<< 日本の教会におけるウチとソトの論理 | main | 日本での伝道活動の諸問題 >>
2009.09.30 Wednesday

啓蒙思想と真理観

0
    私にとって、『真理』や『真実』は一つではない。『真理』や

    『真実』として語られる客体の見え方は一つではない、と表現す

    るほうが適切かもしれない。少なくとも『真理』や『真実』は一

    つではないようにおもわれる。地球上に発生した物理空間におけ

    る間主観的に観測される事象(ひらたくいうと事実)は一つであ

    る。しかし、事実あるいは客体の解釈として語られる『真実』は、

    その受け取り手の数だけ、解釈の可能性があるため、『真理』と

    か『真実』とか言えない。裁判の場においてもそうである。裁判は

    裁判する側(裁判官と裁判員)の心証をどう構築していくかの

    闘争の場である。

     しかし、啓蒙思想において、『真理』あるいは『真実』は一つ

    であるという思想的傾向性が培われたように思う。あるいは、無

    理に『真理』や『真実』を一つとするために、歪曲、プロパガン

    ダ、民族浄化、言論封殺、言論誘導、棄民などが行われた。今の

    50歳代以上の多くの人々は、このモダニズムの思想的背景の中に

    ある啓蒙思想や科学思想のうちに内在的に埋め込まれた『真理は

    一つ、真実は一つ』という概念(あるいは、パラダイム)の呪縛

    のなかにあり、マスメディアへの無批判の信仰、ポストモダンの

    思想性、あるいは、パラダイム・シフト以降の思想性に耐えられ

    ないのではないかと思うことがある。

     世間様の一部は、パラダイムシフト以降の思考的営為に移って

    すでにポストモダンの思想性の社会となっているにもかかわらず、

    従前として、パラダイムシフト以前の論理性に大きく依拠する福

    音のメッセージを話しているとしたら、どうだろうか。

     最近、大衆化社会に恐ろしさを感じる。小泉政権以降の日本社

    会は週刊誌・ワイドショー的な視点からの大衆化社会へ大きく動

    いた。麻生太郎氏が自民党総裁に選ばれた経緯はまさしくその視

    点を意識していただろうし、民主党のアバランチ的勝利(ランド

    スライドのようなおとなしいものではない)も、まさしくその点

    が効いていたと思う。団塊の世代が家にいつくようになり、ワイ

    ドショーの視聴者が増加し、その世代は投票者のかなりのシェア

    を占めるようになった今、UgoUgoコメント王子の危機感が分か

    るような気がする。この世代の発言権の野放図な拡大が、組織を

    危うくし、社会をどうしても変革してしまうその危険性である。

    数の暴力。それを感じる。それにどう向かっていくのか、その覚

    悟を問われているような気がする。彼はそれを言いたいのかな。
    コメント
    コメントする








     
    Calendar
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
    << April 2020 >>
    ブクログ
    G
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM