2016.06.22 Wednesday

京都ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」参加記(1)

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    本日からは、2016年6月19日(日)に京都市の同志社大学烏丸(からすま)キャンパスで開催された公開シンポジウム「聖戦と十字軍」― 現代・歴史・一神教が交差するところ― の参加記を何度かにわたって紹介したい。なお、カッコ内の小さめのフォントで示したものは、ミーちゃんはーちゃんの感想である。全体の感想は、感想のセクションで示す。なお、今回はPCを持ち忘れていったので手書きメモの内容を中心としたものなので、制度は若干落ちていると思っていただければ、幸甚である。

    キーノート講演は「十字軍と聖戦の思想」ということで、一橋大学名誉教授で、西洋法制史の専門家の山内進さんがお話しになった。より具体的には、十字軍とは何か、ということで国際公法、とりわけ戦争国際間法制の成立に関する視点と西洋近代の人権思想の出発点としての十字軍という視点からお話があった。

     

    聖戦をどう考えるか
    まず、聖戦を考える際に、聖戦、正戦(正当戦争)、合法戦争(国際公法上の戦争、現在における合法性を持った戦争)があるが、これらをどう考えるのか、という議論をきちんとした方がよいだろう。特に戦闘の正当化の論理、合法戦争の論理は、第2次世界大戦以降の国際間紛争に深く関与している。(そら、東京裁判とかニュルンベルグ裁判やった以上、そうなるだろうねぇ)

    聖戦の6類型
    ターナーによる聖戦の類型化を参照すると、


    (1) 神の命令のもとに戦われる戦争
    (2) 正しく権威付けられた神の代理人により、神のために戦われる戦争
    (3) 神自身によって戦われる戦争
    (4) 内外の敵に対して宗教を守るために行われる戦争
    (5) 正しい宗教を宣伝するか神の権威と一致する社会秩序を打ち立てるために行われる戦争
    (6) 宗教的一体性を強制し、かつ(あるいは)逸脱者を処罰するために行われる戦争

     

    ということになるらしい。

    十字軍の特徴
    また、ライリー・スミスによると、十字軍の特徴として、


    衣服や武具に十字のしるしをつけていること
    ローマ教皇の呼び掛けに対する応答であること
    十字軍参加者の贖宥の享受
    十字軍参加者の関係者に対する特権の付与(残された家族や、財産や借金からの保護)


    があったことであると要約されている。

    カトリック世界を作り上げた十字軍
    ところで、十字軍とは言われるが、これは、広い意味での防衛戦争ということもでき、とりわけ聖地エルサレムに居住する各国人の人命財産を保護するという意味がないわけではなかった。さらに、そこに当時の1000年期が終わる当時の強い終末感が影響している。また、この十字軍を考える際には、ローマ教皇の存在の意味は大きく、またローマ教皇の権威の確立という観点からも、みていく必要がある。カール大帝・オットー大帝の時代までは、皇帝により任命された教皇という状態であり、国王の権限の方が優勢であった。

    なお、神の代理人という形で教皇の権威が増すのは12世紀以降のことであった。その意味で、ハーバード大学のハロルドJボーマンによれば、十字軍というのは社会のシステム改編ともいうようなものであり、聖俗が混然一体となっていた時代から聖と俗が分離していく状況の中にあったと言えるのではないか。その一つがウルバヌス2世のクレルモンの教会会議であり、聖職の叙任は、教会の権限によることが定められた。

    クレルモン公会議とウルバヌス2世

     

    教皇革命と十字軍

    重要なポイントは、教皇革命(教皇の権威の確立)があって十字軍の成立があり、十字軍そのものは、一種の教皇権確立運動と裏腹の関係にあった。また、ウルバヌス2世のクレルモン公会議で十字軍が形成され、その時から聖戦となることになったのだが、その中には、聖戦参加することにより、神の恩寵を得るということになったのであり、その恩寵とは、罪の赦免であり、キリスト教化のための聖戦という一側面も持った。


    教皇革命がヨーロッパ内での神の平和と浄化(純化)の思想の反映であったように、十字軍は聖地での浄化の思想であったといえるのではないか。(むしろ、これは、ヨーロッパとしての統一化、共通化、均質化を目指した動きとして理解した方がいいのかもしれない、とは思った。そして、日本のキリスト教理解は、このヨーロッパでの均質化を経た動きとしてのキリスト教をキリスト教と呼んでいる気がする。こう考えれば、その均質化の障害となったヴィザンチン帝国、オーソドックスチャーチへの圧迫は当然と言えるような気がする。)

     

    概念拡大する十字軍

    拡大する十字軍という動きがみられる中で、

     

    伝統主義者アプローチ:エルサレムの解放と防衛を主張するもの

    プルーラリスト・アプローチ(複数アプローチ):エルサレム以外にもキリスト教のローマを守る戦争を主張するもの

     

    の二系統があり、プルラリスト・アプローチの中には、スペインにもバルト地方や、プロイセン、ロシアやフランス、イタリアやイギリスにまで派遣される十字軍が見られるのなど、かなり拡大したものがあり、破門されたままエルサレムに向かい、ヤッファ休戦協定を結んだフリードリヒ2世を攻撃した十字軍まであった。

     

     

    ヤッファ休戦に合意するフリードリヒ2世とスルタン・カーミル


    中東でのフリードリヒ2世の宮廷の模様 (左下にムスリム風の服装の人物が描かれている。

    ただし、グラティアヌス法令集注釈集成(1188-1190)によれば、「異教徒に対しては正しく(iuste)戦わなければならない」とされている。

    十字軍開始の割と初期段階では、フグッチョ(ピサのフーゴー)の主張に見られるように、異教徒への戦いというよりも、エルサレムの自治権回復戦争という側面が強かったが、イノケンティウス3世のころになると、異教徒そのものが正値に存在することが不適切であり、それを追い出すことが正当なのではないか、という理解が出てきた。

    イノケンティウス3世

    正当戦争論という概念から
    トマス・アクイナスは、君主の権威に基づき、正当な原因で、正しい意図で行われる戦争が正当戦争であり、その中でも異教徒の権利は保障されるべきという立場に立っている。ホスティエンシスの正当戦争論としては、キリストの生誕以来、すべての裁判権(iurisdicto)、統治権、名誉、所有権が異教徒からキリスト教徒へと移り、今日では、裁判権、支配権もしくは所有権説いたものは異教徒の下には存在しない、というものである(いまだにこういう物言いを直接していないというものの、異教世界を下位に見る言動をするキリスト教徒がおられるのが、かなわない)。この見解に従えば、そもそも異教徒たちにはそのような能力がなく、キリスト教徒たるものローマ帝国を認めない異教徒たちを攻撃しなければならないことになり、キリスト教国であるローマ帝国を認めないような異教徒たちに対するそのような戦争は、キリスト教徒に関する限り常に正当で合法である。(この辺、アウグスティヌスの神の国理解が、影響しているのではないか、と思った)

    ホスティエンシスにより戦争の類型がなされているが、その中でのローマ戦争という概念(キリスト教全体VS異教徒という戦争)を提示し、ローマ戦争は合法であるという立場となっている。(しかし、こうなってしまえば、相手に異教徒というラベルを張って、「キリスト教の敵」と言ってしまえば何やってもいいことになり、この辺が後々問題を生む原因になっており、自分と考えを異とする者に、キリストの敵、反キリストとラベルを張れば、大手を振って何をやっても善いことになる。この辺、現代の過激なカルト的なキリスト教会の協議にも影響の残滓がみられるような気がする。)

    コンスタンツの論争
    北方に向かった十字軍でもあった、ポーランドとリトアニアの合同軍とドイツ騎士修道会との戦いをめぐって、コンスタンツの公会議が行われたが、この時代、同時にローマ教皇が3人もいた時代であり、そこで、議論が行われたのである。この議論の中で、ヨーロッパの国際法の出発点になった議論があり、神学者たちが正当戦争の問題に対して容喙すべきでない旨の発言が出ている。

     

    また、パウルス・ウラディミリは、異教徒にもその個人や彼らの国家の存在が保障される基本的な権利があることを主張したことで知られる。その意味で、聖戦の思想(異教徒の改宗や異教徒の戦いを目的とした戦争)と正当戦争をめぐる議論が行われ、ヨーロッパの国際公法をめぐる戦争とその正当性の基礎の一つになっている。

     


    コンスタンス公会議の模様

    基調講演(キーノート講演)のおまとめ
    ミーちゃんはーちゃん風に山内さんの主張をまとめると、


    ローマカトリック教会の成立、とりわけ、教皇権の成立とその内部の純化のための十字軍という性格があること
    本来十字軍は、エルサレムにおけるヨーロッパ系諸国民(旅行者と居留民)の保護と自治権の確立ということで始められていたものの、戦争という手段が目的化し、自分たちと意見を異とするものへの戦争と化していったこと

    多民族、他の信仰をもつものとの接触が起き、その中で、正当戦争という概念が生み出され、戦争に関する国際公法と、戦争における人権・人道思想が生まれていったこと

    十字軍はヨーロッパが現在のヨーロッパとなるための戦争であったこと

     

    ということなのかなぁ、と思った。

     

    この講演で困ったことと感動したこと

    レジュメ類が直前配布で、資料全体に目を通す暇がなかったことに加え、この辺の分野の基本常識がないので大変困った。もうちょっと中世に関する知識があれば、違う面で楽しめたと思う。少なくとも、北の十字軍(最下部参照)とかの本を読んでおけばよかった、と思ったことは確かである。

     

    さらに、この講演で困りものだったのが、レジメが異なる2系統配布され、さらにパワーポイントでの発表資料ともこれら2系統が微妙に違い、さらに、別の参考資料(文献の切り抜き)が配られ、聞いている方としては、何を開いて、何を見たらよいのか、混乱が生じてしょうがなかった。

    従来の文系(神学関係、法学関係や経済学史関係は読み上げ型発表が多い)の発表よりは格段に参加していて面白く、前提知識がなくてもある程度楽しめる講演であったのではあるが、どうも講演者の方がパワーポイントを用いた発表に慣れておられないのが手に取るように分かるご発表であった。それでも、70歳近い大先生が果敢にも、一生懸命、なれないパワーポイントを用いて、一般にも理解可能なように、視覚的にも表現することを試みられたことは極めて高く評価したい、と思った。

    実は、このシンポジウムの面白さは、討論部分である。それを次回以降紹介したい。











     

     

    山内 進
    講談社
    ¥ 1,242
    (2011-01-13)
    コメント:この本を先に読んでおけばよかったと反省しきり

    2016.06.25 Saturday

    京都ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」参加記(2)

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      今日も前回 

       

      京都ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」参加記(1)  

       

      に引き続き教徒ユダヤ思想学会 シンポジウム 「聖戦と十字軍」の参加記録をご紹介したい。

       

      討論者がすごかった

      今日はいよいよ、予定討論者四名からのコメントのうち、最初のお二人のコメントを紹介したい。また、この4名の方が、まぁ、すごいのである。旧約学からは勝村弘也さん、キリスト教学からは小原克博さん、イスラム法学からは中田考さん、現代ヨーロッパ社会におけるユダヤ哲学からは合田正人さん、そして、司会が手島勲矢さんと、半端ないメンバーであったし、5人のうち3人が同志社大学一神教センターの関係者であったのが、をををであった。

       

       


      第1討論者の勝村弘也さんのコメントは、旧約聖書の立場からのコメントであった。
       

      イラク開戦日に卒業式があたったために以降卒業式で

      歌われることのなくなったOnward Chrisitian Soldiers
      冒頭、2003年の松蔭女子学院大学の卒業式が、たまたまイラク戦争開戦日であり、その際に本来は、「みよや、十字架の旗高し」がうたわれる予定であったが、取り消しになり、その賛美歌がうたわれることはなかったし、それ以降、この賛美歌が用いられることはなくなった。このあたりの精神性は、十字軍とかかわりがあるかもしれない。


       賛美歌 みよや、十字架の旗高し

       

      (リバイバル賛美歌で顕著であるが、結構戦闘的な賛美歌が多い。あるいは、戦闘のメタファーを利用した賛美歌は多く、時々ここまで言わんでいいん出ないか、という歌詞の讃美歌もあるし、それ、まずいんでないか、と思うような歌詞の讃美歌もないわけではない。それはどうなんだろう、と思う。なお、この開戦日には、ミーちゃんはーちゃんはブッシュ大統領がテレビで開戦宣言をホワイトハウスから、宣言するのをアメリカでライブで見ていた。)

       

      Bushの開戦にあたっての発言


      旧約聖書における聖戦
      旧約聖書と聖戦で思いつく限り書いてみると、葦の海のエジプト軍の崩壊の軌跡は神自身が戦ったタイプの聖戦になるし、ヨシュア記における戦闘は、神の戦いという側面があり、神自身が戦われるタイプの聖戦ということが表明されている。エリコの戦いも、一種の奇跡であり、その意味でこれになるだろう。

       

      エリコの壁の崩壊

      紅海でのファラオの軍の壊滅


      カナン都市国家とでボラの戦争は、神に代わっての戦闘という側面があり、そこでデボラの歌とされているものヘブライの詩は、ものすごく古いヘブライ語で書かれており、ほぼ翻訳が不能であるかと思われるほど難解であるが、神の権限に強調があることは注目すべきであろう。

       

      口語訳聖書 士師記
      5:1その日デボラとアビノアムの子バラクは歌って言った。
      5:2「イスラエルの指導者たちは先に立ち、
      民は喜び勇んで進み出た。
      主をさんびせよ。
      5:3もろもろの王よ聞け、
      もろもろの君よ、耳を傾けよ。
      わたしは主に向かって歌おう、
      わたしはイスラエルの神、主をほめたたえよう。
      5:4主よ、あなたがセイルを出、
      エドムの地から進まれたとき、
      地は震い、天はしたたり、
      雲は水をしたたらせた。
      5:5もろもろの山は主の前に揺り動き、
      シナイの主、すなわちイスラエルの神、主の前に揺り動いた。
      5:6アナテの子シャムガルのとき、
      ヤエルの時には隊商は絶え、
      旅人はわき道をとおった。
      5:7イスラエルには農民が絶え、
      かれらは絶え果てたが、
      デボラよ、ついにあなたは立ちあがり、
      立ってイスラエルの母となった。
      5:8人々が新しい神々を選んだとき、
      戦いは門に及んだ。
      イスラエルの四万人のうちに、
      盾あるいは槍の見られたことがあったか。
      5:9わたしの心は民のうちの喜び勇んで
      進み出たイスラエルのつかさたちと共にある。
      主をさんびせよ。
      5:10茶色のろばに乗るもの、
      毛氈の上にすわるもの、
      および道を歩むものよ、共に歌え。
      5:11楽人の調べは水くむ所に聞える。
      かれらはそこで主の救を唱え、
      イスラエルの農民の救を唱えている。
      その時、主の民は門に下って行った。
      5:12起きよ、起きよ、デボラ。
      起きよ、起きよ、歌をうたえ。
      立てよ、バラク、とりこを捕えよ、
      アビノアムの子よ。
      5:13その時、残った者は尊い者のように下って行き、
      主の民は勇士のように下って行った。
      5:14彼らはエフライムから出て谷に進み、
      兄弟ベニヤミンはあなたの民のうちにある。
      マキルからはつかさたちが下って行き、
      ゼブルンからは指揮を執るものが下って行った。
      5:15イッサカルの君たちはデボラと共におり、
      イッサカルはバラクと同じく、
      直ちにそのあとについて谷に突進した。
      しかしルベンの氏族は大いに思案した。
      5:16なぜ、あなたは、おりの間にとどまって、
      羊の群れに笛吹くのを聞いているのか。
      ルベンの氏族は大いに思案した。
      5:17ギレアデはヨルダンの向こうにとどまっていた。
      なぜ、ダンは舟のかたわらにとどまったか。
      アセルは浜べに座し、
      その波止場のかたわらにとどまっていた。
      5:18ゼブルンは命をすてて、死を恐れぬ民である。
      野の高い所におるナフタリもまたそうであった。
      5:19もろもろの王たちはきて戦った。
      その時カナンの王たちは、
      メギドの水のほとりのタアナクで戦った。
      彼らは一片の銀をも獲なかった。
      5:20もろもろの星は天より戦い、
      その軌道をはなれてシセラと戦った。
      5:21キションの川は彼らを押し流した、
      激しく流れる川、キションの川。
      わが魂よ、勇ましく進め。
      5:22その時、軍馬ははせ駆けり、
      馬のひずめは地を踏みならした。
      5:23主の使は言った、『メロズをのろえ、
      激しくその民をのろえ、
      彼らはきて主を助けず、
      主を助けて勇士を攻めなかったからである』。
      5:24ケニびとヘベルの妻ヤエルは、
      女のうちの最も恵まれた者、
      天幕に住む女のうち最も恵まれた者である。
      5:25シセラが水を求めると、ヤエルは乳を与えた。
      すなわち貴重な鉢に凝乳を盛ってささげた。
      5:26ヤエルはくぎに手をかけ、
      右手に重い槌をとって、
      シセラを打ち、その頭を砕き、
      粉々にして、そのこめかみを打ち貫いた。
      5:27シセラはヤエルの足もとにかがんで倒れ伏し、
      その足もとにかがんで倒れ、
      そのかがんだ所に倒れて死んだ。
      5:28シセラの母は窓からながめ、
      格子窓から叫んで言った、
      『どうして彼の車の来るのがおそいのか、
      どうして彼の車の歩みがはかどらないのか』。
      5:29その侍女たちの賢い者は答え、
      母またみずからおのれに答えて言った、
      5:30『彼らは獲物を得て、
      それを分けているのではないか、
      人ごとにひとり、ふたりのおなごを取り、
      シセラの獲物は色染めの衣、
      縫い取りした色染めの衣の獲物であろう。
      すなわち縫い取りした色染めの衣二つを、
      獲物としてそのくびにまとうであろう』。
      5:31主よ、あなたの敵はみなこのように滅び、
      あなたを愛する者を
      太陽の勢いよく上るようにしてください」。

      ヤエル デボラ バラク


      ギデオンのミデアン人の追放や、ヨナタンの武功と神の戦慄が生じたというような表現も聖戦を示しているだろう。


      サムエル記上15章の対アマレクの戦いで、へレム(聖絶)の解釈をめぐる預言者サムエルとサウル王の論争があるが、聖絶とは、本来、神に対してささげられることであるのではないか、人というよりは、ものを神のものとするということではないだろうか。新共同訳では、この部分意訳が激しいように思われる。聖絶に関して言えば、そのうち出る仲介でかなりこの問題を指摘する予定である。


      アッシリア軍からのエルサレム開放も、神が先に闘われるという側面がある。

       

      アッシリアのエルサレム包囲戦


      申命記7章のヘト、ギルガシ、アモリ、カナン、ペリジ、ヒビ、エブスの7民族が、『あなたの前から追い払う』べき民として列挙されているが、これらの民族はパレスティナ先住民で当たろう。同民族名が、出エジプト記33章、ヨシュア記3章、24章にも言及されているが、これらの民族にはよくわからないものも含まれている。


      聖戦の裏に見え隠れするものとして、YHWHどどう考えるかと関係してくる。特に、ヨシュア記やサムエル記はだれによって書かれたか(編纂されたか)問題と関係するだろう。

       

      ノートのアンフィクチオニー仮説とのかかわり

      M.Noth(マーティン・ノート)の部族共同体により、宗教連合というか、部族が聖所及び聖なる契約の箱を輪番で保護したのではないかというアンフィクチオニー仮説は最近否定的にみられる傾向があるが、それ自体は、イスラエル法の起源を国家・王国という社会制度にではなく、国家成立以前の部族社会に求めた点にあるだろう(神が中心であるという理解の意味からの神権政治がおこなわれていた部族社会にイスラエル法の起源を求めたといえるかもしれない)。

       

      「聖戦」における順序

      「聖戦」に関するG・フォン・ラートの議論によれば、古代の聖戦には順番があり、

      (1)戦いの開始 角笛による民(民兵・軍)の招集
      (2)主の民の集合(アンフィクチオニー仮説との関連)
      (3)民の聖別と選出・聖別 このためのくじの利用
      (4)勝利の確信の宣言「救済の託宣」「元気づけの託宣」
      (5)ヤハウェによる行軍の先導(場合により「神の箱」登場)(出エジプトの再現)
      (6)ヤハウェの戦いでは、兵の数を数える、数の論理に頼る作戦計画は冒涜的行為とされる
      (7)主役はヤハウェであり、「敵」はヤハウェの敵となる。
      (8)「恐れるな、信じよ」と語られる
      (9)敵は恐れおののく
      (10)戦いの叫び(テルア)によって戦闘の開始
      (11)敵が恐怖に陥ったことが報告される
      (12)聖絶(へレム):略奪したものを主にささげる。皆殺しとされるが、それは拡大解釈で、略奪品の奉献ではないか。なお、この習慣はモアブ王の、メシャの碑文にも類似表現がある。
      (13)「イスラエルよ、天幕に帰れ」との呼びかけがあり、戦闘の終了

       

      (この部分を聞きながら、ミーちゃんはーちゃんとしては、こんなことを思ったのですね。イスラエルの民の招集に関しては、専門の軍隊を持たなかった古代イスラエルということは、もっと強調されてもされつくされることはないように思う。時々福音派の人で、古代イスラエルと、近代国家としてのイスラエルを混同して、旧約聖書を無理やり古代イスラエルとこじつけておられる人がいるけれども、鋤や鍬を持ったほとんど戦闘力を持たない農民兵が活躍するところに神が働かれるところに旧約聖書のだいご味があるのであり、マフィアが大好きなUziマシンガンや、世にも恐ろしいメルカバ戦車やクフィル戦闘機なんかを持った人たちに旧約聖書の記述が当てはまるというのは、聖書的な価値観から言ってどやさ、と思う。このあたりは、アメリカの福音派の神学校の先生のブログ紹介シリーズ

       

      アメリカ人の福音派の大学教員が、アメリカの福音派について語ったこと

       

      アメリカ人の福音派の神学部の大学教員が、アメリカの福音派について語ったこと(2)

       

      アメリカ人の福音派の神学部の大学教員が、アメリカの福音派の軍国化について語ったこと(3)

       

      からの受け売りではある。)

       

       

      Uziサブマシンガン マフィアの憧れ

       

      メルカバ戦車

      クフィル戦闘機

       

       

      (ミーちゃんはーちゃんとしては、民族に対する救済の託宣という指摘があるが、これは預言者や祭司、あるいは士師(Judge)と呼ばれる指導者を通してなされたものであり、実は、これがイエスの言った福音(すなわち解放であり、神の前での回復の宣言がそもそも福音)の原型となっていくように思う。このあたり、あとで書いてみる)


      へレム(聖絶)の語義
      名詞へレムの用例29か所、そのうち13か所がヨシュア記、動詞形では、ヒフィル形48回ホファル形3回であり、禁止するとか、ささげる、聖なるものとする、聖別するという意味を持つ用法である。この語根から、「ハレム」「娼婦」が派生する。

       

      聖書での用例を見ると、名詞へレムは、世俗的な目的には使用不能としたもの、として聖別することを意味する。神への奉納物としたり、廃棄することを意味する。大多数の用例では、使用禁止となったモノを意味している。動詞での用例を見ると、戦利品、つまり、町、家畜、貴金属、捕虜などが「禁制におかれること」を意味するが、そこから攻略した全住民の全滅、町の破壊という意味に拡大される。このような事象が実際に起こったのかどうかは別の問題であるから、聖書テクストを精査する必要がある。

      ラートの聖戦論に対する批判は、申命記及び申命記史家による編集者の部分だけを使って、上記のような図式を案出したのではないかと疑われる。また、多くの批判が起きている。

       

      ラートの学説に対する批判

      ゴットワルトの批判:従来古代イスラエル以外からの並行現象として参照されてきた文献は、ベドウィンなどの戦闘能力の高い遊牧民のものか、国家権力の記述したものであり、国家権力の記述のものは、事故の戦闘行為の正当化のための宣伝としての性格が強い。イスラエルにとっての万軍の主という名は、カナンの都市国家やエジプトからの解放にあたった、解放戦争を戦った「市民軍」にとっての神の名であり、他の古代国家の「聖戦」と、イスラエルの圧政からの解放や共同体の防衛のために遂行された戦闘とは区別される必要がある。  このゴットワルトの批判がそのまま受け入れられるかどうかは、疑問であるが、国家成立以前の部族社会での共同体の防衛戦争の記述に後代の歴史家(いわゆる申命記史家)が排外主義的な「聖戦イデオロギー」を持ち込んだ可能性は極めて高い。比較的史実に近いと思われる士師記などの歴史記述の場合にも、その意味で厳密な史料批判がなされる必要がある。

      ヴァイペルトとその関係の研究者は、アッシリア側の神々の託宣による戦争資料(政治文書としてのイシュタルトによる開戦があったとする一種の宣伝文書として書かれた碑文等)を丹念に調べていると、旧約と似た手順であることがあり、ラートが祝祭行事と考えたテルアは、単なる戦闘開始の信号であり、「聖戦」ラートの考えたアンフィクチオニーと結びついた制度ではない可能性を指摘した。ヴァイアペルトは、旧約聖書の記述を相対化するために「聖戦」のかわりに「ヤハウェ戦争」という用語を用いるが、これはアッシリアのイシュタル戦争などとの比較のためである。

      この部分は、勝村さんの当日配布されたハンドアウトから拾って、多少は加工しているものの、基本はそのままである。

       

      ミーちゃんはーちゃん的妄想 聖戦構造とイエスの生涯
      先ほどにも少し書いたが、この部分をおさらいしながら思ったのは、実はイエスの生涯のことである。ビッグピクチャーでみるとイスラエルの戦闘モードとのかかわりが深いのではないか、と思いついたのだ。当否はわからない。以下は、ミーちゃんはーちゃんの妄想、あるいは、思いつきの段階である。

      (1)戦いの開始 角笛による民(民兵・軍)の招集
      羊飼いが呼び集められた。東方の博士が呼び集められた。
      (2)主の民の集合
      飼い葉おけの周りの羊飼い
      (3)民の聖別と選出・聖別 このためのくじの利用
      12弟子の選出 バプテスマのヨハネのバプテスマ
      (4)勝利の確信の宣言「救済の託宣」「元気づけの託宣」

      神による「これは私の愛する子」宣言
      (5)「神の箱」登場(出エジプトの再現)
      弟子たちを連れて神の子として歩きまわるイエス
      (6)ヤハウェの戦いでは、兵士の数を数える、数の論理に頼る作戦計画は冒涜的行為とされる
      からし種のたとえ、パンを配る前には数えない
      (7)主役はヤハウェであり、「敵」はヤハウェの敵となる
      悪霊の追い出し

      (8)「恐れるな、信じよ」と語られる

      (ナザレのイエスの恐れるな表現)
      (9)敵は恐れおののく
      悪霊の追い出し事件
      (10)戦いの叫び(テルア)によって戦闘の開始
      十字架上での叫び

      (11)敵が恐怖に陥ったことが報告されるでの叫び
      地震や天変地異
      (12)聖絶(へレム):略奪したものを主にささげる

      イエスの十字架上での死と身代わりの聖絶
      (13)「イスラエルよ、天幕に帰れ」との呼びかけがあり、戦闘の終了
      大宣教命令

      まぁ、あんまりあたってもないだろうけど、一応、それは考えた。つまり、ナザレのイエスがメシアであるのではないか、と期待がもたれた背景には、諸藩はあったけど、基本的に旧約のメシアがやることのテンプレートに乗っていた、ということが言え、それであるからこそ、ギリシア世界のユダヤ教徒の中でイエスが突出したインパクトを与えたのではないか、と思う。

       

      正当戦争と浄化思想と後世への影響
      第2討論者の小原克博さんは、キリスト教神学の観点からの討論をされたが、事前に提出されていた山内さんのハンドアウトに、「ヨーロッパが異教徒や異民族との関係をどう築いていくか、という問題と深くかかわっている」との表現が重要であることを指摘しつつ、これが、正当戦争という時に、不浄なものを浄化するという側面を持っており、この十字軍という概念が、ピューリタニズム、また、現代のアメリカにつながっていることを指摘されており、小原さんのコメントでも現代のキリスト教、とりわけアメリカのキリスト教で生鮮志向がみられ、それは、現代のカトリック教徒よりも、プロテスタント側に強くみられるような感じがする。


      また、この聖戦の思想とその中での多民族の教化と純化ないし浄化がいつから支配的になったのだろうか。とりわけ植民地化は、聖職を伴う形で、植民地化していったわけで、異民族への対応として、異民族を非常に圧迫していったこととどのような関係があるのかは、もう少し検討が必要かもしれない。

