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2016.06.27 Monday

京都ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」参加記(3)

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    今回も引き続き、教徒ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」から予定討論者からのコメントと質疑応答の内容をご紹介してみたい。今回ご紹介する部分がかなりおもしろかったのである。

     

     


    まずは、中田考さんからの問題意識の指摘である。

     

     

    イスラームと西洋の間で不幸を生む「十字軍」メタファー

    イスラームと西欧の関係に「十字軍パラダイム」があり、中世の十字軍、近代イスラム世界の植民地化などの中に影響しており、イスラムとキリスト教の関係をゆがめている部分がある。十字軍戦争は、第1次十字軍を除けば、戦争としては大きな被害を与えているわけではなく、第1次、第2次世界大戦でのヨーロッパの内部での被害が大きいだろう。しかし、十字軍という理解(十字軍パラダイム)が歴史的なイスラム世界と西洋世界の歴史的理解を歪めていて、両者の間の認識を歪めている部分、ある思い込みとうか、歪んだ参照枠組みを与えている。


    クルアーンはムハンマドの言行録であり、それを抽象化したものがイスラム法であり、行政法的な側面、社会秩序を守るための方原則がイスラム法といってよいかもしれない。

     

    イスラムとキリスト教の関係良好だった時代も
    ムハンマドは宣教の初期段階で、マッカの多神教徒に迫害されたイスラム教徒の一部を正義の王がいると理解していたキリスト教国エチオピアに逃がしており、イスラームとキリスト教との関係は必ずしも敵対的ではなかったし、むしろ良いイメージを持っていた。

     

    この話を聞きながら、先日お話をお伺いした正教会の司祭の方のお話を思い出した。正教徒の一部にとっては、「カルヴァン派の人と一緒にいるよりも、ムスリムと一緒の方がよい」というジョークがあるそうだが、そのジョークの裏には、ムスリムとも共存してきた正教会の世界があるように思うのだ。

     

    キリスト教世界とイスラームの対立が最初に表面化したのは、ムハンマドが亡くなる直前にヨルダンで東ローマ軍とムスリムが戦った629年のムウタの戦いであるが、対立が本格化するのは正統カリフ時代(ムハンマドの直接の弟子の時代)であり、ムスリム軍はシリアとエジプトを東ローマ軍から7世紀中葉に奪取する。

     

    信仰を必ずしも強要したわけではないムスリム世界
    文明論的に重要なのは、このシリア、エジプトのイスラームの制服には、ほとんど現地民の反乱が記録されていない。それは、キリスト教徒へのイスラームの回収は必ずしも強制せず、名前の調査から、住民のムスリムの比率は占領後100年後で2%、占領後300年後でようやく半数であり、この数字は強制改宗や民族浄化が行われたというわけではないことを示している。ヨーロッパの混乱は、イスラムの制服というよりは、アラブの出現やフン族の出現、モンゴル遊牧民の出現等であることと、イスラムの戦争、遊牧民の戦争は、戦利品や身代金目的であり、布教という性質は持たない。あるいは、用心棒代としての異教徒の徴税問題であり、その徴税自体も、成人男子に対して、現在価値で年額数万円程度の徴税であり、本来用心棒代として支払うべき税金を払わないから、武力となるのがイスラムの世界観であるのだ。その意味で、イスラム支配とイスラム化は、平和裏に行われたのであり、十字軍がパレスティナに侵攻したのちも、キリスト教徒が裏切り者として殲滅されたことはなく、シリア、エジプトでは現在に至るまで、キリスト教のさまざまな宗派が残存している。イスラムにとって、不信仰の人は税金だけが義務であり、イスラム教徒ではない人はイスラムの法律に従う必要は本来はないとされているとされている。

     

    (おそらく、西ヨーロッパ人のイスラム世界は、イスラム海賊と呼ばれる人々、要するに遊牧民が海に出かけて身代金獲得事業者となった形での海賊、という形でのイスラムとの接触が現地にいた人の間で起きたため、イスラム海賊とイスラム世界全体の混同した理解ができあがあるような気がする。まぁ、十字軍といってもイスラム海賊対策という側面もないわけではなく、この辺の理解がイスラム全体と戦ったという誤った印象へとつながっているのではないか、と思った。確かに、イスラム海賊はイタリア南部からフランスの海岸で非常にご活躍であったのである。イタリアの南部や、フランスの南部では、やたらと海のそばには塔が立っているのは、それが理由らしい。海賊が攻めてくるのを予見するため、そして住民に危機を知らせるための塔らしい。

