制が強い理解であるといえる。

     

    教会合同に関して
    教皇権をまずもって認めていないし、フィリオケがまず問題になるだろう。また、正教会では、トップが決めてそれ以下の教会群が従うという構造になっておらず、仮にそのようなことを決めたとしてもうまく機能しないだろう。個別教会からなる今日区での会議で決めていって、そして、それぞれのレベルでまた会議を開き、という会議隊による教会政治を行っているので、誰かと誰かがあってそれで一気に決まるというトップ交渉型の形態での教会合同は起こり得ない。

     

    教理の伝承

    正教会では、先人から手わされたもの、トラディシオされたものとして、教義も聖伝という理解であるし、聖書も公会議で決められ、トラディシオされたものであるという意味で、聖書も聖伝という理解である。The Traditionは先人から、後進に対して受け渡され続けているものであり、イエスが弟子たちに伝えたような形での受け渡しがなされており、その受け継いだものとして、信仰のよりどころとるするのは、聖書、信経(ニカイア)と7回のエキュメニカル公会議で決定された信仰の定理とされる郷里、それと、他の地方公開の重要な決議、聖師父の教え、奉神礼であり、その奉神礼を守ることを先人から受け継いだものとして大事にしているという側面がある。

     

    京都教会のイコン

     

     

    全体としての感想

    実は、この講演会というか座談会の前に、この司祭のおられる正教会の教会に訪問して、正教会としてのお話を聞いていたこと、昨年、横浜に世俗の仕事で行った帰りに横浜の日本正教会をご訪問して、水野司祭からあらかたお話しをお伺いしてたこと、そして、以下で紹介するギリシャ正教という本を読んでいたこともあり、かなり重複部分が多かったが、教会政治と意思決定の部分に関して、非常によくわかったような気がする。

     

    そして、プロテスタントは聖書至上主義である側面が強く、その中でも福音派と呼ばれるグループは現代の聖書至上主義なのは仕方がないが、しかし、それも聖伝ではないのか、という批判に対して、どのように福音派の皆さんは答えるのかなぁ、ということも気になった。歴史を振り返ってみれば、直接、それがそのまま、天から降ってきたわけではないが、一部には、現在の聖書の構成がそのまま降ってきたという理解に近い方々や、新改訳聖書第2版原理主義の方や、文語訳聖書原始主義、口語訳聖書原理主義の方もおられる。それは多分に、最初に読んだ聖書におけるなじみの問題のような気もするのだが、どうなんだろうか、と思う。結局、人間は初めに他者としてであったもので、それを受け入れたものから、変えにくいということに、なんだかんだ理由をつけているだけのような気がしてならない。
    それと、基本は最小に、あとは多様に現実に合わせて変えていくというハリストス正教会の御姿はなかなか賢いなぁ、と思うし、プロテスタント教会派、基本となる部分をそれもがちがちに定めてしまったので、かえってもめごとが起きてしまったのかもしれない、もめ事が起きやすくなってしまったのかもしれないということを考えると、どちらが良かったのか問題ではあるが、どうなんだろう、と思った。
    ということで、今回のみでおしまい。

     

     

     

    評価:
    高橋 保行
    講談社
    ¥ 1,134
    (1980-07-08)
    コメント:入門としては非常に良かった。

    中村 健之介
    岩波書店
    ¥ 842
    (1996-08-21)
    コメント:非常に良いらしい。

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