      Californiaの探検の模様

      カリフォルニアミッションの出発点でもあったSan Diegoのチーム名はPadres(神父たち)である



      聖戦の普遍性とその特徴―正当戦争論との比較として
      現在では、存在論的な次元での善悪を峻別しようとする傾向がみられ、ヨーロッパでは、ドイツの反トルコ人運動やイスラムの排撃を目指すペギーダPEGIDA(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者)や先日英国国内で、下院議員へのテロ事件を起こした人が加盟していた極右主義団体、アメリカにも白人至上主義を中心とした極右の台頭などがみられる。これらの人々の中では、民族浄化が一種の国家としての一体性Unityをもたらす傾向があるため、聖戦のメタファーが用いられている。とりわけ、米国福音派において聖戦思想が語られていることが多い。(米国福音派の中での聖戦思想の問題は、割と純化思想、民族浄化的なものと結びつきやすく、トランプ候補がどこまで考えていっているかどうかはわからないが、メキシコからの移民の流入禁止、アラブ世界からの移民の流入禁止を主張する背景には、もちろん、経済的な要因(労働市場の賃金低下など)もあるだろうが、異なる宗教、アラブ圏でのイスラム、メキシコおよび南米からの移民に対応するカトリックという側面もある。また、とりわけイスラエルの生存が何でもいいからといって保証されねばならない、従ってアラブ諸国やアラブ系パレスティナ系住民を蹴散らすのは当然かのような主張が、福音派の一部でなされることもある。)

      また、聖戦は特定の宗教の主導によってなされるだけでなく、国家が疑似宗教的な力、排外的な愛国心を帯びてなされる場合もある(ナチズム、大東亜共栄圏における理想、ベトナム戦争における民主主義の確立)。アメリカの軍事思想と聖戦が深い関係にあり、その意味で、近代の聖戦は近代国家が作っていった側面がある(以前、ある国際政治学のセミナーで、日本とキリスト教のセッションで講演をしたことがあるが、その時に指摘したのは、1941年から1945年の太平洋戦争は、実は神権国家間の戦争(市民宗教国家アメリカ合衆国 対 天皇宗教国家日本)あるいはイデオロギー戦争、あるいは神の実力がぶつかった戦争であるのではないか、ということである。『富士山とシナイ山』の中に、それを思わせる記述もある)

       

      当別神社の石灯籠に刻まれた石灯籠(聖戦の文字が見える)
      http://blog.livedoor.jp/ezorider/archives/2012-09-09.html


      また、絶対的な目的(大義と戦争指導者はよく口にする)を追求する場合、戦闘員と非戦闘員の区別の原則は、割と簡単に無視される(その出発点は、ドイツ、日本本土への空爆)さらに、世界を戦争状態として理解する場合(相手が悪いという前提で)、戦争という暴力行為が正当化するような道徳的根拠になる。

      聖性と暴力の結合と終末論
      十字軍という大量の人々を動員するのは、ローマ教皇の呼びかけがあったことはもちろん重要だが、それだけではダメで、一種の終末思想があったことは忘れてはならないと思う。千年王国思想(切迫した終末観、強い救済願望、反キリストの出現の預言からの影響)があったのではないか。広い意味での終末論がどうコントロールするのかが重要である。この終末観は、日本でもみられ、昔でいえば一向一揆である。現代でもオウム真理教がキリスト教由来(というよりは、学研の『ムー』的な世界の中で取り上げられることとなった宇野正美さんの終末論影響)の終末思想をもった。現代神学では、終末論の理解はポジティブなもので、神の前に積極的に自己がなしたことを問われる個としての人間理解につながり、近代的な個が確立されることは、全体主義的な体制をはぐくむ土台となり、社会の現実に対する批判的視座、社会改革への動機付けへとつながっていく。とりわけ、J.モルトマンの諸論や、解放の神学などへとつながっていくのではないか。

      また、終末論という観点からすれば、内村鑑三の「非戦論」は、再臨思想を根拠としていた。内村は、戦争の悲惨からの解放を考える際に再臨による回復を考えていたのではないか。

       

      次回へと続く

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       

      2016.06.27 Monday

      京都ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」参加記(3)

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        今回も引き続き、教徒ユダヤ思想学会シンポジウム「聖戦と十字軍」から予定討論者からのコメントと質疑応答の内容をご紹介してみたい。今回ご紹介する部分がかなりおもしろかったのである。

         

         


        まずは、中田考さんからの問題意識の指摘である。

         

         

        イスラームと西洋の間で不幸を生む「十字軍」メタファー

        イスラームと西欧の関係に「十字軍パラダイム」があり、中世の十字軍、近代イスラム世界の植民地化などの中に影響しており、イスラムとキリスト教の関係をゆがめている部分がある。十字軍戦争は、第1次十字軍を除けば、戦争としては大きな被害を与えているわけではなく、第1次、第2次世界大戦でのヨーロッパの内部での被害が大きいだろう。しかし、十字軍という理解(十字軍パラダイム)が歴史的なイスラム世界と西洋世界の歴史的理解を歪めていて、両者の間の認識を歪めている部分、ある思い込みとうか、歪んだ参照枠組みを与えている。


        クルアーンはムハンマドの言行録であり、それを抽象化したものがイスラム法であり、行政法的な側面、社会秩序を守るための方原則がイスラム法といってよいかもしれない。

         

        イスラムとキリスト教の関係良好だった時代も
        ムハンマドは宣教の初期段階で、マッカの多神教徒に迫害されたイスラム教徒の一部を正義の王がいると理解していたキリスト教国エチオピアに逃がしており、イスラームとキリスト教との関係は必ずしも敵対的ではなかったし、むしろ良いイメージを持っていた。

         

        この話を聞きながら、先日お話をお伺いした正教会の司祭の方のお話を思い出した。正教徒の一部にとっては、「カルヴァン派の人と一緒にいるよりも、ムスリムと一緒の方がよい」というジョークがあるそうだが、そのジョークの裏には、ムスリムとも共存してきた正教会の世界があるように思うのだ。

         

        キリスト教世界とイスラームの対立が最初に表面化したのは、ムハンマドが亡くなる直前にヨルダンで東ローマ軍とムスリムが戦った629年のムウタの戦いであるが、対立が本格化するのは正統カリフ時代(ムハンマドの直接の弟子の時代)であり、ムスリム軍はシリアとエジプトを東ローマ軍から7世紀中葉に奪取する。

         

        信仰を必ずしも強要したわけではないムスリム世界
        文明論的に重要なのは、このシリア、エジプトのイスラームの制服には、ほとんど現地民の反乱が記録されていない。それは、キリスト教徒へのイスラームの回収は必ずしも強制せず、名前の調査から、住民のムスリムの比率は占領後100年後で2%、占領後300年後でようやく半数であり、この数字は強制改宗や民族浄化が行われたというわけではないことを示している。ヨーロッパの混乱は、イスラムの制服というよりは、アラブの出現やフン族の出現、モンゴル遊牧民の出現等であることと、イスラムの戦争、遊牧民の戦争は、戦利品や身代金目的であり、布教という性質は持たない。あるいは、用心棒代としての異教徒の徴税問題であり、その徴税自体も、成人男子に対して、現在価値で年額数万円程度の徴税であり、本来用心棒代として支払うべき税金を払わないから、武力となるのがイスラムの世界観であるのだ。その意味で、イスラム支配とイスラム化は、平和裏に行われたのであり、十字軍がパレスティナに侵攻したのちも、キリスト教徒が裏切り者として殲滅されたことはなく、シリア、エジプトでは現在に至るまで、キリスト教のさまざまな宗派が残存している。イスラムにとって、不信仰の人は税金だけが義務であり、イスラム教徒ではない人はイスラムの法律に従う必要は本来はないとされているとされている。

         

        (おそらく、西ヨーロッパ人のイスラム世界は、イスラム海賊と呼ばれる人々、要するに遊牧民が海に出かけて身代金獲得事業者となった形での海賊、という形でのイスラムとの接触が現地にいた人の間で起きたため、イスラム海賊とイスラム世界全体の混同した理解ができあがあるような気がする。まぁ、十字軍といってもイスラム海賊対策という側面もないわけではなく、この辺の理解がイスラム全体と戦ったという誤った印象へとつながっているのではないか、と思った。確かに、イスラム海賊はイタリア南部からフランスの海岸で非常にご活躍であったのである。イタリアの南部や、フランスの南部では、やたらと海のそばには塔が立っているのは、それが理由らしい。海賊が攻めてくるのを予見するため、そして住民に危機を知らせるための塔らしい。

         

        そもそも、遊牧民にとって、人は身代金の請求を通して、お金に交換できるもの、あるいは、金の延べ棒にしか見えない模様である。何年か前のアルジェリアの油田での誘拐事件などは、それを示している。まぁ、どの国でも、いまだに、身代金目的の誘拐が起きることがある。この辺で、奴隷と人質の関係が微妙であり、近い将来に身代金をとれる、その期待が高い場合には、捕虜状態に置かれるが、身代金による現金化が不可能な場合には、奴隷として売り飛ばして、現金化、流動化してしまうようである。捕虜であると、飯を食わさなければいけないとか、ちゃんと世話しないといけないので、そういう面倒を含む形での捕虜を確保している面倒なので、それを避けているだけのことだと思う。そして、それ奴隷の流通事業や身代金目的の事業としての誘拐を続けることがおかしいといわれても、「それが何か?」と言っているような遊牧民が多いのではないか、とおもうのだ。)

         

        当時のトルコ海賊との戦闘

        南イタリアの海賊対策の観測施

         

        南イタリアの海洋城

         

        イタリアの海岸沿いのお城

         


        イスラム世界での正当性と

        現状でイスラム的な正当な政府が存在しない世界
        イスラムの場合、,靴覆韻譴个覆蕕覆い海鉢△靴進がよいことどちらでもよいことい靴覆ながいいことイ靴討呂覆蕕覆い海箸5つに分類されるのであり、戦争もこのタイプの分類に従う。した方がよい戦争には、内乱・内戦の治安維持的な活動があるが、実は、この場合でも、イスラム的に正当であるとする根拠がないので、本来は何とも言えないはずである。なぜならば、イスラムの理念形として一つのイスラムとその中には正当な一人のカリフが存在し、イスラムの内部の争いごとをこのカリフが調整するのだが、その正当なカリフが存在しない現在、イスラム的な概念では正当性を決定するシステムがなく、その意味で、イスラム的な正当な政府というそのものが存在しないことになる。

         

        イスラムとして戦うべき敵とは
        イスラム的に戦う義務が高いのは、異教徒というよりは、イスラム教徒でありながら、他の宗教に転換した元イスラム教徒、すなわち背教者との戦いである。その意味で、他教徒には、キリスト教が向かっていくような苛烈さはないのが原則である。
        基本的にイスラム世界が商業文化を基盤にした世界であり、武器や武力で交渉(血を流す外交)、というよりは言葉で交渉(血を流さない戦争)する文化を持っていたし、割と早い段階で、昔の地中海世界での商取引用語であったコイネーギリシア語が支配した後、地中海の南側での国際商業取引用語としてアラビア語が普及し、そこでの表現方法が成熟し、地中海の西側では、ラテン語が支配し、地中海の東側では、ギリシア語とラテン語が共通語として支配したのではないか、と思う。そして、本来、その地域を納める代わりに用心棒代を請求する。これはローマ帝国の二重支配でも同じことが行われていて、その代表格が新約聖書に現れる取税人であり、取税人はある領域の徴税の代理納税権を事前に納入する形でのオークションを行うので、その事前納入分をいかにカバーするのかが問題になるので、税の聴衆が、過剰になる傾向にあった課の性は否定できないように思う。そのような重税がある地域もあったかもしれないが、メッカやメジナの付近では少なくともこのようなことがあった可能性はかなり高いらしい)

         

        近代ユダヤ人の哲学的思惟から
        ユダヤ的な哲学からの討議として、合田正人さんは、ポレモス(闘争)は文明と文明がぶつかるところでの裂け目を持ちながら、戦闘という形での交流が発生する場所を考える中でパトチカの議論を紹介されながら、その中で、十字軍を考えてみるということをしてみるとよいのではないか。(キリスト教世界が成立した後西洋が初めて出会った異教徒、異文化がイスラム教徒であり、イスラム文化であった、という側面があるのではないかということがおっしゃりたかったのかなぁ、と思った)

         

        そこで、レヴィ・ストロースの「ユダヤ教」に全く言及せずに、世界文明の攻勢を語るというのなかで、「仏教とキリスト教の間に割り込むことで、イスラームは、西洋が度重なる十字軍によってイスラームと対立し、ひいてはそれと類似されたとき、我々をイスラーム化したのである」(悲しき熱帯)と記している。いったいこの指摘は何を意味しているのだろうか。

        (ミーちゃんはーちゃんとしては、また、ある面、これは、ユダヤ系の背景を持つレヴィ・ストロースからすれば、相対化するような概念として、キリスト教を見ておらず、キリスト教とユダヤ教を一体のものしてみていたのではないかと思われるが、これは、根拠のない勝手なミーちゃんはーちゃんの想像でしかない。)

         

        おそらく、対立するものを通して、類似するものとなったし、そもそものヨーロッパ文化における女性性(結構古いヨーロッパ文化には地母神信仰として女性神、ヴィーナスとかが多い)を捨てたし、イマージュの破壊を行い、イマージュを嫌うものになったということかもしれない。(確かにそれまでのキリスト教はある程度、イマージュというか象徴とか言うものを容認するものであったが、それを嫌うという意味において、カルヴァン派はある面それを極めて行ったといえるし、今の日本に伝わってキリスト教のかなりの部分はイマージュに対する軽視があるように思う。

         

        レヴィナスと戦争

        レヴィナスは『悲しき熱帯』を、「現代のユダヤ人意識を最も混濁させるもの」の一つに数え入れたのだが、このレヴィナスの身振りは何を意味するのだろうか。

        レヴィナスは、存在が戦争であると言っている。生存することは、レヴィナスにとっては戦闘であり、「正当戦争においても、その正当性に震えおののいていけないといけない。正しさゆえに戦慄を覚えなければならない」と書いている(ある面で、正しさがあると主張することは、第2次世界大戦にフランス軍の通訳として従軍し、ドイツで捕虜として生活し、さらに親族のホロコーストを経験したレヴィナスにとって、人間が神になることであり、それはありえないことであるという意味ではないかと思う)


        なお、レヴィストロースは、カリバニズムの問題を取り上げながら、文明と野蛮の問題を考えているところがある。

         

        カオスシステムとしての戦争とポレモス
        カオスシステム論で考えるとき、ポレモスを介して、分離しながら接続しているということが起きるのではないか。ポレモスという境界で起きるのは紛争であり、そこで、交渉も起きるし、そして、その交渉を通して、他者と出会っていく、ということが起きるのではないか。その意味で、一種のカオス理論が必要なのではないか、と思う。


        また、ダニエル・シボニーは「3つの一神教」という著作の中で、宗教は何らかの起源をもっているし、一神教同士は起源において関係を持っているが、中には、宗教の起源と現状の間に空白があるものがある。その意味で、紀元と現状の隔たりをどう考えるのかが問われるし、登用を考えるとき起源を想定しないものが存在するかも、ということは考えないといけないかもしれない。

         

        ユダヤの視点から
        司会者から一言といいうことで、手島勲矢先生から
        比較的被害が少ない戦争であったという発言があったが、第1次十字軍で大量に焼き殺されたユダヤ人のことは忘れられてはならないだろう。また、もし組織されていなければ、果たして十字軍が生まれたのか、という疑問がある。一応の教会法にせよ、世俗法にせよ、法律と、目立つマークが付けられることで十字軍は形成されたし、聖地においては、イスラームとユダヤ人は特別な服を着るように命じられ、それが識別コードともなったし、それが、のちのホロコースト時のユダヤ人の識別ということにつながっているように思う。


        質疑応答から
        対アマレク戦で、サムエルとサウル王が争っているが、非常に残忍なシーンがある。なぜ、こんな残虐な場面が聖書にあるのかというシーンは旧約聖書に少なくはない。また、聖戦が聖書学で議論に上ったのは、それほど昔のことではなく、割と最近の現象である。

        フロアからの質問に小原さんが答えたこととして、犠牲と疑似宗教としての関係としては、近代国家が戦争にあたって、国家に対する犠牲の理論を緻密化していって、伝統宗教のものをさらに国家に対して追認した形になるのではないか。
        少なくとも正当戦争であるとするならば、外国に出ていくべきでないとアキナスは主張している。また、終末思想についても、ここで立ち入る余裕はないが、現代でも基本的には重要である。

        また、質問に答える形で、中田さんは、政教分離ということを考えなくていいのか、という質問に対し、政教分離という言葉が違う意味で使われており、それを議論することに果たして意味があるのだろうか。政治と宗教を分けようとしたときに、それが果たして分けられるのだろうか。それはどこかでつながっているはずだし、仮に分けるとすればどのような視点で分けるのか、ということのが問題である。これは政治と経済の問題でも同じであるし、そもそも必ずしも分けなければいけないということでもないのではないか。(この分離の問題は、ギリシア哲学が引き継いだ、なんでも分けていこうとする傾向の表れではないかと思うし、現代日本人、とくに学問関係者がそれにいかに毒されているのか、ということを思わざるを得ない。)

         


        ムスリムはイスラム教を布教する意図がなかったということであるが、という質問に対して、基本的に税金を払えば、戦争が終わるという形の戦争行為が行われてきたのであり、世帯単位で欠けており、女性や子供には付加しないし、貧しい人にも課税しない。征服というよりは、むしろイスラムによる秩序の確立というものであり、布教におけるキリスト教の影響はない。


        ジハードという概念であるが、アラビア語はほかの同系統の言語と同じで、御紺のことばであり、イスラムのアラビア語は心臓の言葉は使わず、従来ある概念に概念を追加、重ねていく形で使い続けられる傾向があり、わかりにくくなっている側面もあるだろう。コーランの中で、ジハードが使われている例として、多神教徒の親が、イスラム教徒となった子供の信仰を回復させるためにジハードという言葉が使われている。そもそも、ジハードの語源となったジャハドという語は、力を出す、力を押し出すという意味でおり、押し出された力と力がぶつかるからジハードになるという概念である。

         

        また、イスラムの至上命令のようにジハードを主張する人々がいるが、イスラムには、そもそも、正当な生殖がいないので、現在では、イスラムの生き方は、イスラム法の行動の原理原則で学者が一致している範囲を超えない、ということである。

         

        学会長先生のコメント
        最後に学会長の先生から、面白い質問が出された。
        この企画をしたのがおおむね1年前で、非常に流動的な状況の中で企画されたものであった。ところで、聖戦を考えるとき、日本で、教皇ということが本当に理解されているのだろうか、という疑問があるし、日本の中で「教皇」に当たるものはなんであるのか、聖戦がイメージされるということはどういうことかを考えないと、十字軍や聖戦ということの認識ができないのではないか、という疑念が出された。


        全体の感想

        この会に参加して、実に面白いと思ったのは、我々がことばが持つイメージ、例えば十字軍という言葉が持つ魔力に大きく影響を受けているということであった。十字軍というと、先にイメージというか、ある参照枠が浮かび、その参照枠に従ってしかものを見ないということをしているのを、ミーちゃんはーちゃん自身を含め、改めて思い知らされたといえる。

         

        それと、もう一つは、終末意識が人々に与える影響である。終末意識に導かれたのは平安時代末期もそうであったし、そうであるからこそ、鎌倉時代に仏教が非常に多様な形で日本の民衆にまで広がったのであろうし、また、明治のご一新も、一種の終末意識に導かれたものであったような気がする。また、もう少し最近では、戦争直後の新宗教やキリスト教の急成長、バブル末期には終末思想が流行し、新新宗教を中心新興宗教が急成長し、オウム真理教に至る動きは、一種の終末思想的な雰囲気が世間に広がっていたような現象を示していると思う。そう考えてみれば、ジュリアナ東京(最近の1980円のソフトバンクの格安CMのシーンに出てくる)は昭和末期のおかげ参りを思わせなくもない。

         

        おかげ参りの図

        おかげ参りの図

        ジュリアナ東京(今見たら、どこがかっこいいのかと思うが、これがはやったのである)

        http://toyokeizai.net/articles/-/70763 から
         

         

        Y!Mobileのバブルのころのジュリアナ東京を背景としたCF

         

        なんかこうやって考えると、念仏踊りにしても、おかげ参りにしても、戦争直後のダンスホールブームにしても、1980年代の竹の子族にしても、ジュリアナ東京にしても、オウム真理教の浅原彰晃踊り(選挙カーの上で歌い踊っていた気がする 尊師マーチを)にしても、日本人が踊り始めたら、日本人の終末意識が高まってきた証拠なのではないか、と思えそうで仕方がない。

        竹の子族の踊り

         

        2016.06.29 Wednesday

        枚方である正教会司祭のお話を伺った

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          いつもお伺いしている枚方の凸凹神学会で、M司祭という方のお話を伺った。

           

          その時に基本的にお話になったことのミーちゃんはーチャン風のメモをもとに、聞き取った内容をご紹介したい。聞き手の知識が十分でないので、間違っている点はミーちゃんはーちゃんの能力不足ということでご理解でないたい。

           

          日本の正教会について
          ロシアを経由して、ロシア風の味付けされてきた正教会が現在の正教会であり、悪くいえば、日本でガラパゴス化しているのが、現状の正教会という側面もないわけではない。


          江戸末期に、ニコライ(ニコライ堂の名前の由来)は、正教会を伝えに来たのだが、その時、ロシア正教会の風土は邪魔になるばかりであるので、日本にあわせることを考えた。当時(今も)ロシア系の正教徒はスカーフ (カトリックにおけるベールと同じ) を被っていたが、 女性にはそれを求めなかった。なぜならば、当時の文化の中で、ほおかむりをしているのは、泥棒か2流の売春婦であるので、あえてベールを外させた部分もある。

           

          亜使徒聖ニコライの写真とイコン

           

          よたかと呼ばれた売春婦(かぶり物をした女性)

           

          ニコライの伝道方法

           他のプロテスタント系が医療や物資や豊かさというものにものにかなり依拠した伝道で、上から目線で伝道した部分がなかったとはいえないのに対し、日本の精神文化を重んじ、キリスト教を広めるために、日本人教役者を促成育成に近い形で、ニコライは育成をしている。そして、日本の精神文化の高さに、ニコライは古事記から頼山陽までを読んだことを通し、この能力の高い人々にどう伝道するのか、ということを考え、お前たちが信じている神はこんなつまらないものだ、という上から目線ではなくキチンと伝道している。中村健之介という方のニコライに関して著作がいくつかあり、それらが基本的な理解をするうえで参考になるだろう。

           

          ギリシア正教会、ロシア正教会、日本正教会は、カルケドン派であるが、正教会でも 非カルケドン派には エチオピア、シリア、コプト、アルメニアなどの正教会もあり、ネストリウス派の異端とされた、単性論のコプト教会もある。

          (金井良嗣様からの誤りではないかというありがたいご指摘を受けまして、修正いたしました。メモの段階での記載が逆になっておりましたので、太字の部分修正しました。金井様、ご指摘感謝いたします。)

           

          東西の分裂の経緯について(正教会の視点から)

          西方教会(当時はカトリック教会のみ)のことは、コンスタンティノープルでも、ローマでもいわゆるローマ教皇とコンスタンテイノーポリの総主教の間で相互破門事件が起きた1054年以降も記憶しあっていたことが、 Lipticsに記載があることからしられているが、結果的に、次第に離れていった。それが、最終的に決定打となったのが、第4次十字軍による1204年のコンスタンティノープルの攻撃であった。そして、オスマントルコ軍に囲まれ、1453年コンスタンティノープルの陥落があり、分離は一層進んでいくことになる。

           

          現在、東西和解が進みつつあるかのような報道があるが、和解したとはいっても、正教連合体で和解したわけでもないし、問題は主教会議で解決していくので、正教関係全体の中で、ロシア正教の役割と存在とその意味は大きいが、実はすべての正教との和解のためには、それぞれの正教の司教による会議での未批准問題が解決される必要がある。

           

          キリル総主教とローマ教皇がキューバで会見した時の写真

           

           確かに、革命前にアングリカンコミュニオンと正教会が一致の動きがあったとはいうものの、ロシア正教でとん挫してしまった。 実際の教会再合同は、アングリカンコミュニオンが、セクシャルマイノリティの問題と女性教職問題で、内部でも一致した見解を出せていない環境の中であり、現状では、ほぼ無理なほど難しいのではないだろうか。

           

          正教とは

          Ortho Doxa(教義 頌栄 礼拝) 正しい教え、すなわち、正しい礼拝であることを守ろうとしたことにその名の由来があり、このあたりは、教理史を振り返ると分かるであろう。父と子と聖霊を賛美する礼拝の伝統から生まれたものである。

           

          ネストリウス論争やテオトコス論争に関して言えば、たとえ理屈としてはそれが通らなくても、礼拝のかたち、初伝統こそが正しい礼拝の基盤であり、それでなければならない、というのが立場である。したがって、礼拝の形を変えることに慎重である。カトリックの側では、第2バチカン公会議以降刷新があり、それはむしろ、学者の考えた原点回帰運動であり、一種Populismの影響ではないだろうか。その意味で、現代人受けのいい、イデオロギーが反映された礼拝刷新となっているようである。

           

           もし、これまでの儀式の在り方を変える、変わるとすると、正教会は、みんなが気が付かないうちに変わるというような形になるのではないだろうか。典礼刷新をしたニーコン(後に破門)の改革もあるが、基本は、その教会、その司教会議のもとでのようにんされるはんいのものであり、各個教会主義で、楽譜もバラバラというれいもある。そして、言葉は挫折するので、それを儀式によって担保しているといえなくもないかもしれない。

           

          2世紀ごろに、小アジア地区でのポリカルポスとローマとの対話から発生した復活祭論争の結果、ローマでは、現行の復活祭の決め方となり、100年後同じ議論となって、小アジアの教会を破門することで、ローマが首位であるとして実効支配権があるとしたことになっている、そして、個別の教区の司祭の人事に口出しすることになる。


          東西分裂に関しては、教皇権が、会議体より上に来ている点はかなり気になる。フィリオクエ (フィリオケ)はある種の改ざん問題ではないのか。特に、聖霊は父からか?父と子から出るのか?という議論ではあるが、基本的に、エペソ公会議の変えてはならない、とした会議の結果からは、変えていることになるのではないか。特に聖神(精霊)は極めて重要なペルソナなので反対せざるを得ない。 細かい議論はめんどくさいがそれは必要なものだろう。

           

          正教会と信仰生活

          正教会での神化(神の似姿として回復される、あるいは神と似たものとなる)という概念は、聖化と似ている部分があるが、西方系の聖化では、三位一体論が弱いこともあり、どうしても神と個人の関係になっており、コミュニティとして神に似たものとなるというかかわりが違い。とりわけ、どのようにして救われるかのポイントが抜けているのではないか。


          神のかたち(一番の神のかたちは三位一体)であり、そもそも創造の時の課題が三位一体損なわれてしまったことであった。正教会的な理解でいえば、罪の赦しは、重荷を外すということであり、聖霊の翼をかって上るということとつながっている。また、救われるとは何かということを考えていくと、神との関係が、神と私が神と私たちへと変わることということもできるかもしれない。共同体的な交わりそのものが三位一体的な神の国の表現になっているだろう。

           

          人間の堕落について

          人間の堕落について、正教会では、アウグスティヌス、ルターやカルヴァンが言うほど、陰惨な堕落状態にはないと考えている。全的堕落、そして神の粟原見、完全な神の介入により回復がある、というよりは、回復可能性がある程度に、壊れている、という考え方に近い。神から差し出された回復の神からの提案を受け取るか、受け取らないかは人間の側の自由意思にある、という考え方に近い。ギリシア正教のジョークとして、カルヴィニストになるよりは、イスラム教徒であるほうがましというジョークもあるほどであり、それほど、人間に対する考え方が違うのかもしれない。

           

          正教会と教理
          正教会の教理は少ない。それは、教理は少なければ、少ないほどいいという考え方である。その意味で、解釈の幅が、幅広い方がいいという考え方に近い。これに対し、西側は、郷里における厳密性を追及してきた。このあたり、どの方向から神の恵みと人間の選択を考えるのか、ということとかかわっている。正教では理想状態を想定し、人間が100%自由である時に、神の恵みは100%となるという考え方であり、プロテスタント側では、救いが神の恵みが100%であるとは言うけれども、それが完全な状態になる時、人間も100%自由になるのではないだろうか。その意味で、同じことをどちらか側からみているにすぎないのではないだろうか。

          「それは、神と人とが協働するということか」ということの質問が出たが、それに対しては、「完全に自由であれば、完全な恵みになる、ということなのではないのだろうか」というお答であった。

           

          マリアの無原罪性をカトリック側でいうが、日本正教会では、「生神女マリア」というが、基本的には人間と同じであるという理解である。天使から、救い主を生む、という神の申し出をそのまま受け取ったので、穢れなき、清らかな生涯を送ったと理解されている。それは、さらに、我らも神の子を産むことができるということにつながっており、マリアが清らかに生きたことは福音ともなっている。被昇にかんしては、伝承としてあるものの、教義にはしていない。正教会では、マリア就寝祭ということを覚えるが、被昇天はど知らでもいいという立場である。

           

          直接祈ればいいのになぜ聖人ということを考えるのか、というと、時と空間を超えた(基督の)家族であり、父である神にその兄や姉たちが取りなしをするのは、家族の中で、父に兄や姉たちがとりなすのと同じように、兄や姉である成人に対してお願いしてとりなしをしてもらうのは、当たり前ではないだろうか。その意味で、共同体制が強い理解であるといえる。

           

          教会合同に関して
          教皇権をまずもって認めていないし、フィリオケがまず問題になるだろう。また、正教会では、トップが決めてそれ以下の教会群が従うという構造になっておらず、仮にそのようなことを決めたとしてもうまく機能しないだろう。個別教会からなる今日区での会議で決めていって、そして、それぞれのレベルでまた会議を開き、という会議隊による教会政治を行っているので、誰かと誰かがあってそれで一気に決まるというトップ交渉型の形態での教会合同は起こり得ない。

           

          教理の伝承

          正教会では、先人から手わされたもの、トラディシオされたものとして、教義も聖伝という理解であるし、聖書も公会議で決められ、トラディシオされたものであるという意味で、聖書も聖伝という理解である。The Traditionは先人から、後進に対して受け渡され続けているものであり、イエスが弟子たちに伝えたような形での受け渡しがなされており、その受け継いだものとして、信仰のよりどころとるするのは、聖書、信経(ニカイア)と7回のエキュメニカル公会議で決定された信仰の定理とされる郷里、それと、他の地方公開の重要な決議、聖師父の教え、奉神礼であり、その奉神礼を守ることを先人から受け継いだものとして大事にしているという側面がある。

           

          京都教会のイコン

           

           

          全体としての感想

          実は、この講演会というか座談会の前に、この司祭のおられる正教会の教会に訪問して、正教会としてのお話を聞いていたこと、昨年、横浜に世俗の仕事で行った帰りに横浜の日本正教会をご訪問して、水野司祭からあらかたお話しをお伺いしてたこと、そして、以下で紹介するギリシャ正教という本を読んでいたこともあり、かなり重複部分が多かったが、教会政治と意思決定の部分に関して、非常によくわかったような気がする。

           

          そして、プロテスタントは聖書至上主義である側面が強く、その中でも福音派と呼ばれるグループは現代の聖書至上主義なのは仕方がないが、しかし、それも聖伝ではないのか、という批判に対して、どのように福音派の皆さんは答えるのかなぁ、ということも気になった。歴史を振り返ってみれば、直接、それがそのまま、天から降ってきたわけではないが、一部には、現在の聖書の構成がそのまま降ってきたという理解に近い方々や、新改訳聖書第2版原理主義の方や、文語訳聖書原始主義、口語訳聖書原理主義の方もおられる。それは多分に、最初に読んだ聖書におけるなじみの問題のような気もするのだが、どうなんだろうか、と思う。結局、人間は初めに他者としてであったもので、それを受け入れたものから、変えにくいということに、なんだかんだ理由をつけているだけのような気がしてならない。
          それと、基本は最小に、あとは多様に現実に合わせて変えていくというハリストス正教会の御姿はなかなか賢いなぁ、と思うし、プロテスタント教会派、基本となる部分をそれもがちがちに定めてしまったので、かえってもめごとが起きてしまったのかもしれない、もめ事が起きやすくなってしまったのかもしれないということを考えると、どちらが良かったのか問題ではあるが、どうなんだろう、と思った。
          ということで、今回のみでおしまい。

           

           

           

          評価:
          高橋 保行
          講談社
          ¥ 1,134
          (1980-07-08)
          コメント:入門としては非常に良かった。

          中村 健之介
          岩波書店
          ¥ 842
          (1996-08-21)
          コメント:非常に良いらしい。

          2016.07.18 Monday

          2016年7月17日の大阪正教会での聖書勉強会 山上の説教と終末論の記録

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            以下は、大阪正教会で2016年7月17日に行われた講演会の記録である。この日は朝から蒸し暑く、朝4時頃に目が覚めてしまい、シャワーを浴びて、午前中はアングリカンコミュニオンの聖餐式に出て、そのあと大阪に向かったのであるが、待ち合わせの時間がギリギリになったので、駅から駅の間を走って行ったりしたので、暑くてしょうがないこともあり、ちょっと疲労が来ていた。そのせいか、途中意識が飛んだところがある。もし、誤解や無理解に見える表現があるとすれば、その責は、記録者であるミーちゃんはーちゃんにあることをまずお断りしておく。

             

             最初は、松島司祭の自己紹介から始まった。

             

            山上の説教と文字どおり実施

             

             

            山上の説教の中には、

            【口語訳聖書】マタイによる福音書
             5:27 『姦淫するな』と言われていたことは、あなたがたの聞いているところである。
             5:28 しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。
             5:29 もしあなたの右の目が罪を犯させるなら、それを抜き出して捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に投げ入れられない方が、あなたにとって益である。
             5:30 もしあなたの右の手が罪を犯させるなら、それを切って捨てなさい。五体の一部を失っても、全身が地獄に落ち込まない方が、あなたにとって益である。

            というような、現実には実現できないような、ことも記載されている。

             

            昔、この山上の説教に書いてある「一方の頬を打たれたら、他の頬を打たせよ」を実践しようとして、不良少年を集めて、世話をしようとした人がいて、殴られっぱなしになり、そして、更にその暴行が加速し、若者に襲われてなくなった人がいることが報道された。(どうもこういう文字通り実現しようとする精神性を持つ人は福音派である程度はいそうなような気がする)亡くなった方は、聖書のことばを実現できたとして、自分は信仰を示せたと思われたかもしれないが、結果として、何人かの少年が殺人犯となることになった。このころされた人はその少年の人生が狂ったことに関して、責任が取れていないのではないか。このような人を生んでいるという意味で、人類が持つ文書の中で、最も危険な過激な文書が聖書であるし、イエスのことばであろう。

             

            山上の説教についてのさまざまな理解の方法論があるが、冒頭の「罪を犯させるのなら、手を切り捨てよ」といった表現は、神の思いの重要性を主張するための誇張表現として理解できるのかもしれない。とは言いながら、天の父が、完全である様に完全になれ、という表現もあるし、このような点を強調すると、精神的にある意味追い詰められてしまい、精神がおかしくなる場合も出てくる。


            この人間を追い詰めかねないかのような山上の説教に対する戸惑いは、多くのキリスト者、神学者たちの戸惑いでもあった。この厳しいイエスのことばをどう理解すべきかを考えてみたい。

             

            3つの解釈のアプローチ
            代表的な解釈のアプローチとして3つあるが、それは完全主義的な解釈、実行不可能説的な解釈、中間的倫理的解釈の3つである。以下順次触れていきたい。


            完全主義的な解釈
            この解釈は、イエス自身の発言にあるのは、律法学者を排除するためではなく、律法を成就するところに強調を置いた主張となっている。当時のファリサイ派の人々は、教条主義や些末なことにこだわり重箱の隅をつつくような考えにはまり込んでいたようである。そして、彼らの理解とその細目的な行動基準を守らないイエスを批判していた。

             

            マタイ23章には、重い荷物を人々の背に乗せるけれども、指一本も貸そうとしない存在としてファリサイ人たちが描かれている。このような言葉は、司祭みたいな仕事していると突き刺さってくる言葉である。ある面、聖書の根本的な理解が忘れ去られているという問題を示しているといえよう。律法とその精神が全うされなければならないと突きつけているかのようである。


            また、あなた方の義が律法学者やファリサイ派の義に勝っていなければならない、ともイエスは言う。当時のファリサイ派の人々は、言うだけで実際には実施しない人々であった。

             

            ところで、山上の説教の岩の上に家を建てた人のたとえ話は、レビ記の精神と同じであり、

            【口語訳聖書】レビ記
            18:5 あなたがたはわたしの定めとわたしのおきてを守らなければならない。もし人が、これを行うならば、これによって生きるであろう。わたしは主である。

            を言いかえていると考えることもできよう。根本的な神の戒め、神を愛せ、隣人を愛せに尽きるところに根本を置いて、聖書を理解し直せといっているかもしれない。

             

            この主張の激しさ故に、聖書や教会に躓いて、こられなくなる人々がいるもしれない。

             

            実行不可能説
            実行不可能説は、この山上の説教を守ることは、普通の人には無理なので、そもそも人間が実行不可能であるので、神に頼るしかないという立場であり、ルターとその後継者の立場であるといえるだろう。

             

            イエスは自分が弟子たちを戒めているこの戒めを守れないのはそもそも承知の上で、この峻厳な言葉を説教された、とする立場であり、自力では救われないとする立場である。キリストの救いの必要性を求めるために、人間が人間の罪がわかるための鏡としてこの説教をしたという立場である。つまり、人間の罪の深さの途方もなさを知り、その罪深さについて、全身全霊を以て受け止めるかのような理解のために突きつけられたのがこの解釈であるといえる。

             

            律法規定には、安息日は、仕事をしてはいけないとある。当時のユダヤ人は、仕事とは何か、という定義を突き詰める方向で議論していった。その体系がファリサイ派の理解の概要様である。そして、休みの日に休めない人を鼻であざ笑う人も出てくる。イエスは、それに対して、安息日に休めない人たちをあざ笑う者たちに対して、確かにあなた方は安息日の律法をパーフェクトに守っているかもしれないが、それを守れない人々を鼻であざ笑うことは、神の律法の根源である他者を愛することをできているのか、と問うている。

             

             

            そういう面で言うと繁文縟礼的なユダヤの律法は、まだまだ軽く、山上の説教の方が人間を苦しめるというところがある。そして、山上の説教から、自分たちの不完全さに気づいたのか、ということを問い、神にすがるしかできない、という面を問うている。そして、その不完全な人間のために、イエスの十字架と復活が神に近づく道を開いたので、それを信じよう。これはほっとする解釈であるといえるだろう。イエスの教えをローマ帝国に伝えていった使徒パウロは、主を信じる信仰こそが救うのだ、という主張をしている。


            律法の役割を信仰によって義とされるための養育掛だともパウロはいっている。イエスの完全な信仰が地に表わされた以上、養育掛の下に居る必要はないというのがパウロの主張のように見える。

             

            しかし、山上の説教はパウロの信仰義認の片鱗すら見られない。パウロは、律法理解の一面だけを取り上げているのではないか、とも言えるかもしれない。しかし、山上の説教は、神が完全であるようにあなた方も完全であれ、ということも主張していることを考えると、この理解は問題があるように思われる。(このあたり、NPPともかかわる問題だろうと思う。)

             

            しかし、実行不可能説の様な神のあわれみによる逆転があるということをイエスがいおうとしたわけではない説がある。

             

            中間的倫理的理解
            シュバイツァー(アフリカに医療伝道に行ったり、史的イエスを提唱したりしているマルチな人物)の解釈が代表的であるが、実際には、この世の終わりが近づいているという中間的な期間の間にだけに当てはまる解釈であるという立場である。イエスが言ったことは、そもそも神の国の福音であるということを考えることは重要であるとしている。マルコ1:15などを見ても、神の国が人間の手に届くところまで来ているという理解ではないだろうか。神の国に入れるように悔い改めて、福音を信じろというのがイエスの主張といえるだろう。その意味で、神の国がすでに来ているという状況であると理解する。

             

            さらに、終末は、単なる終わりではなくて、新しい時が始まるための破壊の時であるという理解であり、イエスの死と復活により、現代の悪との全面戦争状態が始まった。最後の決定的な局面での緊急の命令が山上の垂訓であるという理解である。ある面、余裕がない状態であるのだから、死人のことは、死人に任せておけばよい。そして、いろんなものを捨てて、神に従っていけばよいとする立場であり、天国はそこまで来ているのだから、そこに全部のものを捨てて神のもとに行けという理解である。

             

            たしかに、パウロは今の危急の時という表現をしている部分はあるが、イエスの表現にはあまり現在は切迫している危機の時だといっていない印象がある。その意味で、この解釈には課題はあるし、おそらく普遍的にどのような状況にあっても、イエスの弟子たち、イエスに従う者たちに与えらえれたものとし、守るべきものとしてこの山上の説教は語られているのではないだろうか。

             

            終末と終末論をどう考えるか

            古代のギリシア文化であるヘレニズムの中で、一種時間や歴史は、夏があり、秋があり、冬があり、そして春があり、また夏が巡ってくるような、永遠に循環し続け繰り返されるものとして理解されていて、これは、ユダヤ的理解以外の社会や文化ではかなり普遍的である。(このあたりは、小山晃佑さんの「富士山とシナイ山」でも触れられている)


            ところが、ヘブライズムでは、始まりと終わりが基本的にあり、出発点である起源と到着である終わりが明確に存在し、それに向かって行く、一種の直線的(一方向的?)なものとして理解されている。


            なぜ、ヘブライズムとその影響を受けたキリスト教、ムスリムの世界観では、始まりがあって終わりになる方向に向かっているかというと、それは、神からの啓示があったことによるのであり、神が始まりを設定され、そして終わると告げられたからである。

             

            終末とは、聖書の世界では、新しい天と新しい地であるが、そこで実現するのは、人と神が共にいるという状態である。それが、もうすぐそこまで来ている、といったのがイエスである。終末というのは、主の日とも、神の国ともいわれるが、裁きの日といういい方もあり、何かが総決算されるという概念がある。

             

            イザヤ書から見る終末

            例えば、旧約聖書で言えば、預言者イザヤは、

            【口語訳聖書】イザヤ書
             11:6 おおかみは小羊と共にやどり、ひょうは子やぎと共に伏し、子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、小さいわらべに導かれ、
             11:7 雌牛と熊とは食い物を共にし、牛の子と熊の子と共に伏し、ししは牛のようにわらを食い、
             11:8 乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。
             11:9 彼らはわが聖なる山のどこにおいても、そこなうことなく、やぶることがない。水が海をおおっているように、主を知る知識が地に満ちるからである。

             

             12:4 その日、あなたがたは言う、「主に感謝せよ。そのみ名を呼べ。そのみわざをもろもろの民の中につたえよ。そのみ名のあがむべきことを語りつげよ。
             12:5 主をほめうたえ。主はそのみわざを、みごとになし遂げられたから。これを全地に宣べ伝えよ。
             12:6 シオンに住む者よ、声をあげて、喜びうたえ。イスラエルの聖者はあなたがたのうちで/大いなる者だから」。

             


             2:4 彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、多くの民のために仲裁に立たれる。こうして彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかって、つるぎをあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない。

            といったような形で、終末の状態が預言されており、 2章では、武装は姿を変えられて、平和な農具に作り替えることが預言されている。

             

             

            この内容を実際に実現するのが、メシアであり、油(膏)注がれたものであり、それをギリシア語に翻訳すると、キリスト(ハリストス)である。つまり、メシア、キリスト、救い主は同じものである。しかしながら、ユダヤ教の人にとっては、イエスは、キリストではないことになっている。

             

            ところが、キリスト教では、イエスの十字架とその死と復活によっていのちをえたことが救いであり、このイエスの死によって、世界と人類は救われたといっているし、死者を復活させるとも言っているが、それが未だに起きている状況がないので、神の国が来ているとは言えない。

             

            非常に不完全な例ではあるが、日露戦争のことを考えてもらいたい。日本海海戦でバルチック艦隊は統合艦隊により殲滅状態になり、ロシアは対日本戦益を続ける意識を持たなくなっており、実質的に日本は勝利したが、それが法的に国際的な承認を得るかたちで実現したのは、ポーツマス会談であり、その段階で終戦処理が完全なものとなった。もちろん、そのようなモデルは実に不完全なものであるが、そう考えるとわかりやすいかもしれない。神を信じる者が完全なものとされるのが審判の時である。

             

            このことは、聖体礼儀で必ず唱える、ニケア・コンスタンチノープル信仰告白(信経)の最後に出てくる部分である。

             

            我、認む、一の洗礼、以て罪の赦《ゆるし》を得《う》る、を、
            我、望む、死者の復活、
            並びに来世《らいせい》の生命《いのち》を
            アミン

             

            それはある面で言うと不完全なものが完全になるという理解である。

             

            3つの終末理解

            終末理解にも3つあって、それは未来終末論であり、もう一つは現在終末論であり、もう一つが、終末開始論である。

             

            終末未来論

            最初に取り上げる終末未来論は、自動車で、神の国が来るので、悔い改めよ、という放送をして回る人々が代表的な立場で五、やがてくるものとしての終末としての理解である。つまり、この世の終わりは、まだ来てないこれから来るという理解であるといえよう。

             

            (この立場に立つと以下のような絵が描かれることが多い)

             

             

            しかし、こう考えてみると、宮崎アニメには、終末論的な設定が多いような気がする。

             

            ラピュタ

            風立ちぬ

            ナウシカ

            未来少年コナン

             

             

            終末現在論

            終末現在論は、実は終末はすでに実現したものであり、キリストの到来でその受難と死を受け、復活されたことにより、目には見えるかたちではないけれども、現実のものになった、という理解である。


            マラナタは、一般に主の到来を望むと理解されているが、マラン・ナタ (主は来てくださった)とも理解できることがある。


            C. H.ドッドの『使徒的宣教とその展開』では、現在終末論に立ってかかれているが、この立場で終末的理解を体験的に表しているのは正教会の聖体礼儀である。と同署の中で指摘されている。新約聖書内には、イエスの到来により、何か全く新しいことが始まったこと(たとえば、闇の中に光が輝いている、など)が示されている。

             

            キリストにあって、とキリスト者は手紙の文末に書くことがあるが、それは、ギリシア語でのエン・クリストス、英語だと、In Christであるが、これは、キリストのうちにあって(正教会的には、教会にあって)という意味である。これが起きたのは、イエスの来臨以降からである。

             

            開始された終末論

            最後の開始された終末論であるが、終末としての神の国はすでに始まったのであり、それはキリストにあって開始されて成熟しつつあるという理解である。今は見えてないが、だんだん見えるようになってくる。神の国はパン種のようなものとか、からしだねの木という譬えで語られているのは、そのあたりのことを示しているのだろう。

             

            どれか一つでない正教会の終末論

            ところで、正教会の終末論はどれか、ということであるが、どれは言わないのであり、概念規定することを正教会は極めて回避しようとするところがある。全部の考え方を包含した概念であり、特定のものとしない。様々な聖書理解を排除しない。断定的な教義化をできるだけしないところに特徴がある。それが正教会の神学の特徴であるといえよう。

             

            (個人的感想

             どれか一つにしてしまわないというのは、実にヘブライ的伝統を継承していらっしゃるのではないか、というか、包摂的というか、と思った。なかなかこういうどれか一つに意図的にしないという知恵というのはもう少し近代時代を経て、真理は一つという概念に毒されている日本のキリスト教会で知られていいのではないか、と思った。自分と考えが多少違う人々の話を聞くと、こころのシャッターをがらがら、と下してしまい、「あんた異端、私こそが正統」ということを平気でいう人々には、少し考えてほしいと思う。)

             

            比較的最近に生まれた終末議論

            終末論自体、19世紀の中ごろから使われ出したに西洋で作りだされたことである。正教会では、あなたは救われましたかというような聴き方はしないし、それは、非常に落ちつきが悪い質問となる。正教会側からすれば、救いが約束されているというのは、今も救われ続けているという側面を持っているので、救われたとは言わない。それと同じように、終末も、すでに実現し、今も実現しつつあり、やがて実現しつつある、というのが近似的な答えといえば答えになるかもしれない。

             

            (個人的感想

            この終末理解を巡る問題は、ディスペンセイション説を巡って出現するようになったのではないかと思う。まさしく、ジョン・ネルソン・ダービー君が言いださねば、不幸な終末論理解での教会内対立といえば聞こえがいいが、神学的どつき合いはなかっただろうし、もうちょっと平和だったかもしれないが、まぁ、これが無くても、別の理由で内ゲバしていたかもしれない、とは思う。あの時代に終末論が流行ったのは、西ヨーロッパ各国で王政が崩壊し、アメリカは宗主国に向かって独立戦争を仕掛け、それまでの古い社会システムと社会秩序が崩壊し、世も末状態が西ヨーロッパ諸国で起きたからではないか、と思われる。)

             

            メイエンドルフ(アメリカの正教会の神学者)の『ヴィザンティン神学』という本が在るが、その中に、サクラメントに終末の機密は示されている。というような表現がある。永遠の次元の中に移っていることを日々の礼拝(聖餐式、サクラメント)の中で、体験しているという考え方である。とは言いながら、正教としては、世の中を正しくしていくことにはあまり関心はない。信徒として出会う人々(隣人)に愛を注ぎ、奉仕するという概念はあるが、教会が社会変革の担い手になろうという発想はない。(日本基督教団では、社会派というグループが存在し、社会変革の担い手になる方がよいとご主張の向きもあり、戦争責任や社会とのかかわりをめぐって、1960年代には教団の中での闘争により分裂したことがあるらしい。)

             

            正教会の終末理解

            終末は終わりではなく、ある種の完成ではあるけれども、さらなる完成に向けて変わり続けていく世界である。それを、力動的終末といい、ある種ダイナミックに変革があることを想定した終末であり、静的なものであるとは指定はいない。100%の完成から次の100%の完成へと限りなく変容されていくものである。その理解は、栄光から栄光へと主と同じ姿に変えられていく、といったパウロの言葉などにも表れている。絶えず変化する完成が終末といっていいかもしれない。

             

            終末は、正教会の伝統で言えば、無限上昇していく世界であり、人間とすべての被造物との力動的状態、終わることのない愛の力動的上昇、新しい愛の一致を見ていく社会である。そして、永遠のものにここで終わりという限界はないと考え、三位一体のように、限りなく一つになっていく動きが終わらない状態のことを考えている。果てしのない終末へ向けての始められた終末であり、たどり着くことのない終末を考えている。

             

            アナフォラ 聖体礼儀の祈りがあるが、その表現の中に、今ここにある終末として、全てのことを行いつくしてくださいました、という表現や、再臨を記憶して問う表現があり、それらのように、これから到来することを記憶するという表現がある。

            アナフォラの祝文(抜粋)
            あなたとあなたの獨生子《ひとりご》とあなたの聖神《せいしん:聖霊》は、言い表すことも、思い描くことも、見ることも、把握することもできない永遠不変の神であり、私たちを無から創造し、あなたから離れ落ちた私たちを再び引き上げ、その上に天にまで登らせて、来るべきあなたの王国の到来まで、全てのことを(いま、ここに)行いつくしてくださいました。

             

            私たちは救いを与える主の戒め、また渡した著のためになされたすべてのこと、即ち、十字架、墓、3日目の復活、天に上ること、父の右に小指になったこと、そして、その再臨を記憶して、あなたの賜《たまもの》をあなたの僕たちから、全ての民に、一切のためにあなたに捧げます。

             

            キリストは、人となった神の姿と正教会では理解している。その人になった神の御姿を見て、伝わり、それを信じた。そして、神の御姿を目に見えるものとして私たちもみた。人の本来の在り方をハリストスにおいてみたと考える。そして、ハリストスご自身がこのような終末に向かっての生き方を生きなさいと戒められたことが山上の説教である。その意味で、山上の説教は、言葉による神の似姿のイコンであると考える。

            (正教会系で、イコンを作るのは、人としての神であるイエスを見たからであるという理解があるらしい。そのことが書かれている本を当日ほかの方にお貸出ししたので、ここで引用できないのが残念であるが…)

             

            とはいえ、ハリストスによって山上の説教が示されても、それを生きるものとして生きる生き方をはじめていない。私たちの古い自分に死に切っていないから、古い人が存在しているために、実行不可能としか思えない。

             

            (個人的感想

            この部分を聞きながら、

            【口語訳聖書】ローマ書
             6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。
             6:6 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。
             6:7 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

            という場所を思い起こしていた。)

             

            神の御言葉通りの、そういう生き方をした聖なる人々の存在に触れていないとどうしても、実行不可能であり、この山上の説教を文字通りに実行するのはまずくて、そのような神のことばに純粋に従っていくような行いを希望する人のためには、正教会では、修道院がある。その修道院の優れた長老たちの姿の中に、実行不可能と思われたことを実際に可能にした人たちの姿を見ることができると考えるし、誇張があるにせよ、聖人伝をみる中に、実際にこういう生き方をした人、即ち山上の説教を実際に生きた人がいたことを示すことによって、信徒はそれに倣うことができるかもしれないという励ましを受けるのである。教会の伝統の中で、そのような人の姿に触れ、こういう人間の聖なるものに触れていないと、山上の説教の姿を見て感じる一種の絶望感からは脱出できないのではないか。

             

            洗礼の時に、その道に立たされたのではないだろうか。神が私たちを赦したのにもかかわらず、赦せないのであれば、天の父の赦しを分かっていないことになるのではないか。悪人の上にも善人の上にも同様に神が雨を降らせているのであれば、そのような恵みを示し、神が愛していることに倣って、私たちも敵を愛することができるのではないか。愛するのが無理であっても、せめて敵のためにも祈ることはできないか、ということが問われているのだろう。

             

            (個人的感想

            この理解を聞きながら、次の場所が迫ってきた。

            【口語訳聖書】マタイによる福音書
            18:23 それだから、天国は王が僕たちと決算をするようなものだ。
             18:24 決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
             18:25 しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。
             18:26 そこで、この僕はひれ伏して哀願した、『どうぞお待ちください。全部お返しいたしますから』。
             18:27 僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった。
             18:28 その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて『借金を返せ』と言った。
             18:29 そこでこの仲間はひれ伏し、『どうか待ってくれ。返すから』と言って頼んだ。
             18:30 しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。
             18:31 その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話した。
             18:32 そこでこの主人は彼を呼びつけて言った、『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。
             18:33 わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。
             18:34 そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたした。
             18:35 あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。

             

            赦し、ということを考えるとき、やはり、この場所は欠かせないのではないか、と思う。また、ここでは、赦すというのは、全て水に流すということではないことは、1万タラントの負債のあった人が後に許されてないことからも分かるのではないか、と思う。ここで祭司を売るという表現があるが、借金を払えなかったら、妻子が奴隷として売られるということを意味し、奴隷というのは、一種借金が返せなかった人への措置とういのもある様だ。もちろん、自分自身も奴隷になるのは当然のことであるが。)

             

            山上の説教と終末理解

            その意味で、山上の説教は終末から読み始めると分かるのではないか。至福、即ち終末で実現する福音の姿として、山上の説教を読む。永遠に終わらない終末において、神が完全であるように、自分も完全なもの(テオシス)なものに神がしてくださり、三位一体の神の似姿にしてくださる。こう読むときに山上の説教は我々を落ち込ませるものではなく、福音になるのではないか。


            正教会では、三位一体を非常に大事にするが、その三位一体こそが、神の似姿の本質を示すものであり、お互いの中での分かち合いというか、相互内在性を持つものなのだろう。そして、お互いが喜んで生きているのが教会ではないか、ということが言えるだろう。

             

            感想とまとめ
            この勉強会に参加して、一つ分かったことは、正教会では、基本的に人間の不完全さを認めていて(全的堕落というような壊れ方をしているのではなく、回復可能な形で堕落しているという理解だそうだが)、人間の努力だけではどうにもならず、神の力に依存している中で、本来終末において回復することの一部を示す人々が出てくるのであり、修道院という指導者(師父)たちと共に生きるという特殊な社会の中で、これからやってくる終末おける神のかたちが部分的に回復した人々の姿を見ることで、自分たちもその様に終末において完成に向けて動いているということを考えるという意味で、聖人というものを、信仰の先輩としてみている、一つの自分たちの生き方のサンプルになっている、ということで励ましを受けているという理解であることがおぼろげながらわかってきた。

             

             

             

             

            ドッド,平井清
            新教出版社
            ---
            (1997-03)
            コメント:なかなか良いらしい

            ジョン・メイエンドルフ
            新教出版社
            ¥ 5,076
            (2009-04)
            コメント:なかなか良いらしい。注文しました。

            2016.10.03 Monday

            「教会と地域福祉」フォーラム21 関西 第1回 シンポジウム参加の記録(1)

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              本日は、教会と地域福祉 フォーラム21と題され神戸市中央区、兵庫県警葺合警察署の隣の賀川豊彦とかかわりの深い賀川記念館で行われたシンポジウム部分の同時中継した結果をもとに、ある程度再現してみたい。これらのシンポジウムの記録の一部は、過去のMinistry雑誌や関係書籍をご覧いただきたい。おおむね最初は30名ちょっとで始まった。

               

              イベントのポスター画像

               

               

              稲垣さんによるこれまでのシンポジウムの整理

              まず、このシンポジウムの責任者でもある東京基督教大学の稲垣久和さんが、これまでを振り返って説明され、

               

              第1回 キリスト教福祉の現在と未来
              第2回 被災地・変容する家族(児童福祉)
              第3回 地域の悩みを教会の悩みに (浦河ベテルの向谷地さん)
              第4回 死生学と教会
              第5回 居場所を失う若者
              第6回 今日の貧困と向き合う
              第7回(関西第1回) ボランティア 福祉 教会のこれから

               

              というテーマでやってこられたそうだ。今回、初&生で稲垣久和さんのご尊顔を拝見した。しかし、そーいや、昔、マクグラス先生の訳本を結構稲垣さんとその関係者で出しておられたなぁ、と思った。個人的には、そっちの方でマークしている方であった。マクグラスファンなので、それはしょうがない。

               

              自治とボランティアと市民社会

               これからの社会は、自治が大事になるのではないだろうか。特に、「市民が自らやる」、「市民が自ら関与する」ということに関しての用語として 『自治』である。(ミハ氏註:これは、都市計画関係で20年以上前から議論されてきたことであるが、財源配分のこともあり、2割自治とか3割自治とか言われてきた。これが、国の補助金をあまり意識なく事業ができるのが、現在、ほぼ東京都さんだけである。東京都の予算は、某国の国家予算より大きい税収がある。この豊かな税sh数があるのも国の役所、中央省庁の庁舎があるということが最大の原因だと思う。中央省庁の本庁舎があること言う関係から、東京に本社を置きたがる法人さんがおられ、その法人さんからの法人住民税が入ってくるので、東京都は他府県に比べて、自主財源度合いがかなり高いのである。それ故に、東京都独自の政策が実現できるのである)

               

               ところで、市民の参加がないところには自治がないのではないか、あるいは市民参加がないところで、民主主義は機能しないのではないか。(ミハ氏註 これは民主主義の定義から言って当然であるが、その市民社会、民主主義の基盤である投票という革命行為を面白がって参加する人が世の中あまりに多すぎるのがねぇ)

               

              国家と市民社会とボランティア

               これまでは国が何でもするという国家統治社会であって、民主主義が育たない状況にあったし、これまでは自治の能力の涵養を考えてこなかったのである。(ミハ氏註 それは、社会とか教育で涵養するものではなく、本来の社会契約論的理解からすれば、自らこれを考え、政治に主体的に関与するはずなのであるが、日本ではそうなっておらず、お任せ民主主義がはびこっている様な気がするのが残念でならない。その意味で、戦前の英国貴族はある意味、庶民に政治ができるはずがない、主体的に責任をとれるはずがないし、それを求めるのは酷だ、と思っていたようではあるが、それはそれで正しいのかもしれないとは思う。だから投票にもいかず、政治をする権利を自ら放棄しているのである)。自治のトレーニングとしてのボランティアがあるのではないか、という話題を稲垣さんはお出しになった。(ミハ氏註 そもそもは、それは学校民主化の中で、本来クラスの委員会活動、中学生以上の生徒会活動などで、トレーニングされているはずであるのが、それがなされていないということの方が問題としては重要なような気がする。社会教育として、親が学校に行かせる義務を負っている間でもそれはなされているはずだし、よほど高齢の元小国民の方でない限り、自治のトレーニングとしてのボランティア、ってのはおかしいとは思った。よしんば、ご説を認めるとしても、民間企業や民間団体の御勤めの営利企業は、基本自治がなされているのであって、企業や団体での活動は、金銭という対価はつくけれども基本、自治的活動をしておられるように思うのである。)

               

              日本で福祉の起点を形成した教会

              また、もともと、福祉的な活動はキリスト教会が始めていることが多いのだが、戦後の中で、社会福祉は、国のモノ(法律の条文にあるため)となっていったのではないだろうか。そして、制度ができたために、キリスト教会もそれに飲み込まれて、自分の問題にしなかった。(ミハ氏註 個人的には米国からきたメインストリームのキリスト教が、ラウシェンブッシュから始まる社会とのかかわりを重視することになっている。詳細は、 最下部のラウシェンブッシュの本参照されたい。ラウシェンブッシュの主張以降、メインストリームと呼ばれる米国教会群の一部では、社会とのかかわりを積極的に持とうとしたことに対して、戦後日本に多くの海外からの宣教師たちを送り込んできたアメリカの福音派と呼ばれるキリスト教集団があり、日本の福音派形成に大きく影響していると思う。なお、子の福音派はある面、社会に対するかかわりを持とうとはせず、自分たちの関心を他者に伝道すること(ことばと理性を用いた説得により、キリスト教界の一員たる信者にすること)を至上課題としたこと)の影響も少なからずあるだろう。同様の方向性については、カトリック教会でもあり、カトリックの宣教方針は、明治初期のころ、その伝道は救貧対策を含む社会の周縁の人々への伝道という側面を強く持っていたが、後に指導者層とその予備群、具体的には、雙葉学園とか六甲学園とか、ラサールなどを中心拠点とした対する宣教が模索されたことがあった。また、現在ではそれへの反動として、社会的弱者への関与を強めている部分もあるらしい。特に、現教皇フランシスは、南米出身者でもあり、弱者への関心がその発言に垣間見られることが多い。今回の日本電動会議JCE6でのメインスピーカーであったクリス・ライトさんは、聖書を中心とした言葉による宣教では不十分で、社会とかかわる中で地に現実に平和をもたらす善き働き働きが対立するものではなく、共存すべきものであり、それが信徒の中で統合されているべきものだ、とご主張されたように思う。)


              教会が地域活動をするプラットフォームとして戦前は一定の役割りを引き受け、それをもとに日本の福祉制度が始まったことは忘れてはならないだろう。

               

              日本の福祉と仏教

              さて、宗教と社会福祉についてふり返ってみると、日本社会で福祉において大きな役割を果たした仏教がある。(ミハ氏註 たとえば、奈良時代には、悲田院制度があった。)仏教での慈悲の心としての隣人愛の思想があり、様々な福祉的な働きが実現されていったといえる(ミハ氏註 厳密にいうと、輪廻思想ゆえに、慈悲を施す相手が、過去に自分の親族や関係者であるかもしれない、という理解に基づき、功徳を施すことで、悟りを開き、成仏することにつながっていく)。それは共苦という仏教的な慈悲の発想に基づくものであるといえよう。(ミハ氏註 お、共苦、出た。ダライラマ14世出るかなぁ、出なかった。それでは、ニンジェの思想を読んでいることは、無かったかもしれない。この話やるなら、辻村さん召喚したいなぁ。『共苦(二ンジェ)の思想』は非常に良い本です。良い本なのとたまたま持参していたので、岩村さんにも献呈しました)

               

              この建物、賀川記念館は、賀川豊彦を顕彰する建物であるが、賀川豊彦の働きは、もう少し再検証されてもよいのではないか。賀川が1960年に逝去して、概ね55年以上経つが、自治的な福祉を構想した先駆的人物である。(ミハ氏註 但し、これは日本では、の条件付きのことであり、その概ね50年前には、英国などではキリスト教に基づく自発的福祉運動は、理想的社会主義運動の影響などを受けながら始まっているよね)


              スラム街に自ら飛び込んだ賀川豊彦であり、その出発点は、救貧と医療であった。後に、そこから、労働運動、農協運動、生協運動など、 おかみ(政府)に頼らず自分で、自治の精神でやったということは重要である。(ミハ氏註 この背景にある一種のロマン主義の影響を考えなくていいのだろうかと思った。また、後年、日本国政府の満州国開拓に協力しているとはいえ、当初はお尋ね者一歩寸前であり、公(おおやけ)、あるいは、おかみ、当時の政府には頼れなかったろう)そのあたり『自治』の精神を含め、賀川豊彦に関する見方の見直しをした方がいいのではないのか。
               

               

              次回は、シンポジウム登壇者の問題提起 水曜日公開予定

               

               

              ウォルター ラウシェンブッシュ
              新教出版社
              ¥ 6,588
              (2013-01-07)
              コメント:高い本ですが、取り組んでみる価値のある本

              評価:
              A.E.マクグラス
              教文館
              ¥ 1,944
              (2004-06)
              コメント:これが、稲垣さんが変わっていく時期の起点になったのではないか、と思っている。

              評価:
              辻村 優英
              ぷねうま舎
              ¥ 3,024
              (2016-03-23)
              コメント:ダライラマ14世の共苦の思想の形成過程がよくわかる。おすすめの一冊

              2016.10.05 Wednesday

              「教会と地域福祉」フォーラム21 関西 第1回 シンポジウム参加の記録(2)

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                前回に引き続き、神戸市中央区の兵庫県警察葺合警察署の隣にある賀川記念館で開催された、「教会と地域福祉」フォーラム21 関西 第1回 シンポジウムについて、パネラーからのご発言を紹介してみたい。
                 

                岩村義雄さんからの問題提起

                まず最初は、岩村義雄さんであった。
                今大学などの高等教育機関でも学術研究に没頭(ミハ氏註 それを言われるとみーちゃんはーちゃんはつらい。そもそも一つのことに没頭できないところがあるしw)できず、ガバナンス(統治)に関与することが求められる(ミハ氏註 もっというと、最近は外部資金と呼ばれる予算確保の申請書作成に結構時間がとられる。科研費の申請書書かなくちゃw)


                先ほどの稲垣先生のご指摘にもあるように、ガバナンスなのか自治なのか、が問題となるというところがあるだろう。

                 

                岩村さん

                 

                もともと、わたくし(岩村さん)は、神社などのある伝統的な日本の古形が息づく環境の中で育ち、イエズス会の教会に行きキリスト教に触れ、そして、改革派の神学校に行って、牧師となった。その意味で、土付きの福音を考えている。それは、アダムの末ということでもあり、アダムの語源となったアダマー(土から採られたもの)が、アダマーになるということでもあった。

                 

                被災地の慰霊祭にて・・・天国観
                被災地の支援の中で、その時の被災とその被害者を覚える公式行事で、被災地の市長が、生かされている天国から見られている死者に恥ずかしくない生き方をしよう、といったのだが、その天国(ミハ氏註 キリスト教用語の一つのはず、本来は死語に行くところではなく、神の支配を表すヘブライ的な語)という神官も仏教者(僧侶)も特に抵抗なく受け入れていた(ミハ氏註 神官にしてみれば、お亡くなりになった方は浄闇の中に入ったことでしょうし、浄土宗的には、お浄土でしょうし、冥土でしょうし、ピュアランドのはずなのである。なお、キティちゃんがいるのは、ちなみにピューロランドですけどね。一応、ミハ氏は 以下に出てくる宗教観対話に協力しているので、一応ピュアランドについても画像を載せておく)。

                 

                サンリオ ピューロランド

                 

                初回と2回目

                冥土喫茶 ぴゅあらんど 次回は10月22日 土曜日 午後開催

                今度、龍岸寺でやるのは、冥土 (メイド) 喫茶ぴゅあらんど まじめな宗教間対話の時間。

                次回はイスラム宗教者との対話

                 

                記念すべき冥土喫茶ピュアランド 第1回の画像

                 

                冥土喫茶 ぴゅあらんど 名物 ”ニクタン”によるファシリテーション・グラフィクス (第3回 ユダヤ人編)

                 

                仏教とヘブライ聖書と福祉
                仏教と福祉とボランティアを考えるとき、行基がロールモデルであったといえるかもしれない(ミハ氏感想 なんや空海みたいな人なんや) 。 民のための慈悲を見せ、様々な福祉事業のようなことを自力で実施した人物である。


                慈悲というのはヘブライ語的にはヘセッドである。ある面、ヘブライ語聖書の世界では、歴史の中に介入する神(ミハ氏註 なんか、オープン神学の話みたいやなぁ、と思った。ちょうど、この直前にやっていた第6回日本伝道会議でそういう議論をした。詳細は 日本伝道会議 第6回 プロジェクト 聖書信仰の成熟を求めて(オープン神論と物語) をご参照いただきたい)が描かれているが、その動機は神の慈悲であるといえるだろう。

                 

                哀れみの心とスプラングニッゾマイ
                最近、岩村さんが東京大学でボランティアの講義をした時、 自治、公共性、 無償性、自発性について話をしたが、自発性、無償性、公共性でいいのだろうか。聖書の中での慈悲は、Compassionであり、ともに苦しむであり、そのギリシア語は スプラングニッゾマイである。それははらわたがよじれるような痛みを示す語である。琉球語では、チムグルシイであるもの( ミハ氏註  これは、どっかで聞いたがどこで聞いたか忘れた、たぶん、大阪で開かれた本田司祭の後援会であったと思う)のであり、もっと素朴な苦しむ人を見捨てておけないという人間の素朴な思いに基づくものかもしれないのに、無償性、自発性、公共性というカギ概念のみで理解してもいいのか問題があるのではないだろうか(ミハ氏註 この共苦の思想とコンパッションとあわれみとについては、ダライラマ・共苦の思想の著者辻村さんと議論したことがあるが、実は微妙に違うという結論には達した。)

                 

                ある統計によれば、ダウン症児の94%が人工中絶される日本という国をどう考えるのか、ということは考えたほうが良い(ミハ氏 統計のソースはどこかということを調査したほうが良いかもしれない)のではないだろうか。そして、現代的な課題として、尊厳死をどう考えるか問題(延命停止による死)を考えるエートス、精神性を考えたほうがいいだろう。


                また、相模原事件の観点から考えると、あの障碍者を殺害する行為の根拠は優性思想ということになる。ある面、健康思想をもち、健康帝国を目指したドイツ(ミハ氏註 実は日本の体操の起源はドイツの国民体操にある)で生まれた概念として郵政思想があり、それがユダヤ人を抹殺していくことになった。それに対抗して、チムグルシイというの概念が生まれたといっても過言ではないだろう。

                 

                沖縄の宗教世界のユニークさ

                禅鑑という人物が、沖縄に仏教を伝えたのが沖縄と仏教のかかわりであるとされている。この時代、熊野から即身仏になろうとして、出向した僧侶が沖縄に漂流したのが、沖縄仏教の原点らしい(ミハ氏註 実に海流的に面白いルートである。通常、黒潮に乗ったのであれば、アラスカあたりか、カリフォルニアなのだが、なぜか逆方向の沖縄に行ったのが面白い。)


                日本には明確な否定の論理がない。(ミハ氏註 肯定の論理しかないので、なんでも受け入れて、ごちゃ混ぜにする傾向はあるような気がする)ちょうど、日本に優生学という概念が入ってきたころに、血液論も優生思想の一部を担っていて、それが現在の日本人の血液型論好きの根拠となっている。また、和辻哲郎の風土とか、砂漠の一神教が云々という概念は、なんとか日本の優秀性を言いたくて、その背景に優生学の影響があったのではないか。その背景に、彼らのヨーロッパ留学経験で、軽くあしらわれ、言いたいことも言えずで劣等感を持ったという側面があるのではないだろうか。強くあらねば、という1930-1940年代、知識層がそのエトス(思想)を持ったといえるだろう(ミハ氏註 日本人は優れた民族であってほしいという願望が変に出たのが、日猶同祖論だとおもう)

                 

                沖縄で島津藩は仏教の伝道布教を禁じた。その意味で、(ミハ氏註 その後、ベッテルハイムの沖縄伝道、明治政府の琉球併合と本土の神道システムの教育と一体化した形での輸入、米軍支配下での福音派およびアメリカ型キリスト教風新興宗教の伝道、…)と、沖縄の歴史は宗教を考えるときに参考になるだろう。

                 

                 その意味で、異なる信仰者間の対話性が重要ではないか。(ミハ氏註 これは、公共圏につながるなぁ。詳しくはコミュニケーション理論と応用参照)

                 

                木原活信さんからの問題提起

                つづいて登壇したのは、木原活信さんであり、キリスト教の歴史を踏まえた立場と社会福祉の立場からの問題提起であった。

                 

                木原さん

                 

                外的カテゴリ類型論のナンセンスさ
                社会福祉の研究者として 一人のキリスト者として、今日は発言してみたい。人は割と、カテゴリ類型を使って他者を理解しようとする。その意味は、どうなんだろうかと思う。同志社で努めているというと、ある種のイメージがつくし、また、福音派的なファンダメンタリストのグループにいると、ファンダメンタリスト風のイメージで見られることもあるが、私は私であり、この種のラベルはその人を表すことができるのだろうか?その意味で、現代の社会は、外形によって付与された肩書とか言ったラベルで判断する社会であり、その個人を見ていない社会である。

                 

                教会のミッションとしての福祉と日本のキリスト教史と福祉
                教会のミッションとしては、伝統的なものとして、以下の3つの概念がある。
                ケリグマ(宣教)・ディアコニア(奉仕)・コイノニア(交わり)

                 

                木原さんの分野は、社会福祉、 ソーシャルワーク(社会福祉的な援助者)を育成し、研究する立場であるが、そこで時々言われるのが、ボランティアについて、ボランティアであるから無償性であると主張される人々もおられるが、それよりは、ボランタリズム(ミハ氏註 Voluntarism 主体的に取り組むこと、自らの問題として考えること)であり、無償性が中心というわけではない。そこでの主要な課題は、自治や独立性、抵抗という概念になっていく。貧困や抑圧、貧しさに対する抵抗の方法として、福祉が生まれてきた部分もある。(ミハ氏註 ある面、ヘブライ聖書的な世界では、それがそもそも組み込まれていたと思う。律法における落ち穂を拾わない規定とか、外国人保護指示規定とか、このあたりがいわゆる福音派とかでは読み飛ばされていることが多いのではないか、と思う)

                 

                教会と福祉、その実際例

                福祉に教会で取り組むことについて、牧師からの批判があることがある。その例としては、福祉実践をせよといわれると責められているような気分になる、福祉は行政の仕事ではないか、伝道・布教がおろそかになるのではないか、教会の聖性が失われ世俗化するかもしれない、もうすぐ再臨が近いのにそんなことをしても無益ではないか、という批判である。(ミハ氏の感想 Lord have Mercy, Christ have Mercy, Lord have Mercy...と唱えるしかなかった。そもそも、聖性を概念的なもの、神学的な理論と深く関わるものとしか信じていないのではないか、と思う。そもそも、「パウロは福音に力がある」といってたような気がするし、日本伝道会議の講演で、C.ライトさんは、このことをかなり繰り返していたように思う。)


                信徒からの声としては、子供が自閉症で騒ぐといけないから、教会に行けない、といった声もあるし、セクマイを告白すると教会がドン引きしてしまい、教会に行けないようなことになってしまった、と言いう事例もあった。教会は、そのようなことが良いとは言うけれども、どう現実にかかわっていいのか、ということについて具体的にかかわり方を教えないという声を思い出した。

                 

                (ミハ氏註 これ、日本の現実の教会ならではのあるあるのご意見だと思った。自分で考えず、誰かがこうしろというのを待っているかのような受動的な生き方であり、目の前をよく見たら、そこに何かはあると思う。それに目を背けているような気もする。本来、神とともに、イエスの真実(ピスティス)にたより、他者に向かっていけばいいだけのことなのだとは思うのだ。この話を聞きながら、英国国教会の祈祷文の一節 

                 

                Almighty God, our heavenly Father,
                we have sinned against you
                and against our neighbour
                in thought and word and deed,
                through negligence, through weakness,
                through our own deliberate fault.
                We are truly sorry

                and repent of all our sins.
                For the sake of your Son Jesus Christ,
                who died for us,
                forgive us all that is past
                and grant that we may serve you in newness of life
                to the glory of your name.

                 

                を思い起こし、その祈祷文を思わず心のなかで唱えた。)

                 

                論点として取り出してみたいのは、これまで教会は、社会派(ミハ氏註 教会よりもやや社会に仕えること、使わされていることをやや重視し、社会に積極的にかかわろうとするグループ)と教会派(ミハ氏註 教会の中だけで聖書の理解を考え、社会に対して消極的なグループ)、リベラル派(ミハ氏註 聖書を歴史的な文献と考え、そこに見出すのは理性的なテキスト理解から生まれた認識を重心とし、聖書の分権性をかなり強調するグループ)・・・といった分断があり、教会と社会のかかわりは、そのようなものでいいのだろうか(ミハ氏註 まるで、C.ライトの日本伝道会議の講演の主張の要約のようだ)。まさに、これらの派閥を作る人々は、イエス時代のサドカイ派、パリサイ派、熱心党と分離していたイスラエルの宗教シーンのようだ。また、我々は、教会の中でパッションを喪失してないだろうか。そもそも、先ほど受苦の思想が出てきたが、それこそがコンパッションである。(ミハ氏註 この辺がダライラマのニンジェ、あるいは共苦、というの思想とのつながりがあるが、聖書的なコンパッションとダライラマ14世のニンジェの思想と、微妙な射程の違いがあるような気がする。おそらく、その背景には、創造者としての神の存在と神の平和を地に如何にしてもたらすかどうか、というあたりの意識の有無のような気がする。聖書的なコンパッションについては、最下部のCompassionをおすすめする。日本語では、『コンパッション(あわれみ)―ゆり動かす愛』 女子パウロ会)

                 

                市民的公共の時代の福祉と教会の役割

                市民的公共の時代に福祉とどうかかわるか、ということが教会に問われているのではないだろうか。その意味で、地域に使わされたものとして、地域に仕えているだろうか、地域に出かけているのだろうか、ということは問われてもいいかもしれない。隅谷三喜男さんは、ある本の中で、教会が「学校」のようになっているのではないかと指摘している(ミハ氏註 これは、しょうがないと思う。日本の教会のかなりの部分が、アメリカ型の言語や理性に大きく依拠した聖書理解の伝達、アタマ系の伝達方法を主とするという印象の強い教会形成がされてきたわけであり、日本ハリストス正教会などの正教会系の理性以外のものを活用した体験することによる聖書理解の伝達、あるいは、カラダ全体系の聖書理解の伝達が軽んじられる形で、伝道が行われるとともに、教会形成が行われてきた伝統に大きく依拠しているからであろうと思う)

                 

                そして、教会は客を迎えるだけの場所になってしまっており、客として新来会者を迎えることが教会の役割になっているのではないか。ところが、イエスは教会やユダヤ会堂の中にいたのではない、イエスの宣教は、出ていった宣教でもあるし、ゲラサの地に行って出会ったのは、有名な人や知られた人ではなく、だれからも相手にされていなかったゲラサの狂人のところに行ったのである。
                (ミハ氏註 なんか、ここんところの日本伝道会議でのCライトの話を聞いている様だ。その意味で、ミッショナル、地に具体的にも神の平和をもたらすような宣教スタイルであること、をどう考えるかということのご主張があるようだ)

                 

                日本のキリスト教史と福祉の歴史
                日本の社会福祉と宗教(教会)の関係の変遷の歴史を振り返ってみよう。


                歴史的に見ると、福祉の実践は宗教と不可分で、とりわけ、キリスト教と不可分である。明治以降、福祉の実践に数多くのキリスト者がかかわっている、山室軍平、石井十次、賀川豊彦・・・とかなりいたはずである。とはいえ、戦後、福祉国家成立以降、宗教と福祉は政教分離原則で福祉と教会がどうしても分離していくことなった。ある面、このようにして、協会と福祉の関わりが分断され、教会は福祉の役割を失ったのではないだろうか。ある意味、国家が措置として、”福祉行政”を担おうとして、その中心的な役割を担う存在の主役が、ボランティアから国家に移ったのではないか。その結果、主体的に福祉に取り組むのではなく、国から言われたことをするようになった。自分のやりたいことを自分でや履帯用に、自分で実現する時代から、国家の制度に従うことが中心になり、自主自律の気風が隅におかれることになっていったのではないだろうか。

                 

                2000年以降、教会に求められるもの
                ところが、宗教(教会)と福祉との関係はは、2000年の社会福祉基礎構造改革以降、新たなワールドへ突入していくことになる。その中では、教会が持つ市民的公共圏が重要になるだろう。 その意味で、今は教会から公共へ開かれていく社会に向かっていくことになるだろう。ある面、地についた伝道を目指すことになるだろうし、マタイ10章の小さきイエスに水を与えることになるのではないだろうか。

                 

                釈徹宗さんの問題提起
                日本の仏教寺院の現状と宗教とについて触れてみたい、ということで切り出されて始まった。

                 

                釈さん

                 

                居留者コミュニティと宗教施設

                現在、毎日新聞で、異教の隣人という連載があり、外国系の人々が集まる宗教施設を訪問して、連載記事にすることを行っているが、外国人にとって、母国ではメジャーだけど日本ではマイナーとなる宗教施設を回っての随想を書いている。この過程の中で、様々な施設を回っているが、人間には必要とされる施設の一つとして、宗教施設があるということを強く感じる。

                 

                ベトナム人は姫路に多いのだが、宗教施設ができてベトナム系住民社会が活性化している例も見られる。ミッション・アポイオは、ブラジル系教会であるが、南米系の礼拝が捧げられている。そこでは、悲しむ人々に、「兄弟たちよ、一人で泣くな」と声をかけつつ、共に泣く姿が見られる。ところが、知識階級者の多いカトリックの日本人教徒が中心の教会では、労働者階層中心の南米カトリック教徒とはどうも合わない感じがする。また、ミサのフォーマットは同じでも、日本語ミサの場合、その意味が理解できない人が生まれる。(ミハ氏註 もともとのラテン語礼拝だったら、その苦労はあまりないと思う。微妙な違いはあるが、ラテン語を由来とする、スペイン語、フランス語、ポルトガル語などのラテン語圏なら意味の想像がつく。ラテン語ミサにはラテン語ミサの特徴はあったのに、なんだかとっても残念かもしれない。とはいえ、それで典礼遂行できる司祭が何人いるかというときついなぁ、と思う)その意味で、それぞれの民族集団や言語集団、信仰集団に応じた宗教施設が必要であるし、それによって、外国にいる気流者コミュニティが活性化する(ミハ氏註 先日コプト正教会の献堂式に参加したとき、コプト正教会の人々がこれで、日本で自分たちの言語と様式での礼拝が捧げられると素朴に喜んでおられた姿が忘れられない)

                 

                民族として大事なのは、食事規定、お墓の問題、教育であろう。特に、出身国文化の文化継承の場としての宗教施設は重要な役割を果たす。神戸には道教寺院があるが、そこでの祝祭を通して、食文化は3世4世にも継続的に継承されている。特に、福建省系のか今日の歴史文化の継承における道教寺院の存在は小さくない。

                 

                ソーシャル・キャピタルの要素
                ソーシャル・キャピタルを議論する時に重要になる基礎的文献としてロバート・パットナムの『孤独なボウリング(Bowling Alone)』があり、その中では、BridgingとBondingが含まれているが、宗教施設は宗教的ボンディング(ミハ氏註 宗教的紐帯)の継承と発展に有効である。

                 

                日本の寺院と日本社会

                寺院のお話になるが、7万7千のうち2割が現在休眠状態にある。江戸期には、もともと16万くらいあった。(ミハ氏註 地方の人口減で閉鎖されたわけではなく、明治維新直後期の廃仏毀釈運動の嵐に巻き込まれて大量に閉鎖された部分もあるらしい。特に旧薩摩領(鹿児島)では、率先して薩摩が範を垂れなければならないということもあったためか、寺院がほぼ壊滅状態であるらしい。


                地方自治体の閉鎖の先行形態としての寺院消滅があるのではないか。たしかに、マクロで見ると絶望的でしかない。これから到来する縮小社会としての日本を考えると、地域コミュニティに乗って運営指定化ざるを得ない寺院としては、コミュニティが死ぬとお寺も消滅になる。たしかに、マクロはだめだが、ミクロで見るとおもしろい事例も散見される。

                 

                家族経営の寺院とその多様性

                日本の寺は家族経営という世界に類を見ない寺院経営の姿である。本来、出家は妻帯しないものであるので、世界の多くの仏教寺院は、仏教僧の集団からなるサンガにより維持されるものであるが、日本では寺院運営は、家族経営のため、いかに家族の構成員のモティベーションの維持が大事担ってくる。その意味で、寺族で取り組むことになるので、その寺族のモティベーションが重要担ってくる。その中で、寺族のモティベーションを維持するためには、外部からの公共的な評価が重要かもしれない。なお、寺院は、多くの場合個々の寺院が独立しているし、その分多様であるし、事情が寺院寺院ごとに違うので、一般化しにくい。

                 

                釈さんの取り組み

                今、自分自身が取り組んでいるのは、大阪府池田市での取り組みであり、認知症患者のグループホームを運営して、現在8人の入所者がおられる。この取組は、そもそもお寺の傍にあって、住む人のいなくなったもともと植木育種業者さんの空き家を利用した活動である。この空き家を利用するのは、立ち上げコストが小であるし、もともとのものがあると早いので、方法論としての有効性があるのではないだろうか。このホーム運営を始めると、寺檀制度の一環としての活動として、檀家のメンバーが、できるときだけ協力するという形で、お寺がやるなら檀家もやる、ということに協力が得られることもある。それは、地域に眠っている人的資源、知的資源の活用にもなる。例えば、退職医療者、例えば、医師、看護師などが協力するなどで、対応コストが下げられるものがある。更に、ヘルパーさんなどを含め、13人雇用できている。その意味で、小さいかもしれないが、地域の経済的活性化につながる。もう一つは、阪急曽根駅前の寺子屋(練心庵)で、講座をやっているのと、そこに若者が集まり、法人格を取らずNPOみたいな形でやっているものがある。

                 

                市民社会と寺院とボランティア

                このように市民の参画が求められた背景には、まず、阪神大震災があり、ボランティア概念があり、さらに、高齢化に伴った終活ブームが出て、この頃、日本仏教界は葬式仏教ということで大バッシングを受けた。そういういところに、東日本大震災がおき、その中での寺院が避難先として利用される、あるいは、救援事業の拠点となった、ということを行っていったこと、また、臨床宗教師としての働きにも着目され、社会資源の寺、公共性を持つ施設として再認識されることになった。

                 

                ソーシャル・キャピタルと宗教

                パットナムの孤独なボウリングでは、内部の信徒集団としてまとまっていくボンディングと他の団体や他の宗教者との対話であるブリッジングがあるが、おそらく、現代において重視されているのは、ブリッジングではないだろうか。

                 

                フロアからの質問

                このような社会福祉は、伝道の場と見ているのか、それとも対話の場と見ているのだろうか、という質問が出て、むつみ庵は他宗教的なメンバーからなっている。個人的には、後ろ手に伝道隠すのはどうかと思っている。また、お世話になっている人からの依頼は断れないので、そのへんの塩梅が社会福祉の場を持つと難しい。個人としては、電動と社会的活動を分けたいと考えている。とは言え、宗教は、どうやってもわかれる声質を持つし、もし、そのような別れるほどの強さがないと人々の生きるための力がないものになる。とはいえ、制度化してビジネスモデル化していかないと対応できないものが出てくるし、制度化すると、固定化するし、なかなかうまくいかなくなる。こうなると、なんのためにやっているのかになる。それをどう考えるのかと言うのは永遠の課題である。

                 

                (ミハ氏の感想 のっけから、モロ関西のめっちゃお坊さん風しゃべりだったので、思わず笑いがでそうになった。この人の味だなぁ、と思った)


                パネル・ディスカッション

                釈さんが午前中のみ参加、ということであったので、釈さんの発言が中心になるようにしたい、という稲垣さんからの発言で始まった。

                 

                パネル・ディスカッションの様子

                 

                稲垣さん)

                まず、確認したいことがある、先程、ボンディングとブリッジングが出たが、Bonding(ボンディング)は内部での結束を強める働きである、Bridging(ブリッジング)は他とのつながりのことである。ボンディングという側面では、真宗門徒の近年の信仰離れはどうだったのだろうか、あるいは、強固なボンディング機能が維持できたのだろうか?あるいは、新宗教と比べて伝統宗教とはどう違うのだろうか。


                釈さん)

                強固なコミュニティもあるし、そうでないのもある。寺院に関しては、都市ではそうでもないし、それには、就業形態が影響する事が多い。協力し合わといけない、条件の悪いところではボンディングが強いと言える。そして、みんなで常に何かをやるところでは、ボンディングの存在そのものが、日常生活に直接的に影響をする。ところが、会社勤めになると変わる。就業形態が変わると、それぞれが別々の場面で行動することになるので、紐帯の弱体化が起きするし、それは池田でもそうであった。宝塚から池田にかけてはほぼ植木屋さん、植木を生産するタイプの植木屋さんであり、それなりに仕事で助け合ったり、共同化することで助け合ってきた。ところが、会社勤めが増えると宗教的行事に関して、熱心さが減るかもしれない。

                 

                稲垣さん)

                一向宗の自治精神と言うのは、非常に強い物があるときくが、どうなんでしょう。
                釈さん)

                いまだにある。自分たちが寺を運営している感も強くある。特に加賀では、一向一揆で領主を追い出し経験もある。特に浄土真宗の性質もあり、地内町をつくり、都市ごと独立させて、浄土真宗の門徒で運営した実績もあり、そういう気質が残っているところはあり、住職ももんとと基本的に横並びであり、自分たちで、教義を作っていて、若い住職より年配の門徒のほうが、住職に教えたりすることもある。


                稲垣さん)

                自治の精神を持っていたのは大変興味深い。日本の仏教は、お墓を守ることが主眼友いわれてきたが、そのあたりはどうなのだろう。


                釈さん)

                そもそも、浄土真宗では、お盆もお彼岸もしないという、従来の浄土真宗ならではの習慣が失われてきた。バブル時代から急速に変わった印象がある。そもそも、伝統的に地域により、お葬式の仕方が違っていた。ものすごく近い地域でも葬儀の仕方は異なっていたが、バブル期に葬儀のビジネスモデル化が進見、全国ほぼ均質化した葬儀担ってしまい、葬儀の進め方の地域間の際や多様性が消えた。

                 

                稲垣さん)
                市場経済の席巻とカネにものを言わせた生き方が中心になってきたのがバブル期であったろう。


                釈さん)
                たしかに、バブル期から、宗教との関わりの中で、消費者体質へと進んだように思う。葬儀のパッケージングとオプション・サービスの購入スタイルへと変更されていき、葬儀事業者からのオブションを選んでおわりということが起きたように思う。これと同様の現象があらゆる場面で起きている。そして、家庭生活、家族の中にまで浸透している。消費社会、消費主義は、経済的合理性を求める行為減速が支配する社会であるので、コストを下げ、満足度を得る事が大事になっており、贈与とか与えるということは、むしろ不要であるかのような生活モデルが提案されている。ところが、贈与とかという感性がもう一度、東日本で揺さぶられ、今そちらの方向に向かっていったように思う。その中で、互酬性が大事になりつつあるのかもしれない。

                 

                稲垣さん)
                登壇者の皆さんから釈さんへの質問は?

                 

                木原さん)
                教え子の結婚式が先日あったのだが、人前結婚式というスタイルを取っていた。しかし、従来は、結婚式ならキリスト教式でというのがあったはずだが、それに見られるように宗教性を否定する方向に行っている。また、先程、葬式仏教への反乱という話が出たが、木原さんの友人が、お父様の葬儀をお寺に頼んだときに、経文の内容が意味わからんお経で、解説なしにそれが述べられたので、その後の回忌法要は、僧侶なしに自分達でお経を読んで済ませた事例などもある。このように宗教離れが進んでいるように思う。このような点についてどう考えておられるのか?
                ところで、自殺予防に熱心な浄土真宗であるが、浄土真宗だけがこのことに取り組んでいるのか、それとも、仏教界全体で取り組んでいるのか

                 

                釈さん)

                現代人は意味がわからん状態が苦手な人たちで、理性優先になっているかもしれない。儀礼性が重要であり、その意味で、感性ということをもう少し考えてほしいとは思う。
                それと自殺予防に取り組んでいるのが目立つのは、どこにでもいる浄土真宗(ミハ氏註 この話を聞きながら、ユビキタス真宗と失礼ながら思ってしまった。)という側面があり、仏教界の中での 最大だから派閥だからかもしれない。しかし、本来、社会活動よりも信仰優先的であり、どちらかと言うと、信心優先である。真宗は、どちらかと言うと、社会活動に熱心な思想ではなく、仏道そのものに関心があり、弱者に布教することで、弱者の信仰と言うか新人を育成する。ただ、普通、弱者はかなり普遍的な現象として、連携を求めるという性質があるので、弱者への保護が志向されるという側面はあるかもしれない。

                木原さん)

                むつみ庵は NPO法人とかの法人格はどうなっているのですか?

                 

                釈さん)

                法人格を取るとややこしいので、法人格は取っていない。個人としては、むつみ庵は施設と自宅の隙間であると考えている。これには、自分自身が、すきまと言った中間的な領域が好きであるというのもあるかもしれない。


                木原さん)
                社会福祉法人格をとらないののですか。


                釈さん)
                法人格を取ると、行政が口出ししてきたり、あれはこうしろといったように、制約が大きくなるので法人格はとらない方向で考えているし、行政も、実際に見に来られてお話する中で、なんとなくわかってくれていて、対応してもらっている。

                 

                稲垣さん)
                先程、木原さんの話で、聖性が失われていくという話が出たが、聖俗二元論というのがそのあたりはどうでしょうか。

                 

                釈さん)

                日常が仏道であり、日常が聖であるという概念がある。その意味では、聖俗一元ではあるが、基本的な軸は聖にある。とは言え、急速に第1次世界大戦から第2次世界対戦にかけて、聖俗二元論になった、という印象がある。


                岩村さん)
                キリスト教の伝統、特にカトリックの伝統の中では、看想会の伝統がある。その中で、聖性の確保がなされてきた部分がある。モティベーションの維持という意味では、弱き人の中で、御仏を見るという側面や、カトリック教会では、貧しき人の中に神を見る。キリストを見るというところがある。また、被災者の中にキリストを見るということもあろう。今、病院や施設からの直葬の時代の中で、痛んだ人共に生きる出発点として、葬儀の問題はあるかもしれない。
                妙好人(浄土真宗の在家信徒)の面白さの中に、真宗の特徴があるのではないか。ひたすら不条理を受け止めるという側面がある。(ミハ氏註 これは、アーミッシュやメノナイト・ブレズレンの伝統の中にある)


                釈さん)

                こういうのはあまりない。いくら奉仕していても不十分という理解がある、善行したとしても、自分の都合ではないかということが常に耳元でささやかれるところがあり、不完全な慈悲だという側面がある。これは、真宗だけの事情が影響しているかもしれない。
                社会活動を分けて考える傾向が強い。善行するときにも、真宗の教えが批判してくる。つまり、いくらやっても偽物だ、と指摘してくる真宗の教えがある。それだからこそ、続けられるという側面があるのではないか。


                フロアから釈さんに)
                先程、疲弊した介護職の話が出てきたが、疲弊した宗教者のケアをどうするのかについてお考えがあるか。

                 

                釈さん)

                介護の現場にいると特にそう思います。介護者の言いたいことを言える場が必要ではないだろうかと思います。尼崎で、介護者の言いたいことをいえる場所つくりが進められているが、そう言い場が必要かもしれない。


                 

                (ミハ氏註 キリスト教だと、スピリチュアリティ・ディレクションということや、カトリックやアングリカン・コミュニオン、正教会での司祭のメンタリング・システムがある教派が、こういうのがないと、司祭や牧師の暴走とか、燃え尽きとかが起きるんじゃないかなぁ、と個人的には思う。ケアするものは、ケアされてこそ、ケアするものになれる、というのはナウエンも書いているが、実感として今、ケアされるという経験をさせてもらう中で、強く感じる)

                 

                午後のグループ・ディスカッションのテーマとしては、ボンディングとブリッジングを考えてほしい。また、他宗教との協力は可能か。どうやったらいいのかを、皆さんで考えてほしい。


                 

                昼食後、グループに別れてディスカッションに移ったがが、昼食時に、PCが不調になったので、記録ができなかった。

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                評価:
                ロバート・D. パットナム
                柏書房
                ¥ 7,344
                (2006-04)
                コメント:ソーシャル・キャピタルの出発点になった、非常に良い本。おすすめしています。この本は基礎的文献です。

                評価:
                ---
                法藏館
                ¥ 3,240
                (2016-03-10)
                コメント:仏教宗門の詳細な実態調査や数値調査に基づく人口減少下での仏教寺院とその中での新しい方向性を求めている動きなどについての調査をまとめたもの。これがキリスト教ではできないのが何より残念。

                評価:
                Henri J.M. Nouwen,Donald P. Mcneill,Douglas A. Morrison
                Image
                ¥ 1,281
                (2006-01-17)
                コメント:非常に良い本だと思います。おすすめの一冊です。

                2016.12.19 Monday

                天理大学で開催された、イスラエルの発掘報告会に行ってきた

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                  2016年12月17日に、天理大学で開催された、新約聖書時代のシナゴーグが疑われる遺跡の発掘報告会「イエス時代のガリラヤ地方と一神教の系譜を探る −イスラエル、テル・レヘシュ遺跡における最初期シナゴーグの発見 」に行ってきたので、その概要と、ミーちゃんはーちゃんが思ったことをタラタラと書いてみたい。

                   

                  日本とイスラエルの共同発掘プロジェクト概説

                  最初は、桑原久男さん(天理大学)により、これまでの移籍の発掘の経緯と、日本とイスラエルの発掘関係についての概説がなされた。イスラエル大使とかの祝辞が送られてきたものが読まれていたあと、橋本英将さん(天理大学)がシナゴーグの発見に至った発掘の経緯である、遺跡の概要をご説明になった。

                   

                  以下発言の趣旨を要約する。

                   

                  タボル山(変貌さんと否定されることがある)を望む、タボル山から南西 5km付近のテル・レフェシュ遺跡であり、丘に囲まれた中にある遺跡である。テル(丘、の意味)とは、住居を建てては、その部分を埋め、その上にまた都市を作り、更に、またその新しい都市を潰しては、更にその上に都市を建設していった上げく、古代住居跡がミルフィーユよろしく、層になって重なっている、中東独自の遺跡が発見される、小山状の場所の総称である。

                   

                  イケアさんのミルフィーユ http://www.ikea.com/ms/ja_JP/food/recipes/pancake.html

                   

                  テル・ネフェシュ遺跡

                  このテル・レフェシュ遺跡(下のMap参照)では石灰岩の岩盤が表層近くにある。この遺跡は、前記青銅器時代から、ローマ時代の遺跡であり、ユダヤ戦争のあとのヘレニズム時代の遺跡は確認されてない。なお、この都市は、ヨシュア記に出てくるイッサカル部族の主要都市、アナハラトと表記される町に、比定される可能性があるらしい。この都市名は、エジプトのファラオの遠征碑文にも登場する。

                   

                  Google Mapsによる地図 https://www.google.co.jp/maps/place/Tel+Rekhesh/@32.6533495,35.3964932,12z/data=!4m5!3m4!1s0x151c4464c62184dd:0x5788c935f974750d!8m2!3d32.653345!4d35.466531

                  でみるレフェシュ遺跡

                   

                  テル・レフェシュ プロジェクトの皆様 http://rekhesh.com/rekhesh.com/Home.html

                   

                  なお、この遺跡のこれまでの発掘経緯からは後期青銅器時代には、ミケーネ土器の断片が発見されており、この丘の上の町が、エーゲ海方面の諸都市と交流と言うか、物流関係があったことが、想像されている。また、儀礼用の香炉台とか土製仮面なども出土しており、鉄器時代I期の遺構としては、オリーブ・プレス(オリーブの圧搾施設)と巨大建造物が出土している。

                   

                  ミケーネ式土器の一種(多分こんなに豪華な分ではないけど) http://www.veniceclayartists.com/minoan-art-pottery/

                   

                  オリーブ・プレス(発掘されたものではなく、もうちょっと最近) http://free.messianicbible.com/parasha/parasha-tetzaveh-you-command-the-oil-of-anointing/

                  鉄器時代の後期の石の壁と入り口がついたような、大規模構造物を発掘するのが、直近の発掘の目的であったが、その発掘の過程で、ローマ時代の出土遺物として、土器とコイン 、石臼、ヘロデ時代のランプ(ランプは、出土品の中でもデザインが時代によって変わるので、時代特定に有効)、ローマ時代のフレスコ断片、さらに、石灰岩製の石製容器(石灰岩を削ったもの、宗教祭具の一つ、と考えられている)が出土している。

                   

                  発掘前に、地中レーダーで探査した結果を見ると、「なにか出そうだ」という判断で、発掘を開始した。後期鉄器時代の壁の延長線上を、発掘している最中に、その鉄器時代の遺跡の延長線と思ったものが、初期シナゴーグの遺跡と思われるものであり、今回発掘の結果、この遺跡が見つかった。

                   

                  様々なランプのレプリカ

                   

                  これを初期シナゴーグと想定した理由は、直方体の切石が壁際に積まれていること、真ん中に直方体状のに切石(画面中央やや左の立方体の石)が整えられた岩盤を利用した上に据え置きされており、ベンチ上の石に囲まれるようにして建築プランがなされており、この遺構を始めてみたとき、イスラエル側の発掘責任者は非常に興奮した。

                   

                  発掘された遺構の画像 http://www.wnd.com/2016/08/1st-century-galilean-synagogue-discovered/

                   

                   この遺構はマグダラの初期シナゴグ遺跡とよく似ている 初期シナゴーグの特徴と幾つか合致する性質が見られた。発掘現場の画像や発掘時の各種の記録図面なども紹介しつつ、講演がなされた

                   

                   1世紀のシナゴーグの意味としては、これまで同時代のシナゴーグは、7例がおそらくそうでないか(ミハ氏註 そうでないか、のはなしであり、確定をしないところ、ここが大事)と言われているものが見つかったが、今回はその8例目になる可能性がある(ミハ氏註 まだ可能性である。このことが大事)。特に、漆喰の塗られた階段状の石造遺構が見つかったが、これは、ミクベと呼ばれる沐浴場跡ではないかと考えているが、まだ、同定に至るまでの発掘が進んでいない。ただ、この発見は、「何が見つかったら初期シナゴーグといえるのか」ということに補助線を与える調査であり、同様の遺跡が出た時に、参照することができる遺跡が現れたということであり、これからの研究課題への貢献が期待できる。

                   

                  シナゴーグとは何か?

                  続いて、山野貴彦さんという先生が話された。ご専門は、新約聖書時代の初期シナゴーグのご研究をなさっている方である。要約した結果を以下に示す。

                   

                  シナゴーグとは、もともとギリシア語由来のことばで、シュナゴーゲー、ないし、プロセウケーと言う、”集まる”という語から発展して、その変化形として、シナゴーグとなっている。ヘブライ語では、 ベト・クネセト(ミハ氏註 人が集まる家 くらいの意味)、アラム語で べ・クニシタと呼ばれるところであり、多目的集会所、人が集まるための建物という程度の意味であり、現代イスラエルの国会もクネセトと呼ばれているのは興味深い。

                   

                  さて、新約時代のシナゴーグにしても、ローマ時代のシナゴーグにしても、かなり時間幅があり、また、どちらかというヨーロッパ視点からの名称であるのは気になる。ユダヤ教の歴史から言えば、第二神殿時代とは言えるが、厳密に言えば、初期シナゴーグの時代は限定的であり、むしろ、 ローマ史から見れば、ローマ帝政の成立期、そして、第二神殿時代からの視点では、その最終期に当たる。その意味で、ユダヤ教の歴史的現象を扱うにも係わらず、「新約時代というキリスト教目線のタイトルはいかがか」と思う。

                   

                  初期シナゴーグ時代とは、ナザレのイエス登場前夜から、新約聖書諸文書の成立の時代 BC4からAD100くらいまでの時期であるとは言えるだろう。

                   

                  ところで、シナゴーグの成立時期はいつか、という問題があるが、論者によって、モーセ時代(ミハ氏註 これはないと思う)から、預言者時代、第2神殿期まで、様々な見解があり、その実像に迫ることは困難である。その意味で、成立時期は、現段階では学問的な意味ではなんとも言えない。

                   

                  ところで、ディアスポラ(パレスティナの外側にいる人々)のシナゴーグを考えてみると、紀元前3世紀頃の碑文には記載がある。出土したその碑文では、プロセウケーと書いてあり、また、ヨセフスの著作にはシナゴーグの紹介が出てくる。海辺のカイサリアなどの名前を上げて、シナゴーグの存在を紹介しているが、しかし、これらの名称付きのシナゴーグは、その遺跡が出土していないので、考古学的には立証されていない、というしかない。テオドトス碑文では、シナゴーゲと呼ばれている。

                   

                  シナゴーグには、律法の朗読、戒めの教育以外にも、宿泊施設としての役割もあって、人々がそこに宿泊する場所という側面をも、もっていた。宿泊の場所に関しては、ラビ文書内に、「シナゴーグで宿泊とは、けしからん」とか言う文書もある。

                   

                  ミハ氏的感想

                  ちょうど、天理大学行く途中、天理駅から大学まで歩いたのだが、駅前のあちこちに地名入りの宿泊施設(「詰所」って書いてあって、確かに詰められたのだろうなぁ、とは思った)があって、そして、カナダとかブラジル系の人たち向けの「詰所」と言うか、宿泊施設もあって、いやぁ、驚いた。現代日本の宗教都市と、イスラエルの宗教都市であったエルサレムとの関わりを考えると、こんな感じだったのかなぁ、と思ったのである。

                   

                  ところで、巡礼のときには、カトリックの巡礼者は、カトリック教会に泊めてもらえることも、あるらしい。カトリック教会の中には、病院の機能と巡礼者の宿泊施設の機能を持ったものがある。 ヘブライの巡礼の際の宿泊施設としてのシナゴーグを考えると、それがカトリック教会に引き継がれているのかもしれない、と思うと、非常に印象深かった。)

                   

                  古代におけるシナゴーグ遺跡の分布図を見ると次のような感じである。

                   

                  パレスティナのシナゴーグ遺跡の分布図

                  http://synagogues.kinneret.ac.il/excavated-synagogues/distribution-maps-of-ancient-synagogues/ から

                   

                  ローマ期シナゴーグの遺構は、わずか7例しか見つかっていない。 しかし、後世の遺跡は爆発的に増加するのである。特にイスラエルから離れているガリラヤでは、ユダヤ教の中心施設として、シナゴーグが必要であったのであろう。3世紀以降は出土物などから、その遺構がシナゴーグであることが、特定しやすくなる。屋内装飾とか、律法の巻物が設置してある場所などが特定でき、居住地区の領域内における最大級の遺物であり、かなり。集会所である以上、普通の住居遺構以上の大きな建物であれば、シナゴーグであると比定しやすくなる。特に建物をめぐるように、座るためのベンチがあり、ベンチで足りない分には絨毯を引いていた、と考えられる。


                  シナゴーグかどうかの確定には、規模、出土物からの確認、宗教的な遺物の存在、などがかなり大きな要素であり、それが発見されると、おそらく宗教施設として利用されていた、と比定しやすくなる。

                   

                  イスラエルのシナゴーグと

                  ギリシア世界のシナゴーグ

                  シナゴーグ研究では、ディアスポラのシナゴーグとイスラエルのシナゴーグをかなり安易に比較しているような研究があるが、ディアスポラのシナゴーグは、その町の文化に属するものであり、単純比較できないが、比較対象の参考にはなる。この古代のシナゴーグ様式の原型は、現代までつながっている部分があり、例えば、壁際に沿ってベンチがあるなど、古代から連続する建築様式がある。例えば、プラハにある、シナゴーグなどが参考になる。

                   

                  ミハ氏註 このあと、過去イスラエルで見つかっているシナゴーグ遺跡の個別の説明(詳細省略)がなされ、このローマ帝政初期の数十年間に建設されたものの、特徴に関する解説が行われた。詳細省略)


                  面白かったのは、出土品の石の容器に関する議論であり、ガリラヤ湖の東北側では、加工の容易な石灰石の容器ではなく、現地で産出する硬質の石である玄武岩でできている石製宗教祭器が出土するらしい。なお、ガリラヤ湖から西側は、石灰石製の宗教祭器が出土し、ゴラン高原付近は玄武岩製のものが出てくる。

                   

                  また、シナゴーグの構造とし1階建てなのか、2階建てなのか、という議論があるだろう。現代のシナゴーグをもとに、2階建て(女性等の席)の例を参考に2階建てを考える向きもあるが、壁体構造から行って、2階を想定するのはしんどい仮説と思われる。


                  1990年から発掘されているヒルベト バド イーサ遺跡があるが、この遺跡からは、着色漆喰の存在がみられた。また、2008年に、ガリラヤのミグダル(マグダラ)でビーチ開発の途中でシナゴーグ遺跡が見つかっている。広間の中央から石段が出土し、レリーフが彫り込まれたメノラーが見つかった。この側面4面と天板部にレリーフが彫られており、前後左右のデザインが対象になっていた。

                   

                  きよめの思想と沐浴場

                  また、シナゴーグでは、ミクヴェとよばれる身体を浄める沐浴施設が設置されていることが多い。それは当時のヘブライ人の信仰世界の中で、身体性と関わるきよめ、清浄さをが重視されたためであろう。また、石の間から、妙な動物などが出てきて、汚れが生じないように、きよめのための施設では、漆喰で穴などが完全にカバーがされている。

                   

                  レフェシュの居住地を考えてみると、非常に小さな集落であるため、これまで発見されている大都市のシナゴーグと比べて、当時の小規模のユダヤ社会の中で、シナゴーグがどういった意味を持ったのかを考える契機となる可能性があり、地方の宗教史を考える上で重要かもしれない。

                   

                  一神教はいつ成立したのか問題を考える

                  最後に、市川裕さんという方が、「イエス時代のガリラヤ地方と一神教の系譜を探る」ということで公演された。

                   

                  これまでのユダヤに関する日本人の歴史理解は、キリスト教の影響が強すぎていて、ユダヤ理解が歪んでいるのではないだろうか、。キリスト教が、イエス殺害に関わったということでユダヤ人を差別して、ユダヤ人がしていい仕事は当時、卑しい両替商や金融業(今の銀行業というよりは、いわゆる闇金的職業と理解されたようであるが)などに制限された結果、ユダヤ理解が誤解を含んでいるのではないかと考えている、とのご発言があった。

                   

                  一神教の成立、特にユダヤ教の成立とガリラヤ地域を考えてみたいが、ユダヤ教の成立をいつ頃と想定するか?ということに関しては、かなり、遅い定義で考えたい。一神教とは、神と人間、というよりはむしろ、人間集団としての結びつきを考える体系である。(ミハ氏註 ヘブライ語聖書、あるいは旧約聖書を理解する上では、この、人間集団、コミュニティというのが大事である)人間集団が、一つの神でつながっている、というのが一神教の特徴である。そして、神殿などの中心的施設と周辺にある教会との関係を構築している。ユダヤ教で考えると、3世紀にならないと、体系としてユダヤ教が、できあがっていないのではないか、と考えている。そのような比較的遅い成立を想定している。例えば、ラビ・ユダヤ教が成立したのは、キリスト教が成立したあとの口伝律法の体系である、ミシュナーが完成した時を考えていけるだろうし、地方でのシナゴーグの成立はその意味で重要であろう。

                   

                  三大一神教観の比較とその関係

                  神と人が交わるところとしてのシナゴーグがあり、それは、キリスト教では教会であり、イスラム世界ではモスクである。それらの施設があるが、これらの一神教と呼ばれるものを考えてみると、ユダヤ・ムスリム の共通性のほうが強いのではないか、唯一神(ユダヤ世界では、アドナイと発音される聖四文字なる方、イスラム世界ではアラーまたは、アッラーと呼ばれる方)からの掲示されたものが中心になっている。

                   

                                  ヘブライ世界     イスラム世界
                  聖典              トーラー       クォラーン

                  神聖集会所   神殿(シナゴーグ) モスク
                  入口の方向   エルサレム     メッカ

                   

                  であるが、キリスト教になると、人にして神であるということはあるものの、礼拝対象は人間という性質を持つことになり、図像などが置かれる。このような図像化された、十字架や聖像やイコンと行ったものは、イスラム世界とヘブライ世界にはないものであり、ユダヤであれば、神聖集会所で、トーラーとネビームがよまれ、イスラムであれば、クォラーンが読み上げられ、あとは、祈りとこれらの聖典テキストを学ぶだけである。

                   

                  特に、キリスト教以外の一神教と呼ばれるものになく、キリスト教独特のものとしてもっているものは聖餐式であり、旧約聖書における生贄(過越祭)の儀式性が含まれている。そう考えると、同じ一神教とは言え、キリスト教とキリスト教以外の一神教という理解のほうが、わかりやすい宗教理解かもしれない。

                   

                  特に、ユダヤ・イスラム宗教共同体と考えると、シナゴーグとモスクの役割には共通性があり、ユダヤ・イスラム宗教共同体から見ると、キリスト教は特殊に見える。その意味で、一神教に関して、ヨーロッパを中心とした、従来のキリスト教的歴史理解による、ユダヤ教理解の偏りを外していく必要があるのではないか。

                   

                  ミハ氏的感想

                   これは、息子殿の研究テーマが、イランなので、どうしてもイスラム教の影響を考えないといけない(ムスリムの世界は、生活、即イスラムの世界なので、信仰と生活が一体化している)ので、息子が井筒さんのクォラーン注解書をよんで、「これこれ、そこの不信の者共よ…」と井筒さんの注釈をそのまま引用するので、家内は息子がイスラムに改宗しないか、と心配になったらしく、井筒さんのクォラーン注解書を読んで、どこが自分の日本語訳(新改訳第2版)の旧約聖書と違うのかを、かなり真面目に研究したらしい。その意味で、我が家は一家で、一神教研究所になっているのがおかしいw。で、家内の研究成果によれば、ムスリム側から見れば、イエス(アラビア語でマルアムの息子イーサ)も、クォラーンでは一定の評価をしているので、序列順位で言えば、ムスリム、その下がキリスト京都、ヘブライ的信仰者という序列順位であるらしい。それを考えると、儀式様式の形式論理だけでヘブライ世界とムスリム世界の一体性があるとするのは、相当無理があると思う、と、この理論には挑戦したいと思う。東大の宗教関係の学者に楯突いても、直接の利害関係がなく実害はないので、一応念のため、疑義を申し立てておく)

                   

                  特にこのようなヨーロッパ的な世界観から一方的に見たユダヤ社会理解は、高校の教科書に典型的に現れており、特に、ユダヤ思想は神との契約に基づく特別の任務をイスラエル人が負っている、という理解がすっぽり抜けている。ユダヤというと、すぐ選民思想とかいう話になりがちだが、選民思想はユダヤだけでなく、世界の民族のかなりの部分のどこにでもある。

                   

                  ミハ氏的感想

                  それはそうなんだと思う。先の戦争中、1940年ころは、神国日本とか言って、選民思想に日本人のほぼ全体が染まっていったし、いまだに政治家のオジサンで、誰とは言わないけれども、「日本は神国ですから」と発言を切り取ればそう行っているかのように聞こえる発言をした政治家もおられるようであるので、日本だって、人のことを選民思想をお持ちだとは、批判できないのである。)