     

    そもそも、遊牧民にとって、人は身代金の請求を通して、お金に交換できるもの、あるいは、金の延べ棒にしか見えない模様である。何年か前のアルジェリアの油田での誘拐事件などは、それを示している。まぁ、どの国でも、いまだに、身代金目的の誘拐が起きることがある。この辺で、奴隷と人質の関係が微妙であり、近い将来に身代金をとれる、その期待が高い場合には、捕虜状態に置かれるが、身代金による現金化が不可能な場合には、奴隷として売り飛ばして、現金化、流動化してしまうようである。捕虜であると、飯を食わさなければいけないとか、ちゃんと世話しないといけないので、そういう面倒を含む形での捕虜を確保している面倒なので、それを避けているだけのことだと思う。そして、それ奴隷の流通事業や身代金目的の事業としての誘拐を続けることがおかしいといわれても、「それが何か?」と言っているような遊牧民が多いのではないか、とおもうのだ。)

     

    当時のトルコ海賊との戦闘

    南イタリアの海賊対策の観測施

     

    南イタリアの海洋城

     

    イタリアの海岸沿いのお城

     


    イスラム世界での正当性と

    現状でイスラム的な正当な政府が存在しない世界
    イスラムの場合、,靴覆韻譴个覆蕕覆い海鉢△靴進がよいことどちらでもよいことい靴覆ながいいことイ靴討呂覆蕕覆い海箸5つに分類されるのであり、戦争もこのタイプの分類に従う。した方がよい戦争には、内乱・内戦の治安維持的な活動があるが、実は、この場合でも、イスラム的に正当であるとする根拠がないので、本来は何とも言えないはずである。なぜならば、イスラムの理念形として一つのイスラムとその中には正当な一人のカリフが存在し、イスラムの内部の争いごとをこのカリフが調整するのだが、その正当なカリフが存在しない現在、イスラム的な概念では正当性を決定するシステムがなく、その意味で、イスラム的な正当な政府というそのものが存在しないことになる。

     

    イスラムとして戦うべき敵とは
    イスラム的に戦う義務が高いのは、異教徒というよりは、イスラム教徒でありながら、他の宗教に転換した元イスラム教徒、すなわち背教者との戦いである。その意味で、他教徒には、キリスト教が向かっていくような苛烈さはないのが原則である。
    基本的にイスラム世界が商業文化を基盤にした世界であり、武器や武力で交渉(血を流す外交)、というよりは言葉で交渉(血を流さない戦争)する文化を持っていたし、割と早い段階で、昔の地中海世界での商取引用語であったコイネーギリシア語が支配した後、地中海の南側での国際商業取引用語としてアラビア語が普及し、そこでの表現方法が成熟し、地中海の西側では、ラテン語が支配し、地中海の東側では、ギリシア語とラテン語が共通語として支配したのではないか、と思う。そして、本来、その地域を納める代わりに用心棒代を請求する。これはローマ帝国の二重支配でも同じことが行われていて、その代表格が新約聖書に現れる取税人であり、取税人はある領域の徴税の代理納税権を事前に納入する形でのオークションを行うので、その事前納入分をいかにカバーするのかが問題になるので、税の聴衆が、過剰になる傾向にあった課の性は否定できないように思う。そのような重税がある地域もあったかもしれないが、メッカやメジナの付近では少なくともこのようなことがあった可能性はかなり高いらしい)

     

    近代ユダヤ人の哲学的思惟から
    ユダヤ的な哲学からの討議として、合田正人さんは、ポレモス(闘争)は文明と文明がぶつかるところでの裂け目を持ちながら、戦闘という形での交流が発生する場所を考える中でパトチカの議論を紹介されながら、その中で、十字軍を考えてみるということをしてみるとよいのではないか。(キリスト教世界が成立した後西洋が初めて出会った異教徒、異文化がイスラム教徒であり、イスラム文化であった、という側面があるのではないかということがおっしゃりたかったのかなぁ、と思った)

     

    そこで、レヴィ・ストロースの「ユダヤ教」に全く言及せずに、世界文明の攻勢を語るというのなかで、「仏教とキリスト教の間に割り込むことで、イスラームは、西洋が度重なる十字軍によってイスラームと対立し、ひいてはそれと類似されたとき、我々をイスラーム化したのである」(悲しき熱帯)と記している。いったいこの指摘は何を意味しているのだろうか。

    (ミーちゃんはーちゃんとしては、また、ある面、これは、ユダヤ系の背景を持つレヴィ・ストロースからすれば、相対化するような概念として、キリスト教を見ておらず、キリスト教とユダヤ教を一体のものしてみていたのではないかと思われるが、これは、根拠のない勝手なミーちゃんはーちゃんの想像でしかない。)

     

    おそらく、対立するものを通して、類似するものとなったし、そもそものヨーロッパ文化における女性性(結構古いヨーロッパ文化には地母神信仰として女性神、ヴィーナスとかが多い)を捨てたし、イマージュの破壊を行い、イマージュを嫌うものになったということかもしれない。(確かにそれまでのキリスト教はある程度、イマージュというか象徴とか言うものを容認するものであったが、それを嫌うという意味において、カルヴァン派はある面それを極めて行ったといえるし、今の日本に伝わってキリスト教のかなりの部分はイマージュに対する軽視があるように思う。

     

    レヴィナスと戦争

    レヴィナスは『悲しき熱帯』を、「現代のユダヤ人意識を最も混濁させるもの」の一つに数え入れたのだが、このレヴィナスの身振りは何を意味するのだろうか。

    レヴィナスは、存在が戦争であると言っている。生存することは、レヴィナスにとっては戦闘であり、「正当戦争においても、その正当性に震えおののいていけないといけない。正しさゆえに戦慄を覚えなければならない」と書いている(ある面で、正しさがあると主張することは、第2次世界大戦にフランス軍の通訳として従軍し、ドイツで捕虜として生活し、さらに親族のホロコーストを経験したレヴィナスにとって、人間が神になることであり、それはありえないことであるという意味ではないかと思う)


    なお、レヴィストロースは、カリバニズムの問題を取り上げながら、文明と野蛮の問題を考えているところがある。

     

    カオスシステムとしての戦争とポレモス
    カオスシステム論で考えるとき、ポレモスを介して、分離しながら接続しているということが起きるのではないか。ポレモスという境界で起きるのは紛争であり、そこで、交渉も起きるし、そして、その交渉を通して、他者と出会っていく、ということが起きるのではないか。その意味で、一種のカオス理論が必要なのではないか、と思う。


    また、ダニエル・シボニーは「3つの一神教」という著作の中で、宗教は何らかの起源をもっているし、一神教同士は起源において関係を持っているが、中には、宗教の起源と現状の間に空白があるものがある。その意味で、紀元と現状の隔たりをどう考えるのかが問われるし、登用を考えるとき起源を想定しないものが存在するかも、ということは考えないといけないかもしれない。

     

    ユダヤの視点から
    司会者から一言といいうことで、手島勲矢先生から
    比較的被害が少ない戦争であったという発言があったが、第1次十字軍で大量に焼き殺されたユダヤ人のことは忘れられてはならないだろう。また、もし組織されていなければ、果たして十字軍が生まれたのか、という疑問がある。一応の教会法にせよ、世俗法にせよ、法律と、目立つマークが付けられることで十字軍は形成されたし、聖地においては、イスラームとユダヤ人は特別な服を着るように命じられ、それが識別コードともなったし、それが、のちのホロコースト時のユダヤ人の識別ということにつながっているように思う。


    質疑応答から
    対アマレク戦で、サムエルとサウル王が争っているが、非常に残忍なシーンがある。なぜ、こんな残虐な場面が聖書にあるのかというシーンは旧約聖書に少なくはない。また、聖戦が聖書学で議論に上ったのは、それほど昔のことではなく、割と最近の現象である。

    フロアからの質問に小原さんが答えたこととして、犠牲と疑似宗教としての関係としては、近代国家が戦争にあたって、国家に対する犠牲の理論を緻密化していって、伝統宗教のものをさらに国家に対して追認した形になるのではないか。
    少なくとも正当戦争であるとするならば、外国に出ていくべきでないとアキナスは主張している。また、終末思想についても、ここで立ち入る余裕はないが、現代でも基本的には重要である。