                   

                  高校の世界史の教科書における記述を引用しながら、ユダヤ教は、キリスト教によって、超克されたかのような印象を与える記述があり、世界の宗教世界の中では、ユダヤ教が消滅したかのような印象を与える、高校の世界史の教科書の記述がある。

                   

                  いつを一神教体系の成立期と見るか
                  ところで、ミシュナーとよばれる、口伝トーラーの成立は、ムスリム世界のハディース(言行録)の成立と、ある面、似ている。 なお、律法(トーラー)の中で、口伝ではないのはモーセ5書である。ヘブライ社会も、ムスリム社会も、日常生活でも神の法(律法)に従うのである。(ミハ氏註 これは、キリスト教は言われても仕方がないと思った。我が身を振り返っても。世俗法と宗教法が完全に分離した生き方をしている。)

                   

                  基本的には、ミシュナーの成立で、ラビ・ユダヤ教が成立したとされていて、 律法主義の確立は、ミシュナの成立、つまり成文及び口伝という、2つのトーラーの成立、すなわち成文及び口伝トーラーの成立をもって、成立した点でも、クォラーンとハディース(言行録)を持って成立したムスリム世界と似ている。ただし、それを言うなら、イスラム世界の中には、先にも述べたように、マリアの息子イエス(マルアムの息子イーサ)を含んでいるので、多少違うようにおもう。宗教法に関して、ムスリム世界のウンマに相当する法学者をユダヤ教は整備していくことになる。また、イスラム統治下でユダヤ教がかなり繁栄しており、その意味で、この両者は相性が良かった。

                   

                  ミハ氏的感想 まぁ、これは、キリスト教勢力が東地中海世界には、たまたま人口的に少なかっただけであり、イスラム世界の成立期に、キリスト教徒がムスリムを援助していることを考えると、本来、キリスト教とムスリムは、相性が良かったはずであるが、アラビア海賊の活躍及びトルコの急拡大以降と、それ以前を混ぜて議論されているように思われた。その意味で、日本における正教会系のキリスト教とその理解と、歴史認識の影の薄さが悔やまれる。)

                   

                  法概念が違うオリエントとオクシデント

                  法と宗教、世俗法と宗教法の分離が、世俗法でのローマ法体系が西洋法体系として継承される中で進んでいき、世俗法と宗教法という法の支配の2重構造がうまれており、これが現代までに及んでいる。ムスリム世界では、カリフ制の復活(ミハ氏註 きゃーイスイス団キタ〜〜〜)を目指す向きがあるが、イスラムを見ていると、イスラムとヘブライ社会の双方が辿れるのではないか。

                  セム的な(ミハ氏註 ユダヤとイスラム)世界を考えたほうが良く、ヘブライ世界とイスラム世界の連続性を考えたほうが良いのではないだろうか(ミハ氏註 だけど、ヘブライ世界は、マルアムの息子、イーサ(マリアの息子ヨシュアあるいはイエス)を認めないが、イスラム世界は神としては認めないものの、預言者としては、ミリアムの息子イーサを認めるので、その点でこの議論は要検討であると思った)。

                   

                  テル・ネフェシュ遺跡の発掘の意味

                  シナゴーグの発見が提起する意義についてであるが、エルサレムの第二神殿時代のユダヤ社会を一神教の世界宗教の世界の中でどう位置づけるかを考える手がかりになるのではないか。一神教の2つのタイプが有る(ミハ氏註 ここから、ユダヤ&イスラム VS キリスト教 の議論を与件としてこの講演者はお話になったので、議論がずれてくる、と思った)。

                   

                  イエスの位置づけに、この発掘は、より公正な代案を提示するきっかけとなるのではないだろうか、キリスト教的な歴史の影響かとは独立の見方ができるのではないだろうか。エルサレムでは、祭司たち アロンの直系の家計が神殿を守り、それ以外ではパリサイ派の人々やエッセネ派の人々のような、血統によらない人々がヘブライとしてどのように生きるのかを議論していた。(ミハ氏註 これは、先日の『福音と世界』2017年1月号に掲載された、山森みか論文参照されたほうがよい)


                  そして、ユダヤ教徒は何かを巡って、意見を集約させるのではなく多様な意見を展開しつつ、日常生活を律法に則って、自覚的に統御する方向性が強まる。それが、パリサイ派や、エッセネ派を生み出し、パリサイ派は、一種の大衆運動的な方向性を持っており、逆に、エッセネは、一部のみの人に向かった運動体として考えられるのではないだろうか。

                   

                  その中で、バプテスマのヨハネが生まれ、ユダヤはイエスが登場する直前の時代には、非常に混沌とした時代であり、熱心党含め。いろんな運動体が併存し、ユダヤ教とは、何であるのか、が考えられていった時代であった。その中で、対ローマのユダヤ戦争があり、神殿が崩壊し、その神殿崩壊後のなかで、ユダヤ教とはなにか、という問題が取り上げられていくことになる。

                   

                  イエスの時代には、宗教生活の中心としてのエルサレムの神殿があり、そこでの生贄、祝祭、巡礼と言った者から、パリサイ派、サドカイ派、エッセネ派、死海教団などがうまれており、ガリラヤ地方でイエスがローマの支配強化に伴うユダヤ社会の圧迫が始まルナ化で、その活動を開始する。そして、イエスの死後数十年して、第一次ユダヤ戦争へとつながり、ユダヤ宗教の各施設である、神殿崩壊することになり、ユダヤ人に非常な衝撃を与える。そして、その結果として、ユダヤ人のエルサレム追放とガリラヤ進出が起きたであろう。ミシュナーとタルムードが形成され、それらの教えが説かれているという意味で、シナゴーグは重要であったろうし、それらの成立にも、シナゴーグという存在が影響しているとは考えられるだろう。

                   

                  神殿時代のガリラヤとシナゴーグ
                  神殿時代のガリラヤとシナゴーグとしては、イエスが宣教した30年前後からユダヤ戦争頃までは、エルサレム神殿への巡礼(ミハ氏註 キリスト教徒も宮で集まっていたと使徒言行録に記述があるから、そこに行っていただろうが)や神殿での振る舞いを学習するためには、シナゴーグが一定の役割を果たしたはずである(ミハ氏註 キリスト者たちも髪の毛を剃っているが、異邦人が混じっているので、パウロが逮捕される原因となる神殿での騒擾が起きる)。

                   

                  この時代は、メシア思想(ミハ氏註  イエスだけでなく自らが、メシアであると主張したものが、多数いたことが使徒言行録やヨセフスのユダヤ戦記で出て来る)、終末論的切迫感、世界戦争等の思想の広がりがあり、ユダヤ社会に関する宗教を議論する場としてのシナゴーグがあったのではないか、と考える。

                   

                  トーラーとイマムのような存在がある一神教ができるのが2〜3世紀であり、トーラーによる宗教として、神殿での供え物に関する教義を神殿崩壊とともに失うなかで、どのように展開していくのか、は議論になったであろう。賢者と呼ばれる知識者集団が口伝トーラーの概念を発展させ、ミシュナの編集に至ると考えていくことになるだろう。


                  この中にキリスト教も合わせて考えていく必要があるだろう。より具体的に言えば、メシアの死と復活を信仰を基礎とする宗教はいつどのように展開してくのか、ということ、すなわち、ユダヤ社会のシナゴーグとの分離について、考えていく必要があるのではないだろうか(ミハ氏註 この部分は、新約聖書中に明白な記述がないように思う。あるのかもしれないが、ミハ氏が不勉強なだけかもしれない)。

                   

                   異邦人世界に布教する中で、ユダヤ的な戒律ではない、神の概念に魅了される信徒が形成され、魂の救済を柱とする神学が、教父と呼ばれる知識層によって、確立されていくことになる。そして、神殿祭儀(過ぎ越し祭)をシンボリックにした儀礼(聖餐式)がキリスト教の儀式の中に定着していく研究はもう少し考えられてもいいかもしれない。実際に、パウロは、このブログで以前紹介したとおり、伝道と言いつつ、路傍伝道していたわけではなく、シナゴーグに入り込んで伝道していった、ということの意味や、意義をどう考えていくか問題があるだろう。

                   

                  シンポジウムはちょっと意識散漫になっていたので、省略。あまり意義ある話し合いとは、正直、あまり言えなかった内容であったと思った。それは、ミーちゃんはーちゃんの理解力不足の故であろう。

                   

                  月本先生の総括

                  面白かったのは、月本先生のお話で、山川を信頼するなと言うのは、月本先生は思われたらしい。別件で。

                   

                  あと、補足として、ガリラヤ地方になぜユダヤ人がいるのか問題は、ユダヤ民族誌の中でシューラーが最初に議論しているが、ハスモン家の人物が、この地の人々をユダヤ教に改宗させたのではないか、との主張がある。また、この征服は、ヘロデのイドマヤ人征服と並ぶものである。また別の学者は、ガリラヤにユダヤ人が多い理由としては、捕囚とはいえども、捕囚されたのは、一部の上流階級だけで、庶民層を中心とする人々はかなりは残っていた説を唱えている。また、紀元前2世紀から1世紀のハスモン時代から、ローマ時代にかけて、ガリラヤ地方で、ユダヤ人の居住地が増えていく傾向が、発掘結果からわかっている。

                   

                  ユダヤ人がガリラヤに定住したのであるが、それは、エルサレムや南のユダヤ人との関係を考える際に、今回発見されたようなガリラヤの遺物とイスラエル南部との関係を考えることができるのではないだろうか。

                   

                  なおミクべはシナゴーグ以外にもあり、個人宅や大規模邸宅にもあり、イスラエルでは全部で250見つかっていて、そのうちの70がガリラヤ地方にある。

                   

                  特に、土器で輸入品ではないものに関しては、ローカル産品が大量に使われていたことがわかる。であれば、もし、エルサレム周辺で作られたものが出土したりするなど、出土品の産地がわかると面白いのではないか。ある時代においてランプのデザインは共通であるが、そのランプからの交流史を辿れると面白いだろう。

                   

                  出土した石製の容器のように、ユダヤとガリラヤは共通性があり、ユダヤ人の世界がもともとの南ユダヤから、ガリラヤ地方に、ローマの早い時代に移動しているようだ。テル・レフェシュ遺跡の年代特定ができたら、ガリラヤでのユダヤ人居住地がどれくらいの時期に始まり、どの時代で終わっていたか、を特定することが期待できるのではないか。ただ、ローマ時代以降の居住施設の遺構の発掘が大事になるだろう。

                   

                  新約聖書との関わりでは、シナゴーグでイエスが話すなど、イエスの活動とシナゴーグの関わりを考えることも重要だろう。マタイの福音書でも、会堂でシナゴーグで、イエスは教えていたし、パウロもそのようにしている。


                  福音書の記述があり、所在する町の名前のわかっているシナゴーグとしては、カファルナウムとナザレの会堂は記述上では特定されているし、ヨセフスはティベリアのシナゴーグや祈りの家があったとしている。その意味で、イエスは会堂でも活動したわけであるし、パウロの伝道でも、会堂にはいっては、教えていることが使徒言行録に記載されている。その意味で、キリスト教を育てていった母体としての会堂、シナゴーグの役割の研究が進められていくべきだろう。

                   

                  最後に、発掘ボランティアの資金が足らないので、あちこち駆けずり回って募金による資金調達をしているそうなので、もしよろしければ、ご協力をば、ということであった。

                   

                  全体的感想

                  この講演を聞いていくつか思ったことがある。それは、この発掘があたかも「イエスが活動した、あるいはナザレのイエスがそこでトーラーやネビームを読み、民に話した」会堂の発見として報道されたことである。確かに、この会堂は、イエスが活動したガリラヤにある。ナザレからもそう遠くはない。しかし、イエスが、ここにいた、と判断することは、考古学的にはできないだろう。だいたい、イエスという名前自体、ヨシュアないしイシュアスであり、まぁ、普通の名前である。それこそ、指紋でも見つかれば別であるが、そんなものは見つかりっこないし、条件が苛烈なパレスティナで残っているとも思えないし、比較の対象になるイエスの指紋はない。まぁ、イエスが行ったことがある会堂の一つだったかもしれないね、というあたりが正確なところであろうし、今回のご講演の中でも触れられていたが、この建物は、シナゴーグの可能性が高いとはいえ、そうだと認定されたわけではなく、これから更に発掘が進められ(今、半分くらいの発掘が終わったところらしい)、様々な観点から検討されるであろうが、それでも、シナゴーグとして判断することが可能なのではないか、という程度のことである。この慎重さが、考古学が学であろうとしている学であり、批判に対して開かれているなぁ、と思うところである。それは非常に好感が持てた。

                   

                  もう一つは、マスコミが世界の大発見とか騒いでいたが、マスコミは、この種のことに基本的に理解がない、ということの証左であり、風呂屋政談の素材提供組織、といった程度のものであり、信用ならん、ということであることを指し示しているのだろう。それを、我々は、十分わかった上で、メディアと付き合っていくことが求められる。それは、世俗のメデイアであろうと、キリスト教メディアであろう、自称キリスト教メディアとされている、というメディアでも、同じことである。山本リンダ嬢ではないが、♪メディアを信じちゃいけないよ♪なのである。

                   

                  山本リンダ嬢の『どうにもとまらない』(小学生ころ聞いた)

                   

                  もう一つは、学問対象としての宗教をどう考えるか、という問題である。今回ご発表になられたお三方の信仰の背景は、よく存じ上げないが、山野さんと月本さんの理解が、ある種信仰の内実と一体化しているというところで、議論を進めておられて、なるほど、そのように理解すればいいのか、ということを強く感じた。しかし、その立場は、学問としての所謂客観性を多少犠牲にしているのではないか、という批判を受けやすい。しかし、所詮は、客観性と言いつつ、純然たる客観は人間が生み出せない以上(これは器械を用いた測定値であっても、その問題はつきまとう)、間主観性であるにすぎない。であるとすれば、自己の信仰の内実に照らしつつ、できるだけ他者と対話可能な言語と手法で対話しようとしているということをお二人からは強く感じた。

                   

                  しかし、予算をお借りしたということもあるとは思うのだが、市川様のご発表のご趣旨は、あまりに信仰の内実というのか、信仰の思想的な部分を相当に無視した、外形論的根拠を利用した形式における傾向性からのご発言とは言えるかもしれないものではなかったか、と思う。学説の説の新規性という意味では、面白かったが、今後これから、ご検討される仮説を、とりあえず、出して見られた、ということなのだろう。なお、このご講演を拝聴しながら、ミーちゃんはーちゃんは個人的には、”見かけの相関”ないし”擬似相関”という語を思い出した、ということだけは申し上げておこう。と言うのは、この3つのグループは、基本は、旧約聖書の世界から出発したグループではあり、共通部分から見ると、共通度は高い。しかしながら、キリスト教はギリシア、ローマを経ていく中で、現地化していき、ムスリムはムスリムでイスラム系の諸帝国の成立、滅亡という時代を経る中で、変容しているのだ。また、ユダヤ教も基本成文宗教法体系で固定されつつも、また、その先端では変容しているのである。また、どの程度の分析の精度か、あるいはレゾルーションをどの程度にするかにもよるけれども、イスラムとて一括りではない。しかし、それをあまりに細かくやりすぎると、何が何だかで、何も言ってないことになるので、このあたりのさじ加減がむづかしいのだなぁ、と改めて思った次第。

                   

                  この記事単発。

                   

                  なに、ミーちゃんはーちゃんごときの素人の見解である。お気に召されることもあるまい。素人のたわごとである。


                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  2016.12.24 Saturday

                  大阪ハリストス正教会での降誕祭講演会「なぜ神が人となったのか」参加記録

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                    友人のOrzさんが誘ってくださったので、大阪ハリストス正教会の講演会に行く予定にしていたのだが、Orzさんのご関係者に重篤なご病気という実にやむを得ない急用ができたので、家内と二人でデートとして出かけることにした。今回は、昨日2016年12月23日の講演記録である。

                     

                    まずは正教会の概要のご説明

                    修道士としてのニコライが来て、日本で布教が始まった。最大時期は3万人くらいの信者数を擁したが、今は1万人くらいである。明治や大正の頃は、教会外部の人向けに説教会で正教会のことを伝えることを良くしていた。そして、その講演会を通して、多くの信徒を獲得していたことあもった。今日は、その明治の頃の真似をして、講演会をしてみようと思っている。


                    正教会についてだけれども、キリスト教の教派の一つであって、ある面で言えば、キリスト教の理解は、正教会の理解にかかっている、といえるかもしれない。正教会を基準にキリスト教を理解してみると、正教会を一つの補助線に、様々なグループがどう分かれているかを辿っていくことで、割とシンプルにキリスト教の各派の関係が、理解できるかもしれない。

                     

                    ミハ氏註

                    これは半分は当たっているし、半分は当たってないような気がする。なぜかというと、日本から見て、極西のアメリカあたりに行って、割と最近のキリスト教と呼ばれるものなどを見ていると、儀式論において、もう、すっかり変質してて、何が何だかという状態になる。こうなると、これはこれで、また別の補助線が要るからである。確かに、先週土曜日の天理大学での、講演会(天理大学で開催された、イスラエルの発掘報告会に行ってきた 参照)の最終発題者のご発言の基本ガイドラインとなされたユダヤ教イスラム連合 VS 西側のキリスト教 などにみられるような例は、正にそうかもしれない。あの記事でも書いたように西側のキリスト教の行き着いた先ばかりをキリスト教だと思いこみ、正教系の理解が抜けると、ユダヤ教とキリスト教より、ユダヤ教とキリスト教との位置関係が近いというようなご発言になってしまうかもしれない。)

                     

                     

                    ある種、キリスト教のカノン(まっすぐの棒 基準線 の意味)としての役割が正教会が果たせるだろうと思う。そして、正教会は、どのような教派がもともとはどんな状態だったのかを真面目にしっかりと考えつつ、キリスト教としての、再合同を模索する人々にとっては、一つのカノンとして捉えることも可能ではないか、と思う。

                     

                    ミハ氏註

                    確かに、正教会では、古代教父の伝統にしっかりと立脚しておられるから、これは儀式の側面でも基本形がよくわかる。そのことに関しては、否定のしようがない。カノンというご発言は、まぁ、そのご気概をお持ちということでご理解は可能であるけれども、ポストモダン社会において、カノン云々といったところで、一種の参照点、補助線としての意味しかもちえないので、そのあたりはもう少し議論の余地があるのではないか、と思うが。)

                     

                    正教という言葉をキリスト教会関係者でも知らない事が多く、教会堂のドームの先端の形状から、イスラム教の一派、と思われたり、ニコライ堂はモスクだと思っていた人がいるほどである。

                     

                    大阪ハリストス正教会での写真(当日ミハ氏撮影)

                     

                    その意味で、日本では、キリスト教といったときに、アメリカで発展したピューリタン的なキリスト教しか、一般の人々のイメージにはないかもしれないし、日本でキリスト教というと、西ヨーロッパのキリスト教というイメージが強いように思われる。しかしながら、エルサレムの重要な教会は正教会系統のキリスト教であり、ロシア、ルーマニア、グルジア、アラスカ、ケニア、オーストラリアと様々な空間的広がりを持つ地域に、多様な教会群が地域の実情に合わせながら広がっている。その意味で、正教会は、エルサレムから東の方の地域に影響している存在である。

                     

                    コンスタンティヌス型キリスト教の功罪
                    キリスト教そのものは、地域文化を超えたもので、地域文化と本来は響き合うもののはずであるし、対決ではなく、破壊でない共存ができるものであったはずだが、西側のキリスト教は(ミハ氏註 西側のキリスト教と言うよりは、ローマ帝国と一体化した、コンスタンティヌス型キリスト教国家と化した、西側のローマ帝国が、だとは思うが)ラテン語の世界をその先々で人々に押し付けようとした。ところが、正教会では、聖書と祈祷書は直ちに現地語化しようとしているし、これが正教会の伝道についての伝統の基本線である。


                    現在、欧米社会の中でも、時々あるけれども、欧米的なもの、西ヨーロッパ的な支配概念に沿ったものへの反発がある。例えば、アジアやアフリカでの侵略主義、進歩主義、物質主義、近代の西ヨーロッパの思想に大きく影響されている社会の状態への反発が、あるだろう。それが、そのままキリスト教への反発へとつながっていて、その近代社会の極限まで突き詰めようとしている、アメリカ社会とその文化というか、文明の背景にキリスト教がある、という人もあるほどである。たしかに、それは、否定できない部分があるが、しかし、それだけがキリスト教でもない。正教会があるはずだったのに。

                     

                    そして、現代社会では、キリスト教世界でも、正教会を素通りして、仏教やヨガやニュー・エイジの世界に入ってしまっている人々がおられる。それは、正教会が維持してきたものの中に、西方の教会が迷信的、異教的として切り捨てているからではないか。正教会では、神秘も非常に大事なものとしてきた。。その意味で、西洋型のキリスト教が対応しかねた部分に、神秘性を重視する正教会であれば対応が可能である部分があると思う。そのような神秘性を有する理解が、正教会の伝統にはある。たしかに、神秘主義といわれれば、神秘主義かも知れないが、神との一致を信仰生活のゴールにしていることが、正教会の概念としては存在し、信仰と一体化した生活全体を、神秘として生きるということが、言えるかもしれない。

                     

                    ミハ氏註 砂漠の師父とか、ソリチュードとかは、この正教会の伝統に則ったものであるとは、最近より深くわかってきた。神と共に活かされる神秘を、すなわち、信仰と神と一体化することを求めて生きるという意味では、非常にムスリムと近いベクトルを感じるのである。実際に正教会系の人々と、ムスリムは信仰の点においてかなり類似性を感じる)

                     

                    正教の捉え方からならば、日本文化を再発見できる可能性もないわけではないことに私(松島司祭)は、気がついたことがある。(ミハ氏註 まぁ、一神教と多神教では根本的に違うところがあるが、そこらあたりの厳密な議論は、一応留保しておく。)

                     

                    イイスス(ミハ氏註 ナザレのイエスとして日本では知られることの多い、人物名の日本ハリストス正教会風の言い方。なお、イエズスとか共同訳聖書では表記している。以下、一般化している表記のイエスに統一する)は、単なる歴史上の偉人ではない。キリスト教は、三位一体にして神である父と子と聖神が存在し、それらが完全に一つであるという理解に立つ。理屈ではわからないことでもあるが、これは、最も大事な教義となっている。至聖三者(英語では the Holy Trinity)であることを、考えるとともに、完全に神が人となった方として、神であり、人であるイエスということの理解が大事にしている。


                    正教会の礼拝のときの指の組み方は(ミハ氏註 十字を切る時の指の形)、親指、人差し指と中指を合わせて3本で三にして一であることを示し、薬指と小指を内側にきっちり折り曲げるのは、神が人となったこと、イエスの神人両性を折り曲げた二本の指で示し、二性一人格ということを表している。この指の形は、それだけで、三位一体と二性一人格の根本教義を示している。この三位一体と二性一人格あるいは神人両性を認めないものは、キリスト教としては、正教会の伝統からはお付き合いは難しいという側面がある。

                     

                    なぜナザレのイエスが必要だったのか
                    本日は、この地に人間であるナザレのイエスとして神が来たことについてお話したいが、これについて、正教会の伝統では、藉身(せきしん)といい、カトリックの伝統では、託身(たくしん)といい、プロテスタントの伝統では、受肉という。

                     

                    本来、この神が人になる、ということは、一神教世界において、とんでもない大スキャンダルであるのだが、翻って日本を見たときに、現人神として人が神になる世界である、日本では、神が人間になる(ミハ氏註 まさしく、N.T.ライトさんの著書の How God became Kingを思い起こさせるが)ということの大スキャンダル感が、どうも伝わらない。ユダヤ教、キリスト教、イスラムを含む、これらの一神教世界では、神に関しては、絶対他者性というのか、どうやっても人間とは異なる他者性をもった存在として、理解される。一神教の世界では、神が人になるなどということは、起こり得ないこととされており、その世界の人々にとっては、そんなことがあってたまるか という感覚がある。

                    ミハ氏註

                     この辺がどうも日本では、きちんと伝わってないので、一神教の世界はある程度適切な範囲で、どうやっても理解されないように思う。そして、日本では、一神教と言いつつも、似て非なるものがまじりこんで来ている可能性があるかもしれない。とはいえ、そもそも人間は不完全な存在だ、くらいにはミーちゃんはーちゃんとしては、思っているので、この他者性が理解できない人について、個人的に、少しスルーしていることも少なくない。)

                     

                    まず、この世界のことを考えてみよう。3種類の疎外の観点から考えてみたい。

                     

                    疎外とは仲間はずれにする、ということである。全共闘全盛時代、この阻害という語は、産業社会の中で、人間がその本来の姿から切り離された、人間の姿の言葉として使われた。

                     

                     

                    逮捕されたように見える、全共闘の方(画面中央)後ろは機動隊  

                    http://campingcar.blog.hobidas.com/archives/article/88984.html

                     

                    日本大学の全共闘ヘルメット

                    http://www.geocities.jp/keitoy2002/nichidaitousou1971.htm

                     

                    ところで、全共闘の人々が言うまでもなく、人間の現実では、様々な面で疎外されているのである。どのような意味でかというと、まず(1)神からの疎外、(2)人間関係からの疎外、(3)被造物全体からの疎外の3点で阻害されているのである。

                     

                    神からの疎外からの開放
                    まず、神からの疎外であるが、神の裁きや神との関係がエデンの園での出来事で、神によって人間が阻害されているかのようにおっしゃる向きもあるが、それはそうではなくて、人間自身が、神から自らを切り離した、と正教会では考える。まさに、失・楽園である。

                     

                    映画失楽園のパンフレット

                    http://jidai2005.at.webry.info/200707/article_41.html


                    神の戒めに背いて、禁じられた善悪を知る木の実を食べることで、神との関係を人間側が切り離して、勝手に生きていくことを選択した、と正教会では理解する。つまり、神による追放ではなく、自己追放ではないだろうか、と師父(ミハ氏註 最初の頃のキリスト教の神学者たちのこと)は、主張しているのである。自ら、神との関わりにおいて、自己疎外したとえいるのである。手厚い保護のもとにある神と共に過ごした楽園での生活を、自ら捨てた、と理解するのが 正教会の伝統である(ミハ氏註 なお、イスラム世界でもそうなっている)。イエスも同じイメージを語っているが、それは、どこかというと、典型的に、放蕩息子のたとえ話であり、弟息子も、自分から神のもとを去っていっている。

                     

                    人間は、自分の意志で生まれてきたわけではないだろう。であるとすれば、人間の存在根拠は神にある、といえるのではないだろうか。存在の根拠であるいのちの源である神から離れた人間は、根無し草同様の状態であり、こうなっていると、自分はなんのために生きているのか、確信がない状態になる。

                     

                    時々、強がって生きている人もいるが、そうなると、ポキっと折れる人々も少なくない。人間の存在の根拠は、生物学的な親の存在という人もいて、そのような人と向き合っていると説明に困ることはあるが、肉体的な私、心理学的な自我は、たしかに生物学的な両親の存在から来ているかもしれないが、この自分を自分たらしめるものの存在がある、という説明で以前、ご納得いただいたこともある。

                     

                    自分が神との関係に根を下ろしていた記憶が人間には残っているのではないだろうか。神との関係を離れては、人間は内実を持ち得ないのではないか。人間として、明白でないかもしれないが、薄っすらと記憶している感じ、なんか空虚だという意識を感じている部分もあるのではないか、ということはないだろうか。

                     

                    ミハ氏補足

                     このあたりのことを拝聴しながら、あぁ、これ、ライトさんが『クリスチャンであるとは』の中で「響いている声」と表現したものであるなぁ、と思った。)

                     

                    イエスと出会った女性の一人に、日中の高温の環境下の、サマリアのスカルの井戸でイエスと出会った、多くの男性の妻であった女性の話が出てくる。おそらくこの女性は、自分自身の欠乏感、あるいはなんとも言えない渇きを満たそうとして次から次へと恋愛の対象を変えて行ったのであろう。正教会の伝統の中では、このサマリアの女性のすがたは人間のさまよいを写し撮っている、と理解する。

                     

                    まぁ、さまよった挙句でも、なんとか、教会にたどり着ければ、ラッキーであると考える事はできるであろう。多くの場合、芸術もさまよい、仕事、政治、学問、宗教も、人間のさまよいを示しているのではないだろうか。これが、ある面、人間の神からの関係が阻害された、結果の現実であると、理解できるのではないだろうか。

                     

                    人間の関係性からの自己疎外からの開放

                    神から自己追放したために、人間世界での共同体性が失われ、人間関係をバラけさせることになった。その結果、人間もバラバラになっていき、結果として、人は孤独な個人になったのである、と正教会では考える。正教会にとって、個人であることや個人主義は、ネガティブな意味しか持たない。自分への関心を中心として向き合うということは、あまり評価されない。個人主義的な考え方は、関わり合うのではなく、他人と向き合う(ミハ氏註 対決的な姿勢を持つ)ということでもあろう。正教会の伝統では、個人主義や個人中心というものに対して、否定的な視線を向ける。

                     

                    しかし、正教会の伝統では、神にしっかりと結びついたものとして、お互いを見出していき、より豊かなものを生み出すようにされていると考え、このお互いに見出し、受け入れあっていくという理解が、本来の人間のあり方であろうと考えている。正教会の伝統としては、本来的な人間というものは、神のかたちであり、三位一体であり、互いに分かち合っている関係性を持つと考えられており、男と女とかの違いはあれど、それぞれが異なった者として創造されつつ、相補性をもっていて、神のかたちを形成していると考えてきた。であるからこそ、人が神のかたちとして創造された以上、人が一人でいるのは良くない、という理解となる。

                     

                    よく誤解される語に、人格があるが、正教会が人格と呼ぶものは、人のあり方のことであり、性格や特性というものではない。この神によって人格(ミハ氏註 神と対話する能力、神と関係を持つ能力)を持つものとして創造されたのに、人間はそれを失ってしまったという立場であり、その結果、相互にかけがえのないものとして、一致していこうとする、ダイナミックな存在としての人格、すなわち、ペルソナが失われ、人はその人生を孤独、無関心、無理解の中に生きなければならないように、自らしてしまっている。

                     

                    ちょうど、メドゥーサがそれと、向き合うものを、冷たい石に変えてしまったように、人間は互いに敵対的に向き合ううちに、人間関係から豊かさがもたらされるのではなく、そして、人間関係が良きものをもたらすのではなく、冷たい孤立した孤独な関係に変わってしまったのである。

                     

                    ギリシア神話のメドゥーサの首を持つペルセウス

                    http://www.artsheaven.com/sebastiano-ricci-perseus-confronting-phineus-with-the-head-of-medusa.html


                    カリストス・ウェアという英国の正教会の神学者が要るが、彼は、Love is creativeと言っている。その意味で神の関係性は、非常にユニークで独創的なものと考える、という理解が正教会にはある。(ミハ氏註 霊性の神学の世界では、創造的であることとこの愛の概念は非常に似通った言われ方がする例が多いようなきがする。)

                     

                    被造物全体からの自己疎外の開放
                    神からの関係の疎外の結果、人間と自然界の関係においても、疎外が生じた、と正教会の伝統では考える。


                    被造物世界の中で、同じ神によって創造された、という根拠によって、被造物理解が正教会の伝統では形成されている。人間の役割は、神からの贈り物として委ねられた世界への配慮として、神への礼拝を捧げることであり、勝手放題好き勝手やっていい、ということではない。この地をケアすることが、本来の人間と自然界との関わり方えあり、礼拝であるはずである。

                     

                    善悪を知る木の実は、アダムには委ねられなかった。それに触ってはならない、と言われた。善悪の知識の木の実を触ってはならなかった、ということは、人間の力を及ぼしてはいけないところがあることを表している、と考える。それを無視して、その木の実を口にしたことで、本来の人間と自然の間での適切な関わりを、人間は阻害してしまったのである。そして、この自然の世界は、人間にとって研究し、利用し、支配し、破壊する対象となってしまった。それは、自分でしたことの結果ではあるけれども、その結果、自然からも仲間はずれにされ、疎外されてしまった。

                     

                    このような、3種類の自己疎外、すなわち、神からの自己疎外、人間関係からの自己疎外、自然からの自己疎外の自己疎外、があるのではないだろうか。

                     

                    ミハ氏註 ナウエンは、The way of the heart の中で、特に、人間関係の自己疎外の結果について、論考している。人間関係の自己疎外の結果である、他人に強いること、Compulsionの問題を追求している。そして、グリューンは、それを「従順さという病い」の中で、人間関係からの疎外を恐れるあまり、その社会システムなり、特定の人との関係性の中で、他者の理想や他者が求めてくるものに対しての従順さを、過剰に追求し、そしてそれに過剰に応じようとする人間の悲惨を描いている。)

                     

                    なぜ、神が人になる必要があるのか

                    アダムは、なぜ、善悪の知識の木の実を食べたかを問われ、エバに責任転嫁し、エバをアダムに与えたもうた、神にさえ責任転嫁をしようとする。そして、そのアダムの子どものカインは、兄弟であるアベルを殺し、そのカインの末裔は、金属器(青銅器や鉄器)を作るようになる。この金属器が作られることで、農業生産性は飛躍的に向上し、そして、それに伴い、他者の富やその源泉を奪うために、武器を使った殺戮が当たり前になる(ミハ氏註 実際に、水田耕作が行われている地方では、雨不足のときに、殺気立ってくると鎌が持ち出されることがある)。 金属器の登場は、文明の登場でもあった。テラやトゥバル・カインでは、鋤や鍬が作られ、生産性が上がり、あまつさえバベルの塔のようなものを建設し(ミハ氏註 バベルの塔を建設することで、神に近接しようとし)、人は都市を作り出そうとする。このような創世記の人々の動きの中に、人間が作った、文明と呼ばれる要素が全部入っている。

                     

                    ところで、パウエル(ミハ氏註 パウロと呼ばれる人物 以下パウロ)は、自分が罪人のかしらだ、と主張している部分に関して、パウロのレトリックだといい、パウロは、もっと立派な人だという解説した書籍もあるが、おそらく、この部分は、パウロの正直な気持ちだったのではないだろうか。


                    ところで、自己疎外こそ、死ぬことの本質ではないだろうか。人間が、そして、自分たちが自らを追い込んでいった「死」という状況、それが、原罪であるのだろう。死ぬ、という状況の中に生まれてくること、その事自体が原罪である。ダビデの詩篇には、「我が母は罪において、われを産めり」とあるが、正に死ぬものとして、自ら神からの関係に阻害があるものとして、いのちの源からの断絶へと自ら追い込んでいった「死」という状況の中に生まれることが、罪なのではないか、と思う。


                    神の側の対応

                    神の側は、ときに神に対して失われていることに対して、激しい怒りを持って人間に接する。

                     

                    罪を犯したものが許しをいただく痛悔機密(ミハ氏註 いわゆる懺悔とか告解と呼ばれるもの)があるが、この中の成文祈祷の表現のなかに、「 転じて生きよ」という一文がある。それは、神のもとに転じて、神と共に生きるものとなれ、ということである。転じて生きるために、人間があまりに失われた状態、死した状態にあるため、そこからの救出のため、あえて、その失わそうな状態である人間と同じ状態に身をおいて、一緒になって救出するために、(ミハ氏註 ちょうど、消防士が火の中に飛び込んで、中にいる人を助けるように)、神は最も深い愛をもって、神の側が人間の側に、やって来たと理解する(ミハ氏註 N.T.ライトは『クリスチャンであるとは』の中で、神のレスキューミッションと書いている)。神と人との深い裂け目を超えて、神が人間の側に来たのであり、更に、深い裂け目の奥底にまで、神の側が来て、その手を人間に向かって伸ばしているということだと考えている。

                     

                     

                    救急戦隊ゴーゴーファイブ(単にレスキューつながりで、引用。東映戦隊モノ。随分前に子供と一緒に見てた)

                     

                    Cicago Fireから(消防隊を描いたDick Wolfのドラマ)


                    その意味で、創造者である神が、人間のもとに人間を救出するために、やってきた。神としての自分を状態を捨て、わざわざやってきた、そこに神の愛がある。神が意図的に自分自身を死ぬものと等しくするという、ナザレのイエスの髪に対する自己疎外(ミハ氏註 エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ と言わなければならない状態にイエスが自らおくこと)が、人間の自己疎外から救った。

                     

                    礼拝するとは何か

                    耕し守ることは、礼拝する、とも訳せる可能性がある。礼拝での役割を担う司祭は、神と人との仲立ちをする。その意味で、このナザレのイエスは、人間が司祭としての性質を取り戻すために、この地に来た、とも言えるのではないか。

                     

                    正教会の式文の表現に、献じるものと献ぜられるもの、という表現があるが、 人間の司祭性を回復させるために、ナザレのイエスは来たと考える。つまり、我々人間が司祭であることを回復させるために、イエスがこの地に来たと考える。

                     

                    共同体の回復

                    孤独な私としての人間の状態から、私達への回復を正教会の伝統では考える。それは、互いの愛の関係の中への回帰である。その意味で、私(ミハ氏註 MeismやSelfishness)から、私達(ミハ氏註 コミュニティとコミュニオン ナウエンはこのことを非常に重視している)への回復である。

                     

                    人間の利益確保の道具としての地や被造物である、という側面から、自然と人間との本来との関係を取り戻し、モノの世界との和解が可能となった。

                     

                    ミハ氏感想

                     だからこそ、正教会では、ものとの和解をするために、聖性の儀式をするのかな、聖なるものとするための儀式をするのかなぁ、とこの部分をお聞きしながら、思った。なお、このような概念は、モノにもある種の霊があるとするムスリムの精神世界と類似性が高いと思った。)

                    聖餐(聖体礼儀)をどう考えるか

                    パンとぶどう酒というモノそのものが栄養源として考えられているのではなくて、これらが神からの愛の贈り物、”いのち”の源として差し出されることを受け取るという理解が一番いいのではないか。たしかに、偶有性としてのパンとぶどう酒頭囲言い方もあると同時に、実態としてのキリストの体という理解もあるが、それは、パンとぶどう酒というモノでありながら、キリストの体と血として差し出されている愛の贈り物でもある、という両面性があるものとして、理解することが良いのではないだろうか。

                     

                    その意味で、日常のあらゆるものがモノであると同時に、キリストの贈り物、神秘であると考えることもできようし、日常生活の中の神秘を日々経験している、すなわち、神との関係回復、人間の関係回復、モノとの関係の回復ということとおして、「死ぬ」という極限的な疎外から回復されることを覚えている、とも言えるだろう。詩篇の中に、次のような詩篇がある。

                     

                    【口語訳聖書 詩篇148篇】
                    主をほめたたえよ。もろもろの天から主をほめたたえよ。もろもろの高き所で主をほめたたえよ。
                    その天使よ、みな主をほめたたえよ。その万軍よ、みな主をほめたたえよ。
                    日よ、月よ、主をほめたたえよ。輝く星よ、みな主をほめたたえよ。
                    いと高き天よ、天の上にある水よ、主をほめたたえよ。
                    これらのものに主のみ名をほめたたえさせよ、これらは主が命じられると造られたからである。
                    主はこれらをとこしえに堅く定め、越えることのできないその境を定められた。
                    海の獣よ、すべての淵よ、地から主をほめたたえよ。
                    火よ、あられよ、雪よ、霜よ、み言葉を行うあらしよ、
                    もろもろの山、すべての丘、実を結ぶ木、すべての香柏よ、
                    野の獣、すべての家畜、這うもの、翼ある鳥よ、
                    地の王たち、すべての民、君たち、地のすべてのつかさよ、
                    若い男子、若い女子、老いた人と幼い者よ、
                    彼らをして主のみ名をほめたたえさせよ。そのみ名は高く、たぐいなく、その栄光は地と天の上にあるからである。
                    主はその民のために一つの角をあげられた。これはすべての聖徒のほめたたえるもの、主に近いイスラエルの人々の/ほめたたえるものである。主をほめたたえよ。

                     

                     

                     

                    クラッシックな詩篇148篇

                     

                    現代風の詩篇148篇の賛美

                     

                    正に、この地の被造物全てとの関係の回復にあたって、天と地を結び合わせる存在としての神が、この地上に到来し、その回復があるのである。この回復を、体験するのが教会であるし、それを示すのが、毎週の神への礼拝、共同体で行う礼拝であり、今は、教会の中で見ている人だけかもしれないが、それが、そのうち、全地、及び、全宇宙、すなわち、神の子が作り給いし全てのものに対して創造主である王が現れ、神の創造の美しさを持つコスモス(ミハ氏註 このコスモスには、お花のコスモスの語源というよりは、Cosmetics すなわち、化粧品 の語源の被造物世界の美しさ、っという語として理解した方がいいだろう)全体に、回復された関係が広がる。 これが降誕祭で祝っている内容である。このキリストが地上に生誕したことで、神との関係が回復し、そして万物との関係が回復するというのが、正教の理解である。

                     

                    正教では、もし、という問いをあまり取り扱わないのだが、それを取り扱っているものの中に、「もし、人間がそのあり方を失わなかったら、神は人とならなかったのか。」という問いがあるが、シリアのイサアクは、神はやはり藉身(Incarnation)しただろう。このIncarnation すなわち、藉身とは、神が自分自身から出て人の中に自らを注ぎ込み、人と一体となる神の愛のわざである、と表現している。また、それは、神と人とが一つになる、と表現した正教の師父たちもいる。

                     

                    キリストとは何者か?
                    完全な人間の示しとしてのハリストス(ミハ氏註 ハリストスとは一般にキリストと呼ばれる油注がれたもの、ギリシア語でキリストは、王という意味)はアダムの善悪の知識の木、の果実に関するしくじりの回復をするために、十字架という木にかかることで回復された、と考える。(ミハ氏註 このことを聞いた時、以下のアフリカン・アメリカンのブルースである”Strange Fruit”が思い浮かんだ。)本来人間がなっていくべき神の似姿の具体的な提示としてのキリストであり、そして、神と人間の回復された姿が、キリスト・イエスに示されている。これは、聖師父(直接の弟子たち)の共通理解であったであろう。我々も、人間として生きながら、神と一つになるように変容していく。 その意味で、神が人間という、あえて貧しい姿を取ったのがIncarnation(藉身・受肉)であり、それを記念するのが、クリスマスである。その意味で、神が人となったのは、神が神であり続けつつ、また、人が人であり続けつつ、それでも、共同体として、神と人が一つになることが目的である、ということを覚えるためである、と正教会では考えている。

                     

                    ビリー・ホリデー嬢の Strange Fruit 

                     

                    今回お話した内容は、幅広いキリスト教の中での伝統の、その中にある一つの見解、ではあるけれども、多くの師父たちは、様々なバリエーションで、このことを述べている。

                     

                    個人的感想

                    非常に楽しかったし、ある面、同行した家人は、めちゃくちゃ感動していた。ミーちゃんはーちゃんは、横浜ハリストス正教会の水野司祭がお書きになられた『福音と世界』での論文を拝読し、ある程度の理解をした上で、横浜出張のついでに、横浜ハリストス正教会に寄せていただき、色々と、ご教示及びご指導賜った上で、神戸のハリストス正教会に行ったので、神戸ハリストス協会に行くのが楽しかった。しかし、そのときに同行した家人は、何も知らずにハリストス正教会に連れて行かれたので、ミーちゃんはーちゃんが間違ってお寺に連れて行ったと思ったほどの家人であったが、今回、松島市祭のお話を聞いて、なるほどと思ったことが多買ったらしい。帰り道で、実に実りある講演会であったと、何度も繰り返し言うほどであった。

                     

                    松島司祭は、正教会は大風呂敷を広げる傾向にある、とお話されていたが、非常にスケールの大きなまさに”福音”(イーワンゲリオンと呼ぶべき人間界ではなく、世界全体の回復も含めた回復のお話)をお伺いしたと思うし、ここまでまとめて、クリスマスの意味を提示された方のお話を、これまで聞くことはなかった。

                     

                    ご講演中の松島司祭

                     

                    今回、この講演会に参加させていただいてお聞きしたお話は、クリスマスに際し、大事なご講演の機会であると思ったので、本日ここに紹介した次第である。Orz山、明日の説教、ここからパクったらあかんよ。 

                     

                    なお、この速記録は、当日会場でメモをミーちゃんはーちゃんが、講演を聞きとったものなので、聞き漏らし、意味の取り違い、ミスなどがあるとすれば、その責任はミーちゃんはーちゃんにある。参加者は全部で、30名前後ではなかったか、と思っている。

                     

                    このご講演の後、大阪ハリストス正教会の美しいイコンスタシスや、会堂内部をご紹介していただいたり、正教会のクリスマスのときに歌われる賛美歌をおきかせいただいた。

                     

                     

                     

                    この記事単発

                     

                     

                     

                     

                     

                    評価:
                    Henri J. M. Nouwen
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                    (2009-09-22)
                    コメント:大変よろしいと思います。

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                    コメント:薄いけど、めちゃ考えさせられる。

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                    コメント:おすすめしています。

                    2017.03.22 Wednesday

                    大阪ハリストス正教会での講演会に参加してきた(異様に長いので閲覧注意)

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                      今日は大阪ハリストス正教会で行われた春季セミナーで、ワシリイ 杉村太郎司祭がお話になられた講演会 「救いとしてのテオシス」というご講演の記録と、神戸外国語大学の清水俊行先生の「『聖人伝』を読もう、祈ろう、生きよう」というご講演の速記録から起こしたポイントをまとめたものを書いたいと思う。本日は、結構むちゃくちゃ長めであるので、面倒な方はお読み飛ばしいただきたい。

                       

                       

                      当日会場となった大阪ハリストス正教会のご聖堂


                      当日、会場でタイプを打ちながら、採録したメモをもとにしているので、当記事に纏わる誤りや誤解はすべて、要約者のミーちゃんはーちゃんによるものである。

                       

                       

                      テオシスって何?
                      まず、ワシリイ杉村司祭のお話からまとめてみる。ギリシア語のテオシスは、

                       

                      θέωσις,(ギリシア語表記)
                      Theosis Deification (英語表記)
                      神化(神秘主義) 神成(日本語表記)

                      とさまざまに表記されるが、一般に、「神化」という語が独り歩きしているように思われる。更に神秘主義と表記されることで、ややこしい問題が生まれかねない。テオシスがとてつもない修行をした結果、日常生活から遠い存在、無関係なものとして理解されている傾向があるように思われる。その意味で、これらの誤解は、「神化」という語が独り歩きした結果であろうと思われる。

                       

                      「神成」という表記は、正教会固有の用語であり、これもそのままの文字を見た場合、誤解を招きかねない概念を含みやすく、実際に誤って用いられることもある。


                      まずは、聖書及び聖師父から理解を進めていくことが重要で、ある面、聖書全部がテオシスのためのものだとも言える。聖書を読むということが、そもそもテオシスの中に巻き込まれていくということである。

                       

                      確かに、聖書の中にテオシスという語はないが 聖イリネイが正教会的伝統で、はじめて、テオシスを用いている。

                       

                      テオシスとは何か
                      共通するテオシスの側面についてふれてみると、神の教育的配慮と人間の成長であり、これらが一つのキーワードであるといえよう。


                      聖書を通して、正教会の祈祷文を通して出会う神は、抽象的、概念的な神ではなくて、我々が行きている歴史的世界の中に介入してくる神であるといえるだろう。この世界に介入してくる神が、聖書を通して、祈祷文(祈り)を通して示される神だといえよう。

                       

                      要約者註 

                      ここでの、天(神の世界)と地(人間の世界)の関係は、N.T.ライトさんの『クリスチャンであるとは』で言う、選択肢<三>であり、天(神の世界)と地(人間が活動する世界)が嚙み合っているということなのだと思う。あるいは、その幕が薄くなり、天と地が交わる世界で実現すること、といってもよいと思った。

                       

                      教育という側面でいえば、祈り(要約者註 祈祷文)と機密(要約者註 教会での礼拝行為 痛悔と赦し、聖餐、祈祷・・・)を通して、神の教育的配慮(要約者註 人間が神との関係を回復するため、本来の神と語り合う存在としての人間の姿を回復するための教育)があり、その一つの手がかりとしての教会の存在とそこでの機密(要約者註 儀式と儀式を通しての生き方の見直し)と聖書があるといえよう。

                       

                      神に触れ、神のいのちに触れることとテオシス
                      テオシスとは、神と出会い、神の生命に触れていくという二番目のテーマに触れていきたい。この中で重要なのは、神の像(ぞう)と神の肖(しょう)である。人は、神の像と肖によって創造されたという理解である。

                       

                      要約者註 この辺が正教会らしい理解であると思っている。この二つのものをある程度関連付けながら、分けて考えておられるらしい。この辺、聖化では厳密に分けて考えていない場合が多いような印象が、ミーちゃんはーちゃんにあり、この辺がウェスレー派的な聖化と正教会の伝統のテオシスとは違う、という理解につながるのかなぁ、と思った

                       

                      神の像と肖

                      神の像とは何か。まず、像とは、像はそれだけで、それ一つだけでは存在せず(要約者註 というか意味をなさず)、必ず像には、その像が指し示すものがある。像は、何かの像であり、神の像(かたち)に作られたということは、神を表すために創造された、ということであろう。その意味で、人は神との関係の中で作られ、神に関係した存在として作られた。

                       

                      神の肖に作られた、とういことは、神と似た存在として作られたということであるものの、神のような存在ではない。ここが重要なポイントである。似た存在というよりは、似たものと成るような存在として創造された(要約者註 ここが、テオシスの根拠となるポイントではないだろうか、と思う)


                      創世記の初めにあるように、徐々に似たようなものとして成るように被造されている。似たものとなるということは、全知全能なる聖三者(要約者註  三位一体の神)となるのではなく、神の関係性や神の性質を表現するものに成長していく、ということではないだろうか。

                       

                      人間の教育と人間の成長
                      人間に対する教育的配慮は、神の性質に似たものと成るためのものであり、重要なのは、祈祷文と機密ではなく、その教科書としてそれらがあるのではない。そうではなくて、祈祷文と機密が何を教えるのか、祈りや機密を通して、何に与っているのかが重要なのである。教育はある方向性を与えるものであり、神は人間に対して、祈祷と機密によって、教育を与えてくれる。

                      要約者註

                      この辺、プロテスタントの人は、人を教育するのは、聖書のみなのではないのか、とすぐテモテ書を引用したくなるだろう。しかし、ここでの祈祷は、聖書全体を関係づけた成文祈祷であるし、機密は、神がこの地でなした聖書に描かれている内容の身体性を持って表現・体験可能にしたものであるので、聖書そのものと個人的には、どう違うのか、と思う。かえって、聖書のテキストを意図してないとはいえ誤読して、聖書から離れた主張が聖書の主張であるとして、ご主張される方のご主張が披露されることが時に起こることを考えていくとき、説教中心のプロテスタントに固有に発生しがちな問題もあるのではないか、と思った。いわゆるプロテスタントの説教にあたるものが、祈祷と機密であり、更に聖伝ないし聖人伝だと思う。

                       

                      見ず知らずの教会に行って、自分とは全く関係ない人物であるものの、その教会やその牧師が信仰を持つうえで重要な働きをしたかもしれない過去の人の貢献を講壇から聞かされることは、20数年前にその場所にいた信者さんや、あるいは、その牧師だけが聖人と認めた人物の聖人伝を語っていることにはなっていないだろうか、と思う。現代に生きていると思われる方の教会での苦労話を長々と拝聴するということをあるプロテスタント派の教会で実体験したことがあるので、今になって思えば、その牧師さんは、近代の教会の聖人伝を、説教として語ったに過ぎなかったのだろうなぁ、と思う。

                       

                      聖書を通して、祈祷文を通して遭遇する神
                      聖書を通して、また、教会の祈祷文を通して、どのような神と出会っているかということであるが、その神は、癒しを与え、回復を与える神である。祈祷文や連祷を通して出会う神は、『生ける神』であり、我々の信じる神は、概念ではなく、生ける神であり、生命(いのち)を与える神なのである。

                       

                      神成(テオシス)ということは、誰かに超人的能力を与え、超能力者にしたりすることでもないし、ある人にだけ秘密の知識を与えたり、人に栄誉を与えるようなことではなく、神は人間に生命(いのち)を与える神であり、旧約から、新約聖書まで、生きている神が人間に手を差し伸べて、生きている神の証左が人間を通しても描かれているのがこの世界であると思う。このテオシスはある特別な人が起こすのではなく、難行苦行により起きるものでもない。

                       

                      聖書の中にその言葉が記載され、祈祷文の中で言及されている神は、すべての人に、生命への道を与える神であり、イイスス・ハリストス(要約者註 イエス・キリストのハリストス正教会的表現)を通してこの地に介入した神である。

                       

                      キリストが伝えようとしたもの
                      ハリストスが伝えたものは何だろうか。イイスス(要約者註 イエス)の誕生から、十字架、復活にいたるまで民衆や人々との出会いがあることがわかるが、ハリストス(要約者註 キリスト)が伝えようとしたのは、何だったろうか。それは、「あなた方に新しい掟を授けるといわれた」ということであり、その掟とは、

                       

                       神を愛すること、隣人を愛すること

                       

                      であった。その意味でハリストスは、愛を教えたといえるだろう。そのことを受け、正教会では、祈祷文と機密を通して、愛を育てていくようにされている。それが、祈祷文の中に込められているメッセージであり、また、機密を通して高められていく方向性は愛といえるのではないだろうか。祈祷文と機密を介した教育で、愛が必要とされる、ということをしめしている。

                      要約者註
                      繰り返して言いたいことだが、伝統教派、正教会、カトリック、聖公会では、祈祷文だけであると誤解しているプロテスタントの方が多いが、実はそうではない。これらの伝統教派の教会での礼拝は聖書を中心で運営されているのであり、聖書が読まれており、その解説を兼ねたかたちで、個人の魂や心や精神や思いを神に向けることが、プロテスタントでは説教で行われる代わりに、祈祷文によって行われている印象があるように思う。祈祷文も基本的には、聖書の文言を中心に編まれており、聖書がその中心にあることは記憶しておいた方がよいように思う。

                       

                      愛によって何が連想されるか。皆さんは恋愛や男女の愛情、親子の愛情などのことを思われるかもしれないが、聖書の神の愛、ハリストスの愛はちょっと違うものであり、本来の愛であり、全てのものを包み込む愛である。

                       

                      成長や教育という語の中には、人間が応答するという意味、あるいは側面が含まれているのであるが、神成(テオシス)とは、神の呼びかけに対する人間の応答の結果であるといえるだろう。

                       

                      創世記の中の神の呼びかけ
                      「あなたはどこにいるのか」という神の呼びかけは、アダムとエバの時からあり、すでにその時から、神は人間に対して呼びかけておられたのである。その呼びかけに応答するかどうかが、人間が成長していく上での機微をもつものであり、生命の道につながっていくか行かないかの微妙なところになっている。


                      人間は、神から与えられた自由意志に基づいて その応答をするかどうかを決めるのである。ちょうど、学校で、教員の指示に対して、どう行動するかは生徒の自由意志によることと類似している。神を愛し、人を愛するという事は、人間の自由意志に委ねられているのであるものの、神の側の人間への愛は、変わらないものである。


                      時に、教会に行く力も出ないかもしれない。そういうことはある。相田みつをの「だってにんげんだもの」ではないが、致し方のない部分がある。しかし、神の愛は変わらないので、そのようなことがあっても安心していていいし、我々人間への配慮を持って生きて、神は変わることのない愛をもって存在しておられるのである。その意味で、神は我らを見放さず、常に呼びたもうお方である。

                       

                       

                      相田みつを氏の「にんげんだもの」https://twitter.com/aida_mituwo_

                       

                       

                      神化、神秘主義とθέωσιςは違うことを言っておきたい。神化とか、神秘主義という用語を、正教会の研究者は用いるが、これらの表現は忘れてほしい。神の愛に与っていることそのものをテオシスというのであり、神のこの人間が生きている世界での道行きに参加することがテオシスなのである。

                       

                      その意味で、

                      聖書は、神からの愛のラブレターであり、
                      祈祷は、人間側のラブレターのお返しの手紙のようである。

                       

                      神はここまでするほど愛しているということを人間が覚えたときの反応が、祈祷であり祈りなのである。

                       

                      聖書の神であるハリストスは、人間の現実の肉体、この体をもって、神の愛に触れることができ、それが私達の目に見える形として、神の愛が明らかにされたものがハリストスである。具体的に神の愛に触れることができる、ということを伝えているのが正教会であり、機密(痛悔や聖餐式など)に与ること、祈祷文を唱えること、これらの身体性を通しての出来事で伝えているのである。手に届くところにあるものや具体的なものを通して、神の愛に触れるということを正教会では重視しており、それがテオシスという言葉である。これが一番伝えたいところである。テオシスということは概念でもなく、リアリティであり、リアリティを以て生ける神の愛に答えていく人間の姿がテオシスそのものであるといえる。

                      要約者註

                      具体的なものを通して、神の愛に触れるという意味では、正教会を含む伝統教派では、そのような具体性を持つスタイルで神のいのちに触れていくという性質をかなり強く残しており、また、日常生活を生きる中で、神の計画、神の御思いに信徒がみずから関与していくという側面も強く残していることはたしかである。プロテスタントの場合、具体的な形ではなく、言葉を用いる説教で、それを伝えようとしているような印象がある。その意味で、領聖生活と正教会の方が呼ぶものと、このテオシスは、一体のものと考えることができるように思う。

                       

                      神の世界に与るという意味では、ある面、神秘であるとはいえる。確かに、神の力は地上的なものを遥かに超えており、その意味では神秘であるといえるものの、一種、忘我的なエクスタシーとかいったものとは違う。むしろ、着実に、人間が生きている世界での日常生活を通して、神から与えられていくものがテオシスである。また、教会と教会生活を通して神の愛に参与していくのがテオシスということである。

                       