    また、質問に答える形で、中田さんは、政教分離ということを考えなくていいのか、という質問に対し、政教分離という言葉が違う意味で使われており、それを議論することに果たして意味があるのだろうか。政治と宗教を分けようとしたときに、それが果たして分けられるのだろうか。それはどこかでつながっているはずだし、仮に分けるとすればどのような視点で分けるのか、ということのが問題である。これは政治と経済の問題でも同じであるし、そもそも必ずしも分けなければいけないということでもないのではないか。(この分離の問題は、ギリシア哲学が引き継いだ、なんでも分けていこうとする傾向の表れではないかと思うし、現代日本人、とくに学問関係者がそれにいかに毒されているのか、ということを思わざるを得ない。)

     


    ムスリムはイスラム教を布教する意図がなかったということであるが、という質問に対して、基本的に税金を払えば、戦争が終わるという形の戦争行為が行われてきたのであり、世帯単位で欠けており、女性や子供には付加しないし、貧しい人にも課税しない。征服というよりは、むしろイスラムによる秩序の確立というものであり、布教におけるキリスト教の影響はない。


    ジハードという概念であるが、アラビア語はほかの同系統の言語と同じで、御紺のことばであり、イスラムのアラビア語は心臓の言葉は使わず、従来ある概念に概念を追加、重ねていく形で使い続けられる傾向があり、わかりにくくなっている側面もあるだろう。コーランの中で、ジハードが使われている例として、多神教徒の親が、イスラム教徒となった子供の信仰を回復させるためにジハードという言葉が使われている。そもそも、ジハードの語源となったジャハドという語は、力を出す、力を押し出すという意味でおり、押し出された力と力がぶつかるからジハードになるという概念である。

     

    また、イスラムの至上命令のようにジハードを主張する人々がいるが、イスラムには、そもそも、正当な生殖がいないので、現在では、イスラムの生き方は、イスラム法の行動の原理原則で学者が一致している範囲を超えない、ということである。

     

    学会長先生のコメント
    最後に学会長の先生から、面白い質問が出された。
    この企画をしたのがおおむね1年前で、非常に流動的な状況の中で企画されたものであった。ところで、聖戦を考えるとき、日本で、教皇ということが本当に理解されているのだろうか、という疑問があるし、日本の中で「教皇」に当たるものはなんであるのか、聖戦がイメージされるということはどういうことかを考えないと、十字軍や聖戦ということの認識ができないのではないか、という疑念が出された。


    全体の感想

    この会に参加して、実に面白いと思ったのは、我々がことばが持つイメージ、例えば十字軍という言葉が持つ魔力に大きく影響を受けているということであった。十字軍というと、先にイメージというか、ある参照枠が浮かび、その参照枠に従ってしかものを見ないということをしているのを、ミーちゃんはーちゃん自身を含め、改めて思い知らされたといえる。

     

    それと、もう一つは、終末意識が人々に与える影響である。終末意識に導かれたのは平安時代末期もそうであったし、そうであるからこそ、鎌倉時代に仏教が非常に多様な形で日本の民衆にまで広がったのであろうし、また、明治のご一新も、一種の終末意識に導かれたものであったような気がする。また、もう少し最近では、戦争直後の新宗教やキリスト教の急成長、バブル末期には終末思想が流行し、新新宗教を中心新興宗教が急成長し、オウム真理教に至る動きは、一種の終末思想的な雰囲気が世間に広がっていたような現象を示していると思う。そう考えてみれば、ジュリアナ東京(最近の1980円のソフトバンクの格安CMのシーンに出てくる)は昭和末期のおかげ参りを思わせなくもない。

     

    おかげ参りの図

    おかげ参りの図

    ジュリアナ東京(今見たら、どこがかっこいいのかと思うが、これがはやったのである)

    http://toyokeizai.net/articles/-/70763 から
     

     

    Y!Mobileのバブルのころのジュリアナ東京を背景としたCF

     

    なんかこうやって考えると、念仏踊りにしても、おかげ参りにしても、戦争直後のダンスホールブームにしても、1980年代の竹の子族にしても、ジュリアナ東京にしても、オウム真理教の浅原彰晃踊り(選挙カーの上で歌い踊っていた気がする 尊師マーチを)にしても、日本人が踊り始めたら、日本人の終末意識が高まってきた証拠なのではないか、と思えそうで仕方がない。

    竹の子族の踊り

     

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