                      ところで、小祈祷書などはなんのためのものかといえば、日常生活の中で神への愛、人への愛を忘れないためのものであるといえるだろう。祈祷書はいつでも触れることができるものであり、神の愛にいつでも祈祷書を通して触れることができるためのものが小祈祷書であり、神の愛に答えるためのものである。

                       

                      神が人となられたということは、2000年前に起こった出来事だけではない。今も、この神が人となられた、ということは変わらない。復活に、今も変わらず、我らに復活の生命に与るべく神が招いておられるのである。パスハ(復活祭)は私達が肌で感いるためにその祭儀を実施するのであり、1回限りのものではない。教会が毎年毎年復活祭をするのは、神の愛が永遠の生命への道が与えられることを心と体を使って覚え、それに応答するためのものである。これが正教会の祈祷(要約者注 おそらく、祈祷及び機密、中でも聖餐式)の世界が示しているものであり、単に2000年前の出来事を記憶しているだけのものではない。神は変わらずに人間を神の世界に招いていることと、それに人間が応答することが今も許されていることを覚えるために、実施しているものなのである。

                       

                      エヒィエ・アッシェル・エヒィエ
                      少しややこしい話をしたい。用語自体は気にしないようにしてほしいのだが、この部分は、「在りて在るもの」と訳されているが、この部分は、正教会的な理解から解釈すると、「在ろうとして、在る者」であり、最初のエヒィエの部分は、未完了形を示しており、完成していない神の愛の姿が、この未完了形の中に集約されているように思われる。とはいえ、この未完了形は、神が不完全なものとは解されるべきではないことは、記憶されるべきことである。


                      神は超越的な高みから、この世界を眺めているのではなく、地上に現われ、十字架にかかり、復活の生命を示したお方であり、その意味で、外に出ていくという側面を持っている。

                       

                      ケノーシスという語があり、自己無化とか脱自的存在と訳されたりするが、神はある面で、脱自存在であり、高みにいて眺めているお方ではない。むしろ、この地上世界に下られ、人となった神であり、そこまでのことをしてご自身の愛を示された神である。その意味で、働きを持たれた神であり、人間のために神が働いておられるような神なのである。働きというのは、人間に対する愛の業を行っておられる、という意味であり、あなた方に働く神であるとこの未完了形の表現を通して、そしてモイセイ(要約者註 モーセ)を通して語りかけているのではないだろうか。

                       

                      要約者註

                      N.T.ライトsあん風に言えば、噛み合っている神であり、人間の世界と神の世界がインターロッキングしているという理解だろう。友人の大頭さんは、その大頭さんががぶり寄りして無理やり友達になったに近い岩渕まことさんに、インターロッキング音頭まで作成させ、歌唱させているが、岩渕さんご本人は大頭さんのがぶり寄りに巻き込まれておられるのだと思う。とは言え、恐らく、善意とその得のゆえに作曲と歌唱をなしておらえるものと拝見しているが、これはどう見てもやりすぎの様な気がしている。

                       

                      インターロッキング音頭(作曲 岩渕まこと 歌詞 大頭眞一)

                       

                       

                      ここでの未完了形を通して、生ける神であること、我々が、神の命に与っていくこと、そして、神の愛に噛み合っていく、関与していくことを望んでおられることを示しているのではないだろうか。


                      神の愛の姿が、エヒィエ・アシェル・エヒィエ の表現のなかにしめされており、すべての人に関与しようとしていることを、神はハリストスを通して示したし、聖神(要約者註 聖霊のこと)を与えることを通して、時代を超えて神の愛を示しておられるといえるだろう。これ以上に神の愛が示されているものはないから、聖書は尊いものである。

                       

                      多くの人は、捨てられないラブレターを持っているかもしれないが、それ以上のラブレターが聖書なのである。神が人間を愛しており、それは変わらないことが示されている。そのことを具体的な形で伝えているのが、祈祷文と機密であり、その二つが我々が神の愛に最大限応えられるための手がかりであり、すべての人に開かれている手がかりであり、その意味で、神秘主義とは言えないように思う。


                      司祭になって一年目であるからいうけれども、一人ひとりが聖人になることができる可能性をお持ちなのであり、聖人になるのは、誰にでも平等に与えられた可能性があるという意味では、すべての人は同じである。

                       

                      質疑応答
                      Q 聖書によって表現が違うことがあり、口語訳、新共同訳、文語訳などがあるし、最近では新翻訳聖書も出版されると聞いているが、これらの諸翻訳に対する正教会の立場は、どのようなものだろうか。


                      A 基本的には、正教会の立場とすれば、正教会訳を読んでほしいと勧めたいけれども、聖書にどんなことが書かれているかと知る機会は必要であり、その意味で、自分にあった訳語の聖書。他の訳語を用いた聖書に触れることは否定され得ないと考える。但し、訳語の用いられ方によっては、聖書の主張についての誤解を与えかねないものもあるので、全部鵜呑みにしないほうがいいかもしれない。とはいえ、いきなり正教会翻訳だと、今ひとつわかりにくいかもしれないので、聖書全体として、どんなことが書かれたかをまず知るためにもこれらの別訳を用いることは、妥当であると思う。

                       

                      Q プロテスタントで言う聖化という語や、 カトリックで言う完徳との違いは何だろうか。

                       

                      A まず、完徳について言えば、徳という語は、祈祷書などにも使われていることばとして存在し、非常に難しい。正教会が徳という場合には、神の生命に触れる生活のことであり、聖神に触れる生活から生まれるものであり、神の生命に触れたものが示されていくもののことである。その意味で、諸聖人の生活は、正にこれである。その神の生命に触れ、聖神(聖霊)と共に過ごす生活を、皆さんにも示されるかたちで生きた人々が諸聖人である。カトリックが徳の中にどの程度の意味を含めているのかによるが、場合によっては、非常に近い意味を持つものかもしれない。

                       

                      一方聖化について言えば、イギリス国教会の神学者である、ジョン・ウェスレーが主張したものであり、彼は聖師父や正教会の教えが含まれたものに触れており、その正教会の教えの中には、テオシスも含まれている。しかしながら、一方で、片足をプロテスタントに立脚しているところもあり、その範囲での表現を用いないといけないこともあり、聖化という語を使っている。この両者には、微妙に違うところがあるので、あえて、同じようなものだという必要はないかもしれない。

                       

                      Q 今もいつも世々に、という正教会の応答があるが、それは、エヒィエ・アシェル・エヒィエ を表すのだろうか。

                       

                      A 正にそうだと人間が言える応答のことばとして、そうでもある、ともいえるが、しかし、今もいつも世々には、神の側についての人間側の表現であることは忘れてはならない。

                       


                      要約者感想
                      前半部分の、テオシスとか、神のかたち(像と肖)とか、祈祷書の解説、聖人とのかかわりの部分は、正教会的であるが、そこを除けば、福音派での聖書に関する説教聞いている感じがした。しかし、神のかたちとか、祈祷書と祈祷書による神への応答は、正教会や他の伝統教派の根幹をなすものの一つであるようなので、それをプロテスタント教会のように除くわけにはいかないだろう。


                      丁度半年くらい前、今、定期的に参加しているアングリカン・コミュニオンの教会に行き始めたころ、説教の中や礼拝の一部として聖人の伝承が用いられたことがあり、個人的には、全く知らない世界だったので非常に印象深かった。(コメディアンの聖人がいるとか、という世界のごく簡単な手ほどきを受けた。なお、名前は失念したがそのコメディアンの聖人は、奇妙奇天烈な格好をして外部から社会の批判をすると同時に、金を稼いでは貧しい人のために用いたという聖人であったらしい)、最近はなくなってしまった。あれはあれで、非常に印象深かったことを覚えている。

                       

                      最後の聖書は神からのラブレターという表現は、昔教会(キリスト集会)で説教をしていた頃、何度か昔説教でこの路線に乗った説教をしたことがあるので、非常に懐かしかった。そして、神と共に生きるということの中に含まれる、ということや、神に従うものになっていく、という側面なども過去説教を担当していたときには、言及していたのである。元いた教会では、成文祈祷がないため、聖書を読むことと説教がその代わりとしておいてあったんだなぁ、と思う。ただ、質疑応答の中にあったように、翻訳聖書のみを通して聖書を理解しようとする場合、表面的な聖書翻訳の表現にこだわるがあまり、必ずしも、聖書が表象しようとする内容が適切に理解されないこともあり、かなり一方的な解釈も生まれる可能性があることを考えると、一人で聖書を読むということや、一人で祈りの生活に入ることは、ブレーキのない暴走機関車のような状態になる可能性もあるように思う。「聖書のみ」とは、いいつつも、それぞれの教会的伝統に支えられて生きる部分があることと考えた場合、正教会には正教会なりの聖なる伝統があり、プロテスタント教会には、プロテスタント教会なりの伝統があり、それぞれが聖書理解や信仰理解と行動についての行き過ぎを防いできた、ということなのだろうなぁ、という感想を持った。その意味で、プロテスタント教会の一部には正教会とかの伝統教派は正教会の聖なる伝統は否定するけど、自分の教派の伝統には、かなり無批判な気がする。外に出て初めて見えてきたことだけど。

                       

                       

                      つぎは、後半部分である。

                       

                       

                       

                      聖人伝を読もう、祈ろう、生きよう

                      神戸市外国語大学 清水俊行さんのご講演

                      本日は、聖人伝の一つとして、エジプトのマリアの聖人伝を基準に考えてみたい。この聖人伝は、大斎の中でも5週目の木曜日の早課で、司祭が聖人伝を読む習慣がある。


                      (ここで、大斎(要約者による注記 おおものいみ、と読む)が始まるときの鐘の音や大鐘が、徹夜祷の始まる前に流れる鐘の音のビデオ上映)


                      ユニゾン(単声)で流れている賛美歌が歌われ、ハリセイで知られている讃美歌が歌われる。大斎の5週6週はピークが来る。生神女のアカフィストの土曜日、エジプトのマリアの主日、ラザロの土曜日の礼拝など、様々な要素が盛り込まれている。

                       

                      エジプトのマリアとゾシマが描かれたイコン

                      https://jp.pinterest.com/edaviswatson/st-mary-of-egypt/

                       

                      木曜日の早課で、聖体礼儀がない日のノボスパスク修道院で行われる儀式で、3時間超の儀式であるが、この中で、聖人伝を前半部分と後半部分に分けて、説教のように、会衆に対面する形で、この聖人伝が読み上げられる。

                       

                       

                      諸聖略伝とは異なっていて、ユリウス暦の4月14日に読み上げられる長いバージョンの聖人伝である。この、エジプトのマリア伝は、大斎と結び付けられて異なる写本がたくさん残っているのである。

                       

                      砂漠の修道院で修行していたゾシマという司祭によって、このエジプトの聖女マリアの記録がされたことで、実在したことが示される。この聖人伝には、マリアの悔い改めの深さが表れており、極めて特殊な形態となっている。そして、この聖人伝は、正教会のエジプトのマリアへの敬意の大きさを示している。

                       

                      では、この聖人伝は、何を示しているのだろうか。彼女の敬虔さの大きさを真似ることはほぼ不可能である。なぜならば、我々は罪深いものであり、そのような状態にあるのに、いきなりこの聖伝にあるような祈祷生活だけを持ち込んでも、意味を成さない。


                      この聖伝によれば、エジプトのマリアは最初聖堂に入れなかったとされているが、荒野で過ごすという勇気と大胆さをもっていた人物である。

                       

                      5000人超の聖人

                      ところで、現在、ハリストス正教会には、5000人以上の聖人がいて、2000年頃に、聖人数は2000人ほど追加され、それ以前にも2800人ほどいた。その中には、カトリックも正教会も共通する聖人がいる。これらの聖人について、聖人伝が書かれるのである。

                       

                      中世の時代を生きた人たちは、聖人が実施したとされる不思議なことを疑問視せず、「合理的に説明できないから、信じられない」などといったことを言いたくなることについて、それほどの誘惑はなかったのであり、より素直な生き方ができていた、と言えるだろう。その意味で、聖書にかかれている内容である福音と後代に当たる中世の人々では、その人々の生き方が直結するような生き方をしていた、と言えるだろう。


                      痛悔をして許されているはずなのに、エジプトのマリアは、ポティル(聖体を載せている器)にたどり着くことができない。近づくことができない程罪深いものであったということが記述されている。

                       

                       見えざる力が働く、ということがあるのかもしれない。実際に、このような場面に講演者の方は出あわれたことがあったらしい。なお、エジプトのマリアは、正教的に理解し、彼女の罪のゆえに、聖体に近づくことができない、ということを知っていたということだろう。

                       

                      エジプトのマリアの聖人伝の位置付け

                      このエジプトのマリアの聖人伝は、神は万人に対して、エジプトのマリアのようなどんなに罪深い人にも、悔い改めの道を示されることを示している。この悔い改めにより、神の神秘に近づけることこそが恩寵であることを知っていた。エジプトのマリアの話のポイントは悔い改めなのだが、後に彼女は、導かれて荒野に入っていく。荒野の暮らしの中に入っていくだけの決意や決心をもっていたといえるだろう。

                       

                      長いエジプトのマリアの聖人伝のバージョンでは、虫と戦ったり、地を転げ回ったりの伝承を含むものも在り、様々なバージョンのものが存在する。このような多様なものが存在するのは、聖者伝文学の中での多様性を示すものである。

                       

                      祈っているエジプトのマリアの体は、水の上を浮いていたなどのものもあり。罪あるものから義人へと変えられていった事例として、エジプトのマリアを示している。このエジプトのマリアの例は、信仰により、180度転換することができた類まれな例を示している。この聖人伝の中で、主が彼女に呼びかけたということを、我々は無視できないのではないだろうか。

                       

                      文字通り、エジプトのマリアの生きたような生活をすることはできないだろう。エジプトのマリアは欲との戦いに持ちこたえた人物であり、俗世からの隔絶をすることと肉体の衰弱、消耗を経験したといえるだろう。このようなことのためには、食事の量を減らして、仕事の量を増やすことで、この地の中で自らを聖なるお方へと心を向けていき、みずからを無にしていくこと、自己嫌悪すること。みずからの肉体を弱らせることで、聖なるお方にゆだねようとしたのである。このような信仰の在り方を、俗世に住む人間としてどう考えるのか、ということは、この聖人伝から問われているのかもしれない。


                      それを具体的に俗世にいる人間がこのような俗世を離れるような経験を実現するためには、まず手始めに、生活様式を変えることで、俗世を離れることができるであろう(要約者註 正教会、カトリック、聖公会、プロテスタントのキリスト教徒の一部では、大斎の時期、レントの時期に、このような取り組みが行われることがある)

                       

                       生活を変え、みずからの姿を変えていくことが、アンドレイのカノンの内容として含まれており、俗世におけるみずからの生活習慣を捨て、行為を福音の命ずるように行うことを表している。

                       

                      聖人伝を日常生活で生かすには、生きるには

                      では、実際にどうすればいいのだろうか。自分にあった方法、作法で見出す努力をすることでできるのではないだろうか。朝晩の祈祷もその一つであろうし、早課のカノンを家で唱えることや、エフレムの祈祷を唱えるのはできるのではないだろうか。あるいは、些細な出会いの中で、他者から頼まれた小さなことを、着実にこなしていく中で、そのことをこなすことが、神と共に生きる生活に関与することできるかもしれない。

                       

                      注意深く見ていると、自分の生活の中に神の御思いを実現するきっかけが転がっていることに気がつくように思う。その意味で、日常の生活の些細なことに注目していく。ちょっとした時間に祈りの時間を持つことや、他者に仕えるしもべとして、なすべきことを自分自身に課していくことなどが、神に仕えていくことになるだろう。

                      要約者註

                      このあたりの、日常生活を丁寧に生きることは、実にめんどくさいことであるが、キリスト者としての忠実に誠意を持って生きることから考えると、そんなに変なことではないし、さらに言えば、丁寧にこの地上の生を生きることは、最近の霊性の神学で強調されているポイントの一つである。また、N.T.ライトさん風に言えば、神の御業を神から与えられた賜物で実現し、地に神の平和をもたらすことに関与していくこと、ということになるのだろう。

                       

                      罪の歴史を聖書からたどるアンドレイの大カノン

                      大斎の第5週の木曜日には、通してアンドレイのカノンが読まれる。このアンドレイのカノンをよく知ることで、どれだけ人間の罪があるのか、ということを理解することとなるように編成されている。このアンドレイのカノンは、罪という観点から見た旧約から新約に至る歴史の中での罪の歴史のなかで、すべての罪が書かれている。この人間の罪の歴史を思いながら、みずからの罪の悔い改めをするための手がかりであり、これらの歴史的な罪の記述を、単なる歴史的事実として回顧するのではなく、それらの事例に、みずからの罪ある状況に重ねて、悔い改めをするための手がかりとしているのであり、そして人間の歴史を振り返りながら、罪を悔い改め、神の世界への復帰を祈る、という構造になっている。みずからの魂の遍歴が大きなスケールの中で繰り返されていくことになる。

                       

                      その意味で、このアンドレイのカノンは、キリスト者全体に対してあらゆる罪を思い出させ、我々を悔い改めに誘う。カノンそのものは、我々を罪を定めるものとして、あるいは、罪を裁きの対象として示すのではなく、われわれの悔い改めによって転換していくような内容で、カノンの構造が構成されている。

                       

                      このアンドレイのカノンは、神が創造された世界での物語を逆に罪の側から描くものであり、良き福音の教えとは正反対に、人間が犯した罪からのよみがえり(回復)があることを描いたカノンになっている。その意味で、悔い改めによって、神と結びついていく世界を描いているものであるといえるだろう。

                       

                      このアンドレイの大カノンは、規模が大きく、聖書の物語を、人間の罪の歴史として読み直していて、別の物語として書き上げている。とは言え、この中で取り上げられている聖書の記述内容や個人名の中には、必ずしも有名なものばかりではないものが含まれる。

                       

                      ある面で、このアンドレイの大カノンを見ると、ある種の罪の百科全書と言う感じがするし、人間の罪の問題への嘆き、人間の弱さを描いている。当たり前のことだが、生まれてすぐの頃から成人になった人はいないように、聖人も生まれつきではない。罪のどん底から、神のかたちを取り戻した人、あるいは、蘇った人が聖人である。その意味では、聖人伝とは、人間の罪からの更正の物語であり、そして、罪からの更正は誰にでも起こりうるものであることを示している。

                       

                      福音書と関係づけられる聖人伝

                      現在、ハリストス正教会では、5000人以上の聖者がおり、その聖者に関しては、まず聖人伝が作られ、その聖人伝からカノンが作られることになる。そして、福音経(福音書、とその記述)と結び付けられて、この聖者伝が語られる。聖者伝の教訓が、福音経(福音書)の中でどう位置づけられるか、という観点から考えられる。

                       

                      マルコの福音書の10章のエルサレムに登るときの説教で、エルサレムの宮登りで、弟子たちがイエルサレムに登って、イエスが世俗の国家の王となったときに、自分たちを左右の代表者に位置づけられることを願っているが、それはとんでもない勘違いであった。イエスが主張した神の国とは、霊的な国家であり、罪を隷属させることで、神の国を救済するというものであった。その意味で、神の支配とは、神の国とは、罪を隷属化させ、罪を取り除けということであり、罪から離れる自由を求めよということであった。その意味で、神の国のことを弟子たちもよくわかってない状態であると言えよう。我々が求めるべきものは、天の王国である。

                       

                      信仰や悔い改めが、行動に現れなければ意味がないのではないだろうか。心からの悔い改めがなければいけないし、罪から離れたかどうか、罪から癒やされるかどうかを確認する必要がある。その意味で、そのことは、神の意にかなった生活をする、つまり、ハリストスに倣って自己犠牲を通過していく事が重要だと考える。そのためには、まず、自分の罪を認める事が重要であり、人間の力によって完成の域に達する、というようには、なかなか実際には、起きないのである。

                       

                      聖人伝と聖書の人物の伝承の混乱

                      エジプトのマリアとの関わりはルカ福音書7章36−50であるとされ、それは、涙でイイススの足を洗い髪の毛で香油を拭ったマリア(罪女)である。この罪深い女性であるとされた女性は、当時ありえないこととされていた、男性たちが食事をしている状態の中に無理やり入ってきた女性であり、当時の社会の中では許されない女性の行動であった。個々の話では、魂の食事と肉体のための食事が対比関係をなしている。 ここで、罪女が誰であるのか問題は、議論の余地がある。香油を持った女性たち(携香女)があり、マグダリーナは、7つの悪鬼を追い出された女とされている。

                       

                      そのマグダリーナについての西方の聖人伝の中に、このマグダラのマリアが荒野に行って修行することを記載するものがあるが、それは、エジプトのマリアの聖人伝からの流入があるのではないか、と思われるものがある。正教会の聖伝では、マグダリーナはローマで布教していて、ポンテオ・ピラトにあって話をしたことになっていて、このピラトとの話の中で、イエスは立派な人 であるとピラトが主張していた、と記録されている。そして、そのピラトとの対話の話を皇帝に伝えるときに、その皇帝のところに白い卵をもっていったのだが、ローマ皇帝が、そんな発言は、ここに持ってきたその白い卵が赤くならなければ信じないと、いったのに、その皇帝のところにもっていった卵が赤くなった、という伝承がある。現在でも、イースターの卵を赤く塗る伝統はここから来ていると考えられる。

                       

                      赤く染色されたイースターエッグ https://psalterstudies.wordpress.com/2009/04/07/red-easter-eggs/ から


                      祈り(祈祷文)と聖体礼儀が、東方での祈りの構造を成していて、これらの祈りも福音の教えと関連付けられている。 そして、エジプトのマリアのように、遜りを獲得すること、罪の思いを冷静に見ることの大切さを伝えていくのが、聖人伝の一つの役割ではないか、と思われる。

                       

                      アンドレイのカノン

                       

                      このあと、アンドレイのカノンの一部が上映された。(当日上映されたのは、上の動画ではなかった)

                       

                       

                      質疑応答
                      その後の質問タイムでは、次のような質疑応答がなされた

                      Q 教会スラブ語と現在のロシア語の違いはどのようなものですか。

                       

                      A 教会スラブ語は、スラブ人に伝えるための人造言語であり、もともと好戦的なスラブ人をキリスト教で強化することを目的として作られた人造言語であり、西スラブ、東スラブ、南スラブのスラブ語の中間的なもの。ギリシア語由来の言語もたくさんはいっていて、共通のキーワードが入っているものとして作られている。8割位は現在のロシア人が理解できるだろう。教会内では、各種のテキストは、教会スラブ語で読まれている。テキストとして提示すれば、現代のロシア人の半分くらいは理解できる。ちょうど、現代の日本で、ニコライ翻訳を初めて読む人が、その表現が日本語として分かりにくい、という程度の感覚だろう。

                      要約者註

                      この教会スラブ語に関しては、有賀力先生の『ヨーロッパとは』が現在の西洋に偏ったヨーロッパ理解やヨーロッパ意識とキリスト教理解を見直す上でも、非常に参考になるので、ご関心の向きには一度お読みになることをおすすめする。

                       

                      Q 現代のロシアでは、何パーセントくらいが正教徒なのだろうか。
                      A ソ連崩壊後の現在では、7割位は正教徒か正教にシンパシーを持つ人々であるようである。現在は、国教というよりは、 憲法として信仰の自由が認められたことで、他の宗教と同等の位置をしめている。とは言え、ロシア文学やロシア文化の基礎としての正教があり、国教としての意味がなくなってはいるが、正教会の伝統が重要であることには変わりがない。なお、経済的な制度などでの管轄上の問題があり、ロシアは土地の私有という概念がなく、土地は国家のものであり、教会の土地に関しても国有地であるので、いくつか管轄上の問題が現れることもある。現在では、政治的指導者のプーチンも好意的で、時々、教会での礼拝に参加していることが報道される。その意味で、表立った争いはないものと考えられるであろう。


                      Q 聖大ワシリイが示すように、一人ぼっちで修道するよりも、多数の方が謙遜を学べるのではないだろうか。そのあたりはどうお考えだろうか。

                      A 共同体的な院修的な伝統もあり、このあたり、砂漠の師父、師母のような一人で何でもしなければならない伝統とバランスさせる、あるいは、かね合わせる必要があるだろうし、そもそも、修道院長などからのよほどの信頼がなければ本来、砂漠の中の単独の修行はさせられないものである。その意味で、経験のある人の判断を仰がないといけないし、そうであっても、修行に出ていった人で、砂漠で死んだ人はものすごくたくさんいる。改宗者イオアンは、外に出ていくことを制限的にとらえており、外に出ていくためには、ある種の徳の高さと精神力の強さが必要であるとしている。

                       

                      個人的な感想
                      個人的には、全く聖人伝というものを知らずに、今日まで聖人伝を読んだことはないまま過ごしてきたが、今回参加して、ある面で、先輩たちが何をやって来たかを知ること、そして、聖人伝は自分自身の罪深さを考えるためのものであり、旧約聖書をプロテスタントは立派な偉人伝の光の部分だけを中心に見、その影の部分や負の部分をあまり見ない傾向があり、あるいは負の部分をあまり強調しない伝統の中で育ってきたのだが、今回のこの講演会に参加して、聖書などの登場人物が持つ、その負の部分をふくめて、神と人間の関わりを理解していく伝統を正教会はもっているのだ、ということを知ることができたことは、非常に意義深いことであった。


                      それと、この世界の中で、神に仕えるために、自分自身をきちんと見つめていくことを学ぶという意味で、大斎は非常に重要であることを覚えた。さらに、現代のプロテスタント側の霊性を重視するグループで、日常生活をゆっくり、じっくり、細かなところにも目配りしながら、丁寧に生きることを問いているところともつながっている部分があり、このあたり、正教会からの伝統を受けていると思われる。このあたりのことを指して、マクグラスが、正教会と現在のプロテスタントの福音派との対話が可能なのではないか、ということを主張しているのかもしれないなぁ、と思った。

                       

                      また、アンドレイのカノンの話を聞きながら、大きな旧約聖書や新約聖書の中の物語の中に入っていく、という世界理解というか、聖書理解の体系は、物語神学と呼ばれるグループの聖書理解のアプローチや、ライトの聖書理解と近いし、ライトの聖書理解に触れた人たちの一部が、正教会の伝統とその世界に惹かれていくのは、ある面当然ではないかなぁ、とは思った。

                       

                      結局、宗教改革の精神で初代教会の理解に戻ろうと思えば、どうしても、現状の教会だけではなく、コプト正教や正教会の伝統も参考にせざるをえず、もともと、宗教改革が、原点回帰という方向性を持つ以上、そのことを考えるためには、正教会的な伝統を参考にすることも必要になるので、それはある面、理の当然という側面もあるだろう。

                       

                      聖人伝の教育性というのは意外と重要で、ちょうど日曜学校の教材で、プロテスタント教会の信仰の偉人たちを取り上げるのと、聖人伝は、ある意味、あまり変わらないし、それらが聖書の文言と結び付けられている以上、一種の現代の聖人伝となっている部分があるかもしれない。

                       

                      ただ、少し気になるのは、プロテスタントでは明白に聖人伝だとは言わないものの、印刷されている本の中に、近世のある種の聖人伝のような出版物「聖書を読んだサムライたち もうひとつの幕末維新史」のような本もないわけではない。あるいは、ユダヤ人にビザを発給し続けた杉浦千畝氏に対して、いわゆるプロテスタント派の教会で言及される際には、キリスト者であることは強調されるものの、反面、ハリストス正教会の信徒であるお姿と、その信仰の姿を正当に示しているか、というと、そういうことは適切に触れられないままのことが多いようなきもする。あるいは、大竹しのぶさんのお母様の聖人伝もどきのようなものが説教の導入部とはいえ、勝手に語られるとか、こんなことは、実に残念なことだなぁ、と個人的には思っている。

                       

                      このような実在の人物が、何かテレビで取り上げられたとき、十分な調査を集合的にして、充分な集合的検討を経ることもなく、個別の教会で現代の聖人伝が時々、教会内で人びととの人間的なつながりを持つためという正当化のもとで、作り出されているとしたら、どうなんだろうと思ってしまう。確かに、正教会が維持してこられた聖人伝の中には、現代人に理解不可能な荒唐無稽と思えるような表現があることも確かであるが、その古代の聖人伝を保有し、大事にすることを批判的にどうのこうのと言及してみたりすることはどうかなぁ、と思う。

                       

                      また、一部のプロテスタントがきちんとしたことも調べもせずにテレビで見た程度のことや、ネット情報をもとに、教会で語ることをどう考えるのだろうか、とも思う。そして、そのような教会で、正教会的な聖人理解や、聖人伝に関しても、批判的な言説が述べられたことを、あるプロテスタント系の教会で聞いたことはある。

                       

                      また、間もなく来るイースターで、卵を赤く塗る根拠も調べもせずにプロテスタント派で採用したりすることって、どうなんだろうと思う。

                       

                      以上で終わりである。この記事、単発。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                       

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                      コメント:別連載でおすすめしております。

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                      コメント:最近第4版が出たらしい。

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                      マイケル・ロダール,大頭眞一
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                      (2011-10)
                      コメント:もうすぐ、改訂増補版がペーパーバック版で上下に巻で出る模様である。

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